出会い4(ルーフス視点)
「ルー!ウィー!おはよう!」
朝。アリアの元気な声で目が覚める。寝起きで眠たい目をパチパチさせると、目の前にアリアがにっこり笑って立っていた。
「おはよう、朝よ!ご飯、ここに置いておくから食べておいてね!」
アリアはそう言うと、オレ達の前に食事が入った容器を置いて、部屋を出ていった。
『ルーフス、ご飯食べようよ!』
『うん』
あれから、アリアはオレ達に名前をつけ、よく呼んでくれるようになった。また、オレも弟のことを『ウィオラ』と呼ぶようになったし、オレのことを"兄ちゃん"と呼んでいた弟も『ルーフス』と名前で呼び始めるようになった。
彼女がくれた名前を呼ばれると、オレもウィオラも幸せな気分になった。胸が高揚して、ふわふわとするのだ。 オレの名前を呼んでくれるのは、ウィオラとアリア(と、ごく稀に"おばあちゃん")だけだが、それで十分だった。
ガチャ
「ご飯、食べ終わったー?」
オレとウィオラが食事をちょうど終えたとき、アリアが部屋に戻ってきた。
「うん!食べ残しが無いなんてルーもウィーも偉いわ!食べられる量も増えてきたし、ここに来たときよりも少し大きくなったわね」
そう言って、アリアはオレ達の頭を一撫でした。確かに、アリアの言う通り、オレとウィオラはアリアと初めて出会った時よりも身体が少し丸くなった。それでも、元々ガリガリの身体だったので、普通よりも小さいと思う。
「じゃあ、これ下げるわね」
そう言いながら、空の容器を拾い上げたアリアはドアの方へと向かっていった。
『『待って!』』
オレ達はアリアがドアを閉めないうちに彼女の足元まで駆けた。
「あら、今日も一緒に来たいの?」
アリアは目を細めながら、しゃがみ込んで、オレ達二人に目線を合わせた。オレ達が肯定するように尻尾を振ると、アリアはふわりと笑いながら「暴れまわったりしないで、大人しくしていてね」と言って、オレ達がついて来ることを了承した。
そうして、三人でリビングに行けば、しかめっ面をしたアリアの祖母が鼻を鳴らしながら「またあんたら、一緒なのかい」と呆れた調子で言ってきた。
彼女の言う通り、最近、オレ達はウィオラの怪我が良くなって来たこともあり、アリアにずっとついて回っている。アリアの隣は安心するし、一緒にいるとアリアが笑いかけてくれる。また、綺麗な青い瞳にオレの赤い瞳を写しながら、名前を呼んでくれるのだ。
オレにはそれがまるで、アリアの青にオレの赤が溶け込んで絡みついているように見えた。そして、それを見ると、今まで感じたことの無いような心地よい気持ちになった。
以前のように、アリアに目を見られて恐怖を覚えるようなことは全く無くなった。
それは、ウィオラも同じようで『アリアに見つめられると頬っぺたと胸があったかくなるんだ』と言っていた。
だから、オレ達は追いかける。彼女にもっと笑って欲しくて、呼んで欲しくて、見て欲しくて。
あの頃の惨めなオレ達は、いつの間にか消えていた。
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「後、二週間もすれば、完治するだろうよ」
「……本当!?良かったわ!」
「あぁ。だから、森に帰す用意も、しとかにゃならんよ。勿論、あんたの心の方のもね」
「…うん、大丈夫よ」
二人から見えない位置で、こっそりと聞き耳をたてていた。なんの話をしているかは、すぐに分かった。ウィオラはオレの隣で複雑そうな顔をしながら、アリアをじっと見ていた。オレも胸が痛くて、アリアをじっと見た。
その晩、いつものようにアリアがオレ達にキスをして、ベッドに潜り、寝息をたて始めたのを聞くとウィオラは少し焦ったように話し始めた。
『ルーフス、どうしよう。後、、後、二週間って言ってた。二週間したら、アリアと一緒じゃ無くなっちゃうかもしれないって』
『…うん。言ってた』
『ぼく、嫌だ!アリアと一緒じゃないなんて、絶対に嫌なんだ!』
『そんなの、オレだって…!』
『どうしたら、いいんだろう…』
『……』
オレ達は途方に暮れた。どうしたら、アリアと離ればなれにならないか。どうしたら、ずっと一緒にいられるのか。
『…本当の…本当のことを言おう』
『…え?』
『オレ達が獣人だって、ただの狼じゃないって本当のことを言おう』
オレが提案したことは、オレ達の中では言わずもがな避けていたことだった。
『…確かに、、それを言ったら、優しいアリアはぼく達を、ずっとここに居させてくれるかもしれない…』
『だけど、』
『もしも、気持ち悪がられたら…?あの、怖い人たちみたいにびっくりされて、それで、嫌われたら…?』
『…ウィオラ』
『ぼくは…、ぼくは死んじゃうよ!胸が苦しくて、痛くて、死んじゃうんだ!』
『……』
『ルーフスだって、そうでしょ…?』
『…うん』
オレ達の中では、あの村から連れ出された時、あの男達から受けた理不尽な暴力が忘れたくても忘れられないものになっていた。そして、オレ達が狼に変わったときのあいつらの反応も。
きっと、獣人は珍しいのだろうと思った。ここで暮らすようになってからも、アリアとその祖母がオレ達と同じように獣化しないことから、それは確信へと変わった。
そのことを打ち明けて、アリアがオレ達は普通じゃないと知ったら、あの村人たちのように、オレ達を拒絶するかもしれない。アリアのことを信じていない訳ではなかったが、"もしも"がオレ達に付きまとう。それを考えるとオレ達は、自分たちが獣人であるということを、日に日に言い出せなくなっていた。
『…ぼく、思うんだ』
ウィオラがゆっくりと話し出した。
『アリアはぼく達を助けてくれた。ぼく達に優しくしてくれた。ぼく達をちゃんと見てくれた』
『だからね、ぼく達がずっとここに居たいってことをどうにかしてアリアに伝えれば、きっと狼のままでもアリアと一緒にいられるんじゃないかな…?』
『……』
『それで、アリアともっと長く過ごしていけば、いつか…本当のことも言える気がするんだ…』
『……』
ウィオラは目に強い光を宿していた。
『ルーフスは、どう思う?』
『…オレはーー』
その時、二つの光が交差した。
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その日から、オレとウィオラは更にアリアと離れないようになった。例えば、アリアが外へ出掛けようものなら、鳴いて引き止めたし、もし出掛けてしまっても外から帰ってくると、一番に出迎えた。どんなときでも一緒に居たかった。
特にウィオラは、いつもアリアの首筋を舐めて、自分の匂いを何度も何度もアリアに擦り付けようとすることが多くなった。オレはアリアの前だと恥ずかしくてなかなか出来なかったが、それでも彼女が寝ているときに同じことをした。
ある朝、祖母に仕事を頼まれたアリアは、オレ達をなだめるように撫で回してから「行ってきます」と言って笑うと外へと出掛けていった。
『…アリア、どこ行ったんだろうね』
『多分、お手伝いだと思うけど…』
オレ達はアリアが出ていった方を見ながら、話した。
『ねぇ、ルーフス』
『何?ウィオラ』
『ぼく、考えてることがあるんだけど』
『…オレも』
『あっちの方みたい』
『うん』
今、オレ達はこっそりと家を抜け出して、匂いを頼りにアリアを探している。
身体の調子が以前よりも良くなったためか、オレ達の鼻は前よりも敏感に匂いをとらえるようになっていた。
『アリア、びっくりするかなー』
『…うん。すると思う』
『でも、ぼく達を見たら、きっと笑って抱き締めてくれるよね!』
『うん。いつもみたいに』
アリアが居ないのは寂しくて心が寒かった。あの話を聞いてから、オレ達はいつも不安だった。ただアリアとずっと一緒に居たかった。
だから、家を出て彼女の後を追った。不思議とオレ達には何の戸惑いもなかった。
『匂いが段々強くなってきてる。きっとアリアが近くにいるんだよ!』
『うん。もうすぐでアリアに会える!』
オレ達は辺りに目を凝らした。背が低くて華奢な少女のシルエットを探した。
『…ねぇ!あれ』
ウィオラが見据えている方向に、誰かがちらちらと動いている影が見えた。オレ達はきっとアリアだ、と思ってそっちの方へ駆けた。しかし、オレは何かに気づいた。
『…ウィオラ、、ちょっと待って…』
『え?………!』
ウィオラも気づいたようだ。オレ達が目指す方向、そこにちらついている影が一つではないことに。
『ルーフス…何か変な匂いがするよ』
『…うん。アリアじゃない匂いがする』
あの影の方からは、確かにアリアの匂いがする。けれど、その匂いとは別の何かもオレ達は嗅ぎとった。
『…行ってみよう』
『うん…』
オレ達は恐る恐る近づいて行った。音を立てないように気を付けながら。そして、見た。
「なんでため息をつくんだ!?失礼なやつだ!」
「…なんでって、私、あなたとあまり関わり合いになりたくないのよ。正直、面倒だわ」
そこには、アリアと見たことのない男の子がいた。
アリアとその男の子は何やら話をしているようだった。けれど、オレにはその話の内容が全く頭に入らなかった。
『…あの子、誰?』
『……』
『なんで、アリアと一緒にいるの…?』
『…分かんない』
何か胸にモヤモヤしたものが燻って、 気持ちが悪い。今までに生まれたことの無い感情。あの子がアリアに話しかけて、アリアがそれに答える。それを見ると胸がズキズキと痛む。オレ達がこんなに近くにいるのにアリアは気付いてくれない。オレ達を見てくれない。…アリアはあの子を見てる。
キラッ
男の子の手元が一瞬、光って見えた。目を細めて見ると、それは青くキラキラと光る、輪っかのようなものだった。
(…アリアの目と同じ色だ)
オレはその輪っかをみた瞬間、そう思った。しかし、その時ーー
キラッ
輪っかの更に上が光った。青く光った。
『……ルーフス、、あの子』
『……』
『…アリアと…アリアと、、同じ…!』
ーー青い瞳だ
胸にモヤモヤしていたものは、一気にどす黒くてドロドロしたものに変わった。目の前が何だかチカチカして頭がくらくらする。
オレはチカチカする目で、男の子を見た。
アリアと話すあの子の目は、アリアのと同じ色。オレ達の赤とは正反対のキレイなアオイ色。
『…オレ、あの子…嫌いだ』
『…ぼくも、、嫌い』
許せなかった。オレ達が大好きなアリアと同じ色なんて、ずるいじゃないか。アリアとあんな風に話せるなんて、ずるいじゃないか。
オレ達は人間の姿をとることすら不安なのに、あの子は堂々と彼女と喋っている。彼女と同じ色を持って、彼女と一緒にいる。彼女はオレ達を見ないで、彼を見ている。
許せない
許さない
それから、あの子はあのアオイ輪っかをアリアに渡して去っていった。オレ達はその後ろ姿をじっと見続けた。
あの輪っかのアオもあの子のアオもオレには好きになれなかった。アリアの青とは全く別の大嫌いな色だった。
オレは、あの村の人たちの気持ちが少し分かったような気がした。
オレとウィオラが家に帰ると、すでにアリアがリビングに居た。何やら考え事をしているようで、一人でうーんうーんと唸り続けている。
オレは何だかそれが嫌で、彼女に頭を擦り付けた。ウィオラも同じようにしていた。
アリアはオレ達に気付くといつもと同じように優しく撫でてくれた。
ーーオレを見て。もっと、見て。
そんなことを考えた。アリアがずっとオレを見てくれますようにと。
そうしていると、上からぽつりと降ってきた。
「……離れたく…ないよ」
それは聞き間違いなんかじゃなくて、絶対に彼女からの言葉だった。オレの胸はさっきまでのドロドロが嘘みたいに晴れて、アリアでいっぱいになった。
彼女も自分達を必要としてくれている、そう思った。
視界の端に写る、こちらに向かって強く光るアオが邪魔でしょうが無かった。
『アリア、出掛けてるみたいだね…』
『…うん。でも、きっと直ぐに帰ってくるよ…』
朝起きると、アリアが家にいなかった。いつもは元気な声で起こしてくれるのに何だか変だ。ご飯はちゃんと置いてあるけど。
『やっぱり、あの子のところかな…』
『…多分。昨日、行くって言ってたもんね…』
そう思うとムカムカする。あんな子なんて放って置けば良いのに。
『…あの子、本当に嫌い。あんな輪っかでアリアの気を引こうなんて…』
『…アリアも、あんなに必死になって探さなくても良いのにね』
『…うん。あんなにしたんだ。見つかるはず無いのにね』
『……』
ひとつ、気がかりなことがあった。昨日の夜、アリアが外に出ていったのを見た気がしたのだ。眠かったから気のせいかもしれないが、少し嫌な予感がした。
『でも、昨日のアリアは凄く可愛かったね!』
『…うん。可愛かった』
だけど、そのことよりも昨日、オレ達の身体に顔を埋めて泣く可愛いアリアの顔が、オレの頭を占める。輪っかのことで泣いていると思うと少し嫌だったが、初めての彼女の泣き顔に胸がドキドキした。まぁ、"おばあちゃん"には変な顔をされてしまったが。
『アリア、早く帰ってくるといいね』
『うん』
早く帰って来て、オレ達を抱き締めて欲しい。
「…ただいま」
アリアの声がした。オレもウィオラも嬉しくなって声の元に行く。
彼女をいつも通り迎えると、彼女は「良い子にしてた?」といつも通り声を掛け、撫でてくれる。
全てがいつも通り、のはずだったーー
『なんで、なんでこれをつけてるの…!?』
オレを撫でる彼女の腕。オレがつけた傷の上。そこに不釣り合いなアオを見つけてしまった。
オレは、頭がまたくらくらした。そして、身体が自然にそのアオを取り除こうとした。途中で、オレの意図に気づいたウィオラもそれに加わった。
「や、止めなさいっ!!」
アリアが大声で叫んだ。
「あなたたちは何をしてるの!これは、人から貰ったブレスレットなのよ!そんな風にしたら壊れちゃうじゃない!」
アリアが、怒ってる。凄く、怒ってる。
「あなたたちが何でこんなことをしようとしたのかは分からないけれど、二度としないでっ!」
アリアはそのまま自室へと消えた。
アリアがあんな風に強く声を出して怒るのは初めてだった。未だに実感がなく、身体だけがガタガタと震えた。
『…嫌だ』
『……』
『…嫌だ…嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ…!』
『…ウィオラ』
『…ルーフス、ルーフス…どうしよう…。ぼく達、アリアに嫌われちゃったかも、しれない…』
『……』
『そんなの…ぼく嫌だ!』
『…オレだって…!』
目から冷たいものが流れてくるが、オレはそれを止める方法を知らなかった。
『……どうしたら、、良いんだろう…』
『………』
優しいアリアがあそこまで怒るんだ。もしかしたら… アリアはオレ達を嫌いになってしまったかもしれない。
そう考えると吐き気がする。どうしたら良いかなんて分からない。
オレ達は何も考えつかなかったが、アリアの顔が見たくて彼女の部屋へと足を運んだ。
ドアが少し開いていて、そこから入れば、スースーという寝息が聞こえてきた。どうやらアリアは、ベッドで寝ているらしかった。
『……』
『……』
オレ達二人は無言で彼女が寝ている横に行き、彼女を静かに見つめた。
そのアリアの寝顔を見つめると、胸がぎゅっとなって苦しかった。惨めなあの頃の自分がひょっこりと顔を出してきそうだった。
ゴソゴソ
アリアが起きたようだった。だけど、怖くていつものように彼女に飛び込むことができない。
動かないでいるオレ達に、アリアの視線が向けられた。
「…あなたたち」
アリアが呟いた。そう思ったその時に、身体が何か温かいものに包まれた。それが、アリアの腕だと気付くのに、さほど時間は掛からなかった。
それから、彼女はオレ達を許してくれると、そう言って瞳にキスをしてくれた。
「私がルーとウィーを嫌になることなんてないわ。今回みたいに怒ることはあるだろうけどね。それに、あなたたちのことは、ずっと大好きなんだから……」
オレはもう、この温もりを離したくはなかった。彼女のくれる言葉は全て、オレ達の不安を取り払ってくれる魔法の言葉だった。
「は、離れたくないよぅ…」
気づいたら、彼女はそう泣いていた。オレ達のために泣いていた。
胸からドロリドロリと感情が溢れ出る。オレ達にもう、迷いはなかった。
「アリア」
「アリア」
ーーオレ達とずっと一緒に居よう
初めこそ驚いていたが、アリアはやはり、オレ達を受け入れてくれた。
オレもウィオラもアリアには全て、本当の気持ちを打ち明けた。そして、彼女は本当のオレ達を強く抱き締めてくれた。
いつも以上に、彼女の腕が心地よかった。
そうして、オレ達はアリアの家に正式に置いて貰えることとなった。"おばあちゃん"は何かに気付いているようだったが、アリアのお陰で家に住む許可はしてくれた。
オレ達にとっては"おばあちゃん"がただの邪魔者であるということをアリアは知らない。
「…アリア、オレ達…部屋貰ってもいいの?」
「えぇ」
「机もベッドも?」
「うん」
「ベッドはふかふか?」
「そうよ」
「…ぼく達、ずっと…ここにいて、いい…?」
「もちろん」
アリアは当たり前のように言って笑った。
ーーふかふかのベッドも新しい机も、オレ達は持ってはいなかったんだよ。
ーーそれを君は些細なことのように言うけれど、オレ達はそんなこと全部が嬉しくて嬉しくて。
ーーこんな幸せがこれからもずっと続けばいいなと。
オレ達が願うのはただそれだけなんだ。
次からは、またアリア視点に戻ります。




