出会い3(ルーフス視点)
よく目を凝らすと、声の先には背の低い少女がいた。そして、彼女の瞳は薄暗い中でも分かるくらい、青くキラキラと輝いていた。
オレはその美しい青に一瞬、心を奪われた。
今まで、ずっと小屋の中にいたオレとは無縁だった空の色。
オレのものとは正反対の綺麗な青。
ハッとした。自分は何を考えているんだろう。少女と云えども、何をしてくるか分からない。今は弟を守らなければならないのに。
オレは唸り声を強くして、何やらゴソゴソとしている少女を威嚇した。これで、彼女が怯えて逃げればいい。そう思った。
ふと、彼女がこちらを見た気配がした。オレに気づいたようだった。そして、彼女は自らの青を大きくさせると、身体を少し強張らせたようにしながらオレを見つめた。
「…綺麗」
彼女がそう呟いた。
オレはぎょっとした。それは先程まで、オレが彼女の瞳について思っていたことだ。この人はオレの心が読めるのかもしれない。
そう思った途端、オレは彼女が急に怖くなった。
オレが今、抱えている恐怖も惨めさも悲しさも全て読まれてしまう。そう考えると、恐ろしさで身体がガタガタ震えた。
ーーザク
何故か、彼女が一歩、一歩とこちらに近づいてくる。怖くて思わず、後退りしてしまう。
(駄目だ!…オレはこいつを護らなきゃいけないのに…!)
すぐ後ろの足元に弟がいる。これ以上は下がれない。
「…ねぇ、あなた」
その声に心臓が飛び出るかと思った。
彼女の青が自分に降り注ぐのを感じた。そして、オレは美しい青を目の前にしたとき、頭が真っ白になった。
何も考えられず、ただひたすら威嚇した。
彼女が何か言っていたが、頭がついていかず、あまり聞き取れない。
けれど、これだけは、はっきり聞こえた。
「…だから、そんなに怖がらないでほしいの」
『っオレは怖くなんてないっ!勝手なことを言うな!』
怖い。恐ろしい。弟が死んじゃう。嫌だ。辛い。苦しい。助けて。
オレは吠え続けた。彼女は少し驚いたようにオレを見る。青い瞳でオレをーー
止めて
見ないで
そんな綺麗な目で
ーーオレを、見ないで…
オレは一心不乱に吠えた。恐怖が身体を支配して、自分の身体が自分のものでは無くなったかのようだった。
ふと、その時、目の前の少女がオレの前に屈み込んだ。
オレは、更に近くなった少女との距離に驚き、吠えることを忘れた。
「…あなたのお友だち、怪我をしているの?…えっ…と、、私のおばあちゃんがね、お医者さまなの。…それで…その……おばあちゃんにその子を診てもらえば、きっとその子の怪我は治るわ」
「…だから、一緒に来ない…?」
何が起きているんだろう。何故、彼女はこんなことを言うのだろう。
オレには弟しかいなかった。今まで、酷く扱われたことはあっても、他人に優しくされた事なんてない。
オレは彼女に威嚇し続けた。なのに、目の前のこの人は弟を助けると言っている。訳が分からない。頭がぐるぐると回った。
しかしその時、少女が突然動いた。そして、横たわっている弟に触ろうとしていた。身体が反射的に動いた。
ガゥッ!ガッ!
「っい!!」
我に返った途端、自分の歯に何か柔らかいものを貫いている生々しい感覚があるのを強く感じた。オレは自分がしてしまったことにひどく驚き、混乱した。
彼女の腕からは血が流れていた。辺りが暗いせいか、それはひどくどす黒い色をしていた。
少女はきっと、怒っただろう。こんなに強く噛まれて、血を流しているのだ。オレは彼女に噛み付いてしまったことを後悔した。
彼女の報復が恐ろしく、オレは弟に覆い被さるようにして弟を彼女から庇った。彼女は少し動揺したように固まっていたが、意を決したようにオレの目を覗きこんだ。綺麗な青い瞳がオレの赤を写した。
「ねぇ!お願いよ!このままだと、この子は出血が酷くて死んでしまうわ。私、あなたたちを貶めようなんて思ってない!お願いよ…お願いだから
、信じて…!」
彼女はオレに怪我をさせられても尚、弟を助けようとしてくれている。何故、だろう。
彼女のオレを見つめる瞳があまりにも美しく澄んでいて、胸が苦しくなった。オレはこんなに綺麗なものを今までに見たことがなかった。そして、その温かい青光に手を伸ばしたい、そう思った。
彼女は言葉通り、弟の命を救ってくれた。
そして、家に置いてくれると、そう言った。
彼女の"おばあちゃん"とやらは、オレ達(特に少女に噛みついたオレ)にはあまり、いい顔をしなかった。
それでも彼女は弟を助けてくれたし、オレ達をすんなりと家に置いてくれた。
会話から、少女の名前はアリアと言うのが分かった。
アリアは、弟の手当てをしたり、オレ達にご飯を作ってくれたり、優しく身体を拭いてくれたりと、オレと弟の世話を焼いてくれた。そして、いつも目を細めて笑いながらオレ達を撫でてくれた。
今まで、オレ達にこんな風に触れてくる人は本当にただの一人もいなかった。
オレは初めてのことに戸惑って、アリアが撫でてくれても、弟のように素直に反応できない。彼女に対して悪態をついてしまう。けれど、アリアはそれを気にした風でもなく、いつもオレをぎゅっと抱き締めてくれた。その柔らかさと温かさがオレには心地よかった。
しかし、アリアがくれる心地よさに触れるたび、オレの胸には不安が募った。
オレがつけた彼女の傷は治ってきてはいるようだった。それでも、彼女が顔をしかめながら自分の腕を手当てしているところを見ると、いつかオレに愛想を尽かして家から追い出すんじゃないか、と心が痛くなった。
腕以外でも、不安なことがあった。
『…ねぇ、兄ちゃん』
『…なんだ?』
『アリアって…ぼく達の目、どう…思ってるのかな…』
『……』
弟が聞いてきたそれは、オレがずっと気になっていることでもあった。
アリアはオレ達によくキスをしてくれる。身体中のいろんなところに。そして、瞼の上にも。
そのたびに、彼女の青にオレの赤が写るのが分かった。キスをされているときは幸福な気持ちになったが、キスが終わった後は、いつもオレを恐怖が襲った。
ーー気持ち悪い
アリアはきっと優しいから口に出さないだけで、本当はそう思っているかもしれない。このおぞましい赤を彼女は嫌っているかもしれない。
そう思うと、胸が張り裂けそうだった。
「あ、そういえば」
ある日、外の用事から帰ってきたアリアがオレ達を見て言った。
「私、 あなたたちの名前を決めたいのだけど、どうかしら。ほら、呼んだりするときに困るでしょう?」
驚いた。本当に驚いた。
彼女が何気なく言っていることは、オレ達にとってはそうでなかった。
弟は隣で嬉しそうに尻尾を振っていた。オレは急なことで頭がついていかず、彼女の目がまともに見れないでいた。
「私、あなたたちともっと仲良くなりたいのよ。こうして会ったのも何かの縁だし。それとも、名前をつけられるのは嫌?」
嫌じゃない。アリアがくれるものは全部、嫌じゃない。オレは自分の尾を振った。
アリアは「よかった!じゃあ、早速!」というと微笑んだ。
「……実は私、今まで言わなかったけれど、あなたたちの目がすごく好きなの!とっても綺麗で素敵だなぁって!それでね、名前は目の色にちなんでつけようと思うのだけれど……」
自分の心臓が今までに聞いたことのないような音をたてたのが分かった。
彼女は何を言った?オレ達の目を何て?
「 嘘だと思ってるのかしら?でも、本当よ。私、あなたたちの目に一目惚れしちゃったみたい!こんなに綺麗なもの、これまでに見たことがないわ」
息がうまく出来なかった。胸が苦しくて、涙が出そうだった。
アリアがオレ達の瞳を美しい、綺麗だと言葉を吐くたびに、自分の中の何かが崩れていった。耐えきれなくなって、オレも弟も彼女に身体を寄せた。彼女のくれる体温が気持ちよかった。
「本当に大好きよ」
彼女の声が聞こえて、頭に何か柔らかいものが触れた。そして、身体をぎゅっと抱き込まれた。彼女の匂いでいっぱいになる。
彼女が触れているところ全てが熱を帯び、その熱がオレの中に行き渡って溶けた。もっとこの熱を感じたくて、彼女に身体を擦り付けた。
生まれてからずっと、寒くて狭くて薄暗いところにいた。唯一の光は弟の赤紫だけで、後は何も無いところだった。
だけど、今は違う。
あの日、あの森でアリアと出会った。そう、あの日からオレの、オレ達の世界が変わった。
ふかふかの寝床も、ちゃんとした食事も、温かい家も。全部、初めてだった。
しかし、それよりも何よりも。
助けてくれて、撫でてくれて、笑いかけてくれて、名前をつけてくれて、キスをしてくれて。
目を、綺麗だと言ってくれて。
全て、アリアがくれた。アリアだけがくれた。
あの頃、あの丘から小屋までの帰る道のり、オレ達が諦めたもの。胸の奥に閉じ込めていたものを。
アリアの熱とオレ達の熱がドロドロに溶け合って、全部一緒になればいいと
アリアに抱かれながら、オレは思った。
ルーフス視点のお話は次で一区切りです。




