出会い1(ルーフス視点)
差別表現が含まれます。ご注意下さい。
ーー気持ち悪い
その言葉は、いつもオレ達に付いて回ってきた。
オレ達は生まれてからずっと、村の端の古ぼけた小屋にいた。木でできたそれは所々腐っていて、誰かが住んでいるとは思えないほどだ。雨漏りは当たり前で、風が強い日は小屋全体がガタガタと強く揺れるものだから、いつ崩れるか気が気でなかった。決して家と呼べるものではなかった。
しかし、小屋の外はもっと怖い所だった。
「兄ちゃん、お腹減ったね」
「…うん」
「今日、とっても寒いね」
「…うん」
オレと双子の弟は空腹と寒さで身を震わせながら、小屋の中で固まっていた。
一日一回、必要最小限の食事が小屋の前に運ばれる。それだけでオレ達二人は命を繋いでいた。
食事を運ぶのは毎回決まって、無表情の若い男だった。そいつは食事を届け、たまにオレと弟に言葉を教えた。しかし、男は絶対にオレ達と目を合わせようとはしなかった。
男はオレ達に絶対に小屋から出るな、と言った。何故かは、聞いても答えてくれなかった。ただ、冷たい目でオレ達を見るだけだった。
小屋から出られないオレ達にとって、外の世界はとても眩しくてキラキラしたものに思えた。
ぐぅ
お腹が鳴る。
一日一回の少ない食事では身体がもたない。オレも弟もガリガリでほとんど骨と皮だけだった。特に今日はいつもより一段と寒さが厳しくて、このままでは死んでしまいそうだった。
「兄ちゃん、お腹減ったね…」
「……」
「…うぅー」
「…外、、」
「…ん?」
「…外に、行こう」
外に出て、いつもの男にご飯を貰いに行けばいい。オレはそう思った。
そして、弟と手を繋ぎながら、小屋の外へと出た。
初めての外は、今まで薄暗い小屋の中にいたので、すごく眩しくて目がチカチカした。不思議と寒さは気にならなかった。
どっちに行けば男に会えるかなんて分からなかった。だけど、初めて外に出たという興奮はオレ達を突き動かして、人の気配がする方へと歩みを進ませた。
歩いていくうちに段々といくつかの家が見えてきた。それは、オレ達が住んでいる所とは比べものにならないくらい大きくて、しっかりしていた。
「わぁ、大きい家がいっぱい…!」
弟は、そう言って目をキラキラさせた。
(…誰か…誰か、いないかな)
オレはそう思って辺りをキョロキョロと見回した。オレ達を見下すようにそびえ立つ何軒もの家の中には誰かいるのかもしれない。けれど、家のドアを叩いて男の居場所を聞く勇気は、オレにはなかった。オレは、その家々を何だか恐ろしく感じた。
「…人を探そう」
オレは弟の手を引いて外に誰かいないかと歩いた。さっきまで頼りない光を地面に届けていた太陽は、雲で隠れていた。今まで感じていなかった寒さが身体を刺した。
ふと、向こうで人が歩く音が聞こえた。オレ達は急いで音の方へ走った。すると、そこに黒い髪の女が何か荷物を抱えて歩いているのが見えた。オレは彼女に駆け寄った。
「…あの」
声を掛けるとオレに気づいた彼女は「何かしら?」とオレの方を見た。
が、オレを見た途端、彼女は大きく目を見開いて、わなわなと震え出した。そして、後退りしながら首を激しく振りだした。オレは訳が分からなかった。
弟が心配そうに「お姉さん、大丈夫?」と声を掛け、彼女に手を伸ばした。
女は弟を見て更に目を大きくし、叫んだ。
「気持ち悪い!触らないでよ、穢らわしい!お願いだから、こっちを見ないで!」
オレと弟は、ひどく混乱した。何故、彼女はオレ達を見て、こんなに怯えているのか。何故、そんなにひどいことを言うのか。胸がキリキリ痛かった。
「何だ?何があった?」
騒ぎを聞き付けて、人がたくさん集まって来た。彼らは訝しげに彼女をそして、オレ達を見た。全員、オレ達を見ると変な顔をした。
そして皆、彼女と同じ言葉を口にした。
ーー気持ち悪い
たくさん、たくさん言われた。それが全部オレ達に突き刺さった。
なんで、そんなことを言うの?なんで、そんな目で見るの?オレ達の何が悪いの?
"気持ち悪い"という言葉が頭の中をぐるぐると回った。胸が苦しくて苦しくて耐えられなかった。
それ以上は記憶がなかった。
気がついたら、いつもの寒くて狭くて薄暗い小屋の中だった。弟が横で倒れて寝ている。その顔には、うっすら涙の跡があった。
(…なんで、なんであの人達は…オレ達にあんなことを言ったのかな…)
オレは眠る弟の隣でひたすら考えた。
バタン
小屋の入り口の所に、あの男が立っていた。
男はいつも通り無表情だったが、目がいつもより、更に冷たかった。
「何故、外に出た。絶対に出るなと言っただろう」
男の低い声は、少し震えていた。弟がその声に反応して、横でモゾモゾとした。
「…お腹が空いてて…それで…、ご飯が欲しくて…外に、」
「ふざけるな!それくらいで外にっ…この、忌み子がっ」
バシッ
急に頬が熱くなった。口の中が血の味でいっぱいになった。オレは男に殴られたらしかった。
ふと、その時、 オレは初めて男と目が合った。
男の瞳には怒りと恐怖の色があった。そして、いつもの無表情ではなく、オレ達に『気持ち悪い』と言ったあの人達と同じ、変な顔をしていた。
弟は横で震えていた。どうやら男の怒鳴り声で起きたようだった。
「次、外に出たのが分かったら、その時は覚悟しておけ」
そう言って男は小屋から荒々しく去っていった。
オレと弟が、六つになる年の冬の出来事だった。
あれから、男はあの出来事がなかったかのように相変わらず無表情だった。変わったことと言えば、オレ達が何者なのかということを徹底的に教えるようになったことだ。
「お前ら双子は俺達、村の者にとって忌むべき存在だ。お前らの、そのおぞましい目のせいで、村に禍が降りかかる」
男は言った。
「"赤い瞳が村を喰う"」
男の話によると、赤い目の化け物が村に災厄を引き起こし、滅ぼしてしまう、という話が古くから村に言い伝えられてきたらしい。
オレ達の目は赤かった。弟は少し、紫がかっているが、オレは純粋な赤だ。
故に嫌われた。目が赤いから、それだけで。
「お前らの赤は禍の象徴なんだ。生かして貰っているだけ、有難いと思え」
何故、何故、、何故…。オレ達は目が赤いだけだ。村のあの人達と何の差異があるんだ。
オレ達は、どこにこの気持ちをぶつけたらいいか分からなかった。
男は村人やオレ達が狼の獣人であることを話した。彼はどのようにして狼の姿になるかをオレと弟に教えた。
狼の姿をとれるようになってもオレ達の目は赤いままだった。
「いいか、絶対に外に出るな」
男は、小屋に来るたび、オレ達兄弟に強く言いつけた。オレ達は男の言葉に頷いて答えた。
しかし、時々、ふと外に出たくなるときがあった。見つかったら、ただじゃ済まない。オレも弟も分かっていた。
けれど、ある時、どうしても気持ちが抑えられず、オレ達は手をとって、こっそりと小屋を抜け出したことがあった。 あの出来事があってから、自ら外に出たのはこれが最初で最後だった。
オレと弟は村を見渡せる、小高い丘まで歩いた。道中のことはあまり覚えていなかった。
その丘からは、いくつかの小さな、家や畑や村人が見えた。
村に初めて行った時は、全てが大きく見えたのに、この丘から見ると全部がちっぽけだった。
「…兄ちゃん、帰ろう」
弟のその言葉で、オレ達は小屋に戻るため、丘を後にした。
「ーー…で、ーーに…ーーね」
帰る途中の道で、話し声が聞こえた。オレと弟は草むらに隠れた。
すると、向こうから誰かが歩いて来た。
「母さん、今日の夕飯は何?」
「何にしようかしらねぇ」
女と子供が手を繋いで歩いていた。二人は笑いながら何かを話していた。
「ハルは何が食べたい?」
「ボクはねぇ……美味しいものならなんでも!」
女はその子供を"ハル"と呼んだ。きっと子供の名前なのだろう、とオレは思った。
オレ達に名前は無かった。誰もつけてはくれなかった。自分たちでつけるのも、何となく違う気がした。
それに今さら無くても困らない。必要ない。あの男もオレ達を呼ぶときは『お前ら』としか言わない。そうだ、、必要ない。
「じゃあ、今日はハルが好きな、ハンバーグにしようかしら」
「本当!?ありがとう、母さん!」
笑いながら親子は去っていった。
オレと弟は暫く動かずに、そこにいた。そして、あの二人が消えて行った方をじっと見つめた。
どちらともなく、互いの手を握る力を強くした。何故か目から熱いものが流れた。弟もそうだった。
名前もない。親もいない。望まれない忌むべき存在。
目が赤い、それだけで。
オレ達は互いの身体を抱き締め合った。自分に似た唯一の存在を。そうしないと、自分が壊れそうだった。
あの丘の上から見た風景も、あの親子の後ろ姿も、オレ達には遠かった。
薄暗い小屋の中、オレと弟。時々あの男。それがオレ達の世界の全てだった。
「…ぼくには、兄ちゃんがいる」
「…オレには、お前がいる」
オレ達は手をぎゅっと繋いだ。




