獣人
若干、説明っぽくなったかもです。
「アリア」
「アリア」
「だ、誰…?」
アリアの目の前には、子供が二人立っていた。
二人とも容姿が非常に似ていて、6,7歳くらいの真っ黒な髪をした男の子だ。顔立ちは鼻筋がシュッと通っており、キリッとした二重瞼が印象的で、とても整っている。そして、なによりアリアの目を引いたのは二人の瞳の色だ。
左の子は赤、右の子は赤紫。 その二つの色は吸い込まれるように魅力的で、胸が苦しくなるくらい美しかった。
(…この色)
「…アリア」
「…アリア」
二人は、もう一度ゆっくりとアリアを呼んだ。アリアの顔に添えられている彼らの手は、アリアを優しく撫でているが、どこか震えている。二人の美しい瞳は不安や怯え、そして微かな喜びの色がごちゃまぜになって揺れて、とても神秘的だった。
アリアはもう分かっていた。
「ルーフス、ウィオラ…」
アリアがそう呟くと、二人は少し身体を強張らせ、アリアから手を離した。そして、肯定するように、うんと一つ頷いた。
「ぼく達、こっちの姿が本当。ずっとアリアに内緒にしてた」
赤紫の少年は、そう言うと顔を下げた。
「オレ達、人間に捕まって知らないとこに連れてかれた。でも、そこから逃げた。そしたらアリアに会った」
赤の少年は、そう言うと何かに耐えるように唇をぎゅっと噛み締めた。
「…そう」
アリアの頭は混乱していて、うまく言葉が出て来なかった。そんなアリアの返答にウィオラは不安げな顔を上げた。
「内緒にしてたこと怒ってる?狼が人間になるのは気持ち悪い?ぼく達のこと、嫌い?も、もう一緒にいたく無くなっちゃった?」
言葉を吐き出すたびに、ウィオラの瞳からポロポロと涙が溢れた。ルーフスは更に唇を強く噛んだ。
「ア、アリア、内緒にしてて…ごめんね…。言いたかったけど…言えなかったんだ、ぼく達。アリアに嫌われるかもって考えたら…言えなかったんだ…」
「…ぼくの怪我が治ったら、、アリアと、さよならしなきゃいけなくなるって…ぼく達、分かってた…」
「…だけど、アリアが離れたくないって…、言って…、ぼ、ぼく達も離れたくない、から…、アリアに…ちゃんと触れたくてずっと、、一緒にいたい、から…」
ウィオラはそれ以上何も言えなかった。彼の口からは嗚咽が漏れ、止まらない涙を拭うので彼は精一杯だった。
「…オレ達、ずっと、アリアといたい…。アリア…には今まで本当のこと…言えなかった。アリアと一緒にいるのが……楽しくて、、言えなかった。アリア、は……ア、リアは…、、」
ルーフスは泣くまいと唇をきつく縛った。そのせいで、唇から彼の瞳と同じ色の血が出ていた。ルーフスの目から今にも涙が溢れ落ちそうだった。
アリアは胸が締め付けられて、痛くて苦しくて切なくて愛しくてどうしようもなかった。不思議なその気持ちは、アリアにとって決して、嫌なものではなかった。
「私、、二人のこと…怒ってないし、気持ち悪いとも嫌いとも思ってない。…そりゃ、色々とびっくりしたけれど…。気持ちは変わらないよ」
「二人とずっと…一緒にいたい。だって…大好きだもの」
アリアがそう言うと、二人は勢いよくアリアに飛びついた。そして、狼のときのようにアリアの首元に額をぐりぐりと擦りつけながら、声を上げて泣いた。アリアは肩が濡れるのを感じた。
「…アリアは…、、変だ。…オレ、、アリア、を…あんなに噛んだのに……、オレ達のことた、助けて…それで、撫でてくれて、、いっぱい…キ、スしてくれて…目が、綺麗だって…言って、くれて…」
ルーフスが泣きながら言葉を繋いだ。
「変って…、だって二人が好きなんだもの。……初めは、二人の目に一目惚れしてね。でも、一緒にいるうちに、二人の全部が好きになっていたの」
「そ、そんなこと言うの…、アリアだけ、だ…。みんな、、ぼく達の目…、気持ち、悪いって…言う。…不気味って、言う。…アリアは、、変だ」
ウィオラは泣きじゃくりながら言った。
「…そんなこと言うのは見る目がない奴だわ。二人の目はとても素敵よ。私が保証する」
「…それにね、二人の瞳を見ると、胸がぎゅっとしたり、ふわふわしたりして、とってもいい気持ちになるの。不思議よね」
「ぼ、ぼくも、、アリア、と一緒だと…、胸…ぎゅってしたり…、ふわふわ、したり、、する」
「オレもっ…」
「…じゃあ、おそろい、ね」
アリアがそう、ふわりと微笑むと、ルーフスとウィオラは更に彼女を強く抱き締めて、泣いた。涙が枯れ果てるまで泣いた。
「…ふーん。やっぱり、そういうことかい」
「…え、おばあちゃん、知ってたの?」
現在、アリアはリビングにて、祖母にルーフスとウィオラのことについて話している。二人はアリアがアマンダに自分たちのことを打ち明けるのを嫌がっていたが、これからのことを考えると、そうは言ってられない。アマンダとアリアはそれぞれ向かい合って椅子に座り、ルーフスとウィオラは座ったアリアのうしろにぴっとりとくっついて、アマンダの様子を伺っていた。
「ただの狼で、あんなに利口な奴は普通いないね。何かしらがあるとは思っていたのさ。だけど、まさか獣人だとはね…」
「…獣人?」
「ああ、獣人さ」
アリアはその言葉にまったく聞き覚えがなかった。
「それって…ルーやウィーみたいに人から狼になったり、狼から人になれたりする人のこと…?」
「まぁ、狼だけじゃないはずだけどね。大体、そういう奴のことを指すのさ」
「でも、私そんな人がいるって全然知らなかった…」
アリアは勉強家なので、同い年の他の子に比べたら、本をたくさん読んでいるほうだ。けれど、彼女が読んでいた本の中には、獣人については書かれていなかった。
「まー、獣人はまず、私らが住んでるこの大陸にはいないからね」
「…え?じゃあ、ルーとウィーはどうしてここに…?」
アリアは首をかしげた。
「うーん…、多分、新大陸から連れてこられたんだろうよ」
「…新大陸?」
「そうさ。今、いくつかの大国が、資源欲しさに新大陸の発見に乗り出してる。あんたも知ってるだろう、魔石が取れなくなってきてるのを」
「えぇ…」
「その大国の内の一つが私らの国の隣にあるバーンハード帝国さ。…そのバーンハードがここ数年で新大陸発見にどうやら成功したらしいんだよ」
アリアは今まで聞いたことがなかった話に更に耳を傾けた。
「その新大陸でバーンハードは、魔石を驚くくらい見つけたらしい。だけど、それだけじゃない。私らと同じように人間のようだが、人間じゃないものも発見したと言ってる」
「人間のような人間じゃないもの…」
「…それが獣人さ」
「獣人は、人間にも動物にもなれる力を持ってる。それに人間より丈夫で長生きだ。…魔力量が私らより少し多いことが関係してるらしいようだがね。だけど、武器に関しては全然進歩してなかったのさ。あっという間にバーンハードに攻めこまれたんだ」
「バーンハードはそいつらを捕まえて、魔石の掘り出し作業をやらせたり、国に連れて帰ったりしてるらしい。いわゆる奴隷ってやつさ。帝国のやることは恐ろしいね…」
奴隷、という言葉にアリアは顔を暗くした。獣人といえど、ルーやウィーを見ていると私たちと同じように物事を感じたり、考えたりしていることが分かる。奴隷にされている獣人のことを思うと、やりきれない気持ちになった。
「…アリア、あんたが知らないのも無理ない。なんせ、この国は新大陸にかける金なんてないからね。獣人なんて普通、来やしない。それにこんな辺鄙な村に、帝国が獣人らをこき使ってるなんて話、流行ると思うかい?」
アリアは首を横に振った。なんとなく、祖母が自分を元気づけようとしてくれたのが分かった。
「まー、獣人に関しては新しい話なわけさ。あんたが読むような本にも勿論、書いてないってことだね」
しかし、そこでアリアは一つ疑問を持った。
「じゃあ、おばあちゃんは何でそこまで知ってるの…?」
アリアがそう聞くと、アマンダは少しばつが悪そうな顔をした。
「…知り合いのつてってやつさ。私にも色々とあるんだよ、事情がね」
「…ふーん」
「…そんなことより、その子ら、これからどうするんだい?今は、その話をしてるとこだったろ」
なんだか、はぐらかされた気がするが、確かにそうである。
「…私、二人と一緒に暮らしたいの。この家で」
アリアがそう言うと、アマンダはじろりとアリアのうしろにいるルーフスとウィオラを見た。
「……まー、ただの獣じゃないって分かった以上、ほったらかしには出来ないだろうが…、そこの何も喋らない二人は本当にうちにいたいのかい?」
アマンダがそう言った途端、ルーフスとウィオラは身体をびくっとさせて、二人で目配せした後、アリアの肩越しからひょっこり顔を出した。
「ぼ、ぼくらもアリアと一緒にいたい…です」
「オレ達をここに住まわせて…ください」
二人は、アマンダを見つめながら、たどたどしく答えた。
「…ふーん。まぁ、いいだろう」
アマンダがそう言うと、ルーフスとウィオラの表情は少しばかり柔らかくなった。しかし、アマンダは眉を少し吊り上げて、「だが、」と言葉を続けた。
「あんたらのことについて詳しく話してもらうよ。こっちとしても家に置いてやる以上、何か問題があったときに困るからね」
「お、おばあちゃん、問題って何…?」
「…さぁね。だが、さっきも言った通り、この国に獣人が来るなんてあり得ない話だ。たとえ、帝国の奴らから逃げ出したとしても、子供二人だけで国境を越えられるはずがないのさ」
「…おばあちゃんは、二人が嘘をついてると思ってるの…?」
「…そうは思ってない。ただ、少し引っ掛かることがあるだけさ」
そう言うと祖母は、また二人を見、ため息をついた。
「ま、今日はもういいよ。あんたら三人、疲れてるみたいだしね。明日から、そいつらの面倒はアリア、あんたがちゃんと見るんだよ。…後、ルーフスにウィオラ。慣れるまではまだいいが、働かざる者食うべからず、だ。しっかり家の手伝いをすること、それがここに置いてやる条件さ」
アマンダはそう口にすると、足早に自室へと向かっていった。
「じゃあ、今日は一応、私の部屋で寝てね。明日からは物置部屋を掃除して、二人の部屋を作りましょう!おばあちゃんに頼んで、ベッドとか机とかもどうにかして貰って、それからーー「アリア」
アリアとルーフスとウィオラは現在、アリアの部屋に居た。アリアは二人ともうしばらく一緒にいられることになって、ひどく浮かれていた。二人とのこれからを考えると楽しくて仕方がない。
「何?ルー」
「…オレ達、部屋…いらない。別に、そこまでしなくていい」
「あら、なんで?あなたたち、これからここで暮らすんだから、部屋だって必要だわ」
アリアがそう言うと、二人は泣きそうな顔をする。アリアがどうしたの、と声を掛けようとしたらルーフスとウィオラはアリアに抱きついた。アリアは少し驚いたように目を丸くしたが、ぎゅうぎゅう抱き締めてくる二人が可愛くて、自然と笑みを溢した。
「…アリア、オレ達…部屋貰ってもいいの?」
「えぇ」
「机もベッドも?」
「うん」
「ベッドはふかふか?」
「そうよ」
「…ぼく達、ずっと…ここにいて、いい…?」
「もちろん」
ルーフスとウィオラの質問にアリアが優しく答えると、二人は涙を溢しながら笑った。
キラキラとした幸せがそこにあった。




