ブレスレットと黒狼
あの後、アリアは部屋に帰って石を机の上に置くと疲れてしまったためか、そのままベッドに倒れるように横になると眠ってしまった。
朝になって机を確認すると、やっぱり石があったので昨日のことが夢ではないことが分かった。
(…なんで、あんなところにあったのかしら…)
アリアはそう思いつつ、机の引き出しから細い紐を取り出して、昨夜拾った石をそれに通した。そして、全て通すと紐を縛って、余分な部分をハサミで切り落とした。
出来たブレスレットを左腕に通すと、アリアはほっと息をついた。
「へぇ、良かったじゃないか、見つかって 」
「えぇ…。庭に落ちていたの。壊れていたけど一応直せたし、とりあえず安心したわ。でも、なくしていた上に、壊してしまったなんて…ジョージに失礼なことをしてしまったわよね… 」
「…庭にねぇ…。まぁ、壊したことに関しては、あの小僧のことだし、あんたがそれを着けてさえいてくれたら、さほど気にしないさ」
「そうかしら…?ジョージのことだから、私が壊したと知ったらネチネチ色々言ってきそうな気がするけど…」
「いや、逆に直してまで使ってることに飛び跳ねて喜ぶよ、あいつは」
アリアには祖母が何故そこまで力説出来るのかがよく分からなかったが、彼女がそう言っているのならそうなのだろう。
「…やっぱり、あんたのそれ、残っちまうみたいだね」
アマンダが言う『それ』とはルーフスにつけられた左腕の傷のことである。
アリアの腕はだいぶ前から痛みが無くなって動かせるようにはなっていたが、噛み痕はしっかりと残っている。
左腕のブレスレットに隠れて、今は見えずらくなっているが、やはり近くで見ると結構目立つものだ。アリアは女の子なので、傷が残ってしまうのは可哀想である。
「いいのよ。これくらい気にしてないわ。それに、これは私とあの子たちが出会った証だもの」
アリアはそう言って傷痕を見つめた。
「…そうかい」
アリアは最近、寂しそうな目をすることが多くなったなとアマンダは思う。恐らく、アマンダがウィオラの怪我が後、二週間ほどで治ることを伝えた時からだ。
アマンダは、あの子狼たちが家に来てから、アリアの笑顔が増えたように感じた。二匹と共にいると彼女は自然体でいられるようだった。
元々、アリアはひどく大人びた少女だ。
アマンダに心配をかけないようにと、苦しいときや辛いときもぐっと我慢するし、仕事の手伝いも自分から積極的に行う。我が儘もほとんど言わず物分かりの良い子で、いつも笑っている。
これは恐らく、アリアが幼い頃に両親を亡くしていることが大きく影響している。
アリアの母はアマンダの娘であり、アマンダの医者としての才を濃く受け継いでいたため、アマンダが住むマルザス村の南にある少し大きな町で町医者として働いていた。その町で同じ医者であるアリアの父と出会い、結婚してアリアを産んだのだ。今でも彼女らの幸せそうな姿は忘れられない。
二人に最後に会ったのは、アマンダにアリアを預けに村に来たときだった。なんでも、二人は医者としての腕を買われ、王直々に、病気がちな王子の診察を依頼され、王都に向かわなければいけないらしかった。
アマンダは、ただの町医者が王都に呼ばれるなんて、とひどく驚いた。なんせ王室にはおかかえの医者たちがいるはずだったからだ。
それには、二人も同じように不思議そうにしていたが、名誉なことだからと笑って、王都に行ってしまった。アマンダは何故かこの時、言い知れぬ不安を覚えた。
そして、その道中の馬車で事故に遭い、自分の娘とその夫は帰らぬ人となってしまった。もしかしたら、あの時二人を止めていたら何か変わっていたかもしれない。アマンダは未だに悔やんでも悔やみきれない思いを抱えていた。
そして、亡き二人の分までアリアに愛情を注ぐと心に決めたのだった。
そうして、アマンダはアリアと共に生活し、近くで見守ってきた。多分、アリアのことを一番理解出来ているのはアマンダであろう。
故に、アリアが自分を一人で育ててくれる祖母に迷惑をかけないよう、無意識の内に、何事も一歩下がってしまう性格になってしまったのを少しだけ心苦しく思っていた。だからこそ、あの二匹のおかげで良い方向に変わっていくアリアを見て嬉しく思っていたのだけれど…
(…あの子らは、一体…)
二人を失う前と同じような不安がアマンダを襲った。
アリアは現在、集落に下りてきていた。もちろん、ジョージにクッキーを渡すためである。
今までジョージに会わないように避けることはあったが、今回のように自分から会いにいくのは初めてだ。そう考えるとアリアはなんだかくすぐったく感じた。
アリアはジョージにブレスレットを一度無くして壊してしまったことをちゃんと言おうと思っていた。それは、アリアの性格上、隠し事が苦手なのでジョージを見るたびに変な罪悪感にさいなまれるのが嫌だったからだ。
本当のことを打ち明けたら、ジョージに色々言われるかもしれないが、それでもアリアは伝えるつもりだ。それに、集落に行く前にルーとウィーの寝顔もばっちり見てきて勇気も貰ってきた。大丈夫だ。
「ごめんください!」
アリアがそう言って、家のドアを叩くと、一人の女性が出てきた。
「はーい!あら、アマンダさんとこのアリアちゃんじゃないですか。坊っちゃんに何かご用ですか?」
家から出てきたのは、ジョージの家のお手伝いさんであるゾーイさんだった。
彼女は全体的にふっくらとした体型のふわっとした雰囲気の女性で、なんと四人の子供を持つ母である。アリアを見掛けるたびに声をかけてくれる優しい人だ。
「はい。ジョージに渡したいものがあるので、会いたいのですが…」
「まぁまぁ!分かりました!すぐに坊っちゃんを呼んで来ますね!」
そう言うと、ゾーイさんは「坊っちゃんー!」と叫びながら家の奥へと消えて行った。
(…そういえば、何でジョージに用事があるって分かったんだろう)
アリアがそう不思議に思っていると、家の奥からドタバタ、ガッシャーンなどと音が聞こえた。何があったのだろう。
そして、しばらくすると寝癖が残って髪の毛が跳ねているジョージが目をうろうろさせながら、家の奥から姿を現した。
「な、何か用か?」
「…うん。はい、これ」
そう言いながら、アリアはクッキーの包みをジョージに渡した。
「…ブレスレット、ありがとう。昨日はちゃんとお礼、言えなかったから…」
そして、アリアは自分の左腕に着けたブレスレットをジョージに見せながら「とっても綺麗ね」とはにかんだ。
それを見たジョージはアリアから目をそらしながら顔を赤く染めた。ジョージのうしろで何故かゾーイさんがガッツポーズをしている。
「…それでね、ブレスレットのことでジョージに謝らなきゃいけないことがあるの」
「…何だ?」
「…私、このブレスレット、一回無くしてしまっているの。なんとか探し出して見つけたのだけれど、その時には紐が切れて、石だけだったの」
「今は、こうやって直して着けているけど、どうしてもそのことを謝りたくて。せっかく、あなたがくれたものなのに」
「壊してしまってごめんなさい…」
アリアがそう頭を下げるとジョージはふんっと鼻を鳴らして「なんだ、そんなことか」と言った。
「…別に、お前にやったブレスレットはオレがいらなくなったからやっただけだ。お前がそれをどうしようがオレは気にしねぇ」
「…え」
「…だから、お前も気にすんな」
「…で、でも」
「オレがすんなって言うんだからすんな!」
そう叫んだ後、ジョージは、はっとした顔をしてアリアから顔を背けた。
「よ、用はすんだだろ!お、お前なんかとっとと帰れ!」
ジョージはアリアに向かって手でしっしっとやった。
「そ、そんな言い方しなくてもいいじゃない!」
「ふん!」
ジョージのうしろでゾーイは、あちゃーという顔をして二人を見ていた。
「…もういい!帰るわ!」
アリアはふんっとジョージを横目で睨むと家に帰るために踵を返した。
しかし、アリアは一瞬立ち止まって、ジョージの方を振りかえると「…ありがと」と小声で言ってから、足早にその場を去った。 その呟きは小さいながらもジョージにはしっかり届いていた。
「…坊っちゃん、あんなこと言って良かったんですか?せっかく、ブレスレットだって悩んで選んだのに…」
「…ふん。別に良いんだ」
そう話してから、二人は家の中へと消えて行った。
「…ただいま」
アリアはジョージの家からまっすぐに自分の家に帰ってきた。その道中にジョージがアリアを怒らなかった事実について悶々と考えていたが、いくら考えてもアリアには分からなかったので、彼女は考えることを放棄した。
ーーとたとた
アリアが帰ったことに気づいて二匹の狼が玄関まで走ってきた。
アリアは満面の笑みで彼らに「良い子にしてた?」と聞きながら、二匹を撫でた。 二匹も素直にそれを受け入れた。
が、ルーフスがアリアの腕を見た途端、激しく鳴き始めた。そして、アリアの腕に飛びついた。
「な、何!?」
「キャンキャンッ!グルルル」
ルーフスはアリアの左腕についたブレスレットをアリアの腕から抜き取ろうと必死になっていた。ウィオラの方も、ルーフスの意図が分かると、それに加勢しようとアリアに飛び付く。
アリアはひどく混乱した。ルーフスは元々、ツンデレなところがあるが、それはただの照れ隠しといった程度でここまであからさまに攻撃してくることはなかった。ウィオラも、やんちゃなところはあるが、アリアを困らせるようなことはしなかった。
「や、止めなさいっ!!」
アリアが叫ぶとルーとウィーは動きを止めた。
「あなたたちは何をしてるの!これは、人から貰ったブレスレットなのよ!そんな風にしたら壊れちゃうじゃない!」
アリアがルーとウィーを強く叱るのは初めてのことだった。そのことに動揺しているのか、ルーもウィーもアリアの身体から離れ、目を揺らしながら、アリアを見上げた。
「あなたたちが何でこんなことをしようとしたのかは分からないけれど、二度としないでっ!」
アリアはそう強く言うと、自室へ向かった。
(あの子たち、何であんなことをしたのかしら…)
アリアは少し後悔していた。
いつもお利口にしている二匹のことだから、何か事情があってあのような行動をしたのかもしれない。
(一方的に怒るだけなんて、少し可哀想だったかしら…)
アリアは部屋のベッドに寝転がると目を瞑った。
(…ん、、、寝てた…?)
アリアはどうやらあのまま眠ってしまったらしい。
今は何時だろうと顔を上げて時計を見ようとしたときに、ふと自分のベッドの横にある黒いものに気がついた。
「あなたたち…」
ルーフスとウィオラがお行儀良くそこに座っていた。
いつもならアリアが居れば、構ってくれと擦り寄ってくるのに、今は置物のように静かにしている。
しかし、よく見ると二匹の目は少し濡れていて、アリアをじっと見つめながら、ゆらゆらと不安げに揺れていた。それは、まるで宝石のように綺麗だった。
アリアはたまらなくなって彼らを抱き寄せた。
二匹も驚いたように目を大きくしたが、アリアに抱き締められていると分かると、弱々しく「クゥンクゥン」とひたすらに鳴いた。
「私、強く言いすぎたわ…。あなたたちにも何か思うことがあったかもしれないのに」
「だけど、あなたたちがやったことはいけないことだわ。あんな風にして、人のものをとろうとするのは駄目なことよ」
「今度からは、やらないでね」
そう言った後、アリアはルーとウィーの潤んだ目元に唇を寄せた。それでも彼らは鳴き続けるものだから、アリアは二匹を抱き締める力を強めた。
「私がルーとウィーを嫌になることなんてないわ。今回みたいに怒ることはあるだろうけどね。それに、あなたたちのことは、ずっと大好きなんだから……」
アリアの目から涙がこぼれ落ちた。自分で言って気づいてしまった。彼らと『ずっと』は居られないのだ。
ウィーの怪我が治ったら、二匹を森に帰さなければいけない。そして、二匹が大人の狼になったら、アリアのことも忘れてしまうのだろう。
そう考えたら、自然に涙が溢れる。
「は、離れたくないよぅ…」
アリアはポロポロと溢れてくる自分の感情を抑えきれなかった。
ルーフスとウィオラともっと遊びたい。もっと泣いたり怒ったり笑ったりしたい。
ずっと一緒にいたい。
ーーグイ
ふと、二つの手がアリアの涙を拭った。そして、優しい手つきでアリアの顔を撫でた。
「アリア」
「アリア」
アリアの目の前に、美しい瞳を持った、二人の子供が立っていた。




