9話 類似魔法
万年筆を構えたヨグを見ても、皆は先ほどのように子狐ちゃんとか、か弱そうだとか思わなかった。今のヨグはまるで暴風のように吹き荒れるマナを宿しており、その姿から目を離せない不思議な魅力も持っていた。
背丈だって低くて、痩せてもいるのに、その姿はまるで巨龍が蹲っているような幻覚を見せてくる。サキはちらっと見た鹿尾陛下よりも遥かに化け物だと、戦慄で後退ってしまう。冗談でも声をかけたら殺されそうな雰囲気だと本能が叫ぶのだ。
震えるサキたち。歴戦の戦士でどんな化け物を前にしても怯むことがなかったゼーブですら、目の前の子供の形をした化け物の前ではサキたちと同様に路傍の石のように力のない存在だと教えてきていた。
そんな皆の様子に気づいているのか不明だが、ヨグは手にする万年筆をふるっていく。
慣れた手つきで、右腕をピッと伸ばすと、軽やかに、舞うように。
「炎は木を燃やす。木は炎により燃える。常に炎に焼かれるのが木の理」
水面を歩く精霊のように、ステップを踏み、毛皮のマントをまるで羽衣のように靡かせて、ヨグは舞う。
空中に光る文字が描かれていき、マナが吸い込まれていく。周囲を照らす光は、太陽よりも眩しく感じられるのに、眩しさも熱さも無く、優しく身体を包み込むような光であった。
そうして、周囲の人々が固唾を飲んで見守る中で、ヨグは一心不乱に踊り続ける。その表情は超然として笑顔でもなく、さりとて無表情でもない。その姿は神へと祈りを捧げる者の敬虔なる姿であった。
「理により木が燃えゆくのならば、いかなる姿であっても燃えるべし。これこそが理なり」
ピタリと万年筆を止めると、両手を天へと掲げて、ヨグは魔法を発動した。光る文字が一際光り輝くと、薪ストーブに残る灰へと吸い込まれていく。
文字を吸い込んだ灰は燃える前の薪の形に集まっていき━━。
ボゥッ
コークスのように激しく燃えて、暖気が生活棟に広がっていき、その熱が周囲を温めるのであった。
『相似魔法木化不変』
絶えぬ天の鈴の音のように可愛らしい声が言葉を紡ぐ。
「魔法科学、元が同じ物質なら、同じ効果を生み出すはずと考え、現実にする魔法です。鷹の羽を付ければ鷹のように空を飛べるはず。朝露を飲めば木々が枝葉を伸ばすように四肢の欠損も治り、木は燃えるものであれば灰でも燃える。これ即ち世界を救う魔法科学にして相似魔法と言います」
まるで偉大なる天使が無知なる下界の者に知識を教えるように告げて━━。
モゾモゾと毛皮のマントをかぶると、また毛皮スライムへと戻り、ストーブの前にちょこんと座るのであった。
さっきまでサキたちの魂をも震わせた偉大な存在はどこにもいなくなり、気の所為だったかなとも皆は戸惑ってしまうのだった。
だが幻覚なのでは決してない。なにせ、ストーブの中では燃え尽きた灰が熱を持ち、激しく燃えているのだ。灰が燃えるとか信じられない光景である。
「ね、ねぇ、これはなに!? どんな魔法? 灰が燃えてるわよ、それも薪よりも遥かに激しく!」
さっきまではストーブの眼の前に近づいても、暖かいですむ熱量であったが、今は皮膚が火傷するほど熱い。とんでもない燃え方で、鉄製のストーブが耐えられるか不安なくらいの熱さであった。
「ミーミー」
そして、サキの問いかけに子狐へと戻ったヨグは小さく鳴くだけであった。さっきまでの堂々とした態度など欠片もなく、震える毛玉があるだけだ。
「あ~、も〜、子狐ちゃん!? 教えてよ〜」
サキは毛玉を揺するが、亀のように毛皮のマントに身体を隠して、ヨグは震えるだけで、返答は単語だけである。でもサキも皆もこの魔法のことを知りたい。
この魔法があれば少しは薪が節約できる。寒さが抑えられている建物とはいえ、厚着をしても寒いし、外から戻る時は凍死するほどに身体は凍えている。スープだってぬるくなっても温めないで食べるし、病人でも暖かい部屋で暮らすことはできない。
「ねぇねぇ、教えてよ、ねぇねぇ、子狐ちゃん」
「まままま」
「待て待て、サキ。さっき俺と一緒にいた時はもう少しマシな会話をできた。どうやら人見知りする子のようだから、俺が廊下で聞いてみよう」
「む〜、わかったわ。父さん、しっかりと聞いてきてよ?」
「いや、筆談とかできないんですかね? この子は万年筆を持ってたしできるんじゃないっすか?」
「それだわ!」
ザントの言葉にゼーブとサキはポンと手を打って、紙を探しにいくのであった。
━━結局分かったのは、1時間後となった。
◇
「相似魔法……そんな魔法があるのね、初めて聞いたわっ!」
丸文字で書き殴られた紙に書かれたことを皆で見て感心で唸る。そんな魔法を存在すら知らなかった。
「その『万能ペン』にマナのインクを込めて、発動したい魔法を一つ込めると、『木化不変』の相似魔法を誰でも使えると……」
皆に注目されるのが嫌なのだろう、惜しげもなく、毛玉スライムがポイッと放り投げた万年筆を宝石でも扱うように慎重に持ち上げたサキは『万能ペン』とやらをまじまじと観察する。
たしかにこの万年筆は異様だった。通常はどんな生命体や物でもマナの宿る物は炎のように揺らめき、そのマナ量は燃えるが如く吹き上がるマナ量で分かる。だが、この万能ペンとやらは水晶のように固く、そして薄皮のように薄いマナにより覆われていた。これではどれくらい強力な魔法が宿っているかさっぱり分からないし、下手をしたらマナなどないと勘違いするくらいだ。
恐らくはマナ量を抑えているのだ。そういえば子狐ちゃんも同じようにほとんどマナが感じられなかったっけと毛玉スライムを横目で見つつ、万能ペンを使用した灰へと目を向ける。
ストーブが壊れそうなほど真っ赤に燃えていたのでもったいないが、一旦消火して今度はほんのひとつかみの灰を入れて燃やしたのだが、それでも薪を満タンに入れたのと同じくらいに激しく燃えていた。
灰があれだけ燃えるのなら、もう冷たいスープや、カチコチの黒パンを食べなくてもすむかもしれない。スープを熱々まで温めて、黒パンをサッと炙るのだ。以前は贅沢だったが、今ならできる。
サキは熱々のスープを飲み、炙った黒パンをスープに浸し頬張るのを想像して、唾が自然と口に溜まってしまう。他の国なら呆れるくらいにあたりまえのことだが、それだけこの国での冬の生活は厳しいのだ。
「少し俺っちに使わせてもらっていい、サキ? この書かれた詠唱通りに唱えて万能ペンを振るえばいいんすっよね?」
「私たちも使えれば、どんなに便利になるか分かんないよね。子狐ちゃん、ザントに使わせて良いかな?」
「みみみみ」
うん、たぶん良いよと答えたのだと思う。ザントはちゃっかりと灰入れから灰を持ってきて、もう使う気満々だ。
「へへっ、これがうまくいけば、この国は変わるっすよ〜」
子狐ちゃんから教えられた詠唱を唱えて、ザントが万能ペンを振るう。空中に描かれた黄金の文字は灰に吸い込まれて、灰は銀色の粒子を放ち始めるのだった。
そしてザントはバタリと倒れた。
「ざ、ザント!? 大丈夫?」
なにか副作用でもあったのだろうかと、心配して慌ててサキが駆け寄ると、プルプルと身体を震わして、ザントは万能ペンを掲げる。
「これ……マナを2000は使うっす。俺っちのマナ量は2000ちょいだからほとんど全部消費したっすよ」
「なんだ、マナ枯渇なだけなのね、心配させないでよ」
「あだっ」
特に問題はないわねと、サキはザントをポイ捨てし、ゴチンと痛そうな悲鳴を無視すると、自分も胸を躍らせて銀色の灰を見る。周りの人たちも集まって、期待で灰を見つめている。
「おぉ、他の者でも発動するのか」
「着火」
「おおっ! 燃えたぞ、本当に燃えた!」
ほんの一つまみ、数グラムの灰に誰かが着火の魔法をかける。ボッと炎が噴き出して、まるで油でもかけたかのように勢いよく燃え始め、皆は感嘆の声をあげる。
「すごっ、たったこれだけの灰でこんなに激しく燃えるの!? ちょっともったいないわ、なにか焼きましょう?」
「にににに」
少しの炎も節約する意識があるサキの横を毛玉スライムが通り過ぎて、ちまっとしたお手々を伸ばすとその手に干し肉を持って炙り始める。
自分以上にちゃっかりした子がいたようだ。チリチリと焼かれていく干し肉を毛皮のマントの隙間から覗くヨグを見て、なんとなく嬉しくなってしまう。なんで嬉しく思ったのかは分からない。たくさん嬉しいことがあって選べないのだ。
「ありがとうね、ヨグちゃん! ふふっ、これがどれだけ燃えるのか分からないけど、だいぶ薪は節約できるわ!」
燃えるとはいえ、元は灰。薪よりも早く燃え尽きるだろう。それでも大幅に節約ができるのだ。
と、嬉しさで笑顔を浮かべていたら
「い、1週間保ちます」
「へ?」
「えとえとえと、消火しなければ、マナが消えるまで1週間保ちます。ずっと燃え続けます」
ようやく単語以外の言葉を告げてきたヨグに、思わずキョトンとしてしまう。
「今、え? 今、え? 1週間!? この灰、1週間燃え続けるの!?」
「そそそそ」
驚きで、サキは再び毛玉スライムを激しく揺すってしまい、また単語に戻るヨグ。だって灰なのだから、薪よりも早く燃え尽きるのではないのではなかろうか? 灰の方が長く燃え続けるとかある? そんな魔法みたいなことが……これ魔法の産物だった!
「凄すぎるわっ! 子狐ちゃん、これ大変なことよ! 少しの魔法でこれだけのことができちゃうの!?」
だって、万能ペンを振るって、たいしたマナも使わずに作った灰なのだ。ヨグの踊りは可愛かったけど、特に驚くようなこともなかったのに、これだけの魔法が使えるようになるとか信じられない!
「まま、魔法科学というものです。これこそがこの世界で広まるもの。世界を救う方法となるでしょう。インクは私しか作れませんが、たくさん作るように頑張ります」
「もぉ~、子狐ちゃんサイコー!」
「やったぞ! それならもう節約も必要ないな!」
「おい、灰をどんどん持ってこい! 早く皆に配れるようにするぞ!」
毛玉スライムを持ち上げると、ワタワタと慌てるヨグに頬張りをして、サキは狂喜して、周囲の人々も歓声をあげるのであった。
すぐにヘルゲート陛下へと報告がいったのは言うまでもない。




