7話 城の暮らし
「うむ……そなたはそれで歩けるのか?」
「は、薄情者がいないから、こうするしかないんだもん」
可愛くミーミーと子猫が鳴くようにヨグはゼーブへと不満を露わにしていた。ゼーブのおっきな背中に乗り、隠れるように身を縮めて運ばれてるのだ。
なんでかというと、鹿尾は薄情にもルーファと今後のことについて話し合うと謁見の間に残ったので、コミュ障のニートは一人で外を歩くことになったのである。
コミュ障のニートは一人で外を歩くことになったのである! とても悲しいので二回繰り返しました。義兄には後で絶対に仕返ししてやるもん。
側に身内がいなければ、産まれたての子猫のように震えて動けないのがニートとして産まれたヨグなのだ。伊達に9歳からニートをしていないのである。
全然自慢にならないことを、なぜか自慢しつつ、知り合いでもないおっさんに運ばれる精神赤ん坊レベルのヨグであるのに、ゼーブのおっさんは苦笑するだけなので、とても人ができていた。
「その……なんだ、そなたは暴氷熊の前では勇気を出して、鹿尾陛下が魔法を唱える時間稼ぎをするべく、逃げ回っていたではないか。幼いそなたの勇気はどこにいったのだ?」
「みみみ、身内がいると頑張れるんです」
「身内がいるとか。それだけでもたいしたものだ。この城にもその歳で暴氷熊と立ち回れる者はおらぬ。そなたは勇気ある戦士だ。胸を張るが良い」
「ミーミー」
褒め言葉に照れて鳴くヨグ。これまでは、あまり褒められることは無かったので、ゼーブの背中をペチペチと頬を少し赤く染めて叩くのであった。
そこに真実はなくとも。
━━とはいえ、鹿尾の言うとおりに城内を観察しているのだけれども。
「えええと、この城がこの世界ではスタンダードなんですか? このたててて?」
「ん? 建物のことか? この首都ヘルゲートは新しく建てられる物以外はな。……まぁ、最近建てられた新しいものなどないが」
なんとヨグの緊張したセリフをゼーブは分かったのだ! 驚きとともに少し嬉しい。この状態だと、どもるからヨグの話を聞かない人は多いし、わかってくれない人がほとんどなので、ヨグはこの無口なおっさんを気に入って、子猫のように背中にご機嫌になるのであった。
自分の言葉を理解してくれる人には懐くのがニートチルドレンなのだ。なので緊張も一気に溶けて、どもりもなくなる。ちょろいヨグなのである。
「ということは、この建物はなんなんですか? 外は吹雪いているのに、中はそこまで寒くはないんですけど」
廊下を歩いているが、建物内部は全て継ぎ目がない。松明による長年の汚れで真っ黒だが、元はクリーム色の壁だったのだろう壁は汚れてはいるが経年劣化によるひび割れなどの欠損は見えない。
これはこの世界の文明度を推測するのに、酷く歪な情報である。毛皮を着て、粗末な鉄の槍を持っていた雪原でのゼーブたちを思い出すに、明らかに変であった。
「あぁ、俺もよく知らんが、ヘルゲート帝国は同じような建物が各地にある。ドームが半分街を覆い、その中では寒さを抑える建物が建っているというな。そうでなければ俺らはこの地に住むことは不可能であったろう。なにせ三百万人の人口を抱え持つ国だからな」
「なるほど、寒くはあるが暮らせない程ではないと。そうなるとこの建物を新たに建てることは不可能なんです?」
「うむ。この建物の建材がなにかもわかってはおらぬ。それどころか、魔法でも傷一つつけることができないのだ。なので建物の上に必要な物を配置している感じだな。木窓とかは俺らが取り付けたのだ」
木窓を指差し苦笑いを浮かべるゼーブに、ヨグは納得する。どうにも松明や木窓が周囲の建物から浮いていたのだ。例えていえば、最先端の科学要塞に木窓が取り付けられているというところだろうか。
「古代文明とかワクワクしますね! 誰も調査はしないんです?」
「昔は皇帝陛下がヘルゲート帝国の全ての街の天候や気温まで統括していたという話だが眉唾だな。魔法だってそんなことはできまい。だが、調査をしようとする者は大勢いた。しかし、皇帝が天候を操っていたとされる儀式場は地下にあり、その地下に入るには儀式の扉を開ける必要があってな。誰も開けられないので、調査と言っても名ばかりのものになってしまった」
へぇ、扉があるんだ。懐かしい。昔、絶対に開けないぞと固く扉を閉じていた人たちを思い出すよ。でも、絶対に開かない扉なんてないんだよね。
「結局、調査してもなにも分からず、調査資金を横領した者もいて、今は奇特な変人が個人的に細々と調査をしているくらいだ」
「教えてくれてありがとうございます」
ふ~ん、そんな背景がこの世界にはあるんだ。なるほどね。古代遺物とか古代文明とかワクワクするワードなので、餌を前にした子猫のように、ヨグは目を輝かせるのであった。
「でも、この国に住む人たちは大変ですね。住めるからと住む理由はないはずです。南に行けば、もっと楽な暮らしができるんじゃないですか?」
ごく簡単な解決方法だよね? こんな土地よりも暖かい土地に住むほうが良いのではなかろうか?
と思ってたけど、それは現代地球の感覚に当てられた人間の浅はかな考えだったようで、ゼーブは首を横に振ってくる。
「駄目だ。土地もなく金もない者が新たなる土地に行ってどうする? 一人か二人ならともかくとして、大勢が向かうとなると?」
「南大陸は人手不足で、大歓迎をしてくれるとかは?」
「そんな都合の良いことはない。良くて農奴として、財を持つことも許されずに暮らすこととなる。下手をしたら鉱山奴隷か、戦闘奴隷だ。家族はバラバラとなり、その人生は決して明るくはないだろう。━━それに、この地に暮らすことを俺らは誇りに思っている。たとえ魔物が徘徊し、冬に年の半分が覆われても、苦しくとも強き戦士としてな」
「土地愛と誇りですか。なら、この地に住むことも納得です。誇りはなによりも大事なものですもんね」
誇りを捨ててニートとなったヨグとは大違いだ。
「ふっ、まだ幼いのにわかっているではないか。そうだ、誇りとはなによりも大切なものなのだ」
ヨグの言葉が嬉しく、ゼーブはヨグの頭をワシャワシャと撫でてくれる。撫で方は雑だけど、優しい気持ちも感じられて、クスクスと笑うヨグであった。
「とはいえ、誇りだけで生きることも難しい。特に子供たちにはな」
嬉しそうな顔を急に悲しげにするとゼーブは扉の前で立ち止まり、ヨグへと振り返る。
「この国の暮らしぶりを知りたいのだろう? ならここで聞いてみるがよい。ほとんどの住人はここにいるはずだからな。冬の間は薪を節約するためにも、この生活棟といった建物にいる」
どうやらゼーブは真面目に運んできてくれたらしい。
が~ん
━━油断した! 自室に運んでとあらかじめ言っておくべきだった! 鹿尾の言うとおりにゼーブはしてくれたのだ。ヨグが鹿尾の指示をガン無視して、自室に引きこもるつもりだったとは露ほども思っていない模様。
ちらりと中を見ると、毛皮を着た人たちがたくさんいた。寒い中でも、騒がしく、辛そうな様子など微塵も感じさせない。あの様子だけで、この地の人たちは強い人たちだとわかる。
うん、ニートのヨグが入り込める部屋ではない。あれだ、長い間野球チームとかクラブでまとまっている仲の良いグループといった感じ。
この楽しそうな雰囲気の中に、先生が入ってきて、ヨグを紹介するのだ。「この子は少し気が弱い子だが、仲良くしてくれ」と。
ご、拷問かなぁ? 紹介されるヨグも気まずいけど、チームの人たちも嫌だろう。なにこの子といった目つきで見られるなんて━━。精神が桃よりも柔らかいヨグには無理だ。
うん、私は異世界に来たから本気を出さない!
固い決意と共に、ゼーブへとツンツンとつつく。
「あの、中に入る前に毛皮のマントを貸してくれますか?」
◇
ヘルゲート帝国の住人の冬の暮らしは決まっている。外に行かない時は、各区にある生活棟の冬の部屋にて日中はそれぞれ暮らすのである。
吹雪の中でも、室温は一定に保たれているとはいえ、室温は15度程度。厚着をして、肩を寄せ合って暮らす必要がある。一つの大部屋で過ごせば、人々の熱気が自然と部屋を温めるし、話す相手にも困らない。魔物との戦闘でほつれた毛皮を縫ったり、ゲームをしたりと冬でも楽しんでいた。
正直に言うと、もっと薪ストーブに薪を入れて欲しかったし、塩っぱい干し肉を片手に酒を飲みたいが、ヘルゲート帝国は貧乏なため、贅沢は言えなかった。
それに今日は驚くべき話題もある。
「なぁなぁ、聞いたか? ルーファ様はご結婚なされたらしいぞ! 昨日、お達しがあったんだ」
「あぁ、聞いた聞いた! 誰かは分からないが、炎魔法の使い手らしい」
「お前ら、ろくに知らんのだな。どうやら召喚にて訪れた大魔法使いらしいぞ。なにせ、あの暴氷熊を魔法で仕留めたとか」
「そりゃすげぇな。あの化け物は追い払うのが精一杯のはずなのに」
「これで気にくわねぇ、ジェルズ王国の男が婿としてくるのもなくなったわけか。ソレは目出度いな!」
カンパーイと、ぬるま湯の入った銅ジョッキを打ち合い、いくら噛んでも噛み切れない石のように硬い塩漬けの干し肉を男たちは齧る。
冬の間の話題は暗いものが多い。あそこの子供が寒さで病気になったとか、魔物との戦いで誰それが亡くなったとか。
だからこそ、久しぶりの良い話題に皆が顔を明るくする。大人たちも子供たちも。
そのような明るい雰囲気の中に━━。
「ゼーブ様ではないですか。なにか御用ですか?」
大柄な体躯の無口の戦士が入ってきた。ゼーブ・バアル。このヘルゲート帝国の頼りになる将軍だ。無口ではあるが気の良い人なので、強面であるのに人気がある。
「……うむ。この子を紹介に来た。仲間に入れてやってくれないか?」
「子供ですか? ……これなんですか?」
ゼーブの背中からモゾモゾとおりてきたのは毛皮の塊で、皆の目は点へとなるのであった。




