6話 結婚の理由
「これはマシット・ジェルズ。随分と礼儀知らずな訪問ですね。先触れも出さずに他国の皇帝に謁見しようとは、貴国ではそのようなことが許されるのでしょうか? そんなことをするのは礼儀を知らない蛮族のみだと思っておりましたが」
さっきまでの柔らかな顔は厳しく変わり、ルーファは闖入者を睨む。その態度は皇帝にふさわしく威厳があった。これが外向けの表情であり、鹿尾やヨグへ気を遣って気安い態度をとっていたのである。
その厳しい視線に、マシットと呼ばれたデブのおっさんは一瞬怯むが、すぐに見下すような目つきに変わるとヘラリと笑う。
「これは申し訳ありません、ヘルゲート陛下。友好国の大使として、結婚は寝耳に水でしてな。まさかとは思いますがデマですよな? ご結婚が近い尊いお方の噂をする者など、酷い者がいるものです」
その言葉に謁見の間は静まり返り、マシットと呼ばれた男へと向ける敵意が膨れ上がったことをヨグたちは感じた、アルは細目を糸目に変えて、無口なゼーブは視線だけで、敵意を隠そうとせずに。女帝であるルーファだけは、厳しい顔つきではあるが、敵意をうまく隠している。今は失礼な言葉に多少不機嫌であると示す程度に抑えていた。
「デマではありません。私、ルーファ・クラウ・ヘルゲートは鹿尾・相馬との結婚を昨日にしました。結婚式の招待状をマシット大使にもお送りしたのですが、届かなかったでしょうか?」
「……昨日届いておりました。薪や食糧の輸出を増やしてくれないかとの、いつもの手紙に紛れ込んでいましてね!」
ピクリと眉を顰めてマシットは小狡い笑みの裏で怒りでこめかみに青筋を立てる。反対に、もの柔らかな笑みへと変えるルーファ。
「それは良かった。出席して頂けないのは残念ですが、反対もなさらないとの現れ。祝福をして頂けたと認識しております」
ルーファの言葉に、悔しげに拳を握りしめるマシットだが、反論の言葉はなかった。他国のトップへと隠そうとしない強い憤怒の目を向けてはいるが。
だいたいの話の流れは分かったとヨグと鹿尾は小さく頷く。どうやら鹿尾との結婚は、結婚自体に意味があったのだろう。あれだけ急いだのは、このおっさんの国との関係性に問題があったに違いないと。
「……我が国との縁談を台無しにするほどに、ヘルゲート陛下が愛する方がいらしたとは、ついぞ聞いたことがありませんでした。そのような幸運な男はどなたなのですかな?」
ギロリと周りを見渡すマシット。だが、その視線はすぐに鹿尾に止まった。周りの北欧人のように肌が白く、野性味のある男たちとは違い、黒目黒髪でナヨッとした体格なのだから当然だ。
「あわわわ」
女帝をガン無視して、ドスドスと怒りをあらわに近づいてくるので、ヨグはちょろっと素早く鹿尾の後ろに隠れた。だって、猪豚のように顔を歪めて迫ってくるのだ。か弱い子供には怖いもん。
「貴方様がヘルゲート陛下のご結婚相手かな? 私はジェルズ王国が大使、マシット・ジェルズと申します。ふむ……」
慇懃無礼とは、この男のことをいうのかもしれない。女帝の婿だと知っているのに、見下してきた。それに目にマナを集めている。鹿尾の人となりは無視して、体内に眠るマナの量を見ているのだ。
マシットはすぐに鹿尾のマナ量を見抜き、その予想以上のマナ量に舌打ちする。
「マナ量が一万を超えている!? そんな化け物のような量を持つ人間がいたのか……」
マナ量は魔法を使用するのに必要だ。だからこそ、マナ量の多い魔法使いは尊重される。天然でこれだけのマナ量の持ち主は見たことがないおっさんが驚くのも無理はないのだ。この世界では勇者とか並みに羨ましい存在だと思う。
えっへん、この人は私の義兄だよ、ドヤァ。
鹿尾の背中に隠れながら、ドヤ顔を見せる小兎のように可愛いヨグだが━━。
「プッ」
舌打ちしたと思っていたら、次は忌々しい顔になるかと思いきや、なんとマシットは吹き出すように笑い始めた。
「プッ、ワハハハ、おっと、失礼? この時代にマナ量の多い者と結婚をなさるとは、魔物を倒すためにという方ですかね? マナ量偏重主義など、過去の話、もはや廃れているというのに、さすがは北の極地にあるヘルゲート帝国です。ワハハハ」
あれ? ここは悔しがるところじゃないの? ブヒーッて鳴いて、地団駄を踏むところだと思ってんだけど?
鹿尾とヨグは同じ思いで、顔を見合わせて戸惑う。召喚は勇者的な存在が必要だったからだと思ってんだけど?
「ここは魔物が棲息する唯一の国です。仰るとおり、マナ量偏重でないと、国民も納得しませんからね。なので、申し訳ないが、ジェルズ王国の方では私のお相手にはならなかったのです。とても残念ですが、ご縁がなかったのですよ」
笑っているマシットへと冷たい声で告げる女帝。その言葉にピタリと笑うのをやめると、厳しい目となるマシット。
「……そうですか。せっかくの両国の友好の懸け橋となるかと思っていたのですが……こちらも残念です。あ、そうそう、そういえば結婚のお祝いというわけではないですが、船の到着が遅れておりましてな、今後の我が国からの輸出品が減少することを覚えておいてくださいませ」
頭を下げると、マシットは足取り荒く去っていき、後には気まずそうな空気の謁見の間だけが残ったのであった。
◇
「申し訳ありません、ダーリン。今の話でだいたいご理解できたと思いますが、我が国は北極大陸と呼ばれる大陸の支配者、ヘルゲート帝国。……と言えば聞こえは良いですが、実際は雪に年の半分が閉ざされる極寒の地。作物を育てるのも、家畜を育てることも厳しく、常に寒さと飢餓に苦しむ国なのです。特産品と言えば、この地にしか存在しない魔物の素材のみなのです」
北極大陸……。地球では北極は氷のみが存在する地で、大地はない。南極大陸は大地はあるが、北極は暑ければ存在しない架空の地であるのに、この世界では違うらしい。
「北極大陸から海を挟んで南の大陸の王国からの輸入に頼り切っているのですね? だが、話を聞くに魔物の素材は高額で取引される物。それらと燃料や食糧を交換している国がジェルズ王国というのでしょうか? そして、先ほどの話から推測するに、彼の国の出身の貴族か王族と結婚を勧められた。だが結婚をすれば、彼の国の良いように取り込まれると思ったから僕を召喚したのですね? マナ量が多い者と結婚をするという理由で」
鹿尾は推測を口にする。二枚目の義兄は多少得意げに話すが、その推測は正しかったようで、困った顔を向けて、ルーファは頷くと背もたれに寄りかかって嘆息した。その様子からだいぶ疲れていることが分かった。
「そのとおりです。魔物を倒すには魔法が必須。他の国ではもはや廃れ始めた魔法が、このヘルゲート帝国だけは必須なのです。マナ量が5000あれば、第一級の魔物も討伐できますからね。ジェルズ王国の用意した王子はマナ量がたったの200でした。この帝国では皇族が先頭に立ち、魔物と戦うことが義務付けられてます。取り込まれることも恐れていますが、それ以上に魔法もろくに使えない人間は必要ないのです」
「我が国の国民は最低でも1000のマナ量を持っていますが、他国では数百のマナ量、しかも段々と少なくなってもいるのですよ。魔法は覚えるのも大変ですが、使い道がほとんどありませんからねぇ」
女帝の言葉に細目さんも補足してくれる。でも、納得できないこともあるぞ? 使い道がほとんどないだって?
「あ、あにょ……魔法は万能のはず。マナ量が数百あれば、色々とできると思うんですけど」
ちょこんと手を上げて、ヨグはオドオドと口を挟むと、皆の視線が集まるので慌てて隠れる。
生まれてこの方、マトモに人生を送ってこなかった。話し合いでは身内だけで、他者との交流もなく引きこもっていたのだ。
なので、会話は不可能です。コミュ障の子供なのだ。早く部屋に戻って、ゲームしたい。
「……うむ、確かに子供の言う通り、魔法は強力で万能だ。しかし初級魔法でも使えるようになるには、字を覚え、魔法語を使えるようになり、マナの制御が必要。中級魔法となると、才ある者で10年、才なき者は30年はかかる。いわんや、上級魔法となると……」
そこでゼーブは鹿尾をじっと見る。わかるわかる、その常識だと鹿尾は最高レベルの炎魔法を使ったのだから、天才を超えた神レベルの才能の持ち主と言うことになるのだろう。
でも、ここの常識を地球出身者に当てはめないでほしい。効率的で合理的な授業と様々な触媒による育成論は、ゼーブの言いようだと、数百年は進んだ学習方法となるのだろう。確かに鹿尾は天才ではあるが、元々の環境も違うのだ。
まぁ、言いたいことは理解した。要は魔法は覚えるのも大変だし、実践的な実力を持つのは気が遠くなる時間が必要だから現実的ではないということだ。
「簡単な炎魔法を覚えるよりも、火打ち石を使う方が簡単。それに南大陸は種子島とかいう銃が最近出始めているから、ますます魔法使いはいらなくなってるんだよ」
「種子島?」
「うん、そうなんだ。あれは強力でね。魔物には通用しないけど、人間相手なら当たれば倒せる。たいした訓練も必要なく、ただ引き金を引けば良いから、戦士ももはや必要なくなってるらしいですよ」
肩をすくめて、残念そうに教えてくれるアルだけど、種子島とかいう銃? 何となく嫌な予感がするぞ。
「話を戻しますが、そのためジェルズ王国は魔法をもはや重要視しておりません。なので早急に私にふさわしい方を必要としていたのです。もう一年前の話で、誤魔化し誤魔化し、他の方策を考えていたので、鹿尾が来てくれて本当に助かりました。後は、これを理由に輸入を止められることで、我が国に凍死者や餓死者が出ないようにするだけです。ですが、それは魔物の素材をこれまでよりも安く売ることでなんとかなるでしょう」
ルーファは安堵と悔しさの混じった微笑みを見せる。国の頂点として、国を守るためにあ国民に苦しみを与えることを沈痛しているのだ。
「なるほど……。よく分かりました。では夫として王配として、僕も最初の仕事は、この貿易格差をなんとかするアイデアを出すことにします」
優しくともブラック企業での経験を知る鹿尾はやり甲斐のある仕事を前に、楽しそうに優しい笑みを浮かべ
「私は部屋に引きこもります」
ヨグは部屋へと帰るのであった。
「いやいや、ヨグはこの人たちの生活を見てね?」
鹿尾に首根っこを掴まれてしまうのだった。私は一人では出歩けませんよ? 生まれたての子猫のようにヨボヨボと歩きますよ?
きっと虐待だと思うんだけど?




