4話 宴会
「申し訳ありませんでしたっ!」
ガンガンと額に頭を打ちつけて土下座を美女がしていた。ブロンドヘアの美女が土下座をする姿はあまり見たくない光景である。
「頭をお上げくださいレディ。その麗しき顔を床につけるのは見ていて心苦しいのですよ」
サラリと手を差し伸べて、無駄にカッコつける鹿尾。懸命にセリフを考えていることが分かるが、たぶんドラマとかのをパクっているのだろう。それでも彼は二枚目なので様になっていた。
ヨグと鹿尾はあれから、城に案内されていた。吹雪の中で、ろくに前方も見えない中で、雪に埋もれかけている街門を通り抜けて、真っ白に染められている家屋を横目に、人気が無い大通りを通り抜け、たぶん立派なのだろう城へと連れて行かれたのだ。予想でしか言えないのは、吹雪のせいでさっぱり分からなかったからである。
そして今は謁見の間であろう広間で、玉座の前で額を床に擦り付けている美女がいるというわけ。この光景を見たら、悪人が美女をいじめていると勘違いすること請け合いです。
「あぁ、なんとお優しい。まさか一年も経ってから召喚に応じてくれる方が現れるとは思ってもいませんでした。ありがとうございます。以前に召喚魔法が使われたのは666年前らしいので、やはり伝説はお伽噺だったかと諦めておりました」
頭を上げた美女が誰何してくるので、召喚に応じたのでと鹿尾が説明すると、さりげなく服装を観察されて、鹿尾やヨグの様子を見てから、美女は再び礼をしてくれる。
どうやらこの世界ではあり得ない服装だったので信じてくれたようだ。たしかに白い毛皮でインナーは革の服といういかにも古代レベルの服装の彼らと、綿やナイロン製の洋服を着ているヨグたちとでは明らかに技術レベルが違うので。もしかしたら吹雪の中でのこんだけ軽装なアホもいないだろうと考えたのかもしれない。
だがそんなことよりも一年前との話に、鹿尾がヨグへ疑問顔を向けてくる。
「……え? 一年?」
「兄さん、私が思うに通信状況が悪かったんですよ。ほら、次元が違うから遠すぎて」
「そっか、なるほどね。あはは、僕こそ申し訳ありませんレディ、もう少し早く来るべきでした」
お気楽にヘラリと笑って納得する鹿尾だが、ヨグは本当の理由に薄々気づいていた。
(たぶん召喚による応募を各世界の対象者にしてたんだろうなぁ……。兄さんは天然にしては多い16000のマナを持ってるけど、多元世界は広いから、多い順に断り続けられて、一年かけてようやく兄さんの順番になったんだろうね……)
他の召喚対象者はこんな怪しい条件の応募に乗らない賢明さをもっていたのだろう。何人が断ったかは分からないが一年という長さが、膨大な人数に声をかけていたことが分かる。
即ち鹿尾は一日に一人声をかけていたとして、最低でも365番目の候補であったのだ。
(うん、兄さんには教えないでおこうっと。教えても良いことないし、この美女も一年かかった理由は気づいてなさそうだしね)
この秘密は墓場まで持っていこうと誓うヨグであった。
◇
「では、改めまして旦那様、それと親族さん。ようこそコキュートス大陸はヘルゲート帝国へ。私はルーファ・クラウ・ヘルゲート16世。ヘルゲート帝国の女帝をしております。当年18歳です」
自然な様子で毛皮のコートの裾を持ち上げてカーテシーをするルーファ。その様子は気品と品位を感じさせ毛皮のコートを着ているにもかかわらず上品な美しさを魅せていた。
「僕は相馬鹿尾、いや、この場合は鹿尾・相馬か。相馬家の者にして炎の使い手、太陽の申し子と呼ばれております」
装いを正し、背筋を伸ばしキチッとした礼を返す鹿尾。余計な二つ名を加えているので隣に立つヨグは顔を赤面しないように耐えるのが精一杯である。その二つ名は厨二病の時に付けた名だと昔に聞いたことがあるのに止めてほしい。幼心にも結構きくものがあるのだ。
とはいえ、魔法の世界では自然なのか、それともスルーしてくれたのかルーファは笑みを崩さない。
「わたわたわた、んんっ、テイクツー」
少し身体が震えて緊張で石化しそうになるので、咳払いをしてヨグはやり直す。
「私はヨグ・相馬です。歳は12歳、相馬家の養子となります。よろしくお願いします、ヘルゲート陛下」
ヨグと鹿尾の挨拶が終わると、ニコリと微笑むルーファ。
「旦那様とヨグさんを迎え入れることができて嬉しく思います。歓迎いたしますわ。もう旦那様とお呼びしてもよろしいですわよね、鹿尾様?」
「もちろんですよ! そのために来たのですからね」
「ありがとうございます。それでは私はルーファ陛下と公的には呼んで欲しいのですが、私的にはハニーと呼んでくださいませ」
「分かりましたハニー、これから共に人生を歩んでいきましょう」
ブロンドヘアーのルーファにメロメロの鹿尾であった。
そしてルーファというと
「歓迎の準備が遅れて申し訳ございません。明日結婚式を行うので、それまではお部屋でお寛ぎくださいませ」
「分かりました。明日結婚式なんですね。……明日ぁ!?」
「はい、早すぎて申し訳ありませんが、邪魔な横入りを防ぐためなのです旦那様」
驚く鹿尾とヨグを他所に本当に次の日結婚式が行われた。部屋へと閉じ込められて、一眠りしたらあれよあれよと結婚式の日となったのだ。
◇
吹雪を防ぐために木窓が閉めてあり、暗さを防ぐために壁に備えられた松明がパチパチと燃えている。天井にはシャンデリアがぶら下がり、水晶の蝋燭立てに炎がいくつも踊っている。テーブルには肉やらスープやらが大皿で乗せられており、エール酒が樽ごと置かれていた。
急遽行われた結婚式は、体育館も丸ごと入りそうな大きさのホールで行われることになったが、一年という月日を経過していた突然のことなのに、人が大勢集まっていた。二百人はいるだろう、それはヨグにとっては予想外であった。
(明日結婚式をするといわれて、これだけの人が集まるかな? いや、無理だよね、普通は状況の把握をするはずだ。しかも女帝の結婚式なら、出席者は高位貴族のはず。なのに無警戒に集まって素直に結婚式を歓迎する? 変すぎて推測すらも立てられないや)
集まった人たちは、男性はスーツに似た布の服で、女性はあまり染色は良くないが、ドレス姿だ。この世界の文明がどれくらいのものかはわからないが、高位貴族の着る物だ。最高級品に近いはずで、彼ら彼女らは一様に歓迎の笑みを浮かべていた。
これまでの経験からヨグはその笑顔が作られたものではなく、本心からであると推察した。
(異世界から来た婿を歓迎するとは、どんな理由からなのかな。魔王退治とか言わないでほしいね)
怪訝に思うが口には出さずに、ニコニコと笑顔でいる中で、鹿尾とルーファの結婚式は始まっていた。
礼拝堂もないし、それらしい儀式の台もないが、それでも一段上の壇上で、顰め面をした老人が羊皮紙でできたスクロールを開いて、朗々と語る。
「相馬鹿尾。貴方は雪狼に餌にされようとも、氷に閉ざされ永遠を氷の彫像として生きようとも、ルーファ・クラウ・ヘルゲートを愛することを誓いますか?」
定型文なのだろう。内容は酷いが形式上なだけだと分かるのに、
「誓いません」
にこやかな笑みで否定する鹿尾。その言葉に広間にいる人々が笑みを消してシンと静寂が支配する中で、鹿尾は言葉を続ける。
「そのようなことにならず、僕はルーファを愛し続け、守り抜くことを誓います」
その笑みからは考えられない素敵なセリフ。
「おおっ、あいつやるな!」
「ナヨナヨした男だと思ったがかっこいいじゃねぇか」
「笑顔を含めて素敵なセリフね!」
観客たちは感心して、喜びに沸き立つのであった。
いちいちかっこづけをする鹿尾に苦笑を禁じ得ないヨグであるが、花嫁も感動したようで、力強く頷くと、同じセリフを口にする。
「私もそんな場面に陥ることなく、鹿尾を愛し続け守り抜くと誓います!」
ルーファは感極まったような輝く笑顔で鹿尾に勢いよく抱きつく。どうやらこの一瞬で鹿尾はルーファの心をしっかりと射止めたらしい。
ワッと歓声が起こると、他の人々も集まって、2人を胴上げして祝うのであった。
「兄さんはキザを地でいくなぁ、私ではマネできないや。せっかくだし料理でも食べようっと」
その様子を微笑ましく見ながら、料理を食べるヨグだが、料理から、その文明度がわかると昔本で読んだことがあるが、そのとおりだとヨグは実感していた。
「しょっぱい……」
テーブルの下に座って、試しに大きな肉の塊から切り分けられたローストビーフ風の焼肉を口にすると、まるで塩を噛んだかのようにしょっぱい。うへぇ、と小さな舌を出して、口直しにスープを啜ると、
「これもしょっぱい……」
基本、どの料理もしょっぱかった。クタクタに煮込まれた野菜のスープも、カチカチに硬いパンも、焼きすぎて焦げている魚料理も。
だが、顔に出すわけにはいかなかった。なぜならば周りの人々は美味しそうに食べているからだ。しかも久しぶりのご馳走だと喜びで顔を輝かせている。そんな空気を壊して、これはまずいというKYなことはヨグにはできなかった。
(それにこれはかなりの苦労がいるだろうし。肉を焼く、スープを煮込む、どれも大量の薪を使ったはず。外は猛吹雪でこの地は極寒の地ぽいから薪を大量に使うのは贅沢なことだったろうし。……パックを開けるだけで作れるお惣菜や、お湯で温めるだけで美味しくなるハンバーグ、タレの素をいれるだけの麻婆豆腐。簡単だけど、偉大な発明だったんだなぁ。科学技術って凄いや)
肉の塩漬けは豚肉の大きな塊で、魚も一抱えはある大きさ。スープは大鍋であるので、これを作るには大変だったのは素人でも分かる。
こんなに手をかけなくても美味しくなる料理に思いを馳せて、ヨグは嘆息してしまう。この世界は文明度が極めて低い可能性がある。
「カンパーイ! いやぁ、ルーファ様に婿を迎えることができて良かった良かった」
「これでこの帝国も安泰ですな」
喜びを口にしながら肉を食べる人たちは、予想よりも遥かに礼儀とか関係無いらしい。気が楽で良いけど、礼儀作法が発達していない理由も文明度が低い裏付けになりそうだ。
(この世界、文明度は低いだろうけど……変なところもある)
木窓は吹雪のためにカタカタ揺れて、外に出たらバナナで釘を打てそうだ。
だが、外は猛吹雪なのに、この部屋は松明だけとシャンデリアで明かりをとるだけで、暖を取る物がない。それなのにスーツに近い服を着る男性と厚手ではあるがドレス姿のご婦人たち。
ヨグ自身も寒いけど、耐えられない程ではない。エアコンで最低温度にしたくらいだろうか。これは絶対にあり得ない。本来はこの広間は冷凍庫のように寒くなり、皆は凍えているはずなのだ。
「魔法のある世界、か……。何か秘密がありそうで面白くなりそう」
クスリと笑うとヨグは次の料理を探すのであった。




