7:疑惑
今年もイルミネーションが輝く季節になった。ベーカリーつきおれがある商店街にイルミネーションはないけれど、おのおのの店の店頭にはクリスマスっぽい飾りが飾られている。それはベーカリーつきおれも例外ではなかった。
クリスマス前には商店街のお祭りが今年もある。もちろん夏にもお祭りをやっていたのだけれども、去年の冬に引き続き夏も参加したところ、客の動きは冬と夏とで違うようだと啓介は分析していた。
とはいえ、パン釣りが好評であることには変わりがないので去年の冬や今年の夏に引き続き実施する予定になっている。どうやら大和もパン釣りが気に入ったようで、このところはパン釣り用のパンの試作にも熱が入っている。目に見える部分だけでなく、見えない部分も凝った作りになっているというのが啓介にもわかった。
「おっさん、パン釣り用のパン試食してくれない?」
早朝、前日の余りのパンを販売している時間に試作品を焼いていた大和が啓介のところに魚の形のパンを持ってくる。魚の顔をチョコペンで書くだけでなく、表面に数枚のアーモンドスライスを差し込むことにより鱗も表現されている。去年の冬に作った魚のパンは、魚の形にチョコペンで顔とひれを描いているだけの簡単なものだったのにな。と思いながら啓介はパンをかじる。中に入っているのはシンプルなチョコレートクリームだ。それを味わってなるほどと思う。
「チョコレートクリームからクルミを抜いて、表面のアーモンド分のコストをカットしたんですね。
でも、こっちの方が手間がかかるでしょう。どうしてこういう風に?」
啓介の問いに大和はこう答える。
「あー、アレルギーが出るかもしれないやつは、見た目でわかった方がいいかなって思って」
「なるほど、そういうことなんですね」
啓介はそこまで気が回っていなかったので、大和の発想におどろく。しかし言われてみれば、パン釣りのパンには材料の表示ができない。見た目でわかった方が子供に食べさせる親としては安心だろう。
そうしているうちに、いったん店を閉める時間になった。割引のパンが入っていた籠には三個ほどしか余りが入っていない。この店が早朝オープンをはじめた当初に比べると、確実に廃棄になるパンは減っていた。啓介と大和が廃棄のパンを食べることもだいぶ減ったことになる。しかし、大和がしばしば試作品のパンを焼くので、パン中心の食生活であることには変わりがない。それでも、このところは啓介も大和も外食をする余裕ができ、近隣のうどん屋に度々顔を出すようになっている。まだ店主とそんなに親しいわけではないけれど、この土地のうどんはたしかに、人の心をつかむのが納得いくほどおいしかった。
あのうどん屋の店主達も商店街のお祭りに来るだろうか。そんな期待を抱えながら、啓介は大和が作った朝食を食べる。朝食を食べ終え、部屋から台所に食器を持って行くと大和に声をかけられた。
「そういえばおっさん、最近また店を閉めたあとすぐに部屋に籠もってることあるけど、なんかあんの?」
その問いに、啓介は曖昧に笑って返す。
「実は、今回のお祭りの経理も任されてまして」
すると、大和はすこし怒ったような顔をする。
「たしか、文房具屋のおっちゃんが経理担当だったはずだろ? なんでおっさんがやってんだよ」
「えっ……と、その、文房具屋のご主人に頼まれまして」
遠慮がちに啓介が返すと、大和は威嚇するように啓介に言う。
「あんま人からの仕事を安請け合いすんな。
そもそもなんでおっさんにやれって来たんだよ」
「あの、僕がパソコンを使うのに慣れてるからとのことなんですけれど」
「だからってなんでおっさんはそんな安請け合いをした?」
「えっと、この店が商店街になじめるきっかけになればいいなって思って」
啓介の言い分に、大和は大きなため息をつく。
「たしかに商店街でのつながりは大事だけど、安請け合いしてパシリになるのは違うだろ。
ちゃんと商工会長から頼まれたんでないなら、次から断るんだな」
「……すいません」
「まあ、今回はしょうがない。ちゃんとやれよ」
大和の言い分ももっともだ。文房具屋の主人が一昨年の冬までは経理を担当してきちんと回していたのだし、そもそも商工会長は啓介が経理を担当することに反対している。本来なら文房具屋の主人に任せるのが筋なのだ。
けれどもなぜか、啓介はこの経理の仕事を自分がやらなければいけないという予感を持っていた。
そうこうしているうちに、オープン時間が近づく。啓介も大和も身支度をし、パン小屋に置かれている袋詰めしたパンを店頭に並べていく。そうしていると、パンの値札が目に入る。以前は大和が手書きしていた質素な値札だったのだけれども、このところは琴子に頼んで値札を書いてもらっているので、白黒の文字だけなのにポップでかわいらしい。
パンの陳列が終わり、大和がいつものように指さし確認をしてから入り口に開店を告げる札をかける。しばらくの間静かな時間が流れる。ふと、入り口のドアが開いた。
「おはようごさいます」
そう言って入ってきたのは、この街に戻ってきてから週に何度も顔を出している琴子だ。今日もパンを買いに来たのだろう、心なしかうれしそうにしている。
「琴子ちゃん、カレーパンまだあったかいよ」
「ほんとですか? やったぁ!」
大和が珍しく愛想の良い声で琴子に言うと、琴子は早速カレーパンをトングでトレーに乗せる。それ以外にも家族用だろうか、うどん用のパンを二個ほどトレーに乗せている。
それをレジに持ってきて、会計をしているときに琴子がこんな話をした。
「そういえば今回の商店街のお祭りのポスター、私がデザインしたんです」
それを聞いて啓介は思わずにこにこしてしまう。
「それはすごい。琴子さんももうこの商店街じゃ有名人ですね」
啓介の言葉に、琴子はちらりと大和を見てから返す。
「このお店で仕事募集の広告を出させてもらってるから、それでだと思います。
商店街でポップの仕事とかいろいろやってたら、この商店街以外のところからもちゃんとお仕事来るようになったんですよ。
このお店のおかげです」
その言葉に、大和は照れたように顔を背けて返す。
「それは、琴子ちゃんがちゃんとした仕事をするからだし、この店のおかげだけではないだろ。
まあ、きっかけにはなったかもだけど」
素っ気ない大和の態度に琴子はくすくすと笑いながらまた訊ねる。
「そういえば、今回もパン釣りやるんですか?
夏の時もすごく子供達が集まってたし、良かったらお手伝いしますけど」
「え? 頼める? それならお祭りの日手伝ってくれないか。バイト代出すから」
「はい、もちろんです。あと、カレーパンも付けてくれるとうれしいな」
「おう、もちろんよ」
そのやりとりを聞きながら、啓介はお祭りの経費のことを思い返していた。大和には話していないけれど、去年の冬も、今年の夏も、経費の動きになにか引っかかるものを感じていたのだ。
それが思い過ごしであればいいのだけれど。そう思うけれども、啓介に経理を頼んできた文房具屋の主人が必死な顔をしていたのがどうにも気になる。文房具屋の主人は経理をする上で、啓介のようになにか不自然なものを感じていたのかもしれない。けれども、彼の手腕ではどうおかしいのかがわからなかったのだろう。それらが全部気のせいならそれでいい。むしろそうあって欲しい。けれども、一筋縄ではいかないかもしれないという予感が啓介にはあった。
今回琴子がお祭りのことに関わっているなら、この疑惑に一歩踏み出すきっかけができるかもしれないと啓介は思った。
そしてお祭りが終わり、かかった費用や商店街から集めたお金などの数字を整理していく。帳尻は合っているけれど、やはり不自然な部分がたくさんあった。
「……確認する必要があるね」
パソコンに向かってつぶやく。時計を見る。そろそろ寝ないと明日の朝に間に合わない。
啓介は保存をかけてからパソコンを閉じ、布団に潜り込んだ。
そして翌日。いつも通りに大和がパンを焼いている早朝から店を開け、啓介が店頭に立って昨日の残りのパンを割引で売る。このところはこの時間に出せるパンの数も減ってきた。
店の入り口が開く。いつも通りに犬の散歩ついでに寄る客や、部活のために朝早くから学校に行く学生がパンを買っていく。ほとんどがもう、名前は知らずとも知った顔だ。
割引のパンが売り切れたので大和に報告し、早めに店を閉める。それから啓介は焼き上がったパンの袋詰めに取りかかった。
手のひらほどの大きさのシュトーレンを袋に詰めながら、啓介は大和に訊ねる。
「今日、琴子さんは来てくれるでしょうか」
その問いに大和は訝しげな顔をする。
「なんでだ? 来るなら来るし来ないなら来ない。それだけだろ」
「そうなんですが……」
「なにか依頼した方がいい仕事でもあるのか?」
歯切れの悪い啓介に大和は素っ気なく訊ねる。啓介は曖昧に答える。
「そうですね。ちょっと傷んできているポップがあるので、新しく書き直してもらった方がいいかなと思って」
その言葉に大和は納得したような顔をする。
「そうなのか? それじゃあ琴子ちゃんに頼むか。
ポップはなるべくきれいな方がいいもんな」
パンの袋詰めが終わり、店頭に並べていく。その時に啓介がポップを見てみると、口からでまかせだったとはいえ、実際に傷んでいるポップがいくつかあった。それを見て大和がため息をつく。
「あー、なんで掃除の時に気づかなかったんだろ。結構傷んでるな。
店開ける前に琴子ちゃんにメッセージ送ってみるか」
それを聞いて、大和が琴子を呼んでくれるならそれに越したことはないと啓介は思う。それと同時に、聞き出したい用件をどうやってさりげなく聞き出すかを考えた。
陳列が終わり朝食を食べる。今日の朝食はご飯と野菜たっぷりの味噌汁、付け合わせにタコさんウィンナーだ。タコさんウィンナーはパンの新作を作るときに使えないかと、最近大和が練習しているものだ。タコさんウィンナーは元々の味付けがすこししょっぱいけれど、ごはんに合わせるにはちょうどいい。味噌汁も大和の好みなのだろうか、味噌は弱めで出汁の味が強い、食べ応えのあるものだ。
食事は相変わらず大和が用意してくれている。最近は廃棄のパンが減り、かかる食費が増えたこともあり啓介も食費を大和に払っているのだけれど、その分多少は給料が増えているので文句はない。朝食を食べ終わり台所に食器を持って行くと大和と鉢合わせた。
「おっさん、今日朝イチで琴子ちゃん来てくれるって」
大和の報告に啓介はおどろく。来てくれるのは助かるけれど、まさか朝イチで来るとは思っていなかったのだ。
「そんなに早く来てくれるんですか?」
「うん。ポップを書き直すなら早い方がいいだろうって」
言われてみればその通りだ。啓介が作った口実で行くなら、それが理にかなっている。
「じゃあ、琴子ちゃんが来るまでに開店準備するぞ」
大和が手早く食器を洗って啓介に発破をかける。きれいになった台所で手を洗い、大和に続いて啓介も身支度を調えて店に出る。
外は薄暗い。冬場で陽の光が弱いのか、商店街のアーケードが日差しを遮っているのか、その両方なのか。いずれにせよ見慣れた光景だ。
店のドアに開店中の札をかけるために大和が入り口を開ける。するとそこには、すでに琴子が立っていた。
「おう、琴子ちゃんおはよう。寒いだろ、入ってよ」
「はい、お邪魔します」
大和の横を通って琴子が店内に入り、啓介に訊ねる。
「ところで、傷んでるポップはどれですか? いつもみたいにここですぐ書いちゃいますけど」
その言葉に、啓介はあらかじめ大和がピックアップしておいたポップを琴子に見せる。
「これですね。お願いします」
啓介がポップ用の白いカードとペンを何本かレジカウンターに出すと、琴子は早速新しいポップを書きはじめる。慣れた手つきで下書きもなく、かわいらしいポップを書き上げる手さばきを見て、啓介は感心せざるを得ない。琴子がポップを書き上がったところで、大和が琴子に言う。
「ありがとな。報酬はいつも通りと、あと今日はどのパンを付ける?」
琴子はポップを大和に手渡しながら笑って返す。
「今日はシュトーレンかな。この前買ってみておいしかったから」
「お? カレーパンじゃなくて良いのか?」
「だって、シュトーレンは季節限定でしょ?」
そんなやりとりをしてから、大和がポップを立てに店内を回りはじめる。それを確認した啓介は、なるべくさりげなくなるように琴子に訊ねた。
「ところで、お祭りのポスターってちゃんと報酬はもらいましたか? まさかボランティアじゃないですよね?」
その問いに琴子は笑って手を振る。
「まさか。ちゃんとお金もらってますよ。お金をもらわない仕事は無責任になるって言ったの、啓介さんじゃん」
「そうですか。それはよかったです」
これではまだ聞き出したいことを全部は聞き出せていない。どうやって聞き出すか。すこし考えて啓介は言葉を続ける。
「琴子さんも、もうすっかりプロのデザイナーですからね」
すると琴子はうれしそうに返す。
「そう言ってもらえるのうれしいです。
でもまだ、デザイナーとしては駆け出しだから、駆け出し価格で受けてますけど」
「そうなんですね。それだと、もっと稼げるようにがんばっていかないと」
「はい、がんばります!」
琴子が言った駆け出し価格。という単語を啓介は聞き逃さなかった。ほんとうはもう少し詳しく聞き出したいけれど、これ以上突っ込んだ話をすると怪しまれる。そう判断した啓介は追求をやめる。
ふと、大和が琴子の隣に並んで言う。
「琴子ちゃんももう、だいぶ実績積んだデザイナーなのにな。
まずはうちから仕事の値上げしてかないと箔がつかないか。今回のポップ、今までよりちょっと値上げして払うよ」
その言葉に琴子はおどろいたような顔をする。
「いいんですか! ありがとうございます!」
「まあ、うちも琴子ちゃんのおかげで売上上がってるし、多少はね?
あと、支払額上がったのは実績としてどこかに書けるんだったら書いておけよ」
琴子と大和がやりとりをしている隙に、啓介は胸ポケットから出したメモ帳に、琴子が言っていた報酬のことを簡単にメモする。それを見ていた大和が怪訝そうに啓介を見る。
「どうしたおっさん。なにかメモするようなことあった?」
その問いに啓介は曖昧に笑ってメモをしまう。
「いえ、店長が報酬を値上げするって言ったのを忘れないように書いておいただけですよ」
「なんだよ、人のことを鳥頭みたいによお」
不機嫌そうにする大和に、啓介はにこりと笑う。
「それじゃあ、忘れないうちに契約書を書き直しますか。
いったん今の契約書を刷ってくるんで、店長が報酬額の部分を訂正してくれませんか? それを元に新しい契約書を作りますので」
それを聞いた大和は窓から店の外を見回して返す。
「わかった、持ってきてくれ。その間店は俺が見てるから」
「はい。お願いします」
啓介は早速奥に入り、エプロンとキャップを外して階段を上る。それから自室にあるパソコンを立ち上げて契約書を印刷する。
つづけて、商店街の経理書類を見る。チェックしているのはポスターにかかった経費の部分だ。印刷費はともかく、明らかに琴子へ支払ったとされている金額がおかしい。啓介が調べたプロのデザイナーへの依頼額よりも高い金額になっているのだ。これはさすがに駆けだし価格とは言えない。
啓介の中で少しずつ疑念が確信に変わっていった。
ベーカリーつきおれが休みのお昼時、啓介は大和にこう声をかけた。
「店長、いつもごはん作るの大変でしょうし、今日の昼は骨付き鶏にしませんか?」
それに対して大和はにやりと笑ってこう返す。
「そうだな。おばちゃんの骨付き鶏おいしいし、買ってくるか」
いそいそと財布をポケットに入れる大和を啓介が手で止める。
「いえ、今日は僕が買ってきます」
啓介のひとことに、大和は訝しげにする。
「急にどうしたんだよおっさん」
「いえ、いつも店長がほとんど食費を出してくれてるでしょう?
それに、僕としても若い子ばかりに苦労はさせられません。これもおじさんの見栄だと思って、おごらせてください」
突然のことでおどろいているのか、大和がきょとんとした顔になる。
「まあ、おっさんがそう言うならありがたくおごられるよ」
「はい。それじゃあ買いに行ってきますね」
そそくさと出て行こうとする啓介を、突然大和が引き留める。
「おっさん」
「なんですか?」
「どうせだったら、俺、骨付き鶏二個食べたいな」
いたずらっぽくにやりと大和が笑う。いつもは質素な食事をしている大和も食べ盛りなのだなと思って、啓介は微笑ましくなる。
「わかりました。店長の分は二つ買ってきますね」
そうして、啓介は骨付き鶏を売っているお惣菜屋さんに向かった。
お惣菜屋さんでは、今まさに骨付き鶏を揚げているところだった。啓介が注文した骨付き鶏三つを揚げてもらっているところで、啓介はさりげなくお祭りの時の話を出す。
「お祭りの時はお弁当ありがとうございました。
店長も骨付き鶏によろこんでましたよ」
するとお惣菜屋さんはにこにこと笑う。
「若い子にはいっぱい食べて欲しいからねえ」
「商店街からの依頼とはいえ、あんなにたくさん用意するのはたいへんだったでしょう」
「いえいえ、お祭りなんだから大盤振る舞いしたいもんよ」
世間話のような雰囲気に持ち込んだところで、啓介は切り込む。
「ところで、お弁当はあの価格で提供してもらってよかったのでしょうか?」
その問いにお惣菜屋さんは笑って返す。
「いいってことよ。みんな楽しみにしてるお祭りなんだから、多少の値引きはどんとこいよ」
「そうなんですね。割引で作っていただけて助かります」
「みんなとのつながりもあるし、なんせみんな、おいしいっていってくれるから作りがいもあるってもんよ。
あんたんとこの店長さんもそうでしょ」
「そうですね。店長もなんだかんだでパンを食べてよろこんでもらえるのがうれしいみたいですし」
さりげないやりとりの中で、啓介はメモを取り出して書く。お惣菜屋さんのお弁当は割引価格で作っていたということだ。どの程度割り引いていたかはわからないけれど、経理の書類上では定価でお弁当を購入したことになっていたはずだからだ。
すこし考えて、啓介はお惣菜屋さんに訊ねる。
「ところで、骨付き鶏が揚がるまでまだ時間かかりますよね?」
揚げている釜を見ながらそう訊ねる啓介に、お惣菜屋さんは骨付き鶏をひっくり返しながら返す。
「まだ時間かかるね。もし他にお使いがあるんだったら、そっち先に行ってきた方がいいかもね。ちゃんと注文の分は取っておくから」
「ありがとうございます。それじゃあちょっとお願いします」
骨付き鶏が揚がるまで時間がかかるなら、他に確認したいことがある。啓介はお惣菜屋さんの店頭を離れ、商店街にある喫茶店に向かう。そこの店主がお祭りの時に商店街のお店から参加費を徴収する係をやっていたので、訊ねたいことがあるのだ。
静かな商店街を歩き、古びて落ち着いた雰囲気の喫茶店のドアを開ける。なかは人気のない通りからは想像ができないくらいに満席だった。
カウンターから店主が声をかけてくる。
「ああ、あなたたしかあのパン屋さんの。すいませんね、今満席なんでちょっとお待ちいただくんですけど」
店主のその言葉に、啓介はカウンターに近寄り言葉を返す。
「いえ、今日はちょっと店主さんに伺いたいことがあってきたんです。
忙しい中すいませんが、簡単なことですのでお答願えると助かります」
その言葉に店主は不思議そうな顔をする。
「聞きたいこと? 今ちょっと忙しいけど、すぐ済むならいいよ。なんだい?」
サイフォンでコーヒーを淹れている店主に、啓介は単刀直入に言う。
「お祭りの時、商店街から問題なく参加費を集められたかを知りたいんです。
経理を任されているんですけれど、ちょっと計算が合わなくて……」
啓介の言葉に、店主は笑いながら言う。
「ああ、計算が合わなくなって困ってたのか。
お祭りの時はね、客寄せになるお祭りだからって多めに参加費を払ってくれるところも多くてね。それで計算が合わないんだろう」
店主の言葉を啓介はすかさずメモに取る。
「そうなんです。思ったより金額が大きくておどろいたので訊きに来たんです。その時の領収書って、取ってありますか?」
メモを片手に持っている啓介が余程困っているように見えたのだろう、店主は難なく答えてくれる。
「ああ、領収書は商工会長が持ってるはずだよ。
というか、商工会長から渡されてないのかい?」
訝しげな店主に、啓介は動揺を隠すように眼鏡の位置を直す。
「えっと、帳簿だけ渡されて経理をやっている状態でして」
すこし言葉を濁している啓介に、店主はすこし考える素振りを見せてから言う。
「まあ、申告するのは商工会長だしな」
たしかに、かかった経費を役所に申告するのは商工会長の役目だ。しかし、改めて考えると経理を啓介に任せるのであれば、いったん領収書を啓介に渡すのが筋なはずだ。自分で領収書のことを口にして、啓介は改めて疑念を抱く。
そんな啓介のようすにも気づかず、店主はコーヒーをカップに注いでる。
「まあ、余分なお金は次のお祭りに回してくれってみんなから言われてるし、商工会長にもそう言ってあるんで大丈夫だろ」
「なるほど、そうなんですね。ありがとうございます」
これ以上ここで訊くことはなさそうだし、なにより店主は忙しそうだ。余り長居をしても邪魔になってしまうだろう。啓介は軽く一礼をして挨拶をする。
「それでは、突然お邪魔しました。
今度はゆっくりコーヒーをいただきに来ますね」
「おう。いつでもおいで」
ざわめきで満ちた喫茶店から出た啓介は、立ち止まって考える。啓介が預かっている帳簿では、集めた分のお金と出費で過不足無いとなっていたはずだ。集金額は元々提示され金額で記載されていて、喫茶店の店主が言うとおり多めに払う人がいたのであれば、帳簿に書かれている金額よりも集金額の合計の方が多くなるはず。けれども帳簿にはその形跡がない。
確信した。誰かが裏金を作っているのだろう。そう思うやいなや、啓介は文房具屋に向かった。
人気のない文房具屋に入り、奥で店の帳簿を手書きで付けている主人に近づく。それに気づいた主人が顔を上げて啓介を見る。
「ああ、香川さんですか」
そう言って手を止める主人に、啓介は真剣な顔で訊ねる。
「訊きたいことがあります」
「なんだい?」
「去年の夏まで、長年あなたがお祭りの経理をやっていたんですよね?
どうして去年の冬から僕に経理を任せようと思ったんですか」
その問いに、主人はにこりと笑って返す。
「そりゃあ、あなたがパソコンを使い慣れてるって聞いたからですよ」
なにかを誤魔化している。そう直感した啓介はさらに訊ねる。
「どうしてパソコンを使って厳密に経理をやらないといけないと思ったのですか?
商工会長も僕に任せるのは反対していたのに、あなたがどうしても僕に任せると言ったのには、他になにか理由があるでしょう」
すると主人はため息をついて俯く。
「あなたは気づいているかもしれないけれどね、どうにもお金の動きがおかしいんだよ。
けれど、どうおかしいのか私にはわからない。分析できなかったんだ。
でも、あなたならパソコンも使えるし、なにより情報分析をしてあのパン屋さんの経営を助けているんだろう? 私に分析できない不審な点を、あなたなら分析できると思った」
それを聞いて啓介は、やはりこの人も気づいてはいたのかと思う。
主人がまた啓介の方を見て訊ねる。
「どこがおかしいか、わかったんだね?」
啓介は頷き、周囲に誰もいないのを確認してから小声で店主に言う。
「後ほど書類にまとめて持ってきます」
主人は黙って頷いた。
いろいろと聞き込みをしたあと、お惣菜屋さんで骨付き鶏を受け取り、啓介は店に戻る道を歩く。その中で考えをめぐらせる。やはり誰かが商店街を使って裏金を作っているようだ。このことは大和に相談するべきだろうか。そう悩んでいるうちに、大和が待っているベーカリーつきおれに着いた。
裏口から中に入り、いつもの階段を上って大和の部屋のドアを叩く。
「店長、揚げたての骨付き鶏ですよ」
するとすぐさまにドアが開いて、待ちきれないといったようすの大和が出てくる。
「やった! ごはんは炊けてるから、おっさんも適当によそって食べて」
「はい、わかりました」
骨付き鶏の入った袋を大和に渡して台所に向かおうとすると、大和に呼び止められた。
「ところでおっさん、なにか隠し事はないか?」
突然真剣な声になった大和に、啓介はすこし悩んでから返す。
「実は、商工会から任されている経理の仕事があるじゃないですか。
その中の帳簿に不審な点があるので、すこし聞き込みをして探っていました」
「それで?」
「誰かが、裏金を作ってるんじゃないかと思って……」
啓介がそこまで話したところで、大和が険しい顔をする。
「それを探るのはおっさんの仕事じゃない。これ以上深入りするな」
大和の言い分はもっともだ。けれども啓介は、十分過ぎるほどに深入りしてしまっている自覚がある。だからこそ、そろそろこの件から手を引かないと啓介だけでなくベーカリーつきおれとその店長の大和にも迷惑がかかる。そのこともわかっていた。
裏金の件に関わるのはこの辺までにしよう。そう思った啓介は、部屋に戻って生駒にことのあらましをメールで送り、文房具屋の主人に渡す手紙をパソコンで書く。
この手紙を文房具屋の主人に渡したら、この件からは手を引くのだ。




