9:機動隊突撃
街路樹の緑が鮮やかな初夏の頃。駅前の広場はもう日差しが厳しいけれども、商店街のアーケードの中に入ってしまえば快適に過ごせる気温だ。
今日は土曜日。オープンしてからちらほらと子供連れの女性やまだ学生だろうなという若者、それと、最近たまに行くうどん屋で見かける中年男性などが買い物をしていっていた。子供連れの女性にはチョココロネやカメのメロンパンなど子供がよろこびそうな者が人気で、若者には期間限定で出している菓子パンのほかチーズフランスやソーセージサンドなどの惣菜パンが人気。うどん屋で見かける中年男性にはうどん用のパンが人気だった。
「うどんを食べに行く日は朝これを食べるようにしてんだよ。なんかよくわかんないけど、うどんが美味くなる感じがするんだよな」
そう言ってうどん用のパンが詰まった袋を啓介から受け取る中年男性。彼が店からでたあと、啓介は彼の言葉をメモに取る。その姿を見て大和はあきれ顔だ。
「おっさんってなんでもすぐメモするよな」
理解できないといったようすの大和に、啓介は曖昧に笑う。
「昔からの癖なんですよ。どこからどんな情報が得られるかわからないから、こうやってメモするのは」
他に誰もいない店内でたわいのない言葉を交わす。そうしていると入り口を開けて誰かが入ってきた。
「よう、繁盛してるか?」
手を上げて挨拶をしてきたのは生駒だ。普段着なので今日は仕事が休みなのだろう。
土曜に生駒の仕事が休みなのは珍しいなと思いながら啓介が返事をする。
「おかげさまで前よりは。まあ、まだ赤字の日がありますけど」
「へえ、パン屋をやるのもたいへんだな」
肩をすくめた生駒が、トングもトレーも持たずにレジに近づき啓介と大和に目配せをする。
「ところで、最近不審なやつがこの店の回りをうろついてるのに気づいてるか?」
声を低くして言われた生駒の言葉に、啓介はちらりと大和を見て返す。
「いえ、僕は気づいていませんでした。ほんとうですか?」
すると、大和がタブレットをタップしてから見てこう言った。
「外に付けた防犯カメラに、たまにあやしいやつが映ってるのは知ってた。
まだ手出しされてないから放っておいてるけど、おっさんがなにか目を付けられるようなことでもしたのか?」
疑うような大和の視線に心当たりのある啓介は返事を返せない。その代わりに生駒が大和の疑問に答える。
「この前、商店街の経費のことで不正をやったって、商工会長が税務署と警察に詰められてただろ。それで商工会長が逆ギレしたみたいでな。
商工会長から金を横流しされて女の子を斡旋してたやつらも、金づるを潰されそうになって躍起になってるみたいなんだ」
説明を聞いた大和が啓介のことを睨みつける。
「もしかして、おっさんが商工会長のところに殴り込みに行ったのがきっかけか?
だから深入りするなって言っただろうがよおっさん」
「す、すいません。でも、琴子さんにまで被害が出ているとなると放っておけなくて……」
「まあ、琴子ちゃんのことは心配だけどさ」
心配だという気持ちに同意しつつも啓介に詰め寄る大和に、生駒が落ち着かせるように言う。
「なんにせよ、あやしいやつらが実際になにか危害を加えてこない限り警察は動けない。
だから気をつけろよ」
生駒の言葉に、啓介も大和も頷くしかない。それを見た生駒は、改めてトレーとトングを取りに行こうとする。その瞬間、入り口からふたりの男が入り込んできた。ようすを見る限り客ではない。明らかに敵意を持った顔で啓介のことを見ている。
「おう、余計なことをしてくれたのはそのおっさんか」
そう言って男達がカウンター越しに啓介に詰め寄る。
「余計なことと言うのはなんのことですか?」
啓介がしらを切ってそう言うと、男のうちひとりがカウンターを拳で叩いて叫ぶ。
「しらばっくれるんじゃねぇ! お前には落とし前付けてもらうからな!」
その後ろから、他の男が慇懃な態度で言葉を続ける。
「あなたさえ大人しく我々についてきてくれれば、店長さんとお客さんは見逃してもいいと言われています。大人しくついてきてくれませんかねえ」
啓介は咄嗟に店内を見渡す。気がつけば生駒もカウンターの中に追い込まれ、身を潜めている。大和は腕を組んで憮然とした表情だ。
ただならぬ状況だけれども、自分が男達についていけば大和と生駒は助かる。それならば。啓介がそこまで考えたところで大和が男達に毅然とこう言った。
「悪いな。おっさんはうちの店員なんだ。店員を他のところへはやれないね」
大和が男達を睨みつける。啓介の目の前にいる男が威嚇するようにまたカウンターを叩く。それでも大和はひるまない。その男を制して、慇懃な態度の男がまた口を開く。
「仕方ないですねぇ。こちらに来てもらって詫びてもらおうと思ったのですが、ここで処理させてもらいますか」
そう言って男は懐から銃を取り出し啓介に向ける。それからにやりと笑みを浮かべた。
「ついでに、店長さんとお客さんにも消えてもらいましょうね」
啓介は思わずうろたえた。まさかいきなりこんなものを突きつけられるとは思っていなかったのだ。横目で大和のようすを見る。緊迫した表情だが怯えてはいない。次にまた横目で生駒のようすを見る。生駒はカウンターの中でしゃがみ込んでスマートフォンをいじっていた。警察にでも連絡するのだろう。そう察した啓介は、生駒の行動が男達に気づかれないように声を張り上げる。
「やめてください! 僕が気に入らないというのなら、僕だけ始末すればいいでしょう!
店長達には手を出さないでください!」
すると、銃を持った男がすっとめを細める。
「まあ、こちらとしては厄介なのはあなただけなのですがね。
でもまあ、ここまで来たら連帯責任と言うことで全員消えてもらいますよ」
男達は生駒のようすに気づいていない。それを確認して、さらに気を引こうと啓介は言葉を続ける。
「それにしても、僕がいったいなにをしたと言うんですか。冥土の土産に理由くらいは聞かせてくれても良いでしょうに」
しおらしく振る舞う啓介の言葉に、銃を持っていない方の男が啓介の胸ぐらをつかむ。
「しらばっくれるんじゃねえよ。俺たちの金づるを潰そうとしただろうがよ」
「え? なんのことですか?」
商工会長のことだ。啓介はそう察したけれどもわざときょとんとした声を出す。すると、大和が苦々しく小声で吐き捨てる。
「おっさん、自分で嗅ぎ回っててまだ気づかないのかよ。多分商工会長のことだ」
それを聞いて啓介は、大和も勘づいたかと思う。しかし、このまま始末されるわけにもいかないので、生駒の行動を信じてなんとか時間稼ぎをしたいところだ。
ふと、大和が男達に話しかける。
「なんとなく察しはついたけど、あくまでもそれはこっちの想像だ。うちの店員がなにかしたってんなら詳しい話を聞かせてくれないか?」
険しい顔をする大和に、啓介につかみかかっていた男が啓介を離し、カウンターを叩いて大和に詰め寄る。
「てめえ、自分の店の店員の行動も把握してねえのかよ」
威嚇するような男の態度に、大和はじろりと啓介を睨んでから返す。
「あいにく、うちの店員は俺に黙って勝手なことをするもんでね」
思わず申し訳なさで啓介が身を縮めると、威嚇してきた男が店内中央のテーブルに置いてあるパンの籠を床に落とし踏みつけた。
「店員の面倒も見られない店なんて潰れちまえよ!」
男の行動に大和がカウンターから身を乗り出して男に殴りかかろうとする。それを制するように、もうひとりの男が大和に銃を突きつける。
「言ったでしょう。連帯責任ですよ。
あなたからまず消えてもらいますか」
大和は身を乗り出したまま、銃を突きつける男を睨みつけている。このままでは大和が危ない。啓介が手を伸ばそうとした瞬間、外から拡声器の声が聞こえてきた。
「大人しくしろ! ここは包囲されている!」
聞こえてきた声に男達がおどろいたように窓から外を見る。啓介と大和も窓の外を見る。するとそこでは、見慣れた装備の機動隊がぐるりとベーカリーつきおれの前を包囲していた。
「いつの間にあんなのを呼んだんだ!」
銃を持った男がうろたえて、やみくもに銃の引き金を引こうとする。しかし引き金が引かれる前に、カウンターを軽々と飛び越えた生駒が男の銃を手で握り、奪い取った。
「この場に俺が居合わせたのが、あんたらの不運だったな」
銃から弾倉を抜いてポケットにしまう生駒。それを見たもうひとりの男がポケットからバタフライナイフを取り出して生駒に襲いかかった。
「ふざけるんじゃねえぞお前ら!」
生駒は軽々とナイフを躱す。しかし、足下にパンが散らばっている店内では十分に身動きが取れないようだ。どうしたものかと啓介が慌てていると、大和が棒金を取り出し、ビニール袋に入れて振り回してから生駒に襲いかかる男に投げつけた。
棒金が男の頭を強打する。男がうめいて倒れる。銃を奪われた男もそれを見てひるんだようだ。
その隙を見て機動隊が店内に突入してきた。
「取り押さえろ!」
武装した機動隊員は盾などの装備が棚に並んだパンをなぎ倒しているのにもかまわず、落ちたパンを踏みつけながら男達を拘束する。啓介は機動隊が動いたことに安心したけれども、ちらりと大和を見るとものすごい形相で顔を真っ赤にしている。おそらく、パンを粗末にされていることに怒っているのだろう。しかし、今はそれどころではないこともわかっているようで、機動隊員を怒鳴りつけるようなことはしない。一方、拘束された男達は状況が飲み込めないようすで叫ぶ。
「くそっ! なんで機動隊が来たんだ!」
それを聞いて啓介はちらりと生駒を見る。生駒の仕業だというのがわかっているからだ。
生駒はにやりと笑ってスマートフォンを見せる。
「あんた方がゴタゴタやってる間に部下に連絡を入れたんだよ。あんたがたは知らないよなあ、俺がここの機動隊の幹部だって」
それから、男達をこのまま連れて店から出るよう機動隊員達に指示を出している。どうやら外には警察も待ち構えているようだった。
機動隊も外に出て、すこし落ち着いた店内で啓介は生駒にお礼を言う。
「ありがとうございます。助かりました」
「いやいや、いいってことよ。なんにせよ、あいつらのことはこれから警察の方で事情聴取しなきゃいけないだろうしな」
やっと一安心したところで啓介は大和を見る。すると大和はまだものすごい形相で顔を真っ赤にしていた。
「おっさん、もう厄介ごとには首を突っ込むんじゃねえぞ!」
その言葉に、啓介はただ頷くことしかできない。自分のせいで大和まで危ない目に遭ったのだ。その啓介に、大和が言葉を続ける。
「厄介ごとを呼んだ責任として、これからすぐに店内を片付けろ。
それと」
「それと?」
店内を片付けること自体は当然の責任としてやるつもりだ。けれど他になにがあるのだろう。疑問に思っていると、大和が鼻声でこう言った。
「パンがめちゃくちゃになってムカついたから一発殴らせろ」
今にも泣きそうなその声に、啓介ははっとする。先ほどまでは気が回らなかったけれども、店内に並んでいるパンは、大和が自分の子供を扱っているのではないかというほど丁寧に、丹精込めて作ったものばかりだ。そんな大切なパンをこんなにも踏みにじられたのだ。どこかに怒りをぶつけないと気が済まないだろう。啓介はちらりと生駒を見てから、大和に視線を向ける。
「わかりました。どこからでも来てください」
覚悟を決めた啓介がそう言って頷くと、大和は力一杯啓介の頬を殴った。そのようすを生駒は黙って見ていた。よろめく啓介を支えた生駒が大和に頭を下げる。
「うちのやつらがパンを乱暴に扱って申し訳ない。
でも、これからもここにパンを買いに来てもいいですかね?」
その言葉に大和はぶっきらぼうに返す。
「生駒さんは悪くないんでいつでも来てください。俺はただ、おっさんが厄介ごとを持ち込んだのが気に入らないだけなんで」
それから、大和も生駒に頭を下げる。
「助かりました。ありがとうございます」
とりあえず、これで厄介ごとは全部片付いただろう。少なくとも、啓介が手出しできる範囲のことは。眼鏡をかけ直し、キャップのつばで目元を隠している大和をわざと見ないふりをして、啓介は店内に散らばったパンの片付けをはじめた。
邪魔をしてはいけないと判断したようすの生駒が店内を出たあと、啓介が踏み潰されたパンを拾っているとしゃくり上げる声が聞こえてきた。なにかと思って声がする方向を見ると、大和がカウンターの中でぼろぼろと泣いていた。
「ごめんなおっさん。ほんとうは悪いのがおっさんじゃないのはわかってるんだよ。
でも、どうしたら良いかわからなくて、殴んなきゃ気が収まんなくて……」
ああ、大和は自分を殴ったことを後悔しているんだ。そう察した啓介は、あえて大和から視線を外し、パンを拾いながら言葉を返す。
「いいんですよ。店長からすればこのパンはみんな子供みたいなものでしょう。
僕だって、もし娘が店長のせいで危ない目に遭っていたら、店長を殴っていたでしょうし」
落ちたパンをいったん全部荷物置き用の籠の中に入れ終えた啓介は、泣きじゃくる大和の頭をぽんぽんと叩く。
「それに、店長だって僕の息子みたいなものです」
その言葉に、大和は顔を真っ赤にする。真意は啓介にはわからない。
涙を拭った大和が、窓越しに機動隊のいなくなった商店街を見る。
「そういえば、今度商工会長が他の人に替わるらしいんだ。そうなったら、商店街はどうなるんだろう」
あえて話題を変えている。そう察した啓介も窓の外を見ながら返す。
「きっと、もっとよくなりますよ。だから大丈夫です」
大和を安心させるように穏やかな声で啓介が言うと、大和が啓介の方を向いて、啓介の顔を見ないように俯きながらぽつりと言った。
「ありがと」




