第099話 十一分
分娩の記録の様式 附則
一、本則に定めのない場合
本附則は、分娩の記録の様式の本則に定めのない事項について定めるものとする。本則の制定は令和百八十八年であった。
本則の改正は三度あった。三度とも欄の名を改めたものであった。欄の数を増減した例は無い。改めた年は令和百九十四年、令和二百年、令和二百八年になる。
本則に定めのない事項が生じた場合は、当部門へ照会するものとした。照会の回答を得るまでの間の扱いは、本附則に置いていない。本年度の照会は零件であった。前年度は一件あり、回答に要した日数は九日になる。
二、記録を取る者
記録を取る者は、立会う者と別の者とする。兼ねることは認めない。兼ねた場合の記録の効力については、本附則に定めを置いていなかった。
記録を取る者が到着していない間、立会う者は記録を取らないものとする。当該の間の長さを記す欄は、本様式に置いていない。
到着の見込みを照会する手続は当部門の内規による。内規の当該の条は令和二百五年に置いた。置いた事由の欄は空のままになっていた。
本年度に当該の手続を用いた例は零件であった。用いる要りが生じなかった旨を記す欄は、当部門の綴に置いてある。当該の欄は本年度も同じ字で埋めてある。
三、記載の時刻
記載は経過に従うものとした。時刻は分まで記す。秒は記さないものとする。
記載を始めた時刻と、経過の始まった時刻とが異なる場合の扱いは、当部門の別の定めによる。当該の定めの写しは各園へ配ってあった。配った年は令和二百六年であった。
写しを受け取った旨を記す欄は、配付の紙に置いてあった。当園の欄には判が一つ入っていた。判の面に彫ってあるのは部門の名になる。
四、適用
本附則は令和二百六年四月から適用するものであった。適用の前に生じた例へ遡って用いる旨の記載は、本附則に置いていない。
本附則を用いた例は本年度に四件であった。四件とも当機構の別の園における例になる。当園における例は本年度に無かった。
本則のみで足りた旨を記す欄は、当園の綴に置いてある。本年度の当該の欄は、四月から本日まで同じ字で埋まっている。
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灯が落ちて、三時間ほど経った。腹の底で、押される感じが来る。一つ前は十九分前になる。
私は数を取り直した。夕方からの間隔は二十二と二十一、それから十九が二つになる。四つとも自分で数えたものだ。
後の二つが揃った。数が二度続いたのは、今日が初めてだ。
板の上で膝を立てる。
膝を上げると背の下が空いて、押される位置が少し上がった。上へずれると、痛みの続く長さが短くなる。長さは十四を数えるほどだ。
今日は七十二日目になる。
特別管理区画へ来てから七十二日。引き渡しの日から数えると二百六十七日目だ。
あの人の言った限度は四十日だった。差は三十二になっている。この数について、この七十二日の間、誰も何も言っていない。
器は夕方の分が空いている。粥の量は増量のままだ。匙は十八回で底に当たった。
二十二回だったのが、四日前から十八になっている。
器の底は浅くなっていない。一回に取る量が増えた。
速くなったのは手の運びだと思う。速くなった理由は分からない。
水は一日に二度来る。量は五百ミリリットルの器で二杯だ。この量は先月から続いている。
増えた分を、私は一度に飲まない。
四回に分ける。割ると、口の中が乾く時間が短くなった。
腰の骨のあたりが重い。朝より夜に増す。上がり方は日ごとではなく、七日ほどで一段になる。
七日の刻みは、板の温度の測り方で気づいた。手を置いて十を数える。十で温くならない日が続くと、その後で重さが上がる。
順を作ったのは私で、確かめた紙は無い。
布を二つに折って、腰の下へ入れた。布を挟むと、板の硬さが薄くなる。
硬さが消えるわけではない。板の目は布を通しても分かる。
押される感じがまた来た。
前から十七分だ。並べると十九、十九、十七になる。三つ目で下がった。
私は管の縁へ手を伸ばした。叩く。
三つ。これは数を訊く時の並びになる。向こうが返す前に、私は続けて十七を送った。
十七は長い。指で十七回叩くと、途中で数が怪しくなる。十のところで一度止めて、それから七を足した。
二度に分けると間違えない。分ける工夫は先月に作った。
返事が来る。
二つ。
それから一つ。二つと一つで三だ。
向こうが私の数を返している。数を受け取った印だ。
管の中で、息の音が一度した。
「十七ならもうすぐだ」
向こうがそう言った。数えた元が何かは分からない。向こうも数えていたと思う。
私が送った数を全部覚えているなら、四日ぶんになる。
向こうが続けて叩く。四つ。この数は並びに無い。
定めていない並びが来ると、こちらは意味を作れない。
私は同じ四つを返す。これは受け取ったという印になる。
向こうがもう一度四つを返してきた。三度目は来ない。四つの意味を、私たちは決めていない。
定めのないものが管を三度通った。通っただけで終わる。それでも、こちらの側に四つという数が残る。
この数は他の数と並ばない。
私は指を離した。そのすぐ後で、押される感じが引いた。抜け方はいつもと同じになる。上から下へ抜けていく。
戸の外で音がした。金具ではない。
車輪になる。幅の狭いもので、器の台の音に近い。
突き当たりから来る。七歩の位置で一度高くなり、十九歩の位置でまた変わった。足音は三人ぶんある。二人が重くて、一人が軽かった。
戸が開く。外の戸が先で、内の戸が後だ。二つが同時に開いたことは七十二日で一度も無い。
廊下の灯が入ってくる。灯は房の中まで来ない。届くのは戸の口までだ。
台が入ってきた。高さは私の腰より少し低い。
上に布が敷いてある。布は白い。折り目が四つ付いていて、四つとも同じ幅になる。
確認の係が入り口の内側に立った。手に紙を持っている。
「これより産室へお移りいただきます。移動の間の記録は当直の者が取る決まりになります」
私は台の縁に手を掛けた。手を置いてから、乗り方が分からないことに気づいた。頭のほうから乗るのか、腰から乗るのか。
「どちらからですか」
「腰からお乗りいただきます。台の上では左を下にしてお休みいただく手順になります」
左を下にする。私は言われたとおりにした。台が動く。
出だしの一度だけ、腰の下が浮いた。それから戻る。
廊下へ出た。天井が見える。灯が並んでいる。
数えると、突き当たりまでに十四ある。
灯の間隔は等しくない。三つ目と四つ目の間だけが広い。
その分だけ下が暗くなる。翳ったところを通る時、天井の色が変わって見えた。
車輪の音が変わる。七歩の位置だ。
自分の足で歩いていないのに、変わり目は同じところに来る。材が同じなら音は同じになる。
当たり前のことになる。それを、私は今まで確かめる機会がなかった。
確かめられたのは、運ばれている今日になる。十九歩の位置でもう一度変わった。
その先は私の知らない音だ。七十二日の間、十九歩から先へ行ったことがない。
音は低い。
そのままで、変わり目が来ない。材が一種で通っているという意味になる。長さは数えられなかった。
台の上からは、格子が見えない。目に入るのは天井と、壁の上だけになる。そこには線が一本走っている。
灰色の帯で、幅は掌ほどだ。帯は途切れない。切れ目の無いものを目で追うと、進んだ距離が分からなくなる。
私は目で数えるのをやめて、耳へ移した。音は数えられる。車輪が継ぎ目を越える度、一度跳ねた。
跳ねる間隔は等しくない。継ぎ目の幅が違うからだと思う。二十三まで数えて、そこで台が向きを変えた。
台は二度曲がった。一度目は右で、二度目は左だ。曲がる時、天井の灯の並びが横へ流れる。
速さは直進の時より遅い。匂いが変わった。房の匂いは布と粥と、それから自分の匂いだった。この部屋のものは違う。
消毒液だ。園の術室と同じものになる。四年前に一度嗅いだ。
二つ目は布の糊の匂いになる。乾いた紙に近い。三つ目は分からない。
分からないものは、分からないままで置いた。
産室に入る。灯は五つある。房の灯より白い。天井の高さは房より高くて、声が返ってこない。
台が止まった。そのすぐ後で、四人が私を別の台へ移した。
持ち上げる時、四人は同時に動く。合図の声は無い。数えると、三で移った。
新しい台は高い。床から一メートル近くある。
両側に手を掛ける棒があって、棒の高さは自分で変えられる。やり方は誰も言わなかった。
棒の高さを、私は一度動かしてみた。下から二つ目の穴で止まる。三つ目へは指の力が届かない。
二つ目で使うことにした。握ってみると、肘の角度が浅い。力が逃げる。
その分を、私は肩で受けた。受け止めた側の首の後ろが張る。この張りは押される感じと重ならない。
別々に来るものは、二つ同時に数えられる。私は張りの側を切り捨てた。
右の壁に器具の卓がある。
上に布が掛けてあって、下の形が見える。形は八つある。長いものが三つ、短いものが五つになる。
長いほうの三つは、柄の色が違う。黒が二つで、灰が一つになる。灰だけが手前に出ていた。
置く順を定めた紙は、私の見た限りでは無い。見た限りというのは、園で読んだ十七枚の話になる。
卓の隣に、鋼の器が一つ置いてあった。口の広いものになる。縁に目盛りがある。
刻みは百ごとで、一番上が二千だ。
部屋の温度は房より高い。腕の外側で分かる。
湿度も高い。息を吐くと、上の灯のあたりで白くならない。
立会う者は四名だ。前に読んだ紙にそう書いてあった。
数える。四人いる。うち二人は園の職員の服で、残る二人は服が違う。
四人のうち一人が、私の左に立った。その人の作業着の型を、私は知っている。
園で二度見た。廊下と、それから日誌を書く時に。
あの人だ。何も言わずに、私の左に立っている。手には何も持っていない。
鉛筆も、紙も持っていない。そのことに、私はしばらく気づかなかった。
四人の立つ位置は動かない。二人が台の右、一人が左、一人が足の側になる。足を見る一人だけが、時々位置を替える。
動くのは卓へ手を伸ばす時だ。伸ばして戻ると、元の位置に立つ。元の位置は床の目地で決まっているらしい。
目地の線と靴の先が毎回合う。合わせているところを、私は三度見た。誰も合わせろとは言っていない。
それでも合う。何度立てばこうなるのかは、床に書いていない。
時計は壁の上にある。針が三本ある。いま二十時四十一分だ。
押される感じが来た。前から十四分になる。
間隔が縮んでいる。十九、十七、十四。三度とも下がった。
確認の係が卓の前に立って、布を外した。
下から八つの器具が出た。並びは長いものが手前で、短いものが奥になる。並べ直す手は来ない。
「これより経過を確かめます。記録は別の者が取ることになっておりますのでご承知ください」
係はそう言って、卓の隣の紙へ手を置いた。その紙は白いままになる。三枚重ねてあった。
上の一枚に、線だけが刷ってあった。
線は横に十七本ある。左の端に細い欄があって、そこだけ幅が狭い。時刻を書く欄だと思う。
あの人が私の左で動いた。手ではない。
首を時計へ一度向けた。それだけになる。
押される感じが強くなる。息を吐く長さを、私は数えることにした。続けていれば、長さが分かる。
一度目は八だった。二度目は十一だ。
三度目は数えられなかった。途中で口が閉じたという意味になる。
係が布を替えた。腰の下の布を抜いて、新しいものを入れる。
抜く時に一度持ち上げられる。浮く高さは指四本ぶんあった。
新しい布は温めてあった。この扱いは、紙で読んだ覚えのないものになる。
あの人が口を開いた。
「時刻は二十時五十八分です」
数と規定の名だけになる。経過が順であることは、その前に一度出た。それ以外を、あの人は言わない。黙ったままで、左に立っている。
二十時五十八分。針の位置を、私は目で確かめる。
私は時計を見た。針は合っている。それから数に戻った。
押される感じの間が短くなる。もう分では取れない。単位を息へ替えた。
三十を数える間に一度来る。次は二十四だ。
二十四の次は十九になる。その次は数えなかった。隙が無い。
係の声が上から来る。手順の名を言っている。中身は途中から取れなくなった。
分からないままで、私は棒を握った。棒は冷たい。握ると、掌の熱が移って、そのぶん冷たさが減る。
右の掌が先に温くなった。左は遅い。遅れているのは、あの人が左に立っていて、そちらの空気が動かないからかも知れない。
押し出す。その時、係が数を言う。
一から五まで数えて、そこで一度止める。止めてから、また一から言う。
三度目の五で、何かが動いた。内側の位置が下がったという意味になる。
四度目で、下がり切った。その後で、私の力ではないものが働いた。向きは外へ出る向きになる。
声がした。私のではない。口は閉じていた。
時計を見る。二十一時四分だ。針の位置を、私は覚えた。
長い針が四のところにある。
係の手が受ける形で待っている。掌を上に向けて、指を軽く曲げてある。係はその形で、二十一時四分まで動かなかった。
待つ長さを定めた紙は、私の知る限り無い。係が両手で受けた。それから、布で二度拭いた。
拭き方は上から下へになる。頭から足の順で、途中で持ち替えない。
拭いた布は二枚目になる。一枚目は台の端へ寄せてあった。
寄せた位置は、私の足の外側になる。位置を決めた手つきに迷いは無い。何度も置いてきた位置だと思う。
鋼の器は使わなかった。器は卓の上に置いたままになっている。
目盛りの一番上の二千を、私は横目で見た。係が私の胸の上へ乗せた。
その時、片手を私の肩の下へ入れて、上体を少し起こした。上がる高さは指五本ぶんになる。
重さが来る。胸骨の上あたりだ。
重さは片側へ寄っている。
厚いほうが頭になる。
温度は私より高い。触れているところが、順に温くなっていく。
上がる速さは、板の温まる速さより速い。八を数える前に同じになった。
同じになってからも、まだ上がる。途中で頭打ちになった。そこの温度は、私の腕の内側より高い。
匂いが三つ目のものだった。産室に入った時に分からなかったものになる。今は近い。
鉄に少し似ている。ただし鉄ではない。
乾いていない布に近いのかも知れない。近いというだけで、同じではなかった。
私は二度嗅いだ。二度とも、順は変わらない。
息が速い。
数える。十の間に七だ。私は同じ十の間に二度半しかしていない。
合わない。このことは、初めから分かっていた。知っていても、数えると別のものになる。
部屋が静かだ。係の手が止まっている。四人とも動いていない。
あの人も同じになる。
紙は白いままだ。線が十七本刷ってあって、左の端の細い欄が空いている。上の一枚に一字も無い。
記録を取る者が、まだ来ていない。立会う者は取らない。
そう定めてある。定めは紙の上にある。
定めを、私は前に読んだ。その時には、意味が取れなかった。いま、部屋の中で誰も何も書いていない。
時計の長い針が動く。四から五へ、五から六へ。
私は数え始めた。痛みの間隔を数えてきた延長になる。
数え方は同じだ。息を単位にする。
小さいものの息が速い。
向こうの側で数えると、数が大きくなりすぎる。私の息で数えることにした。二度半で十を刻む。
十が六つで六十になる。これが一分だ。一分ごとに指を一本折る。
折り切ったら、もう一方の手へ移す。
一本目を折る。その時、胸の上の重さが少し動いた。
頭のほうになる。私の鎖骨の窪みへ、頭が寄った。
寄ってから止まる。その位置で、息の数が少し落ちる。
十を数える間に六になる。七から一つ落ちた。
二本目を折る。
三本目のところで、小さい手が開いた。それから、また閉じる。閉じる際に私の服の布を掴んだ。
掴む力は強い。指の細さから測ると、強すぎるほどになる。私は掴まれたままにした。
外すことも、握り返すこともしない。
四本目。五本目。右手が終わった。
左へ移る。左は棒を握っていた手だ。掌がまだ冷たい。
冷たい手で数えると、指の感覚が鈍い。折ったかどうかが分からなくなる。
私は口の中で数を言うことにした。声は出さない。舌だけ動かす。
六本目を折る。その時、右の肩から力が抜けた。
棒を放した後だ。棒には掌の跡が残っている。
二本とも同じ高さに、湿った輪が付いた。輪の縁の線が濃い。
七つ目で、部屋の音を数えた。換気の音が一つ。二つ目は時計の秒針になる。
三つ目は無い。秒針は房の時計には付いていない。房の時計は針が二本だ。
ここは三本になる。増えた一本の回る速さで、私は自分の数の合い方を確かめた。六十で一周する。
私の六十とは少しずれた。ずれの向きは、私が速い。一分につき四つほど多く数えている。
この分を、私は直さなかった。手を入れると、途中で数が飛ぶ。
八つ目を折った時、胸の上の重さが二度動いた。一度目は頭のほうで、二度目は足のほうになる。下が動くと、私の肋へ来る。
触れる位置は毎回同じではない。揃わない位置を、私は覚えようとした。
三つまでは入った。四つ目で一つ目が消えた。
部屋は静かなままだ。四人とも同じところに立っている。あの人の手は下がったままになっている。
鉛筆を持つ手だ。七十二日の間、房で二度見た。今日は何も持っていない。
九本目。その時、私は一つの音を出した。
声にはならなかった。息と一緒に出た。
その後で、私はそれを二度繰り返した。二度目に少し形が付く。
三度は言わない。三度言うと、覚え方が変わる。二度で止めた。
残った形を、私はそのまま持つことにした。十を折り終えた。両手で十になる。
十一へ移る指が無い。私は右の親指を折り直した。その時、部屋の戸が開いた。
足音が一人ぶん入ってくる。速い。
入ってきた人は、卓の隣の紙の前へ真っ直ぐ行った。それから鉛筆を取った。
時計を見る。二十一時十五分だ。
長い針が十五にある。四から動いた分は十一になる。
十一分だ。私は指の数と、時計の数を合わせた。二つは揃う。
鉛筆が紙に当たる音がした。左の端の細い欄に、時刻が入る。
二十一時十五分と書いたはずだ。二十一時四分とは書かない。
入れる欄が無い。私はそのことを、この部屋の誰よりも先に知っている。
係が測りに掛かった。
私の胸の上から一度離す。離す時、掴んでいた指がほどけた。ほどけ方は向こうの側からだ。
測りの台は卓の奥にあった。布を敷いて、その上へ置く。目盛りは十グラムごとだ。
針が振れて、二度戻って、そこで止まった。あの人が読み上げる。
「三千百二十グラムです」
三千百二十。私は数を受け取った。
次に身長を測る。細い板を二枚使う。頭と足に当てて、間の目盛りを読む。
「身長は四十九センチです」
四十九。二つの数を並べる。三千百二十と四十九になる。
二つとも、私が数えたものではない。私が数えたのは十一だ。この数の行き先は無い。
係が戻してくれた。胸の上ではなく、腕の内側になる。位置が変わると、重さの掛かり方が変わった。
腕は胸より重く感じる。
腕には骨が二本ある。胸には広い骨がある。広いほうが重さを散らす。
散れば軽くなる。ただし目盛りの数は変わらない。
夜が続いた。灯は落ちない。
そういう定めだと思う。当該の紙を私は読んでいなかった。
朝が来た。窓は無い。
朝が来たのは、廊下の音で分かる。車輪の音が二度通った。
時計の針を見る。長い針が一周する間に、換気の音が二度切れて二度戻る。切れる長さは短い。
三を数える間に戻るという長さになる。房の換気は切れない。ここのものは途中で止まる。
その時、部屋の空気の匂いが少し立つ。上がってくるのは三つ目になる。
三つ目は腕の内側から来ているのかも知れない。近いところにあるものは、匂いの出所が測りにくい。
器が二度来た。夜の分と、明け方の分になる。明け方の分は温かった。
温かい器が来るのは、園の食堂と同じ運びだと思う。房では温くなったものが来ていた。運ぶ距離が短いと温度が残る。
私は眠っていない。
起きたままで、数は続けている。息の数は十の間に五まで落ちた。そこから動かない。
昼に、係が二度来た。一度目は器を持ってきた。
二度目は布を替えた。布は前と同じ折り目で、幅も同じになる。温めてはいなかった。
夕方に、あの人が来た。手に紙を一枚持っている。紙ではない。
厚みのあるものだ。
札だ。縦が五センチ、横が三センチほどになる。
角が丸い。色は白に近い。
あの人が札を卓へ置いた。それから、私に見えるほうへ向きを直した。この手つきは、手順の何処にも書いていないと思う。
「本札の欄は三つです」
三つ。私は見た。
欄は横に三本の線で切ってある。上から番号と区画、その下が帯だ。
番号の欄に数字が入っている。桁は八つある。頭の二つは園を指す数だ。
区画の欄には産室と入っていた。帯の欄には第一種と入っている。
三つとも埋まった。最後の線が下の縁まで来ている。四つ目の欄が無い。
私はもう一度見た。線は三本で、欄は三つだ。名を書くところが無い。
「名は書きますか」
私は訊いた。口に出してから、答えが来ないほうに賭けた。
「名の欄は置いてありません」
規定の名と数だけになる。あの人はそれ以上を言わない。置いていない事由も、置く議があったかどうかも言わない。
札の裏を、私は見ていなかった。あの人が向けたのは表になる。三つの欄は、線の太さが揃っている。
上の線と下の線を比べても違いが出ない。線の下に余白がある。高さは欄一つ分の半分ほどになる。
この余白へ、欄をもう一つ入れることは出来る。入れていない。事由を、私はあの人に問わなかった。
口に出しても数と規定の名が返る。答えの分かっている問いを、私は一つだけ使った。使う先は自分で決めた。
札の縁を、指で一度なぞった。角は丸いが、辺は真っ直ぐだ。厚みは紙の四枚ぶんほどある。
なぞった指に、粉のようなものは付いてこない。刷りたてではないという意味になる。
私は札を見た。入っていない欄は、空欄とは別のものになる。
空欄なら、線が引いてある。線が引いていないものを、私は数えられない。線の無いものを、昨日一つ持った。
あの人が出て行った。
戸の閉まる音がする。閉まった後、部屋の温度が少し下がったように思う。ただし腕では測れない。
夕方が終わる。廊下の車輪が三度通って、三度目の後で音が絶えた。
その後の産室は、換気の音と秒針だけになる。二つの音の速さは合わない。揃わない二つを同時に聞いていると、そのうち片方が消える。
落ちるのは秒針のほうだ。消えたと思って数え直すと、また戻ってくる。出てくる位置は、消えた位置の続きになっていない。
夜になった。腕の内側で、息が続いている。十の間に五だ。
昨日から動かない。
私は口の中で、昨日の音を出した。声にはしない。
舌だけ動かす。二度出して、二度目で止めた。
止めてから、目を開けた。卓の上に札がある。
白に近い色で、角が丸い。三つの欄が埋まっていて、その下は白い。
あの人の手は、昨日の十一分の間下がったままだった。
下げていた理由は、規定にあると思う。規定にあるなら、あの人は守っただけになる。守るというのは、何もしないことでもあるらしい。
私は昨日の音をもう一度、口の中で出した。この音は紙の何処にも入らない。
そのままで、私のところにある。持っているものは減らない。
昨日そう思った。今日も変わらないだろう。
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産子の識別の札 摘要
一、札の交付
本札は令和二百十四年十二月十二日に交付した。交付の相手方は当園の産室とする。枚数は一であった。
本札の様式は識別の札の様式による。付け替えの例は本年度に二十二件で、二十二件とも事由の欄が空のままになっていた。
交付の時刻を記す欄は本摘要に置いてある。当該の欄は十二時三十分と記した。交付を受けた者の欄には、当園の職員の番号が一つ入っている。
二、欄
本札の欄は三つになる。番号・区画・帯とした。番号は付与済みである。区画は産室、帯は第一種とした。
名を記す欄は本様式に置いていない。名を記す欄を置かない旨の記載は、当部門の定めにも見当たらなかった。
欄を増やす起案は令和二百年に一度あった。結果を記す欄は当該の綴に置いてある。当該の欄は空のままになっている。
起案した者の欄には番号が一つ入っていた。当該の番号は、現に当機構に在る者の番号と桁の数が違う。桁の数の違いについての記載は、当該の綴に置いていなかった。
三、記録の時刻
出生の時刻は二十一時四分とした。記録を始めた時刻は二十一時十五分になる。
体重は三千百二十グラム、身長は四十九センチであった。測定はいずれも記録を始めた後に行った。
立会った者は四名で、うち二名は当園の職員である。記録を取った者は立会う者と別の一名とした。本様式の定めのとおりになる。
本回の経過について、本則に定めのない事項は生じなかった。附則を用いた例として本回を挙げる要りは無いものとした。
本摘要の作成は当園の一名が行った。作成の日は令和二百十四年十二月十三日である。作成に用いた書式の番号は本摘要の頭に刷ってあった。書式を最後に改めた年は令和二百七年であった。




