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人間館 ―絶滅危惧種ヒトの飼育記録―  作者: 智珠
第七章 機構

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第100話 別記

個体数調整命令


一、実施


本命令により、当機構の全園における収容の数を調整するものとする。実施の期日は令和二百十五年三月三十一日とした。期日の延長を認める旨の記載は、本命令に置いていない。


減ずる割合は百分の十二とした。当該の割合は全園の合計に対するものであった。園ごとの割合を定めた記載は、本命令に置いていない。


割合の算出の根拠は当部門の綴による。当該の綴の番号は本命令の裏に記してある。本年度の閲覧は零件であった。


前年度の当該の綴の閲覧も零件であった。閲覧を要しない旨を記す欄は当部門の綴に置いてある。当該の欄は本年度も同じ字で埋めた。


二、対象


対象とする個体の区分は別記による。別記は別便で送付するものとした。


別便の発送の期日は本命令に記していない。別記の到達をもって、対象は確定するものとする。


別記の到達までの間の扱いを定めた記載は、本命令に置いていなかった。各園の長は、到達までの間も準備を行うことが出来る。


三、選定


選定の基準は別記に定めるものとした。基準を本命令へ載せる旨の議は、第百七十七回において決していない。


選定を行う者は各園の長であった。長が行えない場合の扱いは、当機構の内規による。内規の当該の条は令和百九十二年に置いた。置いた事由の欄は空のままになっていた。


選定に立ち会う者の数は二名以上とした。立ち会った旨を記す欄は選定の紙にある。当該の欄の様式は別記による。


選定に用いた資料の保存の年限は五年とした。保存の場所は各園の綴とする。年限を経た後の扱いは当部門の内規による。


四、報告


実施の報告は各園から当部門へ上げるものとする。報告の期限は、別記の到達の日から三十日とした。


本命令の効力は発出の日から生ずる。発出の日は令和二百十四年十二月十八日であった。本命令の頁の数は二とする。


本命令の作成は当部門の一名が行った。作成に用いた書式の番号は本命令の頭に刷ってある。書式を最後に改めた年は令和二百三年であった。


──────────────────


 夜の器が二つ来る。器の縁の欠けは、右の一つだけになる。

 欠けた位置は上から二センチのところで、指で触ると角が丸い。一つは私の分で、もう一つは小さいほうの分だ。小さいほうへは器ではなく、口の細い筒が来る。

 筒の中身は白い。粥より薄くて、器を傾けると縁を伝って落ちる。落ちる速さは粥の三倍ほどになる。粥ではない。匂いは薄く、甘さの手前で止まった。

 量は一度に六十ミリリットルと決まっている。目盛りが二十ごとに三つ刻んである。


 筒の口には布が巻いてある。布は毎回替わる。替わる旨を告げる声は無い。

 布の色は白で、巻き方は右から左になる。八日を通して右から左だった。向きを定めた紙があるのかどうかは知らない。


 三日前に房へ戻った。産室に八日いて、九日目の朝に運ばれてきた。

 前と同じ房になる。戸の番号も、管の位置も、床から三十センチのままになる。


 運ばれ方は行きと同じだった。

 台に乗って、左を下にして、天井の灯を数えながら来る。行きは十四だった。

 帰りで数えても十四になる。灯の間隔の広いところも、三つ目と四つ目の間で変わらない。違ったのは向きだ。

 行きは頭が先で、帰りは足が先になる。灯は後ろへ流れた。動いていくものは数えにくい。

 終えてから、私は行きの数と合わせる。二つに差は出ない。


 替わったのは寝床の広さだ。板が一枚足してある。

 足した分は幅で二十センチほどになる。板の継ぎ目は指で分かる。継ぎ目の上へ布を敷いても、線は消えない。


 私は布を二度折って、継ぎ目の位置へ来ないように敷いた。小さいものは、その上に置く。板の温度が布を通して届く。


 板は冷たい。

 布は二枚ぶんの厚みで、届く冷たさは半分になる。それでも来る。届いた分を、私は腕で埋めた。

 体重は昨日測った。三千二百四十グラムになる。生まれた日は三千百二十だった。

 三日目に三千五十まで落ちて、そこから戻っている。


 落ちてから戻る形は、紙に書いてあるらしい。係がそう言った。

 その時、私は数を控えていなかった。書いておけば、落ちた幅と戻った幅を比べられた。

 今は控えている。毎日、夕方に一度。器の目盛りと、筒の目盛りと、体重の数。

 三つを頭の中で並べる。

 三つとも増えている。


 増え方に差がある。器の量は四日ごとに一段、筒の量は毎日、体重は日ごとに揺れる。

 動くものを線にするには、日数が足りない。八日で出せる形ではない。


 八日では足りないが、足りない間も控えは続ける。

 やめておくと、足りるようになった日に前の分が無い。そうなると、線は今日から始まる。本日を起点にした線は、今日より前を何も言えない。


 管の縁を叩いた。一つ。それから縁を擦る。

 四日前に戻した並びで、こちらが先に鳴らす時は話しかけになる。


 返事は速い。産室に居た間の遅れが消えた。

 私は続けて数を送った。三千二百四十は長い。四つに割って、間を置きながら送る。


 向こうが受け取る。二つと一つで三が返った。


「昨日より百九十増えたな」


 合っている。向こうは前の日の数を覚えていた。

 四日ぶんを頭に置いているという意味になる。私も向こうの数を四日ぶん持っている。


 管の中で息の音が一度した。それから静かになる。

 その後で、私は指を離した。縁に油の膜の跡が残る。


 灯が落ちた。五時三十分だ。房へ戻ってから三日とも、この時刻で動かない。


 灯が落ちる前に、房の中の物を一度ずつ確かめる。八日とも同じ順にしている。器が三つ。

 筒が一つ。布が四枚。管の縁の跡。

 戸の下の隙間。板の継ぎ目。六つを順に見て、六つが元の位置にあれば、その日は動いていない。

 位置の替わった日は八日で二度あった。二度とも布の枚数で、どちらも増えている。


 暗い中で、小さいものの息を数える。

 十の間に五だ。産室では七だった。落ちてから、そこで止まった。


 私の息は十の間に二度半だ。これと五を並べると、ちょうど倍になる。

 この言葉を、私は自分の中で使わない。口に出すと、揃っているように聞こえる。

 揃ってはいない。数が二つ在るだけだ。


 爪は指の先より短い。切る手順を、私は聞いていない。髪は生えている。

 数えられる本数ではない。色は暗くて、灯の下では黒に近い。灯が落ちると分からなくなる。

 耳の形が私のものと違う。上の縁が丸い。私の上の縁には角が付いている。

 形は園の洗い場の鏡で見た。鏡は洗い場に一つあった。高さは私の胸のあたりで、上を見るには膝を伸ばす要りがあった。


 掌の線は三本ある。私の手にも三つ入っている。長さの比に差がある。

 比べたのは二度で、二度で結果は一致した。二度で決めるのは早いと思う。三度目は明日にする。


 名の音は産室で出したものをそのまま使っている。声には出さない。舌だけ動かす。

 出す回数は日に二度と決めた。朝に一度、灯の落ちる時に一度になる。日数の数え方に合わせた刻みになる。

 揃えておくと、忘れずに済む。数のほうは忘れない。数に付けておけば、音も残る。

 札には入らない。紙の外にあるものを、私は日に二度出す。

 夜の間に二度起きた。一度目は筒の時刻で、二度目は理由が分からない。二度目に起きた時、廊下の灯が明るかった。


 廊下の灯は三十分遅れて落ちる。その後は暗い。明るいということは、点け直したという意味になる。

 点け直した例は、八十日で四度ある。


 四度のうち三度は、翌日に何かが替わった。三度目だけ、何が替わったのか分からない。事由の無い数として控えてある。


 控えてある数は、この房で四十七ある。うち、意味の付いたものは十九になる。残る二十八は、まだ何処へも繋がらない。


 それでも消さずに置く。消すと数え直しになる。初めの日が消えると、やり直しは出来ない。

 始めた日を、私は全部覚えている。覚えているといっても、紙は無い。書く物のないところで四十七を持つには、置き方を決める要りがある。


 私は房の中の物へ付けた。器に三つ、管に六つ、戸に四つ。床に二つで、板に五つ。

 残りは自分の体へ付けてある。体へ付けた数は、体の側が変わると位置がずれる。八日でずれた分は、腹と腕の二つになる。


 朝が来た。分かるのは、廊下の車輪の音になる。器の台が七時二十分に通る。

 今日は七時十分に通った。十分早い。

 早く通る日には、その後で何かが入る。八十日のうち、七度あった。


 器の台が早い日は、私は先に筒を済ませることにしている。置いておくと、途中で人が来る。手が塞がっている時に来られると、私は数を落とす。

 一度落ちた分は取り戻せない。増やさないために、順を決めてある。


 器の台の音が遠くなってから、廊下は一度静かになる。静けさは換気の音だけの状態を指す。

 静かな時間は十分ほどだ。十分の間に、私は前の日の数を頭で確かめる。確かめ終える前に次の音が来る日は、八十日で三度あった。


 筒を先に済ませた。六十ミリリットルを四回に分ける。

 途中で二度止まる。止まる間に、私は廊下の音を聞いた。


 幅の広い車輪が来る。

 突き当たりから、こちらへ。八十日で五度目になる。前の四度は、灯の消える時刻と、読み上げの数と、数え終わる前に遠くなった一度と、戸の外へ紙が掛かった日だ。


 今日が五度目だ。車輪は私の戸の前を通り過ぎた。止まらない。

 突き当たりの反対の側、戸口のほうへ抜けていく。


 抜けた先で止まった。音の遠さから測ると、廊下の端の掲示板のあたりになる。

 紙を貼る音がする。糊ではない。

 押さえて留める音だ。画鋲だと思う。


 貼る前に、紙を広げる音が一度した。広げる音は、めくる音より低い。面が全部揺れる。

 めくる時は端だけが動く。


 押さえる音は四つあった。角の全部が留まっているという意味になる。

 四つを留めた例を、私は八十日で二度数えた。どちらも、掲示が入れ替わった日になる。


 車輪が戻ってきた。私の戸の前で止まった。

 金具の音が二つ。低いほうが先で、高いほうが後になる。


 確認の係が戸の口へ立った。手に紙を一枚持っている。

 持ち方は下の二つの角を指で挟む形だ。上を持たない。上に何か書いてあるのだと思う。


「本日、当機構より命令書が到達いたしました。当園はこれより取り扱いを改めます」


 命令書。

 私はその語を三度目に聞く。一度目は園に居た頃で、二度目は特別管理区画へ移された日になる。二度とも、中身は聞かなかった。


「何が替わりますか」


「明朝の読み上げから、名に替えて番号を読み上げる取り扱いといたしますのでご承知ください」


 番号。私は札を思い出した。卓の上に置かれた白い札になる。

 欄が三つあって、四つ目が無い。


 番号の欄には八桁が入っていた。頭の二つは園を指す。残る六桁が何を表すかを、私はあの日に聞いていない。


「別記が到達しておりませんので、対象の確定はこれより先の扱いということになります」


 別記。これは初めて聞く語になる。係は続けなかった。

 紙を持ち替えて、下の角から上の角へ指を移す。その時、紙の下の縁が私の目の高さへ来た。刷った字が二行見えた。


 上の一行は読めない。二行目に数字が四つ並んでいる。

 四つのうち三つは年の形だ。残る一つは百分の何かになる。


 紙の匂いがした。戸の隙間からではない。係の持っている紙から直に来る。


 新しい匂いではなかった。一月前に戸の外へ掛かった紙は、掛かった日に新しい匂いがした。今日の紙にそれは無い。

 匂いは刷ってから一月ほどで抜けるらしい。後に残るのは、紙そのものの匂いになる。

 これは薄い。二度嗅いで、濃さは動かなかった。


 係が紙を下げた。その後で、廊下の音が遠くなる。車輪は突き当たりのほうへ戻っていった。

 別記はまだ来ていない。その名を、私は今日はじめて覚えた。


 覚えたものを、私は三つ持っている。命令書と、番号と、別記だ。三つのうち二つは、物として見たことがある。

 別記には手が届かない。物として見ていないものの名を覚えるのは、これが初めてではない。園に居た頃に一度あった。

 図書室の統計表に、綴じ直した糸の穴だけが残っている頁がある。その時は名を教わらなかった。今日は名のほうが先に来ている。

 先に名があると、物が後から来た時に照らせる。出来るかどうかは、来てみないと分からない。


 昼の器が来た。量は前の日と等しい。

 増量の分がそのまま乗っている。匙は十八回で底に当たった。


 小さいものが起きた。目を開ける時の音は、泣くのとは別になる。息の継ぎ方が一度乱れて、それから手が動く。


 手は左が先だ。

 八日を通して左が先になる。右から動いた日は零だ。この数を、私は八日ぶんとして持っている。

 筒を出す。六十を四回に分ける。


 三回目で止まった。飲む速さが落ちている。


 その時は待つ。長さは十を数えるほどだ。


 十で戻った。四回目を済ませて、布で口の周りを拭く。

 向きは上から下へになる。係がそうしていた。私は同じ向きにしている。


 昼を過ぎてから、廊下を通る足音が増えた。足したのは二人ぶんになる。突き当たりから戸口まで往復している。

 回数は五度だ。うち三度は、途中で止まった。位置は毎回別になる。

 三度のいずれも房の前ではない。房と房の間で止まっている。そこに何の用事があるかを、私は知らない。

 分からないものを数に入れた。四十七が四十八になる。


 夕方が来て、また灯が落ちた。房の中の物を、私は順に見た。六つとも元のところにある。


 布は四枚のままだ。増えた日から二日、動いていない。

 二日目の夜は静かだった。廊下の灯は点け直されない。


 夜の間に、私は名の音を出した。灯の落ちる時の一度目になる。二度目は朝に出す。

 朝はまだ来ていない。それまでの間、私は八日ぶんの数を頭で並べ直した。組み替えると、順が少し変わる。

 後から入れた数が前の数を押す。寄せられた分が端へ来る。端にある数は、次の日に消えやすい。

 消える前に、三つを真ん中へ移した。移したのは耳の形と掌の線の比、それから手が左から動くことになる。三つとも紙には無い。


 朝が来る。読み上げの時刻は七時四十五分だ。八十日とも動いていない。


 紙をめくる音が一度した。いつもと違う。いつもは一度で終わる。

 今日は二度した。


 二度目の音は、前のより低い。紙が薄いという意味になる。二枚の紙を持っていて、上の一枚を外した音になるかも知れない。

 声が来る。


「本日から番号を読み上げます」


 規定の名と、それから読み上げが始まった。規定の名は九十六日目のものと一つだ。替わったのは、その後に来る中身だけになる。

 紙の名が同じで、載っているものが違う。同じ名の紙が二つある形になる。二つを見分ける手は、こちらの側に無い。

 読み上げの声で見分けることになる。高さは低い。そのまま切れ目ごとに止まる。


 切れ目の数え方は前のままだ。私は切れ目を数えた。

 ただし今日は、間が長い。名の時より一つ一つが長くなる。


 桁が多いからだと思う。名は二つか三つの音で終わる。番号は八つある。

 その数を読むと、切れ目までの時間が伸びる。その分だけ、全部が終わるまでが長い。


 数える。一周が四つ。

 四周で十六。五周目の途中で、私は数え方を確かめ直した。


 名の場合は、切れ目のほかに音の高さでも切れる。名の終わりで一度上がる。番号は上がらない。

 八つの音が平らに並んで、そこで止まる。次までの間が切れ目になる。高さで切れないと、切れ目は間の長さから測る要りが出る。

 間の長さは一定ではない。一定でないものを数えるには、短い間を単位にする。私はそれを取った。

 決めてから、五周目の途中で一度迷った。迷ったのは、長い間が二つ続いた時になる。二つ続いた時は、一つと数えるか二つと数えるか。

 私は一つと数えた。名の時もそうした。


 名の時の数え方でいいのかどうか。名は一つが一体で、番号も一つが一体になる。同じでいい。


 十周目まで数えた。四十だ。そこで終わるはずになる。

 十日前まで四十だった。終わらない。四十一番目が来た。

 四十一。私は数を二度確かめた。

 二度とも四十一で合う。確かめ方は、切れ目の数を頭から数え直すことになる。二度目には、途中で音が重なる。


 記憶の側の音と、いま聞いている音が同時に来る。重なった場合は、いま聞いているほうを取る。

 どちらを取るか決めておかないと、数が二重になる。数の二重は、九十六日目に一度あった。


 九十六日目に、四十一が四十になった。本日の四十一は、四十から動いた先になる。

 数としては変わらない。ただし減った一と増えた一は別のものになる。

 二つが一つの欄に入る。欄の側は数しか見ない。


 四十一番目の番号を、私は聞いた。頭の二つが園を指す数だ。その次の六つを、私は覚えようとした。


 六つのうち、取れたのは初めの二つになる。三つ目で追い付けない。追い付けないのは、音を覚えながら次を聞くからになる。


 二つまでは同時に出来る。三つ目からは片方が落ちる。消えるのは古い音になる。

 新しいものが残る。繋いでも、番号にはならない。


 覚えられなかった。

 速すぎる。二度目は来ない。読み上げは一日に一度きりだ。


 明日また来る。明日は頭から構えて待つ。初めから聞けば、六つは入る。

 入れば、札の番号と照らせる。


 札は房の中に無い。産室の卓に置いたままになっている。手元に無ければ確かめられない。

 私が覚えているのは頭の二桁になる。これで足りるものではない。増やすには、明日の朝を待つ要りがある。

 待つのは一度だけでいい。一度で取れなければ、翌日がある。次の朝も一度きりになる。


 合わせて揃うなら、四十一番目は私の腕の中にいることになる。違っていたら、四十一番目は別の房にいる。どちらでも、四十一は四十一のままになる。


 読み上げが止まった。時刻は七時五十二分だった。名の時より二分長い。

 差は桁の分になる。止まった後、紙をめくる音がもう一度した。三度目になる。


 三度目は上の一枚を戻す音だと思う。その後で、読む者が息を継いだ。その後で、続きが来る。


 続きは番号ではない。名でもない。


 私はその声を、板の上で聞いた。腕の中の重さは動かない。

 重さは三千二百四十グラムで、目盛りの上の数になる。腕の上の重さは目盛りに載らない。この分は腕で測っている。


 使うのは腕の下へ入れた布の沈み方になる。布の沈みは指二本ぶんだ。三日前は指一本半だった。

 半分ずつ増える。息の数は十の間に五のままになる。

 あの人の手つきを、私は思い出した。紙をめくる時、上の縁を親指で押さえる。そのうえで、人差し指で下から起こす。


 起こし方は毎回決まっている。九十六日目の朝もそうだった。手つきを崩さずに、違う紙をめくる。

 崩れないものを、私は八十日で三つ数えた。廊下の材の変わり目と、金具の音の順と、この手つきになる。三つのいずれも、替わらない理由を私は知らない。

 分からずに、三つを数に入れてある。替わったものは、それより多い。数えた限りでは十一ある。

 うち、事由の分かったものは零になる。この字を、私は紙の上で何度も見てきた。申出は零件。


 閲覧も零で、抹消の欄も零になる。書類の側では、欄が用意してあって中身が無いという意味になる。私のほうは欄そのものが無い。


 二つの零を並べると、形は一つで中身が別になる。一つの字で書けてしまう。


 廊下の端の掲示板に、昨日の紙が貼ってある。角は四つ留めてある。四つを使う日は、掲示が入れ替わる日になる。


 紙の大きさは、係の持ち方から測れる。両手の指の間に収まっていた。

 幅は私の掌の一枚半ほどになる。掌は十七センチだ。一枚半なら二十五前後になる。

 高さは幅より長い。下の縁が私の目の高さへ来た時、上の縁は係の胸のあたりにあった。

 その差から測ると、三十五センチほどになる。二十五と三十五だ。


 私はその紙を目にしていない。見えるところに無い。見ていない紙が、房の中の数を替えた。


 動いたのは読み上げの中身で、房の中の物は一つも動いていない。器も筒も布も元のところにある。物が動かないのに、数え方の側が替わった。

 その替わりは、控えの並びへ来る。私は昨日までの並びを消していない。残したうえで、今日から別の並びを一本足した。

 二本を並べて持つのは初めてになる。八十日で一度目だ。


 紙は二枚だと思う。係の持ち方から、そう測った。

 掲示板に貼ってあるのは、そのうちの一枚かも知れない。もう一枚は貼っていないのかも知れない。


 貼っていない一枚が、何処かにある。見ていないものを、私は数に入れられない。入らない分を、私は今日一つ増やした。


 増やした数は、房の中の物へは付けられない。物のほうに当たりが無い。

 当てのつかない数は、日付へ付けることにした。十二月二十一日に一つ。付けた日は動かない。

 四十一という数を、私は十日前まで毎朝置いていた。置き場は戸の内側の下の角になる。角に付けた数は落ちにくい。

 角は動かない。動かないものへ付けた数は、私の側で消えるまで残る。


 四十一だ。九十六日目のものと、本日のもの。


 この二つの間に、四十が十日ぶん挟まっている。十日ぶんの四十を、私は毎朝数えた。


 数えた四十は、今日の四十一へは繋がらない。橋になる一が別のものになる。


 繋がらないものを二つ並べて置いておく。残しておけば、次の数が来た時に三つになる。そろえば、線が引けるかも知れない。


 線はまだ引けない。そのままで、私は今日の分を控えた。

 三つある。器の量と、筒の量と、体重の数になる。


 四つ目を足すことにした。読み上げの数だ。四つ目は今日から始めた。


 この日は覚えておく。控えておくと、後で幅が出せる。幅から、増えたか減ったかが言える。

 ただし、出す先は無い。管の向こうへは送れる。向こうは受け取って、覚える。

 両方が持っておけば、片方が落としても残る。落とすというのは、数え違えるという意味だ。数え違えた例は、八十日で二度あった。

 どちらも向こうが直した。


 腕の中で、手が動いた。左が先だ。九日とも左になる。


 九日で九回だ。この数が続いたら、次も左だと言えるかどうか。まだ無理だと思う。

 九は少ない。図書室の表では、十より下の数に印が付いていた。印の意味は書いていなかった。

 印の付いた行は、下の欄へ数を足さない扱いになっていた。足さない理由も書いていない。私は九を控えておく。

 そのうえで、十になった日に印のことを考える。


 読み上げの続きの一行を、私はもう一度頭の中で鳴らした。同じ形で出てくる。九十六日目の一行と、音の並びが近い。


 近い。ただし同じではない。

 替わっているのは一語だけになる。一語だけ替えて、残りをそのまま使う。使い回すほうが早い。


 早いというのは、作る手間が要らないという意味だ。手間の掛からない紙は、たいてい前から在る。

 私は板の上で数を並べ直した。三千二百四十。六十が四回。

 十の間に五。四十一。八桁。


 八桁のうち、私が取れたのは二つになる。明日、六つを取る。


 控えの並びが二本になると、片方が古くなる。先の一本を捨てるかどうかは、まだ決めていない。

 捨てると、九十六日目の四十が消える。その四十は、今日の四十一と比べる先を失う。比べる先の無い数は、置いておいても線にならない。

 それでも私は捨てないことにした。事由をまだ書けない。事由の書けないものを一つ持って、私は明日の朝を待つ。


 読み上げの最後の一行は、こうだった。


 ──明日から、番号を読まれた者は、返事をすること。


──────────────────


個体数調整命令 送付書


一、送付の物件


本送付書に添えた物件は命令書一通である。頁の数は二であった。判は一つ押してある。


別記は本便に含まれていない。含まれていない旨を記す欄は本送付書に置いてある。当該の欄は本便で用いた。


二、到達


本便の到達は令和二百十四年十二月二十日、十時十五分であった。受け取った者の番号は当園の綴による。


別便の発送の予定を記す欄は、本送付書に置いていない。本日までに別便の到達は無かった。


到達の見込みを照会した例は本日までに零件である。照会を行う者を定めた記載は、当園の綴に見当たらなかった。


三、当園の措置


当園は本命令の到達の日から、名の読み上げの取り扱いを改めるものとした。改めた事由を記す欄は、本送付書に置いていない。


改める旨の起案は本日中に決した。決した時刻は十一時四十分であった。実施は翌日の朝からとする。


読み上げに用いる名簿は、番号のみを載せたものへ替えた。替えた名簿の枚数は一である。


替える前の名簿は当園の綴へ収めた。収めた綴の番号は本送付書の裏に記してある。収めた旨を記す欄は当該の綴にある。


四、仮の呼び名


当園が付した仮の呼び名の抹消については、仮の呼び名の抹消の手続によるものとした。


消す事由の欄は三つあり、三つとも選択の形になっている。本件はいずれにも当たらない。いずれにも当たらない場合の扱いを定めた記載は、当該の手続に見当たらなかった。


抹消の件数は本日までに零件である。本件の取り扱いは当部門へ照会するものとした。照会の紙は本日中に作成してある。


照会の回答を得るまでの間の扱いは、当園の裁量とした。裁量の範囲を記す欄は本送付書にある。当該の欄には読み上げの取り扱いのみを記した。

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