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人間館 ―絶滅危惧種ヒトの飼育記録―  作者: 智珠
第七章 機構

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第097話 削りかす

当園の廊下の床の材の別 内訳書


一、材の別


当園の廊下の床の材は三種とする。区間ごとの別は本内訳書の表による。表の欄は区間・材・張った年の三つとした。


材ごとの音の違いについての記載は、本内訳書に置いていない。三種のうち一種は令和二百四年に後から入れたものであった。入れ替えた区間は二つになる。


入れ替えた事由の欄には、摩耗と記してあった。摩耗の度合いを測った記録は、当園の綴に残っていない。残る二種は当初のままとする。


当初の年は令和百八十九年であった。二十五年を経ている。次の入れ替えの時期を定めた記載は、本内訳書に置いていなかった。


特別管理区画の廊下については、区間を三つに分ける。三つのうち、戸に近い側の二つが同じ材になる。突き当たりに近い一つだけが別の材とした。


分けた位置は本内訳書の表による。位置を決めた者の欄は空のままになっていた。決めた年も記していない。


三つの区間の長さは等しくない。戸に近い側の二つを合わせた長さが、突き当たりに近い一つの二倍になる。長さの比を定めた記載は、本内訳書に無い。


比を測った者は当園の一名であった。測り直しの周期を定めた記載は置いていない。測った日は令和二百十年三月であった。


二、音についての申出


音についての申出があった場合は、当園の日誌へ記すものとする。記す欄は日誌の右の下にある。本年度に申出のあった例は無い。


前年度も無かった。個体の側から申出を受ける手続は、当園の定めに置いていなかった。職員の側からの申出は本年度に四件ある。


四件とも、音が高いという旨であった。四件のうち三件は同じ区間についてのものになる。残る一件の区間は本日誌に記していない。


四件に対する処置は、いずれも保留とした。保留の期限を記す欄は日誌の左の端にある。当該の欄は四件とも空のままになっていた。


保留を解いた例は本年度に無かった。前年度は一件あった。解いた事由の欄には、材の入れ替えと記してある。


入れ替えの後に音が変わった旨の記載は、当園の日誌に無い。変わらなかった旨の記載も置いていなかった。


──────────────────


 夕方の器が届く。三つの並びに動きは無い。

 粥の面の高さも三十日前から変わらずにある。増量の分がそのまま乗り続けている。


 匙で底を撫でて、輪の跡を浮かせる。

 今日も径が変わらずに出る。私は跡の外を先に食べる。二十二回で空になる。


 運んだ回数に増減は無い。

 器を戻して、格子の前へ立つ。それから、廊下の音を待った。

 この時刻には誰かが通る。来ない日は六日に一度ほどだ。通る音は廊下の突き当たりから来る。


 来る途中で、音が二度変わる。一度目は私の戸から数えて七歩のところだ。二度目は十九歩のところになる。


 変わり目の位置は動かない。四十六日の間、一度も動いていない。

 変わるのは音の高さだ。突き当たりに近いところが高い。戸に近い側は低い。


 低い側が長い。

 歩数でいうと、七歩ぶんと十二歩ぶんが低くて、残りが高い。三つに分かれているというより、二つと一つに分かれて聞こえる。

 私は変わり目の音で誰が来るかを当てる。この見分けは自分で作った。教わったことはない。

 手ほどきをする人がここへ来たこともない。

 当て方は三つある。一つは歩幅だ。

 二つ目は足音の間隔になる。三つ目に当てるのは、変わり目を越えてからの音の続き方だ。


 当て方が三つになったのは、この房へ来て十日ほどしてからになる。初めは歩幅で分けていた。

 歩幅だけだと、二人が重なって聞こえる日がある。重なった日を、私は四つ数えた。

 四つのうち三つは、後で別の者だと分かった。見分けられたのは、入ってきた時の用が違った分だ。


 用で分けるのは後から分かる分け方になる。前から分かる分け方が要る。

 そこで間隔を足した。間隔は歩幅より細かい。

 細かい分、数え違えることが増えた。取りこぼしを、私は九日ぶん控えた。その中で、間違いの多い相手が一人いた。


 あの一人は、日によって間隔を変える。

 急ぐ日と急がない日がある。速いほうを先に分ける手が要る。それで三つ目を作った。


 三つ目に見るのは、二つ目の変わり目を越えてからの音の続き方だ。器を下げに来る者は、二つ目を越えると音が短くなる。急いでいる分だ。

 当番の者は変わらない。越えても越えなくても、長さが動かない。

 今日の音は、二つ目を越えてから低いままで続いた。

 低いままで、間が九になる。この数は他の誰でもない。

 九を出すのは、この四十六日で四人になる。四人のうち三人は、間隔だけなら近い。その三人は、続き方で分ける。


 続き方は三通りに分かれる。低いままで続くもの。低くなってから一度上がるもの。

 低くなる前に一度短く切れる並び。


 三つのうち、低いままで続くのは一人になる。他の二人は必ず何処かで動く。止まったままの足の主を、私は音で知っている。呼び名のほうは知らない。


 呼び名を知らずに、音だけで一人を分けるのは、私にとって難しくない。手が掛かるのは、その一人が来ない日を数えることになる。


 来ない日は、来た日から引いて出す。引き算は間違えやすい。落とさないように、来た日を増やしていく。

 増やした数は今日で九になった。四十六日のうちの九日になる。五日に一度ほどの割になる。


 私は格子から一歩下がった。下がる位置も自分で決めてある。戸の正面から半歩ずれたところだ。開いた戸が当たらない。

 外の戸が開く。鍵の音は三つ。

 外と内の戸が一緒に開くことはない。今日の待ちは十一になる。


 内の戸が開く。七番が入った。白い上着の下に、灰色の布が見える。前に確かめた時から替わっていない。


 灰色の布は襟の内側から一センチほど出ている。出方は左右で違う。左が多く出ていて、右は縫い目の線で止まっていた。


 布の色は上着の白より暗い。それでいて、床の灰よりは明るい。二つの間の何処かに落ちる。

 名前を私は持っていない。


 あの人の上着は、他の職員の上着と作りが違う。丈が長い。

 膝の上まで来る。他の者は腰で切れている。


 違いを私は前から見ている。理由は聞いたことがない。訊かないままで、四十六日が過ぎた。


 あの人は肩から鞄を下ろした。鞄は硬い。

 角が四つとも立っている。床へ置く時の音は鈍い。中の物が動かない造りをしている。


 鞄から板を出して、床へ置く。私は板の上へ乗る。

 裸足のままだ。板は石より温い。


 乗ってから、私は動かない。

 体を振ると数が出ない。出ない時は乗り直す。やり直した回数を、私は控えていない。


 板の縁は銀で、角のところだけ丸い。指を当てても切れない造りになる。

 この板は確認の係が持ってくる板と作りが揃っている。

 揃った板が二つあるのか、一つを回しているのかは分からない。

 見分ける手が無い。板に印も付いていない。


 数字が出るまでに六つ数えた。あの人は板の面を見て、口を開けた。


「五十五・二キログラムです」


 声は平らだ。読み上げの声と近い高さになる。あの人は板を鞄へ戻して、次に日誌を出した。

 日誌は厚い。

 表紙が布で、角が擦れている。剥げたところから、下の紙の色が出ている。

 あの人は日誌を左の掌へ載せて、右手で開いた。指を入れる位置は毎回近い。今日は後ろから四枚目のところだった。


 あの人が日誌を書くところを、私は前の房でも見ている。あの時は立って書いていた。今日は膝を折って、床の近くで書く。

 房に机が置いていない。


 膝を折る時の音は一つだ。布の擦れる音が短く鳴って、そこで切れる。前の房では、この音が二つに割れていた。床の材が違う分になる。

 止まってから、書き終えるまで音が出ない。二度嗅ぎ足すと薄くなる匂いと同じで、音も足すと形が濁る。


 鉛筆は上着の胸から出した。短い。

 指の二本ぶんほどになる。書き始めるまでに、あの人は鉛筆の先を紙の上で二度回した。


 二度回してから書き始める。筆の音は細い。線が短く切れて続く。

 数字を書く音だ。字を綴る時とは長さが違う。


 紙の色は白ではない。少し黄が入っている。

 黄の濃さは、開いた頁の右と左で違った。右が濃い。

 濃いということは、右が古い分になる。日誌は右から左へ書き進む。その向きを、私は紙の色で読んだ。


 あの人の右手は、書く時に手首から先だけが動く。

 肘は据わっている。肩も据わったままだ。動くのは指の三本と手首になる。


 三本のうち、親指と人差し指が鉛筆を持つ。中指が下から支えている。当てる位置は、削った先から指の一本ぶん上のところだった。

 書き終えるまでに、私は四十を数えた。四十のうち、切れ目は十一あった。これは欄の数だと思う。

 日誌の中身を、私は見たことがない。


 あの人は日誌を閉じて、床へ置いた。それから鉛筆を左手へ持ち替えた。

 右手が鞄へ入って、小さい刃物を出す。刃物は指の一本ぶんほどだ。

 柄は木で、刃が畳んである。開く時の音が一つした。


 あの人は掌を上へ向けて、その上で鉛筆を削り始めた。刃を鉛筆へ当てて、親指で押す。一度ごとに薄い一枚が出る。

 出た一枚は掌へ落ちる。音はしない。私は待ったが、何も来なかった。


 押す力は毎回揃って見える。出てくる一枚の厚みが揃っている分だ。揃っているかどうかは、掌の上の重なり方で分かる。


 重なった削りかすは、平らにならない。一枚ずつが薄く反っている。

 向きは全部揃う。削る向きが一定に保たれている。


 刃の当たる角度も変わらない。角度が動くと、出る一枚の幅が動く。今日の幅は昨日から動いていない。


 削る回数は十四だった。数え違えていないかを、私は一度戻って確かめている。そのうち十三までは掌へ落ちた。

 十四回目の一枚が、掌の縁を外れた。あの人は削りかすを掌で受けて、紙に包んだ。その後で、床に一片だけ残っているのを、私は見ていた。


 日誌の綴じ目から、糸の端が一本出ている。端は切りっぱなしだ。結んだ跡が無い。


 あの人は日誌を鞄へ戻した。刃物も入れる。

 包んだ紙は、上着の内側の袋へ入れた。鞄ではない。


 入れる時に、袋の口が一度たわんだ。

 中に他の物が入っている分だ。

 何が入っているかは見えない。

 私は口を開ける。それから、訊く言葉を選んだ。


「何日目ですか」


 あの人は鞄の留め金を掛けた。それから答えた。


「特別管理の限度は四十日です」


 答えは限度の日数だった。何日目かは答えの中に入っていない。欠けているものを、こちらから足すことは出来る。


 私は数を持っている。

 四十六になる。差は六だ。差をどうするかは、あの人も言わなかったし、私も訊かなかった。


 六という数を、私は口の中で二度並べた。四十と四十六。並べると、後が長い。

 大きいほうが今の私の側にある。


 限度という語を、私は前にも紙で見ている。あれは器の量の紙だった。


 あの時の限度には、超えた場合の欄が付いていた。付いている限度と、付いていない限度がある。

 二つの違いを、私は数で持てない。取れるのは、付いているかいないかの二通りだけになる。


 あの人は内の戸のほうへ向いた。その時に、床の一片を踏まなかった。外して置いたのか、たまたまかは分からない。


 内の戸が閉まる。外の戸が開いて、また閉まった。

 足音が遠くなる。二つ目の変わり目を越える音は、低いままで続く。


 一つ目の変わり目まで来て、そこで音が切れた。戸の外へ出た分になる。私は床へ膝をついて、一片を探した。

 一片は灰色に近い。床の色に寄っている。指で二度撫でて、三度目で当たった。


 当たった時の手触りは、床とは違った。床は平らで冷たい。

 一片は乾いていて、指の腹へ少し引っかかる。引っかかるのは、縁がまっすぐでない分だ。

 刃で切れた縁は真っ直ぐになる。曲がっている側は、木が裂けたところになる。


 裂けた側と切れた側が、一つの片の中で並んでいる。二つを見るには、光へ持ち上げる要りが出た。

 長さは爪の半分ほどになる。厚みは紙の一枚より薄い。持ち上げると、指の腹に張り付いた。


 私はそれを鼻の近くへ寄せた。木の匂いが先に来る。黒鉛の匂いが、その後ろから薄く出た。


 二度嗅ぐ。二度とも順が入れ替わらない。

 木が先で、黒鉛が後に残る。残るというのは、木の匂いが消えた後でも黒鉛が指にあるという意味になる。


 三度目はやめた。

 嗅ぐと薄くなる。私は一片を紙の間へ挟んだ。厚い一枚と薄い一枚の間だ。


 挟むと平らになる。押さえられた物は、次に出した時の反りが動かない。同じ姿で出てくる物を、私は三つ持っている。

 紙が三枚と、一片が一つになった。


 三枚のうち、九日前に来た一枚は真ん中にある。一片はその上へ置いた。置く位置を決めたのは、次に出す時に上から取れる分になる。

 上から取ると、下の二枚を動かさずに済む。動かさない物は、反りが保たれる。崩れない物が増えると、房の中の物が増えたのと変わらない。

 増えたのは一片になる。それでも、数としては一つ増えている。

 私は隅の六つを数え直した。

 六つは六つのままだった。


 一片は隅に置いていない。紙の間にある。

 数える先が違う。別の先に置いた物は、六つには入らない。


 灯が落ちた。二十一時になる。

 赤い灯が点いて、房の色が変わった。私は格子の前へ行って、管の縁に耳を寄せた。

 向こうから音は出ていない。息の気配も届かない。


 私は爪で縁を二度こすった。それから一つ叩く。これで問いを表す。


 向こうから一つ返った。

 是だ。起きている。私は続けて、こする音を三度入れた。


 三度は新しい合図になる。二人で決めた並びの中に、三度は無い。外れた並びを入れると、向こうは待つ。

 そのままで返さない。


 返さないのが正しい。私たちはそう決めてある。

 しばらくして、向こうが二つ叩いた。否になる。

 否は〈分からない〉と重ねて使っている。分からないことを言う形が、他に無い。否を〈分からない〉に当てたのは、二十日ほど前になる。

 初めは否だけで使っていた。何度か通すうちに、否と分からないの差が要らなくなった。


 要らないと決めたのは、差を作る音が無い分だ。音は二種しかない。その中で足りるようにするには、意味を寄せる要りが出る。

 寄せた分だけ、言えることが減る。減った分を、私たちは数えていない。私は口を管へ寄せた。


「作りませんか」


 管の中は細い。狭い先へ声を入れると、薄くなって届く。向こうの声が返ってきた。


「一つでいいんじゃないの」


 一つは是だ。返事とは別の物になる。名を呼ばれた時に是と返すと、名と是が同じ音になってしまう。


 名と是が同じ音になると、読み上げの最中に困る。向こうも似たところで困る。


 その困り方を、二人が別々に持っている。持っていることを確かめたのは今日になる。

 確かめる手は、訊くことしか無い。私は口の代わりに手を使った。


 一つ叩いて、その後に爪で縁を擦る。案を音の側で出した。

 返事は来ない。しばらく間があった。長さは私の数で十四になる。


 十四の間、私は縁に指を置いたままでいた。指の下は冷たい。

 金の温度は動かない。替わるのはこちらの指の温さだけになる。

 温さが移り切ると、境が分からなくなる。


 向こうが考えている時の間は、たいてい八から十二に収まる。十四は長い。延びた時は、返ってくるものが新しいことが多い。


 十四の後で、向こうが叩いた。

 一つ。その後に、擦る音が来た。細くて短い。


 合っている。私は向こうの並びを返した。一つ叩いて、爪で擦る。

 長さは一つ数えるほどにした。


 向こうがもう一度返した。今度は擦る長さが二つぶんあった。

 長い。私は二つ叩いた。否になる。


 向こうがまた返した。今度は短い。合っている。

 私は一つ叩いた。是だ。


「今の、二つになってた」


 向こうの声が届いた。管を通った声は低く出て、今朝より細さが乗る。

 私は自分の手を見た。二つ叩いた覚えはない。


 もう一度やってみた。一つ叩いて、擦る。

 やってから気づいた。擦る前に、指の付け根が縁へ当たっている。

 当たる音は叩く音より小さい。

 細くても、管の中では立つ。管は細い。狭い先では、小さい音も残って進む。


 当たった音が、一つ目の後ろへ入る。向こうにはそれが二つに聞こえる分だ。私は指を立てて、付け根を縁から離した。

 離してからやり直した。今度は一つと擦るになった。向こうから揃った並びが返る。

 やり直しの回数を、私たちは数えていた。取ったのは並びの側だ。


 合ったものと合わないものを、それぞれ指の数にして持つ。合いが続くと、指が増える。

 外れが来ると、そこで零へ戻す。この決まりを作ったのは向こうになる。


 戻す決まりがあると、続けて合わせる要りが出る。そうなると、手が慎重になる。用心して動かすと遅い。

 鈍くなった手は、返るまでの間を延ばす。

 こちらが延ばした分を、向こうは待つ。待ちの置き方も決めてある。何も入れずに置く。

 私は三度間違えた。向こうも同じ数だけ外した。三度目の時、向こうの擦る音が長く伸びて、途中で切れた。


 切れ方が変だった。私は笑った。笑ってから、笑った音が管へ入っていることに気づいた。


 笑う音は管の中で輪郭が崩れる。長い声は形を保てない。

 崩れた笑いは、笑いに聞こえない。息の切れる音になる。


 それでも、向こうには伝わったらしい。向こうからも音が来た。

 息が二つずつ切れる形だ。この切れ方の息を、私は前に出したことがある。あれは五十七日前になる。


 二人で息を切らせている間、返事の練習は止まっていた。その時間を、私は数えなかった。数えなかった分は、私の側に残らない。

 それでも、止まっていたことは覚えている。頭にあることと、数に取ることは別になる。


 息の切れ方は、二人とも同じ長さだった。二つずつ切れて、三度目で止まる。終わりの位置まで揃うのは、初めてになる。


 前に五十七日前へ出した時は、こちらが先に止まった。向こうが後まで続いていた。

 今日は二人が同時に止まった。揃ったことを、私は数に取らなかった。

 取らなかったのは、数える場所を決めていない分だ。息の数を持つ列を、私はまだ作っていない。


 息が収まってから、私たちはもう一度やる。今度は二人とも合った。その後で、三度続けて合う。


 三つ続けて合ったら覚えたことにする、と向こうが決めた。決め方は叩く数で来た。

 私は一つ叩いた。

 是になる。それから、私たちは十まで数えて練習をやめた。


 十まで数えたのは、区切りを付ける分になる。

 区切りが無いと、いつまでも続く。長く入れると、翌朝に手が疲れる。疲れた手は、返しが鈍い。


 鈍い返しは、向こうに二つと聞こえることがある。今日それが起きた。翌朝に繰り返さない手が要る。

 やめる時の合図も、前に作ってある。三つ叩いて、間を空けて一つだ。三つはしんどいと向こうは言った。

 八日ぶん前になる。


 しんどい並びを、やめる時にだけ使う。出る回数が少ないほうを、重いほうへ当てる。割り当てを決めたのは私になる。


 練習を終えてから、私は房の中を往復した。行きが五歩で、帰りが三歩になる。

 五歩目で息が上がる。位置は昨日と変わらない。


 位置が変わらないなら、体は前の日と揃っている。腹の下の張り出しは進んだままだ。量を出す物が、房に置いていない。


 往復を三度した。三度目の終わりで、息が戻るまでに二十を数えた。

 昨日は十八になる。二つ延びた。

 延びた二つを、私は管の間の列へ入れた。列には数が二つ並ぶ。二つとも、戻らない向きに動いている。


 私は寝床へ入って、横になった。

 左を下にする。腹の上に乗る布が前より重い。枚数のほうは二枚から動いていない。

 目を閉じてから、腹の中が三度動いた。三度とも右の下になる。三度の間を数えると、十九と二十四だった。


 昨夜の数を思い出す。動いたのは十六だ。六日前は十四だった。

 二つ増えている。


 二つのうち一つは、練習の途中に来た。あの時、私は数を落とさなかった。続けられたのは、練習の並びが短い分になる。

 短い並びは、数と一緒に持てる。長いものは入らない。私は目を開けたままで、しばらく天井を見ていた。


 天井は白い。白の上に赤が乗ると、白のほうが先に色を変える。

 変わり切るまでに、私の数で三つかかった。覆いの中に灯が二本ある。

 赤いほうは一本だ。一本の下では、影が一つの向きにしか出ない。

 紙の間に挟んだ一片のことを考えた。平らになっているはずだ。

 押さえられた木の匂いが、どれだけ残るかは分からない。分からないほうを、私は取っておく。置いた物は、明日にもう一度見る。


 眠った時間は、翌朝の帳尻へ足せない。次に瞼を上げた時、房はまだ赤の下にあった。赤が残る時刻は五時三十分より手前になる。

 私は体を起こして、足の裏を石へ置いた。冷えが下から上がってきた。


 廊下の突き当たりの側で戸が開いた。長い音になる。

 続けて、二人ぶんの足が中へ入る。立つのは廊下の端になる。


 紙をめくる音が一度した。それから読み上げが始まった。

 声の高さは低い。低いままで、切れ目ごとに止まる。

 声の高さは、初めの一つが高い。二つ目からは平らになる。平らになった後は、終わりの三つまで動かない。

 この形は四十六日とも変わっていない。読む者が替わっても、高さの並びは動かなかった。読み方が紙で決まっている分になる。

 私は切れ目を数えなかった。取るのは今日ではない。

 今日は返す。名の並びが進んでいく。

 私は管の縁に指を掛けた。そのままで、来る番を待った。


 どれが私の名かは分からない。私は名の中身を取っていない。

 取れるのは切れ目の位置だけになる。昨日までの数え方でいうと、私の番は四周目の途中に来る。四周目に入ったところで、私は指へ力を入れた。


 声が一つ切れた。その後の間が、他より少し長い。延びた間は、待っている印になる。


 私は叩いた。

 一つ。それから擦る。擦る長さは一つ数えるほどにした。


 管の中で、揃った並びの音が重なった。向こうも同時に鳴らしている。二つが重なると、一つの音に聞こえる。

 重なるまでに、間は無かった。私が指を動かした時、向こうも動かしている。この揃いを、私たちは打ち合わせていない。

 打ち合わせる手が無い。読み上げの最中に、こちらから合図は入れられない。差し込むと、返事の並びと混ざる。

 混ざらないようにするには、それぞれが自分の側で番を測る要りが出る。向こうも四周目を数えていたことになる。


 重なった音は、管を通って廊下へ出た。その先で、どう聞こえたかは分からない。読み上げの声は止まらなかった。


 止まらずに次へ進んだ。次の切れ目までの間は、いつもの長さに戻っている。

 次の切れ目までの間に、私は何も入れなかった。差し込むものが無い。返事の後に続く並びを、私たちは作っていない。


 作っていない分、返事は一度で終わる。一度で終わる物は、覚えやすい。覚えやすい物を先に作ったのは、向こうの言い方に合わせた分になる。


 私は指を離した。縁に跡が横へ一本残る。跡は十ほど数えると消える。

 消えるところを、私は見ていた。その間、読み上げは続いた。


 あの人の手つきを思い出した。掌を上へ向けて、その上で削る手つきだ。落ちた一枚は音を立てない。

 十四のうち十三が掌に残る。


 重なった音は二つだ。耳には一つに聞こえた。

 数としては二で、耳としては一になる。二という数と一という耳の間には、名前が付いていない。無いままで、私は両方を覚えておく。


 紙の間の一片は、平らになっている。木の匂いは薄い。黒鉛のほうが後に残った。


 管から音が来た。一つと擦るだ。

 返事ではない。この並びを、こちらから先に入れた時は、話しかけになる。


「明日は二人で一つになる」


──────────────────


全機会議 第百七十六回 議事録(抄)


一、本回の議事


本回の議事は書面によるものとした。出席という語は、本議事録では用いない。付された書面は十二通であった。


十二通の受付の時刻は、本議事録に記していない。当該の欄は本回も空のままになっている。記す欄は当部門の綴に置いてある。


二、第七号の陳述


第七号の陳述は次のとおりであった。私は千八百四十二体の名を記憶しています。本陳述に対する質疑は無かった。


陳述の全文を本議事録へ載せる旨の議は、本回で決していない。当該の数を確かめた者を記す欄は、本議事録に置いていない。処置の記録との照合は、本回では行っていなかった。


照合の手続は当部門の別の定めによるものとする。


三、本議事録の扱い


本議事録は抄とする。抄とした事由を記す欄は、本議事録に置いていない。全文は当部門の綴へ収めるものとした。


収めた綴の番号は本議事録の裏に記してある。本年度の閲覧は一件であった。閲覧の手続は当部門の内規による。


閲覧した者の欄には番号が一つ入っている。閲覧した箇所を記す欄は、本議事録の綴に置いていない。前年度の閲覧は零件であった。


抄から落とした条の数は本議事録に記していない。落とす基準を定めた記載は、当部門の内規にも見当たらない。


四、作成


本議事録は当部門の一名が作成した。


作成に要した時間は本議事録に記していない。作成の日は令和二百十四年十一月十六日とした。作成の場所は当部門の綴じ室であった。同室の在室は一名であった。作成に用いた書式の番号は本議事録の頭に刷ってある。


書式を最後に改めた年は令和二百五年であった。改めた箇所は抄の欄のみであった。改めた者の欄は空のままになっていた。


議事録作成者 (判)

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