第096話 四十一
全機 個体の呼称の取り扱いに関する訓令
一、本訓令の趣旨
本訓令は個体の呼称の取り扱いを定めるものとする。適用の範囲は当機構の全園とした。実施の日は令和二百十四年十一月十一日になる。
呼称の別は本訓令の第二による。呼称を改める手続は、当部門の別の定めによるものとした。当該の定めを本訓令に添える扱いはしていない。
添えなかった旨は当部門の目録へ控えるものとした。前の訓令は本訓令の実施の日をもって廃するものとする。廃した訓令の番号は本訓令の頭に刷ってあった。
廃した理由を記す欄は置いていなかった。前の訓令を定めた年は令和二百九年になる。前の訓令が実施されていた期間は五年に及ぶ。
期間の途中で改めた例は当機構に無かった。改める場合の手続は、当部門の別の定めによるものとした。
二、名簿の様式
名の読み上げに用いる名簿は、処置の記録とは別に綴るものとする。綴じる者の欄は本様式の右の端にある。当該の欄には何も入っていなかった。
綴じる事由を記す欄は置いていない。本名簿の用途を記した記載は、当機構のどの定めにも無い。本名簿を最後に改めた年は令和二百一年であった。
改めた箇所は行の高さの欄のみになる。行の高さは五ミリとした。一枚に収める行の数は四十五を限りとする。
四十五を超えた場合は次の枚へ送るものとした。送った旨は当該の枚の頭に記した。本年度に二枚へ送った園は十一であった。
三、行を消す場合
名簿の行を消す場合は、消した後に詰めるものとする。行の番号は詰めた後に振り直す。消した旨を記す欄は、本名簿の様式に置いていない。
消した者を記す欄も置いていない。本年度に詰めた例は当機構で四千二百件であった。前年度は三千九百件になる。
増えた事由は当部門の別の表による。詰める前の名簿を控える手続は、当機構の定めの何処にも置いていなかった。控えた例も残っていなかった。
詰めた月日を記す欄は本名簿の様式に置いてあった。当該の欄は本年度も埋めてある。
四、読み上げ
読み上げは一日に一度、灯の点る前に行うものとする。読み上げる順は名簿の順による。名簿の順は収容の日の順とした。
読み上げに要する時間を記す欄は、本訓令に置いていない。一名につき要する時間の定めも置いていなかった。読み上げる者の別は当園の裁量による。
読み上げに対する返事は、これまで求めない扱いとしてきた。本訓令の実施の日から、名を呼ばれた者は返事をするものとする。返事の形は当園の裁量とした。
返事の無い場合の扱いを定めた記載は、本訓令に置いていない。
五、本訓令の実施
本訓令は実施の日から適用する。実施の日の前に生じた事項については、なお従前の例によるものとした。従前の例を記した書面は、当部門の綴に残っていなかった。
残っていない旨は当部門の目録に控えてある。
目録の当該の行は令和二百十年に立てたものになる。
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白い灯が落ちた。時刻は二十一時になる。
落ちる前の明るさの下がりを、私は四つ数えて追う。四つ目で残りが無くなる。
入れ替わりに赤が点く。替わる途中で、壁の面が一度だけ橙を持った。橙のもつ長さを三つ数えて取る。
赤の下に置くと、白い物から先に色が動く。
早いのは布だった。紙のほうは遅れる。厚みのある物ほど、変わり方が鈍くなる。
器は消灯の前に下げられる。取りに来る時刻は決まっていない。早い日と遅い日の差は、私の数え方で三十ほど開く。
今日は早い日だった。
下げる手は戸の下の口から入る。差し入る手は右で、器を三つとも一度で持っていく。
持ち上げる時に、汁の器の縁が粉の器へ当たって鳴る。音は高い。器の材が薄い分だけ高く出る。
鳴った後で、手が抜ける。口の高さは指の一本ぶんだ。三つの器が通る時、いつも二度つかえる。
今日は一度で済んだ。
済んだ回数を、私は数に入れていない。入れるのは、繰り返して揃う物になる。器のつかえる回数は、日ごとに違った。
私は布の下へ手を入れる。紙は三枚とも昨日の場所にある。
厚い一枚が下で、薄い一枚が上になる。九日前に来た一枚は、二枚の間に挟んである。
挟んだ分、真ん中の一枚が反らない。上下から押さえられている。上下から挟まれた物は、輪郭が動かない。
三枚のうち、真ん中の一枚には字が三行ある。九日前に戸の下から入ってきた紙だ。
三行のうち下の一行は、他の二行より字が低い。背の低い字は赤の下では読めない。
白の下でも、顔を寄せる要りが出る。
赤の下では、寄せても縁が潰れる。縁を潰すのは色の分だ。赤は字の黒と近い。
近い色どうしを並べると、縁が消える。
消えると字が塊へ寄る。
そのまま見ていると、行の長さが残る。長さの比は目で五対二になる。
この比は白の下で測ったものと変わらない。色が替わっても、長さは動かない。
私は手を抜いて、布を戻す。
布の縁が指に触れる。縁は擦り切れていて、糸が横へ寝ている。
寝た糸の向きは、いつも戸を向く。捲る手の向きの分になる。向きを替えて捲ったことは一度も無い。
私は床へ座る。石は夜の間に冷えていく。座ると、腿の裏から熱が抜けていく。
落ち切るまでに四十ほど数える。
四十を越えたところで、冷たさの手応えが薄くなる。石が温んだのではない。私の皮が受け取らなくなった。
廊下で足音がする。当番になる。足音は右から来て、左へ抜ける。通り切るまでに十一を数える。
この十一は前の夜と揃っている。歩幅と廊下の長さの分だ。
私は足音の回数を数えている。一夜に四回で落ち着いている。
形が四だと出したのは私になる。紙で読んだのではない。この房へ来た日から、私は夜ごとに数を控えてきた。
控えるといっても、書く物が無い。
頭の中で、指の並びにして置いておく。四の夜が一番多い。三の夜がその次で、五の夜は一度もない。
三の夜が四十日のうち十一あった。
今夜で十二になるかどうかは、この時点では出ない。
四度目が来れば四になる。来なければ十二になる。
来るかどうかを決めるところへ、私は何も渡していない。出す口が無い。
一度目は消えてすぐに来た。二度目はその後で、間は長い。三度目が来たのは、二度目の後にずいぶん置いてからになる。
三度目の足音は、途中で一度止まった。止まった位置は私の戸の前ではない。二つ先の戸のあたりになる。
止まっている間に、私は九を数える。
九のうち、三つ目と四つ目の間に金の音が入る。鍵に近い音だ。
あれは三つで一組になる。今夜は一つで終わった。
一つで終わる音を、私は前に二度聞いている。二度とも、その後で戸は開かなかった。二つの音は、二つ目が来るかどうかで分かれる。
それから足音が動いて、左へ抜ける。出ていく時の速さは、来る時より早い。その分、数は九で足りる。
私は四度目を待つ。待つ間に、指を四本立てて置いておく。
三本は立っている。四本目は倒したままにする。
倒した指の腹が、掌の温さを受ける。触れている間は、そこが他より温い。差が消えるまでに、私は三十を数える。
三十を過ぎたところで、待っているという構えがほどけた。私は寝床へ入って、横になる。
左を下にする。逆にすると、腹の下が布の面へ乗る。乗せると息が浅い。
左を下にした時の息の深さを、私は数で持っている。息の一つが四つ数えるぶんになる。右を下にすると三つに落ちる。
四つと三つの差は、その晩ずっと続く。
始めのうちは差が小さい。夜が進むと開く。差の広がり方は日ごとに揃っている。
布の重さは腹の上で前より重い。枚数は二枚のままだ。増えていないのに重い。
布ではなく、こちらが動いた分になる。
目を閉じてから、腹の中が二度動く。二度とも右の下になる。二度の間を数えると二十二あった。
二十二の後で、私は数を落とした。落ちた先で眠っていた。
眠った分は、翌朝の勘定に入れられない。目を開けた時、房の色は赤のままだった。
赤が残っているなら、時刻は五時三十分より前になる。身を起こして、両足を床へ置く。裏に石の冷えが来る。
冷えの強さは昨日と変わらない。この石は季節の分しか動かない。
私は壁へ向かって歩く。五歩で行き止まりに当たる。
五歩目のところで息が一度上がる。上がりの深さが昨日より増している。その量を、私は出していない。
出すための物が房に無い。手元にあるのは布と器と紙、それに隅の六つになる。
昨夜の勘定を引き出した。腹の中の動きは十四だった。
九日前が十一になる。三つ足された。三つのうち二つは眠る前で、残る一つは足音の三度目の後に来た。
廊下の突き当たりのほうから音が来た。
戸が開く音になる。この戸は私の房の戸とは別の造りだ。開く時の音が長い。
長い音のほうは蝶番から出る。油の切れた音になる。油を差した日が一度ある。
差した後の三日は音が短かった。
三日で戻った。それからは、また長い音のままになる。
その後で、人の足が二つぶん入った。止まる位置は廊下の端だ。
端から私の戸までの隔たりを、私は歩数で出していない。歩く道が無い。
代わりに、音の届くまでの遅れで出している。戸が閉まる音と、床へ届く震えの間に一つ空く。
一つぶんの隔たりになる。この一つは、四十日の間動いていない。
紙をめくる音がする。一度鳴って、その後は静かに戻る。
めくる音は乾いている。湿った紙はこの音を出さない。
読み上げが始まった。声は低い。その高さを保って、切れ目のところで止まる。
止まる長さは一つ数えるほどになる。この読み上げを、私は四十日聞いている。
初めの三日は数えていない。何をしているのかが分からなかった。四日目に、切れ目の数が前の日と同じだと気づいた。
同じだと分かるには、二度数える要りが出る。
私は五日目から数え始めた。五日目が四十一だった。次の日も同じ数になる。
そこから昨日まで、四十一が続いた。三十五日ぶん同じ数になる。続いているというのは、こちらから見ると、何も起きていないことになる。
起きていない日を三十五数えた後で、今日が来た。私が持っている数は、読み上げのほかに三つある。足音の回数と、腹の中の動きと、管の返るまでの間だ。
四つとも、書いた物は無い。頭の中に置いてある。
入れ方は物ごとに違う。足音は指の形にする。腹の中は日ごとの差にする。
管の間のほうを、私は前の日との比べで持つ。読み上げは、指を四周させて持つ。入れ方が別だと混ざらない。
一つに崩れた日は一度も無い。
四つの数のうち、三つは私に付いている。私が動けば数も動いた。読み上げだけが、こちらと関わりなく動く。
関わりなく動く数を持っているのは、この四十日で初めてになる。前の房では、数はいつも私の体に付いていた。
一つの名に二つ数える。名と名の間に一つ空く。
二つと一つで三になる。この三が一人ぶんの長さに当たる。
三が四十一続くと、全部で百二十三になるはずだ。数えたことはない。
私が拾うのは切れ目になる。三の終わりを取る。
切れ目を取ると、名の中身は落ちる。
落としてよい。中身を取ろうとした日が一度ある。二十日目だった。
あの日は中身へ耳を寄せて、切れ目を三つ落とした。その分、数が三十八で終わった。
三十八は前の日と合わない。合わない数を捨てて、翌日にもう一度数え直した。
四十一に戻った。それから、中身へは寄せていない。
二つを一度に取る手を、私は持っていない。中身を取るには、声が近い要りが出る。廊下の端からでは、音の縁が崩れる。
届くのは高さと切れ目だった。
切れ目を一つずつ拾って、指を折る。指は十で一周する。一周ごとに、反対の手の指を一本立てる。
四周まで来た。反対の手の指が四本立っている。そこから先を、私は一つずつ数えた。
一つ来た。次が来ない。
間が空いている。この空きはいつもの一つより長い。
私は待った。その間に六を数えた。六のところで、声が戻ってきた。
戻ってきた声は、名の形をしていない。切れ目の間隔が違う。
名は二つで切れる。この声は長く続いて、途中で三度切れた。
一度目の切れ目までが長い。四つ数える間続いた。
二度目までは短い。二つになる。三度目までがまた長くて、五つ数えた。
四と二と五だ。名の並びには出てこない。
出るのは二と一の繰り返しになる。三度の切れ方は、名の切れ方と別になる。
私は指を折らなかった。立てたままで、声の終わるのを待った。
待つ間に、声の高さを見ている。名を読む時の高さは平らだ。この声は三度目の切れ目の後で少し上がった。
上がって、そこで終わる。高いまま終わる声を、ここで初めて聞くことになる。
声が終わった。
紙をめくる音がして、戸が閉まる。めくる音は、始まりの時と同じ乾き方だった。枚数が替わっていないことになる。
一枚に収まる行の数を、私は知らない。当たる手も無い。知っているのは、めくる音が一度鳴ることだ。
一度だけなら、紙は一枚か、二枚のうちの一度目になる。二枚なら、途中でもう一度鳴るはずだ。鳴らなかった。
足が二つぶん抜けていった。出ていく時の間隔は、入ってきた時より広い。その分、歩幅が大きい。
終わった後の歩き方になる。
私は指を数え直した。反対の手が四本、こちらの手が零になる。
四十だ。数え直すために、私は一度手を開いて、また四本立てた。
立て直した数も四本になる。
二度とも同じだ。
昨日は四十一だった。昨日は四周した後で、こちらの手を一本立てている。立てた指の位置を、私は覚えていた。
立てたのは人差し指だった。爪の先が親指の付け根へ当たる。
位置は決まっている。立てた日は指の側に残る。
今日はその指が立っていない。位置に何も来ない。
番が回る前に、声が名の並びをやめた。やめた後は、名の並びへ戻らなかった。私は四本を立てたままで、しばらく手を動かさなかった。
置いている間に、読み上げの順のことを考えた。順は替わらない。四十日の間、初めに来る声と終わりに来る声の高さは同じだった。
初めの一つは高い。二つ目からは平らになる。終わりの三つは少し落ちる。
下がり方は三つとも同じだ。読む側の息の分かも知れない。
今日の分は、終わりの三つの落ち方が昨日と揃っていた。それでも、数が一つ足りない。
落ち方からは、足りないことが出てこない。高さと数は別の物になる。
読み上げが終わってから、灯が替わるまでに間がある。長さは私の数で二十になる。この二十の間、廊下は静かだ。
静かというのは、音が無いという意味ではない。
管の中に流れる音は続いている。あれは水の音に近い。夜も昼も止まらない。
止まらない音は、しばらくすると聞こえなくなる。耳のほうが落とす。消えた音を、私は数に入れられない。
赤が白へ引き継がれた。時刻は五時三十分になる。引き継ぎの途中で房が桃を通る。
長さは三つほどだ。
器が届いた。並びは左から粥、粉、汁になる。
粥の面は指の一本と半分の高さにある。二十四日前の増量が、そのまま効いている。
匙の背を底へ当てて回した。輪の跡が今日も浮く。
私は輪の外側から口へ運ぶ。外を先にすると、跡が終わりまで持つ。
空になるまでに二十二回運んだ。回数は昨日と変わらない。粉の器には、匙を六度入れる。
粥より少ない。粉は口の中で溶けるまでに時間が要る。溶ける前に飲むと喉に付く。
付いた分は、汁で流す。
汁は最後に残しておく。順を替えた日が一度ある。汁を先に飲んだ日だ。
あの日は粉が喉に付いたままで昼まで残った。残るのは味ではない。
厚みになる。それからは順を替えていない。三つを並べ戻して、格子の前へ立った。
私は耳を管の縁へ寄せた。金の面が耳たぶへ当たる。冷えが皮へ渡り切るまでに三つ数えた。
向こうから音が来た。こちらが入れる前になる。
先に入れてくるのは珍しい。四十日のうち三度目だ。
三度のうち二度は、器の数が替わった日だった。残る一度は、灯の点る時刻が動いた日になる。
どちらも、こちらでも数が動いた日だ。向こうが先に入れる日は、こちらにも何かが起きている。爪で縁をこする音が二度。
その後に一つ。
問いを表す。こする、叩く、待つの三つで一つの問いを作る。向こうが訊いている。
訊く中身は決めてある。数が合ったかどうかを訊く時は、二度こする。
私は一つ返した。是になる。
返した後で、私は管へ口を寄せた。管の中は狭い。細いところへ声を入れると、音が薄くなって届く。
「今日は四十で終わった」
向こうの声が届いた。管の中を通った声は低く出る。今朝はそこへ細さが乗っていた。
私は一つ入れた。是の合図になる。
間は八つ空いた。前は七つになる。
一つ延びた。増えた側を、私は数として控えておいた。
延びは十日ほど前から続いている。
始めは六つだった。それが七つになり、七つが八つになる。一日で一つ動くのではない。
三日か四日に一つ動く。向きは片方に決まっている。
戻ったことがない。この形の数を、私は二つ持っている。管の間と、腹の中の動きになる。
二つは向きが逆だ。管の間は延びて、腹の中は増える。どちらも、私が決めたのではないところで動く。
二人とも四十を出した。別々に数えて、同じ数になる。合ったほうは、こちらに残る。
合わせるまでは、私の数は私の側にしか無かった。一つの数を二人が持つと、数が少し硬くなる。硬くなっても、中身は増えない。
四十は四十のままだ。どの一つが落ちたかは、四十という数からは出てこない。
名を私は取っていない。向こうも同じだと思う。取っていたなら、向こうは数ではなく名を言ったはずだ。
言わなかった。言えなかったのかは分からない。管の中では、長い言葉が崩れる。
名は長い。
短い言葉なら通る。数は短い。
是と否も同じだ。通る物と通らない物の境を、私たちは試して決めてきた。
試した回数は数えていない。境の位置を覚えている。
境の位置は口の中で四つ数えるぶんのところにある。四つを越えると、向こうで言葉が崩れる。
崩れた物は、返しようが無い。返せない言葉は、初めから入れない。
入れないと決めた分だけ、こちらの側に言わない物が溜まる。積もった分には数が付かない。
四十一が四十になった。減った一を、私は数で持っている。誰の一かは、どの声にも付いていない。
器の縁に指を掛けた。汁の器の縁が一箇所欠けている。
欠けは爪の先の半分ほどだ。位置は縁の右で、来た日から動いていない。
欠けたところは、指を当てるとざらつく。ざらつきは離すと消える。私は三つの器を右から左へ寄せた。
寄せると、粉の器の底の輪が上を向く。輪は乾いて白い縁になっている。内側は器の色のままだ。
管の縁を、私はもう一度押した。今度は強く押した。
金の縁が指の腹へ食い込む。離した指に、跡が横に一本残った。
跡は白い。十ほど数えると消える。
消えた後で、指を鼻の近くへ寄せた。鉄の匂いがする。濃さは薄い。
爪の側より腹の側が強い。押した時間の分だ。長く当てた面のほうに残る。
匂いの立ち方には順がある。
押してすぐは何も来ない。三つ数えたところで薄く来る。五つ目で一番強い。
そこから落ちる。十を過ぎると、指の匂いへ戻った。指の匂いは、房の匂いに近い。
乾いている。
私は同じ場所をもう一度押して、五つ数えたところで嗅いだ。二度目のほうが弱い。押す力は同じにしたつもりだ。
つもりの分は数に取れない。残るのは二度目が弱かったことになる。
この匂いは、房のどの物からも出ない。管の縁から立つ匂いになる。
昨日も同じ場所を押した。昨日の匂いは、寝るまでに切れていた。その時刻を、私は取っていない。
器を寄せた後で、私は三つの並びをもう一度見た。左から粥、粉、汁になる。
空の器は中身のある時より軽い。持ち上げなくても分かる。
分かるのは、寄せる時の床の鳴り方だ。
中身のある器は低く鳴る。空の器は高く鳴った。三つとも高い。
高さの差は、指の一本ぶんの高さから落ちる音より小さい。それでも分かる。耳のほうが、四十日で細かくなった分になる。
細かくなった耳で、私は昨日の音を思い出そうとした。出てこない。
音というのは、その場でだけ形を持つ。数にしておかないと残らない。
だから私は数にする。数にした物だけが、翌日まで持つ。
私は管から離れて、見る窓の下へ立った。廊下は明るい。白い灯が四つ見える。
四つとも点いていた。
四つの灯のうち、右から二つ目が少し暗い。差は前からある。目で分かる。
器で測ることは出来ない。測る物が房に無いという形は、この四十日で何度も出てきた。その度に、私は目のほうで受けている。
目で受けた分は、数にすると粗い。それでも、続けて取れば動きが出る。右から二つ目の暗さは、四十日の間動いていない。
突き当たりの壁に紙が四枚ある。数は昨日と揃っている。
四枚目の下の端だけが他より短い。切り口は真っ直ぐだ。
読み上げの声が来る側は、その突き当たりの向こうになる。そこに何があるかを、私は見たことがない。
見る手が無い。窓の縁は目の高さより上にあって、顎を引いても突き当たりまでで終わる。
その先は壁になる。壁の向こうから声が来て、壁のこちらで数になる。なった後は、声に戻らない。
私は指を四本立て直した。立てると、昨日の形になる。あの形には、こちらの手の人差し指が入っている。
入れた形のままでしばらく立てておいた。指は疲れない。この手なら、いつまでも立てていられる。
立てている間に、私は昨日の朝のことを思い出した。昨日も同じ場所に立っていた。時刻も同じになる。
替わったのは指の数だけだ。同じ場所で、同じ時刻に、指の数だけが替わる。動きを記す物は、こちらの側に一つも無い。
物の代わりに、私が覚えている。頭にある限りは残る。
覚えていられる長さを、私は測ったことがなかった。測るのには、忘れた時に気づく手が要った。
忘れたことには気づけない。気づけない分は、初めから数に入っていないことになる。
立てているうちに、指の付け根が少し痛んだ。痛みは骨の側ではない。皮と骨の間にある薄い物が張る痛みになる。
張りが出るのは、同じ形を続けた時になる。出るまでに二百ほど数えるのが常だ。
今日は百五十で出た。五十ぶん早い。
早い分を、私は数に取った。置き場に選ぶのは、腹の中の動きと同じ列になる。
列には四つの数が並んでいる。今日は五つ目が入った。
五つ目に入るのは、指の張りが出るまでの数になる。まだ一日ぶんしか無い。一日ぶんの数は、比べる相手がいない。
比べる相手が出来るのは明日になる。明日まで、この数は列の端で待つ。
立てているうちに、朝の光の帯が戸の下から入ってきた。帯は床の上を動く。速さを見ると、目地を一つ越えるのに三十ほど数える。
帯が私の足の先まで来た。届くと、指の影が床へ落ちる。影は五本ぶん出る。
立てているのは四本だ。残る一本が、立てていない指の影になる。床のほうは、立っているかどうかを区別しない。
私は手を下ろした。動かすと影も消える。帯だけが残って、床の上を進んでいく。
私は昨日までの三十五日を並べてみた。
三十五日とも四十一だ。並べると、同じ数が三十五個並ぶ。並んだ列の端で、一つだけ形が変わる。
変わり目は今日になる。変わり目の前と後で、数の差は一だ。
これを列の上へ置くと小さい。列の外では、そうではないかも知れない。
かも知れないと思っただけで、私はそこで止めた。続けても数が出ない。
声の最後に来た一行を、私は思い出した。あれは名ではなかった。
そうでないものを、私は数に入れなかった。入れなかった分が、四十一と四十の差を埋めるかどうかは分からない。数の側から見ると、埋まっていない。
埋まっていないほうを、私は取っておく。置いた数は、明日の朝にもう一度使う。管が鳴った。
一つだ。向こうが確かめている。私は一つ返した。
返してから、あの一行を口の中で並べ直した。切れ目は三つあった。その間に入っていた形は、命令になる。
明日の読み上げから、名を呼ばれた者は返事をすること。
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名の読み上げ 当番の申送
一、本日の実施
本日の読み上げは五時二十六分に始めた。終わったのは五時三十分になる。要した時間は四分であった。
前日は四分十秒になる。差の十秒についての記載は、本申送に置いていない。読み上げた者は当番の一名であった。
読み上げる者の別を控える欄は、本申送に置いてある。当該の欄は本日も埋めてある。読み上げの前に名簿を検める手続は、当園の内規による。
本日の検めは五時二十分に行った。検めた者は当番の一名であった。
二、読み上げた数
本日読み上げた数は四十であった。前日は四十一になる。差の一についての記載は、本申送に置いていない。
差が出た場合の欄も置いていない。本年度に差が出た日は二十九日であった。二十九日とも、翌日は減った数のままになる。
増えた日は本年度に無かった。
名簿の枚数は本日も一枚である。
三、次回の実施
次回は明日の同じ時刻とした。明日から、名を呼ばれた者は返事をするものとした。返事を数える欄は、本申送に置いていない。
数えた場合の控えの先も定めていなかった。返事の無い者を控える欄は、次回までに立てるものとされている。本申送は次の当番へ渡した。
渡した旨を記す欄は本申送に置いてあり、当該の欄は本日も埋めてある。




