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人間館 ―絶滅危惧種ヒトの飼育記録―  作者: 智珠
第七章 機構

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第091話 六人

分娩の予定の届


一、予定の日


当該の個体の分娩の予定は、本年十二月の中旬とした。予定の幅は十日であった。予定の日を決めた根拠を記す欄は、本届に置いていない。


根拠は当園の獣医の判断による。予定を改める場合の手続は、本届の裏面に記してある。改めた例は本年度に二件あった。


二件とも前へ動かした例であった。後ろへ動かした例は、当園の綴に見当たらない。予定より早く始まった場合の扱いは、本届では触れていない。


手順の側で定めてあった。


二、立会う者


立会う者は四名を予定する。うち二名は当園の職員とする。残る二名は本部から来る者とする。


本部から来る者の氏名は、本届の作成の時点で決まっていなかった。決まった時点で本届へ書き足す欄は、右の余白に置いてある。書き足した例は本年度に一件であった。


記録を取る者は一名を別に置いた。合わせて五名になる。映像を記録する者を一名置いた。


合わせて六名になる。六名の内訳を個体の側へ示す定めは無い。本年度に六名を置いた例は本件が初めてになる。


前の最多は五名であった。六名を置く事由を記す欄は、本届に無い。当園の判断によるものとした。


三、準備する物


準備する物は次のとおりとした。受ける布 二枚。器 一つ。


鋏 一。紐 二本。秤 一台。


札 一枚。布は二枚とも同じ寸法とする。二枚のうち一枚は下へ敷き、一枚は上から掛けるものとした。


寸法は縦九十センチ、横六十センチであった。生地は当園の被服と同じ類による。洗った回数を記す欄は、本届に置いていない。


新しい物を用いる旨の定めも置いていなかった。札には番号を書く。書く時期を記す欄は、本届に設けなかった。


本年度は当日に書いた例が四件であった。書く者は記録を取る者とする。書き損じた場合の扱いは、本届では触れていない。


書き損じた例は本年度に一件あった。札の寸法は縦四センチ、横七センチであった。厚みの定めは置いていない。


当該の個体に対して知らせる手続は、本届に置いていない。知らせた例の記録も残っていなかった。


四、部屋


用いる部屋は当園の第二の処置室とした。広さは十四平方メートルであった。同室に窓は無い。


灯は四つ。うち一つは台の真上に置いてある。同室を他の用に供した例が本年度に十一件あった。


十一件の内訳を記す欄は、本届に置いていない。室の温度は二十四度に保つものとした。保った旨を記す欄は本届に無かった。


室の戸は一つ。錠は外の側にある。室の灯のうち一つは、本年八月に替えたものであった。


替えた事由の記載は無い。


──────────────────


 目が覚めた。赤い。

 天井の隅の灯は夜のうち点いている。消える時刻を、私は数えられない。


 起きた時刻も分からない。数え始めた時が起きた時になる。目を開けた時と、数え始めた時の間にも幅がある。

 そこは数に入らない。入らない量が積もると、日の勘定が合わなくなる。ずれても、直す手立ては無い。


 腹の中が動いた。

 二つ数えるほどで止まる。止まってから、次を待った。四十八で来る。


 数える速さは自分の息に合わせている。ほかに相手はいない。息が速い日は、四十八が短くなるはずだ。

 今朝の息は速くない。

 二度目のほうが短い。長さは一つ数えるより下で、押される感じだけが残った。

 押される場所は臍の右になる。九日前からそちらが多い。数えた分では、この九日の右が二十一で、左は十二だ。


 数えているのは起きている間だけになる。寝ている分は入らない。


 私は掌を当てたままにしておく。

 三度目は来ない。

 当てている掌の下で、皮が少し張った。押すと戻りが遅くなる。

 戻りの遅さは九日前より増えた。差の分を、私は数で持たない。


 来ない時間のほうが、来る時間より長い。比べる物は、自分の数え方しか無い。百まで数えて、そこでやめた。


 やめた後も、掌はそのままにしておく。離すと、次を数え損なう。

 数え損なった分は残らない。落ちた量が幾つあるかも、私は数えていない。


 赤い光の中では、掌の縁が見えにくい。指と指の間が濃くなる。濃いところを数えると、四つある。

 指の間の数と合っていた。掌を返すと、濃いところが手の甲へ移る。行き着く先は骨と骨の間になる。


 骨の数を、私は指の付け根から数える。四本の間に三つの谷があって、親指のところだけ谷が深い。

 腹は前より前へ出ている。掌を伏せると、掌の付け根が浮いた。


 浮いた分は指の一本ぶんほどになる。

 九日前は浮かなかった。

 胸を押すと、遅れて奥のほうが痛む。右は四つ、左は三つだ。

 数は九日前と替わらない。位置は少し内へ寄っていた。


 寄った先には骨がある。

 そこまでの距離を、私は測れない。寝返りを打つと、右の腰が先に着く。もう一方は遅れる。


 遅れの長さは一つ数えるほどだ。九日前は揃う。着ているものの前が、九日前より張っている。

 合わせの重なりが浅くなった。


 浅くなった分は指の一本ぶんほどだ。紐は同じ位置で結べる。結べなくなったら、別の物が来るのだと思う。

 来る時期を、私は聞いていない。寝る向きも替わっている。九日前までは左を下にしていた。

 今は右を下にする。逆にすると、下になった腕の先が痺れた。


 痺れは起きてから二十ほどで抜ける。引く順は指の先からになる。

 布の下から手を出す。手首の糸に指を当てた。

 巻いた回数は六だ。緩んでいない。


 節の位置は手首の内側にある。骨の出ているところの一つ手前だ。

 この糸をくれた人の房は、遠い。廊下を二度曲がって、通路を四十二歩ぶん行った先になる。


 歩数は数えていない。運ばれた時に、五十を越えたところで止まったことだけ覚えている。

 当てると硬い。糸の節と骨との差は、当たり方で分かる。


 骨は面で当たる。節は点で当たった。白い灯が点く。

 赤いのはその後で消えた。消えた後の房は、灰の色に戻る。


 布を三つに折って、台の奥へ寄せた。

 折る回数は替えていない。紙は布の間にある。指で押すと、端の線が四箇所で当たった。


 当たる強さは角によって違う。

 右の下だけが鈍い。丸くなっている分になる。

 三度押して、三度とも鈍い。右の下の角だけが丸い。折って開いた跡の付いていた角になる。


 糸は髪に二度巻いてある。二本目は手首だ。手首の糸は、着ているものの下で見えない。

 日に一度ほどけていないかを確かめる。


 今朝も確かめた。緩んでいない。

 白い灯の下で、房の壁が近く見える。赤いと遠かった。


 同じ壁で、色によって距離が替わる。測る物が要る。

 白い灯は天井の真ん中にある。赤いのは隅だ。

 真ん中から来る光は、影を足の下へ落とす。隅から来ると、影が横へ伸びた。


 伸びる先は戸のほうになる。夜の間、私の影は戸を指していた。


 私は四歩を歩いた。長いところは四歩のままだ。

 短いところも三歩で替わらない。壁は動いていない。


 器が来る。今日も二つだ。

 粥と粉になる。戸の下の口から入ってくる。置く音は一つきりになる。


 重ねて差し入れている。

 下の器の縁に、上の器の跡が丸く残った。粉の量は九日前と等しい。器の底から指の一本ぶんだ。

 上の面に、ならした筋が三本ある。

 匙の背を寝かせて引けばこうなる。粥へ入れて回す。

 汁はここに来ない。混ぜた分だけ重くなる。匙が抜ける速さは落ちた。


 味は薄い。匂いを嗅ぐ。

 乳に近くて、甘みが混ざる。


 甘さは飲み込んだ後で来る。舌へ乗せた時には来ない。

 嗅いだ後で、房の匂いが戻ってきた。塗りの匂いに近い。


 新しい塗りではない。乾いた土の匂いのほうが近かった。


 前の房にこの匂いは無かった。壁の地の違いだと思う。

 水は蓋の付いた器で来る。蓋を捻って外す。


 捻る向きは右だ。一度で外れなかった。

 二度目に緩む。その音が短く鳴った。


 膜が口の中に来る。舌で上顎をこすれば取れた。剥がれたのはそのまま飲む。

 跡は舌にしばらく触る。食べ終える。器を戸の脇へ置く。窪みは無い。


 戸から二歩のところと決めてある。定めたのは六日前になる。


 置いた跡は床に付いていない。

 六日では出ないらしい。

 格子の前へ座る。管の口は床から三十センチのところにある。

 風は今日も来る。細くて、頬の同じところに当たった。


 当たる場所は右の頬になる。

 座る向きを替えると、左へ移った。風の向きは替わっていない。私の側が回った分になる。


 目は二十五ある。縦に五つ、横に五つだ。この房の格子と前の房の格子は、目の数が同じになる。

 前の房では、その数を六日前に一度数えた。


 下の段に埃が溜まっている。付いている目は四つで、六日前と同じになる。増えていない。

 六日で増えない量だと分かる。前の房の格子は、四日で四つだった。こちらは六日かかっている。


 風の来かたが違う分だと思う。管の径は指で測れない。

 私は一度叩いた。少し置いて、向こうから一度返る。


 昨日から、返る速さが上がっている。

 待つ形が身についたのだと思う。


「三つは分からないだよ」


 声が来た。昨日の続きになる。

 三つが決まった。一つが是で、二つが否で、三つが分からない。


 昨日まで、三つは決めていない数だった。

 決まっていない数が来ると、話が止まる。止まった回数を、私は昨日五つ数えた。今日はまだ零だ。


 零のままで済むかどうかは、今日の終わりに出る。昨日の五つは、全部 私の側から出た数だった。向こうが出した分は零になる。

 どちらが多く出すかも、数えておく。数えておけば、後で並べられる。


 並べた先で何が出るかは、まだ分からない。出るまでは、数を持っておく。


 私は三度叩いた。

 向こうも三度返す。

 それから、私は二度叩いてみた。向こうは一度返す。

 合っていない。二度の次に一度が来る形を、私たちは決めていない。


 もう一度、二度叩いた。今度は二度返る。合った。

 決めていない形は、二度目で決まることがある。


 三つを続けて叩いてみた。向こうは三つ返す。

 それから、私は一つと三つを続けて叩いた。

 間を長く取る。


 向こうは一つと三つを返した。順も間も合っている。

 二つ並べると、意味が二つ載る。乗せ方は決めていない。決めなくても通る形と、決めないと通らない形がある。

 どちらかを、私はまだ見分けられない。

 昼の前に、廊下に足音が来た。二つになる。


 速さは揃わない。遅れる側は毎回決まっている。半歩ぶん、片方が後ろだ。

 前の房でも同じ組が来ていた。組が同一かどうかは、足音では決められない。遅れ方が似ている。


 足音は房の前で止まった。鍵の音が三度する。

 外の錠が二つ、内の錠が一つになる。三度目が一番高い。


 三つの間隔は等しくない。

 初めの二つが近い。三つ目までが空いている。空いた分は五つほど数えた。歩いて戻る時間だ。


 戸が開く。二人が入ってきた。

 一人は板を持っている。もう一人は手袋をしていた。

 手袋の指の先が白い。擦れた場所は四本とも揃っている。


 二人の後ろから、物が運び込まれた。台車ではない。手で持っている。


 持ってきたのは手袋の人だ。二度に分けて運ぶ。一度目に三つ、二度目に三つになる。

 間は二十ほど空いた。空いた間、板を持つ人は戸の内へ立っている。足は止まったままだ。


 置く場所は房の隅になる。戸から遠いほうの隅だ。隅は床が少し高い。

 水を置くと分かる高さだ。

 置いた物は傾かない。そこまでの高さではないらしい。

 私は数えた。六つある。


 数え直しても六つだ。二度目は右から数えた。

 右から数えても六つになる。数え方で数は動かない。

 布が二枚。畳んであって、折り方が二枚で違う。


 一枚は三つ折りで、もう一枚は四つ折りになっていた。

 同じ寸法に見える。

 開いてみれば分かる。

 開かなかった。


 開くと、畳み直せない。元へ戻せないと、触ったことが残る。折り目の数を数える。

 三つ折りの布に線が二本、四つ折りに三本ある。線の濃さは四つ折りのほうが濃い。長く畳んであった分だと思う。


 濃いほうの線に、指を沿わせた。

 窪みが指の腹に来る。窪みの深さは布の厚みの半分ほどになる。押すと戻った。


 器が一つ。縁に欠けは無い。底に線も刻んでいない。

 私の器より深い。

 指を入れると、第二の関節まで沈む。


 口の広さは粥の器と近い。

 深さだけが別になる。

 鋏が一。刃の先が布に包んである。結び目の数は一つだ。


 包みの布は隅の二枚と生地が違う。

 目が粗くて、色が黄ばんでいる。


 黄ばみは古い分になる。

 何度も使った布だと思う。

 洗った布は、洗う度に目が開く。


 粗くなった目に光が通る。

 包みを持ち上げずに、上から見た。

 中の刃の形が透けない。


 紐が二本。太さは糸より太い。私の小指ほどある。

 長さは揃っていない。

 片方が指の三本ぶん短かった。


 短いほうの端は、切り口が斜めになっている。長いほうは真っ直ぐだ。斜めの切り口を、私は見たことがある。

 隙間から来た糸の端も斜めになる。


 あれは歯で切った跡になる。この紐の斜めは、刃で切った跡のほうが近い。一つの物から切ったのかどうかは分からない。

 撚りの向きは二本で揃う。秤が一台。皿が丸くて、縁が少し上がっている。


 台の下に足が三つ付いていた。

 三つのうち一つだけ色が違う。替えた足だと思う。


 替えた旨を書いた紙は付いていない。


 三つのうち二つは同じ色で、擦れ方も似ている。

 一つだけが新しい。

 新しい足のほうが、床との当たりが硬い。

 指で押すと分かる。


 皿の真ん中に跡があった。


 丸くて、輪郭が二重になっている。


 前に何かを載せた跡になる。

 何を載せたかは書いていない。

 札が一枚。白い。字は入っていなかった。


 置いてある向きは、他の五つと揃っていない。


 一つだけ斜めになる。

 斜めの角は十五度ほどだ。

 直そうとする者はいなかった。


 十五度というのは、私の見当になる。分度の器は房に無い。見当の付け方は、床の継ぎ目を基準にする。

 継ぎ目は縦に三本走っていた。置いた者は、置いた後で手を離した。その勢いで回ったのだと思う。


 回る方向は右になる。

 右利きの手で置くと、そうなる。


 六つで合っている。

 数え直しても六つだ。

 板を持つ人が紙を読み始めた。声は高くも低くもない。

 読むのは名前ではなく、役の名になる。後に番号が付く。


 番号は二つの数を並べた形だ。

 私の番号は四つの数になる。形が違う。人の番号と役の番号は、桁の数で分かれるらしい。


 二桁の番号を、私は園でも聞いた。掲示を貼りに来る者が名乗った時の数だ。名乗るのは、他の者に向かって言う時になる。

 私に向かって名乗った者はいない。


 名乗られなくても、番号は耳に入る。入った分は数に入れてある。あの時の数は三十一だった。

 役の名は覚えていない。一つ目が読まれた。次に二つ目が来る。


 三つ目と四つ目は続けて読まれた。間が短い。

 五つ目の前で一度息を継ぐ。それから、五つ目を読んだ。


 六つ目は他より短い。読み終えて、紙を下ろした。

 下ろす速さは、読む速さより速かった。紙は膝の高さで止まる。

 止まってから、二人は房の中を一度ずつ見た。目の動く順は右から左になる。


 見る速さは二人で違った。板を持つ人のほうが速い。

 手袋の人は隅のところで一度止まる。止まった長さは二つほどだ。


 見終えて、板を持つ人が私のほうを向いた。目の高さは私より上にある。部屋にいる者の数を、私は数えた。

 六人になる。私はその六に入っていない。


 布は二枚だ。一枚を下に敷いて、一枚を上から掛ける。そう決まっているのだろう。

 定めた者の名は読まれなかった。器は一つ。何を入れるかは読まれていない。


 深さが私の器より深いことは、さっき指で確かめた。入れる物が液なのか固いものなのかは、深さでは決まらない。


 鋏は一。紐は二本。

 紐が二本ある理由を、私は知らない。一本でも二本でも、結ぶ手つきは変わらないはずだ。

 秤は一台。載せる物の重さの上限を、私は聞いていない。


 札は一枚。書く字が決まっているのかどうかも聞いていない。


 私は訊いた。


「見られますか」


 板を持つ人は、紙をもう一度持ち上げる。


「立会う者の数は手順で二名以上と定めてあります。記録を取る者は、それとは別になります」


 答えが返る。私の訊いたことの答えではない。言い終えてから、板を持つ人は紙を下ろした。

 途中で一度止まる。止まった位置は胸の高さになる。そこから膝まで、まっすぐ下りた。


 訊き方が悪かったのかも知れない。

 訊き直す形は、その場で浮かばなかった。一度言った問いをもう一度出しても、答えは変わらない。二度目で替わる相手ではない。


 言い方を替えるなら、先に言葉を並べておく必要がある。並べる時間は無かった。

 私は黙って、六つの物を見ていた。見ている間、隅の物の並びは変わらない。動いているのは私の目の位置になる。


 見ている間、二人は板に何かを書いた。鉛筆の音が二度する。一度目は短い。

 二度目は長かった。


 長いほうが、私の見ていた時間の分かも知れない。書いた字は見えない。

 二人は房を出た。戸の前で、手袋の人が隅の物をもう一度見る。


 見る時間は短い。三つ数えるほどだ。

 見終えて、何も直さずに出た。札の斜めもそのままになる。

 直さないのは、直す欄が無いためかも知れない。欄のことは私に分からない。


 分からないことを、私は三つの数で持っている。今日はそれで足りた。


 戸が閉まる。内の戸が先で、外の戸が後になる。鍵の音は三度した。

 足音が遠ざかる。速さは来た時と等しい。


 物は残った。六つとも隅にある。

 置き場所は変わっていない。運び込んだ時の並びのままだ。


 並びは左から 布・器・鋏・紐・秤・札 になる。左から数えるのは、戸に近いほうを左と決めているためになる。


 決めたのは私で、この房へ来た日にそうした。私は近づいて、一つずつ触った。

 布の生地は、鋏を包んでいる布より厚い。目が細かい。指でこすっても毛羽が立たない。


 鋏の包みは解かなかった。

 結び目の形だけを見る。結び目は一つで、輪が二つ出ている。糸の結び方に近い。


 紐の端は焼いてある。ほつれない。長さは腕を伸ばした幅の半分ほどだ。二本とも同じに見えた。

 並べると、片方が指の一本ぶん長い。秤の皿を指で押すと、少し沈んだ。

 下がった分は戻る。戻る速さは押した速さより遅い。三度やって、やめた。


 札を裏返した。裏にも字は無い。両面とも白い。

 厚みは血統書より薄かった。


 薄い紙は置いた形を保たない。手を離すと縁が反る。

 反る向きは一つだ。裏返しても、同じ向きへ反った。

 札の縁を指でなぞる。四辺とも切り口が同じ滑らかさになっている。


 機械で切った分だと思う。手で切ると、何処かに引っ掛かりが残る。


 私は札を元の場所へ戻す。位置は指の一本ぶんずれた。


 ずれた分を直そうとして、やめた。直すと、触ったことが残る。


 残さないでおくのがいいのかどうかは、決めていない。今日は残さないでおいた。触った後で、掌を布で拭いた。

 何も付いていない。付いていなくても拭く。園でそう習った。


 習ったのは洗い場でになる。器を触った手は、次の器の前で拭く。

 ここに次の器は無い。それでも手は動いた。


 午後の光が棒の間から入る。ここに棒は無い。見る窓の下の隙間から、廊下の灯の分だけが入る。


 入る幅は指の二本ぶんだ。床の上で細い帯になる。

 帯の端は隅の物のところまで届かない。その手前で切れている。

 切れる位置に、私は指を置いた。先が明るくて、根元が暗い。


 帯の中に埃が浮いていた。

 数えられる数ではない。浮いているものは、光の中でしか見えない。帯の外にも同じほどあるはずだ。


 あるはずのものを、私は数に入れない。見えた分だけを数える。格子の前へ戻った。

 管の中は静かだ。私は三度叩いた。少し置いて、三度返る。


 三つが返ってきた。分からない、が来たことになる。私が三つを出したのだから、向こうの三つは写しになる。


 写しでも、返ってくる。間は昨日より短かった。私は何も訊いていない。

 問いが無くても、分からないが来る。


 もう一度、三度叩いた。今度も三度返る。

 二人で三つを打ち合っている。意味は乗っていない。

 打ち合った回数を数えると、七つになった。最後の一つで、向こうが止める。


 止め方は返さないことになる。そのやり方も、決めていない。


 乗っていなくても、音は来る。音のある間は、向こうに人がいる。


「六つ運んだのは数えた」


 声が来た。壁の向こうにも聞こえていたらしい。

 運ぶ音は管を通る。廊下の音とは別の道を通ってくる。


 私は一度叩いた。是になる。


「こっちへは一つも来ない」


 声が続いた。私は一度叩く。叩いてから、それが是で合っているかを考えた。

 合っていない。二度叩き直す。否になる。


 否も合っていない。来ないことは本当だ。

 私は三度叩いた。分からない、になる。


 向こうも三度返した。

 三つが二度続く。三つで済むことが、思ったより多い。

 一つと二つで足りない分を、三つが受ける。そこへ入った分は残らない。残らないものを数えると、日に何度あったかだけが出る。

 今日は五度だ。

 夕方に灯が消えた。消える前から、私は数を数えている。

 二百八十で暗くなる。数え終わる手前だ。


 赤い灯が点く。房の色が変わる。

 隅の六つの物も色を変えた。白い札が一番濃くなる。

 布は色が沈む。厚い分だと思う。


 秤の皿だけが、赤の中で光を返した。金の面になる。


 返る光は一箇所で、皿の縁の右の側にある。皿の左にも縁があって、そこは光を返さない。灯の位置が右に寄っている分になる。

 位置は動かない。私が体を寄せると、そこも移った。


 光を返す面を、私は正面から見た。返りが弱くなる。

 斜めから見ると強い。角度で量が変わる。


 変わる量は測れない。

 目盛りになる物が房に無い。寝床へ入る。紙は布の間にある。


 指で押すと、端の線が当たる。四箇所は今朝の位置から動いていない。布の間に手を入れて、紙の端を指でなぞる。

 四辺のうち、下の一辺だけが少し波打っている。波は浅い。指を滑らせると、三箇所で止まった。


 止まる位置は今朝と同じになる。紙は動いていない。三つは分からない、と向こうは言った。

 言い方は「分からないだよ」になる。あの人はそう続ける。

 私は口の中で一度言ってみた。声には出さない。

 言い方をそのまま写すと、続けて出てくる。写さないと、途中で止まる。

 口の形が動く。そうすると、頬の内側が歯に当たった。当たる場所は右の奥になる。

 左では当たらない。


 出すと、管を通る。今日は通さないでおいた。

 隅の六つを、目を閉じてから数え直した。布・器・鋏・紐・秤・札。


 順は運ばれてきた通りになる。置かれた順とは違う。

 置かれた順は、布が最後になる。運ばれた順は、布が最初になる。どちらの順で数えても六つだ。


 三度目は真ん中から数えてみた。右へ三つ、左へ三つになる。


 真ん中から数えると、端の物が最後に来る。端は札と布だ。最後に来る物のほうが、頭に残る。

 順を替えると、残る物も替わった。真ん中は紐と秤の間だ。物の数が偶数だと、真ん中に物が来ない。


 奇数なら、真ん中の一つが立つ。そこから左右が出る。

 六つでは出ない。出さないままにしておく。

 読まれた役の名も六つあった。物と同じ数になる。物は私が数えた。

 役の名のほうは、読まれるのを聞いて数えている。二つとも六で止まった。

 数は揃う。揃うのは数のところまでだ。一方は隅にあって、一方は部屋に来る。私はそのどちらにも入らない。


──────────────────


出産の立会いの手順


一、立会う者の数


立会う者は二名以上とした。上限は定めていなかった。本年度に立会った者の数は、一件あたり三名から六名であった。


六名は本件が初めてになる。二名で行った例は本年度に無かった。前年度には四件あった。


立会う者の氏名を記す欄は、本手順には置いていない。記録の側で受けるものとした。減った事由を記した書面は、当部門に残っていない。


二、記録を取る者


記録を取る者は、立会う者と別とした。


同一人が兼ねてはならないものとした。同一人が兼ねた例が本年度に三件あった。三件とも、兼ねた旨の欄が空のままになっている。


空である事由を照らす欄は、本手順に置いていなかった。三件のうち二件は同じ園で起きていた。同じ園である旨を記す欄も、本手順には無かった。


兼ねた者の氏名は、いずれの件でも記録の側に残っている。照らした例は本年度に無い。


三、立会わせない者


当該の個体と同じ区画に在る他の個体は、立会わせないものとした。区画の外の個体についての定めは置いていない。立会わせた例も無い。


当該の個体の側から他の個体を求めた場合の扱いは、本手順で触れていない。求めた例は本年度に二件あった。二件とも、求めた旨を記した紙は残っていない。


求めを受けた者の口頭の申し出による。


四、映像


映像を記録する者は一名とする。記録の保存の年限は五年になる。映像を用いる先を記す欄は、本手順に置いていない。


本年度に外部へ出した例は二件であった。出す際の同意についての定めも、本手順には無い。同意を得た旨の記載は二件とも空であった。


五、当該の個体への説明


当該の個体に対して手順の内容を説明する定めは、本手順に置いていなかった。


説明した例の記録も無い。説明を求められた場合の扱いも定めていなかった。求められた例は、本年度に一件ある。


六、読み上げる文言


立会う者のうち一名が、出生の後に次の文言を読み上げる。


当該の個体に対して読み上げるものではない。


「出生の時刻を記録した」

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