第091話 六人
分娩の予定の届
一、予定の日
当該の個体の分娩の予定は、本年十二月の中旬とした。予定の幅は十日であった。予定の日を決めた根拠を記す欄は、本届に置いていない。
根拠は当園の獣医の判断による。予定を改める場合の手続は、本届の裏面に記してある。改めた例は本年度に二件あった。
二件とも前へ動かした例であった。後ろへ動かした例は、当園の綴に見当たらない。予定より早く始まった場合の扱いは、本届では触れていない。
手順の側で定めてあった。
二、立会う者
立会う者は四名を予定する。うち二名は当園の職員とする。残る二名は本部から来る者とする。
本部から来る者の氏名は、本届の作成の時点で決まっていなかった。決まった時点で本届へ書き足す欄は、右の余白に置いてある。書き足した例は本年度に一件であった。
記録を取る者は一名を別に置いた。合わせて五名になる。映像を記録する者を一名置いた。
合わせて六名になる。六名の内訳を個体の側へ示す定めは無い。本年度に六名を置いた例は本件が初めてになる。
前の最多は五名であった。六名を置く事由を記す欄は、本届に無い。当園の判断によるものとした。
三、準備する物
準備する物は次のとおりとした。受ける布 二枚。器 一つ。
鋏 一。紐 二本。秤 一台。
札 一枚。布は二枚とも同じ寸法とする。二枚のうち一枚は下へ敷き、一枚は上から掛けるものとした。
寸法は縦九十センチ、横六十センチであった。生地は当園の被服と同じ類による。洗った回数を記す欄は、本届に置いていない。
新しい物を用いる旨の定めも置いていなかった。札には番号を書く。書く時期を記す欄は、本届に設けなかった。
本年度は当日に書いた例が四件であった。書く者は記録を取る者とする。書き損じた場合の扱いは、本届では触れていない。
書き損じた例は本年度に一件あった。札の寸法は縦四センチ、横七センチであった。厚みの定めは置いていない。
当該の個体に対して知らせる手続は、本届に置いていない。知らせた例の記録も残っていなかった。
四、部屋
用いる部屋は当園の第二の処置室とした。広さは十四平方メートルであった。同室に窓は無い。
灯は四つ。うち一つは台の真上に置いてある。同室を他の用に供した例が本年度に十一件あった。
十一件の内訳を記す欄は、本届に置いていない。室の温度は二十四度に保つものとした。保った旨を記す欄は本届に無かった。
室の戸は一つ。錠は外の側にある。室の灯のうち一つは、本年八月に替えたものであった。
替えた事由の記載は無い。
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目が覚めた。赤い。
天井の隅の灯は夜のうち点いている。消える時刻を、私は数えられない。
起きた時刻も分からない。数え始めた時が起きた時になる。目を開けた時と、数え始めた時の間にも幅がある。
そこは数に入らない。入らない量が積もると、日の勘定が合わなくなる。ずれても、直す手立ては無い。
腹の中が動いた。
二つ数えるほどで止まる。止まってから、次を待った。四十八で来る。
数える速さは自分の息に合わせている。ほかに相手はいない。息が速い日は、四十八が短くなるはずだ。
今朝の息は速くない。
二度目のほうが短い。長さは一つ数えるより下で、押される感じだけが残った。
押される場所は臍の右になる。九日前からそちらが多い。数えた分では、この九日の右が二十一で、左は十二だ。
数えているのは起きている間だけになる。寝ている分は入らない。
私は掌を当てたままにしておく。
三度目は来ない。
当てている掌の下で、皮が少し張った。押すと戻りが遅くなる。
戻りの遅さは九日前より増えた。差の分を、私は数で持たない。
来ない時間のほうが、来る時間より長い。比べる物は、自分の数え方しか無い。百まで数えて、そこでやめた。
やめた後も、掌はそのままにしておく。離すと、次を数え損なう。
数え損なった分は残らない。落ちた量が幾つあるかも、私は数えていない。
赤い光の中では、掌の縁が見えにくい。指と指の間が濃くなる。濃いところを数えると、四つある。
指の間の数と合っていた。掌を返すと、濃いところが手の甲へ移る。行き着く先は骨と骨の間になる。
骨の数を、私は指の付け根から数える。四本の間に三つの谷があって、親指のところだけ谷が深い。
腹は前より前へ出ている。掌を伏せると、掌の付け根が浮いた。
浮いた分は指の一本ぶんほどになる。
九日前は浮かなかった。
胸を押すと、遅れて奥のほうが痛む。右は四つ、左は三つだ。
数は九日前と替わらない。位置は少し内へ寄っていた。
寄った先には骨がある。
そこまでの距離を、私は測れない。寝返りを打つと、右の腰が先に着く。もう一方は遅れる。
遅れの長さは一つ数えるほどだ。九日前は揃う。着ているものの前が、九日前より張っている。
合わせの重なりが浅くなった。
浅くなった分は指の一本ぶんほどだ。紐は同じ位置で結べる。結べなくなったら、別の物が来るのだと思う。
来る時期を、私は聞いていない。寝る向きも替わっている。九日前までは左を下にしていた。
今は右を下にする。逆にすると、下になった腕の先が痺れた。
痺れは起きてから二十ほどで抜ける。引く順は指の先からになる。
布の下から手を出す。手首の糸に指を当てた。
巻いた回数は六だ。緩んでいない。
節の位置は手首の内側にある。骨の出ているところの一つ手前だ。
この糸をくれた人の房は、遠い。廊下を二度曲がって、通路を四十二歩ぶん行った先になる。
歩数は数えていない。運ばれた時に、五十を越えたところで止まったことだけ覚えている。
当てると硬い。糸の節と骨との差は、当たり方で分かる。
骨は面で当たる。節は点で当たった。白い灯が点く。
赤いのはその後で消えた。消えた後の房は、灰の色に戻る。
布を三つに折って、台の奥へ寄せた。
折る回数は替えていない。紙は布の間にある。指で押すと、端の線が四箇所で当たった。
当たる強さは角によって違う。
右の下だけが鈍い。丸くなっている分になる。
三度押して、三度とも鈍い。右の下の角だけが丸い。折って開いた跡の付いていた角になる。
糸は髪に二度巻いてある。二本目は手首だ。手首の糸は、着ているものの下で見えない。
日に一度ほどけていないかを確かめる。
今朝も確かめた。緩んでいない。
白い灯の下で、房の壁が近く見える。赤いと遠かった。
同じ壁で、色によって距離が替わる。測る物が要る。
白い灯は天井の真ん中にある。赤いのは隅だ。
真ん中から来る光は、影を足の下へ落とす。隅から来ると、影が横へ伸びた。
伸びる先は戸のほうになる。夜の間、私の影は戸を指していた。
私は四歩を歩いた。長いところは四歩のままだ。
短いところも三歩で替わらない。壁は動いていない。
器が来る。今日も二つだ。
粥と粉になる。戸の下の口から入ってくる。置く音は一つきりになる。
重ねて差し入れている。
下の器の縁に、上の器の跡が丸く残った。粉の量は九日前と等しい。器の底から指の一本ぶんだ。
上の面に、ならした筋が三本ある。
匙の背を寝かせて引けばこうなる。粥へ入れて回す。
汁はここに来ない。混ぜた分だけ重くなる。匙が抜ける速さは落ちた。
味は薄い。匂いを嗅ぐ。
乳に近くて、甘みが混ざる。
甘さは飲み込んだ後で来る。舌へ乗せた時には来ない。
嗅いだ後で、房の匂いが戻ってきた。塗りの匂いに近い。
新しい塗りではない。乾いた土の匂いのほうが近かった。
前の房にこの匂いは無かった。壁の地の違いだと思う。
水は蓋の付いた器で来る。蓋を捻って外す。
捻る向きは右だ。一度で外れなかった。
二度目に緩む。その音が短く鳴った。
膜が口の中に来る。舌で上顎をこすれば取れた。剥がれたのはそのまま飲む。
跡は舌にしばらく触る。食べ終える。器を戸の脇へ置く。窪みは無い。
戸から二歩のところと決めてある。定めたのは六日前になる。
置いた跡は床に付いていない。
六日では出ないらしい。
格子の前へ座る。管の口は床から三十センチのところにある。
風は今日も来る。細くて、頬の同じところに当たった。
当たる場所は右の頬になる。
座る向きを替えると、左へ移った。風の向きは替わっていない。私の側が回った分になる。
目は二十五ある。縦に五つ、横に五つだ。この房の格子と前の房の格子は、目の数が同じになる。
前の房では、その数を六日前に一度数えた。
下の段に埃が溜まっている。付いている目は四つで、六日前と同じになる。増えていない。
六日で増えない量だと分かる。前の房の格子は、四日で四つだった。こちらは六日かかっている。
風の来かたが違う分だと思う。管の径は指で測れない。
私は一度叩いた。少し置いて、向こうから一度返る。
昨日から、返る速さが上がっている。
待つ形が身についたのだと思う。
「三つは分からないだよ」
声が来た。昨日の続きになる。
三つが決まった。一つが是で、二つが否で、三つが分からない。
昨日まで、三つは決めていない数だった。
決まっていない数が来ると、話が止まる。止まった回数を、私は昨日五つ数えた。今日はまだ零だ。
零のままで済むかどうかは、今日の終わりに出る。昨日の五つは、全部 私の側から出た数だった。向こうが出した分は零になる。
どちらが多く出すかも、数えておく。数えておけば、後で並べられる。
並べた先で何が出るかは、まだ分からない。出るまでは、数を持っておく。
私は三度叩いた。
向こうも三度返す。
それから、私は二度叩いてみた。向こうは一度返す。
合っていない。二度の次に一度が来る形を、私たちは決めていない。
もう一度、二度叩いた。今度は二度返る。合った。
決めていない形は、二度目で決まることがある。
三つを続けて叩いてみた。向こうは三つ返す。
それから、私は一つと三つを続けて叩いた。
間を長く取る。
向こうは一つと三つを返した。順も間も合っている。
二つ並べると、意味が二つ載る。乗せ方は決めていない。決めなくても通る形と、決めないと通らない形がある。
どちらかを、私はまだ見分けられない。
昼の前に、廊下に足音が来た。二つになる。
速さは揃わない。遅れる側は毎回決まっている。半歩ぶん、片方が後ろだ。
前の房でも同じ組が来ていた。組が同一かどうかは、足音では決められない。遅れ方が似ている。
足音は房の前で止まった。鍵の音が三度する。
外の錠が二つ、内の錠が一つになる。三度目が一番高い。
三つの間隔は等しくない。
初めの二つが近い。三つ目までが空いている。空いた分は五つほど数えた。歩いて戻る時間だ。
戸が開く。二人が入ってきた。
一人は板を持っている。もう一人は手袋をしていた。
手袋の指の先が白い。擦れた場所は四本とも揃っている。
二人の後ろから、物が運び込まれた。台車ではない。手で持っている。
持ってきたのは手袋の人だ。二度に分けて運ぶ。一度目に三つ、二度目に三つになる。
間は二十ほど空いた。空いた間、板を持つ人は戸の内へ立っている。足は止まったままだ。
置く場所は房の隅になる。戸から遠いほうの隅だ。隅は床が少し高い。
水を置くと分かる高さだ。
置いた物は傾かない。そこまでの高さではないらしい。
私は数えた。六つある。
数え直しても六つだ。二度目は右から数えた。
右から数えても六つになる。数え方で数は動かない。
布が二枚。畳んであって、折り方が二枚で違う。
一枚は三つ折りで、もう一枚は四つ折りになっていた。
同じ寸法に見える。
開いてみれば分かる。
開かなかった。
開くと、畳み直せない。元へ戻せないと、触ったことが残る。折り目の数を数える。
三つ折りの布に線が二本、四つ折りに三本ある。線の濃さは四つ折りのほうが濃い。長く畳んであった分だと思う。
濃いほうの線に、指を沿わせた。
窪みが指の腹に来る。窪みの深さは布の厚みの半分ほどになる。押すと戻った。
器が一つ。縁に欠けは無い。底に線も刻んでいない。
私の器より深い。
指を入れると、第二の関節まで沈む。
口の広さは粥の器と近い。
深さだけが別になる。
鋏が一。刃の先が布に包んである。結び目の数は一つだ。
包みの布は隅の二枚と生地が違う。
目が粗くて、色が黄ばんでいる。
黄ばみは古い分になる。
何度も使った布だと思う。
洗った布は、洗う度に目が開く。
粗くなった目に光が通る。
包みを持ち上げずに、上から見た。
中の刃の形が透けない。
紐が二本。太さは糸より太い。私の小指ほどある。
長さは揃っていない。
片方が指の三本ぶん短かった。
短いほうの端は、切り口が斜めになっている。長いほうは真っ直ぐだ。斜めの切り口を、私は見たことがある。
隙間から来た糸の端も斜めになる。
あれは歯で切った跡になる。この紐の斜めは、刃で切った跡のほうが近い。一つの物から切ったのかどうかは分からない。
撚りの向きは二本で揃う。秤が一台。皿が丸くて、縁が少し上がっている。
台の下に足が三つ付いていた。
三つのうち一つだけ色が違う。替えた足だと思う。
替えた旨を書いた紙は付いていない。
三つのうち二つは同じ色で、擦れ方も似ている。
一つだけが新しい。
新しい足のほうが、床との当たりが硬い。
指で押すと分かる。
皿の真ん中に跡があった。
丸くて、輪郭が二重になっている。
前に何かを載せた跡になる。
何を載せたかは書いていない。
札が一枚。白い。字は入っていなかった。
置いてある向きは、他の五つと揃っていない。
一つだけ斜めになる。
斜めの角は十五度ほどだ。
直そうとする者はいなかった。
十五度というのは、私の見当になる。分度の器は房に無い。見当の付け方は、床の継ぎ目を基準にする。
継ぎ目は縦に三本走っていた。置いた者は、置いた後で手を離した。その勢いで回ったのだと思う。
回る方向は右になる。
右利きの手で置くと、そうなる。
六つで合っている。
数え直しても六つだ。
板を持つ人が紙を読み始めた。声は高くも低くもない。
読むのは名前ではなく、役の名になる。後に番号が付く。
番号は二つの数を並べた形だ。
私の番号は四つの数になる。形が違う。人の番号と役の番号は、桁の数で分かれるらしい。
二桁の番号を、私は園でも聞いた。掲示を貼りに来る者が名乗った時の数だ。名乗るのは、他の者に向かって言う時になる。
私に向かって名乗った者はいない。
名乗られなくても、番号は耳に入る。入った分は数に入れてある。あの時の数は三十一だった。
役の名は覚えていない。一つ目が読まれた。次に二つ目が来る。
三つ目と四つ目は続けて読まれた。間が短い。
五つ目の前で一度息を継ぐ。それから、五つ目を読んだ。
六つ目は他より短い。読み終えて、紙を下ろした。
下ろす速さは、読む速さより速かった。紙は膝の高さで止まる。
止まってから、二人は房の中を一度ずつ見た。目の動く順は右から左になる。
見る速さは二人で違った。板を持つ人のほうが速い。
手袋の人は隅のところで一度止まる。止まった長さは二つほどだ。
見終えて、板を持つ人が私のほうを向いた。目の高さは私より上にある。部屋にいる者の数を、私は数えた。
六人になる。私はその六に入っていない。
布は二枚だ。一枚を下に敷いて、一枚を上から掛ける。そう決まっているのだろう。
定めた者の名は読まれなかった。器は一つ。何を入れるかは読まれていない。
深さが私の器より深いことは、さっき指で確かめた。入れる物が液なのか固いものなのかは、深さでは決まらない。
鋏は一。紐は二本。
紐が二本ある理由を、私は知らない。一本でも二本でも、結ぶ手つきは変わらないはずだ。
秤は一台。載せる物の重さの上限を、私は聞いていない。
札は一枚。書く字が決まっているのかどうかも聞いていない。
私は訊いた。
「見られますか」
板を持つ人は、紙をもう一度持ち上げる。
「立会う者の数は手順で二名以上と定めてあります。記録を取る者は、それとは別になります」
答えが返る。私の訊いたことの答えではない。言い終えてから、板を持つ人は紙を下ろした。
途中で一度止まる。止まった位置は胸の高さになる。そこから膝まで、まっすぐ下りた。
訊き方が悪かったのかも知れない。
訊き直す形は、その場で浮かばなかった。一度言った問いをもう一度出しても、答えは変わらない。二度目で替わる相手ではない。
言い方を替えるなら、先に言葉を並べておく必要がある。並べる時間は無かった。
私は黙って、六つの物を見ていた。見ている間、隅の物の並びは変わらない。動いているのは私の目の位置になる。
見ている間、二人は板に何かを書いた。鉛筆の音が二度する。一度目は短い。
二度目は長かった。
長いほうが、私の見ていた時間の分かも知れない。書いた字は見えない。
二人は房を出た。戸の前で、手袋の人が隅の物をもう一度見る。
見る時間は短い。三つ数えるほどだ。
見終えて、何も直さずに出た。札の斜めもそのままになる。
直さないのは、直す欄が無いためかも知れない。欄のことは私に分からない。
分からないことを、私は三つの数で持っている。今日はそれで足りた。
戸が閉まる。内の戸が先で、外の戸が後になる。鍵の音は三度した。
足音が遠ざかる。速さは来た時と等しい。
物は残った。六つとも隅にある。
置き場所は変わっていない。運び込んだ時の並びのままだ。
並びは左から 布・器・鋏・紐・秤・札 になる。左から数えるのは、戸に近いほうを左と決めているためになる。
決めたのは私で、この房へ来た日にそうした。私は近づいて、一つずつ触った。
布の生地は、鋏を包んでいる布より厚い。目が細かい。指でこすっても毛羽が立たない。
鋏の包みは解かなかった。
結び目の形だけを見る。結び目は一つで、輪が二つ出ている。糸の結び方に近い。
紐の端は焼いてある。ほつれない。長さは腕を伸ばした幅の半分ほどだ。二本とも同じに見えた。
並べると、片方が指の一本ぶん長い。秤の皿を指で押すと、少し沈んだ。
下がった分は戻る。戻る速さは押した速さより遅い。三度やって、やめた。
札を裏返した。裏にも字は無い。両面とも白い。
厚みは血統書より薄かった。
薄い紙は置いた形を保たない。手を離すと縁が反る。
反る向きは一つだ。裏返しても、同じ向きへ反った。
札の縁を指でなぞる。四辺とも切り口が同じ滑らかさになっている。
機械で切った分だと思う。手で切ると、何処かに引っ掛かりが残る。
私は札を元の場所へ戻す。位置は指の一本ぶんずれた。
ずれた分を直そうとして、やめた。直すと、触ったことが残る。
残さないでおくのがいいのかどうかは、決めていない。今日は残さないでおいた。触った後で、掌を布で拭いた。
何も付いていない。付いていなくても拭く。園でそう習った。
習ったのは洗い場でになる。器を触った手は、次の器の前で拭く。
ここに次の器は無い。それでも手は動いた。
午後の光が棒の間から入る。ここに棒は無い。見る窓の下の隙間から、廊下の灯の分だけが入る。
入る幅は指の二本ぶんだ。床の上で細い帯になる。
帯の端は隅の物のところまで届かない。その手前で切れている。
切れる位置に、私は指を置いた。先が明るくて、根元が暗い。
帯の中に埃が浮いていた。
数えられる数ではない。浮いているものは、光の中でしか見えない。帯の外にも同じほどあるはずだ。
あるはずのものを、私は数に入れない。見えた分だけを数える。格子の前へ戻った。
管の中は静かだ。私は三度叩いた。少し置いて、三度返る。
三つが返ってきた。分からない、が来たことになる。私が三つを出したのだから、向こうの三つは写しになる。
写しでも、返ってくる。間は昨日より短かった。私は何も訊いていない。
問いが無くても、分からないが来る。
もう一度、三度叩いた。今度も三度返る。
二人で三つを打ち合っている。意味は乗っていない。
打ち合った回数を数えると、七つになった。最後の一つで、向こうが止める。
止め方は返さないことになる。そのやり方も、決めていない。
乗っていなくても、音は来る。音のある間は、向こうに人がいる。
「六つ運んだのは数えた」
声が来た。壁の向こうにも聞こえていたらしい。
運ぶ音は管を通る。廊下の音とは別の道を通ってくる。
私は一度叩いた。是になる。
「こっちへは一つも来ない」
声が続いた。私は一度叩く。叩いてから、それが是で合っているかを考えた。
合っていない。二度叩き直す。否になる。
否も合っていない。来ないことは本当だ。
私は三度叩いた。分からない、になる。
向こうも三度返した。
三つが二度続く。三つで済むことが、思ったより多い。
一つと二つで足りない分を、三つが受ける。そこへ入った分は残らない。残らないものを数えると、日に何度あったかだけが出る。
今日は五度だ。
夕方に灯が消えた。消える前から、私は数を数えている。
二百八十で暗くなる。数え終わる手前だ。
赤い灯が点く。房の色が変わる。
隅の六つの物も色を変えた。白い札が一番濃くなる。
布は色が沈む。厚い分だと思う。
秤の皿だけが、赤の中で光を返した。金の面になる。
返る光は一箇所で、皿の縁の右の側にある。皿の左にも縁があって、そこは光を返さない。灯の位置が右に寄っている分になる。
位置は動かない。私が体を寄せると、そこも移った。
光を返す面を、私は正面から見た。返りが弱くなる。
斜めから見ると強い。角度で量が変わる。
変わる量は測れない。
目盛りになる物が房に無い。寝床へ入る。紙は布の間にある。
指で押すと、端の線が当たる。四箇所は今朝の位置から動いていない。布の間に手を入れて、紙の端を指でなぞる。
四辺のうち、下の一辺だけが少し波打っている。波は浅い。指を滑らせると、三箇所で止まった。
止まる位置は今朝と同じになる。紙は動いていない。三つは分からない、と向こうは言った。
言い方は「分からないだよ」になる。あの人はそう続ける。
私は口の中で一度言ってみた。声には出さない。
言い方をそのまま写すと、続けて出てくる。写さないと、途中で止まる。
口の形が動く。そうすると、頬の内側が歯に当たった。当たる場所は右の奥になる。
左では当たらない。
出すと、管を通る。今日は通さないでおいた。
隅の六つを、目を閉じてから数え直した。布・器・鋏・紐・秤・札。
順は運ばれてきた通りになる。置かれた順とは違う。
置かれた順は、布が最後になる。運ばれた順は、布が最初になる。どちらの順で数えても六つだ。
三度目は真ん中から数えてみた。右へ三つ、左へ三つになる。
真ん中から数えると、端の物が最後に来る。端は札と布だ。最後に来る物のほうが、頭に残る。
順を替えると、残る物も替わった。真ん中は紐と秤の間だ。物の数が偶数だと、真ん中に物が来ない。
奇数なら、真ん中の一つが立つ。そこから左右が出る。
六つでは出ない。出さないままにしておく。
読まれた役の名も六つあった。物と同じ数になる。物は私が数えた。
役の名のほうは、読まれるのを聞いて数えている。二つとも六で止まった。
数は揃う。揃うのは数のところまでだ。一方は隅にあって、一方は部屋に来る。私はそのどちらにも入らない。
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出産の立会いの手順
一、立会う者の数
立会う者は二名以上とした。上限は定めていなかった。本年度に立会った者の数は、一件あたり三名から六名であった。
六名は本件が初めてになる。二名で行った例は本年度に無かった。前年度には四件あった。
立会う者の氏名を記す欄は、本手順には置いていない。記録の側で受けるものとした。減った事由を記した書面は、当部門に残っていない。
二、記録を取る者
記録を取る者は、立会う者と別とした。
同一人が兼ねてはならないものとした。同一人が兼ねた例が本年度に三件あった。三件とも、兼ねた旨の欄が空のままになっている。
空である事由を照らす欄は、本手順に置いていなかった。三件のうち二件は同じ園で起きていた。同じ園である旨を記す欄も、本手順には無かった。
兼ねた者の氏名は、いずれの件でも記録の側に残っている。照らした例は本年度に無い。
三、立会わせない者
当該の個体と同じ区画に在る他の個体は、立会わせないものとした。区画の外の個体についての定めは置いていない。立会わせた例も無い。
当該の個体の側から他の個体を求めた場合の扱いは、本手順で触れていない。求めた例は本年度に二件あった。二件とも、求めた旨を記した紙は残っていない。
求めを受けた者の口頭の申し出による。
四、映像
映像を記録する者は一名とする。記録の保存の年限は五年になる。映像を用いる先を記す欄は、本手順に置いていない。
本年度に外部へ出した例は二件であった。出す際の同意についての定めも、本手順には無い。同意を得た旨の記載は二件とも空であった。
五、当該の個体への説明
当該の個体に対して手順の内容を説明する定めは、本手順に置いていなかった。
説明した例の記録も無い。説明を求められた場合の扱いも定めていなかった。求められた例は、本年度に一件ある。
六、読み上げる文言
立会う者のうち一名が、出生の後に次の文言を読み上げる。
当該の個体に対して読み上げるものではない。
「出生の時刻を記録した」




