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人間館 ―絶滅危惧種ヒトの飼育記録―  作者: 智珠
第七章 機構

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第090話 管の中の数

特別管理区画の設備の基準


一、戸


特別管理区画の房には戸を二つ置く。外の戸と内の戸とした。二つの戸は同時に開かないものとした。


開かない仕組みを記した図は、本基準に添えていない。外の戸の錠は二つ。内の戸の錠は一つになる。


錠の別を記す欄は置いていなかった。外の戸は当区画の係が開けた。内の戸は別の者が開けるものとした。


二人を同じ者とした例が本年度に三件あった。戸の間の広さは、人一人が立てる分とする。実測を記す欄は本基準に無い。


実測は現場の判断による。戸の間に灯は置かない。置く旨の議は令和二百四年に出ていた。


結果は綴の別の項へ入れてある。


二、見る窓


見る窓は内の戸の上に置く。床から百四十五センチの高さとした。窓の寸法は、外から見る側について定める。


縦十二センチ、横二十四センチとした。内から見える範囲を記した記載は、本基準に無い。定める旨の議も残っていなかった。


窓には覆いを付けた。覆いは外の側から動かす。内の側に把手は付けない。


覆いの材は鉄とした。厚みは三ミリになる。動かす時の音は現場で確かめる扱いとした。


覆いを閉じている間の記録を取る定めは置いていない。閉じた回数を数えた例も無かった。覆いの鍵は一本とした。


予備を作る手続は本基準に置いていない。鍵の保管は当区画の係とする。


三、灯の時間


灯は六時に点け、二十一時に消す。房の灯は一つとした。消した後、三十分は非常の灯を点ける。


非常の灯は赤い。明るさの数値を記す欄は本基準に置いていない。非常の灯の位置は天井の隅とした。


房のどの隅とするかは定めていない。四つの隅のうち三つに付いていた例が令和二百九年にあった。非常の灯を消す時刻の記載は無い。


実務では翌朝まで点けたままにしていた。本基準を最後に改めたのは令和二百年五月であった。改めた箇所は非常の灯の色のみになる。


改める前は白であった。改めた事由を記した書面は、当部門に残っていない。


四、壁と管


房と房との間の壁には、換気の管を一本通す。管の径は十センチとした。管の口には格子を付けた。


格子の目は二センチ角になる。管の位置は床から三十センチとした。左右の房で高さを揃える。


揃えなかった例が令和百九十八年に二件あった。直した旨の記載は綴に残っていない。音が通るかどうかを記した記載は、本基準に無い。


確かめた記録も、当部門には残っていなかった。


五、収容の数


一房につき一とした。二人以上を入れる場合の定めは置いていない。同区画の房の数は六。


本年度に用いた房は二であった。前年度は零であった。六の房は一列に並ぶ。


並びの順に番号を振ってある。番号と個体の番号とは、収容の記録の側で結ぶ。房の割り当ては当園の判断による。


決める順の記載は、本基準に無い。


──────────────────


 昼の器が下げられた後で、戸が開いた。いつもより早い。私は器の窪みを見る。

 二つとも空いている。入ってきたのは二人になる。板を持つ人と、手袋の人だ。


 板を持つ人は先週も来ている。手袋のほうは知らない顔になる。

 背は板を持つ人のほうが高い。半分の頭ぶんある。


 手袋の色は薄い青だ。

 指の先だけが白くなっている。白いのは擦れた分だ。擦れる場所は四本とも揃っている。


 立つように言われた。私は寝床の端に手をついて立つ。


 膝が鳴るのは右になる。四日前と替わっていない。

 布の下へ手を入れる。指の先に紙が触れる。厚みは指の爪ほどだ。

 持ち上げて胸のところで抱える。二人は待っている。急がせる声は無い。

 糸は髪に巻いてある。二本目のほうは掌へ巻いて、そのまま手首まで上げてあった。


 袖の下に隠れる。そのつもりではなかったが、そうなっている。巻いた回数は六だ。

 ほどけないことを、朝に指で確かめる。


 確かめるのは一日に一度と決めている。二度やると、そのぶん緩む。

 房を出る。廊下の灯は六つある。四つ目は今日も遅れて点いた。


 遅れの長さを、私は数えていない。今は夜の分だけにしている。

 歩く向きは右になる。台の部屋へ行く時と同じ向きだ。途中で曲がる回数を数える。二度で、これも同じになる。


 三度目の角で、二人は右へ行かずに真っ直ぐ行った。ここから先を、私は歩いたことがない。

 床の色が替わる。前は灰で、ここから先は少し青い。

 継ぎ目の幅も広くなる。指の一本ぶんある。足の裏に段が来る。

 段は継ぎ目ごとに来て、間は五歩ほどになる。通路は長い。壁に窓が無い。


 灯は天井にある。房の廊下より数が少ない。

 八つある。そのうち二つが点いていない。


 点いていない二つは離れている。三つ目と七つ目になる。その間の四つは点いていた。

 順に切れたのではないらしい。暗くなるところが二箇所あって、そこで床の色が読めない。


 読めないところは足の裏で歩く。段の来る間で分かる。


 私は歩数を数える。

 五十を越えたところで、板を持つ人が止まる。止まった先に戸があった。分厚い。


 厚みは指を四本並べたほどある。

 縁のところで数える。

 房の戸は二本ぶんになる。こちらはその倍になる。

 倍の厚みでも、開く速さは同じだ。重い分だけ人の力が要るはずだが、音の長さは替わらなかった。


 板を持つ人が錠へ手を掛ける。回す音が二度する。二度目のほうが重い。

 掛かりの深い側だと思う。


 開ける音が低い。房のものより下から響いて、途中で引っ掛からなかった。通ると、また通路になる。今度は短い。

 二十歩ほどで突き当たる。そこにも戸がある。

 二つ目の戸を開ける間、私は一つ目の前に立たされる。一つ目が閉まってから、二つ目が開く。二枚が一度に動くことは無い。


 戸と戸の間は狭い。私が立つと、両手を横に広げられない。

 肩の先が壁に当たる。触れる高さは腰より少し上になる。


 二つ目の先が房だ。入る前に、私は戸の間で一度止められた。止められた長さは十ほどになる。

 何を待っていたかは分からない。待っている間、上を見る。戸の間に灯は無い。


 明かりは二つ目の戸の隙間から来る。

 下の端から細く入っていた。入る幅は指の半分ほどだ。その細い分で、床の色が見える。


 中は前の房より狭い。長いところを歩くと四歩ある。短いところは三歩だ。

 前の房は五歩と三歩だった。長いほうが一歩ぶん減っている。


 壁の色は前の房と同じ灰だ。塗りの厚みだけが別になる。


 こちらのほうが薄い。下の地の色が、光の当たるところで透けて見えた。透ける場所は窓の下だけになる。

 ほかの面は同じ濃さだ。


 窓がある。位置は高い。

 背伸びをしても、下の縁に指が届かない。外は白いだけになる。

 届かない幅を測る。腕を伸ばして指の先までが、縁の下に来る。


 その差は掌の一つぶんほどになる。台を動かせば届く。

 台は壁に付いている。動かない。


 前の房の窓は腰の高さにある。枠に指を掛けて、外の埃を数えられた。

 ここでは数えられない。目盛りになる物が窓に無い。


 空だと分かる。ほかに何があるかは知らない。床の継ぎ目は縦に走っている。

 前の房は斜めになる。縦の継ぎ目は三本ある。等しい間で並んでいる。


 間の幅は足の裏の半分ほどだ。

 踏むと、両足に同時に来ることがある。同時に来るのは、真ん中の一本を跨いだ時になる。左右の足が別の継ぎ目に乗る。


 乗る位置を替えると、来る回数が変わる。

 歩幅の分だ。

 私は歩幅を替えずに、四歩を三度歩く。三度とも来る回数は二つになる。短いほうも三度歩いた。三歩で、来る回数は一つになる。

 四歩と三歩で、房の広さが出る。前の房は五歩と三歩だった。


 一歩ぶん狭い。減った分が何処へ行ったかは分からない。壁の厚みかも知れない。

 壁が厚ければ、音は通らないはずだ。

 寝床の台は壁に付いている。

 前のは離れている。付いていると、下へ物を入れられない。掌の通る隙間が無い。


 隙間を探して、私は台の縁を端から端まで指でなぞる。四辺とも壁か床に接している。


 接していないのは足の側の角だけで、そこは指の先しか入らない。入るのは第一の関節までになる。物を押し込むと、取り出せなくなる。


 前の房では、寝床の下に髪の毛が二本と木の粉が少し置いてあった。持って出られなかった。

 今も、あの房の床の上にある。私は紙を膝に置く。しばらくして、しまう先を探す。

 台の上に置くと、寝る時に体の下へ来る。壁との間は無い。

 結局、寝床の布の間へ挟んだ。折り目を作らないように、真っ直ぐ入れる。


 入れてから、指で表を撫でた。紙の目は前と同じで、縦に走っている。

 撫でる向きを逆にすると、指が引っ掛かる。抵抗の出るのは一つの向きだけになる。


 布の上から押すと、端の線が四箇所で当たる。角のうち右の下だけが少し丸い。

 右の下の角だけが丸い。前から折って開いた跡の付いていたところになる。

 二人は戸のところにいる。中へは入らない。


 手袋の人が、番号を言うように言った。

 私は自分の番号を言う。言ってから、二人は板に何かを書いた。鉛筆の音は短い。


 二画で終わる。

 前に台の部屋で聞いたのと、長さが近かった。戸が閉まる。

 二つ目が先で、それから一つ目が閉まった。鍵の音は三度する。外の戸の錠が二つで、内の戸の錠が一つになるらしい。


 三つのうち、間の空き方が違う。初めの二つは近くて、三つ目だけ離れている。離れている分は五つほど数えた。

 歩いて戻る時間になる。


 三度目の音が一番高くなる。錠が近い。高い音のほうが短く切れる。

 低い二つは尾を引いた。引く長さは、数えると二つほどになる。


 足音が遠ざかる。速さは揃っていた。

 壁の下のほうに穴がある。丸い。

 顔を近づけると、風が来る。細い風で、頬の同じところに当たった。


 穴の口に格子が付いている。目は小さい。

 指を当てると、第一の関節までも入らない。通るのは爪の先だけになる。

 格子の向こうは暗い。奥まで見えない。


 匂いが来る。粉の匂いだ。

 朝に嗅ぐのと同じ形をしていた。濃さだけが別になる。


 乳に近くて、少し甘い。濃さは薄い。管を通ってきた分だと思う。


 嗅ぐと、鼻の奥に少し残った。

 息を吐くと抜ける。抜けた後で、もう一度嗅いだ。

 今度は薄い。風が向きを替えたのかも知れない。替わる速さは数えられない。


 私は耳を寄せた。風の音がする。風の音の下に、別の音があった。


 壁の向こうで、誰かが数えている。

 四つ目で止まって、また一つ目から始めた。

 声は高い。私のものより上で、細い。

 数え方が速い。一つと二つの間が短くて、三つで少し空く。


 四つ目まで行って、そこで止まる。

 それから、また一つに戻った。三度聞いた。三度とも四つで止まる。


 四つ目の先を、この人は持っていないのだと思う。私は格子へ口を近づけた。

 息が向こうへ通る。通る時に、格子の縁で息が割れる。その音が自分の耳へ戻ってきた。


 戻る音は少し遅れる。間の長さは一つ数えるより短い。


「聞こえますか」


 言ってから、待った。数は三十まで数える。返事は来ない。

 数える声も止まった。


 止まったのは、聞こえたためかも知れない。聞こえていないのかも知れない。私はもう一度言わずに、格子を指の背で叩いた。

 硬い音がする。一度だけ叩いて、手を離した。


 少し間があって、向こうから音が返る。一度だ。

 私は二度叩いた。向こうも二度返す。


 間は前より短い。待つ形が分かったのだと思う。

 三度叩いた。三度返ってきた。

 四度叩く。返ってくるのは三度だ。

 三度で止まって、そこで終わった。私はもう一度、四度叩いた。今度は四度返る。

 間を置いてから、もう一度やる。

 三度目も四度で返った。三度続けて合う。覚えた分になる。


 二度目で通った。

 数えられる数が一つ増えている。五度叩いてみる。

 返るのは四度だった。六度叩く。やはり四度になる。


 四つより先は、まだ来ない。私は四度に戻した。今度は四度で返った。

 合っている。


 それから、間を空けて一度叩いた。少し置いて、また一度叩く。

 二つの一が返ってきた。間の長さも近い。間そのものを写せるらしい。数だけではない。


 しばらく音が来ない。向こうも待っているのだと思う。


 待つ間に、私は房の中を見ておくことにした。まだ見ていない物がある。

 私は戸を見た。

 内の戸の上に、四角い穴がある。

 穴には硝子が入っている。硝子は厚い。外の側に板が付いていた。

 板は今、横へ寄せてある。寄せた板の端が、穴の縁から少し出ている。出ている幅は指の一本ぶんだ。


 硝子は二枚に見えた。

 近づけると、縁のところで線が二本になる。


 二枚の間に隙間があるらしい。息を吹きかけると、手前だけが白く曇った。


 曇りは十ほど数えると引く。

 消える速さは端から先になった。私は硝子に顔を近づけた。廊下が見える。


 前の房には見る窓が無かった。

 棒の間から直に廊下が見えていた。


 棒のほうが広い。首を振らなくても、端から端まで入る。

 この窓は狭い。

 同じ廊下でも、入る量が別になる。


 見える幅は狭い。首を右へ振ると、廊下の右の端まで入った。左へ振ると、左の端は入らない。

 壁が先に来る。


 目を離して、床へ膝をついた。その位置から見上げると、見える範囲が変わる。高いところが入って、低いところが落ちる。

 天井の継ぎ目が二本入った。膝の位置から立った位置まで、間を三つに分けて試す。


 一つ目は膝。


 二つ目は腰を曲げたところ。三つ目が立った高さになる。三つとも入る物が違った。膝では天井、腰では向こうの壁の中ほど、立つと床が入る。


 床が入るのは立った時だけになる。廊下の床の継ぎ目が二本、斜めに走っていた。頬を床につけてみる。

 この位置からは、廊下の向こうの壁の上のほうだけが入る。一番遠くまで入るのは、立って顎を引いた時になる。そこで廊下の突き当たりが見えた。


 顎を引く角度で入る幅が変わる。深く引くと遠くが入って、近くが落ちる。


 浅くすると、戸のすぐ前が入る。


 両方は一度に来ない。

 突き当たりまでの数を、私は歩幅で測れなかった。

 ここから出られない。


 代わりに、灯の数で測った。

 四つある。

 房の廊下は六つだった。


 ここは四つになる。


 測った数を、私は口の中で三度繰り返した。

 二度では抜ける。


 繰り返している間に、格子のほうで音がした。一度だ。私は戻って、一度叩き返す。


「わたしは九十一だよ」


 声が来る。番号だ。

 声は細くて、語尾で少し上がる。

 そこから下りない。

 息の継ぎ方が短い。一つ言って、そこで切れる。二つを続けて言わない。

 続けられないのだと思う。私は自分の番号を言おうとして、やめた。四つの数は長い。


 代わりに、格子を七度叩いた。それから三度叩く。向こうは黙っている。

 少ししてから、音が返った。

 七度で、それから三度。


 合っている。

 私の番号の後ろの二つになる。


 七十三でいいのかと、向こうが訊く。

 私は一度叩く。


「一つが是でいいんだ」


 向こうが言った。私は一度叩いた。

 それから二度叩いて、少し間を置いて、また一度叩く。二つが否になる。そう伝わったかどうかは、この時点で分からない。


 向こうが二度叩いた。それから一度叩く。


 私は一度叩いた。

 合っている。試しに、私は十度叩いてみた。速く叩かずに、間を空けて数える。


 十まで叩いて手を止める。向こうは黙っている。

 少ししてから、音が返った。三度だ。

 三度は決めていない数になる。途中で切れたのだと思う。


 私はもう一度、十度叩いた。今度は返らない。代わりに、管の中で息の音がした。

 短く二つ切れる。


 それから、また二つ切れた。息が笑う形をしている。

 私は格子へ耳を当てた。押しつけると、金の縁が冷たい。

 冷たさの上を、向こうの音が通ってくる。四度切れて、そこで止まった。止まってから、私も同じ形の息を出した。

 二つ切れて、それからもう二つ切れる。出してから、出したことに気づく。

 気づいてからも、口の形は戻らない。管の中で、自分の息が返ってきた。

 返ってくる音は、自分の耳で聞くのより低い。金を通った分になる。


 昼の器は来なかった。移された日には出ないらしい。

 夕方に器が来る。二つある。粥と粉だ。


 差し入れる口は戸の下にあった。

 前の房と同じ位置になる。置く音は一つに聞こえた。二つを重ねて入れている。


 重ねた分、下の器の縁に上の器の跡が残った。丸い線が一本付いている。粉を粥へ入れて回す。

 汁が無い。混ぜると重い。匙の抜ける速さが遅くなった。

 味は薄い。甘さは飲み込んだ後で広がる。


 食べる間、向こうから音はしなかった。音は器の側にも無い。夕方になって、灯が消えた。

 落ちる前に、私は数を数え始めていた。


 三百まで数えたところで暗くなる。数え終わる前だった。

 暗くなってすぐ、別の灯が点いた。天井の隅にある。

 小さい。房の隅まで届かない。


 色が赤い。手を上げると、掌の皺のところが濃く見えた。

 爪の白いところは白くならない。薄い赤になる。


 布の色も変わった。昼は灰で、今は赤茶になっている。

 紙は布の間にある。見えない。


 私は寝床へ入って、天井を見た。天井の継ぎ目は横に走っている。この房の床は縦で、天井は横だ。

 前の房は床が斜めで、天井が横だった。揃っているのは天井だけになる。


 赤い灯は消えない。

 三十を数えても、百を数えても点いたままだ。三百まで数えて、そこでやめた。数えるのをやめても、色は変わらない。


 灯は天井の隅にある。四つあるうちの、戸に近いほうになる。遠い隅は暗い。

 そこと明るいところの境が、床の上で線になっている。線は真っ直ぐではない。台の脚のところで一度折れた。


 折れた先が長い。折れる位置を、私は指で押さえてみる。押さえると、指の影がその線を跨ぐ。

 影は赤の中で黒くならない。


 濃い赤になるだけだ。指を離すと、線は元の位置へ戻る。

 戻る速さは目で追えない。離した時にはもう戻っていた。

 濃い赤になるだけだ。黒は無い。


 格子のほうから音がした。一度だ。


 私は起き上がって、格子へ寄った。一度叩き返す。


「赤いのは十で慣れる」


 向こうが言った。声は昼より低い。

 私は一度叩いた。是になる。


 本当は同じではない。十では慣れない。

 私は三十まで数えて、それでも縁の見え方が戻らなかった。赤い色の中では、物の縁が近くなる。器の縁も、台の角も、輪郭の外へ薄く滲む。


 滲んだものを、私は数えられない。勘定には縁が要る。是と叩いたのは、二度叩くと話が止まるためになる。


 向こうがまた叩いた。二度だ。二度は否になる。

 何を指しているかは分からない。私は一度叩いて、待った。向こうは三度叩く。


 三度は決めていない。そういう数が来る。


「三つは明日にする」


 向こうが言った。私は一度叩く。

 それから何も来ない。風の音だけが残った。

 風は細い。頬の同じところに当たる。


 私は格子から離れて、寝床へ戻った。四歩のところを二歩で行く。戻る時に、掌が床に触れる。


 床は冷たい。前の房より下がっている。板が厚い分かも知れない。

 厚いと、下からの温さが上がってこない。腹に掌を伏せた。掌の下は温い。


 温いところは臍の下から広がる。腰の骨の手前で止まった。


 中で一度動く。二つ数えるほどで止まる。

 動いた場所は臍の右だ。四日前と同じ側になる。


 右と左で数えると、この四日で右が九、左が五になった。右が多い。偏る理由を、私は知らない。

 胸を押すと、痛みが遅れて奥から立つ。右で四つ、左で三つになる。


 数は四日前と等しい。位置がまた少し内へ寄っている。

 次を三十まで待つ。来ない。四十で数えるのをやめた。


 やめてから、掌はそのままにしておく。赤い灯の下で、掌の甲が濃い。指の間の皮は薄いらしく、そこだけ明るく見えた。


 夜の間に二度目を覚ました。二度とも風の音だ。

 風は止まらない。管は夜も通っている。

 一度目に起きた時、向こうから寝返りの音がした。布の擦れる形になる。

 二度目には何も無い。

 深く寝ている分だと思う。二度目の後で、格子のほうから音がした。三度になる。

 三度は決めていない数だった。私は一度叩き返す。向こうは何も返さない。

 眠ったのだと思う。朝が来る。灯が点いた。


 白い灯が先で、赤いのはその後で消えた。落ちる順が逆になる。逆になる間は短い。

 数えると四つほどだ。


 その四つの間、房の中に二つの色がある。天井の隅が赤く、真ん中が白い。

 境は動く。白いほうが広がって、赤いところが隅へ寄っていった。

 寄りきると消える。その後の天井は、昼の色に戻った。


 昼の色は灰に近い。青が少し混ざっている。


 器が来る。二つある。

 粥と粉だ。汁は無い。


 前の房では朝に三つ来ていた。ここは二つになる。汁の分が何処へ行ったかは、器を見ても分からない。

 粥の量は前より多い。器の底から指の二本ぶんある。

 前は一本ぶんと少しだった。増えた分が汁の代わりかも知れない。

 水は別に来る。桶ではなく、蓋の付いた器で来た。

 前の房は桶になる。

 桶は縁が広くて、掌が入る。この器は口が狭い。掌を入れると手首で止まった。


 蓋は捻って外す。捻る向きは右になる。一度で外れなかった。

 二度目に緩む。粉の量は指の一本ぶんで、前と等しい。上の面の筋も三本ある。


 汁が無い。粉は粥へ入れて回した。

 混ぜると重くなる。匙の抜ける速さが遅い。味は薄い。


 甘さは飲み込んだ後で広がった。食べ終えて、器を戸の脇へ置く。窪みは無い。

 この房の床に窪みは付いていなかった。前の人が短かったのだと思う。


 短いか、置く場所を定めなかったか。後のほうかも知れない。私は自分で場所を決めた。

 戸から数えて二歩のところにする。

 二歩にしたのは、戸が開いた時に足で蹴らない位置だからになる。前の房では、置く場所が窪みで定まっていた。

 選んだのは私ではない。置いてから、指で床をなぞって印を探した。何も無い。


 私が付ける番になる。

 付け始めた日を覚えておく。今日が一日目だ。

 付けるには回数が要る。窪みが三つ出来るまでに、前の房では何日かかったか。


 数えていない。抜けた量は、後から出せない。

 格子へ行って、耳を寄せた。向こうは静かだ。

 器の音もしない。もう食べ終えたのか、これからなのか。


 私は一度叩いた。返らない。

 二度目は叩かずに、格子の目を数えた。縦に五つ、横に五つある。


 五と五で二十五だ。

 数えたのは一度きりだ。二十五のうち、四つに埃が溜まっていた。付いている場所は下の段になる。

 下の段は五つある。うち四つが埃で、一つは綺麗だった。綺麗な一つは左の端になる。

 風がそこを通る分だと思う。風が下から来る分だと思う。上の段は綺麗だった。


 指の爪で一つの目をなぞる。埃が爪の先に付いた。付いた分を布で拭く。

 布に残った跡は小さい。


 乾くと消える。無くなるまでの間、私は跡を見ていた。

 管の格子をもう一度見る。目は二十五で、下の段の四つに埃が溜まっている。

 溜まりの厚みは目によって違う。左から二つ目が一番厚い。


 厚くなるのは、風の来る筋がそこを通らない分だと思う。通らないところに溜まる。

 叩いた数の合計を、私は出そうとした。昨日は一と二と三と四と、七と三と、それから一が幾つか。

 幾つかは数えていない。抜けた分があると、合計は出ない。出ないままにしておく。

 今日から数えることにした。向こうが最後に言ったのは、三つは明日にする、になる。


 三つが何なのかを、私は知らない。今日、来る。


 来る時に、私は数えていられるようにしておく。抜けた分は残らない。

 数える相手が二人になった。器の数と、叩く数だ。


 器の数は勝手に増えない。管の側は増える。増える側を持っているのは、この四日で初めてになる。

 格子の前へ座った。床は冷たい。膝の皿から先に来る。


──────────────────


収容の区画の変更の記録


一、変更の日


本年十月二日、当園の特別管理区画へ移した。時刻は十三時五分であった。移動に要した時間は九分。


移動の経路は第二の棟の廊下から連絡の通路を経る。通路の長さは四十二メートルであった。途中に戸を三つ通る。


通路の照明は八箇所。うち二箇所は点いていなかった。点かない二箇所は前月から続いている。


変更の事由を記す欄は、本様式に置いていない。変更を決めた者の欄は当園の長とする。本年度に当区画へ移した例は本件を含めて二件になった。


二、移した個体


番号 J-0073。体重 五十・一キログラム。本年十月一日の計測による。


携行した物は一点であった。血統書。携行を認めた者の欄には職員の番号を記した。


認めない場合の扱いは、当園の判断による。前の房に残した物の有無を記す欄は、本様式に無い。前の房は本日中に清掃した。


三、同区画の収容


本日現在、同区画に在る個体は二であった。もう一名の番号は J-0091 になる。J-0091 の収容は本年七月十四日であった。


移した事由の欄は、当園の綴では確かめられなかった。J-0091 の体重は十四・二キログラム。本年九月三十日の計測による。


給餌の帯は第一であった。二名の房は隣り合っている。隣り合わせる旨の定めは無い。


空いている房は四であった。房の割り当てを決めた者の欄は、本様式に置いていない。二名の間の壁は一枚である。


壁の厚みは設備の基準の側で定めてある。


四、引き継いだ物


前の区画の係から当区画の係へ引き継いだ物は、給餌の帯の記録、計測の記録、処置の履歴の写の三点であった。引き継ぎの際に照合した者の欄は、本様式に置いていない。引き継ぎは口頭で行われた。


三点はいずれも写であった。原本は当園の綴に置いてあった。写を取った日付は三点とも本年十月一日であった。


取った者の欄は空のままになっている。


五、別に引き継いだ物


見る窓の覆いの鍵 一本。

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