↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人間館 ―絶滅危惧種ヒトの飼育記録―  作者: 智珠
第七章 機構

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

88/106

第088話 白い袖

面会の取り扱い


申込の方法 書面

会わせる場所 定めあり

会わせない場合 事由の欄なし


一、申込


園の外の者が個体に会う場合は、申込を要することとした。申込は書面による。書面の様式は当園で定めてあった。


申込には会う相手の番号と、会う事由を記す。事由の欄は三行であった。本年度の申込は十九件である。


実施したのは四件になる。


一の二、申込人


申込人の別を記す欄は、書面に置いてあった。


別は三つとする。第一は元の譲渡の相手方、第二は地区の取次を経た者、第三はその他になる。当園の職員であった者を記す別は、本取り扱いに置いていなかった。


二、会わせる場所


会わせる場所は当園の第一の棟の待合とした。時間の上限は四十分である。立会う者は二名以上とした。


記録を取る者は、立会う者と別にすることとしていた。同一人が兼ねた例は本年度に一件あった。兼ねた旨を記す欄は、記録の側に置いてある。


二の二、個体の側の意思


個体の側に会うかどうかを問う手順は、本取り扱いに置いていない。


問うた例も、本年度に無かった。


三、本年九月二十二日に受けた申込


本年九月二十二日に受けた申込が一件ある。


申込人は当園の職員であった者になる。当該の申込の事由の欄は三行とも埋まっていた。会う相手の番号も記入されている。


実施はしていない。実施しなかった事由を記す欄は、本取り扱いに置いていなかった。


三の二、実施しなかった例


本年度に実施しなかった例は十五件であった。十五件のうち、書面の不備によるものは三件になる。残る十二件について、当園は別を記していない。


別を記す欄も置いていなかった。


三の三、番号の照合


申込の書面に記された番号は、当園の登録と照合することとした。


照合の月日を記す欄は書面に置いてある。


本年九月二十二日の申込については、当該の欄に月日が入っている。入れた者の欄も埋まっていた。


四、記録の保存


面会の記録の保存の年限は五年とする。


実施しなかった申込の書面の保存の年限は、本取り扱いに定めていない。本年度の書面は、実施した分と実施しなかった分を同じ綴へ入れてある。分ける旨の記載も無かった。


五、本取り扱いの改正


最後に改めた月日は令和二百五年十一月になる。改めた箇所は時間の上限のみであった。改める前の上限は六十分になる。


改めた理由を記した書面は、当園に残っていない。


──────────────────


 目が覚める。天井の継ぎ目は、寝ている頭の真上を横切っていた。

 十六日目だ。外の数は八十五で止まったままになる。寝床の布を三つに折って、端を台の奥へ寄せる。


 髪の結び目に指をやる。四日たっても、二度巻きは崩れていない。

 糸が細い。太さの無いものほど、締まった後で動かない。

 結び目の位置は右の耳の後ろになる。触ると、指の腹に節が当たった。節は結び目のものではない。

 糸の途中の節が、たまたまそこへ来ている。折る回数は三つで、決めたのは私になる。誰かに教わった形ではなかった。


 折った布の角は、四つが一つの高さに来ない。奥の二つが少し高い。


 台の面が奥へ向かって上がっている。

 水を置くと分かる。窓の下の端が明るい。空は白くて、日の在処は分からない。

 白さの中に、少し灰の寄ったところが一つある。

 位置は右の端に近い。

 その一つは動かない。数えると、四十ほど見ていて動かなかった。

 枠の下の埃に、私は新しい線を引かない。前の線がまだ見えている。


 窓の枠は金で、触ると指の熱を取っていく。奪われた分は、離しても戻りが遅い。枠の内側に細かい水滴が付いていた。

 指でなぞると、線になって落ちる。


 落ちた先は枠の下の溝だ。底は乾いていた。

 手足が冷たい。腹へ掌を伏せると、その下が温い。


 胸を押すと、奥から遅れて痛みが来る。右が四つで、左が三つになる。数は先週と等しい。

 位置がまた少し内へ寄っている。動く先には骨がある。縁まで来ると、そこで止まるのかどうか。


 止まるかどうかを、私は知らない。教えてくれる人はここにいない。

 腹は先週より前へ出ている。立って見下ろすと、膝の皿の上が隠れた。

 隠れた分は指の半分ほどになる。四日でそれだけ動いた。髪は肩の下まである。

 糸で二度巻いてある。前へ落ちてこない。


 落ちてこないと、目の前が広い。

 遠くの物のほうが先に見える。前は近くから見えていた。近くというのは、自分の髪のことになる。


 桶の水で顔を洗う。水は指の付け根まで冷たい。口を漱いだ分は隅の穴へ流した。落ちる音は短い。

 格子の目は指が通らない。目の数は縦に六、横に六ある。


 六と六で三十六になる。数えたのは一度きりで、二度目はやっていない。


 戸の棒は十九本だ。数え直しても十九になる。棒の一本ずつに、掌の当たる高さがある。

 私の掌はいつも同じ高さへ行く。


 その高さのところだけ、金の色が薄い。私の分だけではない。前にここにいた誰かの分と、私の分が重なっている。

 分けて数える手立ては無い。朝の器が来る。三つある。


 粉の量は先週と変わらない。器の底から指の一本ぶんだ。

 上の面をならした筋も三本ある。匙の背でやった跡になる。


 匂いを嗅ぐ。乳に近くて、少し甘い。

 甘さは後から広がる。舌へ乗せた時ではなく、飲み込んだ後で来る。


 汁へ入れて回す。溶けきらない粒は底に残った。

 残りを指で拭って舐める。口の中に膜が来る。

 膜の厚みは日によって違う。水を多く入れた日は薄い。


 今日は多く入れていない。

 器の縁の目盛りのようなものを、私は見ていない。膜は舌で上顎をこすると取れた。剥がれた分は飲み込む。

 残る分は水で流す。

 水は汁の器に少し残しておいたものになる。残す量は指の一節ぶんと決めてある。

 三日前からそうしている。粉の器は三つのうちで一番新しい。縁に欠けが無く、底に線が二本刻んである。


 線の長さは近い。間は指の半分ほどだ。刻んだ者の名は、器の何処にも無い。

 何を数えた線かも書いていない。


 器を戸の脇へ寄せる。三つを縦に並べた。

 並べる順は粥から始まる。次が汁で、その次が粉になる。順は替えていない。


 壁の隙間へ顔を近づける。向こう側は暗い。


 声は来ない。布の擦れる音も無い。

 息の音だけがある。上がりが二で、下りが三になる。


 起きているのは分かる。数えられる息は、寝ている時より短い。


 私は隙間の縁を指でなぞる。向こうの角は丸くて、こちらは立っている。

 立っている角に指を強く当てると、白い線が残った。線は数えると八ほどで消える。


 削ったのは向こうの側からになる。削った者は、こちらへ手を入れていない。

 寝ている時の息は長くて、途中で一度止まることがある。止まる長さは二つほどだ。


 今の息に、その止まりは無い。

 続けて上がって、続けて下りる。私は口を寄せて、待った。長さは三十ほどになる。


 息を止めると、向こうの音がよく通る。

 止めていられるのは十五ほどだ。数える速さは自分の息に合わせる。

 そうすると、三十は思ったより長い。それでも来ない。私は壁から離れた。

 昨日も来なかった。二日続けて声が無い。二日の間に、向こうの器は動いている。

 置く音と、引く音がある。


 音は毎日、朝と昼と夜に来た。数は三つと二つと二つになる。

 置く音と引く音の間は長い。数えると、朝で四百ほどあった。


 四百というのは私の数え方の分になる。速さを合わせる相手はいない。


 器の数は変わっていない。この人は私と別の紙にいる。

 二日の間、私は隙間の前で三度待った。三度とも三十まで数えた。


 三度目の後で、待つのをやめた。やめてからは、器の音だけを数える。器の音は途切れていない。

 途切れていないので、この人は食べている。食べている人は、声を出さないことがある。園でもそうだった。


 洗い場に、三日口を利かない人がいた。四日目には前と変わらずに喋っている。


 何があったかは誰も訊かない。決まりで止められている訳ではない。訊く形が無いだけになる。

 園の洗い場のその人は、四日目に前と同じ声で喋った。話の中身も前の続きだった。


 続きから始めるのは、間が空いていないことにする形になる。私はその人の名を覚えていない。

 番号のほうは出てくる。午前の途中で、廊下に音が来た。台車の車の音になる。


 車は四つあって、高く鳴るのは一つになる。鳴る場所は右の前だ。

 鳴り方は毎日近いが、今日は少し低い。荷が重いのかも知れない。


 音は戸の前を過ぎていく。

 行った先で止まった。止まると、紙を繰る音になる。二枚めくって、戻る音がした。


 紙の音が止まってから、台車はまた動き出した。行った先は突き当たりになる。

 突き当たりの戸が開く音は、二つ続けて鳴る。閉まる音は一つだ。

 私は棒の間から廊下を見る。壁の色は濃いままだ。


 壁の下から三十センチほどのところで、塗りが一度切り替わっている。切り替わりの線は端から端まで続いていた。途切れる箇所は見えない。

 掲示は四枚ある。一枚目の右下の角は、まだ浮いていた。浮いた角は今日も動いている。

 風は来ていない。


 動く幅は紙の一枚ぶんほどだ。動いてから戻る。戻る速さは行きより遅い。

 行数を数える。七行、五行、それから同じ行数が二枚。


 三枚目と四枚目の行数は近い。合っているかどうかは、遠くて決められない。数え終えてから、私は膝を戻した。

 床の冷たさが膝の皿に残る。掲示の紙の下の端は壁に付いている。留めてあるのは上の二箇所になる。


 園の紙は四隅で留めてあった。留めていたのは画鋲になる。頭の色は白かった。

 ここの紙に画鋲は無い。跡も残っていなかった。

 行数の同じ二枚は、貼ってある高さも揃っている。並びは左から二番目と四番目だ。


 昼の器が来る。二つだ。

 運んでくる人の靴の音は重い。戸の下から器を入れて、そのまま行った。

 顔は見えない。手袋の指の先だけが、下の隙間に一度出る。


 指は四本まで見えた。親指のほうは出てこない。

 器を押す時に、指の第一の関節が曲がる。角度は毎日変わらない。


 汁の菜は三切れだった。

 二切れが葉で、残りは茎になる。葉のほうは煮えすぎていて、噛むと繊維が横に切れる。茎は歯に少し残った。


 茎の切り方は先週と近い。長さは指の一本ぶんだ。昼の後で、私は房の隅に座る。

 壁の継ぎ目のうち、右の一本に背を当てた。継ぎ目は縦に二本ある。その間隔は腕を広げた幅より指の三本ぶん狭い。


 狭いのは先週も同じだった。壁は動かない。当てると、板の冷たさが肩甲骨の縁から入ってくる。

 縁の形が背中で分かる。


 冷たさは腰の手前で止まる。腰までは来ない。

 座ったままで糸の節を指で探した。端から四本ぶんのところにある。

 探すのは目を閉じてやった。それでも、位置は指が覚えている。


 節は三つあって、真ん中のが一番硬い。爪を当てると、そこで音が短くなった。

 昼の後で、廊下に足音が二つ来た。房の前で止まる。


 鍵の音が一度した。戸が開く。二人とも薄い緑のものを着ている。

 板を持つ人と、手袋の人になる。板を持つ人は先週も来ている。袖の口の紐の絞りが、手首の上の同じところにあった。

 手袋の人は別だった。背が少し低くて、靴の音が軽い。


 板の紙は四枚だ。上から二番目の角が折れていない。

 紙の色は四枚とも近い。厚みも寄っているが、二番目だけ少し薄く見える。


 薄く見えるのは光の当たり方かも知れない。角度を替える手立ては無い。

 折れていない一枚は、先週もそこにあった。

 同じ紙かどうかは分からない。


 私は立つ。

 膝が鳴るのは右だけになる。


 台のある部屋へ連れて行かれる。

 廊下は右へ二度折れる。折れた先の床は硬い。継ぎ目が細くて、足の裏へ細かく伝わってくる。


 高い側の壁に管が一本走っている。塗りの色は壁に寄せてあった。部屋の戸は先週と変わらない音で開く。

 低くて、途中で一度引っ掛かった。


 部屋の中の匂いは、廊下より薄い。拭いた後の匂いは、ここでは分からない。部屋の中には台のほかに、棚が一つある。

 棚の段は三つで、上の段だけ空いていた。中の段には器が並び、下の段には布が積んである。布の高さは指の四本ぶんだ。


 台に乗る。

 履いているものは脇へ置く。

 置く場所は覚えている。

 指を差される前に置いてあった。


 脇の床は台の下より少し温い。人の足が触れる分だけ温いのかも知れない。

 覚えたのは四日前だ。

 四度目からは、迷わずにそこへ置ける。


 足の裏が冷たい。

 指を縮めると数が動く。


 止まるまで待つ。

 長さは十八になった。

 先週は十六で、その前は十四だ。


 二ずつ増えている。


 三度とも二ずつ増えた。

 四度目も二かどうかは分からない。


 増える理由を書く欄も、私は見ていない。こちらへ向くのは紙の裏だけになる。台の面は前の人が乗った後で、腰の当たるあたりが温い。


 温みの端は縁まで届いていない。指の二本ぶん内側で切れている。

 私は真ん中へ足を置いた。


 置いてから、踵を板の縁へ寄せる。寄せると、上体が前へ行かなくなる。係の人が数を読む。口は動くが、音にはならない。


 紙へ書く音が来る。二画で終わった。書く音の後に、板を持ち直す音がある。

 紙の端が板の縁へ当たった。次に腹のまわりを測る。布の紐を回された。


 回した後で、指でたわみを取る。それから数を読む。手が違う。押さえる時に、この人は指を三本置いた。


 前の人は四本だった。

 親指と、その隣の三本になる。

 三本の手は、たわみを取る時に紐を強く引かない。

 引く強さも別になる。


 引き方が別だと、数も別になるかどうか。

 それは私には分からない。

 紐は先週のものになる。


 手で持つあたりの刷りが薄い。

 薄いところの幅は、先週より広がっていた。

 増えた分は数えられない。


 三本の手は、たわみを取る時に紐を強く引かない。前の手は一度で締めていた。

 紙へ書く音は、前の人より長い。画数は四になる。


 書き終えてから、その人は紙を一枚めくる。めくった先を、私は見ていない。めくる音は二枚ぶんだった。

 戻す音は一枚ぶんになる。差の一枚が何処へ行ったかも、私は見ていない。先週も同じ音を聞いた。


 台から下りて、脱いだものを履き直す。履く間、二人はその場に立っている。急がせる声は無い。


 部屋を出る。歩く向きは、来た時と逆になった。

 歩く速さは来た時より少し遅い。腕は取られていない。

 途中に戸が四つある。三つ目の戸から、下の隙間の光が出ていた。


 光の幅は指の一本ぶんになる。床へ細く伸びている。


 伸びた先は廊下の真ん中まで届かない。

 先週と変わらない。光の縁はぼやけている。ぼやけの幅は指の半分ほどだ。


 房の前へ戻る。二人のうち後ろの人が戸を引いて、私を先に通した。戸が閉まる。

 鍵は二度回った。足音が二つ遠ざかる。片方が半歩ぶん遅れている。


 房の中を一度歩く。長いところを五歩、短いところを三歩になる。歩幅は替えていない。

 腹が前へ出た分、重さの掛かる先が動いている。

 動いた先は踵の外側だ。歩いた後で、そこだけ温い。

 歩く数は二十を越えたところでやめた。数え続けると、他のものを数えられない。


 やめてからは、床の継ぎ目の位置を見る。戸の側に一本通っていた。

 午後の光も棒の間を通る。筋の幅は朝より狭い。

 狭いのは日が高い分になる。筋は床の真ん中まで届かない。


 筋は十九ある。棒に合う。

 私は筋の一本を指でなぞった。指の影がその一本を塞ぐ。


 塞いだ分は、指を離すと端から現れる。現れる向きは、なぞった向きに沿う。なぞるのを三度やって、やめた。

 四度目は数えない。指の腹に埃が付いた。床の埃は房の中でも溜まる。


 溜まる速さは窓の枠より遅い。

 枠のほうが先に見えるようになる。筋の間は等しくない。真ん中の三本だけ、間が広い。


 広いのは棒の並びのためではない。光の差す角度によるらしい。朝は広いところが端に寄っていた。

 廊下の突き当たりで、戸の開く音がした。二つ続けて鳴る。

 足音は一人ぶんだ。速さは係の人より少し速い。


 白い袖が廊下を通る。止まらない。私は棒の間から、角を曲がるまで見ていた。


 袖は肘のところで折ってあった。目は下に二本ある。折り返した幅は指の三本ぶんになる。

 二本の折り目の間は、その半分だ。


 二本のうち、上の一本は薄い。何度も折った跡になる。持っているものは無い。

 手は下げたままだった。歩幅は広い。私の歩幅の一つ半ほどになる。


 足音は床の硬いところで高くなった。廊下の材は途中で替わっている。

 替わる場所は三つ目の戸の手前だ。私が通る時も、そこで音が替わる。


 角を曲がる時に、袖はこちらを向かなかった。首も動いていない。袖が通った後に、匂いが残った。


 拭いた後の匂いだ。四日前に房の中で嗅いだのと同じ形をしている。

 濃さは房のものより高い。廊下の空気は薄いのに、こちらのほうが濃い。

 嗅ぐと、鼻の奥に少し残る。息を吐いても、すぐには抜けなかった。


 消えたのは、器が来るより前になる。何を数えている間に消えたかは、覚えていない。

 足音は角の先で少し続く。それから切れた。


 切れた後は、何の音もしない。角の先には戸が二つある。片方は突き当たりで、もう片方は右へ入る。

 どちらへ入ったかは、音では決められない。床の材が同じところにある。

 私は棒から手を離した。

 掌に棒の跡が二本残っている。跡が付いたのは、握っていた時間の分になる。握っていた覚えは薄い。


 跡は縦で、間は指の一本ぶんだ。押していた時間の分だけ白い。

 白いところは、数えると十二ほどで元へ戻った。戻る速さは指の跡より遅い。掌のほうが皮が厚いためかも知れない。


 匂いは長く残らない。数えると、四十ほどで薄くなった。


 薄くなってからも、鼻の奥の分は消えない。息を深く吸うと、また出てくる。私は深く吸うのをやめた。

 やめると、出てこない。


 廊下の空気は、袖が通る前と後で動きが違った。前は動いていない。通った後は、床の埃が少し流れて見える。

 流れる向きは角のほうになる。流れが止まるまで、数えると二十ほどあった。

 夕方に灯が点く。四つ目だけ遅れた。点く順は端から二つ、それから真ん中の二つ、最後に残りが来る。


 四つ目は最後の組に入っている。組の中でも、四つ目だけ遅い。

 遅れは二つ数えるほどになる。先週と変わらない。


 六つのうち五つは一度に点く。四つ目が後から来る。

 その一つを待つ間、廊下は五つぶんの明るさになった。私は四つ目を見る。光は他の五つより黄色い。


 黄色い光は、床の筋を細くする。数えると、やはり十九ある。

 夜になる前に、廊下をもう一度見た。誰も通らない。


 見ている間、隣の房から音は出なかった。器を引く音も無い。灯の下は明るくて、灯と灯の間は少し暗い。

 そこの床に、拭いた跡が斜めに残っている。跡の向きは房の中と揃っていない。房は縦で、廊下は斜めになる。


 灯の下を人が通ると、床の筋がそこで一度切れる。

 今日はその切れ方を二度見た。一度目は昼で、二度目が袖の分になる。二度とも、切れている長さは近い。


 夜の器が来る。二つだ。

 運んでくる靴の音は、昼と同じ重さになる。同じ人かどうかは、音では決められない。

 粥を先に飲む。汁は後にした。

 粥は朝より薄い。底の色が透けるほどになる。

 底に刻みは無い。夜の器は朝の粉の器とは別のものだ。器を戸の脇へ寄せる。

 二つを縦に並べる。


 窪みの跡は三つに増えていた。三つ目は朝の粉の器の分になる。三つ目の跡は薄い。

 十六日のうち、粉の器が置かれたのは十日ぶんだ。十日というのは私が数えた分になる。紙の側が何日目から数えているかを、私は見ていない。

 跡の濃さは、三つとも別だ。粥の器のところが一番濃い。

 濃さは置いた回数の分になる。回数のほうは数えられなかった。


 寝床へ入る。布の厚みは先週から変わっていない。

 横になる前に、桶の水の高さを見た。朝より指の一節ぶん減っている。


 減ったのは顔を洗った分と、口を漱いだ分になる。飲んだぶんは入っていない。

 布の端の織り目は、戸に近い側だけ解けている。ほどけたのは私が抜いた分になる。

 抜いた糸は掌に巻いて、寝床の下へ入れてある。数えると三本だ。


 髪の結び目を触る。

 緩んでいない。糸をたどる。節の位置は端から指の四本ぶんだ。


 節の手前と先で、撚りの向きが変わっている。手前が右で、先が左になる。向きの替わる箇所が節だ。

 二本を継いだものらしい。継いだ者は隣にいる。継いだとは言わなかった。


 目を閉じてから、私は今日の順を並べ直した。器から始めて掲示と台へ行き、廊下を通って灯で終わる。並べても、真ん中が薄い。

 薄いのは廊下の分になる。


 抜けたところは、そのまま抜けている。数え直しても五つで、真ん中が薄い。

 夜の間、私は二度目を覚ました。二度とも、廊下の音ではない。

 自分の腹の中が動いた分になる。動きは短くて、二つ数えるほどで止まる。


 止まってから、私は掌を当てて待つ。二度とも、次は来ない。


 二度目に覚めた後は、しばらく寝つかなかった。数えると、二百ほど起きている。

 その間、廊下からは何も来ない。灯の音も無い。


 朝の光は窓の下の端から入る。幅は日の高さで動く。三日目の朝に、隣の声が戻った。

 戻る前に、咳が四つ出る。四つ目の後で、水を飲む音がした。


 それから、布が壁のほうへ寄る音がする。


「二日休んだ。声を出すのに要るものが、こっちで足りなくなってただけだよ」


 言い終わるまでの長さは、前の一本と近い。息を継ぐ位置も変わっていない。

 この人は笑わない。声は前より低い。


 低いのは喉のためか、二日の分かは分からない。訊く形はある。訊かなかった。

 掠れが濃いのは、息を継ぐ手前になる。継ぐ箇所は二文の間で一度だ。私は棒を握って、隙間へ顔を近づけた。


「大丈夫ですか」


「大丈夫っていうのは、明日も同じかどうかで決めるもんだね。今日は分からないよ」


 返事の後で、向こうは静かになった。静かになる前に、布が一度大きく動く。座り直したらしい。


 座り直した後の息は、前より深い。上がりと下りの差が出ている。

 息の音は続いている。上がりが二で、下りが四になっていた。

 数えるのは自分の息に合わせる。そうすると、向こうの下りが長い。


 長いのは今日からだ。

 二日の間は、数えていない。昨日までは三だった。一つ増えている。


 増えた分を、私は数えたまま置いておく。夜の光は昼より暗い。

 四つ目は点いていない。夜の間じゅう、そこは暗いままになる。何時に落ちたかを、私は数えていない。


 紙の上の語を思い出す。台の脇で見た一字だ。


 一字は欄の中に入っていた。欄の幅は狭くて、字が一つ入るだけになる。あれは「済」だった。

 今日の紙の上に、私は何も見ていない。


 角度が悪くて、書いた字は見えなかった。四画あったことだけが分かる。四画の字は多い。

 数だけでは決まらない。私は隙間へ口を寄せる。息が向こうへ通った。


 出てきたのは粉の話だった。粒が底に残ることを、私は言う。

 隣の人は器を回す向きを替えてみろと言った。左へ回すと、底の粒が真ん中へ寄るらしい。


 袖のことは出てこない。話は器の縁の欠けへ移った。

 窪みの跡へ器を戻す。縁が揃うところまで押した。


 揃うのは二つ目の跡までだ。三つ目は薄くて、縁の位置が分かりにくい。分かりにくいところは、指で底の丸みをたどって決める。

 押した指に粉が付く。器の底から来ている。

 底に残る粉は、洗っても少し残るらしい。

 三つの器のうち、粉の器だけがそうなる。粉は白くて、指の腹の皺のところに残った。爪の間には入っていない。

 指を布で拭く。布に残った跡は、乾くと消える。

 消えるまでの間、私は跡を見ていた。見ている間、房は静かだった。廊下の灯だけが棒の間から入っている。


 跡は指の三本ぶんの幅で、端が濃い。押していた時間の長いところになる。濃いところから薄くなっていく。

 薄くなる順は、押した順と逆だった。


──────────────────


職員の異動の通知


異動の別 職を解く

発令の日 本年九月二十三日

後任 置かない


一、当該の者


当該の者は当園の獣医の部門に在職していた。在職の期間は所定の欄に記してある。採用の年月日と、当園への配置の年月日も、所定の欄に記した。


二、異動の別


異動の別は職を解くものとした。発令の日は本年九月二十三日であった。本年度の同じ別の異動は二件である。


二件とも当該の欄の記入は済んでいた。異動の事由を記す欄は、本通知に置いてある。当該の欄には所定の語を記した。


語は五つのうちの一つになる。


三、後任


後任は置かないこととした。置かない旨を記す欄は、本通知に無い。当該の職の担当した業務は、他の三名で分けることとした。


分けた別を記す欄は、当園の側の控による。


引継ぎの書面の有無を記す欄は、本通知に置いていなかった。


四、異動先


異動先を記す欄は本通知に置いてある。


当該の欄は空のままである。記入する者の欄も、本通知に置いてあった。そちらの欄も空のままになっている。


本年度の同じ別の二件も、異動先の欄は二件とも空であった。


四の二、返した物


貸与した物の返納の記録は、当園の側の控による。


返納の月日は本年九月二十三日であった。返さなかった物の別を記す欄は、本通知に置いていない。


四の三、鍵と札


貸与した鍵は本年九月二十三日に返納されている。


札の返納の記録も同じ日にあった。札に記した番号を抹消する手順は、当園の側の定めによる。抹消の月日を記す欄は、本通知に置いていない。


四の四、鍵と札の外の物


当該の者が私物として持ち込んだ物の記録は、当園に置いていない。持ち込みの届の様式も無かった。


置いて行った物があるかどうかを、当部門では確かめていない。


五、現在の所在


当該の者が現に何処に在るかを、本通知では確かめていない。


作成 人事の事務の係

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。