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人間館 ―絶滅危惧種ヒトの飼育記録―  作者: 智珠
第七章 機構

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第087話 隙間の糸

妊孕の個体の給餌の増量 取り扱い


増量の帯 四

増やす時期 確認の日から

量を減らす場合 定めなし


一、増量の帯


増量は帯によることとした。帯は四であった。帯の別は体重による。


第一の帯は四十五キログラム以上とした。第二の帯は五十五キログラム以上になる。第三の帯は六十五キログラム以上、第四の帯は七十五キログラム以上であった。


第一の帯より下の帯は、本取り扱いに置いていない。


置かない理由を記した書面も、当部門に残っていなかった。


一の二、帯の下限


帯の下限を記す欄は本取り扱いに置いていない。


下限を下回った場合の扱いも定めていなかった。体重の記入が無い場合は、第一の帯によることとした。本年度に該当した例は一件であった。


一の四、帯を跨いだ場合


計測の結果が帯を跨いだ場合は、上の帯によることとした。跨いだ旨を記す欄は記録の側に置いてある。下の帯へ戻った場合の扱いは、本取り扱いに定めていなかった。


一の三、帯の別を決める者


帯の別を決めるのは給餌の係になる。


決めた者の欄は記録の側に置いてある。決めた月日を記す欄は、本取り扱いに置いていなかった。


二、増やす量


第一の帯の増量は一日につき百二十グラムとした。第二の帯は百八十グラム、第三の帯は二百四十グラムになる。第四の帯の量を記す欄は、本取り扱いに置いてあった。


当該の欄は空のままである。増やす物の別は、粉のものとした。汁に溶いて与える。


溶く量を記した記載は無い。


三、増やす時期


増やす時期は確認の日からとした。確認の日は届の側によった。本年度に増量した例は七件であった。


七件のうち二件は途中で止まっている。止めた事由を記す欄は本取り扱いに置いてあった。二件とも当該の欄は空のままになっていた。


三の二、量を減らす場合


増やした量を減らす場合の手順を記した書面は、当部門に残っていない。本年度に減らした例は無い。


無い旨を記す欄も、本取り扱いに置いていなかった。


三の三、確認の日より前の分


確認の日より前の分を後から足す扱いは、本取り扱いに置いていない。


足した例も、本年度に無かった。


四、記録


増量の記録は日ごとに取ることとした。取る者は給餌の係としていた。記録の綴は棟ごとに分けてあった。


綴の保存の年限は三年である。


四の二、記録の照合


増量の記録と届の記載との照合は、月の終わりに行うこととした。行う者は給餌の係としていた。照合が合わなかった場合の扱いを記した記載は、本取り扱いに無い。


五、本取り扱いを改めた月日


本取り扱いを最後に改めたのは令和二百十一年七月であった。


改めた箇所は第三の帯の量のみになる。改める際に用いた資料の名を、本取り扱いに記していない。


──────────────────


 目が覚める。天井の継ぎ目は頭の上を横に走っている。十二日目だ。

 日は一つずつ増えていく。私は起き上がって、寝床の布を畳む。折り方は決めてある。


 畳んでいる間に、廊下で扉の開く音がした。突き当たりのほうになる。

 音の後で、足音は来ない。開けただけで、誰も通っていない。


 三つに折って、端を台の奥へ寄せる。

 誰かが決めた形ではなかった。


 外の数は八十五で止まったままになる。二つを足す方法を、私は持っていない。

 足したい訳ではない。二つあるほうが、数える物は多くなる。


 園にいた頃は数が一つだった。あの数は紙のほうが持っていた。窓の下の端が明るい。

 空の色は白で、日の在処は分からない。窓の枠は金で、触ると指の熱を取っていく。枠の下の埃は、先週なぞった線がそのまま残っていた。


 線は途中で切れている。止めたのは私で、端まで引かなかった。


 引かなかったところに、新しい埃が乗り始めている。

 乗った分は、まだ薄い。


 手足が冷たい。腹の上へ掌を置くと、そこだけ温い。

 胸は張っている。押すと、少し遅れて奥から痛みが来た。


 痛みの位置は先週より内側にある。指の一本ぶんずれた。押す強さは変えていない。強さはそのままで、届く先が動いている。


 左と右で差がある。右のほうが硬く、遅れてくる痛みも長い。長さを数えると、右が四つで左が三つになった。

 二度目も同じ数になる。腹はうっすら丸くなっている。立って見下ろすと、膝が見える。

 膝が見える。丸さは大きくない。

 前は足の指まで見えていた。髪は肩の下まである。紐は無い。


 外されたのは十二日前で、その後は誰も持ってきていない。指で梳くと、右の耳の後ろで一度引っ掛かる。解くのに七つ数える。

 解いてから、私は髪を後ろへ寄せる。押さえても、すぐ前へ落ちてくる。


 桶の水で顔を洗う。指の第二の関節までが冷たい。漱いだ水を隅の穴へ落とす。

 格子の目は指が通らない。

 落ちる音は短い。下に何があるかを、私は知らない。戸の棒は十九本ある。数え直しても変わらない。

 前の房は十七本で、その前の房は十九本になる。三つのうち二つが十九だった。


 棒の太さは指の一本ぶんで、握ると掌の内側が全部当たる。朝の器が来る。

 三つある。昨日までは二つだった。数えて、二度目も三つになった。


 一つは粥で、一つは汁だ。増えた一つには粉が入っている。


 粉は白い。指で触ると、爪の間へ入った。量は器の底から指の一本ぶんほどある。

 上の面は平らにならしてあった。ならした跡が残っている。匙の背でやったらしく、筋が三本入っていた。


 匂いを嗅ぐ。乳の匂いに近いが、少し甘い。

 甘さは砂糖の甘さではない。舌へ乗せると、後から広がる。


 汁へ入れて溶く。やり方を教えた人はいない。

 入れる時に、粉が少し外へ散った。落ちた分は台の上に残る。

 指で集めて舐める。台の板の味が少し混じる。


 匙が無いので、器を回して混ぜた。回す向きは右になる。

 溶けきらない粒が底に残る。指で拭って舐めた。

 飲んだ後で、口の中に膜が残る。舌で上顎をこすると取れた。取れた分は飲み込む。

 残りは水で流した。水は桶のものではない。汁の器に少し残しておいたものになる。


 粉の器には縁の欠けが無い。

 三つのうち、これだけ新しい。底に刻みがある。数字ではなく、線が二本入っていた。


 二本の線は長さが近い。

 間は指の半分ほどある。

 器を戸の脇へ寄せる。三つを縦に並べた。

 窪みの跡は二つしか無い。三つ目は跡の外へ置いた。


 跡の外の板は、跡の中より色が濃い。器の底が触れていない分だけ濃い。並べた順は粥、汁、粉になる。

 順を決めたのは私だ。壁を見る。床から二十センチほどのところに隙間がある。

 隙間の幅は指の二本ぶんだ。奥行きは腕の半分ほどになった。


 昨日、そこから風が来た。

 今日は動いていない。

 風の来る日と来ない日がある。数えると、十二日のうち四日だ。

 四日とも朝で、昼から後には来ていない。理由を知る手立ては無い。


 隙間の縁は削ってある。指でなぞると、角が丸い。丸いのは向こうの側だけになる。

 手前は角が立っていた。


 隙間は前の房には無かった。ここへ来て五日目に見つけたものになる。見つけたのは、床を拭いていた時だ。

 手が風に当たった。私は膝をついて、顔を近づける。向こう側は暗い。

 目を慣らすと、床の色が少し分かる。こちらと近い材らしい。

 継ぎ目の位置は分からない。隙間から覗ける幅は、掌ほどしかない。


 暗いところに何かが動いた。

 布の擦れる音が来る。


「そっちも三つになったね。粉のは溶かして飲むといい。粒が残ると喉に引っ掛かる」


 声が来た。壁の内側を伝ってくる分、少しこもっている。

 こもっていても、言葉は聞き取れた。隙間の幅のぶんだけ通っている。


 声は低くて、切らずに続く。二文で止まった。女の人の声だ。

 年は上らしい。喉の奥に少し掠れがある。


 掠れは息を継ぐところで濃くなる。継ぐのは二文の間に一度だけになる。


 私は隙間へ口を寄せる。

 息が向こうへ行くのが分かった。

 自分の息が壁の内側で返ってくる。音は乾いていた。


 声を出す前に、私は一度息を継いだ。それから口を開ける。


 いつからそうなのかを、私は隙間の向こうへ向けて言った。

 言った後で、答えが来るかどうかは分からないと気づく。


 この人のところは春から三つになっているらしい。半年ぶん先に喉を痛めている。

 慣れると平気になると言った。


 この人は笑った。声は短くて、鼻から抜ける。笑ってから、咳が二つ出た。

 咳の後で、また笑う。二度目の笑いは短い。息が足りていない。


 私も笑う。

 少し経ってから、笑ったことに気づいた。肩が一度上がって、それから下りた。落ちる時に息が抜ける。

 気づいてからも、口の形は戻らない。

 しばらくそのままでいる。

 私も笑い方を覚えている。園にいた頃に、洗い場でよく笑った。

 水の音が大きい場所で、声を張らないと聞こえない。張ると、笑いも大きくなる。


 あそこには三人いた。どの人も私より年が上だった。あの頃の笑い方は、口を開けるほうだった。

 今のは鼻から抜ける形になる。


 替えた覚えは無い。いつからかは分からない。

 隣の人は名を言わなかった。私も訊かない。


 番号を訊かれる。

 訊かれるのは久しぶりだ。係の人は名も番号も訊かない。

 向こうには紙が無い。持たない相手に答えるのは、これが初めてになる。新しいほうを言う。

 零が二つ、それから七と三。言い終わると、向こうで布が動いた。少し寄ってきた音になる。


 番号を声に出したのは、これが初めてになる。

 札の枠で見ただけだった。言ってみると、口の形が古いほうと近い。零が二つのところは動いていない。

 違うのは後の二つで、順が入れ替わっている。それは言わなかった。


 向こうの番号は、四つ目が二百八になるらしい。近くはないと この人は言った。

 灯の数え方は同じでいけるとも言う。


 灯の数え方が何かを、私は知らない。


 二百八という数を、私は口の中で繰り返した。零が二つの後ではない。

 この人の番号は、私のとは形が違う。それだけは分かる。訊く前に、この人は続けた。


 廊下の灯は六つある。四つ目だけ光が弱い。六つの間は揃っていて、天井の真ん中に一列で並んでいた。


 四つ目は端から数えて四つ目になる。どちらの端から数えても四つ目にはならない。突き当たりの戸の側から数えた四つ目だ。

 この人はそう数えている。弱いのは前からで、直しに来た者はいない。


 隣の人はそれに名を付けている。「ねぼすけ」と呼ぶらしい。

 朝、灯が点く時に、四つ目だけ遅れて点く。遅れは二つ数えるほどになる。


 遅れる灯に名が付いていると、待つ間が短くなるらしい。名を付けたのは この人ではない。前にここにいた誰かが付けた。

 その人が何処へ行ったかを、この人も知らない。だから起きる合図は四つ目にする。あれが点いたら、寝床を畳む。


 私はそれを聞いて、天井のほうを見た。

 房の中に灯は無い。廊下の光が棒の間から入るだけになる。棒は十九本ある。


 光は床に十九本の筋を作る。筋の幅は上のほうが広い。

 隙間の向こうで何かが擦れた。紙の音ではない。

 糸だ。指で繰る音になる。


 音は短く続いて、途中で止まった。間を置いて、また続く。隙間の縁に何かが触れる。

 細いものが、こちらへ向かって伸びてきた。


 隙間から糸が出てくる。腕の一本ぶんある。私は髪を二度巻いて、端を結んだ。


 結び目は右の耳の後ろにある。二度巻きの形は前と同じだ。結ぶ時に、指が二度滑った。

 糸が細くて、掴む場所が薄い。三度目で入った。それから私は結び目を軽く引く。


 引いても解けない。確かめてから、手を下ろした。

 糸の端は切ってある。断面が斜めになっていた。


 斜めなのは、歯で切ったためになる。刃物はここに無い。

 髪が顔に掛からなくなる。前が広く見える。

 髪の重さが後ろへ移る。首の後ろが少し軽い。


 軽いのは重さが減ったためではない。掛かる場所が変わっただけになる。私は隙間へもう一度顔を寄せた。


「何処からですか」


「敷いてあるやつの端から一本ずつ抜くんだ。一日に一本なら、誰にも分からないよ」


 向こうで布が戻る音がした。膝を崩したらしい。糸をもらったとは、この人は言わない。

 私も礼を口にしなかった。言わないほうが続くらしい。前の房でも、そういう受け渡しはあった。


 私は敷いてある布の端を触る。織り目の端が少し解けている。

 解けているのは戸に近い側だ。頭を置くほうは詰まっていた。


 詰まっているところから抜くと、跡が残る。

 跡の出ない側から抜く形になる。


 解けた先に糸が出ていた。

 引くと、指の長さのぶんだけ抜ける。


 抜く時に、布の面が少しつれる。

 つれた分は指で撫でて戻した。


 戻しても、跡は残る。近くで見ると、織り目が一列だけ空いている。抜いたものは戻さない。

 掌に巻いて、寝床の下へ入れる。入れた場所は覚えておく。前の房でも同じことをした。


 前の房に入れたものは、置いたままになっている。

 髪の毛が二本と、木の粉が少し。


 持って出られるとは限らない。

 持って出られなかった。

 糸を巻いた掌を開く。


 手の平に細い跡が残っていた。

 跡は三本で、巻いた回数に合う。


 押した力の分だけ赤い。


 赤みは消えるのが早い。

 数えると、十ほどで元へ戻る。午前の途中で、廊下に音が来る。台車の車の音になる。


 車は四つで、一つが高く鳴る。位置は右の前になる。音は戸の前で止まった。

 鍵の音が一度する。二人入ってくる。薄い緑のものを着ていた。

 一人は板を持っている。もう一人は手袋をしていた。板の紙は四枚になる。

 先週より一枚多い。


 多い一枚は上から二番目に挟まっていた。角が折れていない。

 今日刷ったものかどうかは分からなかった。


 紙の色は他と変わらない。

 私は立つ。

 膝が鳴るのは右だけだ。


 台のある部屋へ連れて行かれる。

 廊下を右へ二度曲がった。


 曲がる度に床の音が変わる。

 二度目の後は硬い音になった。


 硬いところの床は継ぎ目が細い。足の裏へ細かく伝わってくる。高い側の壁には管が一本走っていた。

 塗りの色は壁に寄せてあった。管は途中で二つに分かれる。片方は下へ降りて、小さい戸の脇で消えていた。


 途中で戸が四つある。

 三つ目の戸から光が出ていた。


 光の幅は先週と近い。

 床へ細く伸びていた。

 部屋の戸は先週と変わらない音で開いた。


 低くて、途中で一度引っ掛かる。


 引っ掛かる場所は下の溝になる。

 砂は掃かれていない。


 台に乗る。履いているものは脇へ置いた。置く場所は覚えている。

 指を差される前に置いてある。足の裏が冷たい。縮むと数が動く。


 動かなくなるまで待つ。


 長さは十六ほどになった。

 先週は十四で、その前は十二だ。三度とも増えている。

 増える幅は二ずつになる。次は十八かどうかを、私は知らない。

 台の面は前の人が乗った後で、掌ほどの広さが温い。温いところは真ん中から少し右に寄っていた。私は真ん中へ足を置く。


 置いてから、爪先を少し開く。

 そうすると、体が動きにくくなる。係の人が数を読む。声には出さない。


 紙へ書く音が来る。二画で終わった。

 次に腹のまわりを測る。布の紐を回された。

 紐は先週のものになる。手で持つあたりの刷りが薄くなっている。


 薄いところは、先週より広がっていた。幅は数えられない。回した後で、指で一度たわみを取る。

 それから数を読んだ。

 読んだ数は私に向いていない。台の面もこちらを向いていない。背丈は今日は測らなかった。

 横木は下りてこなかった。代わりに、耳へ細い先が入る。入る前に、係の人は耳たぶを下へ引いた。


 鳴るのは一度きりだ。先が抜けると、その人の目は紙のほうへ落ちる。

 先を布で拭いてから、脇の器へ置いた。

 器には四つ並んでいる。置いた物だけが縁に寄っていた。


 四つのうち二つは向きが逆になっている。先を左へ向けてある。


 先が右のものは二つで、そのうち一つが今日の分になる。寄せ直す手は来ない。先週もそうだった。

 部屋を出る。歩く向きは、来た時と逆になった。

 途中で、板を持つ人が足を止めた。紙を一枚めくっている。

 めくった先を、こちらからは見られない。角度が悪い。

 その人は紙を戻して、また歩き出した。歩幅は前と変わらない。

 めくった時の音は二枚ぶんだった。戻した時の音は一枚ぶんになる。差の一枚が何処へ行ったかを、私は見ていない。


 房の前へ戻る。二人は戸を開けて、私を入れた。

 戸が閉まる。鍵の音が一度した。


 足音が二つ遠ざかる。速さは揃っていた。昼の器が来る。

 二つだ。運んでくるのは朝と別の人になる。靴の音が重い。


 戸の下から器を入れて、そのまま行く。

 顔は見えない。朝より一つ少ない。粉のものは朝だけになるらしい。


 汁の菜は三切れだった。朝は四切れ入っている。私は三切れを数えてから食べた。

 数えたことは紙に残らない。残らないものを数えるのは、外にいた間からの続きになる。


 外では段差を数えた。三百二十六で止めて、そこから先は数えていない。

 三切れのうち、二切れは葉で、残りは茎だ。今日のは先週より短く切ってある。短いのは切る者が替わったためかどうか、確かめる手立ては無い。


 昼の後で、私は房の隅に座る。壁の二本の継ぎ目のうち、右の一本に背を当てた。


 当てると、板の冷たさが背の骨に沿ってくる。骨の位置がそこで分かる。

 冷たさは肩の下で止まった。腰までは来ない。

 昼の後で、廊下に人の声がした。二人ぶんになる。


 言葉は分からない。高さだけが来る。どちらも低い。

 長さは短かった。


 声は戸の前を通り過ぎて、突き当たりの戸で切れた。切れてから、房はまた静かになる。

 昼の間は廊下に人が来ない。灯だけが点いている。


 灯の下を通る者がいると、床の筋が一度切れる。今日は切れていない。

 私は隙間へ顔を寄せた。向こうは静かだ。

 息の音は細くて、上がる時と下りる時で長さが違う。下りるほうが長い。数えると、上がりが二で下りが三になる。

 三度数えて、三度目まで動かない。昼寝をしているらしい。息の音が細く続いている。


 起こさない。

 私は壁から離れて、寝床の上に座った。座ってから、髪の結び目を触る。緩んでいない。


 触るのはこれで四度目になる。どの時も同じ形をしていた。

 触りすぎると、糸が擦れる。私は手を下ろして、膝の上へ置いた。


 午後の光は棒の間から入ってくる。筋の幅が朝より狭い。

 筋は床を渡って、反対の壁の下で切れている。終わる高さは足首のあたりになる。壁を上がる分の光は無い。

 床で止まる形になっていた。狭いのは日が高いためになる。筋は床の真ん中まで届かない。


 私は筋の数を数える。十九ある。棒に合う。


 棒と筋を一本ずつ合わせていくと、途中で一本ずれた。ずれたのは光の角度によるらしい。目の位置を下げると、ずれは消える。

 筋の間は等しくない。真ん中の三本だけ、間が広くなっている。


 広いのは棒の並びではなく、光の来る角度によるらしい。朝は違う場所が広い。数えてから、筋の一本を指でなぞった。

 影が筋を消す。


 消えた分は、指を離すと戻ってくる。速さは行きと変わらない。

 午後の途中で、腹の中が一度動いた。押されたのではなく、内から来る。

 動きは短い。二つ数えるほどで止まった。

 私は掌を当てて、次を待つ。次は来なかった。

 数えたのは三十までになる。待つのをやめてから、掌をそのままにしておく。温さだけが残る。


 夕方に、灯が点いた。四つ目だけ遅れる。遅れは二つ数えるほどだ。

 隣の人の言った通りになる。六つのうち、五つは一度に点いた。四つ目だけが後から来る。


 後から来る一つを待つ間、廊下は五つぶんの明るさになる。五つぶんの明るさは、床の筋を十九本作らない。何本かが薄い。


 私は四つ目を見る。光は他の五つより黄色い。

 黄色は日の下りた色に近い。箱の中で見た色を思い出す。

 あの色は二十ほどの間で消えた。これは残ったままだ。


 黄色いのは弱いためになる。光が弱いと、床の筋も細くなる。細くなった筋を数えても、やはり十九ある。

 数は光の強さで変わらない。隙間の向こうで布が動いた。起きたらしい。


「ねぼすけは今日も遅かったね。あれを直しに来たのは、うちが来るより前だってさ」


 この人が来たのは春だ。直したのはそれより前になる。


 どれくらい前かを、この人も知らない。前にいた誰かも、その前の誰かも知らないらしい。灯だけが残っている。

 私は隙間へ口を寄せた。息が向こうへ通るのを待つ。


 私は訊いた。


「痛いですか」


 喉のことを訊いた。粉の粒が引っ掛かる話の続きになる。

 返事は来ない。布の音だけが続いている。


 しばらくして、向こうで水を飲む音がした。飲む前に、器を持ち上げる音がある。

 持ち上げてから、少し間が空いた。飲む音は三度で切れる。それから静かになった。


 夕方の器は来ない。夜の器までの間が長い。

 その間、私は房の壁を端から端まで触った。継ぎ目は縦に二本ある。


 二本の間は、私の腕を広げた幅より少し狭い。二度測って、二度目も変わらない。指の三本ぶんだけ足りなかった。

 夜になる前に、隣の人は一度咳をした。咳は続けて四つ出る。


 四つ目の後で、水を飲む音がした。

 飲んでからは静かになる。夜の器が来る。二つだ。

 私は粥を先に飲む。汁は後にする。

 粥は朝より薄い。器の底が透けて見えるほどになる。

 底には刻みが無い。夜の器は朝の粉の器とは別のものだ。


 順を替えたのは今日からだ。替えた理由を書く欄は、何処にも無い。器を戸の脇へ寄せる。

 二つを縦に並べた。朝の粉の器は、係の人が昼のうちに持って行っている。三つ目の場所は空いたままになる。


 並べると、朝より一つぶん短い列になる。窪みの縁からはみ出さない。


 朝の粉の器は、係の人が持って行っている。三つ目の場所は空いていた。

 空いたところに、私は掌を置く。板の冷たさが来る。

 冷たさは掌の真ん中から広がった。端まで行くと、そこで止まる。


 夜の灯は昼より暗い。四つ目は点いていない。夜の間、四つ目は消えている。

 落ちる時刻を、私は数えていない。


 板の冷たさは、掌を離しても指に残っていた。数えると八ほどで消える。消えてから、私は掌をもう一度当てた。

 二度目の冷たさは一度目より短い。寝床へ入る。布の厚みは先週から動いていない。


 入る前に、私は房の中を一度歩いた。五歩と三歩で、先週と変わらない。

 歩幅も変えていない。腹が少し前へ出た分、重さの掛かる先が動いている。


 髪の結び目を、もう一度触った。二度巻きは崩れていなかった。

 寝返りを打っても解けそうにない。糸は細い。それでも、切れない。


 私は指で糸をたどる。端から端まで、途中に節が一つあった。

 たどる間、指の腹だけを使う。爪が当たると、糸が寄れてしまう。


 たどる速さは一定にした。速いと節を見落とす。

 節は結び目ではない。織りの時に出来たものらしい。

 節のところだけ太い。そこが指に引っ掛かる。


 節から端までは、指の四本ぶんあった。反対の端までは、それより長い。節の手前と先で、糸の撚りの向きが変わっていた。

 手前は右で、先は左になる。変わる場所が節だ。糸は二本を継いだものらしい。


 長さの差を数えると、指の五本ぶんほどになる。二度測って、二度目も動かない。


 引っ掛かる度に、私はそこを覚え直す。

 器の底の線を思い出す。二本あった。線の長さは同じくらいで、間は指の半分ほどになる。

 何を数えた線かは分からない。刻んだ者の名も無い。二本の線は、器の底の真ん中には無い。

 少し縁へ寄っている。


 寄っているのは、持つ時に掌の当たるほうになる。触れると線が指へ来る。

 壁の向こうで、糸を繰る音がした。一日に一本なら、誰にも分からない。


 誰にも分からないものを、二人が持っている。音は途中で止まる。それから、布が動く音がした。


 それから、低い声が二つ数えるほど続く。言葉は分からない。分からないままで、私は目を閉じた。


──────────────────


異常の報告


報告の事由 五に記す

照合した記録 三

当部門の措置 本部へ送付


一、報告の事由


本件の個体の届につき、処置の履歴の欄と確認の欄とが、同一の紙に記載されていることを報告の事由とした。処置の履歴の欄の記載は第二種であった。別は済であった。


確認の欄は本年九月十三日付で埋まっていた。二つの欄の間には他の欄が二つ挟まっている。挟まっている欄の記載に当部門は手を加えていなかった。


二、照合した記録


照合した記録は三つであった。


登録の記録、処置の記録、届の写になる。三つとも記載は合っていた。合っていない旨を記す欄に記入はしていない。


合っていないのは処置の履歴と確認の二つであった。当該の二つを照らす欄は、いずれの様式にも置いていない。


二の二、同じ事由の例


本報告と同じ事由の報告は、本年度に他へ一件も無い。


前年度以前の例を数えた綴も、当部門には無かった。


二の三、届の写


届の写は当園の綴から取っている。


取った月日は本日であった。写は二枚あった。二枚のうち一枚は変更の後の区分の棟の綴に、もう一枚は本報告に添えた。


三、当部門の措置


本報告を本部へ送ることとした。送付は本日であった。送り先の係の名は本報告の宛先の欄に記す。


当該の欄は本様式に置いてあった。


回答の期限を記す欄は、本様式に置いていない。


三の二、送付の記録


送付の記録は所定の綴へ入れることとした。綴は年度ごとに分けてあった。本年度の綴に入れた報告は、本件を含めて四件であった。


四、本件の個体の状況


本件の個体は当園の第二の棟に在った。本日の計測は所定のとおり行っている。給餌の増量は本年九月十四日から行っている。


増量の帯は第一であった。


五、事由の要旨


処置の履歴と確認とが、同一の紙の上に並んでいる。当部門の措置を記す欄に入れたのは、本日の日付のみ。

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