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人間館 ―絶滅危惧種ヒトの飼育記録―  作者: 智珠
第六章 野生

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84/106

第084話 下の欄

麻酔の投与の記録 様式第七号(記入の手引を含む)


体重の帯 五つ

記入する事項 三項

効くまでの時間 欄を置かない


一、体重の帯


投与量は体重の帯によって定めることとした。帯は五つであった。五つの帯は次のとおりとした。


第一が三十五キログラム未満。第二が三十五以上四十五まで。第三が四十五を超えて五十五まで。


第四が五十五を超えて六十五まで。第五が六十五を超えるもの。三十五キログラム未満の帯より下の欄は、本様式に置いていない。


置かない理由を記した書面も、本様式のほかに備えていなかった。


一の二、体重の記入が出来ない場合


体重の記入が出来ない場合は、最も低い帯によることとしていた。その旨を記す欄は本様式に置いてある。本年度の記入は三件であった。


三件について、後から体重を測って書き足した例は零件になる。三件のうち二件は同じ月の内に受けたものであった。月の別を記す欄は本様式に置いていない。


一の三、量の表


帯ごとの量は別の表によることとした。


表は本様式の裏に刷ってある。表の数値を改めた例は二度あった。二度とも帯の数は変えていない。


二、記入する事項


記入を要する事項は三項とした。投与した者と、投与の時刻と、投与の部位であった。投与した者は係の番号による。


氏名を記す欄は置いていない。


二の二、部位の別


部位は四つの区分によることとしていた。


上腕、大腿、臀部、その他の四つになる。


「その他」を選んだ場合に、何処であったかを書き添える欄は本様式に無かった。本年度の「その他」は七件であった。


二の三、用いる器具


用いる器具の種別を記す欄は置いてあった。


銃、吹き矢、手による、の三つになる。銃を用いた場合の距離を記す欄は無かった。定めるよう求めた例も残っていない。


三、効くまでの時間


投与から効くまでの時間を記す欄は、本様式に置いていない。


記させる旨を起案した書面も残っていなかった。


三の二、一度で効かなかった場合


一度で効かなかった場合は、二度目を投与することとした。二度目までの間を記す欄は無い。本年度に二度目を投与した例は四件であった。


四件について、一度目の量を記した欄は空のままになっている。


四、様式の改め


本様式の制定は令和百五十一年であった。以後の改めは二度になる。二度とも量の表についてのもので、帯の数は制定の時から五つのまま変えていない。


五、保存


本記録の保存の年限は三十年とした。写を作る扱いは置いていなかった。本様式を用いた記録の本年度の枚数は二十九枚であった。


二十九枚のうち、三項とも記入のあるものは二十六枚になる。


原本の所在を記す欄も本様式に無かった。


──────────────────


 朝に目が覚める。板は乾いている。

 三日つづけて乾いていた。

 屋根は漏らない。雨は二日目の夜に一度降った。


 降った量は多くない。音は屋根の上で細かく続いて、途中で間が空いた。間の空いたところで、私は数を止めた。

 そこまでの数は四十一になる。脇の小屋の匂いは薄くなった。舟の脂と縄の匂いは前からある。


 前からあるものを、鼻が拾わなくなった。三日で拾わなくなった。

 拾おうとすると戻ってくる。頭を低くすると、脂のほうが濃い。


 起きる。膝から先に立てる。ここの板の目は横に走っている。

 肘の当たる向きが前の小屋と違う。三日で慣れた。


 外へ出ると、舟の置き場は水へ向かって下っている。

 一番下に舟が二艘ある。二艘とも伏せてある。底に苔が付いていて、付き方は片方が濃い。

 濃いほうは奥にある舟だ。日の当たる時間が短い。


 舟は二艘とも底に字が書いてある。字は番号ではない。字の数は二つだ。

 二つの字は、二艘で違う。一方は横の線が多くて、もう一方は縦が多い。


 字は焼いて入れてある。深さは標の横板より浅い。

 板の木が柔らかい。指でなぞると、線の底に土が入っている。掻き出しても、次の日にはまた入っていた。


 顔を洗う。

 使う水は桶から出した。


 桶は縁が黒い。髪を括る。


 紐は二度巻いて留める。今朝も二度で足りた。


 水を汲みに下りる。

 道は舟の間を通る。通る幅は肩の幅より少し広い。荷を持っている時は、体を斜めにした。


 水際の石は三つ並んでいる。

 真ん中が一番平たい。左の一つは面が斜めで、乗ると踵が下がる。

 今朝は真ん中に立って汲んだ。昨日は右に立った。右の石は今日、半分沈んでいる。


 水の面は昨日より下がっている。差は指の半分ほどだ。昨日は雨の後で上がっていた。

 増えた分は一日で戻る。

 戻る速さは、岸の石の沈み方で分かった。今日は三つとも水の上へ出ていた。石を数える。

 数えると二十七ある。

 前の小屋から運んだのが二十四で、ここで拾ったのが三つだ。


 三つは道の脇で拾った。三つとも角が立っている。

 角の立っている石は、包みの結び目の側へ置く。丸いのを下にすると、寝返りの時に当たらない。


 草の束は無い。前の小屋の天井に置いてきた。十一のまま残してきた。


 数える物が一つ減った。足りない分は、石が三つ増えて埋まる。

 埋まらない分がある。草の束は音が出た。石は音が出ない。

 小屋の板は九枚ある。前の小屋は八枚だった。一枚多い分、寝る向きが横になる。

 横になると、頭の先が壁から指の三本ぶん離れる。

 前の小屋では、拳の一つぶん空いていた。


 壁と板の間に隙間は無い。風は戸の下からだけ来る。

 戸の下の隙間は、右の端が一番広い。広さは指の一本ぶんになる。


 そこへ手の甲を当てると、外の温さが分かる。今朝は当てても出てこなかった。分からないのは、外と中の差が小さい日になる。

 屋根の裏の釘は七本のままだ。頭の面は三日で少し曇った。

 曇りは触ると落ちる。曇りは指に付く。指に残る粉は白くない。


 戸の蝶番は二つある。上が新しい。三日で、上の色が少し落ちた。

 落ちたのは触った分になる。開ける時に手が当たる場所だけ、明るさが変わる。


 下の蝶番のねじは錆びたままだ。溝は埋まっている。

 回そうとした跡は無い。舟の道具は動いていない。縄が三巻きと、木の錘が四つ、網が一枚になる。


 錘の四つは並べてあって、並びの順は大きいものが左だ。二つ目にだけ縄が巻いてある。巻いた縄は細い。

 巻き数は六になる。数えたのは昨日で、今日も六のままだった。


 網は壁に掛かっている。繕った糸は色が違う。遠くからでも場所が分かる。


 繕いは二箇所ある。場所は近い。

 間は掌の二つぶんほどしか空いていない。朝の飯は魚になる。三日つづけてこれを食べた。

 一日目は焼いた。二日目も焼いた。三日目は昨日で、汁に入れた。

 今日のは頭と骨が残っている。骨は皿の端へ寄せてある。


 骨の数は数えない。

 数を出すと、身が減った気がする。骨は三日ぶんが皿の端にある。三日ぶんを一つに寄せてあった。


 寄せた山の高さは指の一節ほどだ。触ると崩れる。崩すと数が分からなくなる。

 触らずに置いておくと、山の形は変わらない。

 朝の光が横から当たる時、山の影は皿の縁を越える。影の長さは日によって違った。今朝は縁から指の一本ぶん出ていた。腹の具合は前より重い。

 前は昼の前に鳴った。ここへ来てからは鳴らなかった。


 鳴らないのは食べた量が違うためになる。手の甲の線は薄いままだ。八月の初めに切ったところで、色は周りとほとんど変わらない。


 爪を削る。柱は無い。

 ここでは舟の縁の角を使う。舟の縁は柱より丸い。削れる速さが遅い。


 削るのは左の手の爪からにする。左のほうが伸びが早い。削り終えるまでに、数えると四十ほど掛かった。

 前の柱では二十五で済んでいた。

 差は道具の側にある。私の手は変わっていない。


 足の裏は硬いままだ。踵の外側が厚い。八月から変わっていない。


 園にいた頃、七日に一度、台に乗った。台は冷たかった。乗ると数が出た。

 数は紙に書かれた。紙へ向かう人の手は見えなかった。


 ここへ来てから、乗っていない。八十五日になる。

 乗っていない分、私は自分の数を知らない。外にいるのは八十五日目になる。数え始めたのは、道で靴の紐を結び直した夜からだ。


 八十五のうち、前の小屋にいたのが八十二で、ここが三になる。三日の間に、前の小屋へは行っていない。

 道は知っている。歩けば戻れる。


 戻る用が無い。器は置いてきて、草の束も置いてきた。

 置いてきたものは、置いた場所にあるはずだ。あるかどうかは見ていない。


 三日とも、道の分かれ目の手前で足が止まる。場所は三日とも変わらない。

 止まってから戻るまでは、数えると六つほどになる。台に乗った時のことは覚えている。

 台は白くて、四角い。角は丸くしてあった。


 乗る前に、履いているものを脱ぐ。

 履物は台の脇に置く。置く場所は決まっていた。踏み外すと、係の人が指で位置を直す。


 台の上は冷たい。足の裏が一度縮む。縮むと数が動くので、動かなくなるまで待つ。

 待つ長さは、数えると十二ほどになる。待ち終えると、係の人が紙に何かを書いた。

 書く音は短い。二画か三画で終わる。書いた数を、私は見たことが無い。

 台の面は私の側を向いていなかった。


 鵜飼が舟の置き場にいる。縄を編んでいた。手の中にあるのは細い縄だ。


 編み方は三つを一組にして、順に回していく。速さは一定になる。

 指は四本を使う。親指は縄を押さえる向きへ回る。


 この人の手は、朝からずっと同じ速さで動いている。速さが落ちるのは、組を継ぐ時だけになる。継ぐところで一度止まって、端を縒り合わせる。

 縒る回数は三回で、三回とも向きが揃っていた。縒り終えると、また回りだす。始めの音は、続けている時より高い。

 編み上がった分は舟の上に乗せてある。長さは私の背丈の二つぶんほどになる。

 乗せ方は輪にして重ねる。輪の数を今朝数えると九つあった。


「その薪は右へ寄せておけ、雨が来たら屋根の下へ入れる」


 私は薪を運んで、屋根の下へ入れる。置く場所は舟の脇で、屋根の端から二歩ぶん内側になる。そこまで入れておくと、屋根の縁から落ちる水が当たらない。


 薪は十四本ある。

 抱えるのは四本ずつで、三度と、最後に二本になる。

 三度と、最後に二本になる。薪の並べ方には順がある。

 太いものを下に、細いものを上にする。太いのが下だと、上から押さえた時に崩れる幅が小さい。


 下の段は五本、次が五本、一番上が四本になる。

 合わせて三段になる。段の高さは膝の上までだ。前の小屋の積み方と揃っている。


 積み終えてから、私は端を揃えた。端を合わせるのは手前にする。奥は壁に付いていて、揃っているかどうかは見えない。


 抱える高さは胸の下だ。前と変わらない。


「下に板を一枚挟んでおけ、地面からの湿りが上がってくる」


 板を探す。舟の脇に立て掛けてあるものを一枚取る。


 板は端が欠けていた。奥へ向けて敷いた。敷いた後で、薪をもう一度動かした。

 動かした幅は指の二本ぶんになる。


 板の端が欠けている分、そこだけ隙間が出来る。隙間には細いものを置いた。

 細いものは三本あった。節はどれにも入っていない。


「今日は昼を過ぎたら人が来る、お前は小屋の側で待っていろ」


 この人は縄から目を離さずにいる。

 編む手も止めない。

 編み目は詰まっている。上のほうが強い。


 強いところを指で押すと、戻る速さが遅い。下は押すとすぐ戻った。

 三日前に編んだ分は、もう舟の上に乗っている。輪の下から二つ目がそれだ。縒った端の色が濃い。


 私は薪の列を見る。十四本の並びは、太いものが下になっている。


「誰が来ますか」


 返事は無い。

 編む音が続く。音は縄と縄が擦れる音になる。一定の間で鳴っていた。


 昼になる。飯は麦と汁だ。魚は出ない。

 器は二つとも同じ形をしている。私のは右の縁が欠けている。


 昼の汁は昨日の残りだ。実は入っていない。

 塩の当たりは昨日より強い。煮詰まった分だけ強くなる。器の内に線が一本ついていた。


 線は前の日の高さのところにある。指でなぞると、少しざらつく。


 この人は汁を先に飲む。麦は後から入れる。順は毎回変わらない。

 私は逆にしている。麦を先に取って、汁は後にする。順を替えると、最後に汁だけが残った。


 鵜飼は魚を三日つづけて出した。

 前は二日に一度だった。

 出す量も増えている。一日目は一尾で、二日目も一尾、三日目は一尾と半分になる。

 半分は頭に近いところだ。そちらは食べるところが少ない。


 少ないのを、この人は自分の皿へ置いた。私が見ていない時に動かしている。見ていない時に置いたことは、皿の並びで分かる。

 私の皿のほうが手前にある。


 この人は先に食べ終える。器を置いてから舟のほうへ行った。

 行った先で縄を置く。縄の行き先は舟の縁の上だ。


 置いた縄は編みかけだ。

 三つの組が途中で止まっている。止まった先は解けていない。

 押さえてあるものは無い。私は器を洗う。場所は戸の外の右になる。


 洗う水は桶から出す。使う量は器の半分ほどだ。麦の付いたところは指で落とす。

 汁の器は先に洗う。順は毎日変わらない。


 伏せて乾かす。

 向きは縁で揃える。

 道のほうから音が来た。

 車が来ている。


 午後の日は舟の置き場の半分まで来ている。半分より奥は影になる。

 影の境は一番手前の舟の縁のところにあった。

 境は少しずつ動く。


 動く向きは水のほうになる。

 数えると三十で指の一本ぶん動く。


 車の音を聞くのは、外へ出てから四度目だ。

 日は四度とも別になる。


 音は坂の下で一度小さくなって、また大きくなった。

 止まる。位置は舟の置き場の手前になる。屋根の端から十歩ほど離れている。


 戸が二つ開いた。

 閉まる音は二つとも揃っていた。車は白くない。

 灰に近い色で、下に土が跳ねている。跳ねた高さは膝の少し上までになる。前の輪の後ろが一番濃い。


 窓は四つある。前の二つは下ろしてあって、後ろの二つは上げたままだ。荷を積むところは箱になっている。

 戸は閉まったままだ。


 閉まっている戸に、把手が二つ付いている。


 上下に並んでいて、間は掌の一つぶんになる。

 人が三人下りてきた。

 着ているものの色は三人とも揃っている。


 色は薄い灰になる。上と下で別に分かれていて、腰のところに線が入っていた。

 一人は手に何も持っていない。

 箱を持っているのは別の一人だ。

 残る一人は長いものを持っていた。


 長さは腕の二本ぶんほどになる。


 三人とも同じ靴を履いている。

 底の厚みは、私の履いているものより厚い。

 歩くと、土に跡が残った。跡は前が広くて、後ろが細い。


 前の一人は手袋をしている。色は着ているものより濃い。箱を持つ人は手袋をしていない。指の関節のところに白いものが付いていた。


 長いものを持つ人は、両手で持っている。右が前で、左が後ろになる。三人は名を言わない。

 着ているものに札が付いている。札は胸の左にあって、字は小さい。読める大きさになっていなかった。


 三つの札は縁の丸みが揃っている。縁の丸みも、留めてある向きも変わらない。


 留め具は上に一つ。下は留めていない。

 歩くと下の端が少し浮いた。三人は並んで歩かない。前が一人で、後ろが二人になる。


 前の一人が私の前へ来る。歩幅は大きくない。止まった場所は、私から五歩ぶん手前になる。

 私は五歩ぶんの距離を見た。鵜飼の後ろを歩く時に保っていた幅と変わらない。


 揃っているのは幅だ。あちらは前で、こちらは正面になる。


「地区の窓口で受けました件の確認にまいりました。これより番号の照合をいたします」


 言い終わってから、この人は紙を見た。紙は板に挟んである。板は硬い。

 挟んである紙は三枚だ。上の一枚だけ字が細かい。


「登録の番号の欄は空になっております。空である場合の扱いは別に定めがございます」


「番号は要りますか」


 返事の前に、この人は紙をもう一枚めくった。めくった先の紙は白かった。


「番号の付与は当方の扱いではございません。本日は所在の確認までということになります」


 私は自分の腕を見る。腕には何も書いていない。

 掌には土が付いている。朝に汲んだ時のものだ。


 指の先は乾いている。湿っているところとの境は、第二の関節にあった。

 園では番号を紙の側が持っていた。体には何も無かった。

 三人は私を測らない。測る道具は持ってきていない。

 箱を持つ人は箱を開けた。中に何が入っているかは見えない。開けた向きは私の側と逆になる。


 長いものを持つ人は動かない。持ち方は下向きになる。


 先は地面を指していた。向いている先は土で、草は生えていない。


「これより所定の処置をいたします。その場から動かずにそのままでお願いいたします」


 私は動かない。

 手は下げたままにする。下げた手の指は開いている。閉じていない。


 私は逃げなかった。足は動く。足を出せることは分かっている。

 動かさずにいた時間は、数えると十二ほどになる。その間、三人も動かない。


 鵜飼も動かない。四人とも動かずにいる。

 私は薪の列を見た。十四本は三段に積んである。上の段は四本だ。


 板の端の欠けたところに、細いものが三本入っている。三本とも節が無い。明日も雨が来なければ、薪はそのままにしておける。

 鵜飼は小屋の脇に立っている。縄は持っていない。


 この人は舟のほうを見ていた。私のいるところへは顔を向けない。三人のうち一人が、鵜飼のところへ行った。

 紙を出して、何かを指す。

 鵜飼は紙に手を出さない。頷きもしない。

 口は閉じたままだ。紙を出した人は、指した先を二度なぞった。それから紙を戻す。


 前の一人が半歩下がった。下がってから、板に挟んだ紙をもう一度見る。見ている時間は、数えると八つぶんだ。数え終わる前に、紙から目を離した。

 箱を持つ人は箱の蓋を閉じた。蓋の音は短い。


 閉じてから、箱を地面に置く。箱の行き先は車の側になる。


 三人は動かない。立ったままで、前の一人が紙をめくった。めくる音は板に当たって、少し大きく聞こえる。


 水のほうから風が来た。風は舟の間を通って、私のところへ抜ける。抜ける時に草の匂いが混じった。

 青い匂いになる。刈った跡はここには無い。

 匂いは一度で切れる。風が止むと、脂と縄の匂いが戻ってきた。鵜飼はまだ小屋の脇にいる。立っている場所は戸の右で、壁から一歩ぶん離れていた。


 この人は腕を組んでいない。手は下げたままになる。

 目は舟へ向いている。舟は二艘とも伏せたままだ。

 私は一度、この人のほうを見た。

 その間、この人は動かない。長いものを持つ人が、持ち方を変えた。下向きだった先が上がる。


 上がった高さは腰のところになる。私の腰ではない。

 この人の腰になる。構えると、肩の位置が変わった。左の肩が前に出る。

 長いものは木と金で出来ている。木の部分は手で持つところで、色が濃い。濃いのは触った分だ。

 金の部分は細くて、先が短く出ている。


 構える時、この人は左の足を半歩前へ出した。歩幅は靴の半分ほどになる。肩の高さは変わらない。

 動いたのは肘の位置で、右の肘が体から離れた。距離は五歩ぶんのままだ。誰も動いていない。


 音がした。低い高さで鳴る。


 音は一度きりだ。高さは低くて、長さは短い。同じ音を前に聞いたことは無い。

 似ている音なら知っている。板を叩く音に近い。


 右の腰の上に当たった。場所は骨の上ではない。

 刺さったものは細い。長さは指の一節ほどに見えた。押される感じが一度あって、それから消える。


 押されたのは内へ向かう向きになる。感じは続かない。二つ数えるほどで消えた。

 消えてから、そこが少し熱くなる。点ではなく、掌の半分ほどの広さで熱い。


 三人は近づかない。距離は五歩ぶんのままだ。私の目の高さは、坐ってから膝の上あたりに下がった。長いものを持つ人は、持ち方をまた下向きに戻した。

 先は土のほうを指す。土に跡は付いていない。


 箱を持つ人は箱のところへ行かない。手は下げたままになる。

 指は開いている。

 私は立っている。倒れない。


 数え始める。一から三までを口の中で数える。声は出さない。

 指は使わない。前に一度、指で数えて途中で止めたことがある。石を数えていた時になる。


 四から九まではすぐに済む。何も変わらない間は、数が早くなる。

 十を数えたところで、足の裏を確かめる。土は乾いていて、細かい石が混じっている。


 十一から十三まで数える間に、舟の伏せてある向きを見る。変わっていない。

 十四で、日の当たり方が変わる。雲が動いたのではない。

 目が変わる。周りの明るさが少し下がった。


 十五から二十まで数える間に、右の腰の上が温くなる。当たった場所より下が温い。

 温いところは広がっていく。速さは指の一本ぶんずつになる。

 二十一で、耳の音が遠くなる。縄の擦れる音は聞こえない。


 鵜飼の手はもう動いていなかった。止まっているものは音を出さない。二十二から二十五まで数える間に、舌の付け根が乾く。

 乾くと、数える口の形が崩れた。崩れても続けられる。


 二十六で、膝の力が抜ける。左が先になる。

 右はそのまま立っている。左の膝が内へ入る。その分、体が半分下がった。


 二十七から三十まで数える間に、下がった体を戻そうとする。

 戻らない。腿の前が張るところまでは動く。そこから先が来ない。


 三十一で、私は坐った。場所は土の上になる。尻の下に小さい石が一つある。

 硬い。石だと分かるが、動かす手が出ない。

 三十二から三十六まで数える間に、掌が土に着く。掌の向きは内を向く。三十七で、三人のうち一人が近づく。

 歩幅は前と変わらない。


 靴の底が土を擦る音がする。一歩に一度で、間は空いていた。

 三十八から四十三まで数える間に、数の形が口の中で崩れ始める。崩れても、順は飛ばない。


 四十四で、手が私の腕を取る。手の位置は肘の上になる。力は強くない。

 持ち上げるためではない。指の腹が四つ当たっている。四十五から四十八まで数える間に、取られた腕の側だけ温さが分からなくなった。


 もう片方は分かる。そちらを私は数えるのに使う。

 四十九で、もう一人が来る。二人になった。

 二人は向かい合わせに立たない。片方が頭のところで、片方が足のところになる。


 五十から五十五まで数える間に、背中の力が抜ける。順は膝から腰へ、腰から背中へになる。

 五十六で、私は横になった。土が頬に当たる。

 土の温さは日の当たっていた分ある。頬に当たるところは温く、上に出ているところは温くない。


 五十七から六十まで数える間に、目を閉じずにおいた。閉じると数が飛ぶ。前にそうして一つ飛ばした。


 六十一で、目の前の物の縁が二重に見える。

 二重に見えるのは舟の縁だ。伏せてある舟の、下の縁になる。二本は少しずれている。


 六十二から六十六まで数える間に、ずれの幅が広くなる。広くなる速さは、数の四つに一つずつくらいになる。六十七で、苔の付き方が分からなくなった。

 濃い薄いが一つに見える。


 朝は分かれていた。奥にある舟のほうが濃い。六十八から七十二まで数える間に、息の数と数える数が合わなくなった。息のほうが遅い。


 七十三で、声が聞こえた。何と言ったかは取れなかった。

 高さが残る。

 低い声になる。長さは短い。


 七十四から七十七まで数える間に、返事の声は来なかった。七十八で、鵜飼の靴が見えた。靴は小屋の脇にある。

 動いていない。位置は前と変わらない。爪先の向きは舟へ向いている。


 七十九から八十二まで数える間に、靴のほかが見えなくなった。

 見えている幅が狭くなった。残った幅の中に、靴が二つ入っている。

 八十三で、指の先が冷たくなった。掌には来ていない。


 掌はまだ温い。境は指の付け根のところにある。八十四から八十六まで数える。


 八十七で、数が飛んだ。飛んだ分を戻して、八十六からもう一度上げる。八十七。

 八十八。八十九。


──────────────────


捕獲の実施の報告


出動した者 三名

用いた器具 銃

数 六に記す


一、出動した者


本件に出動した者は三名であった。うち一名は投与を行う者であった。残る二名の役割を記す欄は本報告に置いていない。


一の二、要した時間


現場に着いてから離れるまでは三十七分であった。


移動の時間は含めていなかった。着いた時刻と離れた時刻を記す欄は本報告に置いてある。二つの差を出す扱いは置いていない。


二、用いた器具


用いた器具は銃とした。用いた管は一であった。銃を用いた場合の距離を記す欄は本様式に無かった。


現場で測った者もいない。


二の二、体重の帯


体重の欄は空とした。


測る器具は携行していなかった。


体重の記入が出来ない場合は最も低い帯によることとしており、本件も最も低い帯によった。当該の帯より下の欄は本様式に置いていない。


三、部位


部位は「その他」とした。


何処であったかを書き添える欄は本様式に無かった。


四、届出との照合


本件は九月五日に受けた届出による。


届出の申立てにあった日数と、現場で聞き取った日数は合わなかった。合わない旨を記す欄は本報告に置いてある。合わなかった場合の扱いを定めた記載は無い。


五、立ち会った者


現場に居住する者が一名立ち会った。立ち会った者の氏名は所定の欄に記した。立ち会いを求めた者の別を記す欄は本報告に無かった。


当該の者が自ら立ったのか、求めに応じたのかは残っていない。


立ち会った者が申し立てた事項は無い。


六、数


出動は三名であった。用いた車輌は一。用いた管は一。


要した時間は三十七分。体重の欄に記入のある件は零件。効くまでの時間を記す欄は本様式に無い。


投与の後、現場で数を取った者がある。数の意味と単位を記す欄は本報告に置いていない。取った数は百二十七である。

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