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人間館 ―絶滅危惧種ヒトの飼育記録―  作者: 智珠
第六章 野生

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第083話 脇の小屋

地区の取次の帳(写)


取り次いだ件 本年度 七件

取り次ぎ先 居住区分の窓口

礼の扱い 当区で受けない


一、取り次いだ件


本年度に当区で取り次いだ件は七件であった。七件のうち、個体に係るものは二件になる。残る五件は境の標と、道の水と、野の火についてのものであった。


件の別を書き分ける欄は本帳に置いていない。


二件と五件の別は、当番が数えて出したものになる。


一の二、取り次いだ者


取り次いだ者の名は各件に記した。七件のうち、同じ者が二度取り次いだ例が一件あった。二度目の件について、一度目との繋がりを記す欄は本帳に無い。


一の三、取り次ぎの様式


取り次ぎに用いる様式は当区で定めていない。


当番の手で紙へ書き、口で伝えることとしていた。書いた紙を残す扱いも置いておらず、本年度に残っている紙は零枚であった。


二、取り次ぎ先


取り次ぎ先は居住区分の窓口とした。


ほかの窓口へ回した例は本年度に零件になる。


二の二、直に持ち込んだ例


当区を通さずに直に持ち込んだ例は、本年度に一件あった。


一件について、当区へ後から知らせる扱いは置いていない。知った経緯を記す欄も本帳に無かった。当番は知っていた。


三、礼の扱い


礼は当区で受けないこととしていた。額を記す欄は本帳に置いてある。本年度の記入は七件とも空であった。


空である旨を確かめた者の名は記していない。


三の二、額の別表


額は機構の側の定めによることとした。


別表は当区に置いていない。


置くよう求めた例は本帳に残っていなかった。額を知る者は当区にいない。


四、取り次いだ後


取り次いだ後の扱いを当区で追う定めは置いていなかった。七件のうち、後の扱いが当区へ知らされたものは二件であった。


二件とも知らせは口頭になる。


四の二、区を出た例


前年度に、取り次いだ後でその者が当区を出た例が一件あった。


出た月は十月であった。理由を記す欄は本帳に無く、当番が聞き取った記載も残っていない。転出の届は出ていなかった。


五、帳の保存


本帳の保存の年限は十年とした。写は当番の代替わりごとに作ることとする。前の写との違いを照らす扱いは置いていない。


前の写を出して並べた例も、本年度は無かった。


五の二、当番の代替わり


当番の代替わりは二年ごとと定めていた。


前の当番からの引き継ぎに用いる書面は置いていない。


口で伝えた事項を記す欄も本帳に無かった。前の当番が何を伝えたかは、いまの当番の記憶によることとなる。


──────────────────


 朝に目が覚めると、板が濡れている。濡れているのは頭に近い三枚で、足の下は乾いていた。

 夜のうちに降った。いつ始まったかは聞いていない。


 屋根の漏りは三箇所ある。一つは戸口の上、一つは真ん中、一つは奥の隅になる。三つのうちで一番細いのが隅になる。

 細いところは糸のように落ちる。その下に器を置いてある。器の中の水は縁から指一本ぶん下まで来ていた。

 真ん中の漏りは太い。

 水は板の目に沿って流れて、壁のところで止まる。止まったところに白い跡が残る。跡の幅は掌の半分ほどある。


 私は起きる。八月の初めから、この起き方にしている。

 膝から先に立てる。板の縁で肘を擦らずに済む。擦ると翌日まで赤いところが残った。


 小屋の匂いは朝が濃い。板と水の匂いになる。雨の降った朝はもう一つ混じる。

 混じるのは土の匂いで、戸の隙間から入ってくる。隙間は下が広い。


 外へ出る。空は低い。雲は切れ目が無くて、東も西も一つの色になる。


 水の面を見る。

 昨日より上がっていた。

 差は指の一本ぶんになる。汲む。

 水は昨日より濁っていた。濁りは底の砂が上がった分になる。


 顔を洗う。桶の底の砂は今朝は少ない。雨のあとは砂が増える日と減る日がある。

 増えたのは風の吹いた日だ。


 髪を括る。紐は二度巻いて留める。

 二度で足りないのは、髪の湿っている日だ。今朝は二度で足りた。留めた後を指で一度たしかめる。


 腹が鳴る。朝のほうが多くて、昼の前には止む。手の甲を見る。

 八月の初めに切ったところは、線が残っているだけになった。

 線の長さは爪の幅の二つぶんで、色は周りより薄い。


 爪は伸びている。左の手が早い。

 切る道具が無いため、板の縁で削る。使うのは戸口の内側の柱で、そこだけ角が丸くなった。


 足の裏は硬くなった。踵の外側が一番厚い。歩く時に外から下りる癖が付いている。

 六月に履いていたものは、七月の終わりで底が抜けた。今の履物は市の日にもらった。右の一方が少し大きい。


 大きいほうには布を一枚入れてある。布は袖から切った。端は縫っていない。石を数える。

 二十四ある。並べてある場所は戸口を入って右で、三つずつ八列に置いてある。


 八列のうち、一番奥の一列だけ石が小さい。その一列は後から拾った分になる。

 草の束は天井から下げてある。十一のままだ。指で弾くと、十一とも高い音を出す。

 乾ききると音が変わらない。変わらなくなってからは、数のほうを見ている。

 薪は戸口の脇に積んである。横に寝かせて、上から押さえてある。高さは膝の上までになる。

 節の入った分は脇に四本寄せてある。どれも割れなかった。


 今日は当番ではない。三軒目の家で決めていて、次は明後日になる。三軒目の家へは五日か六日に一度行く。

 行くと、薪を割って、水を運ぶ。帰りに椀を一つもらう日がある。無い日のほうが多い。


 女の人は数を訊かない。割った数も、運んだ桶の数も訊かなかった。

 訊かれない分は自分で数える。前の回は薪が十四本で、桶が三つになる。


 その前は十二本と三つだった。

 数の違う理由を、私は知らない。外にいるのは八十二日目だ。数え始めたのは、道で靴の紐を結び直した夜からになる。


 その日から一度も飛んでいない。危なかった日が二度あって、二度とも石の数で戻した。朝の飯は昨日の麦の残りになる。

 器に移して、水を足して、火は熾さない。


 冷たいものは喉のところで一度止まる。止まってから下がる。速さは温いものより遅い。匙は使わない。

 器の縁から直に入れる。傾ける角度は浅くする。


 浅くすると、麦が先に口へ来る。深くすると水が先になった。

 食べ終える。器を洗う。場所は戸の外の左で、水は用水から引いていない。

 引いていないので桶の水を使う。量は器の半分ほどになる。伏せて乾かす。

 伏せる場所は板の上で、向きは縁で揃える。揃えると、暗いところでも手が迷わない。


 外は明るくなった。

 日は雲の裏にある。


 戸を開けたままにする。そうしておくと、板の濡れたところが早く乾く。

 乾く順は決まっている。戸口の側が先で、奥が後になる。


 奥の板は昼を過ぎても湿る。触ると指に付く。付いた分は膝で拭く。

 布の色が濃くなった。私は戸口の内側に立つ。器は伏せたままにしてある。


 道の下から水の音が届く。昨日より大きい。

 音の大きい日は、岸の石の並びが二つ沈む。足を置く場所が減る。


 その日は汲む場所を一つ上へ動かす。この小屋で過ごした日は七十を越えた。何日目に越えたかは覚えていない。


 覚えているのは、器の置き場が三度変わったことになる。

 一度目は戸口の側で、二度目は奥、三度目が今の場所だ。三度目に決めたのは、漏りの細いところが動かないためになる。太いほうは日によって少し動く。


 板を踏む順も決めた。二枚目と五枚目は音が出る。

 その二枚は跨いで歩く。跨ぐ幅は肩の幅より広い。その幅で踏むと、膝の裏が張った。

 外で足音がする。二人ぶんではない。一人ぶんで、間隔が広い。

 広い足音はこの辺では一人しかいない。歩幅が大きくて、踵から下りる。

 戸が開く。この人は開ける時に音を出さない。この人はいつも開けてから声を出す。


「なな、支度をしろ、今日からうちの脇の小屋のほうへ移れ」


 鵜飼が私の名を呼んだ。この人の口から出るのは初めてになる。


 名を呼んでから、懐の帳面を出した。取り出して、開かずに手に持っている。


「どこへですか」


「舟の置き場の脇になる、屋根は昨日のうちに直してある」


 この人は戸口に立ったままで、中へは入らない。足は外にある。

 肩は濡れていない。雨は明け方に上がっていた。止んだ時刻を私は知らない。


 私は器を取る。伏せてあった二つを重ねる。合わせると音が一度鳴った。


「何を持ちますか」


「その石は持っていけ、天井の草の束はそのまま置いていけ」


 石を布に包む。全部を一度に入れると、布の端が届かなかった。二度に分ける。

 十二と十二にする。包んだ布の重さは、片方が少し重い。


 奥の列の小さい石を入れた包みが、軽くなった。石は数が揃っても大きさで重さが変わる。

 草の束は天井に残す。十一とも残す。紐は解かない。


 解かずに残すと、次に来た者がそのまま使える。次に来る者がいるかどうかは分からない。戸を閉める。

 閂は無い。板を一枚立て掛ける。


 立て掛けた板は前からここにあったものになる。角が丸い。

 包みは二つある。先に大きい包みを持って、途中の曲がりまで運んだ。曲がりのところに平たい石が三つあって、その上へ置く。


 戻って、小さい包みを取りに行く。往復の歩数は片道で八十九になる。

 二度目に小屋を出る時、私は中を見た。板は九枚のうち三枚が濡れたままで、乾く前に日が翳っている。

 器はそのままにした。持っていくと、漏りの下に何も無くなる。


 草の束の紐は、天井の梁に二重に掛けてある。二重にしたのは私になる。七月に一度、緩んで下がった。


 私は歩く。鵜飼は先を行く。距離は五歩ぶんほど空いている。

 この人は振り返らない。歩く速さは変わらない。上りでも下りでも変わらなくなった。


 道は水際から広場へ上る。切ったところで右へ折れる。

 折れた先が舟の置き場になる。屋根のある場所が三つあって、脇の小屋が一番低い。

 低いところは地面が下がる。屋根の高さは三つとも揃っている。

 脇の小屋の戸は木で、蝶番が二つ付いている。上の蝶番だけ新しい。新しいほうは色が明るい。

 釘の頭がまだ光っている。

 下の蝶番は古い。ねじの頭に錆が浮いていて、溝が埋まっている。戸を押すと、上が先に動いた。

 下は少し遅れる。その幅は指の一本ぶんになる。


 閉める時は逆で、下が先に着く。下が着いてから上が寄った。

 敷居は減っている。真ん中が深くて、両の端は浅い。指を当てると、爪の半分ほど沈んだ。


 中へ入る。匂いが違う。舟の脂と縄の匂いになる。

 脂の匂いは低いところに溜まっていた。膝から下が濃い。縄は天井の側で強い。


 板は九枚で、前の小屋より一枚多い。並びは横になる。

 横に並ぶと、寝る向きが変わる。頭を置く先が戸に向かなくなった。


「荷はそこへ置け、寝る時は板の目に沿わせて頭を奥にしろ」


 私は布の包みを下ろす。二つを並べて、壁の際へ寄せる。

 置いた場所は奥の壁の際になる。壁と板の間に隙間が無い。

 水のほうの小屋には隙間があった。そこから風が入って、冬の話をする者はそれを言う。


 小屋の中に舟の道具がある。縄が三巻きと、木の錘が四つ、網が一枚になる。


 縄は太さが二種で、太いほうが二巻き、細いほうが一巻きだ。細い一巻きは端がほつれていて、ほつれた先を火で焼いて留めてある。

 錘は片手で持てる。握ると、指の付け根のところが白くなった。

 網は畳んで壁に掛けてある。破れたところが二箇所ある。二箇所とも糸で繕ってあった。

 使った糸は網の糸より新しい。色が違うため、遠くからでも場所が分かる。


 私は上を見る。屋根の裏に釘の頭が並んでいる。

 数えると七本になる。七本とも新しい。頭の面が平らで、周りの木が凹んでいない。


 打ったのは昨日か、その前になる。

 木の粉が下の板に落ちていた。粉は指で押すと固まらない。乾いている。


 鵜飼は入ってこない。戸のところに立って、上を見ている。この人が見ているのは釘ではない。

 屋根の板の合わせ目になる。合わせ目は五本ある。うち二本は上から板を当てて塞いであった。


 当てた板は新しい。木の色が周りより白くて、端が真っ直ぐに切ってある。切り口を指でなぞると、ささくれが無い。

 刃を入れたのは一度になる。


 残る三本は塞いでいない。水の入らない向きに合わせてある。

 向きを合わせたのは、この小屋を建てた者になる。建てた年を私は知らない。


「昼を食ったら出る、履くものは足に合うのを自分で選べ」


 言ってから、外の壁へ回った。壁の向こうで何かを動かす音がする。音は木と木が擦れる音になる。

 木で舟を動かす音ではない。もっと軽い。


 昼になる。飯は鵜飼が出した。麦と、汁と、菜が少しになる。


 汁の実は干したものが入る。数えると六つあった。

 こちらの器が六つで、あちらは数えていない。器は二つとも同じ形だ。縁の欠けている場所が違う。


 私のは右の縁が欠けていて、この人のは欠けていない。菜は昨日のものだ。

 切り口の縁が乾いて、色が濃くなっている。汁は塩が薄い。

 塩の薄い汁は後に残らない。飲み終わってからも、口の中に味が残らなかった。


 麦は炊いてある。火の通ったものは噛む数が少なくて済む。数えると、一口で八つほど噛んだ。

 この人は先に食べ終える。

 食べ終えてからも坐ったままでいた。


 箸を置く場所は器の縁ではなく、板の上になる。

 置いた先に汁の跡が二つ付いた。

 食べる間、この人は喋らない。

 口を開かないのは前からになる。


 喋らないほうが早く終わる。食べ終えてから帳面を出した。帳面は懐の左にある。

 朝に出した時と変わらない場所から出た。表紙は紙より厚い。角が四つとも丸くなっている。


 開く。

 この人は今日、頁を伏せない。

 開いた面をこちらに向けたままにする。

 私は見る。


 字は読めない。

 並びは見える。


 列は二つで、間に縦の線が一本ある。

 横の線は無い。左の列の数は桁が四つになる。右の列は三つで、一つ違う。


 行は数えられる。

 頁の上から十四ある。

 下は字が詰まっていて、詰まっているところだけ紙の色が濃い。上から三つ目の行を見る。左の四桁に線が一本引いてある。


 線はまっすぐで、定規を当てたものだ。

 線の下の字は読める。


 右の三桁には線が無い。そのまま置いてあった。指でなぞる。


 インクは乾いていた。


 紙が線の幅より細く凹んでいる。


 後から引いた線になる。


 引いた者を記す欄は、この頁の何処にも無い。

 私は桁を数える。四つと三つ。一つ違う。


 同じ行に二つ並んでいる。左が先で、右が後になる。上から一つ目と二つ目の行にも二つずつ並んでいた。

 一つ目は左に線があって、二つ目は右に線がある。


 線のある側は行によって違う。十四行のうち、線の引いてあるのは五行になる。五行のうち、左に引いてあるのが三行で、右に引いてあるのが二行だ。

 線の無い行が九行残る。そこには二つの数がそのまま並んでいた。私は頁の端を見る。

 端は指で押さえた跡があって、そこだけ紙が柔らかい。押さえるのは同じ場所になる。この人が頁を開く時、親指の腹はいつもそこへ来た。


 頁の左の下に折った跡がある。


 折って、伸ばして、また折った跡になる。

 跡は三本で、向きは三本とも揃っていた。

 折る幅は指の一節ほどだ。


 鵜飼は頁をめくらない。

 開いた面をそのままにして、鉛筆を出した。

 鉛筆は短い。

 持つところが平らに削れていて、削れた面が二つある。


 この人は何も書かない。

 芯の先を紙へ当てて、当てたまま止めていた。止めていた間に、私は行の数をもう一度数える。十四で変わらない。


「昼は済んだ、日の高いうちに出るぞ、器はそのままでいい」


 鵜飼は帳面を閉じて懐へ戻した。入れた位置は左で、朝と変わらない。


 外へ出る。空は昼になって高くなっていた。雲の切れ目が二つできている。

 切れ目の幅は東の一つのほうが広い。東の側から日が差した。


 歩く。道は広場を通らない。

 手前で右へ入る。右へ入ると、上りが続く。上りの途中で草の匂いが変わった。


 こちらの草は青い匂いがする。刈った跡が残っていた。


「歩くのは俺の後ろだ、五歩より離れるな、止まる時は止まれ」


 私は五歩ぶんを保つ。その幅でいると、この人の踵の下りる音が一定になる。道の先に標が見えた。

 柱は木で、上に横板が打ってある。


 板の字は焼いて入れてあって、左が深い。溝には苔が入っている。

 八月に一度ここまで来た。来て、戻った。

 柵は無い。縄も張っていない。轍は標の先まで、同じ深さで続いている。

 鵜飼が標を越える。歩幅は変わらない。


 私も越える。越えても何も起きない。

 越えた先の草は乾いた匂いがする。刈らずに乾いている草になる。


 道は下る。途中で轍が二つに分かれた。


 分かれた片方は右へ行く。この人は左を行く。

 左の轍は深い。沈んだ側が荷を積んだ跡になる。


 道の脇に杭が並んでいる。間は五歩ぶんで、高さは腰より低い。


 杭の上は雨で削れて、木の目が立っていた。

 そこへ指を当てると、引っ掛かる。十本目の杭だけ、頭に赤い布が結んである。


 結び目は二重で、端が下を向いていた。鵜飼はその杭を見ない。歩幅も変わらない。

 私は数えるのをやめずに歩く。歩いた数を数える。標から千三百まで数えたところで、建物が見えた。


 建物は平屋で、屋根が低い。窓が三つ並んでいる。窓の下に縁がある。

 板で組んであって、高さは膝より少し上になる。


 人が二人、縁の前を通った。二人ともこちらを見ない。


「そこの縁に坐って待っていろ、呼ぶまでは中へ入ってくるな」


「長いですか」


 私は縁に坐る。板の目が横に走っている。

 鵜飼は戸を開けて中へ入った。戸は開けたままにしない。閉めた。

 閉まる音は低い。戸の下が床に擦れる音が続く。

 私は板の目を数える。坐っているところから右へ、目は九本ある。


 九本のうち、二本は途中で切れていた。途切れた先はまた続く。

 節がある。数は二つで、大きいのが右にある。


 節の周りは色が濃い。指で押すと硬い。

 板の下に土がある。乾いていて、細かい石が混じっている。

 石は白いのと灰色のがある。白いほうが少ない。


 窓は三つとも閉まっている。硝子は入っていて、内側に細かい格子がある。


 格子の桝は縦が四つ、横が三つになる。

 どの窓も同じ数だ。硝子の下寄りに、外から泥の跳ねた跡が残っている。跡の高さは膝の少し上までで、三つの窓とも揃っている。


 跳ねたのは同じ雨の日になる。拭いた跡は無い。窓の右の端に紙が一枚貼ってあった。

 字は外を向いていない。裏から見ると、墨の濃いところだけが透けて見える。透けているのは三行ぶんで、行の長さは上から順に短くなっていた。


 縁の板は三枚を継いである。目は二本で、幅の広い板が真ん中に来ていた。

 取り替えたのは真ん中になる。


 取り替えた者の名は、板の何処にも書いていない。

 中から声がする。板越しで、言葉は分からない。


 声は二人ぶんになる。一人は低くて、もう一人は高い。

 高いほうが長く喋る。低いほうは短く切れる。

 紙をめくる音がした。二度めくった。


 二度目の後で音が止まる。その間が長い。

 判を押す音がする。台に当てた音が一度。


 押した後で、中の声が短くなった。

 どちらも短い。やり取りの間が空く。間の後に、また一度だけ長いのが来た。


 私は膝を抱える。膝の上に顎を置くと、板の目の見える幅が狭くなった。狭い幅の中に、大きい節が入る。

 そのまま見ていると、輪の数が七つ見えた。輪は真ん中が詰まっていて、外へ行くほど間が広い。

 数え直すと八つになった。一つ外の輪は、板の端で切れていた。


 私は日を見た。雲の切れ目が動いていた。標の側へ寄っている。

 板の上の私の影も動く。膝のところで折れている。


 影の先が土の白い石に届いた。当たってから、また離れた。

 戸が開く。鵜飼が出てくる。手は空になっている。

 帳面は懐にある。左のところが朝と変わらない形に膨らんでいた。


「帰るぞ、道はここから上りになる、日の落ちる前には着く」


 私は立つ。坐っていた時間は、影が石を離れるまでになる。数えると三十七分ほどだ。

 数えたのは影ではない。板の目を三度数え直した回数で出した。


 一度数えるのに、十二を数えるぶんが要る。帰りは道が上りになる。

 行きより遅くなる。標を越える。

 今度は私が先に越えた。鵜飼は後ろだ。


 越えてから振り返らない。この人が後ろにいる。下りきったところで、鵜飼が右へ入った。

 その先に台が出ている。


 台の上に魚が並んでいた。頭は同じ側へ向けてある。

 鵜飼は一尾を取って、銭を置いた。銭の数は見えない。


 銭を置く時、この人は台を見ていない。手だけを出した。

 魚は私が持つ。長さは指の四本ぶんになる。腹のところが銀色で、背は青い。

 鰓の下に指を入れて提げる。冷たい。冷たさは持っている間に薄くなった。


 台の向こうに人が坐っていた。顔は上げない。手元で鱗を落としている。

 落とした鱗は台の端の箱へ入る。箱は半分ほど埋まっていた。


 鵜飼はその人と喋らない。取って、置いて、離れた。離れる時、後ろから声が掛からない。

 声の無いのは前からになる。私は台をもう一度見た。魚は一尾減って、並びの間が一つ空いた。


 空いた場所へ、坐っている人が隣の一尾をずらした。ずらすと、間が無くなる。


「明日まで置くと傷む、その一尾は今日のうちに焼いておけ」


 脇の小屋に戻る。日は屋根の高さより下にある。

 火を熾す。火口は乾いた草で、束から抜いたものではない。


 この小屋の草は縄の脇に積んである。抜くと縄の匂いが付いた。

 魚を焼く。腹を先に火へ向ける。火に近い側から色が変わる。


 皮が縮む。縁が浮いて、板から離れた。脂が落ちる。

 落ちた先で音がする。一度に二つ鳴ることがある。


 鵜飼は自分の分を焼かない。

 この人は先に舟へ行った。行った先で何かを縛る音がする。擦れているのは縄になる。

 私は一尾を食べる。骨は皿の端へ寄せる。

 数は数えない。食べ終えて、手を洗う。

 水は桶から出す。桶は前からこの小屋にあったものになる。


 縁が黒い。長く使った桶は縁から黒くなる。

 日が落ちる。その後しばらく、戸の隙間が明るい。明るいのは西の側だけになる。

 東の隙間は先に暗くなった。


 私は板の上に坐る。頭を置く先は壁の際にする。

 石の包みは足のほうへ移した。そこにあると、寝返りの時に当たらない。


 屋根を見る。暗くて釘の頭は見えない。

 木の粉の落ちた場所だけ、板の色が違う。雨は来ない。来ても、ここは漏らないはずだ。


 屋根の下で寝るのが何度目になるかは分からない。そこは数えていなかった。

 数えているのは日だけになる。八十二で、明日は八十三になる。


 石は足の先にある。布ごしに形が分かる。角の立ったのが二つで、残りは丸い。

 包みの結び目は上に来ている。上にしておくと、朝に解くのが早い。


 二十四のうち、水のほうの小屋で拾ったのは十九になる。残る五つは、市の日の帰りに道で拾った。

 四つは一日で拾って、残る一つは後の日になる。拾った日の順は覚えている。順に並べたことは一度も無い。


 前の小屋の器は、置いてきた。

 漏りの下に置いたままになる。器の中の水は、次に雨が降れば縁まで来る。縁を越えれば板へ落ちる。


 落ちた先の板には白い跡がある。幅は掌の半分ほどだ。草の束は天井に残っている。

 十一とも残っている。指で弾く者がいなければ、音は鳴らない。


 脂の匂いが低いところに溜まっている。膝から下が濃い。


 縄の匂いは上にある。頭を低くすると、脂のほうが強くなった。戸の外で舟の縁が水に当たる音がする。

 間は一定ではない。


 当たる音の後に、縄の擦れる音が続く。二つで一組になっていた。

 風は入ってこない。壁と板の間に隙間が無い。音だけが戸の下から来る。

 板は乾いている。頬を付けると、前の小屋より冷たくない。私は起き方の手順を思い出す。

 膝を先に立てて、肘を板の目へ沿わせる。ここの板の目は横に走っている。肘の当たる向きが変わる。


 明日の朝は、その向きで一度試す。私は名を呼ばれた回数を思い出す。今日は三度になる。

 朝に一度、昼の前に一度、魚の台のところで一度。三度とも、この人は私のほうを見ていない。


──────────────────


無登録個体の届出の受理の記録


受けた時刻 十四時二十分

届出人 別記のとおり

申立ての要旨 五に記す


一、受けた時刻


本件を受けた時刻は十四時二十分であった。受けた窓口は居住区分の窓口とした。同日に受けた他の届出は無かった。


一の二、受けた方法


受けた方法は来庁によるものであった。


電話による例と分けて数える扱いは置いていない。本年度の来庁の件数は四件になる。


二、届出人


届出人の住所と氏名は所定の欄に記した。


届出人の番号の欄にも記入があった。届出人と当該の個体との関係を記す欄は本記録に無い。設けない旨の定めも置いていなかった。


三、当該の個体


当該の個体の番号の欄は空とした。


無登録のためになる。


三の二、呼び名


当該の個体を呼ぶ語を記す欄は、本記録に置いていなかった。設けない旨を定めた書面も無い。番号の欄のみをもって特定する扱いとしていた。


番号の欄が空である場合の扱いを定めた記載は、本記録に無かった。


四、特徴


特徴の欄には、推定の年齢と、髪の長さと、傷の有無を記す。


三項とも届出人の申立てによるものであった。


推定の体重を記す欄は本記録に置いていない。確かめた旨の記載も無かった。


四の二、確かめの予定


確かめは別に行うこととする。


行う日を本記録に記す欄は置いていない。本年度に受けた四件のうち、確かめを行った日が記録に残っているものは一件であった。残る三件について、行ったか行わなかったかを分ける記載は無い。


五、申立ての要旨


届出人の申立てを、そのまま次に記した。


「あれは三日前からうちの脇の小屋にいる」

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