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人間館 ―絶滅危惧種ヒトの飼育記録―  作者: 智珠
第六章 野生

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第080話 三が四

出生の許可の申請の受理に係る内規(抄)


添える書面 三点

空欄の扱い 当部門の判断による

許可の期限 交付の日から一年


一、添える書面


申請には三点を添えさせることとした。


添えさせるのは居住区分の証明と、世帯の収入の記録と、双方の遺伝子の登録の写になる。三点のうち一点でも欠くものは受け付けないものとした。欠いた申請の控は窓口の側で持つ扱いとする。


一の二、写の作り方


遺伝子の登録の写は、登録を管理する部門の判を受けたものに限ることとしていた。判の無い写を受け付けた例は本年度に零件であった。判の様式は登録を管理する部門の側で定めることとしていた。


一の三、写の有効の期間


写の作成の日から一年を経たものは受け付けない。


一年を経た写を出された例は本年度に七件あった。七件の内訳は口で引き継ぐ扱いとしていた。


二、空欄の扱い


双方のいずれかについて登録の無い場合は、当該の欄を空欄のまま出させることとした。空欄で出された申請の扱いは、当部門の判断による。判断の基準を定めた書面は、本内規のほかに無かった。


判断をした者を記す欄も置いていない。


二の二、照会


空欄の欄について、登録の有無を登録を管理する部門へ照会することが出来るものとした。


照会をした場合は、回答があるまでの間、申請を受け付けたものとして扱う。


回答の期日を定めた記載は本内規に無い。期日を求めた例も残っていなかった。


三、世帯


申請は世帯の単位で受けるものとした。世帯の別は居住区分の窓口の帳面によることとしていた。


世帯へ入った日を記す欄は、当該の帳面に置いていない。


三の二、人数の変わった場合


世帯の人数が変わった場合は、変わった後の人数で受けることとした。


変わる前の人数は、帳面の上へ線を引いて残す扱いとした。


三の三、世帯の別を確かめる方法


世帯の別を確かめるのは帳面の写による。


写は申請の側に持たせるものとする。写と帳面とを突き合わせるのは、申請の側の申し出があった場合に限ることとした。突き合わせた例は本年度に二件であった。


四、許可の期限


許可は交付の日から一年を期限とするものとした。期限を過ぎた場合の扱いは別に定めるところによることとしていた。当該の別に定めるところを、本内規の末尾に掲げていない。


四の二、期限の延長


延長を求める申し出は、期限の三十日前までとした。本年度に延長を求めた例は十一件であった。十一件のうち九件は同じ事由によっていた。


事由の別は延長の書面の余白へ書き添える扱いとしていた。


五、交付


許可の書面は窓口で交付するものとした。


郵で送る扱いは置いていない。


受け取る者の別を記す欄はある。当該の欄に記入のあった申請は本年度に三十四件であった。


五の一の二、交付の際の確かめ


交付の際は受け取る者の別を口で確かめることとした。


確かめの方法は口によるものに限ることとする。口で確かめた旨を記す欄も無かった。


五の二、交付をしない場合


三点の揃わない申請について交付をしない場合は、その旨を通知するものとした。通知の様式は本内規の末尾に付してある。


通知に対する申し出の扱いを定めた記載は無かった。


──────────────────


 目が覚める。板の匂いが濃い。

 小屋の板は水を吸っている。濃くなったところと、白いままのところに分かれる。


 境の線は膝の高さで横に走る。線の下だけが濃い。私は指で触る。

 指の腹に板の目が立って当たる。八月の板は朝でも冷えていない。手のひらを当てると、体と同じくらいになる。


 天井に吊るしてあるのは十一だ。六月は九だった。

 二つ増えたのは七月の終わりになる。増やしたのは私だ。麻の紐を短く切って、上から掛けた。


 紐は端が解ける。端は湿らせてから捩る。一度捩れば、しばらく持つ。

 吊るしてあるのは草の束になる。六月に刈って、根を揃えて縛った。


 束の太さは指三本ぶんある。乾くと二本ぶんまで落ちる。

 十一のうち七つは二本ぶんまで落ちていた。残る四つはまだ太い。太い四つは七月の終わりに掛けた分だ。掛けた場所は戸に近いほうになる。


 戸に近いところは風が通る。風の当たる草が早く乾く。


 乾いた束は指で弾くと音が高い。生の束は音が出ない。

 私は朝に一度ずつ弾いて回る。始めるのは右からになる。順を変えていない。


 小屋の板は横に八枚積んである。

 下から三枚目に節が二つある。節の一つは抜けていて、穴になっていた。

 径はおおよそ、指の先ほどになる。穴からは水の面が見える。日の高いうちだけ、光が細く入ってくる。


 入った光は床の同じところへ落ちる。

 当たる場所は朝と昼で違う。朝は戸の側に近い。昼になると奥へ寄る。


 屋根は板に草を重ねてある。漏るのは二箇所だ。一箇所は寝るところの上ではない。

 もう一箇所は上になる。


 漏るところの下に桶を置いてある。桶は雨の日の朝に空ける。

 七月に空けたのは六度だった。うち二度は縁まで来ていた。

 起きる時、体を右へ回してから肘で押す。仰向けのままでは起きにくい。


 肘を突く場所は板の目に沿わせる。目に逆らうと、掌の付け根が痛い。

 腰の後ろに重さがある。寝ている間に集まって、立つと下へ落ちる。


 落ちきるまで、いつも十を数えるほどかかる。今朝は八だった。

 数えるのは声を出さずにする。口の中で舌だけを動かす。


 八で済んだ日は七月から数えて五度になる。十を超えた日は三度あった。超えた日は前の晩に多く歩いている。

 数と重なる日を、私は書いていない。書く紙が無い。私は覚えているうちに指で膝を打って数える。


 打つのは片手で足りる。五を超えたら、もう片方へ移す。

 朝の吐き気は六月ほど強くない。七月の半ばから減っている。減った日を数えると、七月十八日から今日までで二十一日になる。

 二十一日のうち、口まで来たのは四日だ。どれも朝の早いうちになる。

 胸の脇に張りがある。左のほうが強い。

 触ると、指の当たる面が固い。付け根に近いところが固い。


 私は袖を通す時、腕を上げる高さを前より低くした。高く上げると、脇が引かれる。私は水を汲む。

 桶は戸の外にある。汲んだ分の重さは右の腕へ寄せて持つ。


 左へ寄せると、腰の後ろが引かれる。

 右へ寄せると引かれない。どちらへ寄せるかを決めたのは先月になる。決めてから、桶を落としていない。


 顔を洗う。水は温い。夜のうちに冷えていない。

 髪を括る。布の紐は端が二つに割れている。片方を内へ入れて結ぶ。


 服の帯の位置を、腰の骨の上から少し下げた。位置を変えたのは七月の終わりになる。上のままだと、昼を過ぎた頃に締まる。

 下げると締まらない。

 私は五月二十八日から数えている。今日で七十一日になる。七十一という数のほかに、私が持っている数は無い。


 戸を開ける。外は明るい。

 水の面が光っている。小屋から広場まで、道は登りになる。

 歩幅は狭くしてある。狭くしたのは、広くすると腰の後ろが早く重くなるためになる。


 登り切ると家が見える。数は十四で、変わっていない。


 広場には煮炊きの匂いが出ていた。匂いは三軒目の家の側から来る。

 湯気は朝のうちが真っ直ぐに立つ。夕は斜めになる。風がまだ動いていない。


 広場は土が固い。踏まれた場所だけ色が違う。色の違う場所は真ん中に寄っている。

 端のほうには草が残っていた。草の丈は膝の下までになる。刈った跡は無い。


 広場の隅に台が出してある。台は市の日に使うものだ。今日は市の日ではない。

 台の脚は四本で、そのうち二本が継いである。二本の継ぎ目に麻の紐が巻いてあった。

 巻きは三重で、端は内へ入れてある。緩んでいない。

 台の上に紙が広げてあった。紙は四つ折りの跡が付いている。


 跡は縦に一本、横に一本だ。開くと、真ん中で交わっている。


 女の人は台の向こうに立っていた。手には鉛筆がある。

 鉛筆は短い。持つところが指の形に凹んでいた。


「あんた、来たね。今日は広場に台を出してるから、こっちで書くんだよ」


 私は台のところへ行く。紙の上には縦の罫が引いてある。

 罫は手で引いたものだ。定規を当てた線ではない。端が少し波打っている。


 罫の左には家の名が並ぶ。右に数が入っている。数は一桁だ。

 上から二と五と三、それから四と二と六が続く。全部で十四行ある。


 行の頭には点が打ってあった。点は家の並びの順になる。十四行の数を足すと四十七になる。

 私は二度足した。一度目と二度目で答えは合った。答えを私は口に出さない。


 一番大きい数は八で、下から三行目にある。一番小さいのは二になる。


 二の行は二つある。どちらも道の端の家になる。

 紙の右の端には、書き直した跡が四つあった。跡はどれも線を一本引いた形になる。


 線の下の数は読める。上から順に五が六、四が三と続く。

 その下は二が三で、一番下が六から五になる。増えた跡が二つで、減った跡が二つになる。日付を書いた欄は無い。

 もう一人が家から出てきた。

 手に鍋の蓋を持っている。蓋は木で、縁に焦げが付いていた。焦げの幅は指一本ぶんになる。


「うちは五だよ。五が六になるだけだ。鍋がもう一つ要るだけだからね」


 三人目が来る。この人は歩くのが遅い。足を出す前に、踵を一度戻す。


 台のところまで来て、腰掛けるものを探した。無い。台の脚のところへ座る。

 座る時、片手を地面へ突いた。手の跡が土に残る。この人は座ってから話した。


「あんたのところは去年も一人増やしただろ。今年は順が違うんじゃないかい」


 二人は笑った。顔の動き方は同じではない。

 一人は口を開けて、一人は肩だけ動かす。女の人は鉛筆を持ったままでいる。


「うちが取るよ。うちは三で一番少ないんだ。少ないところから埋めるのが順だろ」


 鍋の蓋を持った人が蓋を台へ置いた。台の板が短く鳴る。


「その順はどこに書いてあるんだい。書いてあるなら見せてもらおうじゃないか」


 紙の上に、順を書いた行は無い。私は上から下まで見た。罫は縦だけで、横は引いてない。

 行と行の境は目で分ける。

 目で分けると、二行が近いところが一箇所ある。八の行と、その下の行になる。

 近いのは書いた手が詰めたためだ。理由を書いた欄は無い。


「書いてないよ。書いてないけどね、去年もそうしたし、その前もそうしたんだよ」


 蓋を持った人が蓋の縁を指で弾いた。音は木の音で、鳴り方は短い。


「じゃあ今年もそうすればいいさ。うちは鍋を出すよ。大きいほうを貸すからね」


 女の人は鉛筆を持ち直す。芯の減り方は、右のほうが大きい。

 持ち替えると、紙に当たる角が変わった。この人は紙を自分のほうへ回した。


 それから、上から三つ目の行へ指を置く。置いた指は動かない。

 もう片方の手で鉛筆を握り直した。握り直す間、ほかの二人は黙っている。

 蓋を持った人だけが体を前へ出した。

 女の人は自分の世帯の人数の欄を書き直す。三が四になった。


 消しゴムは使わない。

 三の上へ線を一本引いて、その右へ四を書いた。線は横に引いてある。三の字は線の下から読める。


「これでいいのかい。うちの紙のほうは数だけを直しておけばいいのかい」


「いいんだよ。窓口へ持っていく紙はまた別だからね。これはうちらの分さ」


 私は台の上の紙を見ている。四という字は、ほかの数より濃い。書いた時に力が入ったためになる。

 芯の粉が縁に少し残っていた。


 私は指で触らなかった。当てると擦れる。


「いいんですか」


「いいも悪いもないよ。数えるのはうちらだからね。数えたらそれが数だよ」


 女の人は紙を四つに折る。四つの目は元の跡に合わせた。

 合わせると、四という字は内側へ入る。外からは見えない。


「三が四ですか」


「そう。三が四だよ。あんたは四人目だ。四人目は薪を運ぶ役だからね」


 もう一人が笑って、鍋の蓋を持ち上げた。

 蓋は宙で止まって、また下りた。

 置き方は一度目より静かになる。

 台の板は鳴らなかった。


「薪はいいけど、この子は数のほうが得意だよ。この前も指で数えてたじゃないか」


「じゃあ数えるほうをやらせな。うちは数が合わないと寝ないんだからね」


 三人は同じところで笑った。長さは三人とも違う。座っていた人が先に止まる。

 蓋を持った人が最後まで続いた。私は笑わなかった。口の端は動いたと思う。

 動いたかどうかは、自分では確かめられない。

 誰も見ていなかった。


「あんた、秋には人が増えるからね。増えたらうちの大きい鍋を使いな」


「その鍋は底が薄いよ。いつも焦がしてるのはあんたのところだろうが」


 また笑う。

 二度目の笑いは一度目より短い。蓋を持った人が家へ戻って、すぐに出てきた。手には布の袋がある。


 袋の中は乾いた豆だった。振ると、袋の中で音が動く。音は上から下へ落ちる。

 下まで行くと止まる。


「持っていきな。窓口は待たされるからね。腹が空くと立っていられないよ」


 私は袋を受け取った。

 重さは片手で持てるほどになる。

 袋の口は紐で二度巻いてある。

 結び目は片方だけ長い。


 薪を運ぶ道は、置き場から戸口まで九歩になる。

 私は目で数えた。

 私は薪の置き場を見る。


 置き場は三軒目の家の脇にある。


 薪は縦に積んである。高さは私の胸のあたりまでで、上の面は平らではない。一番上の一本だけ、向きが横になっていた。

 横の一本は他より短い。

 切り口は新しく、色が白い。


 積んだ列は六つある。

 うち二つは奥まで詰まっていない。詰まっていない列は、手前から取った跡になる。取った数は数えられない。


 置き場の上には板が渡してある。板の端は壁へ差し込んであった。差し込んだところに隙間がある。

 そこからは草が一本出ていた。


 女の人は家へ入って、また出てくる。

 手には二枚の紙がある。紙は台の上の紙より厚い。

 角が四つとも揃っている。


「これが区分の紙と、収入の紙だよ。判は去年のうちに押してあるからね」


 二枚の紙には判が押してあった。

 朱の色は薄い。


 判の形は一枚目が丸で、二枚目は四角になる。

 大きさは丸のほうが小さい。

 丸の中には字が三つ入っている。

 四角の判は四つだ。


 薄いのは日に当たったためになる。

 押した跡の縁だけが濃く残っている。


「もう一枚は無いよ。無いものは無いままで出すんだ。窓口はそれで受けるからね」


 女の人は二枚を重ねて、私の手へ渡す。

 手を離す時、掌が紙の上にあった。掌は温い。紙が温いのではない。


 窓口は道を下って、右へ二度曲がった先にある。歩くと、日が高くなった。建物は平屋で、戸は二枚ある。

 開けるのは右の一枚だけだと張り紙にあった。


 張り紙は色が褪せている。

 角の一つが浮いていた。

 中は土間になっている。板の間はその奥だ。台は板の間の縁に置いてある。


 土間には筵が二枚敷いてあった。重ねずに並べてある。

 間は掌一つぶん空いていた。そこの土は色が濃い。


 濃いのは人の足が落ちるためになる。踏まれた形は丸くない。

 台の高さは私の腰より上になる。手を載せると肘が伸びる。


 紙の匂いがした。元は綴りの糊になる。

 土間の奥に綴りが積んである。積んだ高さは三段で、下の段が一番厚い。

 係の人は台の向こうに座っていた。前に様式の束がある。


 束の上に文鎮が載っている。文鎮は黒くて、角が丸い。


 文鎮の下の紙だけ、端が反っていない。

 残りの束は上へ反っている。反りは湿りの向きになる。土間が下で、板の間が上になる。


 係の人の前には、筆が二本置いてある。太いほうと細いほうになる。太い筆は軸に傷が入っていた。

 細い筆は新しい。私が入っても、この人は顔を上げなかった。手だけが束の上へ動く。


 私の前に一人いた。この人は台の前で紙を三枚出している。三枚のうち一枚を、係の人が押し返した。

 戻す時、言葉は短い。


 私には条の番号だけが聞こえた。番号は二つ言われている。前の人は紙を折って懐へ入れ、戸へ出ていった。


 出ていく時、私の横を通る。肩は当たらなかった。

 私は台の前へ出る。出る時に、袋を左の手へ移した。待った間は、豆の袋を二度持ち替えるほどになる。

 私は二枚の紙を台へ載せる。置いてから、手を引いた。


「六条の一により、居住区分の証明と世帯の収入の記録と、双方の遺伝子の登録の写の三点を添えていただきます」


 係の人は二枚を左右に並べた。それから、指で端を揃える。

 揃える向きは上からになる。二枚の上の縁が一本の線になった。


 揃えた後で、この人は二枚を日へ傾けた。角は浅い。

 傾けると判の朱は濃く見える。真っ直ぐ見ると薄い。


 見た時間は一枚目のほうが長かった。二枚目は数えるほどで終わる。


「三点のうち二点はこちらで確かめました。残る一点につきまして、写をお持ちかどうかをこの場でうかがいます」


 私は袖の内へ手を入れる。中にあるのは一枚だ。


 その紙は道の脇で拾った。

 折り目は一本で、縦に入っている。開くと、線を引いて消した行が一つある。線の下の字は読める。


 私は台の上へ置いた。手前へ少し寄せる。係の人は紙を見る。

 目は落ちたところで止まった。手は動かさない。


「ただいまお出しになったものは六条の一に掲げた三点のいずれにも当たりませんので、お預かりをいたしかねます」


 私は紙を袖へ戻す。畳む時には折り目に沿わせた。畳むと、線を引いた行は内側へ入る。

 外からは見えない。


「無いと駄目ですか」


「六条の二により、登録の無い側につきましては当該の欄を空欄のままとして、そのままお出しいただくことになります」


 係の人は様式を一枚抜く。抜いてから、私へ向きを変えて置いた。

 様式には欄が十一ある。上から順に氏名と居住区分、それから世帯と収入が続く。


 その下に登録の欄が二つある。残る五つは下の段に固まっていた。

 下の段の五つには受付の年月日と、受付をした者と番号の欄が入る。残る二つには字が刷ってない。刷ってない欄に、私は指を当てなかった。


 登録の欄は横に並んでいた。左と右で、幅は同じになる。

 二つの欄の間には仕切りの線がある。仕切りは上から下まで通っていた。


 通った線の太さは、周りの罫より太い。

 太いのは二つを分けるためになる。係の人は左の欄を指で押さえた。それから、右の欄へ指を移した。


「空欄で出されました申請の扱いは当部門の判断によることとなっておりまして、基準を定めた書面はございません」


 私は二つの欄を見る。二つとも白い。白いところに罫は入っていない。

 欄の枠だけが引いてある。枠の四隅のうち、右の下だけ線が届いていなかった。届かない幅は髪ほどになる。


 刷りの版が減ったためだ。同じ欠けが、下の様式にもある。


「二つ空きますか」


「はい。二つとも空きます。空いた欄につきましては登録の有無を先の部門のほうへ照会をすることが出来ます」


 係の人は筆を取って、私の名を氏名の欄へ書いた。口で確かめることをしない。女の人が先に言ってあったためになる。


 居住区分の欄には、二枚のうちの片方から数字を写した。世帯の欄には四と入る。収入の欄には金額が入った。

 金額の桁は五つで、上の二桁が同じ数になる。下の三桁は零が二つ続いていた。


 係の人は登録の欄を飛ばした。そのまま下の欄へ移った。


「照会をいたしますと、回答のあるまでの間はこちらのほうで本申請を受け付けたものとして扱う運びになります」


「いつ返りますか」


「回答の期日は定めがございませんので、いつごろとお答えをする言い方をこちらのほうでは用いておりません」


 係の人は綴りの一冊を引き寄せた。表紙に日付が二つある。上の日付が古く、下が新しい。

 下のほうが濃く書いてある。


 綴りの背には紐が三本通っていた。真ん中の一本だけ色が違う。

 違うのは掛け直したためになる。掛け直した日を書いた紙は付いていない。この人は綴りを開いて、後ろから四枚目のところへ様式を差した。

 差してから、上の三枚を揃える。その手つきは二枚の紙の時と同じになる。

 私は台の縁に手を置く。板の縁は角が取れていた。


 取れているのは真ん中の一尺ほどで、両端は角のままになる。人が手を置くところだけが丸い。私の手もそこにあった。


 係の人は判を三つ並べる。押すのは左が先になる。

 三つの判は柄の長さが同じだった。頭の形だけが違う。

 一つは平らで、二つは丸い。丸い二つを、この人は指の腹で回して向きを直す。

 朱肉の面は真ん中が窪んでいた。取るのは端からだ。


 押した後で、係の人は紙を持ち上げて日に透かした。透かすと、判の重なりが見える。三つとも重なっていない。


「本日をもちまして受け付けをいたしました。通知の書面につきましてはただいまこの場でお渡しをいたします」


 通知は一枚だ。折らずに渡された。紙の丈は様式の三分の二ほどになる。

 紙は様式より薄い。持つと、指の腹の側から先へ向かって撓む。


 私は両手で受け取る。持ってから、縁を揃えて直した。

 係の人は次の様式を束から抜いている。音は一度鳴った。


 抜いた様式は、私の見たものと同じ刷りになる。

 右の下の欠けが同じ場所にあった。この人は私のほうを見ない。次の一枚の上の欄へ、もう筆を置いている。


「回答があるまでの間の扱いにつきましては、ただいまお渡しをした通知の六の項にそのまま書いてございます」


 私は通知の紙を見た。項の番号は六まである。六の項は二行だ。

 上の行が長く、下の行は短い。


「異動しますか」


「六の項は異動をさせないことと書いてございまして、当面のところは動くなという意味に取っていただきます」


 私はもう一度その二行を見る。読んでから、紙の向きを元へ戻した。

 外へ出る。日は西へ寄っていた。土間から出ると、光の当たり方が変わる。

 私は通知を胸の前で持つ。折らずに持つと、風が入って撓んだ。

 撓む向きは風の側になる。私は向きを変えて歩いた。


 道を戻る。曲がる場所は二つで、来た時とは逆の順になる。広場へ着くと、台はもう片付いていた。

 台のあった場所に、脚の跡が四つ残っている。跡は浅い。


 三軒目の家の戸は開いていた。中から鍋の音がする。


 音は二つ重なっていた。一つは大きく、一つは低い。

 女の人が出てきて、私の手の紙を見た。それから、家の中へ声を掛ける。


「受けたってさ。今日から四人だよ。薪は明日の朝からでいいからね」


 中の人が何か言った。

 言葉は聞き取れない。笑い声だけが出てくる。私は今日、数えられた人を数える。


 台の向こうで鉛筆を持った人がいる。鍋の蓋を持った人も出てきた。座って話した人は三人目だ。

 窓口で筆を持った人を足すと、合わせて四人になる。


 四人のうち三人は、私の名を知っている。一人は紙で知った。

 私は数を並べる。台の紙の行は十四。足した数は四十七で、今日から四十八になる。


 書き直した数は三から四。書き直した跡は、あの紙に五つになった。登録の欄は二つで、二つとも白い。

 日は五月二十八日から七十一。窓口で押した判は三つ。私の様式の欄は十一で、字の入ったのは六つになる。


 入らなかった欄は五つだ。うち二つが登録の欄になる。

 残る三つは、係の人が後から入れる欄だと言った。その時の言い方も、条の番号から始まっている。


 通知の紙の重さは、二枚の紙の半分ほどになる。私は紙を膝の上で開いて、下から読む。


 一番下の行は短い。その上の行は長い。

 短い行には、係の名ではなく、係の別が書いてあった。その上の行に、動かすなと書いてある。


 私は動かない。小屋は水のほうにあって、広場から下りたところにある。


 薪は明日の朝から運ぶ。置き場は三軒目の家の脇で、動かない。紙の右の下に、折った跡が一つ付いていた。

 私が付けたものではない。折り目は細く、縁から一寸ほどのところで止まっている。

 跡の向きは表から裏へになる。誰かが一度、この角を持ち上げている。

 持ち上げた指の幅は、跡の長さから分かる。私の指より太い。


 私は紙を袖へ入れない。

 膝の上に置いたままにする。豆の袋は横に置いた。袋の中の音は、動かさなければ鳴らない。


──────────────────


出生の許可に係る通知(抄)


受理した日 本日

照会した事項 登録の有無

回答があるまでの扱い 次項による


一、受理した日


本申請は本日受け付けた。


三点のうち二点は添えてあった。残る一点は空欄のまま出されている。添えなかった旨を記す欄は本通知に無い。


一の二、添えてあった二点


添えてあったのは居住区分の証明と、世帯の収入の記録になる。いずれも世帯の側の書面であった。世帯の人数は四であった。


二、空欄の欄


双方の遺伝子の登録の欄のうち、空欄であるのは二である。


照会は一について行った。いずれの一であるかを記す欄は、本通知に無い。


二の二、照会の宛先


照会は登録を管理する部門へ行った。宛先の別を記す欄は本通知に置いていない。


照会の控は当部門に残した。


三、回答があるまでの扱い


回答があるまでの間は本申請を受け付けたものとして扱う。回答の期日は、先の部門の側の扱いによることとした。期日を求める場合の手順は当部門の判断による。


三の二、期限の起算


許可の期限は交付の日から起算する。


本申請については、交付をしていない。起算の日を記す欄は空のままとした。


四、世帯


本申請に係る世帯は、本日までに人数の変わった世帯であった。


変わった日を記す欄は、居住区分の窓口の帳面に無い。


五、回答があった場合の扱い


回答があった場合は当該の回答の写を本通知に添えるものとする。添えた例は本年度に六件あった。


六件のうち、許可を交付したのは二件であった。


六、回答があるまでの間


本通知の日から回答のあるまでの間、当該の者を当該の世帯から異動させないこと。


作成 出生の許可の事務の係

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