第075話 色は一つ
通報を受けた場合の初動に関する手引(抄)
通報を受ける窓口 居住区分の窓口
初動の順序 次の各項による
確認の後の扱い 別の条による
一、通報を受ける窓口
通報は居住区分の窓口が受けるものとした。窓口の開くのは平日の九時から十七時までとしていた。平日以外に受けた分は当直の者が扱うものとした。
当直の者が行い得る事務の別紙に、本件は含めてあった。含めた年は令和二百一年である。含めた際の起案は残っていない。
二、初動の順序
受けた後は二名で現地へ行くものとした。行くまでの時間の定めは本手引に置いていない。現地において用いる語は「確認」とした。
他の語を用いない旨も本項に記してあった。用いない理由の記載は無い。理由を記すよう求めた例も残っていなかった。
現地で行うことは三つとした。所在の確かめ、着衣の確かめ、番号の確かめになる。番号の確かめ方は定めていない。
身体の何処を見るかを記した資料も配っていなかった。
三、確認の後の扱い
確認の後の扱いは別の条によるものとした。
当該の条の番号は本手引に示してあった。条の中身は本手引に刷っていない。別冊に載せてあり、交付は求めがあった場合に限ることとした。
求めた例は本年度に零件になる。求め方を記した書面も配っていない。
四、通報の件数
本年度の通報は二十二件であった。うち現地での確認まで至ったものは十九件になる。残る三件の扱いについての記載は本手引に無い。
三件の別を記す欄も設けていなかった。
前年度の件数との比較は行っていない。
五、通報をした者
通報をした者の氏名を記す欄は設けてあった。
記入のあったものは二十二件のうち六件であった。記入させる定めは置いていない。記入が無い場合の扱いも定めていなかった。
六件のうち二件は同一の者による。
五の二、通報の内容の記入
通報の内容は受けた者が記入する。記入は聞いた語のとおりとした。要約する扱いは置いていない。
聞き取れなかった部分の扱いは定めていなかった。
空欄とした例が本年度に四件ある。四件について確かめ直す扱いは、当窓口の判断による。
二の二、二名の別
二名の内訳は当直の者一名と、居住区分の窓口の者一名とした。二名の役割の別は本手引に記していない。
書く者と話す者を分ける扱いも定めていなかった。分けた例が本年度に十九件のうち十七件ある。分けた旨は当日の口頭による。
五の三、現地までの経路
現地までの経路は当直の者の判断による。
経路を記す欄は本手引に設けていない。要した時間を記す欄も無かった。設けるよう起案した例は前年度に一件あり、当該の起案は保留のままである。
五の四、確認に要した時間
確認に要した時間を記す欄は本手引に無い。要した時間の目安も示していなかった。長引いた場合の扱いは定めていない。
長引いた例の数も、当窓口では数えていなかった。
六、個体の側へ示すもの
確認の際に個体へ示す書面は置いていなかった。示す扱いを設けた記載も無い。
個体へ渡すものは控の写一枚とした。
写は書面に当たらないものとして扱っていた。当たらない旨の根拠は本手引に記していない。渡した旨を記す欄も設けていなかった。
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集落を出るのは昼の少し前になる。
女の人は土間の棚から布を出して、中に何かを入れた。入れる時に指が三度動く。
包みは掌より少し大きい。持つと下の側が温かかった。
「持っていきな。うちで焼いたやつだから、腹に溜まるよ。道は長いんだから」
私は受け取る。受け取る時、この人の指が私の指の背に当たる。触れたのは二本で、離れるのが早い。
土間の匂いが服に付いている。飯と、それから薪の匂いになる。袖を鼻の近くへ寄せると分かった。
昨日まで着ていたものは、女の人が桶で洗って、庭の紐へ掛けてある。位置は端から二番目だ。
乾くまでにどれだけかかるかを、この人は言わなかった。取りに来いという話も出ない。
庭の子どもは石を並べていた。私が通ると顔を上げる。上げてから、また下を向いた。
列の数は八つになっている。合わせて二十四だ。
戸の外へ出ると、女の人は敷居のところで止まった。外までは来ない。
止まった位置は、昨日この人が私を見つけた時と同じになる。足の先が敷居の外へ出ていない。
「気をつけて行きなよ。何かあったら、うちの前を通ればいいんだから。分かるだろ」
私は頭を下げる。頭を戻してから、浅かったと思う。もう一度は下げない。
道は集落の先で細くなる。狭いところは土で、両側に草が寄っていた。草の高さは膝の下までになる。
最後の家の前に、洗ったものが干してある。数は六枚で、六枚とも同じ向きに掛かっていた。
留めてあるのは木の挟みで、一枚につき二つずつになる。端の一枚だけ三つ付いていた。
三つ目の挟みは色が違う。他のより新しい。
私は歩数を立て直した。集落の最後の家の角から数え始める。
百二十で土が終わった。先は石の道になる。石の継ぎ目には草が生えていて、生えている場所は継ぎ目の端に寄っている。
二百で、車が一台通った。後ろから来て、私の右を抜けていく。
通る時に風が起きた。風は服の裾を後ろへ引く。引かれてから戻るまでに、二つ数えるほどある。
車は荷台に何かを積んでいた。布が掛けてあって、中身は見えない。布の端が四箇所で留めてある。
金具は輪になっている。向きは四つとも下だ。
車が遠くなる。道の先で一度左へ寄って、それから見えなくなった。
二百四十で、右の側に畑がある。畝は道と直角に並んでいた。集落の畑とは違う。
畝の間に人が一人いる。腰を曲げて、手を土へ入れていた。顔は上がらない。
私は歩幅を変えなかった。
二百八十で、道が右へ曲がる。曲がると上りになった。
上りの傾きは、昨日の坂より緩い。それでも息のほうが早く上がる。昨日から寝ていないためだと思う。
包みを持つ手を替えた。持っていた側の指が固くなっている。
四百で、道の脇に石が積んである。数は下から四つ、三つ、二つになる。上に何も載っていない。
積み方は下が大きく、上へ行くほど小さい。一番上の石は掌に載る大きさになる。
石と石の間に小さいのが挟んである。入れた場所は四箇所で、四箇所とも揃っている。
積んだ人が誰かを示すものは無い。近くに札も棒も立っていない。
私は積んだ石の隣に座る。
包みを開ける。中は握った飯で、二つ入っていた。表に何かがまぶしてある。黒い粒で、大きさは揃っていない。
一つを食べる。塩の味がする。舌の真ん中でした。
もう一つは包み直して、袖へは入れずに手で持つ。袖には石と紙が二枚ある。
五百で、瞼が重くなった。歩きながら目を閉じてみる。三歩で足の裏の当たりが変わった。
開けると、道の位置が思っていたより右にある。私は左へ寄り直した。
昨日の夜から寝ていない。数えると、起きている時間は三十時間を越えている。園で長かったのは、消灯の後に配線の作業へ出た日の十九時間になる。
五百六十で、道の脇に水の出るところがあった。細い管が地面から出ていて、口が下を向いている。
押すところは無い。回す形のものも見えない。水は出ていなかった。
口の下の石が濡れている。湿りは真ん中の一箇所で、周りは乾いていた。
私は指を当てる。指の腹が湿る。舐めると、味は無い。
六百四十で、上りきった。
上りきったところで、道が平らになる。そこは幅が広い。左に何も無くて、下が見えた。
下は水だった。
水は横に広い。端が何処かは分からない。右の端は木で隠れていて、左の端は霞んでいる。
道の平らな部分は三十歩ほど続いている。その先でまた下りになった。
平らな部分の左の縁に、低い杭が並んでいる。杭は木で、頭が斜めに切ってあった。
数は九本ある。うち二本は倒れていて、倒れた向きは二本とも下だ。
杭と杭の間に渡すものは無い。渡した跡の穴も見当たらない。
私は座る。座ると、膝の上に包みが乗る。
私は膝の位置を直した。座っているところは道の端で、下へ二歩ぶん行くと草になる。
その中に、鉄の輪が半分埋まっている。径は掌ほどで、上の半分が出ていた。見えている面は錆びていない。
草の先は急に落ちている。落ちている部分の高さは目で測れない。木の頭が下に見えた。
木は五本ある。どれも同じ種類ではない。葉の色が二つに分かれている。
水の色を数える。
一つだ。
近いところと、遠いところで色が違わない。同じ灰の色をしている。日は雲の後ろにあって、影が出ていない。
私は目を細める。それでも色は分かれない。
立ち上がって、二歩ぶん前へ出る。出ても同じだった。
左のほうを見る。霞んでいる先は、水と空の境が消えている。境の線は無くて、上へ行くほど薄くなった。
薄くなるところにも色は一つしか無い。
風が来る。左から右へで、強くはない。
風には匂いがある。土でも草でもない。園の食堂の隅の、樽の置いてあった辺りと近い。あちらより薄かった。
私は鼻から吸って、口から出した。二度そうする。二度目のほうがよく分かる。
匂いは水のほうから来ている。上がってくるのではなくて、横から来た。
私は座り直す。
波を数える。
水の面に線が出ている。線は横に走っていて、こちらへ向かって動いてくる。速さは歩くより遅い。
大きいのが来るまでを数える。
四になる。
次を数える。六になる。その次は五で、その次は三だった。
もう一度数える。七になった。
七の次は五で、その次は五だ。
私は指を折って並べる。四、六、五、三、七、五、五になる。
二度続いたのは最後の二つになる。七は一度出た。
もう一度、初めから数え直す。数え直すと、今度は六から始まった。
数え方を疑ってみる。
大きいのが来たと思うところが、毎回同じ大きさとは限らない。私は大きさの基準を決めていなかった。
高さで一つ決めてから数え直す。線の高さが、指の一本ぶんより高いものを大きいとした。
数えると、二、九、四、六になる。前より散らばった。
基準を替えると数が替わる。書き留める紙を、私は持っていない。
私は数えるのをやめて、水の縁を見る。
縁は土で、その先が石になる。角は丸い。並びは一列ではなくて、大きいものが上に、小さいものが下にあった。
線のようなものは見えない。並んでいるものも見えない。
私は左の端まで縁を目でたどる。たどる間に三度止まる。止まったのは草の出ているところだ。
白いものは無かった。
縁の土は色が濃い。色の付いているのは水の当たるところから上へ、手の幅ほどまでになる。その上は乾いていて薄い。
二つの境は真っ直ぐではない。出たり入ったりしている。出ている場所は五つ数えた。
砂は見えない。あるのは土と石で、石の大きさは掌より小さいものが多い。
縁まで下りる道があるかを目で探した。見えるのは草の間の細い筋で、筋は途中で切れている。
切れた先は下りが急になる。私は行かなかった。
水の上に舟がある。
数えると二つだ。
二つとも同じ色をしている。近いほうも遠いほうも変わらない。白くはなくて、灰と茶の間になる。
近いのは動いていない。遠いのは右から左へ動いていた。速さは水の線より速い。
私は二つを見ている。
遠いほうが木の陰へ入る。入ってから出てこない。
残ったのは一つになる。
私は水の面を目で追った。魚は見えない。跳ねるものも無い。見えるのは線だけで、同じ向きに動いている。
空を見る。日は雲の後ろにあって、位置は分かる。雲の厚さは一様ではない。
薄いところが二箇所あって、二箇所とも右に寄っていた。
朝ならどうかを考えた。朝は日が低いはずだ。横から当たることになる。
いまは昼を過ぎている。試せない。
息を吸って、口を開けてみた。
舌の脇に何もつかない。真ん中でも変わらない。残っているのは自分の口の中の味になる。
舟のことをもう一度考える。
朝に出て、夕方に戻るのが同じ舟だという。いま見ているのは昼を過ぎたところで、出る舟も戻る舟も見ていない。
夕方までここにいれば分かる。いられるかどうかは決めていなかった。
水の縁の近くに、立てるところがあるかを見た。縁から先は色が変わらない。深さは目で測れない。
園の風呂は膝までで、そこから先は無かった。
私は数を並べ直す。
色が一つ。波が四、六、五、三、七、五、五。舟が二から一。魚が零。
どれも揃わない。
揃わないのは、私の数え方が悪いのだと思う。場所を替えれば、別の数が出るのだと思う。
私は立ち上がって、道の下へ二十歩ぶん下りた。
下りたところからもう一度数える。
波は五、五、四、六になった。
下りたところは風が弱い。匂いも薄くなった。高さが二十歩ぶん下がっている。
二十歩ぶん下がると、水の面の見える幅が狭くなる。左の霞んでいるところは、木の枝に切られて見えない。
残る幅は上の三分の二ほどになった。
線の数え方を替えてみる。大きいのを待つのではなくて、線が縁へ着くところを数えた。
着くところは真っ直ぐではない。右のほうが先に着いて、左が遅れる。差は二つ数えるほどある。
草の中に空いた缶が一つ落ちていた。口が上を向いていて、中に水が溜まっている。
溜まった水の面には細かいものが浮いていた。どれも動かない。
私は上へ戻る。上がる時、包みを持ち替えるのを忘れて、右の手が固いままになる。
座り直して、水を見る。
色は一つのままだった。
包みの布を膝の上で畳んだ。折りは四つで、四つ目で角が合わない。端の切り方が真っ直ぐではなかった。
合わないまま膝へ置く。置いた布の上に、日の当たっているところがある。
当たっているところと、当たっていないところで、布の色が違って見えた。
私は布を裏返す。裏返しても、日の当たっている側だけが明るい。
道の後ろで音がした。
人の声で、二つある。近づくと、足音のほうが先に分かれて聞こえた。
私は立ち上がる。
来たのは二人で、上下とも同じ形の服を着ている。色は濃い緑になる。片方が紙挟みを持っていた。
紙挟みを持っていないほうが先に口を開く。
「こちらへ確認に参りました。手引により、所在と着衣と番号の三つを確かめてまいります」
この人は紙挟みを一度見た。見てから、また私へ目を戻す。
「確認ですか」
私は訊いた。
「はい。通報がございましたので、二名で参ることになっております。順番に伺ってまいります」
二人の背の高さは違う。口を開いた人が低い。襟の下に、細い紐が出ていた。紐の先は服の中にある。
紙挟みを持ったほうは、こちらを見ない。目は手元の紙にある。
二人とも手袋をしていない。園の係の人は、個体に近づく時に必ず手袋を着けた。
紙挟みを持ったほうが紙を開く。開いた紙は上に一枚で、下に何枚か重なっていた。
この人は鉛筆を出す。鉛筆の頭は削ってあって、芯が短い。
「順序は手引に定めてあるとおりになります。所在、着衣、番号の順に一つずつ伺ってまいります」
紙挟みの人は、私の後ろの水のほうを一度見た。見てから紙へ戻る。見ていた長さは一つ数えるほどだ。
「まず所在の確かめになります。この場所に、いつからいらっしゃるかをお答えください」
紙挟みの人は膝を軽く曲げて、挟みを腿の上へ乗せた。乗せると紙の面が水平になる。
立ったまま書くための形だと思う。園の係の人は、書く時に必ず台のあるところまで移った。
私は空を見る。日は雲の後ろにある。
「昼の前です」
鉛筆が動いた。動く長さは短い。書いた字は私からは見えない。
書いている間、口を開いた人は私の顔を見ていた。目は動かない。瞬きは四つ数える間に一度だった。
私も動かなかった。座れとも、立てとも言われていない。
「次に着衣の確かめになります。上下とも、こちらの家でお借りになったものでしょうか」
「もらいました」
「どちらの家からかを、後ほど窓口で伺うことになります。今はそのままで結構でございます」
紙挟みの人は書く手を止めなかった。二行目の途中で鉛筆の向きを直す。
変えたのは芯の当たり方で、直してからまた同じ速さに戻った。
「お名前を伺う欄は、こちらの様式にはございませんので、伺わない扱いになっております」
私は口を開きかけた。それから閉じる。訊かれていないことを答える形を、私は持っていない。
この人は上着の袖を見た。目が行くのは口のところで、糸の出ているところになる。
紙挟みの人が二行目を書く。二行目は一行目より長い。
「最後に番号の確かめになります。身体に付いているものがあれば、お見せいただけますでしょうか」
私は首の後ろへ手をやる。何も無い。腕の内側にも見当たらない。
私は靴を脱ぐ。
脱ぐには紐を解く。解くと輪が先に落ちて、それから穴の紐が緩んだ。二重の結び目は昨日より固い。
右の靴を裏返して、内側を見せる。刷ってある数は四桁で、頭の一つが掠れている。
二人は覗き込む。
覗いた時間は三つ数えるほどある。紙挟みの人が三行目を書いた。
「拝見いたしました。お履きになって結構でございます。以上で三つとも済んでおります」
二人は靴の外側を見ない。踵にも、底にも目が行かなかった。見たのは内側の一箇所だけになる。
私は靴を履く。履いてから、紐を結ぶ。輪の大きさは指で確かめた。
左右で同じになる。
二人は私を連れて行かなかった。腕にも肩にも手を掛けない。距離は一歩半ほどのままで、近づきも離れもしなかった。
園では確かめが済むと必ず次のところへ移した。その時は前と後ろに人が付く。立つ位置は決まっていた。
ここには前も後ろもいない。二人とも私の正面にいる。
紙挟みの人が三行目の下へ何かを足した。書いた長さは短い。書き終わってから、鉛筆を挟みの金具へ差した。
紙挟みの人が紙を一枚めくる。めくった下の紙は、上のものより小さい。
「控の写をお渡しします。次の平日に、こちらの窓口へお越しください。九時から十七時までです」
紙が差し出された。
私は受け取る。紙は薄くて、片面にだけ字がある。裏は白い。
字の中に数が三つある。並びの間は空いていない。三つは続いていて、一つの数になる。
桁は六つだ。点は入っていない。園の番号は四桁で、頭に字が一つ付く。
窓口の名は二行に分かれて刷ってある。二行目のほうが字が小さい。
時刻は九時から十七時までと書いてあった。曜日の記載は無い。
私は紙を折らずに持った。
「お預かりするものはございません。荷物の確かめも、本日は行わないことになっております」
この人は言い終わってから、一度だけ頭を下げた。下げる深さは浅い。
もう一人も同じ深さで下げる。速さは二人で違った。
私は頭を下げた。二人が下げたのと同じ深さにする。速さは合わせられなかった。
二人は来た道を戻っていく。帰りは並ばずに前後になった。前を行くのは紙挟みの人になる。
前を行く人の背中に、服の縫い目が縦に二本走っている。間は肩幅の半分ほどだ。
後ろの人は、歩きながら襟の下の紐を服の中へ押し込んだ。動きは二度で、二度目で入る。
二人の歩幅は違う。前を行く人が大きい。それでも間は広がらなかった。後ろの人が歩数を増やしている。
足音が遠くなる。遠くなる速さは一定だった。
私はその場に立っている。
二人が下って行った先は、道が一度左へ寄るところで見えなくなる。消えるまでに二十四数えた。
その間に、後ろの人が振り返ったのは零回になる。
風はまだ左から来ている。向きは私が座った時と変わらない。
二人が言わなかった言葉を、私は探そうとした。何を探しているのかが出てこない。
紙を見る。
字は薄い。書いてあるのは窓口の名と、時刻と、三つ続いた数になる。私の番号は無い。四桁のものも、頭に字の付いた形も無い。
紙の下の隅に、小さい枠が刷ってある。枠の中は空だ。
枠の縁は二重で、内側の線が細い。家の卓で見た紙の枠と、線の太さの組み合わせが同じになる。
あちらは丸い枠で、こちらは四角だ。
紙の角は四つとも直角になっている。切り口に毛羽が無い。機械で切った紙だ。
私はその紙を袖の内側へ入れる。
袖の中は三枚になる。折り目の数は三本と、一本と、無しになった。
立っている間に、足の裏の当たりが変わっていた。右の踵の外が痛い。押すと痛みの場所が動く。
移る先は踵の内側になる。靴を脱いで確かめることはしなかった。
膝の上の布はまだ温かい。温かさは包みの中身のものではなくて、私の腿から移ったものになる。
包みを開ける。残っていた一つを食べる。
塩の味は前と同じ場所でした。
二つ目は一つ目より固い。冷えている。噛む回数は十九になった。
一つ目は十四だった。差は五になる。
黒い粒を噛むと音がする。音は歯の間で鳴って、耳の中まで届いた。
二人が言った語を並べてみる。確認。手引。所在。着衣。番号。控の写。出頭。窓口。
八つになる。どれも園の紙で見たことがある。
園に無かった語は一つも出てこなかった。
日が動いている。雲の切れ目が右へ寄って、水の上に明るいところができた。
明るいところの色を見る。
そこだけ薄い。周りとの差は、目を細めると消えた。
私は膝を抱えて、水の線を見ていた。線は同じ向きに動いてくる。間隔は数えない。
膝の骨が腕に当たる。当たる場所は肘の内側の少し下で、袖の石とは反対の腕になる。
抱えている間、足の裏が地面から浮いた。上がっているのは踵で、爪先は着いている。
日が雲から出た。出ると影が出来る。私の影は右の後ろへ伸びていた。
影の頭は道の縁の草に掛かっている。そこで形が崩れた。
立ち上がる。膝を伸ばすと、後ろ側の筋が張った。張るのは左が強い。
石の積んであるところまで戻る。歩数は八十七だった。行きは数えていない。比べるものが無い。
積んだ数は下から四つ、三つ、二つのままだ。
上に何も載っていない。私も置かなかった。
道の反対に、細い水の流れがある。幅は跨げるほどで、下へ落ちていた。
行く先は草に隠れて見えない。音が続いている。高さは一定だ。
私はその水へ手を入れた。冷たい。指を三本入れて、五つ数えてから出す。
出した指から水が落ちる。落ちる場所は道の土で、土は色を変えてから戻った。
道は水の縁に沿って続いている。沿っている部分の長さは目で測れない。
沿っている先に、屋根が二つ見えた。二つとも低い。間は木で切れている。
昨日の朝に数えた七つとは別のものになる。数え合わせようとして、位置が分からなくなった。
次の平日は月曜だ。今日は土曜で、間に日曜が一日入る。
この一日を何処で過ごすかを、二人は言わなかった。訊く形を、私は口の中で作って、作ったまま出さなかった。
日が下がってきた。
下がると、水の色が変わる。灰から鈍い橙になって、その後も一つのままだった。
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確認の記録(抄)
確認をした者 二名
確認の場所 高台の道の脇
確認の後の指示 次項に記す
一、通報の受理
本件の通報は本日の十時四十分に受けた。受けたのは当直の者になる。通報の内容は「濡れた子がいる」であった。
通報をした者の氏名の記入は無い。
記入させる定めも置いていなかった。
二、確認をした者
確認は二名で行った。
氏名は本記録の欄外へ記した。欄外に記す扱いは、本記録の様式によるものではない。様式に氏名の欄を設けるよう起案した例は、前年度に一件あった。
当該の起案は保留のままである。
三、確認の内容
所在、着衣、番号の三つを確かめた。所在は本日の昼の前からであった。着衣は当該地域のものになる。
個体の身体に番号は認められなかった。履物の内側に四桁の数がある。数の頭の一字は掠れている。
掠れた分を判読した旨を記す欄は本記録に無い。
四、通報の内容との差
通報の内容は前項一のとおりであった。
確認の時点において、着衣は乾いていた。差についての記載を求める欄は本記録に置いていない。差の生じた事由を確かめる手順も定めていなかった。
四の二、着衣について
着衣は上下とも当該地域のものであった。入手の経緯は本日の確認では確かめていない。
確かめる旨は手引の三つに含まれていない。後ほど伺うこととした旨を口頭で伝えている。伝えた旨を記す欄は本記録に無い。
四の三、所持していたもの
個体は布の包みを一つ持っていた。中身は確かめていない。確かめる手順は手引に定めていなかった。
袖の内側については見ていない。見る旨も定めていない。所持品の欄は本記録の様式に無かった。
四の四、個体の応答
問いに対する応答は三つとも得られた。応答の語をそのまま記す欄は本記録に無い。要旨を記す欄はある。
本件については、いずれも要旨の欄へ記入した。記入の長さの定めは置いていなかった。
五、確認の後の指示
控の写一枚を交付した。
交付した旨を記す欄は本記録に無い。本件については、確認の後の扱いを定めた条による。条の番号は手引に示してある。
中身は当窓口の別冊にある。別冊を本日携行していたかどうかは、本記録では確かめていない。
六、添えたもの
本記録に添えたものは無い。添える扱いも置いていなかった。控の写の番号は本記録の欄外へ記した。
欄外に記す扱いは、本記録の様式によるものではない。
番号は当窓口の綴りの側で照合する扱いとした。次の平日に、窓口へ出頭させること。




