第074話 三つ載っている
保全管理機構 用語の取り扱いに関する事務連絡(抄)
用いる語 次の各項による
用いない語 次項に記す
改めた年 令和二百九年
一、用いる語
当機構の書面において、施設の外にある地域を指す語は、次のとおりとした。正式の場合は「当該地域」を用いる。統計の表においては「地域外」を用いることとしていた。
両者を使い分ける基準は、本連絡に記していない。
使い分けの例を示した資料も配っていなかった。
二、用いない語
前項の地域を指すものとして、住民の側が用いている二字の語がある。当機構の書面において、当該の語は用いない扱いとした。用いない理由の記載は本連絡に無い。
理由を記すよう求めた例も残っていなかった。当該の語を書面に用いた例は、令和二百九年より前に十一件ある。十一件はいずれも現場の部門が作成した書面であった。
以後の例は零件になる。
三、改めた年
本扱いを定めたのは令和二百九年である。
改めの前の扱いを記した書面は、保存年限を超えていた。年限は十年としている。超えた分の廃棄は、年度ごとにまとめて行うこととした。
廃棄の一覧に本件が含まれていたかどうかは、当機構では確かめていない。
四、住民の側の呼び方
当該の地域の側が自らを何と呼んでいるかについて、当機構では把握していなかった。把握するための調査を行った記録も無い。行う旨を定めた記載も置いていない。
住民の側から当機構へ宛てた書面のうち、当該の語を用いたものは本年度に四件あった。四件とも受理している。受理の際に語を改めさせた例は無かった。
四の二、書面の受理
前項の四件は、いずれも当機構の窓口で受理した。受理の際に用いた様式は三種であった。
三種のうち二種には、語を記入させる欄がある。残る一種には無い。欄の有無を揃えるよう起案した記載は残っていなかった。
五、施設の内における取り扱い
施設の内において、当該の語を個体へ示す扱いは置いていない。
示さない旨を定めた記載も無かった。個体の側からこの語について問われた例の数は、当機構では数えていない。数える欄も設けていなかった。
五の二、過去の書面の扱い
第二項に記した十一件について、書面を改める扱いは置いていない。改めさせた例も無かった。十一件はいずれも保存の年限の内にある。
閲覧の申し出があった場合の扱いは、本連絡に定めていない。申し出の例も残っていなかった。
五の三、問われた場合の扱い
個体の側から前項の語について問われた場合の扱いは、本連絡に定めていない。定めるよう起案した記載も無かった。現場の部門からの照会は、本扱いを定めた年に二件あった。
二件とも回答の写が残っていない。
写を取らせる扱いも置いていなかった。
六、本連絡の周知
本連絡は各部門へ一通ずつ配った。
配った先は十九である。受け取った旨を返させる扱いは置いていない。返された例は零件になる。
周知の後に照会のあった件は一件で、内容は統計の表の使い分けについてであった。回答は「使い分けは作成の部門の判断による」であった。判断の基準を示す資料の添付は無い。
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下りは百八十歩ある。下りきったところで道の幅が広くなった。
広くなった先に屋根が七つ並んでいる。上から見た数と同じだ。
一番手前の家の前に、水を出す栓が立っている。栓の下は石で、石の真ん中が窪んでいた。窪みには水が溜まっている。
水は出ていない。栓の口の下に、白い輪の跡が残っている。輪は二重で、内側のほうが濃い。
道の左に囲いがある。竹を縦に並べてあって、間は指の二本ぶん空いていた。
中に鳥がいる。数は六羽で、四羽が地面を見て、二羽は動かない。動かない二羽は柵に寄っていた。
鳥の匂いがする。園の飼育棟の裏と近い。あちらより薄い。
二軒目の家の前に、履物が並べて干してある。片方だけのものが二つあった。
三軒目の前には何も出ていない。戸が閉まっていて、内側から音もしない。
私の足は止まりかけている。膝から下が重い。持ち上げる時に、腿の前の筋が張った。
昨日から歩いた数は分からない。立て直した分なら、屋根の下で数えた七つを覚えている。
私はその前で止まった。
窓の内側で何かが動く。それから戸が開いた。
開けたのは女の人だった。手に布を持っている。布は乾いていて、色は薄い青になる。
この人は私を上から下まで見る。目は靴で一度止まる。それから顔へ戻る。
「あんた、何処から来たの。ずいぶん濡れてるじゃないの、こんな朝早くから」
この人が言う。声は大きい。
私は何と答えるかを考える。園の名を出さない。家の名も出さない。
「歩いてきました」
この人は戸をもう少し開ける。中は土間で、床は土を固めたものになる。奥に上がり口があって、そこから先は板だ。
「入りな。そこじゃ乾かないよ。うちは今日、人が来るけど気にしなくていいから」
私は土間へ入る。
入ると匂いが変わる。飯の匂いで、園の食堂と近い。あちらより甘い。
甘いのは何かを足しているのだと思う。
土間の天井は高い。梁が三本渡してあって、真ん中の一本だけ色が濃い。そこは煙の当たる位置になる。
梁から紐が下がっている。紐の先には何も付いていない。切った跡が斜めに走っていた。
壁は板で、下の三分の一で色が変わる。低いところが黒く、上へ行くほど薄くなる。
板の継ぎ目に釘の頭が並んでいた。間は掌の幅ほどで、途中に二箇所、間の狭いところがある。
右の柱に、横の線が何本か引いてある。
線の高さは下から順に上がっていく。数は七本で、一番上のものだけ二重に引いてあった。
線の脇には数が添えてある。読める形は年になる。数は続いていて、途中で一つ飛んでいた。
一番上の線は、私の目の高さより少し下になる。
土間の隅に竈がある。火は入っていて、上に鍋が載っていた。鍋の縁から湯気が出ている。
湯気の上がる速さは、園の洗濯室の釜より遅い。
女の人は私を上がり口へ座らせる。座ると、板の縁が腿の裏へ当たる。
この人は布を持ったまま私の後ろへ回った。
髪に布が触れる。押さえて、離して、また押さえる。私は動かなかった。
布は首の後ろから肩へ下りる。肩から背中の上へ移った。
背中の真ん中まで来る。
そこは自分では届かない場所になる。手を回しても、指の先が肩甲骨の下で止まる。園ではその辺りが乾くまで置いてあった。
布は止まらずに下まで行った。
それから、もう一度上から下りてきた。
二度目は一度目より軽い。押さえる強さが変わる。私は数えていた。首から腰まで、一度目は九回で、二度目は七回になる。
この人は布を絞る。絞った水は土間の隅の桶へ落とす。落ちる音は二つで、二つ目のほうが小さい。
拭かれている間、私は膝の上で手を組んでいた。組んだ指の位置は動かない。
肩の力が抜けるのが分かる。抜けるのは首の後ろからで、そこから下へ順に緩んだ。速さは息を吐くのと近い。
園で背中に手が当たるのは、測る時と、洗う時になる。どちらも決まった時刻がある。
いまは誰も時刻を言わない。
「上のも脱ぎな。乾いたのを出すから。うちの子のだけど、あんたなら入るでしょ」
私は服を脱ぐ。袖の内側から石と紙を出して、膝の上へ置く。
女の人はそれを見る。何も訊かない。
出してきたのは襟の丸い上着で、色は生成りになる。袖の口に糸が一本出ていた。
着ると、肩のところが少し余る。裾は指の三本ぶん長い。
私は石と紙を新しい袖へ入れる。この袖には折り返しが無い。内側へ入れると、肘の側で止まった。
女の人は鍋の蓋を取る。
器を三つ出す。三つとも大きさが違う。小さいのを私の前へ置く。
置いた器の中に、三つ載っている。
白いのと、黄色いのと、緑のものになる。白いのは飯だ。黄色いのは卵で、切ってある。緑は葉で、しんなりしていた。
園の器には一種類しか載らない。時間ごとに替わる。一度に二つは並ばない。
私は三つを順に見る。どれから食べるかの決まりを、この人は言わない。
園の食堂の掲示は、飯が先で汁が後だと書いてあった。順を替えた者を記す欄も、票の側にある。
その欄に記入があるのを、私は一度も見ていない。
「冷めるよ。順番なんかないんだから、好きなのから食べな。ほら、遠慮しないで」
匙が添えてある。木の匙で、柄のところが薄く削れていた。削れているのは持つ側の面になる。
握ると、削れた場所へ親指が入る。入れる位置を私は探さなかった。指のほうが先に止まる。
園の匙は金属で、柄に模様が三つ入っていた。木のものは軽い。
私は白いのから食べる。
温かい。口の中で崩れる速さは、園のものより遅い。噛む回数が増える。
黄色いのは塩の味がした。緑のものは苦い。苦さは奥のほうへ残る。
三つを順に食べると、口の中の味が三度替わった。
噛む回数を数える。白いのは十二で、黄色いのは八になる。緑のものは十七まで数えて、そこで飲み込んだ。
喉の奥が一度狭くなる。狭くなってから戻るまでに、二つ数えるほどある。
胃の上のあたりが動いた。場所は昨日、鳴ったところと同じになる。
温かいものが下りていくのが分かる。下りる速さは、飲み込む速さより遅い。
汁が別の器で出た。器は浅くて、縁が反っている。中は薄い茶で、底が見えた。
底には何も沈んでいない。飲むと塩の味がする。塩は黄色いのより弱い。
替わる度に、私は少し止まる。
女の人は板の間に座って、こちらを見ていた。目を上げたまま自分も食べている。この人の器には四つ載っていた。
「そんなに真面目に食べる子は久しぶりだよ。うちの子は全部混ぜちゃうんだから」
この人は笑った。
笑い方は口が開く。息が二度出て、二つ目が短い。
私は自分の口が動いたのを感じた。上の唇の端が上がって、そのまま戻らない。元へ戻るのは五つ数えた後になる。
器の底が見える。
底の縁に欠けが一つある。爪の半分ほどで、白い。欠けたところだけ色が違った。
外で音がする。
足音が四つと、それから話し声になる。女の人は器を置いて立ち上がった。
「常会だよ。庭でやるからね。あんたはそこにいていいよ。座ってな、ゆっくり」
戸が開いたままになる。土間からは庭が見えた。
庭には板を渡した台がある。上に紙が置いてあった。紙は三枚で、一番上のものだけ罫が引いてある。
人が集まってくる。数えると、女の人を入れて十四人になる。
年の上の人が多い。子どもは一人で、女の人の後ろにいる。背は私の肩までだ。
紙を回す。回す順は台の右から左で、受け取った人が一度読んで、次へ渡す。その時に自分の名を言う人と、言わない人がいた。
言うのは七人で、言わないのは六人になる。最後の一人は紙を持ったまま座った。
人の座り方は決まっていない。台の近くに寄る人と、庭の端に立ったままの人がいた。
立っているのは三人で、三人とも壁を背にしていた。日の当たらない場所になる。
台の脚は四本で、二本が短い。短いほうへ石が噛ませてあった。石は平たくて、重ねてある。
重ねた数は右が二つ、左が三つになる。
話は用水のことから始まった。
側溝の泥を上げる日を決める。去年と揃えて、月も週も動かさないことにした。反対する人はいない。
誰も紙を見ずに話している。回ってきた紙へ目を落としたのは、十四人のうち二人だ。
その二人は、どちらも指を字の上へ置いて動かしていた。動かす速さは揃っていない。
次は集金の話になる。額は一戸あたりで決まっていて、変えないことになった。
額を言う時、二人が同時に一つの数を言った。それから片方が笑う。もう片方の口は動かない。
動かなかった人は、そのまま次の話へ移った。
庭の隅に手押しの車が置いてある。車輪は二つで、片方の空気が抜けていた。そちらが下がっている。
車の上に袋が三つ載っていた。袋の口は縛ってあり、結び方は三つとも揃っている。
紙の上のほうには、月と数が並んでいる。数は十二あって、そのうち三つに丸が付いていた。
丸の大きさは揃っていない。真ん中のものが二重に描いてある。
三つ目で、紙の下のほうを指す人がいた。
入園の申込の話が出た。隣の家がとうとう出したという。
女の人は首を横に振る。それから答えた。
「順番があるからね。出したからって、すぐってわけにはいかないんだから」
この二人の間で、名は出ない。言うのは家の位置になる。
四つ目に、道の草の話が出た。
何処の前を誰が刈るかという話になる。刈る範囲は家の前までとされていて、家と家の間は決まっていない。
間の部分について、去年は二軒が別々に刈った。一つの場所を二度刈ったことになる。
その話をした人は指で長さを示した。示した幅は肩ほどある。示された相手は頷いて、何も言わない。
決めた事項は無いままで、話が次へ移る。
子どもが庭の端で石を並べ始めた。並べ方は三つずつで、三つ並ぶと次の列へ移る。
私は数えた。列は五つで、合わせて十五になる。
子どもは私を見る。それから石を一つ持ってきて、私の足の前へ置く。
私はその石を持ち上げる。重さは袖の中のものより軽い。表に穴が三つある。穴の並びは一直線ではない。
私は石を子どもの手へ返す。子どもは受け取って、また列へ戻る。
置いた場所は、私の返した位置と同じ列の端になる。
子どもは列を作り直し始める。三つずつという決まりは崩さない。ただし今度は列と列の間を広げた。
広げた幅は指の二本ぶんになる。前は一本ぶんで足りていた。
六列目に入ると石が足りない。子どもは庭の隅から二つ拾ってくる。二つは色が違う。
濃いほうを、子どもは列の端ではなく真ん中へ置いた。
私は列を数え直す。六列で、合わせて十八になる。
子どもは数えていない。並べ終わると、一番手前の列を崩して、また三つずつ置き直した。
できた形は前と変わらない。作る間、指は一度も止まらなかった。
紙が回りきる。台の上に戻ったところで、年の上の人が何かを言った。声が低くて、途中までしか聞こえない。
女の人が答える。
「そんなの決まってるでしょ。うちらは野生だからさ。届けを出せば通るんだよ」
庭で二人が笑う。息の出し方は女の人と違う。続けて出ている。
私はその二字を頭の中に置く。
音は二つで、どちらも短い。強く出るのは二つ目になる。口の中で一度、その音を作ってみた。声にはしない。
庭では話が次へ移っている。誰もこの二字を説明しない。求める人もいない。
板の台の紙が風で少し動く。一番上の一枚だけが浮いて、すぐ戻る。
最後に、当番の話が出た。
次の当番は名簿の次の家になる。名簿は箱の中にあって、この日は出てこない。
誰も確かめない。次が何処かを、その場の全員が知っている顔をしていた。
私は名簿を見ていない。出してくれとも言わなかった。
庭の隅の鳥が一度鳴いた。鳴いたのは囲いの中の一羽で、二度目は鳴かない。
人は誰も振り向かない。顔を上げたのは私と子どもの二人になる。
常会は昼の前に終わった。
人が減っていく。減る速さは一定ではない。二人ずつ帰る組と、一人で帰る人がいる。
女の人は台の紙を集める。端を揃えて四つに折った。折り目は縦に一本、横に一本になる。
折り目の交わるところに、指で押さえた跡が残る。跡は爪の先に似ている。
庭の板の台は、人がいなくなると低く見える。脚の下の石だけが白く残った。
私は土間の縁へ寄った。
「野生はなんですか」
私は訊いた。
女の人は紙を持ったままで、こちらを見た。それから、可笑しそうな顔をする。
口の端が片方だけ上がる。上がるのは左になる。
「あんた、そりゃあ、うちらのことだよ。外にいるのが野生。中にいるのが違うほう」
「いつからですか」
「知らないよ。昔からそう言うんだから、決まったも何もないでしょうよ」
この人は前掛けの紐を結び直した。結び目は腰の後ろで、見ないで作る。作る間に手が三度動いた。
この人は言い終わってから、庭のほうへ目を移した。先に何かがあるわけではない。
目が戻ってくるまでに、四つ数えるほどある。
「あんたも外にいるんだから、そっちだよ。何もややこしいことはないんだから」
私は返す言葉を持っていた。ただし口へ出さない。
この人が次の動きへ移ったためになる。紙を持ち直して、庭の端へ歩き出した。
この人は紙を庭の端の箱へ入れる。
箱の縁には、雨で膨らんだところが一箇所ある。膨らんだのは蓋ではなく、身のほうになる。
蓋を下ろすと、その一箇所に隙間が残る。隙間の幅は紙の一枚ぶんになる。箱は木で、蓋が付いている。
入れる時に、蓋の内側へ手を掛けて一度止めた。止めてから、静かに下ろす。
外で金属の音がする。
二拍ずつ鳴っている。近づくと間が短くなった。
自転車が庭の前で止まる。乗っているのは雨具の人だった。今日は雨具を着ていない。上は袖の短いもので、指の背の傷が二本見える。
この人は荷台の箱を一つ下ろした。角を包んだ布は昨日と同じ結び方になる。
下ろす時、膝を曲げて腰を落とした。落とす深さは箱の高さぶんになる。地面に着ける前に一度止める。
止めてから置いた。置く音はしない。
「ここまでで置いてく。回してくれ」
「はいはい。いつも悪いねえ、あんた、朝からずっと一人で回ってるんでしょう」
「二軒目になる。あと十一軒ある」
この人は私を見る。それから何も言わない。
自転車に乗って、来た向きとは逆へ行った。金属の音が遠くなる。速さは昨日と同じだった。
女の人が箱の紐を解く。中には紙の束が入っている。束は白くて、上から見ると縁が揃っている。
束の厚さは指の一本ぶんある。上の一枚を持ち上げると、下の紙が付いてこない。刷りたてではないのだと思う。
紙の縁は揃っているが、下から三枚目の角が少し折れていた。折れは一つの向きへ寝ている。
この人は束から一枚を抜いて、庭の板の台へ置いた。
残りは箱へ戻す。戻す時に束の向きを揃えた。揃える動きは二度で、二度目は角のところに掛かる。
「これは回すやつだからね。うちで止めちゃ駄目なんだよ、次があるから」
箱の蓋は閉めない。開けたままにして、上に石を一つ載せた。石は庭のもので、子どもの列にあったものとは大きさが違う。
私は台の上の一枚を見る。字は刷ってある。行は上から下まで並んでいて、途中に空いたところが二つあった。
空いたところの幅は揃っていない。上が広い。
字は小さい。行の間は指の半分ほどで、下へ行くほど狭くなる。一番下の三行だけ、字が他より小さくなる。
紙の左の端に、切り取る線が点で引いてある。点の間は同じ幅になる。線の外側は白い。
私は表を見て、手は触れなかった。
台の板には、紙の角が当たる位置に薄い筋が付いている。筋は四本で、四本とも長さが揃っていた。
紙を何度も同じところへ置いた跡になる。置く人が替わっても、位置は動いていない。
女の人は上がり口へ座って、足を投げ出す。足の裏は土で汚れている。汚れは踵の側が濃い。
庭では紙が一枚、台に残っている。ほかの二枚は箱の中へ入った。
順は下から上ではない。上に載っていたものを先に入れて、その上へ残りを重ねている。
この人は私のほうを見た。
「あんた、名前はなんて言うの。ずっと呼ぶのに困るじゃないの、このままじゃ」
私は口を開く。開いてから、何を言うかを探す。
二字の呼び名が頭に浮かぶ。家で付いたものになる。それから園の番号が浮かぶ。
どちらも言わなかった。
「ななです」
言った後で、自分の声が思ったより小さいと分かる。
「ふうん。ななね。いい名前じゃないの、短くて言いやすくて、覚えやすいよ」
この人は続けて何か言いかけて、やめた。やめてから、鍋の側へ目を移す。
私はその二拍の間、上がり口の板の木目を見ていた。木目は縦に走っていて、途中で二本が寄る。そこだけ色が濃い。
この人はそれ以上訊かない。
訊かれると思っていた。園から来たのか、家は何処か、番号は何か。
どれも来ない。
来ないと、返す言葉が私に残る。口の中でまとまらないまま下りていった。
立ち上がって、土間の器を片付け始めた。私の器を持ち上げて、底の欠けを指でなぞる。
「これね、去年うちの子が落としたの。捨てようと思って、まだ使ってるんだよ」
欠けは白いままだ。なぞっても色は変わらない。
欠けた面は磨り減っている。落ちた時の角が丸くなっていた。何度も手が触れた後になる。
この人の指は欠けの上で一度止まって、それから縁を回った。回る向きは器の口に沿っている。
器は桶へ入る。水の中で、欠けの側が下を向いて沈んだ。
女の人は桶の水を捨てに外へ出た。戻ってくるまでに、十二数えるほどある。
子どもは庭で紐を拾って、指へ巻き始めた。巻く指は人差し指で、巻いた数は六になる。
巻き終わると解いて、また巻き直す。二度目は七になった。
私は上がり口に座ったままでいる。板は日が当たっていて、温かい。熱は腿の裏から入ってくる。
入ってくる速さは、飯が下りていった速さと近い。ただし、こちらのほうが長く続く。
膝を抱えると、上着の裾が板の上へ広がった。左右で形が違う。右が広い。
庭の紙は一枚、台の上に残っている。
風が来ると縁が浮く。浮いてから戻るまでに、二つ数えるほどある。
二度目に浮いた時、裏の側が見えた。
裏は白い。刷ってある字は表の面になる。ただし右の下の隅に、鉛筆で何か書いてあった。
字は二つで、小さい。
私はその二字を見る。読める。庭で聞いた音と同じになる。
書いた人の名は、その紙の何処にも無い。
女の人が桶の水を替えている。腕を肘まで入れて、底のほうを手で回す。回す向きは右から左になる。
この人の手は大きい。指の付け根に硬いところがあって、色が黄色い。四本にあって、小指には無い。
水を捨てる時、桶を持ち上げる位置は縁の二箇所になる。持つ場所は毎回変わらない。二度目も三度目も、親指の当たるところが動かない。
私の髪はもう乾いている。背中の側が最後になった。
子どもが庭から入ってきた。手に石を三つ持っている。並べていた列から抜いてきたものだ。
子どもは石を上がり口の縁へ置く。置く間は開けていて、間は指の一本ぶんになる。
私は三つのうち真ん中を見る。表に穴が三つある。さっきのものと同じになる。
子どもは何も言わない。置いてから、また庭へ戻る。
二字の音が頭に残っている。庭で二度聞いて、紙の隅で一度見た。
三度とも揃っていた。意味は誰も言わない。私も、それ以上は訊かなかった。
板の台の紙は、いまも一枚残っている。
私は今日の数を並べる。屋根が七つ。器に載っていたのが三つ。噛んだ回数が十二と八と十七。
布が首から腰まで九回と七回。常会に出た人が十四。石の列が五つで、合わせて十五。回覧の残りが十一軒。
柱の線は七本で、一番上だけ二重になる。
並べても割り切れない。それ以上は確かめなかった。
日が土間の奥まで入ってきた。先は上がり口の板の手前で止まっている。
止まっている線は、さっきより指の二本ぶん奥にある。日は昼へ寄っていく。
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地区の常会の記録(抄)
開いた日 六月十六日
出た者 十四名
諮った件 三件
一、開いた日と場所
本日の常会は六月十六日の午前に開いた。場所は例のとおり、当番の家の庭とした。当番は名簿の順に回している。
順は毎年の初めに引き直す。
引き直しの方法は記していない。
二、出た者
出た者は十四名であった。名を書いた行は十三行になる。足りない一行についての記載は、本記録に置いていない。
書き足す扱いも定めていなかった。出なかった家は三戸である。三戸のうち二戸から、あらかじめ知らせがあった。
三、諮った件
一つ目は用水の泥上げの日である。去年と同じ月の同じ週とした。反対は無かった。
二つ目は集金の額である。一戸あたりの額は変えないこととした。年に二度集めることも、去年のままとする。
三つ目は入園の申込に関する話であった。本件は諮ったものではなく、話が出ただけになる。決めた事項は無い。
申込を出した家の名は本記録に書いていない。書かない扱いを定めた記載も無かった。
四、回覧
回覧の紙は本日、二軒目までが済んでいる。残りは十一軒になる。回す順は名簿の順ではない。
道の並びによっている。並びの順を書いた紙は、当番の家に無かった。止めてよい家の定めは置いていない。
止めた例が過去にあったかどうかも、本記録では確かめていない。
五、次の常会
次の常会は来月の同じ週とした。
当番は名簿の次の家になる。日を知らせる方法は回覧による。回覧が届かない家への扱いは定めていなかった。
五の二、当日の来訪
本日、当番の家に来訪が一名あった。来訪の記載を求める定めは本記録に無い。当番の家の側から申し出があった場合の扱いも定めていなかった。
氏名を記す欄は置いていない。
六、備考
本記録は当番の家で書いた。
用紙は回覧の紙の裏を用いている。
裏を用いる扱いを定めた記載は無い。過去の記録も同じ扱いであった。
六の二、用紙の残り
回覧の紙は本日、二十枚を受け取った。
うち一枚を本記録の用紙とした。残りは十九枚になる。次の当番へ渡す枚数を定めた記載は無い。
渡した枚数を数えた例も本記録には残っていなかった。
六の三、書いた者
本記録を書いた者の氏名は、末尾に記していない。
記す欄も設けていなかった。当番の家が書くという扱いは口伝えによる。書面にした例は残っていない。
七、余白
本記録の一枚目の右の下の隅に、鉛筆で二字が書いてある。
書いた者の記載は無い。
「野生」




