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人間館 ―絶滅危惧種ヒトの飼育記録―  作者: 智珠
第五章 譲渡

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第072話 結び目

飼養する個体の所在に係る届出の様式(抄)


届出を要する場合 次の各項に記す

届出の期限 三日以内

届出をした者 相手方


一、届出を要する場合


届出を要するのは、飼養する個体の所在が確かめられなくなった場合とした。所在の確かめ方は定めていない。確かめた旨を記す欄は本様式に置いた。


確かめた方法を記す欄は置いていなかった。方法を記させるよう起案した例は前年度に一件ある。当該の起案は保留のままであった。


保留の期間を定めた記載は無い。


前年度からの保留は本件を含めて六件になる。


二、届出の期限


期限は所在が確かめられなくなった時から三日以内とした。時の起算を記す欄は本様式に無い。起算を相手方の申告によるものとする旨は、様式の裏面へ小さく刷ってある。


字の大きさは本文の半分になる。裏面の刷りを読んだ旨を確かめる欄は置いていなかった。読ませる手順も定めていない。


三、届出をした者


届出は相手方が出すものとした。


相手方が複数ある場合は、代表の一名を定めさせる。代表を定めた旨を記す欄は本様式にある。定めなかった場合の扱いは別に定めていなかった。


本年度の届出は四件であった。四件とも代表の欄に記入がある。四件の代表はいずれも世帯の主とされる者になる。


世帯の主を定める根拠は本様式に記していない。


四、様式の目録


当部門の様式の目録は百七十一件を載せている。うち相手方が出すものは八十四件になる。当部門の内部で用いるものは八十七件であった。


合計は目録の件数と合う。個体の側から出せるものは、目録に一件も載っていない。載せない旨を定めた書面も無かった。


目録の編成は五年ごとに引き直している。前回の引き直しは三年前であった。当該の引き直しの際にも、前項の別は設けていない。


五、目録に無いこと


前項の一件も無いことについて、当部門で検討した記載は残っていない。検討を求められた例も本年度に無かった。求める様式が目録に無いためであるかどうかを、当部門では確かめていない。


作らなかった旨を記した書面も残っていない。


作らせなかった旨を記した書面も無かった。


六、届出の後の手続


届出を受けた後の手続は、区分の変更の手続によるものとした。変更の日は届出の日とする。所在が確かめられた場合の手続は別に定めた。


定めの番号は本様式の裏面へ刷ってある。


本年度に所在が確かめられた例は二件であった。二件とも届出の日から七日以内になる。確かめられた後の区分を元へ戻す手続は、別の様式による。


死亡した場合の届出は別に定めた。定めの番号は別紙の目録へ載せている。当該の様式の交付は、求めがあった場合に限る。


当該の様式も相手方が出すものであった。


七、本様式の交付


本様式は引き渡しの際に一通交付する。交付した旨を記す欄は譲渡の書類の側に置いた。本年度の交付は十一件であった。


うち返送されたものは零件になる。交付の際に記入の仕方を説明した記録は残っていない。説明を要する旨も定めていなかった。


返送を求める扱いは置いていない。


求めるよう起案した記載も残っていなかった。


──────────────────


 夕方の器は四つになる。私のぶんは右の端で、卓の縁からの幅も動いていない。

 器の並びは左から男の人、女の人、翔太、私になる。八十七日変わっていない。


 器を置く前に、女の人が私の額へ手を当てた。手は右で、掌ではなく甲になる。当てている時間は、三つ数えるほどある。


「顔の色は昨日よりいいみたい。あなた、暑いなら窓を開けてちょうだいね」


 この人が言う。それから体温計を持ってきた。


 脇に挟む。

 待つ間、私は卓の脚の傷を数える。傷は右の前の脚に四本ある。うち一本が横で、残りは縦になっていた。


 横の一本が四本のうちで一番深い。爪を入れると先が止まる。深さは爪の半分ほどになる。

 音が鳴る。女の人が抜いて、数を読む。

 数は三十六度四分だった。昨日は三十六度五分になる。差は一分で、園でもこの幅の中に入る。


 この人は数を紙へ書いた。紙は台所の壁に貼ってある。

 卓の私の場所からは、紙の左の端だけが見えた。


 縦の並びは、今日で四十九になった。昨日まで四十八だった。その数の数え方を、私は知っている。


「増えましたか」


 私は訊いた。訊く言い方はこれしか持っていない。


「毎日つけていれば増えるものですからね。あなたは気にしなくていいの」


 女の人が言う。この人は私に何も訊かない。八十七日、一度も訊いていない。


 卓の面には木の目が横に走っている。目の数は私の器の下で九本になる。九本のうち二本が濃い。

 濃い二本は隣り合っていない。間に薄いのが一本ある。


 濃い側は指でなぞると少しへこむ。薄い側はへこまない。一枚の板の中で硬さが違うのは、木が育った時の速さによると、私は前に読んだ。

 今日の器には赤いものが二つ入っていた。細長いのが一つと、丸いのが一つになる。丸いのは噛むと中から汁が出る。

 量は口の中で舌が動くほどある。


 細長いのは繊維が縦に通っていて、噛むと縦へ割れた。音は歯の中でしかしない。

 短い緑が汁に浮いている。数えると五つあった。昨日は七つになる。


 汁の中の緑は、噛むと口の中で崩れる。崩れ方は昨日のものと違った。

 昨日のは繊維が残って、今日のは残らない。煮た時間の長さによるらしい。


 白い粒は一口につき八つか九つだ。数えるのは口へ入れた後になる。噛む前に数える。

 今日は三口目だけが十を超えた。超えた分は舌の左へ寄った。


 男の人は七時十分に帰ってきた。上着を鉤へ掛ける。鉤は二つで、右には紐が掛かる。

 紐は前の日の位置に掛かっている。輪が上で、留め具が下になる。

 留め具の金は右の面だけが擦れている。その面は光を返さない。


 上着の肩には線が一本ついている。線は鉤の形に沿って曲がる。

 掛けた時間の長さで、曲がりの深さが変わるらしい。今日の線は昨日より浅い。


 男の人は上着を掛けてから手を洗う。

 水の音は十二数える間だけ続いた。昨日は十四だった。数の差は手の何かによる。


 翔太は食べ終わるのが早い。今日は六口で終わった。

 いつもは五口か七口になる。箸の置き方も日によって違う。今日は器の右で、先が卓の外を向いていた。


 三時十分に、郵便の音がした。金属の蓋が二度鳴って、それきり止む。女の人が取りに出る。

 戻ってきた手には、封筒が二通ある。一通は白で、一通は茶になる。厚いのは茶になる。

 この人は茶を男の人の抽斗へ入れる。白は開けて読んだ。読み終えると、紙を元の折り目で畳む。

 折り目の外へは折らない。畳んだ紙は、卓の上の籠へ入る。籠の中の紙は、今日で七枚になった。


 この子の器には赤いものが一つも入っていない。私の器と献立が同じで、赤だけが無い。理由を訊く言い方を私は持たない。

 訊いた者もこの家にはいない。


 女の人はこの子の器へ、赤の代わりに白い塊を一つ入れる。塊は薄く切ってあった。

 切った枚数は三枚になる。厚さは三枚とも揃っている。


 私の器には塊が入らない。塊の無い日は、この家へ来てから今日までの全部になる。


「土曜は健んち行く。朝から」


 この子が言う。女の人が頷いた。頷きの数は二つだった。


「そう、気をつけてね。あなた、お昼までには一度帰っていらっしゃいね」


 女の人が言う。この子は返事をせずに立った。椅子の脚が畳を二度擦る。

 擦った跡は残らない。沈んだ畳の目が、二つ数えるうちに戻る。

 立ち上がる時、この子は私のほうを見た。時間は一つ数えるほどになる。

 見てから、居間の入口で一度止まる。止まった足の先は、廊下へ向いていた。


「またあした」


 この子が言う。五字になる。

 私の名は入っていない。言い終えてから廊下へ出た。足の音が三つで消える。


 塀の外を、自転車が通る。通る回数は一日に十四ほどになる。午前が多い。

 午後は六から八になる。夜は数えたことがない。


 男の人が卓の端で紙を書く。

 罫の入った紙で、書く欄は縦に並んでいた。今日は途中で手が止まらない。品名の欄には四つが入る。


 書く時、この人の左手は紙の上の端を押さえる。指は三本になる。うち中の一本だけが、紙から少し浮いていた。


「明日は集金が来る。金額は先月と同じ」


 男の人が言う。数と、それから手続だけになる。私の名は今日も入らない。


 女の人が返事をした。それから卓の上の器を二つ重ねる。

 書き終えると、紙を封筒へ入れて鞄へ戻した。金具は一度で閉まる。


 八時に、女の人が台所の火を落とした。落とすと音が変わる。高い音が消えて、低い音だけが残る。

 あとは冷蔵の箱の音だけになった。

 私は長い椅子に座っている。場所は右の端で、窓に近いほうになる。


 窓の外は暗い。庭の草は昼より低く見えた。

 風が無い。昼に六枚あった布が五枚に減っている。一枚は夕方に取り込んである。


 取り込む時、女の人は端から順に外した。順は左が先で、右が後になった。

 私の二枚は端の側にある。外れるのは最後の二枚になった。

 卓の上の明かりは、笠の内側が黄色い。外側は白で、汚れが二つ付いている。二つの汚れの間は、私の指の幅ほどある。

 汚れの色は茶で、笠の白より濃い。爪で擦っても落ちなかった。取れないものを擦り続ける手つきを、私はこの家で二度見た。


 翔太が二階へ上がる。九段目が鳴った。上がる音は今日で四度目になる。

 女の人が玄関へ行く。私の位置からは、上がり口の三和土までが見える。


 この人が鍵に手を掛けた。手は右になる。


 鍵は上と下に二つある。上のほうが小さくて、回す時の音が高い。

 朝に男の人が回したのは、二つとも回している。だから音が二度した。

 男の人が出た後で、女の人もここで二度回した。

 私は数えている。一度目と二度目の間は、四つ数えるほどになる。八十七日、四より長くなったことは無い。

 音が一度した。


 高いほうの音になる。上の鍵だけが回った。


 私は二度目を待つ。待つ間に十二数えた。


 十二という数は朝に数えた四より長い。朝の二度目は四で来る。


 二度目は来ない。この人は手を離して、廊下を戻ってくる。

 戻る足音は五歩ぶんで、途中で速さが変わらない。


「じゃあ、私も上がりますからね。あなたも早めに休んでちょうだいな」


 女の人が言った。それから居間の明かりを一つ落とす。


 落としたのは天井の側で、卓の上の小さいほうは残った。


 この人が階段を上がる。九段目が鳴る。上の廊下で戸が閉まった。

 上がる時の足の音は、下りる時より重い。九段目の鳴り方も違った。下りる時は一度で、上がる時は二度に鳴る。

 二度目のほうが小さい。

 閉まる音は二度に分かれた。二つの間は一つ数えるより短い。


 庭の物干しは、朝に六枚掛かっていた。私の使うものが二枚あって、端に掛かる。

 二枚は昼までに乾く。乾くと、匂いが日のものへ変わる。


 私は椅子に残っている。卓の上の明かりは、私の膝までは届かない。


 届く範囲は卓の面と、その周りの畳の少しだけになる。畳の目まで見える幅は、私の腕ほどある。その外へ出ると、明かりの色ではなく窓の外の色になった。


 座っていると、体の重さの場所がまた変わる。腰の後ろへ寄る。

 寄った重さは、動かないでいると硬くなった。尻の骨の内側が硬い。


 居間の柱には、傷が横に一本ある。

 高さは私の胸の下になる。傷の長さは指四本ぶんで、端の側だけが白い。誰が付けたかを私は訊いていない。


 冷蔵の箱の音は続いている。低い音で、途切れる時と続く時がある。途切れる長さは数えられる。

 長いほうが十四で、短いほうが六だった。

 八時二十分に、二階の明かりが落ちた。廊下の硝子越しに分かる。落ちたのは奥の側で、翔太の部屋の側は残っている。


 硝子は磨り硝子で、形は通らない。明かりの有無だけが通る。

 明かりの色は、二つの部屋で違った。奥のほうが黄色くて、翔太の側は白い。


 八時二十六分に、上で水の音がした。音は短くて、二度に分かれる。

 八時三十二分に、翔太の側も落ちた。


 落ちてから、家の中の音は冷蔵の箱だけになった。その音は途切れる時に低い音が一段下がる。下がってから、また上がった。


 窓の硝子には、外の草が映る。下の三分の一までが入る。

 上の三分の二には、塀の上の空が入った。空の色は硝子の色と近い。


 私は立った。立つ時に、椅子の布が沈みから戻る音がする。


 部屋へ行く。畳の上に布団は敷いていない。今日はまだ出していなかった。


 部屋の匂いは、畳と、それから乾いた紙になる。畳のほうが強い。

 朝に窓を開けた日は、昼まで草の匂いが混じる。今日は開けていない。開けてよい時間は九時から十一時までだと、この家で覚えた。

 教わってはいない。九時より前に出た日に、女の人が窓を叩いた。


 石は枕の置く場所にある。

 持ち上げると掌の中で重さが下へ寄った。寄る場所は毎回同じになる。丸みが片側だけ平たいためだ。


 重さは百二十匁ほどだと思う。園の秤で測った数を、私は覚えていない。片手で持てて、両手だと軽すぎることを覚えている。


 石の面は三つに分かれる。平たい面と、丸い面と、ざらつく面になる。ざらつく面は水の中にあった。

 園の川で拾った日に、そう教わった。教えた者の名は、この家で一度も出していない。


 石を袖の内側へ入れる。折り返しの紙と同じ側になる。紙は動いていない。

 折り目は三本で止まっている。


 入れると袖が重くなった。重さは腕を下げると肘の内で止まる。

 その場所を、外から手で押さえると硬い。布の下の一点だけが硬い。


 袖の口は縫い目が二本ある。うち内側の一本が、少しほつれていた。

 ほつれの長さは指の第一関節ほどになる。糸の端は切っていない。


 畳の上には布団を敷いた跡が四角く残っている。

 跡の四つの角のうち、三つがはっきりしていた。残る一つは壁に寄っていて、線が曲がる。そうしたのは私の足で、敷く度に同じ場所を踏む。


 私は畳の上へ膝をついて、部屋の隅の袋を見た。袋は白いものが入っているほうになる。中身は六つから三つに減っている。

 減った三つは私が使った。


 袋の口は紐で縛ってある。紐の結び目は蝶の形で、私が縛ったものになった。

 この家へ来てから、結び目を作ったのはこの袋だけだ。輪の大きさは左右で違っていた。


 三つを取って、服の内側へ入れる。

 場所は腹の側になる。

 入れると平らではなくなった。手で押すと元へ戻る。押すのをやめると戻らない。


 紙の白いところを、私は指でなぞる。

 刷ってある字の側は、なぞると少し凹凸がある。

 凹凸のある側が表になる。

 表を内へ向けて折ってあった。


 棚の下に、朝に畳んだ布がある。乾いていて、端が少し反っていた。一枚を取る。

 取った一枚は上から二枚目になる。上の一枚は残す。


 残した理由は無い。数が減ったことを、この家の誰かが見るかどうかを私は知らない。


 布を畳み直して、袖の内側の反対の側へ入れる。

 石と紙が右で、布が左になる。左右の重さは同じにならない。右のほうが下がる。


 私は右の肩を少し上げた。そうすると、下がりが見えなくなる。


 台所へ行く。冷蔵の箱は開けない。扉の音は低い音より大きい。

 卓の上に、昼の残りの白いものが布を掛けて置いてあった。布を上げる。中は三つで、大きさは同じくらいになる。

 二つ取って、一つ残した。一つの位置は、三つの真ん中だったところになる。

 布を戻す。掛け方は上げる前と同じにした。端の垂れる長さも合わせる。


 水を一杯飲んだ。飲む音は喉の中でしかしない。水は温い。

 昼に汲んだものが、そのまま置いてあった。


 昼の器は二つだった。女の人と私で、翔太は学校にいる。

 白いものが一つと、汁が一つになる。汁の中には昨日の緑が入っていた。

 食べ終わると、体の中の重さの場所が変わる。腹が下へ寄った。


 器は流しの縁へ伏せておく。伏せると、内側の水が縁へ回った。

 水は朝までに乾く。乾いた跡は輪になって残る。


 台所の匂いは、夕方より薄い。油の匂いが下へ落ちて、水の匂いが上に来た。

 園の炊事場は、夜になっても油の匂いが落ちない。換気の穴の数が違うのだと思う。


 玄関へ行く。

 廊下は五歩ぶんで、私は四歩で行った。歩幅を広げると足の裏の当たりが変わる。踵から先に着く。


 廊下の板は、五歩のうち二歩で鳴る。鳴るのは三歩目と五歩目になる。私は四歩で行く。

 鳴るのは一度になった。


 三和土に下りる。粒が足の裏へ付いた。

 今日は湿っていない。雨の日は粒が足の裏へ残る。乾いている日は、二歩で落ちた。

 靴は右の端にある。園から来た日と同じ場所で、向きも変わっていない。


 靴の中には、園から入ったままの砂が残っている。指を入れると爪の先に当たった。当たる場所は爪先の側で、踵の側には無い。


 靴の甲には、四月に付いた土がまだある。乾いていて、指で押すと粉になった。

 土は三和土へ落ちる。粉は粒より細かい。


 三和土の隅には、女の人の履くものが二足ある。並びは爪先を外へ向けている。

 私の靴だけが、爪先を内へ向けて置いてある。並べたのは私ではない。

 私は靴を出して、上がり口へ座った。座ると板の縁が太腿の裏へ当たる。


 当たる場所は、座り直しても変わらない。板の縁が真っ直ぐだった。


 上がり口の板には節が二つある。

 座ると、右の膝の下に一つが来た。節の色は板より濃い。濃いところは指でなぞっても平らになる。


 右の靴から履く。園でもそう教わった。順は右、左になる。

 右を履くと、踵の内側の縫い目が当たった。場所は園の運動靴と同じになる。ここに当たるのは、私の足の形が変わっていないのだと思う。


 左は当たらない。左の縫い目は、右より一分ほど低い位置にあった。


 靴の内側には、園の番号が刷ってあった。桁は四つで、頭の一つが掠れている。

 掠れた頭を、私は指でなぞる。凹みは残っていて、形だけが読めた。

 読めても、この家の紙に同じ数は一つも無い。


 紐を通す穴は片側に五つある。通し方は上から下へ交差する形になっていた。交差の数は四つで、一番下だけが揃っていない。


 私は下の一つを直した。直すと交差は五つになる。左も同じにした。


 園で紐のある靴を履いたことは無い。運動場のものは全部、面で留める形だった。この靴は来た日に女の人が結んだ。

 それから八十七日、結び目は解かれていない。


 解くと、輪の側が先に落ちる。落ちてから、通した紐が一つずつ緩んだ。


 私は自分で紐を結んだ。輪の大きさは、左右で同じになった。


 結び目は二重にする。二重にすると、歩いて緩まない。二重の輪は、片方が少し外を向いた。

 指で直せる。私はそのままにしておく。

 立ち上がる。爪先を床へ二度当てて、踵の位置を合わせた。


 戸の鍵に手を掛ける。掛ける手は右になる。


 回す。音が一度した。二度目は要らない。


 戸を引く。音は二度に分かれない。開ける幅は肩が通るぶんにした。

 外へ出る。後ろ手に戸を閉める。

 戸を押さえる時は指を挟んで、最後だけ抜いた。指を離すと音が小さくなる。その音は家の中まで届かない。


 戸の前の一歩は、三和土より硬い。石が打ってある。


 六月の夜は温い。昼より三度ほど低いと思う。


 匂いは草と、それから土になる。昼の匂いより濃い。

 濃いのは温度が下がったためだ。園の運動場の夜も同じだった。


 門を出る。門の柱は二本で、右の柱の下が欠けている。

 その面は白い。中の砂が見えている。

 道は左が坂で、右が平らになる。停留所は右の側にある。

 私は左へ行った。


 坂は最初の十歩が緩い。そこから急になる。急な部分は四十二歩ある。

 上がりきると平らになった。そこから左に、塀が続いている。


 塀の高さは私の肩より上になる。上の縁に細い金属が乗っていた。


 歩数を数える。門から百までは塀の途中になる。二百で角に着いた。


 角を左へ曲がる。

 先は細い道で、両側が家になる。家の明かりは四つ点いていた。四つのうち二つが二階になる。


 三百二十で、道が分かれた。三つあって、真ん中が一番細い。


 私は真ん中へ入る。細い道は土で、靴の底の音が消えた。

 土は乾いていて、踏むと少しへこむ。へこんだ跡は、私の足より小さく残った。小さく残るのは、土が戻るためだと思う。

 戻る速さは見ていない。

 消えると、自分の息の音が聞こえる。吸う音より吐く音が長い。


 四百六十で、土が終わった。先は石の道になる。石は四角く切ってあって、継ぎ目の幅が指の半分ほどある。


 石の道は広い。車が二台通れる幅がある。街灯は右側に並んでいた。

 左側には何も立っていない。塀も柵も無くて、草がそのまま道の縁まで来る。街灯の間は十四歩で、明かりの届かない部分が六歩ある。


 六歩の部分では自分の足が見えない。私は歩幅を変えなかった。


 街灯の下では、靴の先に自分の影が付く。影の長さは歩くと縮んで、また伸びた。

 長さが戻る場所は次の街灯の手前になる。そこから三歩ぶんで、影が二つに割れる。


 五百八十で、水の音がした。音は右の下から来る。


 道の右に手すりがある。下は暗い。

 覗くと水が動いていた。動く速さは分からない。光が届いていない。


 匂いが変わる。草の匂いが薄くなって、水の匂いが上がってきた。

 水の匂いは園の洗濯室と近い。あちらより冷たい。

 私は手すりを持った。金属は冷たくて、掌の湿りがすぐに温める。

 袖の中の石が肘へ当たる。場所は歩く度に変わらない。


 六百四十で、橋を渡りきった。

 渡りきる手前で、袖の中の紙が一度ずれた。

 折り目の側が下へ落ちる。私は袖の口を押さえた。押さえると、石と紙が同じ場所で止まる。

 渡った先は、行きの乗り物で見た景色ではない。建物が低い。建物の並びは、五つで途切れる。

 途切れた先は暗いままだ。


 七百二十で、道の脇に紙が落ちていた。

 拾う。字が刷ってある。

 読める形は少ない。数は三つ並んでいた。

 三つは桁ではなく、別々の数になる。並びの間が空いている。


 私はその紙を折って、袖の内側へ入れた。折り目は一本にした。


 八百で、風が出た。左から右へ来る。草が同じ向きへ倒れた。

 倒れた草の中に、白いものが二つある。近づくと石になる。

 大きさは園のものと近い。私はどちらも取らなかった。

 八百五十で、車が一台通った。灯が二つあって、間は私の肩幅ほどになる。通り過ぎるまで、私は歩幅を変えなかった。


 九百で、道が上がり始めた。上がると足の裏の当たりがまた変わる。


 千で、私は一度止まった。止まって、後ろを見る。


 後ろに家の明かりは無い。塀も無い。街灯が三つ見えた。


 三つの間は十四歩ずつになる。私が来た道の街灯と同じ間になる。

 私はまた前を向いた。歩き出す。歩幅は止まる前と同じにする。


 千百で、道の左に立て札があった。字は上から下へ並んでいる。読める形は二つで、二つとも園の門にある形になる。

 私は立て札の前で止まらなかった。過ぎてから、字の並びを頭の中で数え直す。上から下まで九つあった。


 千二百で、匂いがまた変わる。水の匂いが消えて、土の匂いだけになった。


 千三百で、道が二つに分かれる。左が上りで、右が下りになる。


 分かれ目には石が置いてある。高さは私の膝までで、上の面が平らになっていた。面には字が彫ってある。

 深さは浅い。指でなぞると、二画目までが読めた。

 風がまた出る。今度は右から左へ来た。草の倒れる向きが、さっきと逆になる。

 匂いは土のままで、変わらない。


 私は左へ行った。


──────────────────


所在不明届(受理の控)(抄)


受理の時刻 九時十二分

受理をした窓口 居住区分の窓口

受理の印 次項に記す


一、本控について


本控は届出を受け付けた際に窓口が作成するものであった。控の交付は行わない。作成の様式は届出の様式と別になる。


二つを綴じ合わせる扱いは置いていなかった。本年度の本控の作成は四件である。四件とも綴りの順に編綴した。


編綴の際の綴り紐は、二穴のものを用いた。


紐の長さを定めた記載は当部門に無い。


二、届出の内容


届出には、所在が確かめられなくなった日と時を記入させる。本件の記入は前日の午後九時三十分であった。確かめ方を記入させる欄は無い。


本件の記入者は代表として届け出た者になる。気づいた時刻を記入させる欄も置いていなかった。届出の日と時のみを記入させている。


三、届出の期限との関係


本件の届出は期限の内側であった。


期限は三日以内で、本件は翌日の届出になる。期限を過ぎた例は本年度に一件ある。当該の一件についても受理した。


受理しない場合の扱いは定めていなかった。定めるよう起案した記載も残っていない。


四、区分の変更


本件について、区分の変更の手続を同日に開始した。変更の日は届出の日とする。変更の通知は相手方へ一通送付した。


個体の側へ送付する扱いは置いていない。


送付の先を記入させる欄は本控にある。個体の側の欄は本控に無かった。


五、添えた書類


本件に添えられた書類は二点であった。


譲渡の証書の写と、記録票の写になる。二点とも相手方の側の保管であったものになる。返還を求めた記載は残っていない。


二点のほかに添えられたものは無かった。個体の側が作成した書面は、本年度の四件のいずれにも添えられていない。証書の写の署名の欄については、本控で確かめていなかった。


確かめる手順も置いていない。


六、受理の印


本控の受理の印は、受け付けた日の日付印による。押した位置は用紙の右の下とした。本日の印には、押し直した跡が一つある。


上の印と下の印で、日が一日ずれていた。


どちらが受け付けた日であるかは、当直の者の記憶によるものと思われる。

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