第071話 真ん中より左
書面の署名の欄に係る扱い(抄)
署名を要する書面 個体の譲渡に係るもの
署名に代わる方法 次の各項に記す
欄を空とした件数 三
一、署名を要する者
譲渡の証書には三の欄を置いた。上から園長、獣医、相手方の順とする。三の欄はいずれも同じ大きさであった。
欄の高さは十二ミリで、幅は五十八ミリになる。三の欄の間隔は四ミリとした。間隔を別にした様式は前年度まで用いていない。
大きさは制定の時から変えていない。
三の欄を一つにまとめる案は令和二百八年に一度出ている。
二、署名に代わる方法
署名を要する者のうち、個体の登録のある者については、署名に代えて所定の記号を付す扱いとした。記号は二画から成る。用いた例は本年度に零件であった。
零である旨は年報の欄外へ記した。
前年度も零件であった。
三、欄を空とした件数
欄を空のままとした例は本年度に三件であった。三件とも受理している。三件はいずれも獣医の欄になる。
他の二の欄を空とした例は無かった。空とした理由を記す欄は本様式に置いていない。理由を口頭で受けた記載も残っていなかった。
四、資格の別
獣医の欄へ署名する者は、当部門の登録を受けた者とした。
登録の要件は別に定める。要件のうち、個体の登録の有無に関するものは本扱いの対象外である。対象外とした年は令和二百六年になる。
対象外とした理由は当部門の判断による。求めた例は本年度に一件になる。
五、受理の手順
受理の際に欄の記入を検める手順を置いた。
検める者は窓口の係とする。本年度の受理は十一件であった。うち獣医の欄が埋まっているものは八件になる。
八件の署名は三名の手によるものであった。三名の内訳を記す欄は本様式に無い。三名のうち一名は本年度の途中で登録を移している。
移した先を記す欄も置いていなかった。
六、写の扱い
証書の写は相手方へ一通交付する。当部門は正本を保管した。写に署名の欄をそのまま印刷する扱いとした。
空の欄も空のまま写る。
写の側の記入は正本の側の記入に従うものとした。埋め直しを求められた例は残っていなかった。
七、返還の申出との関係
返還の申出は相手方の側からのみ出せるものとした。個体の側から出す様式は当部門に無い。期限は引き渡しの日から一年とする。
期限を過ぎた申出の扱いは別に定めていない。
本年度の申出は二件であった。二件とも証書の署名の欄について記載を求めていない。二件の申出の日は、引き渡しの日からそれぞれ百七日と二百二十四日であった。
日数を集計する欄は本様式に無い。
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靴を履かされる。紐は女の人が結んだ。
結び目は二重で、輪の大きさは左右で違う。左が大きい。
園の靴に紐は無かった。あちらは踵にゴムが通してある。
この靴は先が少し硬い。歩くと親指の先が内側へ当たる。
当たるのは右になる。左は当たらない。同じ形の靴で、同じ日に出されたものだ。
靴下は白で、口のところに線が二本入っている。
線の間は爪の一つぶんだった。園の靴下に線は無い。あちらは全部が同じ白で、番号は内側の縫い目の脇にある。
六月の朝は湿っている。三和土の粒は昨日より足の裏へ付いた。その粒は玄関を出るまでに落ちた。
落ちるのは三歩めになる。
女の人が紙を一枚、袋の内側へ入れる。折り目は三本で、上の端が出ていた。
出ている分は指の一本ぶんになる。字は私の側からは見えない。
「今日はね、園の先の建物まで行くのよ。あなた、少し長く乗りますからね」
女の人が言う。私は玄関の上がり口に立っている。
紐は手首に付いていない。今日は使わないらしい。
女の人は私の手を取った。取る場所は手首ではなく、指の付け根になる。
握る強さは紐より弱い。
その分、外れないように私のほうが指を曲げる。すると手のひらが合う。合った場所は汗で温かくなった。
道を歩く間、この人は三度立ち止まった。三度とも同じ理由ではない。一度目は袋の口を直すため、二度目は私の襟を直すため、三度目は理由が分からない。
停留所まで七分。乗り物は前と同じ形で、段が二つある。二十四分乗って、降りる。
降りた場所は前の日と違う道になる。
降りた先の道は広い。車の通る帯が四つあって、真ん中に細い島がある。
その上には柱が一本立っていた。柱の上の灯は三色で、上から順に変わった。
渡る間に、女の人は私の手を持ち替えた。持ち替えた後は指の付け根ではなく、手首になる。
こちらのほうが握りやすいらしい。強さは指の時より上がった。
もう一度乗った。今度は乗り物が長い。中に手すりが縦に並んでいる。
縦の棒は十一本あった。私はそのうちの左から三本目を持つ。
棒の高さは天井まで通っている。上の端は輪で留めてあった。
輪は金属になる。握った場所には他の人の掌の跡がある。跡の高さは私の目の下あたりだ。
三十一分乗る。
窓の外は途中から建物が高くなった。建物と建物の間は空が細くなる。幅は腕の一本ほどに見えた。
乗っている人は座っている者が十九、立っている者が七になる。七のうち三人が私たちのほうを見た。目の来ていた時間はどれも短い。
私は棒を持った手を替えない。替えないでいると、掌の湿りが棒に残る。その跡は離すと消えた。
消えるまでに六数える。
降りて、坂を上がる。坂の傾きは園の運動場の端より急になる。上がりきったところに、白い建物があった。
建物の前に段が六つある。段の縁には金属の帯が張ってあった。
帯は擦れて光っている。幅は真ん中が広く、端が狭い。
段の高さは園の階段より低い。奥行きは広い。二歩で一段ぶん進める。
私は一段ずつ上がった。女の人は二段目と五段目で足を揃える。
建物の名は入口の上に彫ってある。字は横に並んでいて、数えると九つあった。
九つのうち、私に読める形は四つになる。その四つのうち二つは園の門にもある。
入口は硝子で、両側へ開く。開く時に音は鳴らない。
中は広い。
天井が高くて、園の廊下の三倍ほどある。床は板ではなく、石に近いものだった。靴の底が当たると硬い音が返る。
天井には灯が並んでいる。数は横に八つ、奥に十二あった。全部で九十六になる。
切れているものは一つも見えない。
柱は四本立っていて、断面が四角ではなく丸い。太さは私の腕を回して届かないほどある。
柱の下の三十センチほどが別の色になっていた。境の線は真っ直ぐで、途中で切れていない。
匂いは紙と、それから薬に近いものになる。園の医務室と重なる系統だ。
濃さはこちらが上になる。奥へ行くと薄くなる。
女の人が右の窓口へ行く。窓口は五つ並んでいて、開いているのは二つになる。
閉じている三つには板が下りていた。板の下の縁は床と平行ではない。左が少し低い。
私は壁ぎわに立った。
壁は白くて、腰の高さに横の線が一本入っている。線から下は色が濃い。触ると下のほうが硬かった。
線の上には掲示が三枚ある。どれも同じ大きさで、留め具は上の二か所だった。字は遠くて読めない。
読めるのは一番上の行の太さの違いだけになる。
人が通ると床の音が返る。天井から来る。頭の上を通って、後ろへ抜けた。
女の人が戻ってくる。手に番号の紙を持っていた。数は三桁になる。
紙の大きさは掌の半分ほどだ。角が一つだけ折れていて、折れた角は右の上になる。
「二番の廊下ですって。少し待ちますけれど、あなた、座っていていいのよ」
女の人が言う。私たちは二番の廊下へ行く。
廊下には椅子が並んでいる。二人掛けのものが六つで、間は空けていない。
私たちは三つ目に座った。座ると布ではなく、硬いものが尻に当たる。
椅子の面には細かい穴が開いていた。穴は縦に並んでいて、指でなぞると数えられる。
私の座った位置の下で十七ある。数え直しても変わらない。
背もたれは無い。
腰を伸ばしたままでいると、二百数えるあたりで背中が張った。張った場所は肩甲骨の間になる。押すと痛みではなく、硬さがある。
廊下の材は園と違う。園は板で、歩くと乾いた音が出た。ここは石で、音は硬くて、返りが速い。
奥へ行くほど音が長く残る。
人が四人通った。どの人も白い上着で、どの人も紙を持っている。紙の大きさは三人が揃っていて、一人が小さい。
四人の歩幅はばらばらだった。一番広い人と一番狭い人で、足の裏の一つぶん違う。
四人とも同じ向きへ行く。戻ってきたのは二人だけになる。
白い上着の丈も違った。膝の上で止まるものが三着で、膝を越えるものが一着ある。越える一着は袖の口が二重に折ってあった。
壁の時計は九時四十六分を指していた。針は三本ある。
私は待つ間、床の目地を数えた。座っている場所から前の壁までで十四ある。
目地の幅は爪の半分ぶんになる。十四のうち三つが、他より色が濃い。
濃い三つは並んでいない。
左から四つ目と、九つ目と、十二つ目になる。間は五つと三つで、揃っていない。数え直しても同じ場所になった。
左の奥に戸がある。戸は三つ並んでいて、上に札が下がっていた。札の字は私の位置から読める。
一つ目が「診察」で、二つ目が「処置」になる。
札は紐ではなく金具で留めてある。金具は上に二つで、どれも同じ向きだった。
札の下の縁は揃っていない。三つ目のものが指の半分ぶん低い。
三つ目の札は二字で、上の字が「台」だった。下の字は画が多い。
画の数は数えられない。上から三本の横の線までは追えた。そこから下は重なっている。
三つ目の戸が開く。中から人が出てくる。
白い上着で、髪は後ろで一つにまとめてある。手には何も持っていない。戸を閉める時に、この人は取っ手から手を離すのが遅かった。
閉まりきってから、指はまだ金具の上にある。離れるまでに三数えた。手の甲の筋が二本立っていた。
離した後で、この人は手のひらを一度だけ上着の脇へ当てる。触れた場所に跡は残らない。
顔は覚えている。園で、私の腕から血を取った人になる。最後に見たのは冬で、あの時この人は机の上に札を裏返しで置いていた。
髪の長さは冬より短い。まとめた束の下の端が、襟の上で止まっている。
冬は襟の内側まで入っていた。差は指の二本ぶんだ。
この人が廊下を歩いてきた。
歩幅は四人の誰よりも狭い。私の前を通る時、目はこちらへ来なかった。まっすぐ前を見ている。
通り過ぎる時に、上着の裾が空気を動かした。揺れた分は膝のあたりに来る。匂いは薬に近い。
廊下の匂いより濃くて、園の医務室のものと重なった。
足音は他の四人より小さい。底の材が違うのだと思う。小さいままで、一つ目の戸の前まで届いた。
一つ目の戸の前で止まって、それから中へ入った。
九時五十八分に、私の番号が呼ばれた。呼んだのは戸の内側からになる。
呼ばれた数は三桁で、窓口で渡された紙のものと合っている。並べたのは私になる。
女の人は紙を見ずに立った。この人は数を覚えていたらしい。そうなのか、番号を一つだけしか聞いていないのかは分からない。
女の人が立ち上がる。私も立った。立った時に、腰の骨が椅子の縁で鳴る。
診察の室は四角い。窓は一つで、高いところにある。机が一つ、寝台が一つ、それから硝子の戸のついた棚が二つある。
窓の高さは私の頭より上になる。硝子の枠は金属で、下の縁に細い溝が通っていた。外は見えない。見えるのは空の色だけだ。
色は建物へ入る前より薄い。硝子に細い網が入っている。網の目は正方形になる。
床は廊下と別の材だった。踏むと少し沈む。
音は返らない。沈む深さは爪の半分ほどになる。園の処置の室の床と近い。
棚の中には器具が並んでいた。上の段が細長いもので、下の段が箱になる。細長いものは十四本あって、長さの順に並んでいない。
十四のうち三本は先が曲がっている。向きは三本とも揃っていた。
箱は六つで、大きさは二種類になる。大きいものが四つ、小さいものが二つ。
硝子の戸には指の跡が付いていた。跡は取っ手の周りに寄っている。高さは私の胸のあたりで、園の棚の跡より下になる。
机の向こうに、さっきの人が座っている。
「再検ですね。急ぐ話ではありませんから」
この人が言った。声は低い。語尾のところが下がりきらない。
女の人が袋から紙を出す。折り目の三本が、机の上で戻りきらなかった。
「これがね、園からいただいた紙です。あなた、これでよろしいでしょうか」
女の人が言う。この人は紙を受け取って、上から下まで一度だけ見た。
見る時間は五数えるほどになる。それから紙を机の左へ置いた。
「確かめるだけですから、長くはなりません」
この人が言った。それから私のほうを見る。
「上のものは脱がなくてもいいですから」
この人が言う。それから寝台のほうへ掌を向けた。向きは手前から奥へになる。
私は寝台の縁へ座る。縁の高さは膝より上になった。
台の布は白い。触ると紙に近い。押すと下の板が硬い。
布は端が台の下へ折り込んであった。折り込みの幅は掌の一つぶんになる。
私の前に座った人の跡が布に残っている。
腰の窪みが一つだった。窪みは私が座ると消える。立てばまた出るのだと思う。
この人が器具を取る。耳へ入れる形のもので、先に薄い覆いが付いていた。覆いは使う度に替える。
園でも変わらない手つきだった。
替える時に、外した覆いを机の脇の器へ落とす。音は乾いている。
器の中には同じものが六つ入っていた。私のが七つ目だった。
私の右の耳へ入る。入っている時間は三数えるほど続いた。
外して、左の耳へ入れた。こちらは二数えで終わる。
この人が数を言った。
読み上げたのは補助の側で、机の端に立っている人になる。立っている人が紙へ書く。要する時間は数を言う時間より長い。
次に、腕へ帯を巻かれた。巻く強さは園の時と同じになる。帯が締まる。
それから緩むまでに、私は十二数えた。
巻かれたのは左の腕になる。園では右だった。
理由を訊く言い方を私は持たない。帯の内側には印が二つある。合わせる印で、私の腕では二つ目が余った。
締まる間、指の先が冷える。冷えは中の三本に来る。親指と小指には来ない。
緩むと戻る。戻るまでに八数えた。
数はまた補助の側が言う。
二つの数で、間に線を挟む言い方になる。
体重を測る。
台は床に置いてあって、上に乗ると針が振れた。
針は右へ行って、少し戻る。
止まったところで補助が読む。
台の面は冷たい。裸足で乗るように言われて、靴と靴下を脱いだ。
外した靴下は台の脇へ揃えた。向きは口を手前にする。
針の文字の盤には目盛りが刻んである。
大きい目盛りが十で、その間に小さいのが五つずつ。合わせて五十になる。針の幅は小さい目盛りの一つより細い。
五十三・四になる。前に園で測った時より三・二多い。
身長は壁の側で測った。頭の上へ板が下りてくる。下りる速さは一定ではない。
触れる手前で一度止まった。
止まってから、また下りる。頭に触れた時の重さは、掌を載せられるより軽い。
板の下の面には布が張ってあった。触れると温い。人の熱ではない。
数はまた補助の側が読む。百五十四・一になる。
園で最後に測った時と同じだ。同じであることを、この室の誰も口にしない。
この人が私の前へ来る。屈んで、私の膝の高さで手を止めた。
止めた手は膝に触れない。手のひらは上を向いている。
屈む時に膝は床へ着けなかった。腰から折って、そこで止めている。
その姿勢のまま二十数えるほど動かない。上着の裾が床から指の一本ぶん浮いていた。
「痛いところが無ければ、無いで構いませんから」
この人が言った。私は左の肩を思い出す。押しても硬さはもう無い。
「ありません」
私は答えた。
この人が頷く。それから机のほうへ体を向けた。
向ける速さは屈んだ時より速い。上着の裾が一度だけ膨らむ。
補助の人が紙を机へ置く。置いた紙は二枚で、上の一枚に罫が入っている。
二枚の角は揃っていない。下の一枚が指の半分ぶん右へ出ていた。
「前の記録と大きく違うところはありません」
この人が言った。それから紙の下の欄へ何か書く。
書く時に、鉛筆ではなく先の細い筆を使った。
音は乾いていない。筆は机の右の窪みに置いてあったものになる。窪みには同じものが三本入っている。
三本のうち使ったのは真ん中の一本だ。取る時に迷いは無い。書き終えて戻す場所も真ん中になる。
女の人が机の側へ半歩出る。出てから、口を開くまでに二つ数えた。
「あの、この子は」
女の人が言う。七字で止まった。
この人は待った。その間、筆を紙から離している。
「──いえ。なんでもありませんの。ご迷惑をおかけしました。失礼します」
女の人が言った。今度は三十一字だ。
私は机の上の紙を見ている。園から持ってきた紙のほうだ。左に置かれたままで、折り目の三本が上を向いている。
折り目は机の上で戻りきらない。真ん中の一本だけが浮いていた。浮いた高さは爪の一つぶんしかない。
触れば戻るのだと思う。私は指を膝へ置いたままにする。
紙の下のほうに、枠が三つ縦に並んでいた。上と下に字が入っている。真ん中の枠は白い。
前に見た時と変わらない。
「あれは何ですか」
私は訊いた。
この人が紙のほうを見る。それから、少しの間があった。
長さは三数えるほどになる。その間、この人は筆を置いていた。
「埋まっていなくても通る欄になりますから」
この人が言った。それから筆を取り直す。
私は頷いた。首は上下に一度だけ動く。
頷いてから、私は膝の上の手を組み替えた。前と後で、上に来る手が替わる。
この人はもう紙のほうを見なかった。目は自分の書いている行の上にある。
書き終えて、この人は筆を窪みへ戻す。戻す時に上体を右へ回した。
回す途中で、上着の襟が右へずれる。ずれた分は指の二本ぶんになる。
留めの釦は一つ目から掛かっていない。
白い襟の下に、数が並んでいた。並びは六つで、点は真ん中より左にある。
字は薄い。皮膚の色に近くて、離れると見えなくなる。私は近づかない。
座ったままの位置から、桁だけを数えた。要ったのは二数えるほどになる。
二度目は数えていない。並びの端は襟の内側へ入っていて、そこから先は見えなかった。
この人が体を戻す。襟は元の位置に落ちる。
直す手つきは無い。座り直した時に布のほうが動いて、それで隠れた。
女の人が私の手を取る。取る場所は行きと同じで、指の付け根になる。
室を出る時に、私は一度だけ振り返った。この人は机に向かっている。襟は元の位置で、下は見えない。
机の上の紙は左に置いたままだ。折り目の真ん中の一本は、まだ浮いている。
戸が閉まる。
音は行きに開いた時より低い。私は取っ手から手を離した。指が金具を出るまでに一数えた。
廊下へ出ると、音がまた硬く返った。目地の数は帰りも十四で変わらない。
窓口で紙を出して、番号の紙を返す。返した時に、係が判を一つ押した。判の色は朱で、押した場所は紙の右の下になる。
押した後、係は判を布へ二度当てた。当てる音は乾いていない。布の色は判の色と近い。
近いが同じではなく、布のほうが濃い。
紙は二つに折られて、女の人の袋へ入る。折り目は一本だけ増える。
行きに三本だったものが四本になった。数えたのは私になる。
外へ出ると、日が高い。坂を下りる時、爪先の側へ体重が寄った。
右の親指の先が靴へ当たる。回数は坂を下りきるまでに十九を数える。
段は六つ。上がる時は一段ずつだったが、下りる時は二段目と五段目で足が揃った。揃ったのは行きに女の人が足を揃えた段と同じだった。
帰りの乗り物は混んでいた。
私は縦の棒を持った。棒は左から三本目ではない。今度は右から二本目になる。
棒の太さは行きのものと変わらない。掌の回り方も変わらない。
冷たさだけが違った。行きより温い。人が触っていた時間の差だと思う。
窓の外は行きと逆の順で流れる。高い建物が先に来て、低いものが後になった。順が逆でも、目が追いつかない場所は同じ二か所だ。
三十一分乗って、乗り換える。乗り換えの場所は屋根の下で、柱が四本立っている。待つ間に、女の人が私へ袋を持たせた。袋の中には紙が一枚だけ入っている。
折り目は増えていない。
二十四分乗って、降りる。停留所から家までは七分になる。
家に着いたのは一時四十分だった。玄関の鉤に上着は掛かっていない。
昼の器は二つになる。私のぶんは右の端で、位置は変わらない。
中身は朝の残りだった。温め直してあって、白い粒の表が少し崩れている。
女の人は自分のぶんを半分残した。残した器はそのまま流しへ運ばれる。
運ぶ時に、この人は一度立ち止まった。止まった場所は卓と流しの間だ。
午後、女の人は電話の前で長く立っていた。受話器は取らない。立っていた時間は、私が二百四十数える間になる。
立っている間、この人は右手を台の縁に置いていた。
指は四本が縁の上で、親指が下になる。二度、指が動いた。二度とも人差し指だけになる。
それから台所へ行って、水を出した。止めるまでに七数える。水は使っていない。
器も布も濡れていなかった。
夕方、翔太が帰ってくる。九段目が鳴った。鳴る音は今朝この子が出た時と変わらない。
「なあ。病院どうだった」
翔太が言う。私は口を開かなかった。
この子は答えを待たずに二階へ行く。上がる音は速い。
九段目は上りでも鳴った。今日で三度を数える。
夜、私は布団の上へ膝を折る。石は枕の脇に置いてある。
袖の折り返しに指を当てた。紙は動いていない。折り目は三本で止まっていた。
今日会った人の数を並べてみる。窓口が二人、白い上着が四人、廊下で五人。診察の室に三人で、そのうち一人が私を数えている。
乗り物の中で座っていたのが十九、立っていたのが七。合わせて二十六だ。
二十六のうち三人がこちらを見た。目の来ていた時間はどれも二数えより短い。
白い上着の四人と、診察の室の二人は別だった。
上着の丈が違う。同じ丈は膝の上で止まるものになる。室の二人は二人ともそちらだ。
物の数を並べてみる。番号の紙が三桁、目地が十四、濃い目地が三つ。器具が十四本、体重が五十三・四、帯が締まってから緩むまでが十二。
天井の灯が九十六、椅子の穴が十七、段が六つ、建物の名の字が九つ。覆いの入った器の中身が六つで、私のが七つ目になる。
折り目は行きが三本で、帰りが四本だ。増えたのは窓口で折られた分になる。
襟の下の並びは六つだった。点は真ん中より左にある。
六つは割り切れる数だ。二つでも三つでも余りは残らない。
石を一度持ち上げて、元の窪みへ落とす。布に円い跡が残った。縁は前より浅い。
撫でると消える。
窓の外は暗い。硝子が部屋を返す。返るのは私と、石と、畳んだ布団になる。
私は自分の襟の下へ指を入れてみる。触れるのは骨と、皮膚だけになる。爪が当たると硬い。
数は指では読めない。園の紙にあった私の数は、机の上でしか見たことがない。
指を入れた場所は、あの人の襟がずれた場所と同じ高さだ。確かめるのに、私は自分の肩から指の幅で下りた。その数は二つになる。
布団の上へ横になる。天井の板の継ぎ目を数えると七本ある。
七本は割り切れない。今日の数のうち、割り切れないのはこれと十九になる。
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野生復帰の個体に係る台帳(抄)
復帰の決定の年 令和百九十二年
復帰の区分 次項に掲げる
現況の確認の周期 年に一回
一、本台帳について
本台帳は、復帰の決定を受けた個体を登載するものであった。登載の順は決定の年による。本台帳の閲覧は当部門の内部に限るものとした。
外部からの閲覧の申出は本年度に零件であった。零である旨は年度の集計の欄へ記していた。前年度も零件であった。
二、登載の数
制度の開始以来の登載は一件になる。
現に復帰しているものも一件になる。登載を抹消した例は零件であった。抹消の手続は決定の取消しの手続によるものとした。
一件である旨を年報へ載せる扱いは置いていなかった。載せた例も無い。
試験により放した個体は本台帳の対象としていない。対象としない旨を定めた記載は、本台帳にも要領にも無かった。放した数を本台帳の側で数えた例も残っていない。
三、復帰の区分
復帰の区分は二とした。全部の復帰と、一部の復帰であった。本台帳の一件は全部の復帰として登載している。
一部の復帰の例は本年度まで零件であった。二の区分の別を定めた書面は令和百九十年の制定になる。以後の改正は無い。
一部の復帰の要件は当該の書面の第四条に置いた。
第四条を適用した例は零件であった。
四、現況の確認
現況の確認は年に一回とした。確認の月は決定の月によるものであった。本年度の確認は済であった。
確認の際に用いた書面は本台帳とは別のものになる。
別の書面の写は当該の書面の側で保管する扱いとした。添えた例は零件であった。
五、職の欄
本台帳には職の欄を置いた。当該の一件の職の欄には、獣医と記入されていた。
職に就いた年は当部門の他の簿冊で確かめる扱いとする。
確かめた例は本年度に一件であった。職の側の名簿と本台帳とを突合する手順は置いていない。突合した例の記載も残っていなかった。
六、背の番号
本台帳は氏名の欄を置いていない。
登載は背の番号によって行うものとした。当該の背の番号は、桁を六とし、点を端から三つ目と四つ目の間に置いた。当該の番号を職の側の名簿へ移した記載は、当部門に無い。
作成 復帰の事務の係




