第065話 二枚と一枚
近隣への通知の様式(抄)
周知の相手方 隣接する世帯
周知の方法 手渡しによる
周知の内容 転入した個体に係る事項
一、様式の性質
本様式は、相手方が個体を新たに迎えた場合に、近隣へ知らせるために用いるものとした。制定は令和二百六年である。
出す者は相手方とする。当部門が代わって出す扱いは置いていなかった。置かない理由の記載は、制定の起案に残っていない。
出さなかった場合の扱いは定めていない。出さなかった例の数も、当部門では数えていなかった。求められた例は本年度に一件ある。
二、周知の相手方
周知の相手方は、隣接する世帯とした。
隣接の範囲を測る方法は本様式に定めておらず、戸の数で数えるか、境の長さで数えるかの別も置いていない。相手方が自ら定めた例は本年度に四件あった。四件とも件数だけを控えており、定めた中身は控えに写していない。
三、記入の欄
欄は上から順に、迎えた日、個体の番号、系統、性別、体重とする。
欄の幅は十二ミリとし、系統の欄のみ十八ミリとした。広くした理由は本様式に記していない。広げた年も当部門の綴りに無かった。
系統の欄は、登録のあるものについて符号を記入する。登録の無いものについては空欄とした。
四、系統の欄
登録の無いものについて、系統の欄は空のままとする。
空とした旨を欄外へ示す扱いは置いていなかった。示した例も本年度に無い。
体重の欄は、迎えた日の値を書き入れるものとした。以後の値を書き替える扱いは置いていない。値の高低は、迎えた日の値のみをもって示すものとした。以後の判断は相手方の側の事務とする。
五、押印
相手方の押印を右の下へ要するものとした。
押印の色の定めは置いていない。朱以外で押した例は本年度に二件あった。二件とも受理している。
押印の欄の径は十八ミリとする。判が欄より大きい場合の扱いは定めていなかった。
六、様式の入手
本様式は当部門の窓口で交付した。交付は無償とし、枚数の上限は設けていなかった。窓口の開く時刻は本様式に記していない。
本年度に交付した枚数は九十四である。前年度は八十一であった。差の理由は当部門で調べていない。
刷りの版は令和二百十年に改めた。改めたのは罫の太さと欄の幅であり、欄の数は動かしていなかった。
七、交付と控
一の世帯につき一枚を交付するものとした。控は相手方が持つ。当部門へ提出させる扱いは置いていない。
交付した枚数を数えた書面は、本年度は当部門に無かった。数えるよう求めた例も残っていなかった。
本様式の写を個体へ示す扱いは置いていない。示した例の有無は、当部門では確かめていなかった。
八、経過
制定から本日までの経過は八年になる。この間の改めは、六に記した一回であった。改める前の版は当部門に残っていなかった。
次の改めの予定は当部門に無く、予定を記す欄も置いていなかった。検め直した記録も残っていない。
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卓の上に紙が三枚並べてある。罫の間は十ミリで、厚みは紙一枚ぶんになる。右の下の隅に丸い枠が刷ってあった。
枠の中は空いている。
女の人が座って、上の一枚に書き始める。鉛筆ではない。細い黒のもので、書く音は乾いていた。
欄の名は左の端に刷ってある。その字は細い。女の人が入れる字は、刷りの字より太い。
太さは倍ほどになる。
入れた字は欄の高さいっぱいまで届かない。上に隙間が残る。隙間の幅は欄ごとに違った。
欄は縦に五つある。上から順に埋まっていく。一つ目が埋まるまでに七つ数えた。
二つ目は十二数える。
三つ目のところで手が止まった。
止まっている間に、私は九つ数える。
手は紙から離れていない。細い黒のものの先が、欄の左の端に触れたままになる。そこに点が一つ付いた。
点は丸くて、字よりずっと小さい。
「これは何ですか」
私は訊いた。
「今日はね、ご近所へ紙を配るのよ。あなたも一緒に来てちょうだいね」
女の人が答える。目は紙の上にある。
男の人が向かいで新聞を畳んだ。
四つに畳んで、卓の端へ置く。紙の束は端が揃っていない。上の一枚だけが指の一本ぶん出ている。
卓の上には他に、白い器が二つと、細長い匙が一本ある。
匙の柄には模様が三つ入っていた。
判は台所の抽斗の二段目にある。
抽斗を引くと、内側の板がこすれて音が一度出た。
中に細長い箱が三つ並んでいる。
判の箱は真ん中で、蓋は回して開く形だ。
女の人が回す。二度まわして、それから引いた。抜けるまでに間がある。
朱肉は別の容れ物に入っていた。丸くて平たい。蓋の縁に細かい傷が並ぶ。
開けると匂いが上がる。油と、その下に甘いものが少し混ざる。
園の消毒の匂いは鼻の奥で止まった。これは口の中まで来る。舌の上に薄く残る。
朱肉の面は真ん中だけ低い。縁は乾いて硬くなっていた。
低いところだけ、窓からの光で光る。
抽斗の中の箱は三つとも横幅が指の四本ぶんある。右の一つだけ蓋が浅い。
左の箱は蓋が固くて、開けるところに指の跡が付いていた。
女の人は左へは手を伸ばさない。
三つの箱の間に細かい屑が溜まっている。色は木の色だ。つまむと指の間で崩れた。
崩れた粉は爪の際に残る。払っても半分は落ちない。
「登録が無ければ空欄だ。書き方の定めは無い」
男の人が言った。女の人はそのまま四つ目へ移る。三つ目の欄は空いたままになる。
上と下の罫が残った。
空いた欄は、他のものより横に広い。指を当てると、爪の一本ぶん広い。
広い欄の中に、点は一つだけ残っている。
左の端から爪の半分のところだ。
四つ目と五つ目は続けて埋まった。五つ目のところで、女の人が一度だけ入れ直す。消した跡は出来ない。
上から重ねたので、線が二重になった。下の一本のほうが太い。上の一本は途中で細くなる。
三枚とも上から下へ埋まる。二枚目は一枚目より速い。三枚目が一番短い。
一枚目の三つ目の欄で止まった長さは、二枚目には出ない。
三枚目にも出なかった。
二枚目の三つ目の欄には点が付いていない。三枚目も白いままだ。
「三枚とも同じだ。順は紙の番号で決まる」
男の人が言って、右の下の枠を指した。
女の人が判を持つ。
指は三本掛かって、位置は下から三分の一のところになる。朱肉へ押しつける。二度押しつけて、一度浮かせて、もう一度押した。
浮かせた時に、朱肉の面の低いところが少し戻る。
戻り方は遅い。
それから紙の枠へ下ろす。その前に、女の人は判の向きを直した。
直すのに二つ数える。押す時は音が出ない。持ち上げる時に、紙が少し付いてくる。
付いてきた紙は途中で離れた。
離れる時に音が一つ出る。
私は紙の縁を持って、そっと裏返してみる。
判を押した跡は紙の裏へ抜けて、次の欄の中まで届いていた。
裏の跡は表より薄い。輪郭は表を写して、縁のところだけぼやける。
三枚とも抜けた位置は枠の中になる。抜けた濃さは三枚で違った。三枚目が一番濃い。
裏から見ると、欄の罫も透けて見える。
罫の線は跡の下を通っていた。その線は跡の中でだけ色が変わる。赤の下で黒が茶になる。
指を跡の上へ置いてみた。厚みは分からない。表の側にだけ、押した時の窪みが残った。
窪みの深さは、爪を立てても引っかからないくらいになる。
「押していいですか」
私は訊いた。
「あとで判を押すから、板は玄関へ置いておいてちょうだい、あなた」
女の人はそう言って、判を布で拭いた。布は白くない。赤が染みて、面が固くなっている。
拭いた後、判の面を光へ向けてみる。それから箱へ戻して、蓋を回した。二度回る。
私の訊いたことへの答えは来なかった。
答えの来ないところで、女の人は立ち上がる。
翔太が階段を下りてくる。九段目の音がした。今朝も出ている。
この子は卓の上の三枚を見て、それから一枚目を取ろうとした。手が伸びて、途中で止まる。
「俺が持つ。落とさないから」
この子が言う。女の人は一枚だけ渡した。残る二枚は自分で持つ。
十時十分に、三人で家を出る。
男の人は残った。外の空気は冷たくない。首の後ろに来るものが無い。
道は乾いている。畑の黒い筋は九本になっていた。六日前は七本だ。
筋の間の緑は、丈が爪の三本ぶんになる。
一つずつ違うのは変わらない。
道の端に側溝がある。蓋は無くて、底に水が細く流れていた。幅は掌の一つぶんになる。
水の中に葉が沈んでいる。葉は流れずにそこで止まっていた。底の土に片側が入っていて、上の面だけ濡れていない。
左の手首に紐は掛かっていない。
今日は掛けなかった。
女の人が玄関で一度手を伸ばして、鉤の前で止めて、そのまま下ろした。
鉤には紐が掛かったままだ。輪が下で、真っ直ぐな端が上になる。
紐が無いと、手首の内側に何も当たらない。
歩く速さは私が決める。歩幅は女の人より少し大きくなった。半歩ぶん前へ出る。
出たところで、私は歩幅を戻す。
戻すのに三歩かかった。
戻してから、腕の振りが片方だけ小さいことに気づく。左のほうだ。紐を掛けていた六日の間、左の腕は輪の重さを載せていた。
いまは何も載っていない。
翔太は紙を胸へ当てて持っている。角が曲がらないように、両手で押さえていた。
この子の歩幅は私の四分の三ほどになる。
今日は合わせなくてよい。そのままにすると、翔太が二歩ぶん先へ出た。それから自分で止まって待つ。
待つ間、この子は道の上の小さな石を靴の先で転がしていた。
転がした数は四つになる。
一軒目は家から二十七歩のところにある。門は無くて、低い塀が続く。
塀の上に丸い石が並べてあった。
石は七つで、間は指の四本ぶんずつ空いている。
六つ目だけ、間が指の二本ぶんしか無い。
石は七つとも上が平らだ。上の面に細かい傷が付いている。傷の向きは石ごとに違った。
四つ目の石だけ、上に薄く緑のものが乗っている。触ると指に色が移った。
玄関の戸は閉まっている。
女の人が押しても動かない。押した後、この人は戸から半歩下がって、上の窓を見た。窓は暗い。
「留守ですか」
私は訊いた。
「お留守みたいだから、郵便受けに入れておきましょう。それでいいのよ」
女の人が言う。郵便受けは塀の内側に付いていた。金属で、蓋が上へ開く。
蓋の縁は錆びている。
錆は下の辺にあって、上の辺には出ていない。
女の人が蓋を上げる。開く時に金属の音がした。二度に分かれて鳴る。
中は暗い。奥に何か入っていた。厚みは指の一本ぶんある。
鼻を近づけると、金属の匂いと、紙が湿った時の匂いが混ざった。
女の人が紙を入れる。紙は先にあったものの上へ乗らない。横へ滑って、下で止まった。
角が一つ外へ出ている。
女の人は蓋を下ろす。その時、角の出ているところが挟まった。もう一度上げて、指で押し込んで、それから下ろす。
二度目は挟まらない。
押し込む間、この人の指は第二の関節まで中へ入った。抜くと指の腹に埃が付く。埃を、この人は自分の服の腰のところで拭った。
拭った跡は服に残らない。
閉じる音は開く時より低い。
私はその蓋を見ている。外側からは、中に紙が何枚あるかが分からない。
蓋の表に細い溝が二本入っている。
溝の中に緑のものが溜まっていた。塀の内側の地面は道より少し高い。段は無くて、そのまま上がる形になる。
翔太が塀の上の石を一つ持ち上げようとした。
石は動かない。下が止めてあるのだと思う。この子は二度目を試して、それから手を離した。
二軒目はそこから曲がって五十歩ほど先になる。
塀は無くて、代わりに低い植木が続いていた。植木の丈は私の腰より少し高い。刈った跡は上の面にあって、横は伸びたままだ。
伸びた枝の先が道へ出ている。歩くと肩に当たった。当たる高さは肩の骨のところになる。
枝には葉が付いていて、当たると葉のほうが先に折れる。
折れた葉は落ちない。
折れ目のところで裏返って、白いほうを上へ向けたまま枝に残る。
園の柵の外にもこれに近い植木があった。あそこは道から離れていて、肩には当たらない。
玄関の前に、平たい石が三つ並べてある。石の間は詰まっていて、指が入らない。
女の人が戸を叩いた。二度叩く。三度目の前に、中で音がした。
中の音は二つに分かれている。硬いものが床へ触れる音と、その後で布の擦れる音になる。
戸が横へ開く。音は乾いていて、途中で一度重くなる。
開いた幅は、はじめ体の半分ぶんだ。それから全部まで開く。
中から出てきたのは女の人より背の低い人だ。髪は上でまとめてある。
この人は出てきてすぐ、女の人の持っている紙を見た。顔へは目が来ない。
戸の内側は、外より暗い。奥に廊下が続いている。
中の匂いが出てくる。煮たものと、洗剤と、その下に乾いた紙の匂いが混ざった。
紙の匂いは園の事務室の前と近い。あそこの前を通ると、これが鼻の上へ来た。
その廊下の入口のところに、一人立っていた。
背丈は私より少し高い。上は白くて、下は濃い色になる。足は裸足だ。
足の裏は床の板より白い。指の間だけ影になっている。
立ち方は真っ直ぐで、両手は体の横へ下ろしてある。手は開いていた。
首から札が下がっている。二枚ある。
上の一枚は横に長い。下の一枚は上のものより小さかった。下の一枚は縁を切ったままで、切り口の毛羽が私の側を向いていた。
二枚は同じ紐で下がっている。上の一枚は紐の輪に通してあった。
下の一枚は、上の一枚の下の縁へ、細い金具で留めてある。金具は二つだ。
立っている人が少し動く。すると上の一枚だけが揺れた。
下の一枚は動かない。金具で留めてあるので、上の縁に付いたままになる。
揺れた上の一枚は、二度往復してから止まる。位置は動く前へ戻る。
止まってから、二枚の縁が重なった。幅は指の一本ぶんになる。
「あら、雑種なの。お宅のは登録が無いほうなのね」
この人が言った。顔はこちらへ向かない。
女の人は紙を差し出す。相手はそれを受け取って、右の下の枠を指で押さえた。
押さえた指の腹に朱の色が付く。色は薄い。乾ききっていない。
「うちのは番号の頭に字が付くの。お宅のはどうなの」
この人が続ける。それから、廊下のほうへ半分だけ体を向けた。
向けた時に、髪をまとめてある留め具が光る。金色で、玉が三つ並んでいる。
真ん中の玉だけ色が違う。使って擦れたのだと思う。
女の人は紙を指で押さえたままでいる。指は右の下の枠のところにある。
押さえた指を離すと、枠の縁に爪の跡が残った。跡は細くて、半分入っている。
廊下の入口の人は、そこで半歩下がる。下がるだけで、こちらへは何も返さない。
下がった先は暗い。上着の白いところだけが残って見える。
私は札の枚数を数えた。二枚だ。数え直しても増えない。
園にいた時、引き渡しの日に通った部屋で、三つ目の仕切りの中にも二枚下がっていた。あの時も下の一枚が小さかった。台から下りて上がっても、下の一枚だけは動かない。
私の仕切りには一枚だった。
あの部屋の札は、上の一枚の右の下に穴が一つ開いていた。ここのものにも同じ穴がある。
穴の縁は内側へ少し捲れている。外から中へ開けてある。
二軒目の人が、女の人へ何か訊く。声は前より少し低くなった。
「お宅のは体重どのくらい。うちのは三十八キロですって」
女の人が答える。数を言って、それから紙の五つ目の欄を指した。
指したところを相手は見ない。うなずいて、紙を胸のところで二つに折る。
折り目は真ん中より少し上に付いた。上の欄が内側になる。
翔太が私の袖を引いた。引く力は弱い。それから、廊下を見る。
「そっちの家には二匹いる」
この子が言った。声は大きくない。相手には届いていない。
女の人がこちらへ手を出して、翔太の肩に置く。それきり何も言わない。
「回覧はうちで止めていいの。次のお宅は今日は留守ですって」
二軒目の人が言って、戸の内側から板を出した。厚い板だ。
板に紙が挟んである。留めているのは金具で、上に一つ付いていた。
板の色は茶で、角が四つとも丸い。長く使って削れたのだと思う。角の面は明るい。
その広さは四つで違う。右の下の角が一番広くて、指の三本ぶんある。
女の人が受け取る。その拍子に、板の重さで一度手が下がった。
下がったのは指の三本ぶんになる。それから持ち直す。
板は翔太が持つと言った。この子は両手で抱えた。上の縁が顎の下まで来る。
「俺が持つ。落とさない」
この子が言う。朝と二度目で、二度目のほうが短い。
戻る道は来た道になる。植木の枝は、帰りも肩の高さで当たった。場所は行きで右の肩、帰りで左になる。
左の肩は当たると右より少し痛む。前に何かがあったところではない。
翔太は板を抱えたままで、歩幅が行きより小さくなった。そうなると、私が待つ側になる。待った回数は三度だ。
三度目に、この子は板を持ち替えた。その間、顎が上を向く。そのまま十歩ほど歩いて、それから顎を下ろした。
一軒目の前をもう一度通る。郵便受けの蓋は閉まっていた。
外から見て、朝の形のままだ。窓は朝と変わらない。上の窓も、下の窓も暗い。
家に着いたのは十一時になる。玄関で靴を脱いで、板を上がり口へ置いた。
置いた時に、板が少し斜めになる。翔太が両手で直した。
直したあと、板の下に隙間が出来た。上がり口の縁が反っているためになる。隙間の高さは紙の三枚ぶんで、右のほうが広い。
女の人が台所へ入る。水の音が始まった。
私は板を見る。挟んである紙は一枚ではない。厚みが指の半分ぶんある。
金具を持ち上げると、下の紙の角が三枚ぶん見えた。三枚とも色が違う。
一番下の一枚は端が丸く欠けている。この形は上の二枚に無い。一番上の紙には罫が引いてあって、四角い欄が縦に並んでいた。
欄の数を数える。十一だ。二度目も数は動かない。
欄の高さは十一とも十ミリある。幅もそれに近い。一番下の一つだけ、下の罫が紙の端に近い。
端との間は爪の半分ぶんしか無い。他の欄の間は爪の一本ぶんある。
欄の中に赤いものが押してある。赤いものは十個で、一つだけ空いていた。上から四つ目の欄になる。
赤いものの形は丸だ。中に字が入っている。字の数は丸によって違う。
多いもので四つ、少ないもので二つになる。
丸の大きさは十一のうち九つが十八ミリに見える。二つだけ小さい。
小さいほうの二つは、欄の中で下へ寄っていた。下の罫に触れている。
触れているところで、丸の縁が線と重なる。その部分は色が濃くなった。
欄の下に余白がある。そこにも赤い跡が一つ付いていた。
この一つは、どの欄の中にも入っていない。線を跨いでもいなかった。欄と欄の間でもない。
余白の真ん中より少し右で、他のどれよりも薄い。
跡の形は丸ではない。片側が欠けている。その側は下を向いていた。
昼を過ぎて、男の人が帰ってきた。上着を鉤へ掛ける。左の鉤で、右には紐が掛かっている。
男の人は上がり口の板を見た。それから台所へ声を出す。何を言ったかは私まで来ない。
女の人が判の箱を持ってきた。抽斗の二段目から出したものだ。
卓の上で蓋を回す。二度回して、引く。
朱肉の容れ物も出る。今度は蓋の開き方が速い。
男の人が板を卓へ載せて、一番上の紙を金具から外した。引く時に金具が跳ねる。音は乾いていて、一つ出た。
女の人が判を持って、上から四つ目の空いた欄へ下ろす。
下ろす前に向きを直した。直すのに二つ数える。朝も二つだった。
欄は判より少し大きい。下ろすと、内側に隙間が一周ぶん残る。
隙間の幅は上と下で違う。上のほうが広い。
押す。持ち上げる。紙は付いてこない。
朝の紙は薄くて、この紙は厚い。こちらは判に付いてこないのだと思う。
十一の欄が全部埋まった。埋まった十一のうち、朝に見たものが十で、いま押したものが一になる。
男の人が紙を金具へ戻す。それから、板の縁を指で二度撫でた。
「順は紙の番号で決まる。ここもそれになる」
男の人が繰り返した。今朝の後ろ半分だけを置く。声の高さも低いままだ。
園の食堂で、器の並びの順を訊いたことがある。列の三番目だった。
七番は器を置く手を止めずに答えた。あの人の手は肘から下だけが動く。肩は止まったままだ。
置く時、器の底が台に触れてから指が離れる。音と、次に動くまでの間が毎回そろっている。
「規定です」
返ってきたのはそれだけになる。声は低くなく、高くもない。
あの時、私の前の人の器が先に置かれて、私のが後になった。順は毎日決まっている。
声の高さと、肘から下だけが動いていたことを、いま持っている。
夕方、廊下の窓が赤くなる。光は床を動いて、階段の一段目で切れた。
板は上がり口に置いたままだ。翔太がその前を三度通る。三度目に足を止めた。
止まってから、この子は板の縁を指で押した。板は動かない。
押した指を離して、今度は板の下の隙間へ指を入れる。第一の関節まで届く。
「ちがう」
この子が言った。何が違うのかは口にしない。それから二階へ上がる。
上がる音は九段目で一度大きくなった。今朝も出た場所になる。
夕食の器は四つになる。私のぶんの白い粒は、朝より柔らかかった。
噛む回数は昨日も十四だった。飲み込むまでの間だけが短くなる。
器の縁の欠けは、今日も右の縁にある。欠けの大きさは米の粒の二つぶんだ。
置かれる向きは毎日変わる。四日のうち一日だけ、欠けが手前へ来る。今日は向こう側だった。
女の人が卓を拭く。順は手前から向こうで、最後に縁を一周する。
一周する間に、私は十四を数えた。前は十二だった。
布は朝に使ったものだ。判を拭いた布はこれとは別で、台所の窓の下に掛けてある。その布の赤い染みは、乾いて縁のところが硬くなっていた。
拭き終わってから、この人は判の箱を抽斗へ戻す。抽斗の音が一度出た。朝に聞いた音になる。
戻す時、三つの箱の並びは朝と変わらない。判の箱はまた真ん中に入った。
夜、私は布団の上に座る。石は枕の側にある。位置は変えていない。
枕の角から爪の四本ぶんのところで、滑らかな面が上を向いている。
石を持ち上げると、下に跡が残っていた。跡の縁は前より浅い。
持ったまま指で回してみる。穴の面が上へ来ると、光が入って影が細かく出た。
影の数は数え切れない。もう一度回して、滑らかな面へ戻す。
袖の二重のところへ指を入れる。爪の先が紙の縁に当たった。折り目は三本で止まっている。
指を入れると、布が前より広がった。差は爪の一本ぶんになる。
紙を出して掌へ載せる。軽い。反りは長い辺に出たままだ。
紙の角を見る。丸いのは変わらない。腰掛けの脚の下にあったものは、これより丸かった。
掌の上で紙を裏返す。裏には何も付いていない。表の色のままだ。
私は紙を袖へ戻した。その時に、指の腹が二重のところで一度引っかかる。
部屋の中で、赤いものは何処にも無い。板は下の玄関に置いてきた。
窓の下の壁は、床から膝の高さまで色が違う。板が張ってあって、上は塗ってある。
板の継ぎ目は四本ある。間は指の五本ぶんずつで、一本の間が狭い。右から二本目のところになる。
明かりを消すまでに三歩ある。歩く間、壁の位置は分かった。
布団に入ってから、掌を顔の前へ持ってくる。暗くて見えない。
朝に判の跡を見た時、指へは何も付かなかった。紙の裏だけが赤かった。
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回覧の記録(第三班)
回覧の順序 名簿の順による
回覧の期日 令和二百十四年四月二十日
回覧を終えた世帯 十一
一、本回の回覧について
本回の回覧は、当班の名簿の順に従って回した。名簿は昨年度に作ったもので、順を決めた根拠は控に残していない。
回した世帯は十一で、当班の世帯の数になる。
回覧は徒歩で回し、郵送による扱いは当班で定めていなかった。
二、回した紙
本回の紙は、当該の世帯が出した転入に係る知らせの一枚になる。
紙は当班の様式ではない。欄の作りも当班のものと違っていた。写しは取っていない。
紙に書かれた事項のうち、当班で控えたのは迎えた日になる。他の欄は控えていなかった。控えの様式は当班で作った。
三、二軒への手渡し
当該の世帯は、隣接する二軒へ手渡しに回っている。二軒は当班の中に入る。回る順は当該の世帯が決めたと聞いた。
うち一軒は留守であり、郵便受けへ入れたと聞いた。入れた旨を控える欄は当班の紙に置いていない。
手渡しの二軒も、回覧の十一に数えている。二度受け取ったことになる旨の記載は残していなかった。
四、備考の欄
備考の欄は一つ設けてあり、本回は一行が書かれていた。書かれた文言は控に写していない。
写さない扱いを定めた書面は当班に無く、定めるよう求められた例も無かった。
五、板
板は前の班長が作ったものであった。厚みは十五ミリで、金具は上に一つになる。
角の四つは削れており、削った者は控に残っていなかった。削った年も残っていない。
板の下に敷くものは定めていない。敷いた例は前年度に三度あったと聞いたが、控には残していなかった。
六、押印
本回の押印は、十一の欄のうち十であった。押していない欄は一になる。一とした理由は控に無かった。
欄の径は本班で定めておらず、大きさの違う判が本回に二つあった。二つとも欄の下へ寄っている。
欄の下の余白に朱の跡が一つある。どの欄にも入っておらず、線にも掛かっていなかった。付いた日は控に無い。
押していない一の欄については、次の回の前に、班の者が持参して押させること。
作成 第三班




