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人間館 ―絶滅危惧種ヒトの飼育記録―  作者: 智珠
第五章 譲渡

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第064話 紐

個体を屋外へ出す場合の紐に係る基準(抄)


基準の番号 第十一号

適用の範囲 居住区分の内外を問わない

所管 当部門


一、基準の性質


本基準は、相手方が個体を屋外へ出す場合に用いる紐について定め、制定は令和百九十七年であった。


制定からの改定は二回である。いずれも三の区分に係るものであった。二の数値は制定から動かしていなかった。


本基準に違反した場合の扱いは定めておらず、違反の例を数えた書面も当部門に無い。


二、長さ


紐の長さの上限は一・五メートルとし、下限は定めていない。


長さを測る位置は本基準に定めていなかった。内側から測るか外側から測るかについての記載も置いていない。


測る者の定めも置いていない。器具の指定も無かった。貸与した例は本年度に無かった。


一方の端の形状についての定めは置いておらず、両の端が同じ形であることを求める記載も無い。


三、材質


材質は次の三区分によるものとした。甲を革、乙を織、丙を合成とする。


甲は牛の革を鞣したものとした。鞣しの方法は問わなかった。厚みは一・八ミリ以上二・六ミリ以下とし、表の面を外へ向けて用いる。縫い代は五ミリ以上とし、縫い目は二列とする。糸の太さは三十番より細くしてはならない。留めの金具は二つまでとしていた。


乙は織のものとした。幅は十五ミリ以上二十五ミリ以下とする。撚りの向きは問わなかった。端は折り返して縫うか、熱で留めるものとする。折り返しの回数は定めていなかった。


丙は合成のものとした。厚みと幅の定めは置いていない。置かない理由は本基準に記していなかった。


二以上の材質による場合の扱いは、本基準に定めていない。届出の様式の材質の欄は一つになる。設ける旨の起案も残っていなかった。


区分を改定したのは令和二百四年と令和二百九年の二回であり、改定の前の区分は当部門に残っていない。


四、留め具


留め具の材質は三の区分に含めず、含めない理由は本基準に記していない。


留め具の長さを紐の長さへ算入するか否かも定めていない。算入した例の数は当部門で数えていなかった。算入しなかった例も同じになる。


五、携行する書面


屋外へ出す場合に携行を求める書面は置いておらず、求めた例も本年度に無い。


問われた例は本年度に七件ある。七件とも当部門では「定めが無い」と答えていた。答えた旨を記す欄は本基準に無い。


六、改定


次回の改定の予定は当部門に無く、予定を記す欄も置いていない。


制定から本日までの経過は十七年になる。二の数値を検め直した記録は、当部門の綴りに一件も残っていない。


本基準の写を相手方へ交付するか否かは、本基準に定めていなかった。交付した例は本年度に三件になる。求められた例は五件あった。


──────────────────


 棚の下から袋を出す。持ち上げると軽い。

 中は作業着が一枚と、下に着るものが二枚になる。


 袋の口は二度折ってあった。折ったのは私だ。

 口を開けると匂いが上がる。園の匂いだ。

 洗濯室の石鹸と、廊下の板と、寝台の布が混ざっている。


 この匂いは、いま袋の中にだけある。部屋にも、私の服にも残っていない。鼻を口へ入れると濃い。

 離すと三つ数えるほどで消える。作業着を出して膝へ広げる。内側へ指を入れた。


 紙は肋のところにある。折り目は三本のままになる。


 折り目の数は三本のままだ。角の丸みも変わらない。

 丸くなるのは折り直した時だけだ。

 紙を出して掌へ載せる。軽い。息を掛けると端が持ち上がる。


 園にいた時は、腕を回すと肋へ当たった。服を替えてからは当たらない。


 家の服には内側が無い。

 胸のところに縫い目が二本あって、その間は開かなかった。袖の折り返しだけが二重になる。指を入れると、爪の三本ぶん入った。


 紙を折り返しの中へ入れる。外から厚みが出た。

 厚みは布一枚ぶんで、腕を下ろすと分からなくなる。


 袋の口をまた二度折って、棚の下へ戻す。位置は前と揃える。


 袋は一つだ。門の手前で箒を持っていた人が、着いたら数だけ覚えておけと言った。

 覚えている。渡す相手はここにいない。


 紙は掌の中で少し反る。反りは長い辺に出た。

 袋の中で押されていたためになる。指で伸ばすと、また戻る。

 伸ばした回数は三度で、三度とも同じ形へ戻った。


 窓の外は雲が無い。屋根の色は四月六日より明るい。


 部屋を出る前に、隅の箱を見る。布は掛かったままだ。端は床から指の二本ぶん浮いている。

 私が掛け直した。


 階段は五段目の右の端を踏むと鳴らない。九段目は今朝も音が出る。


 下りきったところの床板は、廊下より継ぎ目が広い。継ぎ目に爪が届く。今朝は爪を入れなかった。

 入れると冷たい空気が来るのを、もう知っている。


 台所の匂いは焼いたものと、白い液体と、洗剤になる。酢の瓶は片づいている。


「おはよう。今日はね、外を歩くのよ。あなたにいいものを用意してあるの」


 この人の声が台所から来る。水の音が一度切れて、また鳴った。


「はい。歩きます」


 私は答える。言い終わってから、口の中に音の残りが出た。


 机に三人が座る。男の人の前に紙が二枚ある。上の一枚は薄い青の罫が入っていた。

 下の一枚は白くて、右の上に判が押してある。判の色は赤い。


「十時に家を出る。紐は昨日届いている」


 男の人が言う。目は紙の上にある。


 翔太は左の椅子で足を振っていた。今日は袋を膝へ載せていない。両手を机の縁へ掛けて、指を八本並べている。

 並べた指は動かない。朝の器は三つだ。四角いものと、白い液体と、細く切った赤いものになる。

 細いものは昨日より太い。噛む回数が二つ増えた。

 白い液体は昨日より温い。飲み込むまでの間が短くなる。温さの差は、飲んだ後のみぞおちの下で分かる。

 下りる速さが違う。翔太が指を八本から十本にした。並べ直してから、また八本にする。

 戻す時に親指だけが遅れる。遅れる幅は一つ数えるほどになる。


 食べ終わると、女の人が台所の棚から箱を出した。箱は平たい。

 蓋を開ける音は乾いていて、二度に分かれる。


 中に紐が入っている。輪にして三重に巻いてあった。

 女の人が机の上へ広げる。すると、机の端から少しはみ出した。

 外へ出た長さは掌の一つぶんになる。垂れた先は床に着かない。


 箱の底には紙が一枚敷いてある。紙の色は薄い茶で、字は刷っていない。

 女の人がその紙を取って、二つに折って、台所の容れ物へ入れた。


 紐は編んである。目は斜めで、指で辿ると向きが分かった。

 右から左へ上がる目が、途中で左から右へ変わる。


 編み目の数は、指の一本ぶんの間に六つある。並びは端まで揃った。

 編んである側だけが揃う。


 変わる場所は留め具に近いところになる。そこから先は編んでいない。


 編んでいない部分は一枚の帯で、触ると滑る。

 指の腹が引っかからない。鼻を近づけると油の匂いが来る。編んである部分は洗剤の匂いになる。


 二つの匂いの境は、指で触った境と揃った。


 私は端まで指を運ぶ。留め具は金属で、輪が二つ重なる形になる。

 重なりの下に細い棒が通っていて、押すと片方が開く。その時に音が一つ出た。

 指を離すと戻る。閉じる音は開く時より低い。


 もう一方の端まで指を運ぶと、そこで止まる。


 私の側の端は輪になっていて、持つ側の端は真っ直ぐだった。


 輪の大きさは掌を通すと少し余る。二重にすると通らない。輪の縫い目は三本で、糸の色は紐より濃い。

 縫い始めの位置は下になる。縫い目の一本に、間が広いところがある。位置は端に近い。

 押すと、そこだけ布が浮く。高さは糸一本ぶんになる。


 輪の内側には別の布が縫い付けてある。触ると柔らかい。縁は折り込んであった。

 外の面は硬くて、内の面は指が沈む。


 園の台と器と寝台の縁は、押した時の返りが一つだった。


 男の人が巻尺を出して、紐を机の上へ真っ直ぐに置いた。

 留め具の内側へ巻尺の端を当てて、そのまま反対の端まで引く。


 数を読んで、それから紙の欄へ書く。鉛筆の音は二度切れる。


 女の人が覗き込んで頷く。その間に二つ数える。


「長さは一・四になる。上限は一・五だ」


 男の人が言った。巻尺を巻いて箱へ戻す。巻き取る音は長い。

 途中で一度止まって、また鳴った。私は留め具の外側を見る。金属の部分は指の三本ぶんある。

 巻尺の端は、その内側に当たっていた。外側からは測っていない。


 紙の上で、男の人の指は数を書いた欄で止まった。留め具の側の欄は空のままだ。

 私に読めるのは欄の数だけになる。欄は縦に六つあって、上から三つが埋まっていた。


「触っていいですか」


 私は訊いた。


「いいわよ。あなたのものなんだから、先に触っておいたほうがいいわね」


 女の人が言って、紐の真ん中を私のほうへ押した。


 私は輪の側を取る。持つと、思っていたより軽い。編んである部分は掌に食い込まない。

 革の部分は冷たかった。


 冷たさは持っている間に消える。消えるまでに二十を数えた。


 二十を数える間、女の人は私の手を見ていた。目は手だけを見る。

 顔へは目が来ない。届かないうちに、この人が一度頷く。


 翔太が椅子から下りて、机の反対へ回った。

 それから、真っ直ぐな端を掴む。その力で紐が机の上を滑る。


「俺が持つ。ぜったい離さない」


 この子が言う。それから両手で握り直す。


 女の人が笑った。笑い声が水の面へ当たって、こちらへ返ってくる。


 男の人は笑わない。この人は紙の下の一枚を取って、封筒の横へ置いた。

 それから、封筒の口を指で二度撫でる。撫でた跡は残らない。


 九時五十分に、四人で家を出る。男の人は玄関で靴の紐を二度結び直した。

 外の空気は家の中より冷たい。首の後ろから先に来る。腕は後から追いつく。

 風は南から来る。三月の末に出た時は北からだった。

 道は乾いている。畑の土は掘り返してあって、黒い筋が七本並んでいた。三月の末は四本だった。

 三本増えている。筋の間には細い緑が出ていた。丈は爪の二本ぶんで、一つずつ違う。

 不揃いの緑を、園の柵の内で見たことがある。あそこは刈る日が決まっていた。


 刈った後の丈は爪の一本ぶんで、七日でまた爪の二本ぶんになる。

 私はそれを二度数えて、三度目からは数えなくなった。


 輪は私の左の手首に掛かる。女の人が掛けた。

 掛ける時、この人の指が私の手首の内側へ二度当たった。


 当たった場所は、脈のあるところより少し上になる。


 輪は手首より大きいので、下へずり落ちる。行く先は手の甲になる。

 落ちると私は手を上へ返す。すると輪が戻る。道の途中で四度やった。


 紐は下へ垂れて、途中で一度地面を擦る。音は歩く速さで変わる。

 擦る場所は編んである部分で、革は地面まで届かない。

 速く歩くと擦らない。遅く歩くと擦る。


 翔太が持っている端は、この子の手の中で二回巻いてあった。

 巻いた分だけ、私との間が短くなる。


 短くなると、私は歩幅を合わせることになる。相手はこの子だ。この子の歩幅は私の四分の三ほどになる。


 四歩で三歩ぶん進む。合わせていると、踵の着き方が変わる。爪先から先に着くようになった。

 園の廊下では踵から着ける決まりだった。音を立てないためになる。


 ここに音の決まりは無い。無いところで、私は爪先から着けている。

 道が折れて、そこから川へ下りる。段は無くて、土が斜めになっていた。


 斜面の土は湿っている。踏むと足の裏が少し沈む。

 深さは爪の一本ぶんで、右のほうが深い。


 斜面の途中で、翔太が先に走り下りた。走ると紐が伸びた。伸びきる手前で、この子は止まって振り返る。

 振り返るまでに三つ数えた。


 私は同じ速さでは下りない。踵から置いて、それから爪先を着ける。

 置く度に土が少し崩れる。崩れた土は斜面の下で止まった。

 園の裏の坂もこの下り方をした。あそこの土はもっと固い。


 川の水は浅い。底の石が見える。石の色は灰と茶が混ざった。


 水の匂いがする。園の洗い場の水と違って、青い匂いが混ざる。草の匂いだと思う。

 草は水際に生えていて、丈は膝より低い。水際の石は上が乾いていて、下が濡れている。境は水面より指の一本ぶん上にあった。

 境の色は濃い灰だ。乾いたほうは白に近い。


 手を水へ入れる。冷たさは指の第二の関節まで先に来る。

 園の洗い場の水は、朝のうちだけこれと同じ温度だった。


 翔太が石を拾って水へ投げた。

 石は二度跳ねてから沈む。二度目の跳ねは一度目より低い。音も一つぶん落ちる。


 跳ねた場所には輪が広がる。速さは二つ目のほうが遅い。

 輪の数は跳ねた数に合う。

 二つの輪が重なるところで、水の面が一度だけ高くなる。


 この子が私を見る。それから足元の石を指す。


「あんたも投げてみろ。ほら」


 私は石を取った。丸いほうを選ぶ。丸いものは持つと掌に馴染む。

 投げると、石は一度も跳ねずに沈んだ。水の音は一つだけ出る。


 翔太が笑った。声は三つで、三つ目が長い。

 笑ってから、この子はもう一つ石を拾って、私の手へ載せる。


「平べったいのを選べよ」


 載せられた石は薄い。厚みは指の一本ぶんも無い。


 握ると、指が四本とも同じ向きに並ぶ。親指だけが上から掛かる。


 この形を、私は前に見ている。


 老爺の手が膝の上に載っていた時だ。あの人の指も組んでいない。四本が並んで、親指だけ別の向きにあった。

 顔。目の下の皺が三本。窓の光が入ると、皺の間に影が出来る。

 いま出てくるのは、その三本と、手の甲まで来ていた日の位置だ。


 あの人が何を言ったかは思い当たらない。声の高さも来ない。

 出てくるのは手の形と、皺の数と、日の位置の三つだけになる。

 三つを持ったままで石を握り直す。親指の位置は変えない。


 私は投げた。石は一度跳ねてから沈む。


 翔太がもう一度笑う。今度は私も口が開いた。その後で、音が出ていることに気づく。

 出た音は二つで、短い。


 二つ目のほうが低い。低いほうで息が終わった。


 この家の中で、私の喉から出たのは返事の音だけだった。

 喉の奥が少し痛んだ。飲み込むと消える。


 園で笑った時に、この痛みは無かった。あそこでは息だけが短く切れる。


 女の人が振り返って、こちらを見た。それから何も言わない。

 口は開いたが、音は出なかった。開いた形は笑う時と違う。


 この人の口はそこで止まって、また閉じた。

 止めた後、女の人は前を向いて歩き出した。

 歩幅は行きと変わらない。男の人は川の下を見ている。この人は一度もこちらを向かなかった。


 翔太が三つ目の石を投げた。今度は三度跳ねる。

 跳ねた数を、この子が指で立てて見せた。三本のうち中指だけ少し曲がる。

 その形のままで、この子は指を下ろさない。

 私も指を三本立てて返す。立てた三本は真っ直ぐだった。この子はそれを見て、自分の中指を伸ばし直す。

 伸ばすと三本が並んだ。


 紐は翔太の手から垂れて、水際の土の上に触れている。

 着いたところだけ土の色が付いた。付いた色は茶で、編み目の間に入る。


 十一時二十分に川から上がる。その時、私は斜面で一度滑った。

 滑った先で紐が張った。張ると、手首の内側の骨に当たる。

 当たった場所は、朝に指が触れた場所と同じになった。


 翔太が引き戻す。引く力は弱い。私は自分で立った。


 立ってから、手首を見る。骨の出ているところが赤い。

 細い線になっていて、輪の縫い目と揃う幅だ。


 道へ戻ると、向こうから二人が来た。大人が一人と、私と近い背丈が一人になる。

 背丈のあるほうは私より少し低い。


 二人の間にも紐がある。長さは私たちのものより短く見えた。色は薄い茶で、編んでいない。

 一枚の帯になっている。帯の幅は私のものより広い。指を当てると、二本ぶんある。

 留め具は私のものと重なる形だ。輪が二つ重なって、下に細い棒が通っている。


 留め具の下の細い棒は、向こうのものだけ色が違う。銀ではなく黒い。

 塗ってあるのだと思う。剥げているところが二箇所ある。


 どちらの端が輪になっているかは、歩いている間は分からなかった。

 すれ違って三歩ぶん過ぎ、それから分かる。


 すれ違う時、大人が女の人へ何か言った。女の人が答える。言葉は三つの切れ目で終わった。

 中身は私まで来ない。


 紐を付けている者が、私を見た。長さは三つ数えるほどになる。


 私は指を二本立てた。

 立ててから下ろす。立てたのは右の手だ。左は紐が掛かっているので、上げると輪が動く。


 向こうも指を立てた。三本立った。


 三本のうち二本は真っ直ぐで、一本だけ曲がっていた。曲がっているのは薬指だ。

 曲がり方は、伸ばせないのではなく伸ばしていない形になる。付け根が浮いている。


 私はもう一度、指を四本出す。向こうは四本立てた。

 四本のうち曲がっているのはやはり薬指で、位置は変わらない。


 二人が行ってしまうまでに、指は四度往復した。

 往復の間、どちらの口も動かない。

 最後の一度だけ、向こうは指を立てずに掌を開く。掌には何も無い。


 私も掌を開いた。何も無いのは、私も同じになる。


 開いている間、向こうの紐が一度張った。持っている大人が先に歩き出す。張った時、向こうの手首が少し前へ出た。

 幅は指の二本ぶんになる。


 この幅を、私は川の斜面で出している。滑った時に紐が張った。

 女の人は前を歩いていて、振り返らなかった。男の人も見ていない。翔太が一度後ろを見る。

 それから、また前を向いた。


 帰りの道は行きと違う道になる。こちらが家に近いと、朝に聞いた。


 途中に腰掛けが一つある。屋根が付いていて、柱は二本だ。

 柱の下に丸い印があって、字が刷ってあった。字の数は四つになる。

 印の縁は錆びていて、下の三分の一だけ色が濃い。錆は縁から内へ入っている。


 屋根の裏には板が七枚渡してある。板の間から空が細く見えた。

 細い空の幅は指の一本ぶんで、七つとも違う。


 女の人と男の人が、そこで立ち止まって話す。長い。

 私は腰掛けの側に立った。座れとは言われていない。

 立っている間、翔太は柱の周りを二周する。


 二周目の途中で、この子は紐を柱へ一度巻いた。

 巻いてから、また外す。解く時に手が滑って、端が地面へ落ちた。落ちた音は乾いている。


 柱の塗りは、翔太の手が触れた高さのところだけ薄い。

 薄い帯は柱を一周していて、幅は掌の二つぶんになる。


 翔太が拾う。拾ってから、土を掌で二度払った。払っても編み目の間の色は落ちない。

 この子はそれ以上こすらなかった。


 腰掛けの脚は四本ある。前の二本は太くて、後ろの二本は細い。

 右の後ろの脚の下に、紙が挟んであった。

 紙は四つに折ってある。角は丸い。私のものより丸い。

 色は白ではなく、少し黄が入っていた。日に当たった側だけ濃くなる。その面が上を向いている。

 挟んだ時に上だった面になる。脚と地面の間は、紙の厚みより少し広い。指を入れると爪の先まで届く。

 入れた指を抜く。爪の際に土が付いた。


 脚の下から出ている幅は爪の半分ほどになる。引けば出ると思う。

 私は指を近づけて、それから離した。戻した指を、上着の裾で一度拭く。


 立ち上がると膝の裏が伸びる音がした。耳の内側から来る。

 女の人が話を終えてこちらへ来た。腰掛けの脚は見ていない。男の人も同じになる。


 翔太は柱の上を見上げていた。家に着いたのは十二時十五分だ。玄関で紐を外した。

 外したのは女の人で、輪を私の手首から抜く。途中で一度引っかかった。


 引っかかったのは親指の付け根で、抜けるまでに二つ数える。


 外した紐を、女の人が玄関の壁の鉤へ掛けた。鉤は二つ並んでいる。

 左の鉤には上着が掛かっていて、右は空いていた。


 鉤の高さは私の目の少し上になる。手を伸ばせば届く。

 届くことを、私は掛ける前に一度確かめた。確かめてから手を下ろす。


 紐は右へ掛かる。輪の側が下へ来た。


 掛けた後、女の人は編んである側を指で二度しごいた。土の色は落ちない。

 この人は手を止めて、そのまま台所へ入る。

 昼を過ぎて、男の人が机で紙に何か書く。二枚のうち白い一枚を使う。

 書く音は四度切れた。四度目が一番長い。


 書き終わると、紙を折らずに封筒へ入れる。封筒の口は舐めて留めた。

 閉じる時に舌が動いて、音が一度した。


 女の人が卓を拭く。布は朝と変わらない。

 拭く順は手前から向こうで、最後に縁を一周した。


 封筒は卓の端に置いてある。向きは口が窓を向く。

 朝に見た二枚の紙のうち、薄い青の罫の一枚は机に残っていた。


 私はリビングの端へ座った。長い椅子の右で、窓に近い。布の沈みは今日が浅い。

 座っている時間が短いためになる。足の裏に土が残っていた。落とすと床に細かいものが二つ落ちる。

 私はそれを指で集めて、掌へ載せた。それから台所の容れ物へ入れる。


 窓から玄関の鉤が見える。紐は動かない。

 輪が下で、真っ直ぐな端が上に掛かっている。


 朝は逆だった。机の上では輪が私の手前にあって、真っ直ぐな端が向こうにある。


 鉤に掛かると上下が入れ替わる。長さは変わらない。


 夕方、廊下の窓が赤くなった。光は床の上を動いて、階段の一段目で切れる。

 夕食の器は四つだ。昼を食べていないので、私のぶんが一つ多い。余った一つは白い粒が入っている。

 粒は朝より柔らかかった。翔太が呼ぶ声は、器の向こうから来る。

 男の人は今日も呼ばない。この人は器を指した。


 食べ終わってから、翔太が私の横へ来る。手には石が二つあった。


「川の石。持って帰ってきた」


 女の人が手を出して、二つのうち大きいほうを取った。

 翔太の指がその石を追って、途中で止まる。自分の手で止めている。


「そっちは外に置くのよ。土がついているでしょう。玄関の脇でいいわ」


 翔太は何も言わない。残った一つを卓へ置く。音は一度だ。


 この子が言って、石を二つとも卓へ置いた。音は二度で、二度目が高い。


 薄いものと丸いものだ。薄いのは私が投げて跳ねたものではない。あれは水の中にある。

 これは別の石になる。


 私は薄いものを取る。持つと、まだ少し湿っていた。

 湿っているのは下になっていた面で、上の面は乾いている。


「これは私のですか」


 私は訊いた。言った後で、掌の中の石が動く。


「いいのよ。あなたの部屋へ持っていって、好きなところへ置いてね」


 女の人が答えた。翔太は何も言わずに二階へ上がる。


 夜になる。私は布団の上に座って、石を膝へ置いた。

 何処へ置くかを決めるまでに、部屋の中を三度見た。

 枕の側へ置いて、それから少し右へ動かす。枕の角から爪の四本ぶん離れたところになる。


 石の重さは掌で分かる。紙より重い。両手にすると重さが半分になる。

 それでも紙より重い。石の面は片方が滑らかで、片方に細かい穴が並ぶ。穴の数は数え切れない。

 滑らかな面を上にして置いた。上にすると、穴の面が床へ着く。


 枕の下には何も入っていない。

 石は上に置いた。園の枕の下には紙が二枚あった。どちらも三月十九日の朝に置いてきている。


 袖の折り返しへ指を入れる。紙はそこにある。折り目は三本のままだ。

 入れた指を抜くと、布が少し伸びていた。伸びた分は爪の一本ぶんになる。


 腕を回しても肋には当たらない。腕を下ろすと、肘の内側に当たる。当たる場所が変わった。

 本数はそのままになる。石を一度持ち上げて、また同じところへ置く。跡が布に残った。

 跡は円くて、縁が深い。指で撫でると消える。


 布団を敷き直してから、私は明かりを消した。消すまでに三歩ある。

 その間、部屋の形は闇になる。それでも壁の位置は分かった。

 紙は袖の中で、石は枕の側にある。どちらも夜の間は動かない。


──────────────────


屋外へ出した旨の届出(写)


届け出た者 相手方

受理の件数 第二百十四号

届出の期間 令和二百十四年三月二十一日から三月三十一日まで


一、本届出について


本届出は月ごとに出させるもので、本件は引き渡しの月の分になる。提出の期限は翌月の十日とした。


本件の受理は期限を四日過ぎている。期限を過ぎた場合の扱いは定めておらず、過ぎた例の数も当部門では数えていなかった。


本様式の頁は一枚である。両の面を用いるものとした。裏の面は本件では用いていなかった。


二、回数


本期間に屋外へ出した回数は二回であり、うち紐を用いた旨の記入は無い。


二回とも記入の欄は空であった。理由を記す欄は本様式に置いていない。置く旨の起案も無かった。


三、紐


本期間の後に用いた紐について、相手方が余白へ長さを一・四メートルと書き添えている。測った者と測った位置の記入は求めていない。


書き添えの材質は乙である。欄は一つであり、二以上を記入させる扱いは置いていなかった。


留め具の材質は本届出の対象外とし、その旨を相手方へ示す欄も本様式に無い。


前年度に受理した届出のうち、材質の欄が乙であるものは六十二件であった。甲は九件、丙は十四件になる。


三区分のいずれにも当たらない旨を書き添えた届出は、前年度に一件あった。当該の届出は、材質の欄を空のまま受理している。書き添えの文言は控に写していない。


四、同行した者


同行した者の氏名は記入させておらず、人数の欄も本様式に置いていなかった。


置いていない理由は当部門で把握していない。起案も残っていなかった。求めた例も無い。


五、受理


本届出は本日受理し、控を一部交付した。個体へ交付する控は作成していない。作成の求めも無かった。


作成しない旨を定めた書面は当部門に無く、求められた例も本年度に無い。


本届出に記入された材質は乙である。当該の紐の留め具に近い部分については、記入の対象としていない。

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