第062話 跡の幅
呼び名の届出に係る様式の説明(抄)
様式の名 第四号様式(家庭内の呼び名)
記入の欄 第四欄
添えた書類 譲渡の証書の写
一、様式の性質
本様式は、相手方が家庭内で用いる呼び名を届け出るために置いた。届け出る義務は無い。届け出ない場合の扱いも定めていない。
本年度に受理した届出は八十七件であり、前年度は九十一件になる。
届け出ない相手方の数は当窓口で数えていなかった。数える欄も設けていない。
提出の期限を定めた記載は本様式に無い。窓口で口頭により示した例の数も数えていなかった。
本様式の様式番号は第一号から第七号までの中の第四号であり、第一号から第三号までは譲渡に係る。
本様式は窓口の前の台へ置いてあり、台の上の残りは本日の朝で四十二枚であった。
二、記入出来ない名称
園において用いた名称は記入出来ないものとした。記入出来ない旨は本様式の裏にある。刷りの位置は下の端になる。
裏の文字の大きさは、表の三分の一とした。定めた書面は当窓口に無かった。作った者も残っていない。
記入出来ない理由は本様式に記していない。問われた例は本年度に四件ある。四件とも当窓口では答えていない。
答えなかった旨を記す欄も、本様式には無い。
裏の刷りは本年度の初めに版を替えたが、前の版の文言は当窓口に残っていなかった。
三、記入の要領
呼び名は第四欄へ記入させる。欄は用紙の中ほどにある。幅は五字ぶんとした。
五字を超える場合の扱いは定めていない。超えた例は本年度に六件ある。六件とも受理している。
記入は相手方が行う。当該の個体に記入させた例は、当窓口の記録に無かった。
記入の場所は問わず、窓口の台で記入した相手方は本年度に二十二件であった。
筆記具の指定は置いていない。鉛筆で記入された届出は本年度に九件あった。
鉛筆の届出を書き直させる扱いも定めておらず、九件はいずれもそのまま綴じた。
四、訂正
記入を誤った場合は、二重線を引いて訂正させる。跡を消させる扱いは置いていない。消した届出を返した例も無かった。
訂正した届出は本年度に十一件であった。訂正の理由を記す欄は本様式に無い。
十一件のうち二重線が第四欄に引かれていたものは七件で、残る四件は他の欄であった。
窓口へ出す前に相手方が自ら直した例の数は、当窓口では把握していない。
受理の際に欄の状態を検める手順も置いていない。検めた旨を記す欄は本様式に無かった。
五、届け出た後
届け出た呼び名を変える手続は定めていない。変えたい旨の申し出は本年度に三件あった。
三件とも、新しい届出を出させて処理した。前の届出を廃する扱いは置いていなかった。
廃していない届出の綴りは、当窓口の棚の下段へ置いてある。
綴りの厚みは本年度分で三寸ほどであり、前年度分は別の棚へ移した。
移した先の棚の場所を記した書面は、当窓口に無かった。
──────────────────
「今日が期限だ。月の末日までに出す」
男の人の口が動く。目は紙の上から離れない。
器が四つ並ぶ。四角いものと、白い液体と、細く切った赤いものが入っている。赤いものは昨日も出た。
切り方は昨日より細い。四角いものは焼いてある。色の濃い面が上を向く。
触ると、下の面が温かい。熱は持ち上げるまで残る。
白い液体を飲む。みぞおちの下まで温かさが下りる。
下りる速さは、十九日に施設で飲んだものより速い。
噛むと、口の中で音が出る。音は自分の耳の内側から来る。
園の食堂では、この音が周りの音に混ざって聞こえなかった。
ここでは三人ぶんしか鳴らない。自分の音が一番大きく届く。
翔太は左の椅子にいる。
膝の上に丸いものを載せている。昨日の丸いものと同じになる。線は二本入っていた。
この子は私を見て、それから器へ目を落とす。目が動くまでに二つ数える。
「ねえ、名前つけようよ」
声が出る。この子の声は高くて、途中で一度裏返った。十一日の間、この家で聞いたのは足音と物の音になる。
今日は声がある。
声の高さは女の人より上になる。切れ方が早い。
「そうね。翔太が決めていいわ。あなたも名前があるほうが困らないわね」
女の人が振り返る。手は動いたままになる。
「園の名前は使えない。紙にそう書いてある」
男の人が言う。書いてある場所は言わない。
私の名は二字になる。園の紙にも、板にも、その二字が入っていた。声で呼ばれる時も同じものが返る。
その二字は私が数を数えられるようになる前からある。使えない、と言われた。理由は誰も言わない。
紙に書いてある、と言う。書いてある紙は、いま机の上にある。
「じゃあ俺が名前決める」
翔太が言う。丸いものを机へ置いた。机に当たった音は乾いている。
この子は天井を見る。それから口を動かす。声にはならない。
天井を見ている間、椅子の脚が二度床を擦った。擦る音は前と後ろで違う。
動いた回数は三度になる。三度とも唇の形が違う。
一度目は横に開いて、二度目は前へ出て、三度目は上下に離れた。
三度目の後で、この子は目を天井から下ろす。
下ろした先は机の板になる。見たままで、指の腹が一度そこを押す。押した跡は残らない。
「ミミがいい。それにする」
言い切る。語尾は伸びない。
「呼びやすいわね。翔太が決めたんだから、あなたもそれでいいわね」
女の人が笑う。声は硝子の手前で止まり、窓口の内側までは行かない。
「ミミ。ミミ。ミミだよ」
翔太が三度言う。三度とも少しずつ違う。
二度目と三度目の間だけ、息を継ぐ音が入った。
一度目は上がって、二度目は平らで、三度目は下がる。
この子が私を見ている。目の高さは私の胸のあたりになる。
見られている間、私は手を膝の上へ置いた。指は開いたままになる。
園では手を後ろへ回す決まりだった。ここでそれをすると、女の人が直す。
直された回数は十一日で四度になる。最後は昨日で、その後は前へ置いている。
私は頷く。首は一度下がる。下げてから戻すまでに二つ数えた。
園では一つで戻している。
二字だ。前のものも同じ数だった。同じ数の字が入れ替わる。
音の並びは違う。前のものは口を横に開いて始まった。新しいものは、唇を一度合わせてから開く。
合わせる回数は二度になる。
合わせる時に、上と下の唇が触れる。触れる場所は真ん中より右へ寄った。
園の紙にあった二字は、口を開いたまま終わった。終わりに唇が合わない。
新しいものは合ってから開く。
私は口の中で二度やってみる。声は出さない。二度目は唇の合いが浅くなった。
浅いと早く終わる。合いが浅いと、音も薄くなった。
この子の目は私の顔にある。首から下へは動かない。見られている間、私は口を閉じたままでいた。
開ける形を作らなかった。翔太が机の上で指を動かした。人差し指で、板へ形を書く。
指は乾いていて、跡は残らない。跡が付かず、二度書いた。
一つ目の形は、下ろす線が二本で、上に短い線が一本つく。
二つ目も一つ目に重なる。字の形が二つ並ぶ。
線の数は三本と三本で、合わせて六本になる。
私は指の先でその上をなぞった。板は翔太の指の分、温かい。
なぞり終わると、この子が笑った。笑い声は二つで切れる。二つ目が短い。
短いほうで口が閉じた。男の人が紙の第四欄へ何かを書く。鉛筆の音は三度切れる。
三度のうち、二度目が一番長い。長さは一つ数えるほどになる。
書き終わると、この人は紙を裏返して、裏の下を指で押さえた。
「ここに書いてある。園の名前は使えない」
押さえた場所の字は小さい。表の字の三分の一ほどになる。
刷りの色は本文より薄い。薄いので、光の角度で消える。
私はその大きさを、指の爪と比べた。爪の半分より小さい。
小さい字の並びは四行ある。上から二行目を、この人の指が押さえていた。
私の名は二字になる。園の紙にも、板にも、その二字が入っていた。
板の字は彫ってあって、指を当てると溝が分かる。溝の深さは爪の半分になる。
女の人が私の横へ来て、肩へ手を置く。
十一日の間、同じ場所になる。置く力は昨日と等しい。肩の骨の上ではなく、少し内側へ来る。
「よかったわね。これであなたも名前ができたのよ。ちゃんとした名前が」
言ってから、この人は私の椅子の背へ手を置いた。置いた先は座面ではない。肩へ置くつもりだったのだと思う。
手はそのまま背に残った。
直さない。私も動かない。手が離れるまでに六つ数える。
できた、と言われた。前のものがどうなるのかは言わない。
「はい。書けますか」
私は訊いた。訊いてから、指を膝の上へ戻す。
女の人は笑った顔のまま私の肩を二度叩く。答えは無い。叩く強さは変わらない。
二度目は少し下へ来る。男の人が紙を折る。回数は二回になる。
折った紙を、内の物入れへ入れた。その時に紙の角が見える。
角は一つだけ擦れている。丸いのは右の下になる。
私は机の板をもう一度見た。跡は無い。
無いところに、線が六本あったことだけが残る。
男の人が上着を着る。袖を通す順は右が先で、左が後になる。女の人は鏡の前で二度止まった。
止まる場所は変わらない。私には替える服が無い。園から着てきたものを、袋から出して着る。
袋へ戻す時に、口を二度折るのは私が決めた。誰にも言っていない。
九時十分に、四人で家を出る。翔太も来た。道は乾いていて、風は北から来る。
二十五日は東からだった。道は家の前で一度折れて、そこから広くなる。そこは車が二台通れる。
折れたところの塀は途中で色が変わっていた。境の高さは私の腰になる。
北の風は鼻の中が乾く。乾くと匂いが遠くなる。遠くなっても、道の途中で一度、土の匂いが来た。
匂いの出所は畑になる。
畑には何も植わっていない。土の色は表と下で違う。
表は白く乾いていて、掘り返した筋の中が黒い。
歩く順は男の人が前で、女の人が次になる。私は三番目だ。翔太は場所が決まらない。
前へ出たり、後ろへ回ったりする。
回る時に、この子の袖が私の腕へ二度当たった。当たっても謝らない。
園の廊下では、体が触れた者が互いに一歩下がる決まりがあった。
ここで下がるのは私だけになる。空いた幅は、次の人が通るまで残った。
窓口の建物は白い。段は三つある。今日の段は湿っている。
濡れた段は、乾いた段より足の裏が滑らない。
扉は手で押す型で、押す側の板だけ色が抜けている。色の無い形は掌より大きい。私は男の人の後から入った。
扉が戻る速さは、園の裏の扉より遅い。中は椅子が五列で、一列に六つある。座っているのは七人になる。
二十五日は十一人いた。四人少ない。
七人のうち、五人は大人で、二人は大人より小さい。背の低い片方が子どもだ。
もう片方は私くらいの背丈で、椅子の端に座っている。
空気の匂いは紙と、床から来るものになる。洗剤は家のものより辛い。辛いのは施設の処置室に近い。
近いだけで同じではない。男の人が紙を一枚取る。機械の口から出る時に短い音が鳴る。
印は「二二」だった。壁の板は「一五」を出している。
椅子の座面は布ではなく、固いものが張ってある。
座ると膝の裏が浮いた。その分、踵に重さが来る。六日前は膝の裏が着いていた。
着かないのは、今日の座り方が浅いためになる。腰は背もたれから指の三本ぶん離れている。
七つ待つ。七つのうち、二つは呼ばれても誰も立たなかった。
その番号は、板の上で一つ数えるほど残って、それから次へ行く。
四列目の端に、大人が二人と、私と同じ背丈の者が一人いる。
その者の靴は新しい。踵の側が白いままになる。
二人のうちの片方が口を動かした。音は三つ出る。三つのうち、二つ目が一番高い。
三つ目は下がった。その者の膝の上には何も無い。手は膝の縁を握っている。
力の強さは指の先の色で分かる。二本だけ色が抜けていた。
その者が首を回した。動かすまでに一つ数える間がある。
首は途中で一度止まって、それから残りを回した。
番号が呼ばれて、大人が二人立つ。その者は少し遅れて立った。
遅れた幅は、腰が浮いてから膝が伸びるまでのぶんになる。
私はそれを見ていた。その間に自分の膝が二度動く。
動かそうと思ったのではない。動いた後で気づいた。
三人が窓口へ行って、四つ数えるほどで札の数が変わる。
その後も、その者は窓口の板の前に立ったままでいる。
板の前で、大人の片方が振り返って何か言う。口の動きは短い。その者は動かない。
動いたのは、もう片方が肩へ手を置いた後になる。
置いた場所は肩の骨の少し内側だ。朝に私の肩へ置かれた場所と同じになる。
立っている位置は、大人二人の後ろで、板から一歩ぶん離れていた。
この一歩の幅は、私が朝に台所の入口で空けているものと近い。
待つ間、翔太は椅子の上で足を振る。足の裏は床に着かない。
振る回数を、私は数えた。四十を過ぎて、そこで止める。
止めた後、この子は私を見る。長さは一つ数えるほどになる。
「あんた、今日からミミ」
私は頷く。
翔太はもう一度足を振り始める。今度は数えない。
女の人は膝の上で手を組んでいる。
組んだ指は開かない。男の人は立って、壁の掲示を読む。時間は二分ほどになる。
六日前は掲示を数えた。今日はそうしない。目は先に掲示の下の壁へ行く。
壁の下に、椅子の背が擦った跡が横に走っていた。跡は膝より少し上を通る。
跡の色は壁より濃い。濃さは端まで揃わず、真ん中が深い。
真ん中が一番濃いのは、椅子の置かれた数のぶんだと思う。数えたのではない。
掲示の紙は五枚ある。上の一枚だけ角が反っていなかった。
番号が呼ばれて、三人が窓口へ行く。私も立つ。そう言われたのではない。
三人が立って、私も立った。窓口の板は腰の高さより上にある。板の縁に硝子が入っている。
硝子は施設のものより薄い。向こうの人の顔が、輪郭まで見える。
係の人の指は先が平たい。爪は短く切ってあって、白い部分が無かった。
六日前の係は別の人で、あの人の爪には白い部分があった。
係の人が紙を受け取って、第四欄を見る。それから、指で二度なぞる。
なぞってから、この人は顔を上げて何か言った。声は硝子で低くなる。言葉の切れ目は三つあった。
中身は分からない。
女の人が答える。男の人が続けて口を開いた。翔太は板の下を見ている。
係の人が机の下から別の紙を出して、二つを並べる。
それから、右の紙の同じあたりを二度指した。二度めも先と重なった。
女の人がまた答える。今度は男の人が黙っている。
答えの間に、係の人の目が一度私へ来た。向いた長さは短い。目は私の顔ではなく、肩の高さのあたりで止まる。
それから紙へ戻った。
私は自分の肩を見た。服の縫い目が内へ寄っている。
その筋に、光が一本だけ入る。
係の人が女の人へ何かを訊く。女の人が首を横へ振った。
幅は小さい。二度で止まって、三度目は無い。
係の人が判の柄を持ち上げて、下の布へ二度当てる。当てる音は湿っている。
その後で、紙の上へ下ろした。
判は柄が木で、握るところだけ色が濃い。使った手の数のぶんになると思う。
思うだけで、数えられるものは何も出ていない。
係の人が判を押した。音は乾いている。二度鳴る。
二度目が短い。あとの一つは紙の端に近いところで鳴った。
紙が窓口の内側へ入る。入る時、手前の紙が一度めくれた。
めくれたのは端の三分の一で、下の紙の白いところが見える。
係の人はそれを直さない。
次の紙を上へ載せて、めくれた分は下敷きになった。棚は二十五日の位置から動いていない。束の数は数えなかった。
係の人が別の紙を出して、女の人へ渡す。薄い紙になる。
枠は三つあって、上の一つに字が入っていた。
女の人がそれを畳んで、鞄へ入れる。畳む回数は二回になる。
帰る前に、私は窓口の板の上を見た。
係の人の手が、まだ第四欄の紙に載っている。
紙は横向きになっていて、私の側からは逆さになる。
字は形だけが先に来た。
第四欄の中に、二字がある。私から見ると右にあった。
二字の左に、線が二本引いてある。二本の線の下に、字の形が残っていた。
残っている形は薄い。それでも、消えてはいない。
消した跡の幅は、いま書いてある二字より広い。
二字の右には余白がある。幅は二字の一つぶんを超えた。
欄の下の線は端まで真っ直ぐで、途中で一度も切れていない。
線の上を、二字と跡が並んで載っている。跡のほうが低い。
跡は左に寄っていて、余白は右に寄る。欄の中で二つが離れている。
私はそれを見た。三つ数えるほどの間になる。目は跡のほうへ二度戻った。
見ている間、硝子に自分の額が映っていた。薄くて、輪郭だけになる。係の人が紙を裏返した。
向きが変わると、跡は見えなくなる。
裏の下に、朝と同じ小さい字の並びがある。
係の人はそこを見ない。紙をそのまま束の上へ置いた。
四列目の者は、まだ板の前にいた。
窓口の紙が動く音がする。私はそちらを向かなかった。見ないことを決めたのは、見た後になる。
窓口を出る前に、私は入ってきた扉をもう一度見た。押す側の板の色が抜けている。
抜けた形は掌より大きくて、縁のところが一番薄い。
外へ出る。段を三つ下りた。行きと変わらず、足の裏は滑らない。
外の空気は中より冷たい。首の後ろから先に来る。
帰りの道で、翔太が前を走る。足音は五度で切れる。
その場所で、この子は振り返った。
「ミミ、はやく来いよ」
道の端に細い水路がある。水は流れていて、底に葉が三枚沈んでいた。どれも同じ向きで、先が下流を向く。
動かないのは石に挟まっているためだ。水の面から匂いが上がる。園の水路のものより薄くて、土の匂いが混じっていた。
私は歩幅を大きくする。八歩で追いつく。歩幅の差は足の裏の半分ほどだ。
追いついた後、また元の歩幅へ戻した。
女の人が笑う。男の人の口は動かない。歩幅は行きと変わらない。靴の中で、右の踵が布に触れている。
帰りの道で、翔太が二度立ち止まった。一度目は塀の穴を覗く。
二度目は何も見ずに立ち止まって、それから走り出した。
私は二度とも待った。その間、女の人は先へ行って、一度も振り返らない。
靴を脱いだところで、女の人が時計を指した。指の先は文字の板の右の下にある。
昼の食事は台所で済ませた。器は一つで、中は白い粒だ。粒からは湯気が出ていない。
粒は指で押すと潰れる。潰した二粒を、私は皿の縁へ寄せて置いた。
女の人は自分のぶんを座って食べる。私のぶんの置き場は流しの横になる。
置き場を決めた者は、十一日のうちに一度も言われていない。
昼の器は台所で受け取った。座らずに食べる日と、座る日がある。
今日は座る日になる。決めたのは女の人で、私に理由は来ない。
昼を過ぎて、私はリビングの端へ座る。長い椅子の右になる。
窓に近い。座り続けると布が沈む。深さは指の四本ぶんだ。
外の道を人が通る。速さは二通りあった。速いのは窓の端から端まで四つ数える。
遅いのは七つになる。その二人は、途中で一度止まった。止まった場所は塀の前だ。
止まっている間、片方の手が動く。指す先は道の向こうになる。
卓の上に、薄い紙が置いてある。窓口でもらったものだ。枠は三つで、上の一つに字が入っている。
下の二つは白い。字は逆さではない。表を上にして置いてある。
それでも読めない。読めない字は、大きさだけが手に残った。
上の枠の字は、家の紙より小さい。家の紙の三分の二ほどになる。
紙の下に、印の輪郭が薄く透けている。裏から押した印になる。
透けている輪郭は円で、中の字は読めない。円の大きさは爪の一つぶんだ。
紙の匂いは、園の掲示の紙と違う。園のものは埃の匂いが上にあった。
いま卓にある紙は、印の押してあるところが少し湿っている。
窓の外を車が通る。止まったのは一台で、隣の家の前だった。
扉の音が二度して、それから動き出す。
窓の硝子は下の四分の一が曇っている。白いのは外になる。指で押しても取れない。
落ちないので、そこだけ道の色が薄い。
薄いところを、私は昼の間に七度見た。数えたのは三度目だ。
翔太が階段を下りてきて、丸いものを拾い、そのまま上がる。
拾う時に一度私を見る。今日は口を動かした。
「ミミ、これ落ちてた」
二字が私の側へ来る。来た二字は、朝に聞いたものと同じ並びになる。
二階から音が落ちてくる。丸いものが床へ当たる音で、三度続いた。三度目だけ間が長い。
その後に、足音が二つ来る。
紙の端は卓の縁と揃っていない。置いたのは女の人ではなく、鞄から出した男の人になる。
置いた時の向きで、昼から一度も動いていない。
私は椅子の右へ座ったままでいる。
布の沈みは残る。元へ返るのは立ってから一つ数えるほどだ。立たなければ沈んだままになる。
夕方、廊下の窓が赤くなる。光は床の上を動く。
先は台所の側で、二十五日と方向が揃う。
女の人が台所で私を呼んだ。音は短い。私は立つ。
立ってから、自分の足が動いたことに気づいた。
二字で私が動いた。台所へ入る手前で、私は指を襟の内側へ一度入れる。紙はそこにある。
夕方の光は窓の下の枠で切れて、床へ届く。落ちた形は細長い。
長さは畳の縁の半分ほどで、動く先は台所の側になる。
台所で器を三つ受け取る。運ぶ順は上から私、男の人、翔太になる。
卓へ置くと、三つとも同じ音がした。
器の中の白い粒は、朝より柔らかい。噛む回数が少なくて済む。私は十二で飲み込んだ。
粒の一つが皿の縁へ残った。指で寄せると、三つに割れる。
園では飲み込むまでの数が決まっていた。夕食の間に二字が四度出た。女の人が二度で、翔太が二度になる。
男の人は一度も言わない。この人は私を呼ばずに、器を指す。
食べ終わると、女の人が器を流しへ運ぶ。
私は三つを両手で持った。持つ時に、上の器の底が下の器の縁へ当たる。当たる音は一度出る。
流しの水の音は、園の洗い場より高い。管が細いのだと思う。
そう考えただけで、管は見ていない。
布巾は流しの縁へ掛けてある。向きは折り目が手前になる。
十一日とも同じ向きだ。決めたのは私ではない。
食べ終わってから、翔太が机の板をもう一度指でなぞった。
なぞる場所は朝と同じところになる。跡は残っていない。
この子はなぞってから、自分の指を見た。指にも跡は無い。
夜、私は二階の部屋で布団の上に座っている。
枕を持ち上げると、下は何も入っていない。
持ち上げた分、布の面に窪みが残った。窪みは頭より小さい。
この枕は園のものより高い。中の綿が偏っていて、右が厚い。右を頭の下へ置くと、朝に首が痛くなる。
この家で二度あった。
園の枕の下には紙が二枚あった。片方に百九十四、片方に五十八。
二枚とも、三月十九日の朝に置いてきた。
置いてきた二枚は、いまも園にあると思う。誰も動かしていない。
布団へ入る前に、窓の外を見た。屋根の色は朝より暗い。雲は取れていて、明かりの点いている窓が四つ見える。
四つとも二階になる。
私の部屋の明かりを消すと、外の四つが少し近く見える。
それでも数は変わらない。
枕を戻すと、布の面に窪みが一つ残る。窪みは頭より小さい。
窪みへ頭を入れると、位置が一つぶん右へずれた。
窓の外に明かりが四つ点いている。四つとも二階になる。
二十五日の夜は五つだった。一つ減っている。
私は指を二本立てる。それから下ろす。
立てた二本は、名の字の数になる。前の二字も同じ数だった。数は変わっていない。
同じ数の字が入れ替わって、片方だけが残る。
残ったほうを、この家では誰も言わない。私も口に出さずにいる。
園の紙にも、板にも、その二字はまだ入っていた。場所は指の高さで覚えた。
板の下から三つ目で、指の付け根の高さになる。
──────────────────
呼び名の受理の通知
宛先 届出をした相手方
方法 窓口における手渡し
控の枚数 二枚
一、受理した届出
第四号様式(家庭内の呼び名)一通を受理した。受理の日は本日になる。書式は第四号のままとした。
添えた書類は譲渡の証書の写一通であり、原本との照合は行っていない。
照合を要する旨の定めは本通知の様式に無く、要否を判断した者も記していない。
二、記入の内容
第四欄に記入があった。記入された文字は二字である。文字そのものは本通知に写さない。
写さない理由は、写す旨の定めが無いためである。写した例も本年度は無い。綴りにも残っていない。
欄の幅は五字ぶんであるから、右へ三字ぶんの余白が残った。扱いは定めていない。埋めさせた例も無い。
三、訂正
本届出に訂正の記載は無かった。記載の無い届出は、訂正の無かったものとして処理した。
処理の後に欄の跡を確かめる扱いは置いておらず、確かめた例も本年度に無かった。
四、記入した者
記入は当窓口の前で行われたものではなく、記入した者の氏名は本通知に記さない。
記す欄を本通知に設けていないためであり、設けなかった理由は当窓口で把握していなかった。
五、控
控は二枚とした。一枚は当窓口の綴りへ入れてある。もう一枚は相手方へ渡した。
当該の個体へ渡す控は作成しておらず、作成しない旨を定めた書面は当窓口に無かった。
六、本通知に記さなかった事項
記入された二字そのもの、記入した者、記入の日時は本通知に記していない。
いずれも記す欄を設けていないためである。検討した記録は当窓口に無い。検討させた例も無かった。
本通知をもって、当該の呼び名は受理されたものとする。当該の個体への通知は行わない。




