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人間館 ―絶滅危惧種ヒトの飼育記録―  作者: 智珠
第五章 譲渡

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第061話 うちの子

個体の飼養に係る届出(第一回)


届出の区分 第一号様式(転入)

受理の窓口 居住区分の第四窓口

届け出た者 相手方


一、届出の期限


本届出は、引き渡しの日から十四日以内に提出させた。本件の引き渡しは令和二百十四年三月二十一日であった。十四日と定めた年は令和百七十二年で、根拠を記した書面は当窓口に無い。


期限を過ぎた場合の扱いは、本様式の裏に記載がある。五行のうち三行が提出を促す旨で、残る二行に定めた措置は無かった。


期限内の提出を確かめる者は当窓口とし、確かめた旨を記す欄は設けなかった。


本年度に期限を過ぎた届出は四件であった。四件とも受理している。受理しない扱いは定めていない。


二、室内の飼養に係る基準


室内で飼養する場合、一体につき床面積の下限を六・六平方メートルとした。定めた年は令和百七十二年である。改定は一度も無い。


家具の占める面積は含まないものとし、含めない旨は基準の第三項による。


測る者は相手方とし、用いる器具の定めは置かなかった。当窓口が器具を貸与した例は本年度に無い。貸与を求められた例は二件あり、二件とも市販の器具を案内した。


下限の六・六平方メートルは、定めた年から動いていない。改定の起案も当窓口に無い。


下限を割った場合の扱いは、本基準に記載が無かった。割った例の有無も当窓口では確かめていない。確かめる欄も設けていない。


三、居場所


室内に居場所として定める区画を、一箇所記入させた。その名は相手方が書いた。


本件の記入は「リビング」であった。記入した文字は四字になる。五字を超えた場合の扱いは定めていない。


書いた場所を変える場合の手続は定めていない。変えた例は本年度に二件ある。二件とも届出の差し替えによった。


四、添えた書類


添えた書類は二点であった。譲渡の証書の写と、個体の記録票の写になる。


証書の写は正の写とし、署名の欄については当窓口で確かめなかった。


記録票の写は、系統の欄が空のまま添えられた。空である旨の注記は付いていなかった。


添えた書類の返却は行わない。返却を求められた例は本年度に一件あり、当該の一件は写を再度交付して処理した。


──────────────────


 台所の低い音で目が開いた。天井は白い。園の天井は灰色で、継ぎ目が四本あった。


 ここの天井には継ぎ目が無く、角のところで色が少し濃い。

 寝ているのは二階の部屋で、今日が五日目の朝になる。

 一日目の夜は天井の色が分からない。灯りを消す係の人がいない。

 自分で消すのだと二日目に分かる。押すところは扉の横で、私は右手を使う。

 三日目から、私は消してから布団へ入る。消してから入るまでに四歩ある。

 その間は何も見えない。園の消灯は放送があり、その後で暗くなった。

 布団は下に一枚、上に一枚ある。上のものは厚い。持ち上げると腕が下がる。


 起きて座ると、膝の裏に布団の縁が当たる。当たる高さは施設の台より低い。低い分だけ、足の裏が床へ着く。

 板は冷たくない。冷たくないのは、下にもう一枚あるためだと思う。厚みは指の一本ぶんだけになる。見えるのは上の面だけになる。


 部屋は縦が五歩ある。横は四歩だ。歩幅は園で覚えたものを使った。

 園の居室は縦が七歩で、横が三歩だった。掛けると二十一になる。ここは二十だ。


 一つ少ない。


 布団の匂いは園の寝具と違う。日に当てた後の匂いだ。下に石鹸がある。

 洗濯室のものと近い匂いで、差は指で嗅ぎ分けられる程度になる。園の石鹸は角が四つあった。


 顔を布団の縁へ寄せた。匂いが濃くなる。離すと薄い。

 境は鼻の先から指の二本ぶんのあたりにある。あたりを二度行き来すると、濃さが二段に分かれる。位置は昨日から動く。


 窓の下に机が一つあって、上には何も載っていない。

 引き出しは二段ついている。上の段だけが開く。中は空だ。


 壁は四面あり、三面が白い。窓のある一面は下半分が板になる。

 色は廊下より濃く、触ると温度は壁のほうが低い。


 部屋の隅に四角い箱が二つ積んで、上の箱に布が掛けてある。下の箱の側面に穴が二つ空いていた。

 布の色は白に近い。それでも洗濯物の白とは違って見える。私は近づかない。

 布の下は開けていない。近づくと、私の足が二歩ぶん手前で止まる。


 私は階段を下りて、段を数える。十四段ある。数えると五段目と九段目が鳴った。

 下から二番目が高い音になり、差は園の腰掛けと寝台のものに近い。


 手すりは右にある。握ると木で、握った跡は残らない。何度でも握り直せる。

 園の廊下に手すりは無い。壁へ手を当てて歩く人がいた。

 廊下は板だ。朝は冷たい。足の裏が着くところから順に温まる。

 台所から音がする。金属と水、それから低い音が一つ。


 低い音は日曜の朝だけ出る。男の人が家にいる日になる。


 台所の匂いは三日で違う。一日目が甘く、二日目が油で、三日目は焦げになる。

 今日は五日目で、匂いは二日目に近い。近い匂いの下に、水の気配が一本ある。流しから来るのだと思う。


 園の食堂は毎朝同じ匂いだった。五十三年続いたと掲示にある。


 台所の入口で私は止まる。位置を決めた者はいない。三日は同じ場所になる。

 三日の間、私はここで止まっている。誰にも言われていない。言われないまま続いた。


 園では入口の線で止まった。線は床に引いてあって、幅は指の二本ぶんあった。

 ここに線は無い。


 止まる位置は扉の枠から爪の五つぶん内側で、三日は動いていない。五日目も同じ場所へ来る。


「おはよう。よく眠れた。顔色がいいわね。今日はいい日になるわ」


 女の人が振り返らずに言う。手は流しの上で動いたままだ。


「はい。起きました」


 私は答える。声は昨日より出て、喉の奥が二日目より開いていた。


 机は四人ぶんある。椅子は四つだ。私の場所は入口から近い側になる。

 四つのうち一つで、座面の色が薄い。それが翔太の椅子になる。

 薄くなっているのは真ん中で、縁の側は他の三つと変わらない。

 三日は同じ椅子に座る。決めたのは私ではない。


 男の人はもう座っている。前に紙が一枚広げてあった。読んでいるところだ。


「十四日以内に出す。今日で五日目になる」


 この人が言う。紙を見たまま口を動かす。私を見ない。


「今日出すのよ。窓口は日曜も開いてるの。午前中に行きましょうね」


 女の人が器を三つ運ぶ。三つとも同じ大きさで、中身も揃っていた。

 園では量が三つに分かれていた。


 器の中は白い液体だ。四角いものが二つ入って、焼いてある。片面が上を向く。

 色は上と下で違い、上のほうが濃い。濃い側は指で押すと固かった。


 匙を入れると、園の実より軽い。持ち上げた時の手首で分かった。

 白い液体は温かく、飲み込んだ後にみぞおちの下まで下りる。


 速さは十九日の施設のものより上になる。


 私は十二回噛む。噛み終わるまで誰も私を見ていない。数える者もいなかった。

 園では三八〇の人が向かいから見ていた。ここの向かいには男の人がいる。

 この人は紙を見ている。紙と私の間に、器が二つある。


 食べ終わるまでに、女の人が二度立つ。一度目は水を取りに。二度目は布巾を取りに。

 布巾は流しの縁へ掛けてある。向きは折り目が手前で、端が揃っていた。

 二度とも戻る時に、私の椅子の後ろを通る。背中へ風が来た。

 風は服の上を右から左へ抜けて、園の廊下より遅い速さになる。抜けた後で襟が一度動いた。

 食べ終わると、男の人が紙を私の側へ回す。

 紙には枠が並んでいて、縦に六つ、横に二つある。


「ここが空欄になる。この数字を入れる」


 この人が指したのは、上から二つ目の右になる。

 枠の中は白い。左に字があり、右が空になる。


 枠の左の字を、私は輪郭で追った。二字ある。上の字は横の線が三本だ。

 下の字は縦に長く、二つとも園の掲示で見たことがない形になる。私は二つを目で覚えた。


 枠の縦の並びは六つで、上から三つが埋まっている。

 三つは黒い字で、四つ目から下が白い。白い欄は指で押すと紙の地が出る。細い筋が横に走っている。


 女の人が細い箱を持ってくる。箱から黄色い帯が出た。

 帯には目盛りがあって、刻みの間は指の爪より狭い。


「あなたにも見せてあげるわね。ここの広さを測るのよ。決まりなんですって」


 三人でリビングへ行った。

 私は後ろを歩いた。男の人が先で、女の人が次になり、間は二歩ずつ空いた。私はその後ろにいる。


 園では係の人が先で、私が三歩後ろだった。ここでは二歩だ。一歩ぶん近い。

 その分だけ、前の人の足の裏が見える。

 女の人が帯の端を壁へ当てる。当てた場所は左の隅になる。当てた高さは膝より下だ。

 男の人が反対の壁で帯を受ける。受けた手は膝の高さにあった。


「こちらの向きは三メートル六十二だ」


 男の人が読む。声は低く、途中で切れない。


 女の人が帯を巻き取って、今度は横の壁へ当てる。

 巻き取る音は乾いていて、終わるまでに四つ数える。数える間、帯の端は床から離れない。浮くのは終わりの手前だけだ。


「もう一方の向きは二メートル九十になる」


 二つの数を、男の人が紙へ書く。書いてから、掛ける印を間へ入れる。


「掛けて十・四九だ。下限の一・五九倍になる」


 書いた数を、この人は二度なぞる。その時に紙が少し動いた。

 動いた紙を左の手で押さえ直す。押さえる指は二本になった。


 私は数を追えない。十と四と九が並ぶ。点が一つ入る。

 点は上から二つ目と三つ目の間に来た。札では三つ目と四つ目の間だった。

 点の入る数を、私は札で見ている。あれは並びが六つで、これは四つになる。


 二つ少ない。


 女の人が笑った。肩が先に動いて、それから声が出る。


「ほら、うちは広いのよ。あなたには余るくらいでしょう。よかったわ」


 私は頷いて、部屋の端へ歩いた。


 左の隅から右の隅まで、私は歩数を数える。九歩ある。横は七歩になる。

 掛けると六十三だ。


 九と七で六十三。三メートル六十二と二メートル九十で十・四九になる。

 紙の上の数と、足の裏で数えた数が、机の上と床とに一つずつある。


 もう一度、端から端まで歩く。今度も九歩になった。

 歩幅を大きくすると八歩で着き、小さくすると十一歩ある。

 九歩は真ん中の数になる。私はいつもその歩幅で歩いていた。


 私は歩く時、長い椅子と机を避ける。その分、線が曲がる。帯は避けない。

 椅子の上を通っていく。


 基準の紙に家具のことが書いてあるかは分からない。読めない。字は六行ある。


 男の人が数の下に、もう一つ数を書いた。書いたのは六・六だった。

 六・六の下に線を引いて、その下へ何かを足す。字は二つになる。


 二つの字のうち、上のほうは丸に近い形をしている。下のほうは横棒が一本ある。


 女の人が覗き込む。頷く。


 男の人が紙を折った。折る回数は二回。折り目を親指の腹で押さえてから、上着の内へ入れる。


「出発は九時四十分になる。遅れは無い」


 この人はそれで言い終える。廊下へ出ていく足音が、五段目で鳴った。


 女の人が来る。肩に手が置かれた。


「あなたはもう、うちの子になったんだから。何も心配しなくていいのよ」


 私は頷いた。首は一度だけ下がる。

 戻すまでに、二つ数える間があった。園では一つで戻している。


 うちの子、と言われた。

 言われてから、私は襟の内側へ指を入れる。紙はそこにある。


 肩に置かれた手は、置いてから七つ数えるまで止まっている。掌は服の上で温い。七つを過ぎると、掌が一度前後に動いた。

 幅は指の一本ぶんになる。


 それから離れる。跡に服の皺が二本残った。


 二階で床が鳴った。翔太が起きたらしい。

 鳴る場所は私の部屋の隣で、続けて六度になる。六度のうち、四度目の間が空く。一つ数えるほどになる。


 階段を下りる音が、上から順に速くなった。

 十四段を七つ数えるほどで駆ける。私は十二数えて下りていた。速さの差は五になる。


 私は台所の入口へ寄って、通れるだけの幅を空けた。

 掌の二つぶんになる。通る時、服の端が私の膝へ触れる。

 小さいものが台所へ入って、それから廊下を出ていった。

 戻る時、床に何かが落ちる音がした。落ちたのは丸いものらしい。


 丸いものは廊下を転がって、私の足の先で止まった。転がる音は三度切れる。

 拾うと、掌に載る大きさだった。表面に線が二本入っている。


 私はそれを廊下の端へ置いた。壁から指の三本ぶん離れた場所になる。


 三本ぶんは、通る人の足が当たらない幅になる。幅を決めたのは私だ。訊く相手はいない。


 園の廊下では、物を壁へ付けておく決まりがあった。ここには何も貼っていない。


 台所へ戻ると、女の人が洗濯物の籠を持って出てきた。

 籠は編んである。目は四角い。一つだけ指の先が入る大きさになる。

 持つところが二箇所あって、片方の編み目が少しほどけていた。ほどけた糸は四本ある。


 ほどけた側を、この人は下へ回した。その時に一度持ち替える。籠の中は白いものと色のついたものが混ざっている。

 数は十七枚あった。


「一緒に畳みましょうか。あなた、園でもやっていたと書いてあったわ」


 書いてあった、と言った。どの紙に書いてあるのかは言わない。


「はい、やります」


 籠の底に、一枚だけ残った。取ると、下に小さい木の札があった。

 字が二つ入っている。読めない。持つと軽くて、角が丸い。


 私は札を籠の縁へ置く。置いた札は縁の丸みで傾く。そのまま止まった。


 私は籠の横へ座る。園の洗い場は土間で、もっと固い。

 土間は膝が痛くなるまでに三十分かかる。ここの板は二十分ほどで痛くなった。


 位置も違う。土間は膝の皿の下で、板は皿の外側になる。


 籠から出すと、洗濯洗剤の匂いが立った。園の洗濯室のものより甘い。

 下に、日に当てた匂いがある。二つは重なっていて、離れない。


 布は乾いている。指で挟むと、園のものより厚いほうへ寄る。


 女の人が一枚目を取って、広げてから三つに折る。

 三つに折ってから、端を外へ折り返す。折り返した端は上を向く。

 私は二枚目を取る。広げて、三つに折る。ここまでは同じだ。

 それから端を内へ入れた。入れた端は見えなくなる。厚みにもならない。


 私は端を内へ入れた。この人は端を外へ折った。


 三枚目も私が取る。広げると、皺が一箇所だけ深い。

 乾く前に折れた跡だ。指で伸ばすと薄くなる。

 私はそのまま三つに折った。


 女の人が四枚目を取る。端の二箇所を同時に摘む取り方になる。

 摘む指は親指と人差し指だ。園の洗濯室では、三本で摘む人が多かった。

 三本のほうが落としにくい。落ちても拾えば済む。

 私は端を一箇所ずつ摘む。園の洗濯室では二人で一枚を持った。二人だと皺が伸びる。


 二枚を並べると厚みが違い、私のが一枚ぶん薄い。薄いほうを下へ置く。山の傾きが浅くなる。

 この人のほうは端が立っていて、押すと戻る。戻るまでに一つ数えた。


「あら、そういう折り方もあるのね。きれいに畳めてるわ。上手なのね」


 女の人は自分の折り方を変えず、私もそのままでいる。

 十七枚のうち、九枚が私の折り方で、八枚がこの人の折り方だ。

 積むと、上から順に厚みが入れ替わる。厚いものと薄いものが交互に来た。途中で二枚続けて薄い。


 十七枚目は色がついていた。ほかの十六枚より小さい。

 三つに折ると厚みが出ない。私は二つに折る。そのまま積んだ。


 女の人はそれを見て、何も言わない。取り直しもしなかった。


 積み終わると、女の人が上から掌で押す。押すと山が指の二本ぶん沈む。その分は戻らない。

 沈んだ後で、端の立っている側が少し戻った。戻った幅は爪の半分ぶんになる。


「これでいいわ。あなたがいると早いのね。ほんとうに助かるのよ」


 助かる、と言われた。

 私は畳んだ山の高さを見る。掌の三つぶんになる。


 卓の上の山は、上から三枚目のところで一度傾いている。

 傾きの向きは右だ。押さえると戻る。手を離すとまた傾いた。


 端の立っている枚数は、右に寄っている。右の三枚が続けて立った。

 数え直してはいない。


 九時四十分に、三人で家を出た。翔太は残った。

 理由は誰も言わない。私も訊かなかった。


 外は明るい。道は乾いている。風は東から来る。

 食堂の椅子に座っていた人が、東から来る日の話をしたことがある。

 あの人は窓の側を向いていて、こちらを見なかった。膝の上に手が二つ載っていた。

 風は襟の内側まで入る。入る向きは、あの日と同じになる。


 道の両側に家が並ぶ。屋根の高さは十九日に見たものと揃う。

 家と家の間に細い道が入っていて、間隔は三軒ごとになる。


 三軒ごとの細い道の奥は、どれも見通せない。私は歩幅を変えずに通り過ぎた。

 首だけが半分ぶん回る。回してから、また前へ向く。向き直るほうが速い。


 窓口の建物は白く、入口に段が三つあった。

 建物の高さは園の資料館より低い。窓は表の側だけで十四ある。うち四つに紙が貼ってある。

 下の段に限られていた。上の段の窓は八つとも空いている。

 段の縁は角が取れて丸く、施設の段と近い形になる。

 建物の中の匂いは施設と近い。消毒の薬が下にあった。

 施設のものより薄く、外から入った風の匂いが上に残る。残る匂いは、段を三つ上がると切れる。先は紙の匂いだけになる。


 床は硬い。踏んでも沈まない。音は前へ広がった。


 中は椅子が並んでいて、番号の書かれた紙を取る機械がある。

 口から紙が出る時、短い音が一度鳴って、園の券売の音と近い。鳴った後で紙が下へ垂れた。

 男の人が紙を一枚取る。「四七」と印がついていた。

 壁の板に数が出ている。いまは「三九」だった。八つ待つ。


 椅子は五列ある。一列に六つだ。掛けると三十になる。

 椅子には十一人が座っていて、私と同じ側の者は一人もいない。


 服の色が違う。番号を付けている者もいなかった。

 私の作業着は園のものだ。五日目もこれを着ている。替えは配られていない。


 待つ間、女の人は私の隣に座っていた。

 この人の手は膝の上で組んである。指は動かない。


 男の人は立って、窓口の掲示を読んでいる。時間は二分ほどになった。

 掲示は三枚ある。上の一枚は紙が新しい。角が反っていない。


 下の二枚は四隅を画鋲で留めてあり、上の一枚は二隅だけになる。色は十個とも白い。

 留めていない角が風で二度動き、幅は指の一本ぶんになる。

 園の掲示板も、新しい紙ほど画鋲が少ない。決め方は誰も言わなかった。


 番号が呼ばれて、二人が窓口へ行く。私は椅子に残された。

 そう言われたのではない。二人が立って、私が立たなかった。それだけになる。


 窓口の人が紙を三枚めくって、二箇所へ判を押す。

 押す音は乾いていて、二度は等しい高さで鳴った。


 係の人が何かを言って、女の人が笑う。男の人の口は動かなかった。


 窓口の内側に棚があって、紙の束が縦に立ててあった。棚の板は三段ある。

 束は八つある。幅は一つずつ違う。左から三つ目が一番厚い。


 紙が窓口の内側へ入る。入った紙は、そこから見えなくなった。見えなくなるまでに二つ数える。

 どの束へ入ったのかを、私の側からは見分けられない。


 窓口の人は一度も私を見ない。

 紙と、二人の顔を見た。私は椅子に座っている。そのことを誰も紙へ書かなかった。


 二人が戻ってきて、女の人が私の手を取った。掌は温かい。


「これで済んだのよ。あなたはうちの子として登録されたの。よかったわね」


 登録、という語を私は知っている。

 園の紙にあったのは「登載」で、登録ではなかった。字が一つ違う。

 私は頷いた。首は一度だけ下がる。


 窓口を出て、段を三つ下りる。上がる時より膝が曲がった。

 三つとも同じ高さのはずが、二つ目の着き方が違った。

 踏み直しはせず、前の二人について歩いた。間は行きより一歩ぶん狭い。


 帰りの道で、女の人が二度立ち止まる。どちらも店の前になった。

 店の窓の中に小さいものが並んでいて、置き方は園の売店と近い。

 一つずつ離して置いてある。間は指の二本ぶんだ。

 園の売店は一本ぶんで、ここのほうが広い。


 並んでいるものの下に、小さい紙が付いている。数が入っていた。

 数の並びは三つか四つで、六つのものは無い。私は窓の前を通り過ぎた。


 男の人は止まらずに歩き、歩幅は行きのままだ。


 家に着いてから、女の人が時刻を口に出した。時計は台所の壁に掛かっている。私はそれを読めない。


 帰りに一度、風が強く吹く。向きは行きと同じ東からになった。

 風は道の乾いた粉を運び、匂いは園の坂の下と近い。

 女の人が私の腕を押さえて、目を細める。場所は肘の上になった。


 昼を過ぎて、私はリビングの端へ座る。場所は長い椅子の右で、窓に近い。

 日が当たるのは午後の二時間だけだ。


 長い椅子の右の端は、座り続けると布が沈む。戻るのは遅い。左の端は沈んでいない。立ってから戻るまでを、私は昨日数えた。

 一つ数えるほどになる。


 窓の外に木が二本あって、二十一日に数えたものになる。

 枝の先に、小さい膨らみが付いている。二十一日には無かった。今日で五日目になる。


 膨らみは左の木で三十一まで数え、右の木はやめた。

 枝が重なる。同じものを二度数えた。


 昼の間、家の中は音が少なかった。園の午後は廊下に足音が続いている。

 聞こえるのは二階の床が鳴る音と、車の音になる。人の声は入らない。

 車は昼の二時間で九台通った。うち三台は音が似ている。


 畳んだ洗濯物は台所の卓に積んである。

 山を、私は座ったところから見る。端の立っている側が右に来た。


 九枚と八枚。覚えている数はそれだ。

 畳む間に入った数で、数えようとしたのではない。


 園では干した順に畳んだ。ここは籠から出た順になる。


 私は九枚を、出た順のまま覚えていた。三枚目と七枚目と十四枚目が色つきになる。


 翔太が二階から下りてきて、丸いものを拾って、また上がった。

 拾う時に一度私を見て、長さは一つ数えるほどになった。目の色は男の人と近い。

 目の高さは私の胸にあり、園で来る子より少し高い。


 この子は丸いものを両手で持つ。指が十本、表に出た。

 園の子は片手で物を持った。片手のほうが多い、と思う。


 この子は何も言わず、私も口を開かない。


 午後の一時二十分に、玄関の外で人の声がする。二人で、どちらも高かった。

 女の人が出ていって、四十秒ほど話して戻ってきた。手に紙を一枚持っている。

 紙は薄く、色がついている。卓の端へ置かれて、そのままになった。


 三時に女の人が甘いものを持ってくる。皿に二つ載っていた。

 二つのうち一つが私の前へ置かれ、もう一つは階段の下へ行く。


「ひとつはあなたの。ひとつは翔太のよ。分けてあるから安心してね」


 分けてある、と言われる。園では器の中で分かれていた。ここでは皿の上で分かれていて、前は同じ袋に入っていたらしい。

 袋は流しの上に残っている。


 甘いものは、噛むと歯の間に残る。舌で取るまでに四つ数えた。


 夕方、廊下の窓が赤くなる。光は床の上を動いた。

 先は台所の側で、二十一日と方向が揃う。

 速さは二十一日より遅かった。四日で日の高さが変わったのだと思う。


 床の上の赤い形は、長い椅子の脚のところで一度切れた。

 切れた先で、また続いた。幅は脚の太さのぶんになる。


 私はもう一度、部屋の端から端まで歩いた。今度は机の脚と長い椅子の間を抜ける。すると十歩になる。


 九歩と十歩と、三メートル六十二。

 男の人の紙は上着の内にある。


 女の人が卓の洗濯物を持って、階段を上がった。

 九枚と八枚が一つの山で上がっていく。途中で山が二度傾いた。どちらも右へになる。


──────────────────


室内の点検の記録


点検の項目 五項

点検の結果 適

次回の予定 令和二百十四年九月(第二回)


一、点検の日時


令和二百十四年三月二十五日、十三時二十分から十三時五十五分までで、所要は三十五分であった。


点検は届出の受理と同日に行った。同日とする旨の定めは無い。窓口の混雑の状況によっている。


二、床面積


相手方の申告は十・四九平方メートルであった。下限は六・六平方メートルとする。申告は下限を超えていた。


申告の数値は相手方が巻尺により測った。当係は再度の測定を行っていない。


基準の第三項は、家具の占める面積を含めないものと定めている。相手方の申告が第三項によったか否かは、本記録では確かめていない。確かめる手順は定めていなかった。


確かめる欄は本様式に無く、設ける旨の起案も当係に無い。


三、居場所


届出の第六欄の記入は「リビング」であった。当該の場所を実見する。実見の所要は四分である。


当該の場所に、個体の用いる床の区画を示す印は無かった。これを求める定めも置いていない。


当該の個体は点検の間、当該の場所の端に座っていた。座る位置を定めた記載は無い。移動を求めなかった。


四、寝る場所


寝る場所は二階の一室であった。床面積は三・三平方メートルになる。


寝る場所を届出に記入する欄は本様式に無い。当係の慣行により本記録へ記した。


四の二、寝具


寝具は上下二枚である。相手方の申告によれば、引き渡しの前日に用意した。数量の記載は本様式に無い。


寝具の仕様を定めた基準は無かった。当係で確かめる欄も設けていない。


五、当該の個体の状況


体格および外傷について、当係の目視により異状を認めなかった。目視の方法を定めた書面は無い。所要は二十秒になる。


当該の個体へ質問を行う扱いは置いておらず、行った例も無い。


五の二、寝る場所への行き来


寝る場所と居場所の間に階段が一箇所あり、段の数は十四になる。


昇り降りの回数を記す欄は本様式に無かった。当係でも数えていない。


六、備考


点検の際に相手方の述べた文を、そのまま記す。「うちの子になったんだから」

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