第057話 厚み
剖検の実施に係る依頼(写)
依頼の元 飼育部門
依頼の趣旨 死亡の事由の特定
実施の期限 令和二百十四年三月十六日 十二時
一、対象
対象 A-0114。死亡の確認は令和二百十四年三月十五日 十四時七分による。
本年度において当部から出した同様の依頼は、本件が一件目である。
前年度は二件であった。二件のいずれについても、当部から所見の内容を照会した記録は無い。照会を要する旨の定めは本年度に置いていない。
二、趣旨
死亡の事由の特定を趣旨とする。
事由の欄は死亡の記録において空のまま送った。空のまま送った旨を記す欄は、死亡の記録に置いていない。当部の綴りにのみ残す。
趣旨を達し得なかった場合の扱いは定めていない。前年度の二件は、いずれも事由の欄が埋まった状態で返っている。
三、範囲
開胸及び開腹までとする。頭部は含まない。含まない旨の定めは本年度の内規による。
内規の写は本依頼に付さない。
範囲の外を見た場合は、その旨を報告に記すこととする。記す欄は報告の様式に在る。欄の幅は一行とした。
一行に収まらない場合の扱いは、本依頼に記していない。
四、試料の扱い
試料は当室において保存する。期間は三年とする。三年を過ぎた分の扱いを記した書面は、当部に無い。
点数の上限は設けていない。
下限も設けていない。前年度の二件の点数は、それぞれ七点と九点であった。差の生じた事情は当部で確かめていない。
五、記録の添付
処置の履歴を添えることとする。範囲は本依頼に記さない。
健康診断の直近の分を添えることとする。分娩の票は写しでよい。
添えた書類の一覧を記す欄は、本依頼に置いていない。返付の際に照合する扱いも定めていない。
六、期限
本日十二時までとする。
期限を過ぎた場合の扱いは定めていない。期限の延長を求める様式は当部に在る。本年度に用いた例は無い。
前年度は一件について用いた。延長した日数は本依頼に引かない。
本依頼の写は当部の綴りへ置く。配付の先は当室のみとする。綴じは背の側を麻紐で二穴とした。
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三月十六日。六時四十分に獣医室へ入る。
鍵を開けたのは私で、前の当番の札はまだ下がっていた。裏返すのは当番が入れ替わる時だ。
窓は東を向いている。硝子の下の三分の一が曇っていて、上は曇らない。境の高さは外の気温で動く。
今朝は桟から指四本ぶん上にあった。
指を当てると、触れた幅だけ外が出る。跡はすぐに白へ戻る。
白衣は昨日のものを掛けたままだ。袖の折り目が肘の上で二本になっている。
下の一本は一昨日の分になる。
室の温度は十四度。壁の温度計は水銀ではない。目盛りの札は三十年前の刷りで、角が丸い。
私は手を洗う。湯が出るまでに十を数えるほどかかる。途中で出た朝を、私は知らない。
水は先に出る。冷たいほうが先に来る造りになっている。
指の先は洗っても温まらない。三月の水は十度を割る。栓を絞ると音が高い。
手袋を嵌めると温まる。嵌めた内側は湿る。
湿りの出る場所は決まっていて、いつも親指の付け根から始まる。
卓の上に紙が一枚置いてあった。角を持ち上げると、紙は自分の重さで垂れた。
角が卓の縁と平行になっている。昨日の終業の後に誰かが置いたものだ。
置いた人の手つきが、そこだけ残る。手つきを記す欄は、どの様式も持ち合わせている。
剖検の実施に係る依頼。元は飼育部門で、判は係の判だった。人の名は入っていない。
判の朱は薄い。押した後で一度ずらした跡がある。
趣旨の欄には、死亡の事由の特定、と入っている。刷りだ。
手で書いた欄は日付と番号の二つになる。桁は欄ごとにばらばらだ。
期限は本日の十二時。数字は細く、途中で一度掠れていた。掠れた先で線が太く戻る。
掠れたのは十の字の縦の線で、そこだけ紙の目が出ている。
条は六つある。私は上から順に読んだ。終いまでで二分かかる。
一は対象。二は趣旨。三は範囲で、開胸と開腹までとし、頭部は含まないと書いてある。
四は試料の扱い。五は記録の添付。六は期限になる。
七以降の条は、この様式に立てられていない。
五に、処置の履歴を添えることとする、とある。何処から遡るかは、読む側が決める。
私は紙を裏返した。裏は白い。写しの部数を記す欄が下の端にあって、そこは空いている。
線を引くかどうかは、書く者に任された。引いた紙を、私は前に一度だけ見ている。
昨日の十四時七分に、獣医室の担当二名が確認をしている。二名のうちの一名は私ではない。
もう一名の番号は記録に入る。職員の番号で、個体の番号とは桁が違う。
私は昨日、書庫にいた。棚の前に立っていた時刻は、誰にも訊かれていない。
書庫の側は入退を記録しない。札の下がっているのは処置室の扉だけだ。
棚の扉を開ける。金属と消毒液の匂いが一緒に出てくる。扉の蝶番は左が固い。
この匂いは扉を開けた最初の三秒で強い。
三秒を過ぎると、匂いは室の温度と同じところまで下がり、鼻が拾わなくなる。
拾わなくなった後も出ている。閉めると、廊下の側へ薄く残った。
器具は使う順に並べてある。順を直したのは去年の五月で、以来動かしていない。
骨鋏は右の端だ。長いものほど右へ寄せてある。端の一本だけ柄の色が濃い。
寄せる向きは前の獣医師がそうしていたと聞く。要領の条が定めるのは器具の名までだ。
私は端から取る。抜いた場所は空けておく。戻す時に迷わない。
空けた分だけ、棚の板の色が濃く見えた。器具の置かれていた形が、板に薄く残っている。
鑷子と持針器。剪刀と開創器。名を口の中で唱えながら盆へ移した。
黙って移した日は、三つ目で一度手が止まる。四つ目から先では止まらない。
棚の左の端に、名の付いていない布片が一つ入っている。色は生成りで、端が黄ばんでいた。
棚の台帳は員数を書く。私は布片を数に入れない。
盆を三枚出した。二枚は台の側で、一枚は瓶の側に置く。三枚とも縁の塗りが剥げている。
瓶の側の盆は縁が高い。そちらを窓に近い卓へ移した。卓の右はそれで塞がる。
瓶は十二本ある。固定液は昨日のうちに入れてあった。中性の緩衝の液で、一本に百ミリリットルずつだ。
液の高さは十二本とも揃っている。
栓は締めていない。締めるのは入れ終わった後だ。先に締めた日は、開ける手間が増える。
秤の較正の札が、台の脚に貼ってある。前の較正は十二月で、次は六月だ。較正を行う係の名が入っている。
札の紙は薄い黄で、四隅のうち右下が浮いた。押さえても戻る。
尺は二本ある。三十センチのものと、一ミリまで目盛りの入った短いほうを並べた。
短いほうは今日はじめて使う。箱から出すと、紙の巻きが一枚ついてきた。
鉛筆は三本削ってある。削ったのは、昨日の終業の前だ。芯の長さは三本とも同じにした。
削り屑は屑入れへ落とす。切れなかった分が二つ、卓の右の隅に残っていた。
二つとも、内へ向いて反っている。
写真の欄が様式にあった。撮る機械は別の室にある。欄は毎年そのまま刷られてくる。
廃す起案は出ていない。宛先も定まっていない。
七時十分に、補助が来る。
入る前に、扉の外で靴の裏を擦る音がした。回数は三度だ。
「二番の室でよろしいですか」
「奥の室のほうへ移ります。灯りはそのままで」
「準備は済んでおります。灯りも」
この人は聞かれていないことを一つ多く言う。二年前からそうだった。多い一つは、いつも数の後に来る。
言う量は日によって変わらない。
私は依頼の紙を白衣の内側の袋へ入れる。袋の口は縫い直してあって、前より浅い。縫ったのは私ではない。
浅い口からは、紙の角が外へ出る。歩くと角が肋の上を擦る。
擦れる場所は上から三本目の骨の上だ。
廊下は獣医室から奥の室まで十八歩ある。歩幅は変えない。数え始めたのは去年の秋だ。
途中に扉が二つあって、二つ目のほうが重い。
重いほうは押す時に肩を入れる。入れる肩は毎回同じだ。
壁の一番低いところに消火器が置いてある。首のところに点検の札が下がっていた。札は紐で二重に留めてある。
紐の色は赤で、上の側だけ薄い。廊下に窓は無く、灼けたのは別の場所でだ。
札の欄は三つだ。点検の日と、次の点検の日と、点検した係。三つとも枠の大きさが違う。
一番広いのは係の欄になる。
係の欄には庶務、とあった。入るのは係の名に限られる。
私はこの札を四年見ている。出てくるのは係の名だ。
名を入れる欄そのものが、この様式に無い。
奥の室の温度は十二度。窓は付けてある造りではない。壁の色は上と下で塗り分けてある。
灯りは天井に四つあって、台の真上の一つが新しい。そこだけ白が強い。
庫は奥の壁に据えてある。扉の札には四度と刷ってあり、今朝の目盛りは三・八を指していた。
当番の欄に収めた時刻が入っている。昨日の十五時二十分だ。
庫から台へ移すのは二人でする。移す間、覆布は掛けたままにする。
台の上に覆布が掛けてある。布は白で、洗って畳んだ跡が縦に三本残っていた。跡は洗う度に位置がずれる。
三本のうち真ん中の一本が一番濃い。
補助は台の頭の側に立つ。この人は覆布の向こうを見ない。立つ位置は自分で決めている。
足の位置まで毎回同じにする。床の目地の三本目に爪先を置いていた。
「札を読んでください。番号のほうは二度で」
「A-0114。確認は昨日です」
「A-0114。もう一度お願いします」
「A-0114。相違ありません」
私は札の字と、依頼の紙の欄の字を見比べた。二つは一つの手で書いてある。札も紙も、書いた係の名までを持つ。
四の字の払いが両方とも短い。それで一つの手だと分かる。
覆布を、足の側から外す。畳んで、頭の側の卓へ置いた。場所は毎回ここになる。
畳み方は三つ折りで、端を内へ入れる。
体重を量る。四十六・二キログラム。
補助が分娩の前の綴りを開いて、そちらの数も読み上げた。五十一・八。
私は札へ二つとも写す。鉛筆の芯を先に紙へ付けてから引く。
付けてから引くと、書き出しの線が太くならない。
「引いた数は別の票へ入ります」
「引くのは当室の仕事ではないことになります」
この人は数を言った後に一つ足す。足したものは票へは入らない。
入らないことを、この人も知っている。
体長を測る。百五十六・五センチ。収容の年の記録は百五十四・二だった。
尺は台の縁に沿わせておく。離すと腰のところで一センチずれる。ずれる向きはいつも足の側だ。
外表を見た。左の肘の下に、線が二本ある。線は古い。
右の腿の外側に、点が三つ。間隔は等しくない。
間隔が違えば、打った日も違う。
当室の様式は、位置と数までを受ける。
爪は短く整えてある。断面が斜めだ。切った道具は爪切りではない。
斜めの向きは十本とも揃っている。切る者は途中で手を持ち替えた。
この所見は本年度に四件見ている。四件とも別の個体で、区画は三つに分かれる。
書く欄は当室の様式に在る。四件のうち二件は、欄に有とだけ入っていた。
口腔を見た。歯は三十二本ある。欠けは見えない。
上の左の奥から二本目に、詰めた跡があった。詰めた年は当室の綴りの外にある。
皮膚の色は、腹が背より薄い。境は脇の線に沿う。幅は指の一本ぶんある。
この境は死亡の後に動く。速さの紙は当室に在る。
時刻は八時二分。外表はここで終わる。
庫から台へ移し終えたのは七時五十分だった。所要の欄は一つで、内訳まで割れない。
私はメスを取る。手に移す前に一度、右の卓の塗りの薄いところへ置いた。刃の背が卓に当たって鳴る。
置いてから取り直す。位置を決めた覚えが私に残っていない。
切開は正中で、頸から恥骨まで。長さは五十四センチになる。前年度の平均は綴りの側に入っている。
一度で引く。途中で止めると縁が波を打つ。
波の出た縁は、閉じる時に合わせにくい。
皮下の脂肪の厚みは、臍の上で八ミリ。欄は本年度の数だけを受ける。
平均の出所は当室の綴りにある。前年度の分まで書庫に置いてある。
肋骨を外す。骨鋏は左手で支えて、右手で握る。支える手には力を入れない。
握る位置は柄の端から三分の一のところだ。それより先を握ると、力が刃へ届かない。
左の第三から第七までを、順に外した。骨は膿盆へ移す。並びは取った順にする。
右も同じ数だけ外す。左右で数を変えると、閉じる時に合わない。
骨の断面は白い。中の色は外より濃かった。
「盆はそのままで、動かさないでおいてください」
「灯りを一つ落としておきます」
補助は天井の灯りのうち、頭の側の一つを消した。
台の上の影がそれで減る。影が減ると、色が正しく見える。
正しく見える幅は、台の上の八十センチほどになる。
胸腔を開いた。液の量は五十ミリリットルに満たない。色は薄い黄になる。
量る道具は台の下の段に在る。取り出すには屈む手間が一つ増える。
道具は使わなかった。目でよい範囲になる。決めているのは要領の第四だ。
心嚢を切る。液は十二ミリリットル。これは量った。
量ったのは、依頼の趣旨がそこにあるからだ。
趣旨の欄の字は刷りで、量る量までは刷っていない。
心臓を出す。取り出す前に、繋いだところを一本ずつ確かめた。八本ある。
確かめる順は決めてある。上から下へ、右から左へ。
秤に載せる。四百十グラム。
目盛りの針は一度行き過ぎて、それから戻った。戻り切るまで待つ。
待つ時間を測ったことはなかった。私は五つ数える。
「四百十です。針は止まりました」
「もう一度読んでください。針が止まってから」
「四百十。動いておりません」
私は札へ四百十と書いた。手を止めてから、前年度の綴りの数を思い出そうとする。
思い出せない数は書かない。
書かない代わりに、後で綴りを出す。
心臓を台の上へ置いた。左を手前にする。それから短いほうの尺を手に取った。
手前にするのは、切る面を利き手へ向けるためになる。
左の室の壁を切る。断面は平らではない。
平らでない面は、一番厚いところと一番薄いところの両方を測る。
測る位置は面の中ほどにする。縁は薄く出る。
一番厚いところは二十二ミリ。薄いところは十九ミリ。
二つを札へ写す。引く手続は票のほうにある。私は数を並べて置いた。
右の室は六ミリ。こちらは二箇所で同じ数が出た。
中の隔ては十四ミリ。ここも二箇所で測る。
三つを並べると、二十二と十四と六が同じ面に出る。
私は数を三度読み直した。三度とも同じだった。
尺は動かさずに、目の位置だけ変えて読む。
切った面の厚い側は、指で押しても戻らない。
押した跡が、そのまま残った。
弁を見る。四つとも開いた。
左の房と室の間の弁に、縁の白い肥厚がある。幅は二ミリほどだ。
この所見に当たる語は、当室の様式の欄に無い。前年度の様式も七語で刷ってあった。七つのうちのどれを選んでも、幅が足りない。
冠の血管を切って開いた。内側は狭くない。様式は狭い場合だけを受ける。
欠けている欄は、これで四つになった。書けば一行で済む。字数は足りている。
試料を取る。左の室の壁から二つ、右から一つ、そして弁から一つ。
瓶へ入れて、栓を締めた。順に番号を書く。
番号は瓶の胴ではなく、肩のところへ書く。胴は液で滲む。
肺を出す。重さは左が四百六十、右が五百二十。
割面を作ると、切った先から血が流れ出た。押さえた布は二枚とも下まで濡れる。
所見の欄には有と入れる。有以上のことは入れられない。
肝は千三百八十。表面に細かい粒がある。指で撫でると分かる。目では拾えない。
粒の大きさを書く欄は在る。私は一ミリ未満と入れた。
脾を出す。百四十。被膜は張っていて、割面から血の出る量が多い。
書けるのは重さまでになる。
腎は左が百二十四、右が百二十九。
左右を別に書く欄がある。私は両方とも一の位まで入れた。
消化管を開いた。内容は僅かだ。最後の給餌は昨日の朝になる。
量は四三〇だと、飼育部門の票に入っている。
四三〇は本年度の割当のままだ。
子宮を見た。掌を開いた大きさで、底は臍の下までは上がっていない。重さは五百二十。
摘出はしない。依頼は開腹までを範囲とし、見た後は元の位置へ戻す。
この様式が受けるのは重さと大きさまでだ。産褥という語は刷りの外にある。
時刻は九時四十四分。当室の時計で読んだ。廊下の時計は別の数を出す。
切ったのは八時二分だった。
補助が瓶の並びを直した。番号の順に、栓の頭を全部こちらへ向ける。
向きを揃えると、番号が一列に読める。
「十二本、揃っております」
「使ったのは十一本で、残りは数えておりません」
「前に足りない日がありましたので」
この人は足りなかった日のことを覚えている。私のほうは忘れた。
忘れた旨を書く欄は、当室の様式から落ちている。
覚えている者の名も入らない。
臓器を体腔へ戻す。順は出した順の逆だ。肋骨は膿盆から取って、左右とも元の並びで入れる。
閉じる。縫うのは表の一列にした。糸は太いほうを使う。
針の運びは端から二センチずつにする。数えたのは補助のほうだ。
「二十七針です。前の件より三つ多くなります」
「この様式が受けるのは、閉じた旨まで」
覆布を掛け直す。掛ける時は頭の側から下ろす。
下ろす速さは決めていない。私は途中で一度止める。
「布はこちらで畳んでおきます」
「今日はここまでにします。閉じてしまって」
補助が布の端を揃えた。手つきは洗濯室のものと同じだ。
教えた者がいるはずだが、書いた紙のほうは出てこない。
十時十二分に室を出る。手袋を外すと、内側の湿りが指の間に残っていた。
残った湿りは、廊下を歩く間に消える。
消えるまでに十八歩は足りない。
廊下の消火器の札を、帰りにもう一度見た。係の欄は庶務のままだった。
朝と同じ字だ。日の欄の数も動いていない。
獣医室へ戻る。書庫の鍵を抽斗の一段目から出した。鍵は今朝もそこにあった。
抽斗の底に、鍵の形の跡が薄く残っている。
書庫は北の側で、灯りを点けても暗い。棚は八段ある。
処置室の記録の綴りは、上から三段目の右の端だ。場所は代々そこにしてある。
私は綴りを出す。厚みは去年の十一月と変わっていない。
そのことを、私は手で確かめた。
背を見た。厚みの途中が一枚ぶん凹んでいる。
縁の角は立っている。抜いてから、綴り直した者はいない。
凹みの位置は第八件目に当たる。四か月前と同じところになる。
指の腹を背へ当てて、上から下ろす。凹みのところで指が一度落ちた。
落ちる幅は紙一枚ぶんになる。
上から見ると分からない。背の側からだけ出る。
麻の紐は裏へ回して固く締まっている。結び直した跡は無い。
頁をめくった。第七件目の次は第九件目だ。番号は連番で打ってある。
打ったのは票を作った側になる。
抜けた旨を書いた頁は、綴りの何処にも無い。私は端から端まで見た。
見終えるまでに四分かかった。その間、手は一度も動かなかった。
書庫の鍵は当部と庶務が一本ずつ持っている。当部の一本は、いま私の手の中にある。
庶務の一本の置き場は、当部の綴りの外だ。
私は綴りを棚へ戻した。入れる前に、背をもう一度見る。凹みは同じところにあった。
棚の板と綴りの間は、指が一本入る。
剖検の記録に添える書類は三つある。処置の履歴と、健康診断の直近の分と、分娩の票だ。
処置の履歴は、第八件目の欄が空のまま出てくる。
空の欄を埋める手続を書いた紙は、当部に無い。
健康診断の綴りを出した。この個体の分は三月の欄まで埋まった。
罫は十二行あって、最後の一行が空いている。
三月の欄には、心音の聴取、と入っている。刷りの下の余白は狭い。
狭い余白には、要領の七つのうち五つだけが収まる。
余白の語は一つだった。経過観察。
四文字で、欄の幅にちょうど収まる。前後の空きは一字ぶんだ。
私は前の年の欄まで戻した。その前の年の欄にも、経過観察と入っている。
字は毎年ちがう。手を入れた者も年ごとにちがう。
欄はそこで終わっている。次は六月の分で、その欄はもう刷ってある。
私は綴りを閉じた。指は三月の頁へ挟んだままにする。
分娩の票は別の様式で、産子の欄がある。A-0208。二千三百八十グラム。
三月十一日の生まれになる。今日で五日目だ。
立会いの欄がある。立会いは一名であった、と書いてある。番号の記載は無い。
欄は在る。人が一人足りない。
私は三つの綴りを卓の上に並べた。日付の古いほうを左に置く。
様式を出す。剖検報告書は一枚に収まらない。三枚綴りで、番号は一枚目の上に打つ。
剖検の番号を書く欄がある。当室は年度ごとに連番を打つ。
私は綴りを見て、本年度 第二号、と書いた。
第一号は一月の分だった。
依頼の紙のほうは違う。当部から出した同様の依頼は本件が一件目だ、とある。件目の行は手で書いてある。
当室が本年度に受けた剖検の依頼は、いずれも当部から出た。受ける道は要領で当部の一つに限られる。
私は二枚を卓の上へ並べて置いた。番号の欄と、件目の行が同じ高さに来る。
並べた旨を書く欄は、どちらの紙からも落ちている。
所見の欄へ移った。欄の幅は狭い。
この様式の所見の欄も、書ける語は七つしかなかった。
並びは処置室のものを写している。
有。無。要再検。経過観察。当該なし。確認済。未実施。
私は七つを上から順に読む。読んでから、一番近いものを選んだ。
選び方の要領は当部にある。近いかどうかを決めるのは、選んだ者の側になる。
二十二という数は、数の欄には入る。所見の欄は受けない。受けるのは七語までだ。
欄が分かれている。二つを並べて読む者がいるかどうかは、様式の側で決まらない。
数の欄へ移った。数は欄がある。
四百十。二十二。十九。六。二。
書き終えると、欄はちょうど埋まった。
余った欄は一つも出なかった。足りない欄も、この頁では出ていない。
事由の欄がある。ここは語で書く。
事由の欄へ、心臓に係るもの、と書いた。八文字だ。
昨日の記録の事由の欄は空だった。そこをこの八文字が埋める。
埋めた旨を記す欄は、どちらの様式にも無い。
試料の点数を書く。十一。
前年度の件の点数は、綴りの側に入っている。私は開かなかった。
署名の欄は室の名で埋める。人の名の欄は、この様式に無い。
消火器の札と同じ造りになる。そう決めた紙は見ていない。
三枚を重ねた。左の上を留める。具は一つでよい。
時刻は十一時二十分。期限は十二時だ。私は三枚をもう一度めくった。
白衣の内側の袋から依頼の紙を出して、報告書の下へ入れる。
紙の角が袋から出ていた分だけ折れていた。指で伸ばすと、白い筋が残る。
窓の曇りの境は、桟から指二本のところにあった。
外は明るい。硝子の下の三分の一が曇っている。そこは何も通さない。
通さない幅の上の端は下がっていた。縮む速さは、外の気温で変わる。
卓の右の隅に、鉛筆の削り屑が二つ残っている。私は指で寄せた。掌に載せる。
掌に載せたままで屑の数を数える。二つだ。三度目に数えても二つだった。
三度数える定めは、要領の外にある。
私は屑を屑入れへ落とす。落ちる先は紙だ。音はしない。
廊下へ出る前に、消火器の札をもう一度見た。日の欄と、係の欄。次の点検は六月になる。
六月に誰が来るかは、札には書いていない。
六月の欄は、いまは空のままだ。埋まるのは六月になる。
書庫の鍵を抽斗へ戻す。一段目の、一番奥だ。奥まで入れると、閉める時に一度引っかかる。
私は昨日、書庫にいた。十四時七分に、私はこの棚の前で別の綴りを探していた。
探し物は見つかっていない。
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剖検報告書
剖検の番号 本年度 第二号
剖検を行った室 獣医室
試料の点数 十一
一、対象
対象 A-0114。剖検の日は令和二百十四年三月十六日。開始は七時五十分、終了は十時十二分とした。
遺体は前日の十五時二十分に当室の庫へ収めた。庫の設定は四度とする。収めるまでの間の温度は庫の当番の欄が受ける。
立会は求めなかった。求めない旨の定めは本年度の内規によった。写を求める様式は当室に在る。
二、範囲
開胸及び開腹まで行った。頭部は開かなかった。依頼の範囲の外を見た箇所は無い。
三、外表
爪の断面は斜めであった。切った道具の記載は本報告の対象外とした。
上顎の左の第二大臼歯に充填の跡があった。施した年の欄は本様式の外にある。前腕及び大腿に瘢痕を認めた。
数と位置は別紙に写した。
四、所見
所見の欄へ記入し得る語は七語とする。本報告は当該の七語によった。
心臓 有
肺 有
肝 有
脾 無
腎 無
子宮 有
子宮の有は分娩の後の状態に係る。日数を受ける欄は本様式に無い。
七語のいずれにも当たらない状態については、記入する者が最も近い語を選ぶ。
選んだ理由を記す欄は本報告に無い。本報告の記入は、すべて当該の七語に収まった。
五、記録の添付
処置の履歴を添えた。本年度の第八件目については、綴りに頁が無い。頁の所在は当室で確かめていない。
確かめる手続を記した書面は、当室に無い。
健康診断の直近の分を添えた。三月の欄の記載は経過観察であった。前年度及び前々年度の同じ欄も、記載は経過観察であった。
事後の措置の記録は添えていない。
分娩の票を写しで添えた。産子の欄は A-0208。
六、事由
事由 心臓に係るもの
死亡の記録の事由の欄は空であった。本報告をもって当該の欄を埋める。埋めた旨を記す欄は、死亡の記録にも本報告にも無い。
七、試料
試料は十一点とした。内訳は左室二、右室一、弁一、肺二、肝一、脾一、腎二、皮膚一であった。
固定は中性の緩衝の液による。一本に百ミリリットル、切り出しの厚みは五ミリまでとした。
保存は当室で行う。年数は依頼の四による。年数を過ぎた後の扱いは、当室でも定めていない。
写真の欄は空とした。当室に機械は無い。
八、数
体重 四十六・二キログラム
心臓 四百十グラム
肺 左 四百六十グラム 右 五百二十グラム
肝 千三百八十グラム
脾 百四十グラム
腎 左 百二十四グラム 右 百二十九グラム
子宮 五百二十グラム
心室壁の厚さ 左室 二十二ミリ 中の隔て 十四ミリ 右室 六ミリ
作成 獣医室




