第053話 術後の絆創膏
衛生に関する通達(回覧)
宛先 各区画の当番
件名 洗い場の運用(冬期)
一 洗い場の湯の温度は、冬期の値へ切り替える。切替の日は毎年十二月一日による。暦のほかに基準を置かない。
二 冬期の値は四十二度とする。夏期の値は三十八度とする。中間の値は置かない。
三 一区画あたりの使用の時間は四十分とする。
四 使用の順は当番の表による。
五 湯の温度を各自で操作してはならない。栓は衛生係が扱う。個体は栓に触れない。
六 被覆材を用いている者は、当該の部位を湯へ入れない。
七 前項の該当の有無は、居室の当番が確かめる。確かめた旨を記す欄は本通達に付さない。
八 本通達は令和二百十三年十二月一日から施行する。
別記一 冬期の値の沿革
令和二百六年まで 四十度
令和二百七年から 四十二度
沿革の欄は二行で足りた。変更の起案は衛生係が出した。起案に付した理由の書面は当係の綴りに無かった。
別記二 夏期と冬期の別
夏期 四月一日から十一月三十日まで
冬期 十二月一日から三月三十一日まで
別の日は暦による。気温による切替は行わない。暦の側を動かす場合の手続を記す欄は、本通達に付さない。
別記三 槽の別
第一槽 顔および手
第二槽 髪
第三槽 身体
第三槽の湯は、他の二槽より後に値へ達する。
達するまでの時間を記す欄は本通達に付さない。槽の別を区画ごとに変えることはしない。
別記四 鈴について
一 使用の終わりは、入口の柱の鈴で報せる。
二 鈴は二度鳴らす。一度目と二度目の間は置く。間の長さは定めていない。
三 鈴を鳴らす者は係の者とする。
別記五 当番の表との関係
一 表は各区画の廊下の掲示板に掲げる。
二 表の期間は二週とする。二週を超える部分は次の表へ送る。
三 表の記載を訂正した場合は、訂正の線を引く。線の上へ新しい記載を書かない。並べて書く。
四 訂正した者の名を記す欄は表に置かない。
附記
一 切替の当日は、湯が値に達するまでに時間を要する。当日の一区画目は、値の下で使用することがある。
二 前項の場合も、使用の時間は四十分から動かさない。
三 栓の札は各槽の脇に掛ける。札は三枚とする。裏に温度の値を記す。
四 値は印字とし、手で書き足さない。
参考
一 前年度の切替の日も十二月一日であった。当日に湯の値へ達した時刻は記録に無い。
二 同年度の使用の時間は、切替の日を含めて四十分であった。
三 同年度に受けた申出は二件であった。二件とも湯の温度に関するものではない。
四 二件の内容を記す欄は本通達に付さなかった。
五 同年度の掲示は二週で外した。外した日を記す欄は置かなかった。
問合せ 衛生係
写の配布先 E区画 F区画 G区画
掲示の場所 各区画の廊下の掲示板 洗い場の入口
掲示の間 施行の日から二週間
掲示を確かめた者の欄 置かない
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十二月二日。六時二十分に目が覚める。
消灯からの時間は、数えなくても体が分かる。今朝は鐘より早い。
寝台の布は、下の縁だけが湿っている。息はそこへ落ちる。
膝を立てると、腹の下が引く。そこで止める。もう一度伸ばすと引きは消える。
八日目の朝。
布を足へ送る。寝台の縁へ座る。足の裏が床に着く。
床は冷たい。踵から来る。土踏まずのところで一度切れる。
作業着の裾を上げて、被覆材を見る。
三枚。二枚は縦に並ぶ。縁が少し重なっている。
三枚目は臍の右だ。二枚目から横へ、被覆材の短い辺と同じだけ離れている。
指を横に寝かせると、ちょうど二本ぶん入る。
角を持って、三枚目を少し剥がす。下の皮は白い。線も点も無い。
戻して、指の腹で押さえる。粘りが指に付く。離すと細く糸を引く。
匂いは薬ではなく、糊の匂いで、鼻の奥へ来る。
押しても痛くない。強く押すと、下の筋が少し重くなる。
二枚とも、押すと縁が引かれる。三枚目は引かれない。
説明の日の人は三日と言った。八日目の今日は、その数の倍を過ぎている。
寝台の下から履物を出す。左の甲のところに、糸のほつれが一本ある。
ほつれは先月からある。引くと伸びる。引かない。
水を一口飲む。喉を通ると、腹の上の内側が冷える。
臍の高さで止まる。下へは行かない。
寝台の布を三つに畳んで、枕へ寄せる。
三つ目の折り目が、いつも同じところに付く。そこの布が薄い。
窓の桟に手を掛ける。外を見る。まだ暗い。
硝子の内側に自分の息が付く。曇った面を指でなぞる。線の中に外が見える。
六時四十分に廊下へ出る。素足で歩く区間は二十歩だ。
十二月の床は十一月の床より先に冷えて、継ぎ目のところで一段違う。
踏むと、その段が土踏まずの真ん中へ入る。
踏むと縁が当たる。位置は毎日同じではない。歩幅が日で動く。
窓は西を向いている。この時刻の窓は暗い。外は見えない。
見えるのは硝子に映った廊下の灯りで、灯りは縦に三つ並んでいる。
三つのうち真ん中の一つは、他の二つより少し暗い。
そちらは点いてから、明るくなるまでに間がある。長さは日で違う。
壁の低いところに、消火器が一つ置いてある。紐で札を下げてあった。
札には係の名だけが刷ってある。点検した人の名は無い。
掲示板の前に人が四人立つ。
紙が一枚増えた。紙の左の上に洗い場と書いてある。下に条が七つ並ぶ。
四つ目に、栓は衛生係が扱うとある。五つ目に、被覆材のことがある。
六つ目を読んで、私は当番の表へ目を移す。
表は隣に貼ってある。十二月の欄は二週ぶん埋まった。
私の番号は第二週の金曜の行にある。行の端が少し浮いた。
私は指でそこを押さえる。紙は平らになる。離すとまた浮く。
二度押さえて、三度目は押さえずに手を下ろす。
浮くのは糊の側の都合で、名前の側の都合ではない。
人の一人が私の後ろから紙を覗く。それから隣の欄へ指を移した。
その人の番号は第一週にある。指はそこで止まる。それから離れた。
掲示板の下の隅に、去年の紙が一枚残っている。角が三つ留めてある。下の一つは無い。
留めていない角は前へ垂れていて、垂れた面には字が無い。
列は七時の鐘で締まる。後ろの人の靴が、私の踵の後ろで止まる。
位置は日で違う。今日は少し遠い。
番号を呼ばれる。私は一歩出る。出る幅は決まっていない。
毎日ばらばらだ。今日は半歩ぶん遠かった。
朝の器は七時二十分に来る。今日の配合は先週と同じだ。
量は四三〇。器の底に番号が刻んである。撫でると指の腹で沈む。
卓は三つ目に座る。前の週から場所を変えていない。
H-0009が一人で来る。
K-0330は来ない。この人は今日、当番が別の側に入っている。
H-0009は器を両手で持つ。片手は今日いない。卓の右が空く。
両手で持つ。卓の同じ位置へ置く。それから、離した指を一度見る。
自分の器の底の番号は、先週と同じ位置にある。
食べる速さは、二人でいた時より少し速い。待つ相手が今日いない。
H-0009の匙は、椀の縁を一度も鳴らさない。
その持ち方は、手首を落として匙の腹から入れる形だ。
私の匙は縁で二度鳴る。二度目が高い。
器を返しに立つ時、H-0009が卓を一度撫でて、撫でた先に何も無い。
撫でてから立つ。順は先週と逆だ。
返す口は二つ。左が器で、右が匙だ。
左の口の縁に、こぼれた汁の跡が乾いて残っている。円ではない。端が欠けている。
右の口は乾いている。匙を落とすと、下で二度当たる音がする。
H-0009は左の口へ器を入れてから、一度私を見た。
何も言わずに廊下へ出る。この人の背中は、歩き出しの三歩が短い。
八時に洗い場の当番へ回る。E区画は今日の一番目だ。
入口の戸を開けると、湯気が先に出てくる。
顔の高さで一度切れる。それから天井へ上がっていく。そこで壁の色が薄くなる。
匂いは石鹸ではない。湯そのものの匂いだ。鉄に近い。
中に すず がいる。腰掛けの側から、湯気の向こうに見える。
入口から三歩のところの、木の腰掛けに座っている。
両手は膝の上だ。指は組んでいない。並べて置いてある。
袖の折り返しは右だけが直してある。左は落ちたままになっている。
「早いね。まだ二番目の子も来てない」
すず はそう言う。腰掛けから立たない。座ったまま顎で槽を指す。
私は桶を取りに行く。棚の一段目に六つある。
上から二つ目を取る。縁のところを親指でなぞる。
縁は内側だけが少し荒い。前に使った誰かが、そこを底へ当てて置いた。
桶は思ったより軽い。持ち上げる。水の残りが底で一度寄る。
「湯は今日から熱いの。暦で決まってる」
すず は湯を見ないで言う。
私は栓のところへ行かない。栓は係の人が扱う。
槽の脇に札が掛かる。三枚ある。二枚は同じ向きに垂れた。
一枚だけ裏が見えている。裏に四十二と印字してあった。
手を湯へ入れる。指の腹に温さが来る。来かたが十一月と違う。
十一月は先に手首へ来た。今日は指の先から来る。
「もう入っていいの」
私は聞く。それから腹へ手をやる。
「そっちは入れないの。紙に書いてある」
すず は腰掛けから立つ。槽の縁まで三歩で来る。
私の腹のところを見て、それから手を出す。
出した手は私に触れない。私の袖の縁を、指の先で一度持ち上げる。
すぐ離す。
「二枚じゃないのね」
すず はそう言う。それだけで腰掛けへ戻る。
戻ってから、袖の折り返しを右だけ直す。左は直さない。
私は湯へ手首まで入れて、腹は縁より外に置く。
その形は楽ではない。腰の左が張る。
湯は熱い。四十二度が指の付け根まで来る。そこで止まる。
一度息が上がった。
湯の面に髪の先が落ちる。触れた先から、輪が二つ外へ出ていく。
輪は槽の縁まで行って、そこで戻らない。
「顔をやりなさい。顔は入っていい」
すず は腰掛けから言う。
私は掌に湯を溜める。それを顔へ持っていく。目の下と、鼻の脇と、耳の前を順に濡らす。
耳の前のところで音が変わる。
掌の湯は持っていく途中で、指の間から零れる。
落ちる先は槽ではない。自分の腕だ。肘のところで一度止まった。
「音が変わります」
「湯が耳へ入ってるのよ。傾けなさい」
私は首を傾ける。右へ、それから左へ。
二度目で湯が出る。その後の耳は、外の空気が冷たい。
すず が笑う。声は低い。それから短く切れる。
笑ってから、腰掛けの上で足を組み替える。
木が一度鳴る。鳴った音は槽へ抜けていく。
「私も昔、耳へ入れたよ。三回やった」
「三回ですか」
「三回目で覚えた。二回じゃ覚えない」
私は笑う。腹の下が少し引く。すぐ戻る。
引きは笑った長さより短い。息を吸い直すと、もう無い。
「あんた、笑うと肩が上がるね」
すず は膝を叩く。掌はそのまま膝へ置く。
「上がりますか」
「上がる。前からずっとそうよ」
私は肩へ手をやる。左の肩が高い。右は下がっている。
下がっているほうの肩と、腹の引く側が同じだ。
すず は槽の縁へ手を掛けて、湯の面を掌で二度撫でた。
撫でると輪が出る。輪は縁へ着く前に薄くなる。着く頃には形が無い。
「この槽はね、右の隅が先に温くなるの」
私は右の隅へ手を入れる。たしかにそこが違う。
指の腹で分かる程度で、掌へ替えると分からなくなる。
「分かりました」
「分かったら、次からそっちに入りなさい」
すず は掌を作業着で拭いた。跡は腿の上に横へ残る。
乾くまでの間は色が濃い。
湯の中で足を伸ばすと、踵が槽の底の継ぎ目に当たる。継ぎ目は横に一本だけ走っている。
当たる場所は、腰を落とす深さで変わった。深く落とすと外れる。
私は右の隅へ寄って、桶をそこへ置いた。
底が槽の縁に当たって、低い音がする。二度鳴って止まる。
すず は立つ。
「肩は湯で楽になるの。首まで浸けなさい」
私は首まで沈んだ。顎の下に湯の面が来る。
息を吐くと、面が口のところで一度割れる。
すず はそれを見て、また一度笑った。
「四十分は長いのよ。使いなさい」
そう言って、入口へ歩く。速くない。
右の足が半歩ぶん先に出る。遅れて左が揃う。
戸のところで一度止まって、腰掛けを振り返る。
「腰掛けは戻しといて。私が出したから」
戸が閉まる。音は開いた時より小さい。
腰掛けの座面には、前の人の重みで浅く窪んだ跡がある。窪みは真ん中より少し右だ。
私は指でそこを押してみた。木は戻らない。
私は腰掛けを壁の側へ戻す。木の脚が床を擦る。
擦ったところに、細い線が二本残る。線は湯を掛けると消えた。
戻す位置は壁から指の三本ぶん空ける。詰めると戸が当たる。
当たる高さは腰掛けの背の上で、前に一度、そこの塗りが剥げた。
湯へ戻る。四十分のうち、まだ二十七分ある。
腰掛けの木は、座っていた面が温い。手を置くと掌に移ってくる。
移ってくる温さは、湯の温さより低い。低いのに、手はそちらを長く覚えている。
髪を洗う。石鹸は一人につき一つだ。切れ端まで使う決まりになっている。
泡は湯の面で三つに割れて、割れた先から縁へ寄っていく。
石鹸の端が指から逃げる。二度逃げた。三度目は掌で伏せて捕まえる。
腕を上げると、腹の被覆材が伸びる。三枚目は伸びない。
貼ってある皮の下には、動くものが無い。
湯の音は槽の中と外で違う。中は低い。外の桶は高いところで鳴る。
指の腹が白くふやけている。皺は縦に何本も並ぶ。押すと消えて、また出る。
消える速さは指ごとに違い、人差し指が一番遅い。
湯の面が下がってきた。縁の内側に、湯の高さの跡が細く残る。
跡は一本ではない。二本ある。上の一本は今日のもので、下の一本は前の日のものだ。
壁の高いところに小さな窓がある。硝子は曇っている。外の形は分からない。
曇りの中に、白い四角が一つだけ動かずにある。あれは外の灯りだ。
四十分の終わりは、入口の柱の鈴で来る。鈴は係の人が鳴らす。
鳴らす前に一度、戸の下から靴の影が入る。影が先に来る。音は後だ。
鈴は二度鳴って、一度目と二度目の間は息を二つ吸うくらい空く。
二度目の後で、湯の音だけが残った。
私は桶を伏せる。底に残った湯が縁から一筋落ちる。それから棚へ戻す。
落ちた先の床は、少しの間だけ色が濃い。乾くと縁から先に戻る。
髪を絞ると、水は指の間からではなく、手首へ回って落ちる。
回る道は毎回同じではない。今日は左の手首から落ちた。
九時十五分に出ると、廊下の空気は洗い場の半分の温さもない。
髪の先から水が落ちる。床に丸い跡を作る。跡は歩くだけ後ろへ並ぶ。
居室へ戻る。作業着を替える。新しい一枚は袖の縫い目が硬い。
そこが肘の内側へ当たる。腕を下ろすと外れる。
十時に作業室へ回る。今日の割当は札の整理だ。
卓に箱が二つ出ていて、片方は使う札、片方は外したものだ。
外した札の箱は浅い。中で札が重なる。上の一枚だけ表を向いている。
係の人が数を言う。
「外したのは十四枚です。数えます」
私は箱へ手を入れる。指の先に金属が当たる。冷たい。
一枚取り上げると、下の一枚が音を立てて落ちる。
札は小さい。金属で、角のところが丸い。
私は数字のところを指でなぞる。十四の、一と四の間に刻みが入っている。
刻みは浅い。指の腹で二度なぞる。二度目のほうがはっきり分かる。
思い出していた形と違う。手が先に気づく。
私が覚えていたのは、一と四の間に一つだけ入った刻みだった。
指が確かめると、刻みは二つある。一つは一の右にある。もう一つは四の左だ。
二つの間は、指の幅の半分もない。
目で見た時は一つに見える。指が多く数える。
私は札を裏返す。裏に打った跡は無い。裏はどの札も平らだ。
平らな面は指が滑る。そちらが冷たい。
係の人が箱を持ち上げる。そこで卓の下から音が来る。
廊下を台車が通った。車輪の音が戸の前で一度落ちる。それから遠くなる。
載っているものは見えない。膿盆が二つ重なる。上に布が掛けてある。
布の端が台車の縁から出ている。一度揺れた。角のところで止まる。
係の人は音を見ない。私は見る。
台車の音は、廊下の材が変わるところで一段低くなる。
低くなってからまた戻る。遠くなる速さが少し速い。
膿盆は二つとも同じ大きさだ。上の一つだけ、縁に布の端が挟まっている。
端は台車が揺れる度に動く。角のところで止まる。位置は同じだ。
箱の中の札を、私は表を上にして並べ直す。
十四枚のうち、九枚は同じ向きに刻みが入っている。五枚は逆を向く。
逆の五枚は、打った機械が違うのだと係の人が言う。
「昔の機械のほうが浅いんです」
私はその五枚を右の端へ寄せる。もう一度指でなぞる。
浅いほうは、二度なぞっても一つにしか感じない。
寄せた五枚は端で少しずつ重なる。上の一枚だけが、光を返す向きに来た。
向きを揃えると、五枚とも返さない。揃えたところで、係の人が箱を寄越す。私は受け取る。
私は五枚を先に入れる。あとの九枚を上へ乗せる。
入れる順は決まっていない。私が決めた。
重ねた厚みは指の腹で二つぶんもないのに、持ち上げると思ったより重い。
深いほうは爪を立てると引っ掛かり、浅いほうは引っ掛からない。
係の人が卓の端で紙を広げると、番号が縦に並んでいる。
途中に、線を引いて消した行が一つある。消した上に新しい番号は無い。
紙の綴じ目のところは、めくると手前で少し盛り上がる。
上の頁ほど高い。下へ行くほど平らだ。
係の人は紙を押さえた手を動かさずに、指を綴じ目へ入れて厚みを見た。
見てから、何も言わない。手を抜く。指の腹に、紙の粉が薄く付いている。
私は箱の縁へ手を掛けた。金属の箱だ。縁が折り返してある。指を掛けると角が当たる。
その内側に埃が溜まった。指を入れると、爪の先に付いてくる。
札の縁を指で押すと、左の上の角が立っている。
残りの三つは丸い。丸いほうは触っても、引っ掛からない。
箱の底に紙が一枚敷いてある。敷いた紙の四隅は、札の角で少しずつ潰れた。
形は四隅で違う。右の下が二重に折れている。
紙を持ち上げると、下にもう一枚あった。そちらは白い。字も線も無い。
私は上の一枚だけを戻して、下の一枚はそのままにする。
係の人が卓を回って、私の手元を横から見た。
見て、何も言わない。向こう側の箱を引き寄せる。
引き寄せる時に卓の脚が床で一度鳴って、鳴った先で埃が上がる。
埃は窓から来る光の中でだけ見える。光の外では消えて、手を出しても何も付かない。
十一時四十分。札を戻す。順は番号による。
確かめる者は別にいる。私は並べるだけだ。
昼の器は十二時。量は四三〇で、朝と同じだ。
昼の器は朝より温い。
昼の卓は朝と別の室にある。窓が二つあって、開くのは右になる。
開く側の窓の下に、水の跡が縦に残っている。跡は乾いていた。白い。
私の前に座った人が、器を回して番号を自分へ向けた。
それから匙を取る。食べ終わって、また回して元へ戻す。
その人は何も言わない。私も言わない。
返しに行く時に肘が当たって、二人とも一度止まった。
止まってから、先に相手が動く。
室を出ると、廊下の突き当たりに脚立が畳んで立てかけてある。
脚立の脚のゴムは、右の一本が新しい。新しい側は床に跡を残さない。
午後は居室にいる。作業の割当が入っていない。
窓の桟に日が当たっている。E区画の桟は他より低い。座ると胸のあたりに来る。
布を膝に掛ける。桟へ肘を置く。肘の下の木は温い。
温いのは日の当たっていた面だけで、裏へ回すと冷たい。
桟の塗りは端で薄い。木の目が出ている。
木の目は横へ流れる。途中で一度渦を作る。渦は爪より小さい。
指をそこへ当てると、渦の中だけ表面が低い。差は紙一枚ぶんもない。
当てているうちに、指の腹が渦の形になった。離すとすぐ戻る。
外の柵の向こうに、来館者の側の道が見える。人は三人歩いている。
三人のうち一人が立ち止まって、こちらではない先を指した。
道の敷石は横に六列で、六列目だけが柵の下へ入っている。
その列はこちらから半分しか見えない。半分より先は、毎日同じところで切れる。
膝の布に、糸が一本出ているのを見つける。
寝台の下の箱から針を出す。
内側から一度通して、その先で結び目を作る。
結び目は表からは分からない。指でなぞると、そこだけ硬い。
針を箱へ戻す時、箱の底で何かが転がった。音は短い。
中を見ると、前の月の糸巻きが横になっている。立てて戻す。
十四時を過ぎて、廊下に人の足音が並ぶ。
二人ぶんの足音で、揃っていない。片方が半歩遅れる。戸の前を過ぎていく。
過ぎた後の廊下は静かだ。しばらくして、また風の音がする。
風は窓の桟の隙間から入る。幅は紙一枚ぶんもない。
入ったところで、首の後ろの毛が動く。すぐ止まる。
寝台の脚のところに、前の個体が巻いた白い布がある。
袖の裏を裂いた布だ。端が二度巻いてある。巻いた向きは右から左だ。
外す用は無い。触ると、内側だけまだ柔らかい。
私は指をそこから離して、膝の布へ戻す。
結び目の硬いところを、爪の先でもう一度探した。すぐに見つかる。
私は作業着の裾を上げる。三枚目の角がまた浮いている。
押さえると付く。離すと、端のところだけが白く戻る。
白く戻る幅は爪の半分ぶんだ。朝より広くなっている。
夕方の器は十六時四十分に来る。
器を取りに出ると、廊下の窓に日が残っている。西の端だけが明るい。他は窓枠の影に入る。
明るいところに、掲示板の紙の影が落ちている。影は紙より少し大きい。
当番の表の前に、係の人と、番号の分からない誰かが立っている。
二人で表を見ている。指は第三週の行のところで止まった。
「ここ、二人入ってますね」
「別の週の一人が混じっています」
係の人は鉛筆を出す。線を一本引く。引いてから、上を一度見る。
目を戻してから書き足す。紙の上を先に見る癖は、前にも覚えがある。
私は自分の行を見た。第二週の金曜のところは、名前が一つだけになっている。
二人は表の前から離れる。係の人が鉛筆を耳の上へ挟んだ。
右側で、歩くと少し揺れる。落ちはしない。
紙の右の下に、押した印が一つある。印は薄い。上から二度押した跡がある。
二度目は一度目より少し右へずれている。ずれた幅は爪の半分ほどだ。
掲示板の紙は、朝より端の浮きが大きい。角のところが前へ反っている。
反った下に、去年の紙の白い縁が覗く。覗く幅は指の半分ほどだ。
私は今度は押さえない。器を持ち直す。
配る人の手は、器の縁を持たない。底の外側だけを持つ。そのまま寄越す。
寄越す高さは卓の面から拳一つぶん上で、そこで一度止める。
器を持って居室へ戻る。器は温い。底が先だ。
廊下の途中で、当番の人と行き違う。桶を二つ重ねて持っている。
重ねた桶は歩くと中で鳴る。間隔はその人の歩幅と合っていない。
その人が横へ避けた。幅は必要より広い。
私も寄る。二人の間は、桶の一つぶんより空いた。
寝台に座る。膝の上へ器を置く。腿に丸い温さが来る。
外はまだ明るい。窓の下の廊下を、誰かが二人で歩いていく。
速さは同じで、足音は揃っていない。
腹のところへ手を当てる。三枚のうち、二枚は縁が引かれる。
三枚目は引かれない。指を横に寝かせると、今朝と同じだけ入る。
器の縁の温さが、掌へ移ってくる。
窓の外の明るさが、桟の上の面から先に落ちていく。
下の面はまだ薄く残る。幅は指の一本ぶんだ。
廊下の二人は、突き当たりで別れた。片方の足音だけが戻ってくる。
音は行った時より遅い。
私は器を膝の上で少し回す。底の番号が自分を向く。
向けてから、匙を入れた。
汁の湯気が顎まで来る。来たところで、頬の内側が少し緩む。
汁の面に、天井の灯りが小さく映る。匙を動かすと形が崩れる。止めると戻る。
前と同じ形ではない。縁のところが細くなった。粉が乾いて縮んでいる。
腹の三枚目に、また指を当てる。何も起きない。
それを確かめてから、手を器の縁へ戻した。
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被覆材の交換の記録(個体票 抄)
点検の項
一 部位 腹部
二 被覆材の枚数 二
三 交換の要否 要
四 交換の日 令和二百十三年十二月二日
五 交換の担当 衛生係
六 所見の欄 当該なし
七 備考
本日の点検は洗い場の当番の前に行う扱いとする。
当番の順が繰り上がる。点検は当番の後に行う扱いとした。
順の変更を記す欄は本票に無い。
八 通達に定める確認について
衛生に関する通達(回覧)五は、被覆材を用いている者について当該の部位を湯へ入れない旨を定める。
同じ通達の六は、該当の有無を居室の当番が確かめる旨を定める。
確かめた旨を記す欄は本票にも無い。本日の該当の有無は本票の記載の対象外とした。
九 枚数の欄について
枚数は交換した数を記す様式とする。交換しなかったものは枚数に含めない。
含めない旨を記す欄は本票に無い。
十 部位の欄について
部位は一箇所を記す様式とした。二箇所以上に用いた場合の記し方は定めていない。
本日は腹部と記した。前回も腹部と記していた。
十一 次回について
次回の点検の日は、創部の状態により定める扱いとする。
定める者は当日の衛生係とする。本票の作成の時点では定めていない。
十二 説明の際の日数について
本件の説明の際に用いた日数は三日とした。
三日は要領の表の値であり、当該の個体の創部について測った値ではない。
測った値を記す欄は本票に無い。
附記
当日の当番の順は、本票の作成の時点で確かめていない。
確かめる者は居室の当番とし、記す欄を置かない扱いは通達の六による。
本票の写は交付しなかった。交付を求める様式は個体の側に無い。
点検の係 衛生係
点検の年月 令和二百十三年十二月二日
次回の点検 月 日




