第049話 栄養管理
備品台帳(抄)
抄出した者 管理部門 用度係
記載の範囲 令和百二十年度から本年度まで
台帳の名 第七園 備品台帳
抄出の日 令和二百十三年八月三十一日
一、抄出の趣旨
本年度の備品の入替に際し、当該の品目に係る記載を抜き出した。抜き出す範囲は用度係による。
根拠の欄は様式の左端にあった。本抄は当該の行を写した。
二、ふれあい広場の敷物
敷物は六枚である。うち一枚は令和二百十二年度の増備による。
留め具は四隅に設け、うち一箇所は爪の掛かりが浅い様式である。
採用の年は令和百五十一年度であった。
留め具の型は当初の様式による。替えの部品は本年度まで在庫があった。
掛かりの浅い一隅に荷重が集まるため、敷物は使用のうちに一方へずれる。ずれは年に一度、点検の際に戻した。戻した旨は綴りへ記している。本年度は令和二百十三年七月に行い、留め具については二十四箇所とも異状なしと記した。様式は留め具について、異状の有無の一欄のみを置いていた。
三、本年度の入替
敷物六枚を本年度中に入れ替えることとした。入替の日は令和二百十三年九月一日とする。作業は当日の八時四十五分から行う。従事する者は当係の二名とした。
入替の際に取り除いた付属の品については、本台帳の記載の対象外とした。
従前の六枚は廃棄する。廃棄の記録は用度係が別に取る。廃棄の札は入替の当日に付し、品目と枚数を記す。個体の名も番号も記さない。
四、視聴覚室の座席
座席は三十六脚である。番号の札は三十七まで付されていた。
番号は据え付けの順ではない。購入の伝票の順により付したものであった。
伝票は三十七枚である。うち十三枚目は取消となった。取消の伝票にも番号が付されている。
取消の伝票を綴りから抜く手続を定めた書面は、当係に無かった。
五、伝票の綴り
伝票の綴りは当係の書庫に置いた。綴りの背には年度と枚数を記している。
十三枚目の位置には、取消の印を押した紙が同じ厚さで綴じてある。
抜いた場合の扱いについては、綴りの表紙の裏に一行分の枠を刷った。枠の縦は四ミリである。
六、器
給餌に用いる器は底に番号を刻み、これは器の番号であって、個体の番号ではない。
刻印は製造の際に付す。
個体への割当は、その日の洗い場の順による。
番号は四桁とする。上の二桁は製造の年度、下の二桁は当該年度の連番であった。
現に用いている器のうち、製造の年度が判らないものが二個ある。当該の二個は、底の刻印を拓本に取って別紙へ添えた。
量り分けに用いる匙も当係の備品である。柄の途中を細く成形したものを令和二百十二年度から用いている。本年度の匙は六本、うち二本は予備とした。
七、備考
本抄は用度係の内規により作成した。配付の先は当係の書庫のみとする。個体へは示さない。
(抄出 管理部門 用度係)
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九月一日はマットを入れ替える日だ。前の日の掲示に出ていた。
同じ紙に、採血の欄も出ている。私の分は毎月一日で、この日付は替わらない。
二つが同じ日に来た。表は二つを別の行に書いた。間に線は引いていない。
表の私の欄には「用度補助」と入っている。昨日までは「ふれあい」だった。
同じ時刻に同じ場所へ行く。
前の晩から食べていない。絶食は夕方の給餌の後から始まった。朝の四点鐘は七時に鳴った。
食堂の扉は開かない。
水は飲んでよい。起きてから一度飲んだ。飲むと胃の中で音がする。
八時四十分に広場へ着く。柵はまだ開いていない。来館者の入る時刻より一時間二十分早い。
九月の朝は、廊下と外で空気の重さが違う。廊下は冷たくて動かない。外は温くて動く。
境目は柵の手前の三歩ぶんにある。三歩を過ぎると、首の後ろが少し湿る。三歩目のところで、床の材が敷石に変わる。
石の面は朝の間、冷たい。掌を置くと、しばらく温くならない。
柵の手前まで来て、はじめて足の裏が湿る。
八時四十五分、広場で点呼。息を吸う音が四つ、順に来る。
係の一人が紙を出して、一行だけ読む。声より先に、吸う音が来る。
「当園は絶滅危惧種たるヒトを飼育しています。個体の保全と、来館者の学習の機会の提供を目的とします」
読み終えると、紙を折って胸のところへ入れる。折り目は三本だ。
この一行を読む人は、私が来てから四人替わった。
私とH-0006のほかに二人いる。H-0006は右の親指の爪が半分しか無い。
あとの二人は棟の裏の道から来て、三分遅れて着く。
三分の間、私たちは柵の内側に並んで待つ。用度の係は二人。
どちらも私の知らない人だ。一人は台車を押している。台車の上に新しいマットが積んである。
六枚だ。角が揃っていて、まだ折り目が付いていない。
積んだマットから匂いが出ている。新しい布で、洗剤ではない。乾いていて、鼻の奥で止まる。
喉までは下りない。
匂いの手前に、床の蝋がもう一つある。二つの境は柵の三本目のところにある。
積んである六枚のうち、下の二枚だけ角が潰れている。台車の縁が当たる位置だ。
H-0006が先に来ていた。洗濯当番の人で、今日は用度の補助に入っている。この人は柵の内側で待っていた。
膝の上で手を組んでいる。
「あなたも入ってるのね」
私はそう聞かれた。答える前に、この人は台車の把手へ手を掛けた。
留め具を外し始めたのは、台車を押してきたほうだ。留め具は四隅に付いている。
金属の爪が床の穴へ入る形で、外す時は起こして横へ倒す。爪が鳴る。
一枚目の四つは、鳴る音がどれも違った。四つ鳴って、それで一枚が外れる。
一枚目が外れる。二人で持ち上げて畳む。向きは横だ。
外した下の床に、四角い跡が残っている。
境は指でなぞると段になっている。爪の厚みほどだ。
三枚目を運ぶ時に、私は呼ばれた。畳んだマットは片手では持てない。
腕より先に掌が知らせる。割れの縁が布の目に引っかかる。持つ手の下で布が少し波を打った。
重さは思ったより下にある。持つ手の位置を二度替えた。
畳んだ面の内側から、乾いた埃の匂いが出る。人ではない。床から出た匂いだ。
私は四枚目まで見ていた。
五枚目にかかるところで、白い上着の係員が柵の外から私の番号を呼んだ。採血の順が回ってきた。
時計は九時四十分。
用度の係が二人とも手を止めて、こちらを見た。二人ともマットへ戻る。
抜けてよいとも、駄目だとも言われない。私は柵を出た。
前室の隅に、脚の折れた椅子が寄せてある。前の左の脚が折れている。
前室の台には筒が並んでいる。番号の紙を貼った筒だ。私の分は二本だ。
針は肘の内側へ入る。私は反対の手で作業着の裾を握った。
五ミリリットルを二つに分ける。その間、係員は筒から目を離さない。
私の腕は見ていない。
前室を出たところの卓に、絶食の後の一皿が出してある。九時半からそこにあった。
量は四三〇。普段と変わらない。器は洗い場から来たもので、縁の内が一箇所欠けている。
押さえの綿を肘に挟んで、腕を曲げたまま広場へ戻った。
曲げると押さえが効く。前室を出てから広場までで七分かかった。前室にいた分は入っていない。
五枚目のところで、H-0006が私の袖を引く。半分の爪は布に掛からず、指の腹だけが当たる。
「あなたの一枚、あそこよ」
この人は端の一枚を指す。私がいつも座る一枚だ。
私はそこへ行って、膝を折る。
朝からの空腹が一度来る。腿を胸へ寄せている間は濃く、伸ばすと薄い。
この一枚は、緩いほうの隅が浮いている。下から紙の角が指の一本ぶん出ていた。
この角は七月にも出た。その時は係の人が指の腹で押し込んでいる。
今日は押し込む人がいない。係の一人が向こうの角を持って、マットが先に持ち上がる。
持ち上がった下に、紙が一枚あった。四つ折りで、折り目のところは色が濃い。
紙は留め具の爪と床の穴の間へ噛ませてある。爪の下で潰れている。噛ませた側の紙の縁は、繊維がほぐれて毛羽立っている。
反対の縁はまだ切ったままだ。
三枚目の下にも同じ紙があった。こちらは半分に折ってあって、爪の外へ出ている。
係の一人がそれを持ち上げて、そのまま台車の隅へ置いた。読まない。
抜いたのは、角を持っていたほうだ。抜いてから、指で埃を払う。
払われた分が私へ流れた。古い埃で、鼻の奥に残る。古い匂いが一緒に来る。糊に近い。
前に一度、掲示板の裏で同じ匂いを嗅いだ。
「これ、要りますかね」
「台帳の外だね。捨てていいよ」
二人はそう言い合う。それから紙を台車の隅へ置く。
私は置かれた紙を見る。四つ折りが一度で開いている。面が上を向いていた。
四つ折りの折り目が、文の途中を二度横切っている。今、柵の外へ向けて掛けてある札と、同じ形の字だ。
刷りの色はそちらより薄い。裏まで通っている。読める。
字は大きい。
当園は絶滅危惧種たるヒトを飼養しています。個体の保全と、来館者の学習の機会の提供を目的とします。
私は掛かっている札を見る。同じところが飼育になっている。
飼養と飼育。
右から目で追い直す。指は紙へ触れないままで、一字のところに止まる。
止まったところを、口の中でもう一度言ってみる。
私は係の人へ声を掛けた。用は無い。口が先に動いた。
「この紙、いつのですか」
係の人は台車の隅を見た。次にこちらを見る。
「分からないな。読み上げの紙じゃないの」
読み上げの紙。
「私が読んだのは、いま読み上げている紙のほうです」
言ってから、私は口を閉じる。
係の人は少し置く。手が動いて、台車の隅の紙を裏返した。裏は白い。
「そうかい。じゃあこっちが古いんだな」
「八年前に刷り直してる。たぶんその時だ」
この人はそれだけ言って、次のマットへ行った。八年前に私は九つだった。
H-0006が私の隣へ来て、台車の隅を覗く。
「なんて書いてあるの」
「一字だけ違います」
「どこが」
「飼うの字の下です」
H-0006は紙を見る。目を上げて私を見る。
「私、字は形でしか分からないのよ」
この人は笑う。自分の膝を一度叩く。
「形が同じなら、同じでいいじゃない」
同じでいい。私の喉のところが一度鳴った。
「いま、鳴ったでしょう」
「鳴りません」
「鳴ったわよ。ここが」
この人は自分の喉を指で押さえて、押さえたままで笑った。
指は骨の下で上下する。その度に、手が先に動く。
鳴った音で、係の人が二人ともこちらを見る。
「賑やかだね」
「すみません」
H-0006が代わりに謝る。それからまた笑う。今度は声を出さない。
この人は声を出さないで笑う。口の端が右へ上がる。謝る時の声は低い。喉のところが一度動く。
上がる側は右だ。この人はいつも右で笑う。左の口の端は、その間も動かない。
新しいマットが六枚とも敷かれる。留め具は前と変わらず四隅に付いた。
私は自分の一枚の上へ座ってみた。新しい面は指が滑る。前のは引っかかった。
滑る面に掌を置くと、割れの縁が布へ掛からない。そこに割れがある感じが薄くなる。
感じは薄い。割れは三本のままだ。
若いほうの人が、廃棄の札の束を持って柵の内へ入ってきた。
束の端が指の間から滑って、二枚が下へ落ちる。この人は膝を折らないで屈んだ。
私は落ちた二枚を拾って、束の上へ揃えた。
そのまま一枚ずつ数えた。六枚ある。
「六枚あります」
「──ああ。助かった。もう一回やると目が変になる」
この人は束を受け取った。頭を少し下げる。
それから、腰の紙挟みを開いて、数の欄へ六と書いた。
書いた字は私の側から見ると逆さで、六の払いのところだけが太い。
私は頭を下げられたことがある。三年前に一度、洗い場の人にも下げられた。頭の下がる先が、その時は膝の高さまで行った。
この人の速さは速い。
下げてから戻すまでに、私が一つ数える間も無かった。
束の札は一枚ずつ厚みが違う。厚いところから指を入れて、そこで一度止めた。
膝を折った時、掌の下に白い小石が一つ入った。土より硬い。握ったままで、柵が開くのを待つ。
柵が開く。十時になる。柵の向こうの通路に、今日の一列目が立った。
今日の一列目は五人だった。
五人が柵の横木へ手を掛ける。掛かる高さは腰のあたりだ。
掛けるところの塗りは、そこは薄い。薄いところは横木の三本目だけだ。
五人のうち一人が私のマットの前で止まった。子どもで、柵の横木に顎を載せている。この子は何も言わない。
しばらくそうしていて、それから連れの大人に呼ばれて行った。
行った後で、横木に顎の跡が残る。
跡は湿っていて、乾くまでに少しかかる。
十一時には座ったところが温かった。前のマットは、この時刻でまだ冷たかった。
指の腹で押すと、厚みのぶんだけ沈む。押した跡は三つ数える間、残った。
温い面に座っていると、腰の後ろだけ汗が出る。出た分は布が吸って、色が濃くなった。
十一時に水を飲む時間が入る。紙コップは今日も一つだ。二杯目は出ない。
私は縁を二度押す。
押しても鳴らない。新しい紙は硬い。
十二時に終わる。係の人がマットを数える。今日も六枚だ。
数え終えると、端の一枚の四隅を順に押し込む。新しい爪は硬い。掛かりの浅い一つだけ、二度で入った。
入った時に、床の穴が一度鳴る。
台車の隅の紙は、もう無かった。
昼の給餌も四三〇だ。食堂に入ると、すずの卓は空いていた。この人は今日から午前の割当に移っている。
午後の給餌の組も別になった。すずの椅子は卓の下へ入ったままだ。引き出した跡が、床の埃に付いていない。
今朝から、この人の背中も見ていない。
私は自分の器を持ち上げて、底を見る。四桁が刻んである。
上の二桁は先週と同じで、下の二桁が替わっていた。
今日の底の数の下二桁を、指の腹で先週の位置と重ねてみる。
撫でると、刻んだところが指の腹で沈む。
沈みの深さは字によって違った。〇の沈みが一番浅い。
三つ目の卓に、H-0009とK-0330がいた。二人はいつも同じ組で来る。
H-0009は器を両手で持つ。K-0330は片手だ。もう片方は卓の縁に置いている。
今日も先に座っているのはK-0330だった。H-0009は半歩後ろで待っている。
私が座ると、続けて座る。
二人は揃って食べ始めた。始まりを揃えたのは、待っていたほうだ。
食堂を出たところで五郎に会う。この人は箒を提げている。九月も当番らしい。
「マット、替わったんだって」
「六枚とも替わりました」
「古いのはどこへ行くんだい」
「捨てると聞きました」
五郎は箒の先を床へ着ける。そのまま少し置く。
「あれの下にね、昔から紙が挟んであったんだよ」
「知ってたんですね」
「知ってるよ。角の一つが緩いだろう。噛ませてあるんだ」
五郎の箒の柄は、上から三分の一のところで色が替わる。手を離すと、同じところへ戻る。
「言わなかったんですか」
「聞かれなかったからねえ」
「あの紙はね、私が来た時から下にあったよ」
「いつからですか」
「先の当番の頃からだよ。その前は知らない」
五郎はそう言って、箒を胸へ寄せた。寄せたままで動かない。
「今度、掃いてる時に呼んでくれるかい」
「はい」
この人は坂を見て、それからこちらへ戻ってきた。
箒の先が床を一度擦る。柄を握る手は動かない。
「あんた、午後に用があるだろう。係の人が呼んでたよ」
私はまだ聞いていない。朝に見た掲示の欄は、指の腹ほどの幅で空いていた。
五郎は柄を握り替えた。それから、私の行く側の廊下へ箒を入れる。
穂の向きは、私が歩く先と同じだ。
追い越すまで、この人は止まらなかった。
廊下の端で向きを替えて、掲示板の前まで戻る。朝と同じ側から見た。
午後の割当が入っていた。
一時に第二食堂の奥の室へ行く。
奥の室は普段閉まっている。今日は開いていた。
室の匂いは食堂と違う。
乾いた粉で、湯気は混ざらない。扉が閉まっている。開けると混ざる。
粉は鼻の先で止まる。
八月の消毒は、鼻の奥のもっと深いところまで来た。
七番がいた。
机の上に盆が一つ出してある。盆の上に、量りと匙と、白い封筒が一つ載っていた。
封筒は伏せてある。厚みは紙一枚ぶんしかない。表の側が下を向いていて、何も見えない。
「本日は栄養管理の第一回です」
七番はそう言った。挨拶は無い。最初に回次が出た。
「何をしますか」
「器へ量り分けます。一名につき四回です」
四回。立てた指を、そのまま卓の下へ入れた。
最初の器が来る。底の刻印を七番が読む。読んでから、机の紙へ書き写した。
私はその器の底を横から見た。刻印が二つある。元の四桁の上に、四桁がもう一組、浅く打ってある。
浅い一組は縁の角が立っている。
下は丸い。私は指の腹をそこへ当てた。
二つの数は近い。下の二桁が違う。
七番は上を読み上げる。下には触れない。
「上の数でよいのですか」
「上の数が現在の番号です」
この人はそう答えた。それ以上は言わない。
量り分けが始まる。匙で掬って、量りへ載せて、数を読む。読んでから器へ入れる。
一つの器で四回だ。終わると、次の器が来る。
匙は柄の途中で一度細くなっている。細いところに指が来ると、掬う量が安定した。七番の指はいつもそこにある。
私の指は初めのうち上へ来た。
三つ目の器から、私も細いところへ置くようになった。置くと手首が楽になる。
粉は匙から落ちる時に音を立てない。皿へ着いた時だけ、細かい音が一度する。音の高さは量で変わる。
多いと低い。少ないと高い。一つの器で四回、音は四度する。
四度目だけ、少し長く鳴った。
七番の目は目盛りへ落ちたままでいる。
二つ目へ移る時、七番が紙の側の番号を読んだ。A-0114。すずの番号だ。
中身は他と違っていた。粒が細かい。色も薄い。
量も違う。一回あたりの数が小さくて、四回で足す数が四〇〇にならなかった。
私は数を頭で足す。三九〇だ。
七番は紙に書き写して、次へ移る。書く速さは一定だ。途中で止まらない。
「これは減らしたんですか」
「配合が別になっています」
配合が別。私は皿の縁へ視線を落として、粒の色を先週の色と並べた。
「量も別ですか」
「本日から三九〇です」
三九〇。四〇〇との差は十グラムだ。
七番はそれだけ言って、次の器を取る。次の器の中身は元の配合に戻っている。
すずのものは中身が違った。二十四のうち、そこで私の手が止まった。
細かい粒は、量りの皿の上で平らに広がる。目盛りの線が粒の下へ入った。
七番は皿を一度指で叩く。
寄せるのは爪の先で、皿の縁ではなく底の裏に当てている。
叩くと粒が寄る。粒の面が平らになったところで目盛りを読む。読む速さは他の器と同じだった。
私は皿の縁に付いた粉を指で払う役だ。払った分は掌に残る。残った粉を作業着で拭くと、布の色が少し変わる。
乾くと元へ戻る。
十二の器を終えたところで、七番が匙を替えた。次の柄も細く、括れの位置だけが半分ほどずれている。
私の指は前へ動いた。
私は器を渡す側にいる。渡す時に底が上を向いて、その一度で読める。
一つだけ声に出した。A-0114 は覚えている。
量り分けは二十四の器で終わった。私は頭から一つずつ数えていた。七番の唇も動いている。
終わった時、二人の数は同じだった。どちらも言わなかった。私は指を折る。
七番は指を使わない。外から見ると、何もしていない手になる。
七番は紙を綴りへ挟む。挟む位置は上から三枚目だ。上の二枚は昨日までの分だ。綴りの背は布で巻いてある。
昨日までの綴りに、A-0114 の行は無い。
白い封筒は、机の上で一度も動かなかった。
七番が盆を持ち上げた時、封筒は盆の端で少しずれた。ずれても、伏せたままだ。
この人はそれを指で戻す。戻す時に、封筒の縁が机に当たって短い音がした。
「終わりです。明日も十三時です」
「はい」
七番は出ていく。出る時に、盆を両手で持っている。片手では足りない持ち方だ。
室を出ると、廊下の空気が急に温くなった。奥の室は扉を閉めてある。
廊下の壁は湿っている。壁に手を当てると、板は掌より冷たかった。
私は自分の腹のことを考えた。私の量は今日も動いていない。量りの上の三九〇を見た後では、皿が少し多く見える。
器の縁までは、先週と同じところで止まった。
高さは指の第一関節まで来る。そこから上は空いている。空いた分は、食べ終わるまでに埋まらなかった。
夕方の給餌も四三〇だ。私の器の底は、昼に見た四桁だった。同じ底の数が、今日は二度回ってきた。
すずは来なかった。午前の組は夕方に来ない。
H-0006が向かいへ座る。この人は膝の上で手を組む。
「あの子、今日から別の時間なのよね」
「そう聞きました」
「じゃあしばらく会わないわね」
「はい」
しばらく。私はその長さを聞かなかった。
私は器を下げてから、A区画へ続く廊下の入口まで行く。
入口に扉は無い。床の材が変わるところで、区画が替わる。替わる線は白い。壁際は擦れて、下の床の色が出ている。
こちらが細い。
私は線の手前で止まる。向こうを見た。向こうの廊下は灯りが一つ多い。
多いので先まで見える。
先の戸は全部閉まっていた。どれがすずの戸かを、私は知らない。
三つ目の戸が開いて、すずが出てきた。こちらへは来ない。線の向こうで足を止める。
「午前はね、朝が早いだけよ。慣れる」
そう言って、この人は袖の折り返しを右だけ直した。それから戻っていく。
「私も移れますか」
背中は止まらなかった。戸は開いたままだ。
私は片足を線の上へ載せた。引くまでに二つ数えた。誰も見ていない。
食堂へ戻ると、H-0006はまだ卓にいた。器はもう下げてある。
H-0006は汁を飲んでから、朝の話をする。
「あなた、字が読めるのねえ」
「少しだけです」
「少しでいいのよ。私は形だけだから」
この人はそう言って、また口の右の端を上げた。今度は膝を叩かない。
居室へ戻る道で、掲示板の前を通る。今日の欄には用度補助と栄養管理が並んで入っていた。
欄の幅は指二本ぶんだ。
同じ幅へ入れたので、字が細い。
字と字の間が、他の行より詰まっていた。行そのものが下へずれる。
ずれた行の下が明日の欄で、そこには栄養管理だけが入っている。
その下は白い。白い欄は朝に埋まる。
表を貼った板の下に、別の紙が一枚出ている。
しょくじの りょうが かわることが あります、と一行だけ刷ってあった。
番号の欄も、誰あてかを書いた行も無い。かなだけだ。
私はその一行を、指で追わずに読んだ。紙の下の縁は、押した型のぶんだけ波を打っている。
後ろから台車が来た。廃棄の札を積んだ台車で、押しているのは朝の若いほうの人だ。
「まだ明るいね。風もあるし」
この人は板の下を見て、はみ出た紙の端を指で押し込んだ。
かなの行は板の裏へ入り、上から見えるのは白い縁だけになる。
「今日、六でしたよ」
「うん、書いたよ。朝のうちに」
腰の紙挟みが開く。数の欄には、朝の六がまだ入っていた。六の払いのところだけが太い。
台車が動く。車輪の音は、広場の角のところで切れた。
その先にはまだ日が当たっている。柵の横木の、掛ける高さのところだけが明るい。
その高さで、塗りが一本ぶん薄い。
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栄養管理 実施記録
実施の回次 第一回
実施した者 飼育部門 栄養係 第七号
実施の日 令和二百十三年九月一日
一、対象
対象は一名である。番号はA-0114とした。妊娠の成立に伴う措置による。成立の通知は令和二百十三年七月七日付であった。
二、内容
給与の量を一回四〇〇グラムから三九〇グラムへ改めた。改めた日は本日である。
配合は当年度 第二配合とした。配合の別は番号のみを記す扱いとした。従前の量は当係の控えにある。
第二配合の熱量は百グラムあたり四百二十キロカロリーである。従前の第一配合は三百八十であった。
一回あたりの熱量を記す欄は本票に無い。設ける旨の求めは当係に届いていなかった。
三、方法
一名につき四回に分けて量り分けた。回数は栄養係が定めた。量りは当係の備品による。
目盛りの最小は一グラムである。
量り分けに用いた匙は用度係の備品を借り受けた。借受は口頭によった。柄の形は本年度のものによった。
四、嗜好の聴取
要領は、当該の個体の嗜好は聴取のうえ考慮すると定める。
本日の聴取 ―
本欄は要領の様式によった。記入の例は本年度に無い。
五、補助
補助として個体一名を割り当てた。個体の番号は本記録に記さない。
補助の者が計数を行った旨は、当係の内規により記す扱いとしてきた。
本記録では末尾へ一行を足して記してきた。
六、経過
体重の測定は火曜日による。本日は行っていない。前回は令和二百十三年八月三十日であった。
担当は飼育部門である。得た値は本記録の対象外とした。
次回の実施は明日とした。以後、日々の実施とする。
七、補助の者の計数
補助の者は本日、器の数を計数した。当係の計数と一致した。一致した旨を記す欄は本記録に無い。
八、当日の経過
本日の実施は十三時に開始し、十三時四十分に終えた。器の数は二十四であった。
実施の間、当該の個体は在室していない。
要領は聴取の場を実施の日と同じ日とすることのみを定める。
九、備考
申出は当日の担当が口頭で受け、当係の綴りへ回す扱いとした。
本記録は当係の書庫に置く。個体へは示さない。本措置について当該の個体からの申出は無い。
十、器
本日の実施に用いた器のうち、一個は底の刻印が判読しにくい。
当該の器を本日どの個体へ割り当てたかは、洗い場の順の控えによる。
判読しにくい一個は、本日から別の一個に替えた。従前の器は当係で保管する。




