第029話 資料館一般公開日
開館記念 一般公開のご案内
日時 令和二百十二年十月十日(日) 九時から十七時まで
場所 国立人類保全園 第七園 資料館
発行 資料館
一 開館記念について
本館は令和百六十一年十月十日に開きました。本日で五十二年目に入ります。
毎年この日を一般公開の日としています。取りやめた年はありません。
二 観覧料
本日は一般の観覧料を要しません。
園内の個体が観覧する場合は、通常の半額といたします。半額の取り扱いは本年で三度目です。
半額としなかった年もあります。取り扱いは毎年、開館記念の起案の際に決めています。
三 順路
順路は一方通行です。第一室から第四室まで順にお進みください。
戻ることはできません。見落としたものがある場合は、もう一度入口からお進みください。
本日は再入館の回数を制限いたしません。
四 展示
展示ケースは二十基です。すべて第三室にあります。
第一室と第二室と第四室は、壁と台に置いています。ケースには入れておりません。
入口の内側に陳列棚が二基あります。順路の外にありますので、お入りの際にご覧ください。
展示の入れ替えは行っておりません。本日の展示は昨日と同じです。
五 混雑
昨年の入館者は六千百四十名でした。最も混みますのは十一時から十三時までです。
入口の段は三段あります。段の上でお立ち止まりにならないでください。
六 撮影
撮影はできます。発光装置はお使いになれません。
第三室のみ撮影をご遠慮いただいています。照度の管理によるもので、その旨を室の入口に掲示しています。
七 園内の個体の観覧について
本項は来館者向けの記載ではない。案内の裏面に刷ってある。
観覧の申出は当日、窓口において受ける。事前の申込は要しない。
同行者は要しない。従前は区画の担当が同行していたが、令和二百四年に取りやめた。取りやめの経緯は当時の起案に一行ある。
観覧の記録は入館者数に含める。個体の別は入館者数の内訳として示す。前年度の個体の入館は五件、本年度は本日の前日までに二件であった。
窓口における枚数の確認は、二人で行うこととした。数え直しは求めない。
観覧の途中で退出した場合の取り扱いは、来館者と同じとする。再入館は本日に限り回数を問わない。
本項の起案は毎年八月に行う。半額の可否は、当年の観覧料の収入の見込みにより決めている。
(資料館)
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私は枕を持ち上げた。
十月十日の朝で、日曜になる。五時に目が覚めた。
下に布の袋がある。交換所で五枚と替えたもので、口に紐が通してある。紐は綿で、端がほつれている。
中身を出して床に並べた。十枚ずつの山を作る。
十二の山が出来て、七枚が残る。百二十七枚だ。数え直しても十二と七になる。
百二十七を数えるのは今朝で三度目だ。昨夜も数えた。その前の夜も数えた。
どの晩も百二十七だった。
どれも樹脂だ。直径は二センチほどで、片面が少し窪んでいる。指で挟むと、厚みは三ミリに足りない。
窪みに指を入れると止まる。止まる深さは爪の半分だ。
重ねると鳴る。乾いた音で、十枚を超えると低くなる。二十枚になると、音が一つに潰れる。
私は百枚を数えて、別の山にした。残りは二十七枚だ。
二十七枚は袋へ戻して、枕の下へ入れた。
百枚は別の布に包んだ。包むと拳より少し大きい。持つと片側へ寄る。歩くと寄った側だけが揺れる。
布は新しい。まだ洗っていないので、交換所の棚の匂いがする。折り目が四本、まだ角のまま残っている。
それは乾いた匂いで、鼻の先で止まる。奥まで来ない。
朝の給餌は四七〇だ。十日目になる。匙の運びは五十一回で止まった。
食堂は日曜なので声が多い。
当番の無い人がいて、その人たちは食べ終わっても座っている。その前を通ると、卓の間が狭くなる。
三八〇の人が向かいに来た。この人の皿は四一〇だ。縁の高さが私のと五ミリ違う。
私は布の包みを膝の上に置いた。乗せると膝が重い。
「持ってるわね、それ」
「はい」
「今日ね」
「今日です」
この人は匙を止めた。それから、私の膝のあたりを見る。
「よく貯めたわね」
「はい」
「私には出来ないわ」
私は続いたと思っていなかった。
毎月、置く場所が同じだっただけだ。
「何を見るの」
この人はそう聞いた。
「見てきます」
「答えになってないわ」
「はい」
この人は笑った。それから、三口分を私の皿へ移す。
その時、匙の腹を皿に付けて滑らせる。音は出ない。
「食べていきなさい。歩くんだから」
「はい」
「あんた、それ持って坂を上がるの」
「上がります」
「腰をやるわよ。私は去年やったの」
「治りましたか」
「治らないわよ」
卓の周りが笑った。この人も笑う。
それから、この人は腰のところを二度叩いた。手が行く場所は右の後ろだ。
卓の端にH-0031がいた。日曜は洗わない。前の日のぶんを干して、夕方に取り込むだけになる。
今日は袋が少ないらしい。少ない日は早く終わる。十時半には竿が埋まった。
「行くの」
「行きます」
「戻れない」
「戻れない」
去年、この人は二年かけて券を買った。
「一時間半」
「かかりますか」
「速くない」
「速い人もいますか」
「知らない」
この人は布を絞る手を止めない。動かしたままで、目の下の線が三本になった。
この線は二本の日と三本の日がある。
食堂を出るところで五郎に会った。
この人は日曜の朝が遅い。ふれあいの当番が午後からになる。
「今日だって聞いたよ。誰かが言ってたけど」
「はい」
「上がる時は右足からにしてほしい」
私は段のことだと分かった。
「決まりですか」
「決まりじゃないよ。真に受けないでほしい」
「何があったか、戻ったら教えてほしい」
「はい」
「聞くだけでいいんだ。行かなくても」
周りに三人集まってきた。どれも当番の無い人だ。
一人は座らない。一人は手を拭いている。もう一人は眉の片方が上がらない。
集まると、話は段の話になった。右足からがいいと言う人と、関係ないと言う人がいる。
手を拭いている人が先に言った。
「関係ないわよ。私は左からだったもの」
「入ったのか」
「入ってないわよ。掃除で三段目まで上がったの」
卓が鳴った。誰かが匙を落としたからだ。当人も笑っている。
「何時に戻るの」
座らない人がそう聞いた。
「分かりません」
「一時間半だって言ってたわよ、あの人」
眉の人が首を振った。
「一時間半で済むかね。見るだけだろう」
「見るだけじゃないのよ。上がるんだから」
座らない人がもう一度聞いた。
「見るのに一時間半かかるのか」
三人で決めることになった。手を拭いている人は昼までと言い、眉の人は昼を過ぎると言う。
座らない人は「戻ってこないほうに賭ける」と言って、また笑わせた。
賭けるものは無い。枚は賭けに使えない決まりがある。
出るのは九時にした。門はその時刻に開いて、混むのは十一時からだ。
道は坂を上がる。千七百歩ある。歩幅は日によって二十歩ぶん動く。
前に数えた時と同じ数だ。上りが千百で、残りが平らになる。
上りは指の付け根に来る。平らは踵に来る。
今日は膝の上に重さがあるので、上りの途中で持ち替えた。そうすると、寄る側が入れ替わる。
区画の脇を順に上がる。下からDで、その後にCとBが来る。
前庭の洗濯物は日曜のほうが多い。Dが二十一で、Cが三十四だ。Bは数えるのをやめた。途中で息が切れた。
坂の途中に木が二本ある。片方は葉が残っていて、片方は落ちている。
落ちたほうの根元に、葉が集めてある。寄せた人は見えない。
坂の左に側溝がある。蓋は乾いている。隙間に耳を寄せると、下の水の音がした。
九月の終わりから雨が降っていない。それなのに、下から出る匂いは無くならない。薄くなるだけになる。
正門の内側に人が並んでいた。
開くのを待っている人たちだ。並び方は列ではなく、固まりになる。外側に子どもがいて、内側に大人がいる。
子どもは動く。大人は動かない。
子どもが動く分だけ固まりの形が変わる。それでも大きさは動かない。
子どもの一人がこちらを見る。それから、大人の袖を引く。
大人は見ない。袖を引かれても前のほうを向いている。
人の匂いがした。外套だ。前に嗅いだのは去年の秋になる。
外から来た布の匂いで、園の中には無い。乾いていて、少し埃に似ている。何人分かが重なると重くなる。
私はその横を通った。誰もこちらを見ない。
見ないのは、私が作業着を着ているからだと思う。この服の人は毎日ここにいる。
資料館の前に着いた。
白い壁で、下の材は灰色だ。欠けたところから灰色が見える。欠けは低いところに多い。
私は一段目に足を掛けた。二段目、三段目と踏んでいく。
ここまでは掃除で上がる。踏む場所も決めてあった。左の端は欠けているので、真ん中にする。
三段目の上に白い線が引いてある。線の手前に立て札があって、膝の高さだ。
この先は観覧券が必要です、と刷ってある。字は毎年同じで、私は毎回読まない。
その横が窓口になる。硝子の向こうに人が二人いた。片方は座っていて、片方は立っている。
一人は前に見たことがある。板を三枚受け取りに来た人だ。伝票に書いて、二枚だけ持っていった。
私は窓の前に立った。誰も声を掛けてこない。待ったのは数えて十四だ。
私は布の包みを台に置いた。木の台なので音がする。
「観覧ですか」
「はい」
「半額の日です。百枚になります」
この人は包みを開けた。それから、両手で数える。
十枚ずつに分ける。できた山を右へ寄せて、寄せた分をもう一度あらためる。二人でやるので、同じ山が二度動く。
数え終わるまでに二分かかった。待っている間、私は山の数え直しを目で追う。
二人の数え方は違う。一人は指で押し、一人は目だけで送る。それでも、数は合う。
「百枚あります」
「はい」
券が出てきた。紙だ。手のひらの半分ほどで、上に番号が刷ってある。
番号は五桁だ。下の二つが今日の日付と同じになる。
「順路は一方通行です。戻れません」
「はい」
「今日は何度でも入れます」
券を受け取る時、指が窓の縁に触れた。縁は木で、触ると滑らかだ。
よく滑るのは削ったからではない。触られた回数のぶんだと思う。
靴の先に白い線がある。
幅は指一本ぶんしかない。
四段目で、足が高さを間違えた。
手が先に出た。
枠を掴んで、それから足を揃えた。触れたところは冷たい。
金属で、朝のうちは温まっていない。掌の側だけが冷えて、指の側は冷えなかった。指の掛かりが浅い。
枠の裏側に埃が溜まっている。爪の間へ入った。灰色で、指で擦ると伸びる。
後ろで誰かが「大丈夫ですか」と言った。来館者の声だ。
私は「はい」と答えた。それから、四段目に両足を揃えた。
扉の内側は冷えている。
冷えた空気には匂いがある。特定の物ではなく、何も無いことの匂いだ。乾いていて、鼻の奥に入るとそこで止まる。
前に外から嗅いだ。扉の下の隙間から出ていた分だ。
その時のものは細かった。中に入ると、それが全部の高さで来る。
入ってすぐのところに陳列棚が二つあった。
硝子の扉が付いていて、廊下から中が見える。順路はその脇を通る。
片方の棚に、黒くて薄い板が立ててある。手のひらより少し大きい。厚みは一センチほどになる。
生息環境展示にあったものと同じ形だ。下に札があって、資-〇八八とある。横に移管の年が刷ってある。今年の三月だ。
私は棚の中のものを数えた。一つだけだ。台に載っていたのは二つあった。
私は硝子へ耳を寄せた。硝子は冷たくて、こちら側の音しか来ない。あの時は耳に当てて、何も来なかった。
隣の棚は写真だ。三枚あって、机の天板が写っている。どれも斜め上から撮ってある。
彫った跡が写っている。刻んであるのは番号だ。三枚とも位置が違う。端と、真ん中と、脚に近いところだ。
札には資-〇八九とある。その下に「記名の記録」と書いてある。
私は硝子へ指を当てた。写真の彫り跡の上だ。当てても凹まない。この天板で字を習った。
第一室は明るい。
壁が白くて、天井に灯が並んでいる。灯の数を数えた。十四ある。
正面に大きい写真がある。古いもので、色が薄い。
写っているのは建物だ。今の資料館ではない。屋根の形が違う。
写真の下に板がある。そこに字が並んでいる。
私は読んだ。時間がかかったのは、字が小さいからだ。
字の大きさは二種類ある。数のところだけ大きい。数の字は高さが二倍ある。
大きいのは遠くから見えるようにだと思う。私は近くで読んだ。寄って読むと、大きい字は追いにくい。
収容が始まった年のことが書いてある。
外にいた個体は、その年の推計で四百を下回っていた。四百は数えられる数だ。
この地に集めたのは百四十だと書いてある。雌が八十二、雄が五十八になる。
今、この園の在籍は四百十二だ。板の隣に別の紙が貼ってあって、そちらに今年の数を刷ってある。
板の一番下には機構の全体の数が入る。三千を超えていると書いてあった。
私は板の前から動かなくなった。そうしている間に、足の裏が冷える。
立っている間に来館者が三人通った。三人とも板を読まない。写真だけ見て次の部屋へ行く。
止まるのは硝子の前だけになる。
第二室は物が並んでいる。
台の上に箱があって、箱の中に道具が入っている。道具は昔のものらしい。使い方の分かるものと分からないものがある。
台の端に、見て分かるものが一つあった。皿だ。置いてあるのは一枚きりになる。
白くて浅い。今の皿より底が近くて、直径は同じくらいになる。
縁に数字が無い。底にも無い。
札には資-〇九一とある。給餌用食器(旧型)と書いてあって、移管の年は今年の五月だ。
私は皿の縁を指でなぞった。一周する。
途中で止まるところが無い。今朝の四七〇も止まらなかった。
四三〇の三の角は、私の指で丸くなっていた。その皿は九日前から東倉庫にある。
第三室に入る。ここが一番広い。歩くと、足音が三度返ってくる。
入口に掲示がある。撮影を遠慮いただく旨と、理由が書いてある。理由は照度の管理だ。
硬い床だ。園の廊下は足の音が吸われる。ここは吸われない。
誰かの靴が鳴ってから、その人が見える。
室の中は暗い。ケースの中だけが明るい。
光っているのはケースの上に細い灯が入っているからで、天井の灯は落としてある。
ケースは硝子だ。四面とも透けていて、台の上に載っている。
私は数えた。始めたのは入ってすぐで、順路に沿って進むと自然に数になる。
左の壁に六、正面に八、右の壁に六だ。合わせて二十だ。
案内に書いてあった数と合った。それで、私はもう数えなかった。
中身は同じではない。
全部のかたちがあるのは四つだ。頭だけのものが七つ、骨のものが五つ、あとは一部だけになる。
全部のかたちの四つは背が高い。立っているのが三つと、座っているのが一つだ。
座っているものは台が低い。そのぶん硝子の上に手を置ける。跡は無い。拭いてあるからだと思う。
座っているのは女の人だ。膝の上で手を組んでいる。
指の重なりは右が上になる。私は自分の手を同じ形にしてみた。私は左が上だ。
入れ替えると、そのまま止まる。置いておくと途中で元へ返る。戻るまでに十数える。
立っている三つは、背の高さが揃っていない。一番低いのは私より低い。
隣に立った来館者の頭は、硝子の縁より少し上にある。
その人が屈むと、目の高さが並ぶ。そこで、こちらだけが動かない。
硝子に近づくと、頬の前だけが冷える。
冷たいのは箱の中が別に冷やしてあるからだと思う。手の甲を向けても同じ幅で来る。幅は指三本ぶんだ。
離れると戻る。戻るのに数えて四つかかる。
ケースの下に板が付いている。白くて、字は黒い。板の幅は硝子の幅の半分だ。
書いてあるのは部門の名と、在籍の年数の二つだ。名前は出ていない。番号も無い。
名前は壁にある。木の板で、彫ってあった。縦が十センチ、横が二十五センチになる。
私は彫りへ指を入れた。爪の先で止まる。
壁の板は横に並んでいる。ケースの順と同じらしい。
彫ってあるのはひらがなで、二つか三つだ。四つ並ぶものは一つも無い。
名前の下に数字がある。四桁と、その下にもう二つ。彫りは名前より浅い。
数字の頭には字が一つ付いている。私の番号の頭にあるのと同じ形だ。
左から三つは同じ形で、四つ目だけが違う。
私は板を見て歩いた。一つずつのケースの前で止まると時間が足りない。
そこで、名前だけを追った。三つのものが八つある。
頭の形も追った。私と同じものは一つだけで、それが三つのほうにあった。私はそこへ戻って、もう一度読んだ。
知っている音の並びが四つあった。どれも園にいる人の名ではない。
彫りの深さは板によって違う。二枚だけ、指が第一関節まで入った。
その二枚だけ、木の色が周りより白い。
硝子に息がかかると白くなる。白くなったところは下から順に消える。
消え終わるまでに数えて六つかかる。私は二度やった。どちらも六つだ。
三度目はやらない。人が来る。振り向く前に、足音が近づいた。
右の壁の途中で、立った一つの前を通った。
片方の手が少し前に出ている。その手の指は開いていた。開いた形で止めてある。
その隣のケースが空いていた。
硝子は同じだ。台も同じで、上の灯も点いている。
点いているのに中に何も無い。灯は台の真ん中を照らしている。
台には埃が無い。
私は台の高さに目を合わせる。そうすると、硝子に自分の顔が映る。
ほかの箱では映らない。中に物があると、そちらが先に見える。
顔は硝子の真ん中に来る。台の真ん中は灯が照らしている。
灯の当たるところと、顔の位置は重ならない。いつも、少しずれる。
下の板が無い。付いていた跡も無い。
壁のほうも、そこだけ空いている。左右の板の間が、ほかより広い。
私は下の板の年数を読んだ。二十、三十一、四十四とある。
一番短いのが十九だ。それより下は一つも無い。
私は五だ。
五の板は無い。
私は壁の板を数えた。十九ある。数え直しても十九だ。
ケースは二十ある。
板は端から順に掛かっている。間隔は指四本ぶんで揃っていた。
空いているところだけが指八本ぶんある。
私はその前に立った。そこにいた時間は自分では計れない。
はっきりしないが、後ろから来た人が私を抜いた。その人は空の箱を見ないで通った。
次の人も横を通り過ぎる。
係員が近くにいた。壁のところに立っている人だ。上着の色は来館者のものと違う。
私は聞いた。
「何か入りますか」
「入る、というと」
「これからです」
「そういう話は聞いていません」
この人は空いている箱を見た。それから、目をこちらへ戻す。
「開いた時からこうです」
「五十一年ですか」
「私が来る前からです」
この人はそれ以上言わない。言わないで、少し横へ動いた。
動いたのは、後ろから人が来たからだ。誰かが通ると、私と硝子の間に一度何かが入る。
私は初めのほうをもう一度見たくなった。順路は戻れない。
第四室は短い。
入ってすぐの壁に、来年度の予定を刷った紙が貼ってある。月ごとに一行ずつ入っている。
二月の欄だけが空いている。
壁の残りは紙だ。園の歴史の年表と、写真が何枚かある。年表の一番下は去年で終わる。
上の端は開園だ。そこから百六十年下がったところに、この建物が開く。
百六十年の間に行が並ぶ。行が一つも無い年が七つあって、そのうち三つは続いていた。
私は自分の生まれた年を探した。無かった。
出口は自動で開く。開く時に鳴る。
入口の扉と同じ音だ。中では届かない。外へ出ると届く。
外は明るい。それなのに、目が慣れるまでに時間がかからなかった。
段を下りる。下は速い。上りより速く終わった。
下りは千五百二十歩だ。前に数えた。上りと比べて、百八十歩少ない。
今日は数えなかった。数えなくても着く。時刻だけが少し早い。
途中で券を見た。券はまだ持っている。上の番号は朝と同じだ。
園の中に戻ると、匂いが変わった。
洗剤と、完全栄養食の蒸れた甘さになる。腰から下に洗剤があって、上に食べ物がある。
H-0031が洗濯室の前にいた。干し終わったところらしい。籠が三つ、足元で重なっている。
この人は私を見て、手を止めた。
「早いじゃない」
「一度で出ました」
「一度じゃない」
「同じ日にですか」
「同じ日しかない」
この人は券のことを言っている。去年の一般公開日は半額ではなかった。二百枚を出して、二度入っている。
「何があったの」
この人はそう聞いた。
「標本です」
「それは知ってる」
「二十と十九です」
この人は少し黙る。それから、目の下の線が二本のままで口を開いた。
「私は数えてない」
「数えませんでしたか」
「見てた」
私は何を見ていたのかを聞かなかった。
この人は袋を持ち上げた。それから、もう一度こちらを見る。
「空いてるやつ」
「はい」
「去年も空いてた」
そう言って、この人は中へ入る。
入る時、袋の角が枠に当たった。その音は乾いていた。
昼の給餌は正午になる。私は間に合った。着いたのは五分前だ。
卓に着くと、当番の無い三人がいた。席は動いていない。
三人は食べ終わってからも座っている。日曜にはそういう人が多い。
座らない人だけは立って食べる。皿を胸の高さで持って、匙のほうを動かす。
私の皿は四七〇だ。運ばれてきた時に湯気が上がっていた。朝は出ていなかった。
手を拭いている人が匙を止めた。
「昼までだったわ」
「早すぎるだろう。一時間半じゃなかったのか」
眉の人がそう言った。座らない人は何も言わない。
三人がこちらを見た。私は匙を取った。
そこで、賭けは手を拭いている人の勝ちになった。
この人は匙で卓の縁を二度叩く。叩く音は皿の縁より高い。叩いてから食べ始めた。
午後、控室の前で五郎に会った。
ふれあいから戻ったところらしい。手を洗っていて、洗い終わっても水を止めない。
「戻ったね。何があったか聞かせてほしい」
「線の向こうへ入りました」
「線の向こうは知らないな。二十年いるのに」
この人は水を止めた。それから、手を振って乾かす。
振る回数は七回だ。振った水が私の腕に掛かる。この人は謝らない。
この人は笑った。それから、少し黙る。
黙っている間も顔は笑っている。
「もう一つあるかい。無ければいいんだ」
「一つ空いていました」
「灯は」
「点いています」
この人は手を止めた。止めた手はまだ濡れている。
その手のままで、この人は控室の扉を見た。それから、こちらへ戻す。
この人は扉を押さえて、後ろの人を先に通した。
それから自分が入る。順は毎回そうなっている。
夕方の給餌は四七〇だ。三度目の四七〇になる。
終わってからも卓に座っていた。
三八〇の人が隣に座る。
「どうだった」
「行きました」
「それは分かってるわよ」
この人は口を開けたが、声は出さなかった。それが笑ったということだ。
私は「白かったです」と言った。
「壁の話をされてもね」
「はい」
「まあ、いいわ。行ったんだから」
この人は私の皿の縁を指で弾く。音が鳴る。
自分の四一〇も弾いた。こちらは鳴りが低い。厚みが違うらしい。
交互に弾いていると、向かいの人が数を数え始めた。数え終わる前にやめた。
この人は匙を置いて、卓の上で指を二度動かした。段を上がる形だ。
二度で止めた。三度目は動かさない。
居室へ戻って、枕を持ち上げた。
袋がある。中を出して、床に並べた。
十枚ずつの山を作ると、二つの山と七枚が残る。
二十七枚だ。朝と同じ数になる。
私は二度数えた。二度とも二十七だ。
券を袋の中へ入れた。券は紙なので、樹脂の間に挟むと折れる。
折れないように、私は券を一番上に置いた。そうすると、袋の口が少し膨らむ。
券にはまだ今日の日付がある。窓口が閉まるのは五時で、私が下りたのは十一時前だ。
六時間あった。六時間で、坂は二度上がれる。
私は上がらなかった。
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国立人類保全園 第七園
資料館
展示目録(抄)
作成 資料館
作成日 令和二百十二年十月十日
一、区分と点数
区分 室 点数
写真および図版 第一 十一
用具 第二 二十九
標本 第三 十九
移管資料 入口 二
移管資料 第二 一
年表および記録 第四 十五
合計は七十七点であった。
二、標本
第三室の標本は十九点であった。区分は全身四、頭部七、骨格五、部分三である。
標本番号は通し番号による。開館の際、それ以前の登載分へ遡って付番した。払い出した番号は一二六までであった。
現在の登載は四十一体である。残る八十五は帳から落とした。
落とした事由は三つある。他園への移管、破損、由来の不確定とする。
名称は板に彫り、ケースの外の壁へ掛けた。ケースの下の板には、部門の名と在籍の年数のみを記す。
三、照度
第三室の照度は毎年五月に測った。本年の測定値は基準の内側であった。
撮影を遠慮いただくこととしたのは照度の管理による。旨は室の入口へ掲示した。
四、清掃
清掃は月に一度、全ケースについて行った。台の上面および硝子の四面を対象とした。
清掃の記録は資料館において保管した。前回は九月十二日である。
拭く順は標本番号の小さいほうからとする。順は資料館の内規による。内規の制定は開館時にさかのぼる。
中に何も置いていないケースについても、同じ周期で拭くこととしている。
五、本日の入館
本日の入館者は六千二百八名を数えた。昨年は六千百四十名である。
うち園内の個体は三名。前年度の同日は一名であった。
三名のうち、二名は本日中に二度入館している。回数は入館者数に加えて計上する。
入館の時刻は記録していない。集計は時刻を単位としないためである。
六、点数と基数
本目録に登載した第三室の点数と、案内に記載した展示ケースの数は一致しない。差は一であった。開館以来同一である。
七、備考
本目録は開館記念の起案に添えるため、毎年この日に作成した。
区分および点数は前年度と同一であった。追加および除去は無い。
八、名称の板
名称の板は年度ごとに更新の要否を見た。本年度の更新は三枚であり、実施は九月であった。
三枚のうち、壁へ戻したものは二枚であった。残る一枚は次の更新まで作業室で保管する。
これとは別に、壁へ戻さないと決めた板の置き場を設けている。本年度の繰入は無い。
現在そこに置いてある板は一枚である。




