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人間館 ―絶滅危惧種ヒトの飼育記録―  作者: 智珠
第二章 等級

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第021話 来館者アンケート

国立人類保全園 第七園

広報課


来館者アンケート 実施要領


一、目的


来館者の意見を把握し、運営の参考とすることを目的とした。


参考とした実績を記録する様式は設けていない。


二、様式


用紙は一枚とした。表が選択式の七問、裏がご意見・ご要望の欄である。


裏の欄には罫線のみを引き、字数の指定を設けなかった。


三、配布


正門の脇と、出口の手前の二か所に置いた。記入台は出口の手前にのみ設けている。


配布数は集計していない。回収数のみを集計する。


四、回収


回収箱は出口の手前に一か所とした。回収は閉館後に行う。


回収箱の設置場所について、令和二百五年に変更の検討を行った。検討の結果は残っていない。


五、集計


集計は月次とした。表の七問は選択肢ごとに件数を数える。


裏の欄の記入は、内容により次の五区分へ分けることとした。


・展示に関するもの

・接遇に関するもの

・施設に関するもの

・個体に関するもの

・その他


六、回付


裏の欄に記入された事項のうち、園の運営に関するものは所管の課へ回付することとした。


回付の要否は広報課が判断することとした。判断の基準を文書にしていない。


回付先の定まらないものの取り扱いについて、本要領に定めは無い。


七、返信


記入者への返信は行わないこととした。用紙に住所および氏名の欄を設けていない。


返信を求める旨の記入があった場合の取り扱いについて、定めは無い。


八、保存


用紙の保存年限は一年とした。集計結果の保存年限は五年である。


前年度分の用紙は本年七月に廃棄した。廃棄の記録は作成していない。


九、集計結果の取り扱い


集計結果は課長の決裁を経て、園長へ提出することとした。提出は月次である。


提出した結果に対する指示があった場合は、所管の課へ伝える。伝えた記録は残していない。


前年度に指示のあった件数は三件であった。三件とも施設に係る内容である。


十、備考


本要領は平成百七十四年の制定である。以後の改正は二度あった。


二度とも様式の寸法に係るものであった。内容に係る改正は行っていない。


(広報課)


──────────────────


 九月一日。水曜だ。

 八月分のアンケートが、事務室の私の机の脇に置いてある。段ボールの箱で、蓋は閉じていない。


 事務室は本館の二階にある。窓は北を向いていて、一日中日が入らない。

 それで、九月でも涼しい。これは今の時期だけで、冬は寒くなる。冬は膝掛けを使う。


 私は三年前まで総合案内にいた。あちらは一階で、正面が硝子になっている。

 そちらは明るくて暑い。あの明るさが好きだったかどうかは、今になると出てこない。比べる機会が無いからだと思う。


 総合案内では、来館者の顔を見ながら話す。ここでは紙を見る。

 紙のほうが速い。それで、一日に見る人の数は今のほうが多くなる。二百七十四人分を、私は今日一人で読む。


 箱の側面に「八月分」と書いてある。手は総合案内の誰かで、字は私のものではない。

 毎月ちがう字になる。書く人が当番で替わるからだ。八の字の形が、先月の八とは違っている。


 箱は毎月一日の朝に来る。持ってくるのは総合案内の当番で、今月は前に私がいた席の人だった。

「佐久間さん、これお願いします」

「はい。何枚くらいですか」

「数えてないです。前より多いと思います」


 箱は段ボールで、角が一つ潰れている。前の月に使ったものを回してある。底のほうに古い札の跡が残っていた。剥がした縁が波を打っている。

 私は箱を机の上へ移す。移すと机の右半分が埋まる。

 左半分には集計表が広げてある。表は横長で、罫線が細かい。細かいので、書き込む時は定規を当てる。


 紙の束は箱の中で二つに分かれていた。回収の日ごとで、輪ゴムで留めてある。

 輪ゴムは古い。外そうとすると切れるものがある。今日は三本のうち一本が切れた。


 輪ゴムは二本とも伸びていて、外すと元へ戻らない。片方は色が抜けている。

 束を出して、机の上で揃える。揃えると匂いがする。紙の匂いだ。束ねてしばらく置いた紙は、一枚ずつの時と違う匂いがする。


 私は枚数を数える。二百七十四枚ある。

 先月は二百三十一枚だった。四十三枚増えている。増えたのは夏休みの分だと思う。


 数えた数を、集計表の一番上の欄へ書く。

 そうすると、その数はもう動かない。あとは中身を分けていくだけだ。


 分ける先は五つある。展示と接遇と施設、それに個体とその他だ。

 机の上に五つの山を作る。作る場所は毎月同じだ。そうしないと、途中で分からなくなる。


 左の端が展示で、右へ順に並べる。その他が一番右だ。

 右端にしているのは、その他が一番厚くなる月があるからだ。厚い山は端に置いたほうが崩れにくい。


 五つの山の間は、指二本ぶんずつ空ける。空けないと、置く時に隣へ滑る。

 混ざると、どちらの山のものか分からない。そうなった紙は、もう一度読み直すことになる。二度目には、前と違う山へ入れることがある。


 入れ直した紙が、去年に何枚あったかは数えていない。

 欄が無いからではない。数えると、自分の分類が変わることを認めることになるからだ。そうしても様式は変わらない。

 表の七問は選択式なので、あとで数える。先に裏を読む。

 裏に何も書いていない紙が多い。今日は二百七十四枚のうち、百九十六枚が白紙だ。


 白紙は数えるだけで、山には入れない。

 それで、実際に分ける紙は七十八枚だ。これを五つに分ける。

 最初の一枚には、こう書いてある。


  娘が大喜びでした。また連れて行きます。


 字は丸い。鉛筆ではなく、備え付けの筆記具で書いてある。備え付けは黒の油性で、線が太い。

 それで丸い字を書くと、字の中の空きが埋まる。読みにくくはない。


 記入台の筆記具は紐で結んである。紐の長さは五十センチで、台から離すと届かない。

 それで、書く人は台の前に立つことになる。そうすると字が大きくなる。座って書いた字は、紙の下のほうまで届く。


 この一枚は台で書いたものだ。字が上のほうに寄っていて、下が空いている。

 そこに何も入れていないのは、書くことが無かったからだと思う。無いのに書いた人が、月に二百人以上いる。


 私はこれを個体の山へ置く。

 それから、少し考えて、展示の山へ移した。娘が喜んだのは個体そのものにではなく、触れたことにだと思ったからだ。


 考えて移すのは、月に何度かある。

 移した記録は取らない。取る欄が無い。だから来月の私は、今日ここで迷ったことを知らない。


 二枚目。


  係の方が親切でした。

 接遇の山へ。これは迷わない。

 接遇の山は毎月一番小さい。今月も、最後まで数えて十一枚だった。

 三枚目。


  においが気になりました。子どもが最初に言いました。


 施設の山へ入れる。これも迷わない。

 四枚目も、においだった。五枚目は展示の時間について書いてある。

 六枚目がまたにおいだ。三枚のうち二枚が同じことを言っている勘定だ。


 においの記述は、読み進めるうちに増えていく。

 私は途中で数え始める。数え始めたのが十九枚目からなので、それより前の分は後で戻って数え直す。


 全部で二十二枚あった。七十八枚のうちの二十二枚だ。

 先月は七枚だった。先々月は四枚である。


 二十二という数を、私は集計表の施設の欄へ書く。

 それから、その横の小さい欄に「うちにおい二十二」と書き足す。そのための欄は無い。罫線の外の余白に書いた。


 余白に書いたものは、集計結果の様式には載らない。

 それで、課長へ出す時は口で言うことになる。声にした分は記録に残らない。


 様式に無い数を口で言うのは、この仕事では珍しくない。

 だから、言い忘れることがある。忘れても誰も気づかない。誰も、その数を知らないからだ。

 私は付箋に「におい二十二」と書いて、集計表の端へ貼った。

 付箋は集計表と一緒には保存しない。清書の時に剥がして捨てる。捨てる時に、貼ってあったところが少しだけ白く残る。


 昼だ。

 私は箱を机の下へ入れて、弁当を出す。事務室では机で食べる。食べる時だけ集計表を裏返す。


 同じ課の若い人が向かいで食べている。この人は今年入った。


「佐久間さん、においって何のにおいなんですか」

「たぶん、E区画の南の側です」

「行ったことないです」

「雨の次の日は分かりますよ」


「行かないと分からないんですね」

「行っても、慣れると分からなくなりますけどね」


 この人は笑う。私も口の端を上げた。

 それから、この人は「じゃあ来館者のほうが分かるんですね」と言う。私は「そうですね」と答えた。


 午後の初めに、複写機の前で列に並んだ。

 昨日の書類を五部取る用があった。複写機は事務室に一台しかない。天板に紙の切れ端が二枚残っていた。一台なので、朝と午後の初めが混む。


 複写機は熱を持つ。前に立つと、腰のあたりが温かい。

 これは冬は楽で、九月はまだ困る。というほどでもない。順番が来るまで四分ほど立っている。


 複写機の匂いは紙とは別だ。焼けた匂いに近い。

 この匂いは服に付かない。付くのは束ねた紙のほうで、そちらは帰りの電車まで残る。


 午後、また読む。

 束の残りは三十枚ほどだ。そのうち、白紙はすでに除いてある。だから、残りは全部読むことになる。

 午後の分は昼より進みが遅い。読む速さは変わらないのに、分ける時に迷う回数が増える。


 迷いが出るのは、二つのことが一枚に書いてあるからだ。

 においのことと、展示の時間のことが一枚に書いてある。こういう紙は、要領では一つの区分へ入れることになっている。二つに数えてはいけない。


 どちらへ入れるかは私が決める。決める時の基準は文書に無い。

 私は先に書いてあるほうへ入れることにしている。これは私が自分で決めたことで、誰にも言っていない。


 四十七枚目に、こう書いてある。


  三年生の息子が、触った人にお礼を言ったら返事があったと申しております。とても良い経験になりました。


 私はこれを接遇の山へ置く。

 それから、また動かした。個体の山へ移す。返事をしたのは係員ではなく個体だからだ。


 個体の山は、今月は九枚だ。そのうち六枚は、触った時の様子について書いてある。

 残りの三枚のうち二枚は、個体の名前を尋ねるものだった。名前は伝えていないので、聞かれても答えられない。

 名前が無いわけではない。個体には名前がある。

 その管理は広報課の所管で、つまり私のいる課だ。冊子にも刷ってあるし、命名の映像も残っている。


 伝えないのは、係員心得にそう書いてあるからだ。心得の四に、個体の名を来館者に教えないことと書いてある。

 理由は付いていない。私は入った年にそれを読んで、それ以来一度も読み返していない。

 名前を尋ねる紙は、毎月二枚か三枚ある。

 多くも少なくもならない。減らないのは、毎月ちがう人が来るからだと思う。


 最後の一枚が残る。


  あの子は、こちらを覚えていますか。


 私はその紙を二度読む。

 二度目に読んでも、書いてあることは同じだ。字は細くて、線が途中で薄くなっている。筆圧の弱い人の書き方だ。備え付けの筆記具はインクが出にくい。

 紙の裏を見る。表の七問は全部答えてある。年代の欄は四十代に丸が付いている。

 同伴者の欄には「子ども一名」とある。来館の回数の欄は「二回目以上」だ。


 私は机の上を一度見渡した。五つの山は、どれも高さが違う。

 施設が一番高くて、接遇が一番低い。高さは枚数のことでしかない。ほかに、山を比べる物差しは持っていなかった。


 私はその紙を、五つの山のどれにも置かない。


 個体に関するものではある。個体のことを聞いている。

 だが個体の山は、触った時の様子と、名前の問い合わせで出来ている。この紙はどちらでもない。

 施設でも、展示でも、接遇でもない。

 その他の山へ入れることは出来る。その他は今月十四枚あって、書いてあることはばらばらだ。駐車場のこと、券売機のこと、暑いこと。


 その他へ入れれば、数は合う。

 帳尻はそろう。ただし、その他へ入れたものは回付されない。要領の六は、園の運営に関するものを所管へ回付すると書いてある。これは運営のことではない。


 私は課長のところへ持っていく。


「これ、何処へ回しましょうか」

 課長は読んだ。読むのに、私より短い時間しかかからない。


「うちじゃないな」

「はい」

「飼育部門か。いや、飼育も違うか」


 課長は紙を机に置いて、指で押さえる。押さえたままで、しばらく置いた。


「答えられる人がいないんだよ、これ」

「はい」

「獣医室でも分からんだろう」


「その他でよろしいですか」

「その他だと回付しないことになる」

「はい」

「回付先が決まらないものは、集計の対象にしない。そう書いてあるだろう」


 私は要領を思い出した。書いてあるのは、回付先の定まらないものの取り扱いについて定めが無い、ということだけだ。

 定めが無いことと、集計の対象にしないことは、同じではない。


 同じではないが、そう運用してきた。始まったのは、私が入る前になる。

 古いものを変える手続は、要領の側だ。それを変えるには課で起案して、園長の決裁を経る。


 起案した実績は、私の知る限りで二度ある。二度とも様式の寸法だった。

 それは測れば分かる。測れないものについての起案は、どちらの二度にも入っていない。


「要領には、定めが無いと書いてあります」

「そうだったか」

「はい」

「じゃあ、定めが無いから対象にしない。同じことだ」


 課長はそう言って、紙を私に返した。

 その時、紙の角が机の縁に当たって、少し折れた。そこを私は指で伸ばす。跡は残る。


「佐久間さん」

「はい」

「においのほうは、何枚あった」

「二十二枚です」


「先月は」

「七枚です」


 課長は少し黙る。それから電話を取った。


「施設課へ回して。今日中に」

「はい」


 私は施設の山を持って、施設課へ行く。

 二十二枚を含む三十一枚を渡した。その時に枚数を言い、相手が数え直す。出た数は同じだった。


 施設課の部屋は事務室より広い。図面が壁に貼ってあって、園の形が上から見える。

 図面の下のほうにE区画がある。そこは図面の中で一番小さく描いてある。実際は一番大きいはずだと思う。二百四十一名いる。


 私は図面を見ながら渡した紙のことを考えた。

 紙にはE区画とは書いていない。においが気になった、としか書いていない。においが何処から来るかを、書いた人は知らないままだ。


 知らない人が書いたものが、知っている課へ回る。

 行った先で、場所が特定される。そうなると、そこが直る。順番はにおいの枚数で決まった。


「増えましたね」

 施設課の人がそう言った。

「増えました」

「雨が多かったですからね、先月」


 雨の数を私は知らない。知らないので、そうですね、とだけ答えた。


 事務室へ戻って、集計を続けた。

 表の七問を数える。七問とも選択式なので、正の字で数えていく。正の字は五画で五だ。二百七十四枚だと、正の字が五十五個近く並ぶ。


 問一は満足度だ。五段階で、上から二つ目までが二百四十一枚ある。九割近い。

 問四は「また来たいか」で、はいが二百五十八枚だった。

 下から二つの段階に丸を付けた紙は、今月は八枚あった。

 そのうち六枚は、裏に何も入れていない。丸だけを下に付けて帰る。


 何が良くなかったのかは、その六枚からは出てこない。

 それで、集計表には数だけが載る。八という数は残る。理由は残らない。


 問六の所要時間は、適当が二百二枚だった。短いが四十一枚、長いが三十一枚だ。

 短いと長いの両方があるのは毎月そうで、どちらへも動かせない。動かすと、もう一方が増える。


 数えた数を集計表へ書く。書くと、その数は結果になる。

 そうなったものは、来月には去年の数字として残る。私が数え間違えても、そのまま残った。だから二度数える。今日もそうした。どちらも同じになる。


 四時に、課長がまた来た。


「洗浄の回数、増やすことになった」

「早いですね」

「施設課から上がって、園長が今日決めた。九月八日からだ」

「はい」


「アンケートが二十二枚ある、と書いて上げたらしい」


 二十二枚という数は、私が数えた数だ。

 それが上へ行って、決まって、下りてきた。返ってくる先は、私のところではなく施設課になる。


 私のところへ下りてくるものは無い。決まったことは、決めた課から実施する課へ行く。

 数えた課は途中にある。途中にあるものは、通り道になる。


 通り道であることに不足は無い。数を間違えなければ、それで足りる。

 そう分かっていて、それでも私は二度数える。間違えたことが一度あるからだ。


 三年前に、問四の数を七枚多く書いた。清書の時に気づかず、提出した。

 翌月に去年の数と並べた時に合わなくなって、そこで分かった。直す様式は無い。前月の結果は前月のまま残っている。


 残っている数は、今も年報の何処かにある。七枚多いままだ。

 誰も気づいていない。気づく人は、その年の来館者の中にしかいない。


「よかったですね」

 若い人が向かいからそう言った。

「そうですね」


 私はそう答えた。答えてから、机の端の一枚を見た。

 さっきの一枚は、まだそこにある。


 紙は動いていない。動かしていないので当たり前だ。

 当たり前なのに、私は一日に三度その場所を見た。三度とも同じところにあった。

 三度見た理由を、私は自分で分けられない。

 そういうものを、私は仕事の中で持たないようにしている。抱えると、次の紙を読むのが遅くなる。


 実際に今日は遅かった。午後の三十枚に、午前の三十枚より長くかかっている。

 かかった時間は記録していない。記録する欄が無いのは、いつものことになる。


 五時を過ぎて、事務室の人が減った。

 私は集計結果の清書に入る。清書は手書きで、様式の欄へ数を書き写す。


 書き写す時、私は下書きの側を左に置く。右手で書くので、そのほうが見やすい。

 左に置くと、下書きの端が肘に当たる。当たると紙が動く。その度に位置を直す。


 直す回数は毎月同じくらいある。直す回数を減らす方法は、下書きを上に置くことだ。

 上に置くと今度は首を動かすことになる。首より肘のほうが楽なので、私は肘のままにした。


 欄は十七ある。上から順に番号が振られていた。一から十七まで、抜けは無い。十七のうち、埋まらない欄が二つある。

 一つは「回付の結果」の欄で、これは回付先から返事が来た時に書く。返事は例年来ない。


 来ないのは、返事を出す定めが無いからだと思う。要領には回付すると書いてあって、回付された側が何をするかは書いていない。

 無いものは、無いままになる。私はこの欄を、入った年から一度も埋めていない。


 欄が埋まらないと、様式は毎年同じ形で保存される。

 それを誰かが見るかどうかは、五年の間の話になる。五年を過ぎると捨てる。その時に、埋まっていない欄も一緒に行く。


 欄が二つ埋まらないことは、清書の前から分かっている。分かっていても、様式は十七欄のままだ。

 減らす起案をした人はいない。減らしても、増やしても、決裁が要る。そういうものは、たいてい据え置かれる。

 もう一つは「その他の内訳」の欄だ。

 その他は十四枚あるが、内訳を書く欄は一行しかない。そこに十四は入らない。だから毎月、代表的なものを二つだけ書く。


 今月は駐車場と券売機にした。

 二つ選ぶ基準は無い。私は数の多いものから選んでいる。これも自分で決めたことになる。


 清書が終わって、時刻を書いた。九月一日、十七時四十分。

 書いてから、紙を課長の机へ置いた。課長はもういない。明日の朝に見ることになる。


 机へ戻って、五つの山を片付けた。

 山は輪ゴムでまとめて、箱へ戻す。箱は倉庫へ入れる。保存年限は一年で、来年の七月に捨てる。


 白紙の百九十六枚も一緒にした。

 白紙は読む必要が無いのに、捨てる時は同じだけ場所を取る。

 白紙の紙は、束ねると重い。七十八枚の記入済みより、百九十六枚の白紙のほうが厚い。

 そちらを先に箱へ入れる。下に敷くと、上の分が崩れにくい。


 箱の底には去年の札が貼ってある。前の年の月と数が書いてあって、上から新しい札を貼る。

 重ねてあるので、底のほうは動かない。剥がすと下の年が出る。私は剥がしたことがない。


 札の厚みで、この箱が何年使われているかがだいたい分かる。

 指で押すと、紙が何枚か重なっている感じがする。数えるには剥がすことになる。剥がすと戻せない。


 戻せないものは、押して確かめるところまでにしておく。

 私はこの箱を三年使っている。三年分の札のうち、私が書いたものは一枚も無い。書くのは総合案内の当番だ。


 箱に入れる前に、私は机の端の一枚をもう一度読んだ。


  あの子は、こちらを覚えていますか。

 私は引き出しを開けた。一番上の浅い引き出しで、中に文房具が入っている。

 その奥に、去年から入れてある紙が何枚かある。全部、山に分けられなかった紙になる。


 枚数は数えていない。数えると、集計に入れなかった数が出てしまう。

 出てしまった数は、何処へも書けない。


 私はその上に今日の一枚を置いて、引き出しを閉めた。

 その時に少し引っかかる。中の紙が奥で立っているからだ。押し込めば閉まる。押し込むと、下の紙の角がまた折れる。


 折れた角は、次に開けた時に自分では戻らない。

 直すには指で伸ばす。それでも跡は残る。折れ跡のある紙が、下から順に何枚か重なっている。


 この引き出しの紙は、保存年限の対象に入らない。様式に載っていないので、対象になりようが無かった。

 対象でないものは、捨てる日も決まらない。それで、私が辞める日まではここにある。

 辞める時に、この引き出しをどうするかは決めていない。

 ただ、次の人が開けることになる。その人はこれが何の束なのかを聞く相手を持たない。


 事務室を出る時、窓の外はまだ明るかった。九月の初めは、五時を過ぎても明るい。


 帰りに正門の脇を通る。

 アンケートの用紙の箱が置いてある。箱の中は今朝より少ない。その分は明日の朝に私の机へ来る。

 正門の白い看板は、夕方でも読める。照明が下から当たっていた。

 ひらがなで書いてあるので、遠くからでも文の切れ目が見える。分かち書きの空きが、位置を教える。

 私はその前で一度立ち止まった。用紙の箱を見るためだ。

 看板のほうは、入った年に一度読んで、それきり読んでいない。開かなくても、何が書いてあるかは覚えている。


 用紙を一枚取って、裏を見た。

 罫線が七本引いてある。その間に何を書くかは、書く人が決める。書かれたものを何処へ置くかは、私の役だ。


 罫線の間は八ミリある。それだけあれば、大人の字なら一行に二十字ほど入る。七行で百四十字だ。

 今日読んだ七十八枚で、百四十字を使い切っていたものは一枚も無い。一番長かったものが四行で、あとは一行か二行だ。


 用紙は薄い黄で、裏は白い。厚みは指で数えられない。

 私は用紙を箱へ戻した。

 その時、一番上に置いた。次に取る人は、この一枚を取ることになる。


 その人が裏に何か書くかどうかは、四分の一の話だ。

 二百七十四枚のうち七十八枚が書いた。四枚に一枚より少し多い。


 書かれた七十八枚は、来月の一日に私の机へ来る。

 その分を、私はまた五つに分ける。行き先の無いものが出れば、また引き出しへ入れる。


 入れる場所はもう決まった。決まっているものについて、私は誰にも相談しない。


──────────────────


国立人類保全園 第七園

来館者アンケート 集計結果(八月分)


作成 広報課

作成日 令和二百十二年九月一日


一、回収


回収数 二百七十四枚(前月は二百三十一枚)


うちご意見・ご要望の欄に記入のあったもの 七十八枚


二、選択式の結果(抄)


 問       選択肢   件数

 一 満足度   上位二段階 二百四十一

 四 再訪の意向 はい    二百五十八

 六 所要時間  適当    二百二


三、区分別


 区分  件数

 展示  二十一

 接遇  十一

 施設  三十一

 個体  九

 その他 十四


計 八十六


四、区分の計について


区分の計は八十六であった。記入のあった枚数七十八と一致しない。


一枚に二区分にわたる記入があった場合は、要領により一区分へ入れることとしている。本月において入れる区分を判断できず、二区分へ計上した事例が八件あった。


判断の基準は文書に無い。上記の八件は集計の後に確認した。原票への修正は行っていない。


五、回付


施設課へ三十一枚を回付した。回付は本日中に行っている。


回付先の定まらないものは、集計の対象としない。本月の該当数は記載しない。


六、対応


施設課からの上申により、洗浄の回数を増やすこととした。決裁は本日であった。


実施は九月八日からとした。増やす回数および対象の区画は、施設課の定めるところによる。


七、その他の内訳


駐車場および券売機。内訳の記載は二件までとした。二件を選ぶ基準は文書に無い。


八、前年同月との比較


前年八月の回収数は二百十九枚であった。本月は五十五枚の増となる。


区分別では施設が最も増えた。前年八月の施設は十六枚である。


九、備考


集計の後の用紙は年度末に廃棄する。廃棄には一名が立ち会い、立会人の氏名を残す。


本結果は課長の決裁を経て園長へ提出した。提出は本日中に行っている。


提出に際し、施設の三十一枚のうちにおいに係るものが二十二枚である旨を口頭で伝えた。当該の内数を記載する欄は、本様式に無い。


(作成 広報課)

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