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人間館 ―絶滅危惧種ヒトの飼育記録―  作者: 智珠
第八章 淘汰

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第104話 クロの名前

種雄別 交配の実績 対照表


一、対照の対象


本表は当機構の各園における種雄別の実績を、園の記録と当部門の台帳とで対照するために作成した。作成の日は令和二百十五年一月十七日である。


対照は年に一度行うものとした。行う時期を記す欄は本表にある。当該の欄には一月と記入してあった。時期を改めた例は当部門の綴に無い。


対照の対象は当年度に交配の記録がある個体とした。


記録の無い個体を対象から外す扱いは、当部門の内規による。外した個体の数を記す欄は本表に無かった。本表に載せた個体の数は当機構において四百十二である。当園に係る分は十九であった。


対照に用いる台帳の写しは当部門が作った。作った日を記す欄は本表にある。当該の欄には前月の末日を記入してあった。


本表の様式の制定は令和百九十一年であった。改正の記録は当部門の綴にある。


二、件数


直近の改正は令和二百三年である。改正の事由は当該の綴の別の頁による。


当該の個体の交配の件数は三十一であった。件数は当園の記録による。


出生の件数は十二であった。


この数も当園の記録による。系統へ登録した件数は十であった。この数は当部門の台帳による。


交配の件数のうち、出生に至らなかったものは十九であった。至らなかった事由を記す欄は本表にある。当該の欄は十九件とも空であった。


二、件数の三つの数は、いずれも当年度の分のみを載せた。前年度までを合わせた数は当部門の台帳による。


三、差


出生の件数と登録の件数の差は二になる。


差の生じた事由を記す欄は本表に置いていない。差が生じた場合に照合する手続は、当機構の定めにある。合わない場合の扱いについては、当該の手続に記載が無かった。


本年度の照合において、記録と台帳の数が合わなかった園は九になる。


当園はその九のうちに入る。差の合計を記す欄は、照合の紙に置いていない。園ごとの差を足した例も当部門の綴に無かった。


照合の手続は年に一度と定めてある。行う月を記す欄は当該の手続にあり、当該の欄には一月と記してある。


照合の結果を個体へ示す扱いは、当該の手続に置いていない。個体へ示した例は開園以来零件であった。


四、本表の扱い


本表の写しは当該の園へ一部を送る。


送った日を記す欄は本表にある。当該の欄には本日を記入した。本表を個体へ示す扱いは、当機構のどの定めにも置いていない。示した例は開園以来零件であった。


本表の保存の年限は十年とした。保存の場所は当部門の綴とする。十年を過ぎた本表の扱いは当部門の別の定めによるものとした。


──────────────────


 朝の器が来た。二つある。

 どちらも数える。ここへ来てから器を八つ数えた。


 八つを数えたのは、日が四つ経ったということだ。日は数えていない。器を勘定すれば足りる。


 俺は三つの園にいた。

 移ったのは四度になる。第九園から当園へ。

 当園から第二十二園。そこから当園へ戻る。それから当園の中で、この房へ移された。

 四度目は園を跨いでいない。それでも荷は同じ扱いで運ばれた。台車に載って、紙を一枚付けられて、番号で呼ばれた。


 台車に載った時、荷は俺だけではなかった。

 同じ台車に五つ載っている。五つのうち、三つは俺の知らない番号だった。二つは知っている。


 知っているというのは、顔と番号が結んであるという意味になる。結んだのは第九園だ。あそこは房の割りが浅くて、廊下で人が擦れ違う。

 顔はそこで入る。

 番号は読み上げで入る。

 二つを結ぶ手は要らない。この園は違う。

 房と房の間に壁が二枚ある。擦れ違うのは掃除の日に限られる。


 房の番号は三つ目だ。廊下の突き当たりから数えると十番目になる。どちらで数えるかは、数える者が決める。

 俺は突き当たりから数えない。


 十番目という数え方を、俺は第二十二園で使っていた。あそこは戸口から番号を振る。当園は突き当たりから振る。付け方が替われば、同じ房に別の数が付く。


 同じ房が別の数になるのを、俺は四度見た。どの度も、俺の側は何も動いていない。

 静かなものに、別の数が付く。書き替えた記録を、俺は一度も見せられていない。


 寝床は板の上に布が載っている。

 布は厚い。指四本ぶんある。前の房のものより一本ぶん厚い。


 新しい布だ。匂いで分かる。人の匂いがまだ付いていない。

 何日かかるかは、園によって違った。

 俺は布の縁を持ち上げた。これは癖になる。四度とも、着いた日にこれをやった。

 縁の下は白い。何も刻んでいない。前に使った者の跡も無い。


 この布は新しい。だから跡が無い。

 当たり前になる。当たり前のことを一度確かめた。他に確かめるものが無い。


 白いというのは、布の織りの色になる。染めていない。染めない布は、汚れが早く出る。ついた汚れは洗っても薄く残る。


 前の布には、縁から三十センチのところに輪が一つあった。輪は洗っても消えなかった。

 何が付いたのかは分からない。そういうものを、俺は数に入れない。


 俺は縁を戻した。その時、指の腹が布の目に引っ掛かる。この感じは前の布と違う。

 引っ掛かる感じの違いを、俺は指の腹の一箇所で測る。

 右手の中指の腹だ。

 左は使わない。左を刻む側にしてある。


 位置を替えると比べられなくなる。だから替えない。比べられない数は、数ではない。


 前の布は目が粗かった。爪を立てると布のほうが負ける。この布は目が細かい。

 爪を立てても、布が戻ってくる。


 確かめるために爪を立てた。確かめて、俺は爪を離した。


 爪の下に熱が残る。長さは十を数えるほどあった。

 前の布を、俺は九年使った。裏に刻んだのは十一になる。


 九年という数は、器で数えたものではない。読み上げの回数で数えた。

 読み上げは一日に一度で、園を移った日に限って二度になる。二度の日は四つある。


 四つを引いて、俺は九年を出した。その数を、俺は一度も紙で確かめていない。

 手が無い。俺の見られる紙に、俺の在籍の年数は載っていなかった。


 正の字が二つと、あと一画。二つで十。あと一画で十一になる。


 俺は一度も触れていない。

 刻む時に一度だけ当てた。それきり手を寄せていない。九年ぶんそうしてきた。

 刻んだ日は覚えていない。日を数えない口になっている。覚えているのは、刻んだ時に器がいくつ目だったかだ。

 十一のうち、七つまでは器の数で覚えている。


 残りの四つは、器の数が飛んでいる。園を移った直後に当たる。

 移った直後は器の数え直しが要る。数え直している間に来た四つは、器の数に位置が無い。


 位置が無いものも、数には入る。ただし後から引けない。そういう数を、俺は四つ持っている。

 数えるために触れない。当てれば、数える以外のことが始まる。動き出したものは止め方が分からない。


 刻む時は片手で布を持ち上げて、片手の爪を立てる。長さは三を数えるほどだ。

 刻んだ後は、見ないで布を戻す。見れば数を確かめてしまう。

 一度確かめると、次に刻む時に前の数が頭にある。前の数があると、手が場所を探す。


 場所を探す手は、刻む手ではない。俺の左は刻む手にしてある。だから俺は、刻んだ数を頭の側で持っている。

 頭の側の数は十一だ。布の側の数を、俺は見ていない。


 頭の側の数は動かない。増えも減りもしないという意味だ。

 布の側の数は動く。爪の跡は布が伸びれば浅くなる。洗えば毛羽が立って埋まる。


 九年で布は三度洗われた。洗った後、俺は縁を持ち上げていない。上げれば見てしまう。

 見れば確かめてしまう。だから布の側は、刻んだ時の数のままだとは限らない。そのままで、俺は頭の側を持ってきた。

 二つが合っているかどうかは、確かめる手が要る。布はもう無い。


 布は前の房に置いてきた。持って出る手続は無い。持って出られるのは私物に限る。

 布は房の物だ。爪の跡はその布に残る。


 俺の物は三つだった。台車に載る時、紙に三と書かれた。

 三のうち一つは、着いた日に戻された。事由の欄には何かが書いてあった。読めない。


 残りの二つは保管の室にあるらしい。らしいというのは、そう聞いたにとどまる。

 相手は器を置く者だ。あの口は数を言わない。


 朝の器を、俺は二つとも空にした。速さは日によって変わらない。四つの日とも同じだった。


 筒のほうが八十ミリリットル。

 匙のほうは底に当たるまで十八回。十八という数は、この園のどの房でも動かない。器の形が揃っている。


 第二十二園では二十二回だった。器が浅くて広い。掬う量が減った。

 その分の回数が増える。


 園を移る時、器の形が一番早く分かる差になる。匂いより早い。灯の時刻よりも先に出る。


 第九園の器は木だった。当園は樹脂で、第二十二園は金属になる。最後のは音が高い。

 匙が当たる度に鳴る。音が出れば、回数を目で数えなくていい。


 木の器は鳴らない。木の園では、俺は匙の動きを目で数えていた。そうすると、勘定の間は他のものが見えない。


 樹脂は中間になる。低い音が出る。

 数えられはするが、確かめるには弱い。低いほうを数える時、俺は同じ強さで匙を当てるようにしている。強さを揃えれば、返る音も揃う。

 読み上げが始まった。七時四十五分になる。番号に替わってからのことは、俺も聞いている。

 俺の番号は八桁だ。頭の二つが園を指す。

 残りの六つのうち、初めの二つは移った先で書き替えられる。回数を記す欄は、俺の見た紙のどれにも無かった。

 番号を読まれた。俺は返事をした。一音になる。


 訓令のとおりだ。読まれた者は返事をすること。

 訓令の前は、名で呼ばれていた。あの時も、返事は一音だった。


 名は俺の名ではない。

 園が付けた。誰が付けたかを記す欄は無い。付け直した例も零になる。


 俺はその名を使わない。向ける相手がいない。ここで俺を呼ぶのは番号になる。


 読み上げが終わった。四十一で切れる。四十一のうちの一つが俺だ。

 どの位置かは分かる。飛びの数え方が取れれば、位置も取れる。


 俺は取らない。置く先が無い。


 名を使わない者が、この園に何人いるかは知らない。そのままで、俺は自分の口の数を持っている。


 一日に開く回数は、四つの日で七度だった。うち五度が返事になる。

 残りは二度。二度とも器を置く者へ向けた。どちらも三字より短い。


 長くする事由が無い。だから短くしてある。事由が要るのは長くするほうで、短くするほうに要らない。

 昼まで、俺は板の目を数えなかった。増やすと、後で減らす手が要る。


 増やしていいのは、減らせるものに限る。器は減らせる。

 日のほうは動かせない。昼の器が来た。

 八つ目になる。これで四つの日が終わる。

 減らせるものを、俺は四つ持っている。器と口の数、房の中の物と足音の別になる。足音の別はこの区画で三つまで増えた。

 増えた分は、出ていく時に減る。出ていく時というのが、いつを指すかは決めていない。そういうものを、俺は数に置かない。


 午後に、廊下で車輪が鳴った。細い車輪だ。

 二日前の夜にも鳴っていた。二日前の夜、車輪の上から何かが落ちた。


 先は五つ目の房のほうだった。俺の位置から二つ先になる。


 その後で朝に足音が二人ぶん来た。屈む音がして、紙を引く音がした。引く速さは遅い。

 破らない速さだ。


 俺は音を数えるにとどめた。中身を考えると、考えたことが頭に残る。

 残った分は、俺が数えているものの隣へ来る。寄ったものは、そのうち混ざる。そうなれば数が動く。


 混ざった数を戻す手を、俺は第二十二園で一度使った。あの時は器の数と読み上げの数が混ざる。戻すのに十一日かかった。


 十一日という数と、十一という数は別だ。音が同じでも中身が違う。

 別のものが同じ音を持つと、頭の中で寄る。並んだものは、そのうち混ざる。


 だから俺は、十一日のほうを捨てた。落とせるのは、後から出た数になる。先に入ったほうは落とせない。

 夕方の前に、廊下の音が替わった。足音が一人ぶん。歩幅が短くて、速さが一定だ。


 この足音を、俺は第九園から知っている。九年と、その前の三年と、第二十二園の四年。

 合わせて十六年ぶん聞いている。足音は俺の房の前で止まった。

 金具の音がする。

 外の掛け金が先で、内の錠が後だった。


 戸が開いた。開き幅は肩より狭い。その分、外の灯が細く入る。

 入ってきたのは、紙を一枚持った者だった。紙の大きさは掌の二枚ぶんほどだ。片手で持てる大きさだ。


 俺は立たなかった。

 立つ手続は無い。これを俺は第九園で確かめてある。

 その者は俺の番号を読んだ。


 八桁の切れ目が四つ。

 読み上げの時と同じ間隔だった。


 俺は返事をした。訓令の定めた二字になる。


 帯でいえば下だ。

 帯という言い方を俺は使わない。

 俺の口は短い。

 そう決めてある。長く言うと、言った先が残る。その先を、俺は持ちたくない。


 紙の持ち方で、書いてある量が分かる。片手で持てば軽い。その紙は条が三つか四つになる。

 重い紙は両手が要る。


 この紙は片手だった。角の折れ方から、二枚重ねではない。一枚になる。

 載る数は多くて八つほどだ。

 うち俺に関わるのが幾つかは分からない。

 その者は紙を見た。

 それから口を開いた。


「本表の写しが届いています」


 十三字だ。


 数はある。

 俺はその紙を見ていない。

 示す手続が無いことも知っている。


 見せる手続が無いというのは、見せない手続もあるという意味ではない。どちらも無い。定めの無いところで起きたことは、後から引けない。

 そういうものを、俺は十六年ぶん持っている。抱えてはいるが、数えていない。勘定に入れると、数えたものが増える。

 知っているのに、俺は口を開いた。


「数だけ、合ってるか教えてくれ」


 十四字になる。俺の口から十字を越えたものが出たのは、十六年で初めてだった。

 言い終わるまでに二度息を継いだ。十字までなら要らない。

 言葉が長かった。長いものには息が要る。


 息が要るものを、俺は避けてきた。事由は決めていない。決めないままのものが、十六年で一度出た。

 言った後、俺は自分の手を見た。爪の下に熱は残っていない。とっくに引いている。


 その者は紙を持ち替えた。音がする。それから言った。


 持ち替える音は二度した。一度で持ち替えるなら音は一度だ。

 二度する時は、途中で一度戻している。戻すのは指す先を替えた時だ。


「照合は年に一度になります」


 十二字。

 数がある。ただし俺の聞いた数ではない。俺が聞いたのは、合っているかどうかだ。


「まだ聞いてない」


 七字。俺の言い方に戻っている。


「合わない園は本年度で九です」


 十三字。数がある。九という数を、俺は受け取った。

 それでも置く先が無い。


「ここは入らないのか」


 九字。訊いている。この形を使ったのは、これで二本目だった。


「本票に差の欄はありません」


 十二字。数と紙の名がある。

 入るとも入らないとも言っていない。欄の無いことだけを言った。


「じゃあ分からない」


 八字。俺の言い方だ。


「規定です」


 四字になる。俺はこれを十六年で数え切れないほど聞いた。

 数え切れないというのは、数えていないという意味だ。その者は戸を閉めた。

 閉める音は、開ける時と順が逆になる。錠が先で、掛け金が後だ。


 足音が遠くなった。歩幅は短いままになる。

 遠くなり方は、来た時と同じ速さだった。俺は板の上に座ったままでいた。そのままで、頭の中の数を一度回した。


 紙の側には二つの数があると、その者は言わなかった。口にしなかったが、あると分かる。合わない園が九あるなら、合う数と合わない数が二つずつ要る。

 合う数と合わない数が二つずつ要るというのは、こう数えている。園ごとに、記録の数と台帳の数が一つずつある。二つが合えば合う園、合わなければ合わない園と呼ぶ。


 合わない園が九あるなら、その九には二つずつ数が載っている。十八の数が並ぶ。十八のうち、どれとどれが俺に関わるかは、あの紙に書いてあったのだと思う。


 思っただけで、俺はそれを置いた。置いたものは、場所を覚えておく。忘れると、後から探す手が要る。

 俺の側には一つしかない。十一だ。


 十一というのは九年ぶんの爪の跡になる。あれは前の房にある。

 布は新しいものに替えられる。外した布の行き先を記す欄は、俺の見た紙のどれにも無い。


 替えられた布は、何処かで捨てられる。基準は決まっている。決めたものを、俺は第二十二園で一度読んだ。


 読んだのは掲示だ。

 房の外にあった。外にあるものは、房の中の者には読めない。俺が読めたのは、廊下の掃除に出された日だけだ。


 掃除に出されたのは第二十二園で二十二度になる。四年ぶんの数だ。当園の一度目は九年で四度。

 第九園は三年で零度だった。


 零度というのは、あそこに掲示が無かったという意味ではない。出されなかった。誰を出すかを決める手続を、俺は読んでいない。


 その日、俺は掲示を三度読んだ。三度で覚えた。

 覚えたのは字ではなく、数だ。年限が三年で、廃棄の判が二つ要る。

 三年と二つ。九年ぶんの跡は、三年で消える紙の下にあった。


 三年という数を、俺は今日もう一度使った。九年ぶんの跡が三年で消える。

 九と三を並べると、割り切れる。三で割れば三になる。

 割り切れることに意味は無い。無いことを一度確かめた。

 他に確かめるものが無い。今日はこれで二度目になる。朝に白い縁を確かめた時が一度目だ。


 夜の器は来ない。ここは二食だ。

 第九園と同じになる。第二十二園は三食だった。


 三食の園では、器を数えると日が合わなくなる。その時、俺は器のほうを直した。日のほうは動かさない。


 二食と三食の違いは、器の数にとどまらない。

 日の切れ目が替わる。三食の園では、夜の器の後に灯が消える。二食の園では、昼の器から灯まで長い。


 長い間に何かが起きると、俺は器で位置を取れない。今日の午後がそうだった。車輪と足音と戸の音が、八つ目と灯の間に入る。

 入ったものを、俺は順で並べた。順は取れる。刻みは取れない。

 取れないものは、取れる形へ落として持つ。


 灯が消えた。順は区画ごとに決まっている。ここは三番目になる。

 消えた後、俺は布の縁をもう一度持ち上げた。二度目だ。四度の移動で、着いた日以外に持ち上げたのは今日が初めてだった。


 縁の下は白い。何も刻んでいない。

 入れれば、ここから数え直すことになる。数え直すというのは、前の数を捨てるという意味ではない。

 前の数は頭にある。捨てられない。


 捨てられないものを、俺は二つ持っている。一つが十一で、もう一つが名だ。名のほうは、園が替わる度に一度だけ書かれた。

 四度書かれて、四度とも別の紙になる。その四枚が同じ名を書いていたかどうかを、俺は確かめていない。


 確かめる手は多分ある。ただし俺の手元には無い。

 側という言い方を、俺は数の時にしか使わない。今は数の話をしている。


 名は使わない。十一は使う。寝る前に一度、頭の中で並べる形だ。

 並べ方は決まっている。五画の塊を二つ書いて、あと一画を足す。書くのは頭の中で、手は動かさない。


 今日も並べた。二つと一画。

 十一になる。紙の上の数を、俺は知らない。

 その者は二つの数を言わなかった。口にする手続が無いのだと思う。


 紙の上には二つある。俺の頭には一つある。三つのうちどれが合っているかを決める欄は、あの紙に無い。

 欄の無いものは、合わせる先が無い。持っている者の手元に残るだけになる。

 俺の手元には九年ぶんある。九年ぶんの数え方は、房が替わっても動かない。替わるのは房の番号のほうになる。

 番号は三度替わって、数は一度も替わっていない。


 思っただけで、俺はそれを置いた。確かめないままにするという意味になる。

 十二でも十でもない。俺が数えたのは十一だ。


 置いたものは、置いた日の器の数で位置を取る。今日は八つ目になる。そこに置いたものが、今日で三つある。

 紙の上の二つの数と、九という数と、四十を数えるほどの戸の音だ。三つとも、後から引ける形にしてある。そうでない形で置いたものは、四つのうちに数えない。


 布は新しい。目が細かくて、爪を立てても戻ってくる。

 この布に刻むには、前より長く立てる手が要る。長く立てれば、跡は深くなる。

 深い跡は残りやすい。そういう跡を、俺は今のところ刻まない。


 刻まない事由は一つだ。ここで数える先が、もう無い。

 数える先が無いというのは、これから増える数が無いという意味になる。増えない数は、刻む要りが無い。刻むのは後で足すためになる。


 足す先の無い数を刻んでも、それは記しにしかならない。記しと数は別だ。俺の持ち物に記しは入らない。


 耳に残っているのは、あの者の最後の四字だ。四字は数ではない。

 数でないものが、今日の最後に来た。順で並べると末になる。


 廊下で足音がした。

 一人ぶんになる。歩幅が長い。夕方の者とは別だ。


 足音は俺の房の前を通り過ぎた。止まらない。

 通り過ぎた先は突き当たりだ。

 そこには室が一つある。


 室の戸が開く音がして、しばらくして閉じた。その間の長さは、四十を数えるほどになる。四十は短い。

 中で何かを取ってきた長さになる。取ってきたものが何かは、音では分からない。


 足音が戻ってきた。行きより遅い。持っているものがあるのだと思う。

 通り過ぎる時、下の隙間から靴が入った。底の縁は減っていない。新しい靴だ。


 新しい靴と新しい布。この区画には新しいものが多い。

 使われていなかったのだと思う。足音は戸口のほうへ抜けた。その後、廊下は換気の音になる。


 新しいものが多い区画に入れられるのは、四度の移動で初めてになる。前の三度は、どれも使われていた房だった。壁に跡があって、床に窪みがあって、布に人の匂いが付いていた。


 跡と窪みと匂いは、前にいた者の数ではない。数の代わりにもならない。

 そういうものを、俺は数えなかった。落としたものが、房ごとに三つずつある。


 三つずつ四度で十二になる。十二という数が今日で二度出た。

 二度目は俺の側から出た。一度目は紙の側から出たと、あの者は言っていない。

 言っていないものを、俺は勘定に入れる形で持っている。確かめないままにする形になる。


 勘定に入れる形で持つというのは、足しも引きもしないという意味になる。足しも引きもしない数を、俺は十六年で九つ持った。九つのうち三つは後で足した。

 足した時は、足せる事由が来た時になる。事由が来るのは十六年で三度だ。

 三度とも、俺から取りに行ったのではない。向こうから来た。


 今日のは来ていない。俺のほうから取りに行った。取りに行って、返ってきたのは三つの数と四字になる。


 三つの数と四字のうち、四字は初めから知っていた。

 知っている物を数に入れるかどうかを、俺はまだ決めていない。明日でいい。器が九つ目になる日だ。

 三つの数のうち、二つは俺の側で使い道が無い。年に一度と、九だ。残った一つも使い道が無い。

 欄が無いという一つになる。使い道の無い数を三つ受け取った日を、俺は十六年で持っていない。持っていないものは、置き場も決まっていない。


 俺は仰向けになった。天井は見えなかった。

 灯が消えている。暗さしか無い。

 暗さの中で、俺は二つと一画を書いた。終えて、それから消さずに置いた。


 書く時、指は動かさない。第九園では動かしていた。指が動くと、見る者が出る。

 目が付けば、何を書いているかを訊かれる。


 訊かれた時の答えを、俺は用意していなかった。備える事由も無い。

 用意しないままで、俺は指のほうを止めた。第九園の三年目になる。

 止めてからは、誰にも訊かれていない。十三年ぶんそうなる。

 今日、俺のほうから訊いた。十三年で初めてになる。


 暗さの中で書くと、字の大きさが揃わない。

 大きさが動いても、画の数は替わらない。画の数が数になる。大きさのほうは数にならない。


 明日また書く。だから消さない。明日も八つ目の後に器が来る。

 器は九つになる。九つになっても、俺の数は替わらない。十一だ。


──────────────────


照会に対する確認書


一、照会の内容


本書は個体からの照会について確認を行った結果を記す。


確認の日は令和二百十五年一月十八日であった。照会の内容は当該の個体に係る子の数についてであった。照会を受けた時刻は十六時二十二分になる。


個体からの照会を受ける手続は、当園の内規に置いていない。


受けない旨の記載も置いていなかった。受けた例は開園以来一件であった。本件がその一件に当たる。


二、確認の結果


当該の個体に係る出生の件数は当園の記録にあった。


系統へ登録した件数は当部門の台帳にあった。二つの数の差は二であった。差の生じた事由を記す欄は、当該の対照表に置いていない。


個体別に子の数を記す欄は、当園のどの様式にも置いていない。園の記録にあるのは交配と出生の件数のみになる。


件数と個体を結ぶ欄も置いていなかった。


当該の個体の記録票には、交配の記録が三十一件ある。出生の記録は当該の票に置いていない。置く扱いを定めた記載も当園の内規に無かった。


結ぶ手続を定めた記載は、当機構のどの定めにも見当たらない。当該の個体が過去に在籍した園は三であった。三園ぶんの記録を当園で照らす手続は、当機構の定めに置いていない。照らした例も当部門の綴に無かった。


当該の個体の記録票の様式は令和百七十七年の制定による。改正は五度あった。五度とも欄の名の書き替えにとどまっている。


三、回答


本件について当園は回答を行わなかった。


回答を行わない旨を個体へ伝える扱いは、当園の定めに置いていない。伝えた事実の有無を記す欄も本様式に無い。当該の欄を設ける手続は当部門の別の定めによる。


本件を当部門へ報告する手続は当園の内規にある。本年度の報告は零件であった。零件の旨を記す欄は当該の内規にある。


本書の写しは当園の綴へ一部を保存した。保存の年限は五年とした。


確認を行った者 保全管理体 第七号 (判)

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