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人間館 ―絶滅危惧種ヒトの飼育記録―  作者: 智珠
第八章 淘汰

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第102話 五郎の名前

標本化の申出 処理の経過表


一、申出の受理


本表は当園の飼育部門から当館へ行った標本化の申出について、受理と処理の経過を記す。様式は第八号による。


本年度に受理した申出は一件であった。開園以来の受理は二十一件になる。うち二十件は令和百九十五年から二百十四年までに受けた。


二十一件のうち、二十件は同一の者からの申出であった。当該の者の欄には個体の番号が入っている。名を記す欄は本様式に置いていない。


添える書面のうち一つは在籍の年数を記す書面である。当該の書面の様式は当部門が定めた。年数を確かめる者を記す欄は当該の様式に無かった。


本年度の一件も当該の者からの申出であった。受理の日は令和二百十五年一月六日である。


受理の際に添える書面は当部門の内規による。当該の書面は二十一件とも揃っていた。欠けた例は本年度に零件であった。


二、処理の経過


処理の経過を記す欄は本表の右にあった。当該の欄は二十一件とも空であった。空である旨を記す欄は別に置いてある。


処理を決する手続は、当機構のどの定めにも見当たらない。


令和二百十年に、当該の者から処理の時期についての照会があった。回答は当部門の綴にある。当該の回答は当部門の所掌ではない旨のみを記していた。所掌する部門の名は記していない。決する者を記す欄も本様式に無い。


処理の経過欄の左に、受理の順を記す欄がある。当該の欄には一から二十一までが入っていた。順を改めた例は本表に無かった。


照会の例は開園以来一件であった。


受理の順を記す欄と、在籍の年数を記す欄は本表の同じ面にある。二つの欄を照らす欄は置いていなかった。


三、取り下げ


申出を取り下げる手続は当機構の定めに置いてあった。取り下げの事由を記す欄は三つの選択になっている。


三つの選択は、当園の収容の都合と、当館の展示の都合と、当該の様式の改正による。いずれも園と館の側の事情である。三つのどれにも当たらない場合の扱いは、当該の手続に置いていなかった。


個体の側からの事由を記す欄は、当該の手続に置いていなかった。書き添える欄も無い。


当該の手続を用いる者は当園の長とした。個体からの申し出により手続を始める旨の記載は、当該の手続に置いていない。


取り下げの例は開園以来零件であった。


当該の者は現に当園の飼育部門に在籍する。在籍の年数は本日の時点で二十年になる。本表の写しは当該の部門へ一部を送る扱いとした。


──────────────────


 昼の器の前に、廊下が鳴った。

 いつもと違う音になる。

 器の台ではない。台は一つで、これは五つある。


 台の車輪は一つで、幅が広い。今の音は細い。

 車輪の細いものが五つとも一つの音になる。同じ音が五つ重なると、切れ目が取りにくい。私は床の材の変わり目で数えた。


 私は数えた。車輪が五つ。足音は三人ぶんになる。

 五つを三人で押している。一人が二つを持ち、二人が一つずつだ。


 押す速さは揃っていない。前の二つが先に進んで、後ろの三つが遅れる。その分を、前が突き当たりで待つ。長さは八を数えるほどだった。

 五つは戸の前を順に通った。私の戸の前でも一度速さが落ちる。落ちる位置は板の材の変わり目で、七歩のところだと思う。


 落ちた後、車輪の一つが小さく鳴った。軸の音だと思う。軸の鳴る車輪は五つのうち一つだけだ。

 それが最後尾にいる。


 最後尾は遅れた三つの中でも一番遅い。突き当たりで待たせたのはこの一つになる。待たせた分を、押す者が急がなかった。この押し方は器の台と同じ形だ。

 通り過ぎた後、金具の音が始まった。外の戸の掛け金と、内の戸の錠は音が別だ。

 掛け金は高くて短い。錠は低くて長い。


 高いのが五度、低いのが五度した。

 順は掛け金が先になる。五つの房が開いて、五つが閉じた。

 掛け金と錠の間は、五つとも別の長さになる。一つ目が四を数えるほど。二つ目が七。

 三つ目が三。四つ目が五。最後が四になる。


 間の長いところは、中で何かを言っている。中身は取れない。

 取れるのは長さだけだ。七になる。他の四つより他の四つより二から四ぶん長い。


 私の廊下には房が十二ある。

 九十九日目まで、埋まっていたのは私を入れて三つだった。今日で八つになる。空きは四つ。

 閉じた後、廊下は静かになった。入った者が声を出していない。入って最初の日は声を出さない。

 私もそうだった。

 私は房の中を一度見た。見るのは数え直すためになる。

 器が二つ。管が一本。

 戸が二枚。床の板が十四枚で、天井の目が十一と七。


 九十九日目からこの並びは動いていない。毎日数えていれば、替わった日に気づく。

 今日も動いていない。替わったのは房の外の数だと思う。


 板の床は十四枚で、継ぎ目が十三ある。継ぎ目の一本に四十一を付けてある。

 残りの十二本には何も付けていない。置く数が足りていない。


 足りない状態を、私は九十九日目まで続けてきた。

 今日から一本ぶん埋まる。入ったのは房の数の側だ。三から八へ替わった数を、私は七本目の継ぎ目へ移した。

 昼の器が来た。

 八十ミリリットル。量は動いていない。


 私は四回に分けた。三回目で止まる。長さは十を数えるほどになる。


 匙の器のほうは十八回で底に当たった。回数は先月から替わっていない。拭いてから、私は控えを回した。

 五十三ある。


 五十三に一つ足す。房の埋まった数だ。三から八になった。

 もう一つ足す。五という数は、六日前に床の映りから取ってある。


 六日前の五と、今日の五が合う。

 揃っても、同じものを数えているとは限らない。

 同じ数が二つの紙に載っている時、二つが同じものを指しているとは限らない。これは九十六日目に一度考えて、六日前にもう一度来ている。


 三度目だ。三度来た形は、控えの中で先へ出る。

 二つの数が合う時、私は間に何を置くかを決めておく。六日前は床の映りと、廊下の音の間に置いた。今日は房の数と、廊下の音の間へ置いた。


 置き方を替えると、控えの中の並びも替わる。並びが動けば、思い出す順も動く。思い出す順は、私が決めていい数少ないものの一つだ。


 小さいものは眠っている。生まれてから三十三日になった。

 体重は昨日で四千三百グラムだ。六日で二百八十グラム増えている。


 増え方は一日あたり四十七グラムになる。

 前の帯より上がった。

 替わり目は十一日前で、筒の量が増えた日になる。増える前は三十三だった。


 顔を寄せると息が当たる。幅は指一本ぶんになる。

 息は温かい。房の中では一番高い。次が私の掌で、その次に管の縁が来る。


 掌を当てると、当てた面が温かくなる。離すと三を数えるほどで戻る。速さは日ごとに違う。

 今日は速い。廊下が冷えている日は速くなる。


 管は今日も冷たい。

 私は縁を一つ叩いた。返事は来ない。向こうが眠っている時刻だと思う。


 夜は三度切れる日が多い。二十七日から三十三日までで、四度切れた日が一日あった。四度の日は器の量を替えた翌日だった。

 替えると、初めの三日は刻みが増える。


 増えた刻みは四日目で戻る。毎回同じ順で、二度目の深さから先に戻っていく。

 私はこれを控えの深いところへ置いてある。深いところは、朝に一度で出てくる。


 昼を過ぎてから、私は板の継ぎ目を目で割り直した。七つの目盛りは動いていない。

 目盛りの五つ目には六つ付いたままだ。六つのうちのどれかが五に入るのかどうかは、目盛りからは出てこない。

 出てこないものを、私は継ぎ目から外して板の端へ寄せた。置き場は今日で十七まで来た。


 十三時を過ぎた。廊下で声がした。

 一本目は係だった。手順を読み上げる言い方で、終わりが平らに落ちる。


 係の声は九十九日で四人ぶん取ってある。今の声は三人目だと思う。

 この人は読み上げの担当ではない。器の台にも付かなかった。廊下を通るのは十日に一度ほどしかない。


 二本目は違った。低くて、語尾が伸びる。

 伸びた後に少し上がった。

 私はその上がり方を知っている。控室の水道の前で、九十九日より前に何度も聞いた。係が何かを言った。

 番号だと思う。八桁の切れ目が四つ聞こえた。その後に、返事があった。


 二本目の後、しばらく間が空く。

 長さは五を数えるほどになる。五は短い。それでも、番号を読み終えてから返事までの間としては長い。

 読み上げの時、返事は切れ目のすぐ後に来る。間は一か二だ。五は三倍以上ある。

 読まれた者が、自分の番号だと分かるまでに間が要ったのだと思う。


「はい。それで合ってるよ。番号もそれだ」


 十八字だ。この人の声は、いつも十四から十九の間にある。

 長さのほうは合っている。合っていないのは終わり方になる。


 この人の終わりには、いつも頼みが一つ付いていた。控室でも廊下でも、最後に何か一つ頼む。今のには付いていない。頼まない終わり方を、私は初めて聞いた。


 私は次を待った。長さは二十を数えるほどになる。

 二十を過ぎても次は来なかった。そのままで、係の足音が動く。


 動いた向きは私の戸ではない。

 突き当たりへ行く。係は五つの房を順に回っている。番号の若い順だと思う。


 私は格子の目へ寄った。下から三段目まで口が届く。その位置から、私は声を出した。


「お名前は」


 五字だ。返事は来ない。そのままで、廊下の向こうに別の音が続く。

 紙の音と、椅子を動かす音が続く。


 訊いた事由は控えのためになる。頭の中の欄には、入れる先の名が要る。

 声は取れている。取れていても、置く先の名が無い。名の無いものは控えの中で沈む。


 沈んだものは、三日で出てこなくなる。九十九日で四度そうなった。

 うち二度は、後で名が付いて戻ってきた。残りの二度は戻らない。


 私はもう一度待った。待った長さは三十を数えるほどだ。三十を過ぎたところで、声が来た。


「俺かい。ごろう、って呼ばれてるよ」


 十六字あった。帯の中へ戻っている。名前だ。

 番号ではない。番号を読まれて、その人は名前で答えた。


 私はその番号を知らない。九十九日の間、私は読み上げの八桁を四十一まで取ったが、どれが誰かは一つも結んでいない。

 名前のほうは知っている。控室で三年、扉のところで一度止まって、何も言わずに出ていく人の名前だった。


 二つが結ばない。そのままで、私は控えへ入れた。五十五になる。


 入れ方は名前の側にした。

 番号の側には置けない。行き先の無い数は、控えの外へ回す。出した先は板の端で、今日で十七まで来ている。


 結ばない二つを持つのは、九十九日で三度目になる。一度目は読み上げの八桁と、産室の卓に置いたままの札だ。二度目は四十一と五だった。


 三度目が今日だ。名前と番号は、他の二つより近いところにある。それでも結ばない。

 近いものほど、結ばない事由が見えにくい。


 私は結ぼうとするのをやめた。やめるのと諦めるのは別のことだと思う。

 結ぶ手が来るまで、二つを離して持っておく。離してあれば、来た時に結べる。


 午後は静かだった。入った五人が声を出さない。事由は分からない。

 分からないままで、私は音だけを取った。寝返りが十九度。

 咳が四度。器を置く音が五度。


 咳は一つの房から四度とも出ている。

 位置は突き当たりに近く、私の戸から数えて四つ目になる。そこは名前で答えた人の房ではない。名前の人は二つ目だ。


 二つ目からは音が出ない。届くのは布の擦れる音だけになる。擦れ方は一定で、間隔は九十秒ほどだ。

 六度数えて、六度とも合った。

 二つ目の房は、戸の位置でいえば私の斜め向かいになる。廊下を挟んで、私の戸から二枚ぶん先だ。

 声はまっすぐには来ない。壁で一度曲がる。


 曲がる声は、まっすぐの声より低く聞こえる。低くなる幅は、九十九日で三度測ってある。

 三度とも幅は一致した。曲がる回数が一度なら、幅は決まっている。


 十六時に器の台が通った。

 今日は八つ止まる。回数は九十九日目まで三つだった。八つになると、台の進み方が変わる。


 変わったのは間隔だ。前は戸と戸の間を一息で通った。

 今日は五度止まる。そのうち二つ目の房で一番長く止まった。長さは二十を数えるほどになる。


 二十は長い。他の房は八から十だ。中の者が何かを言ったのだと思う。

 言った内容は取れない。

 灯が消えた。二十一時になる。

 消える順は区画ごとに決まっていて、私の廊下は三番目だ。消えた後の廊下には、換気の音だけが残る。


 音の高さは、灯の点いている時より低い。夜は送る量が落ちるのだと思う。


 私は寝床へ入った。


 腕の内へ小さいものを置く。

 布の沈みは指三本半ぶんになる。

 六日前より半分ぶん深い。


 眠りは二度切れた。

 一度目が浅くて、二度目が深い。


 二度目で起きた。

 廊下に音があった。


 消灯後の音は昼と届き方が違う。廊下の空気が動かない。遠くの音がそのまま来る。

 距離のほうが測りにくくなる。私は音の高さで測った。高い音ほど近い。


 今の音は低い。

 ということは、突き当たりに近い。


 突き当たりには室が一つある。


 九十九日で二度、その戸が開いた。

 二度とも昼だった。

 夜に開くのは今日が初めてだった。


 時刻は測れない。灯が無い。影で測る手が使えない。

 私は呼吸で数えた。

 四百まで来て、それから音のほうへ耳を寄せる。


 金具の音がした。

 掛け金が先で、錠が後だ。順は昼と同じになる。開いたのは二つ目の房だった。


 足音が二人ぶん出る。一人は入った者で、もう一人は係になる。二人は突き当たりのほうへ行った。

 私の戸の前を通る。


 通る時、下の隙間から靴が入った。先に来たのは底の薄い靴だ。

 右の外側が減っている。六日前の靴と同じ減り方をしていた。


 後から来たのはもう一足だ。底は減っていない。

 減っていない靴のほうが、歩幅が短い。短い歩幅で、速さは変わらなかった。


 通る前に、二人は一度止まった。

 止まった位置は私の戸の少し先だ。止まっている間、紙をめくる音が二度した。めくったのは後ろの者だと思う。

 めくる音の後で、前の者が何かを言った。声は低くて、切れ目が二つある。これは数ではない。

 数なら切れ目がもっと細かく入る。


 突き当たりで戸が開く音がした。開いた戸は閉じない。閉める音が来ない。


 開いたままの戸から、声が通ってくる。声は壁で二度曲がる。

 曲がった分だけ丸くなる。それでも切れ目は取れた。


 初めに係の声がした。番号を読む形だ。

 八桁の切れ目が四つ。読み上げの時と間隔が一致する。


 返事が来た。一音だけになる。

 訓令のとおりだ。番号を読まれた者は返事をすること。

 次に来たのは、別の声だった。平らで、終わりが上がらない。数を必ず一つ持っている声だった。


「本表の写しは本日中に来ます」


 十三字だ。数はある。この声を、私は五十六日目から知っている。

 器の配合を替えた日に取った。


「そうかい。ありがとうな。助かるよ」


 十六字になる。

 その後で、少し笑った音が続いた。笑った音は息の出方で分かる。


 息が二度短く切れる。それから鼻から抜ける。

 これは笑う時の形だ。控室で三年、水を止めた後に何度も聞いた。


 消毒液の匂いが来た。突き当たりの室の匂いになる。開いた戸から流れてくる。


 匂いは廊下の低いところを通る。

 私の戸の下の隙間から入った。濃さは二度嗅いで二度目のほうが濃い。乾く前に強く出るのは糊と一致する。

 消毒液の匂いを、私は九十九日で四度嗅いだ。四度とも昼だった。

 日のある時の匂いは薄い。廊下の空気が動いている。濃さが散る。


 今は散らない。動かない空気の中では、匂いが層になって残る。層は床から二十センチほどのところにある。

 顔を上げると薄くなり、下げると濃くなった。

 匂いの中に、別の匂いがある。薄いほうだ。金属の匂いだと思う。

 器具を並べた台の匂いになる。声が続いた。


「本票の立会いの欄は三つです」


 十三字だ。数と欄の名の両方がある。

 この人はいつも両方を入れる。字数のためではない。入れる位置まで決まっている。


「三つとも今日のうちに書くのかい」


 十五字。訊いている。

 この人が訊く時は帯の下のほうへ寄る。訊き方はいつも短い。


「二つは当日に書きます」


 十一字。数がある。

 三つ目については言わない。黙ることは、書かないことと同じではない。


「悪いけど、水を一杯もらえないかな」


 十六字だ。頼んでいる。


 この人の頼みを、私は控室で三年ぶん聞いた。全部が同じ形をしていた。

 初めに悪いけどと言って、最後を疑問で閉じる。断る余地を先に置く言い方になる。


「一日の量は本票にあります」


 十二字。数と規定の名が入っていた。

 水のことは言っていない。一日の量のことを言っている。答えは返っていない。


 紙をめくる音が四度した。めくり方は速い。手が慣れている。

 めくる者は一人だと思う。


 その後で、少し間があった。間の長さは六を数えるほどあった。

 六は長い。返事の来ない問いに付いた間より長い。間の後に、平らな声が言った。


「本票に笑う欄はありません」


 十二字だ。数は無い。

 規定の名がある。この人の声で、数の入らない一本を聞いたのは初めてだった。


 欄が無いなら、書く場所が無い。場所の無いものは記録に残らず、後から引く手も無い。


 これは前に一度考えた。九十四日目に、灯の点る時刻の紙で考えている。

 あの時は時刻だった。今は違う。


 私は息を止めた。次を取るためで、他の事由は無い。廊下の空気が動いた。

 換気の音が高くなる時刻だ。高くなる間隔は四十秒で、これは六日前に確かめてある。


 返事はすぐには来なかった。届くまでに、私は十一を数えた。


「これしか、できないんです」


 十二字だ。敬体になっている。

 この人が敬語で言うのを、私は聞いたことがない。控室でも廊下でも水道の前でも、この人は常体だった。二十年ぶんの言い方が、ここで一度だけ替わっている。


 敬体を使う時、この人は相手を上に置いている。控室で私に向かって敬体を使ったことは一度も無い。私は下にいた。

 今は上に置いている。置いた先は、欄の話をした人になる。置く先が替わったのではないと思う。


 言い方のほうが替わった。それが動くのは、言う中身が動いた時だ。

 中身は取れない。私に取れるのは言い方だけだった。


 それから何も言わなかった。そのままで紙の音が二度して、椅子が動いた。

 戸が閉じる音がする。

 閉じてから、足音が二人ぶん戻ってきた。行きより遅い。二人ともそうなる。

 私の戸の前を通る時、靴が二足とも入った。底の薄いほうが先で、減っていない靴が後になる。行きと逆だ。


 二つ目の房で金具が鳴った。錠が先で、掛け金が後になる。入る時と順が逆だった。

 閉める時はこの順になるのだと思う。


 足音は戸口のほうへ抜けた。その先で切れる。後には換気の音だけが残る。


 閉じた後、二つ目の房から音が出た。布の擦れる音がしていた。

 間隔は九十秒のままだ。行く前と帰った後で替わっていない。


 その人が姿勢を変えていないのだと思う。変えないままで九十秒ごとに布が動く。幅までは取れなかった。

 私は敷居の側へ顔を寄せた。敷居の上には埃が細く積もっている。縁のほうが厚い。


 埃の帯の幅は指の半分ほどだ。真ん中は薄い。

 通る足が真ん中を踏む。その分だけ、そこが低くなる。


 今日は真ん中の帯がもう一度薄くなっていた。行きと帰りで四度通った。それで薄くなったのだと思う。


 埃は九十九日で二度掃かれた。

 掃いた後は帯が消える。三日で戻ってくる。戻り方は毎回一致していて、縁から先に厚くなった。


 今日の帯は掃かれてから十一日目になる。厚さは指の半分だ。半分を十一で割ると、一日あたりは指の二十二分の一しかない。

 細かすぎて目では取れない。

 取れないものを、私は日で数える。日は取れる。

 厚さは無理でも、日数なら取れる。取れるほうで持っておく。


 埃から見ると、通る足の数は数えられる。それでも、誰の足かは出てこない。埃は名前を持たない。

 名前を持っているのは声のほうだ。あちらは一度だけ名前を渡して、その後は番号に返事をしていた。


 埃の帯から目を移して、私は戸の下の隙間の高さを測り直した。一センチ半のままだ。

 九十九日で一度も替わっていない。動かない数は控えの深いところにある。

 深いところの数は、月に一度だけ確かめる。

 日を決めてあるわけではない。思い出した日に確かめる。今日がその日になった。


 私は控えを回した。五十五に二つ足す。

 埃の帯の幅と、笑う欄の無いことになる。笑う欄の無いことを、私は何処へ入れるか迷った。紙でもあるし、人でもある。


 入れる先を決めるまで、私はこれを浅いところへ置く。浅いところは明日には出てこない。そのままで残る。


 五十七のうち、房の中の数は十六ある。房の外の数は四十一だ。このうち六日前までは全部が読み上げの八桁だった。

 今日から一つだけ別の種が入る。


 別の種は名前だ。数ではない。名前を控えへ入れたのは、九十九日でこれが二度目だった。

 一度目は二十七日前で、あの時も名前だった。声にはせず、舌だけで出していた。


 二つの名前は、控えの中で隣にある。並べた事由は、私にも取れない。数の並びでは隣にならない。


 二十七日前の名前は三つの音でできている。今日の名前も三つになる。

 音の数が揃った。揃ったのはそこだけで、他は何も重ならない。

 名の控えは、これで三つになった。どれも音でできている。


 三つの音を、私は舌で二度出した。二度で止める。三度言うと覚え方の側が替わった。

 替わった覚え方は元へ戻らない。九十九日で一度だけ、それを試して失くしたものがある。


 失くしたのは器の台の来る時刻だ。今は掲示の側から引き直してある。

 引き直した数は元の数と一致しない。差は二分で、どちらが正しいかは取れない。


 控えは今日で五十七になる。浅いところへ置いたものは、これで十八になった。

 うち、後で深いところへ移したものが六ある。移せなかったものが十二だ。


 移せなかった十二は、どれも入れる先の決まらないものになる。入れる先が二つあって、どちらとも言えないもの。入れる先が一つも無いもの。


 笑う欄の無いことは、入れる先が二つあるほうだ。こちらは後で移せることが多い。移せた六のうち五が、そちらだった。


 浅いところの十八を、私は順に一度撫でた。撫でるというのは頭の中で名を呼ぶことだ。名の無いものには、置いた日を呼ぶ。

 日は番号のように出てくる。撫で終わるまでに、私は二百ほど数えた。十八を一つずつ確かめると、それくらい掛かる。

 三時を過ぎたと思う。廊下の冷えが一番強い時刻だと思う。

 冷えは床から来る。戸の下の隙間からも来る。


 小さいものが動いた。

 今日の三度目だ。これは珍しい。二十七日から三十三日までで、三度動いた日は二日しかない。


 私は腕を動かさずに待った。その間、二つ目の房の音を取る。

 布の擦れる音は続いていた。間隔は九十秒のままだ。


 夜になっても替わらない。その人が眠っていないのだと思う。

 眠らない夜を、私は九十九日で十九度数えた。うち、廊下に音があった夜は四度になる。残りの十五度は音が無かった。

 静かな夜のほうが多い。


 多いほうを、私はもう数えていない。数えるのは少ないほうだけだ。

 そうすると、その夜が何だったかを後で引ける。私も眠らない。そのままで、私は一つの音をもう一度頭の中で鳴らした。

 鳴らしたのは番号ではない。八桁で、四つの切れ目があって、私はそれを取れる。取れても、置く先が無い。


 置く先があるのは三つの音のほうだ。私は舌だけを動かした。

 声にはしない。二度で止める。


 止めてから、もう一度あの返事を思い出した。頭に来たのは言葉ではなく、息の切れ方になる。二度短く切れて、鼻から抜ける。

 控室の水道の前と、切れ方が一致した。その息で、あの人はこう言っていた。


「これしか、できないんです」


──────────────────


収容の変更 立会書


一、立会いの日時


本立会いは令和二百十五年一月十四日に行った。始めの時刻は十三時二分、終わりの時刻は十三時四十一分である。


立会いの区分は収容の変更による。変更の事由の欄には順位による旨を記した。順位を定めた紙の名を記す欄は本様式に無い。


移した者の数は五であった。移した先は当園の特別管理区画とした。


当該の者を記す欄は番号による。名を記す欄は本様式に置いていない。


二、立会った者


立会った者は二名であった。うち一名は処置の担当、一名は記録の担当とした。


記録を取る者と立会う者を兼ねることは、本様式の附則で認めていない。本立会いにおいて兼ねた例は零件である。


立会った者の欄には職の名を記した。氏名を記す欄は本様式にある。当該の欄は本日の時点で空であった。


立会いの場所を記す欄は本様式にある。当該の欄には特別管理区画の廊下と記した。室の別を記す欄は置いていない。


三、引き渡した物件


引き渡した物件は五件であった。件数を記す欄は本様式に置いてある。物の別は当園の綴による。


五件のうち一件は当日中に返している。返した事由を記す欄は本様式の裏にある。当該の欄には本人の申出による旨を記した。


返した一件の別を記す欄は本様式の裏にある。当該の欄は本日の時点で空であった。空である旨を記す欄は置いていない。


本立会いに要した時間は三十九分になる。要した時間を他の例と照らす欄は本様式に置いていなかった。


本立会いに用いた紙は三枚であった。枚数を記す欄は本様式に置いてある。


本立会書の写しは当園の綴へ一部を保存する。保存の年限は三年とした。年限を経た後の扱いは当部門の別の定めによる。

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