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第6話『無一文一行一張羅』

 ランタンを片手に、カルネアを目指して地下通路を進む。

 通路は広くなったり狭くなったりと実に(いびつ)だが、脆さは感じられない。

 ラヴェナに住む人々が、少ない道具で時間をかけて掘り進めたことが窺える。


「結構歩いたね」

「そうだな。そろそろ出るぞ」


 体感で一時間は歩いただろうか。

 草紙(そうし)に描かれた地図上で、最もカルネアに近い小屋への扉が示される場所に到着した。


「これ階段かな?」

「恐らくな」


 階段と呼ぶには頼りない滑らかな傾斜面の先には、陽の光が差し込むほど風化して脆くなっている扉があった。

 どうやら長らく整備されていないようだ。


 地上の様子が気になる。

 なぜ陽の光が差し込んでいるのか。てっきり小屋に出るものと思っていたが違うのか。


「俺が先に地上の様子を見てくる。フェルテはここで待機だ」


 辛うじて残っている踏み場を上り、立て付けの悪い扉をこじ開けて顔を出す。

 舞い上がる砂埃(すなぼこり)が鼻を突き、思わず顔を(しか)めた。

 扉の先は荒れ果てた廃墟だった。周囲は草木が生い茂っており、人の気配も悪魔の気配もない。


「問題ない。上がっていいぞ」

「うん!わかった!」


 俺は地上に出ると、服に付いた砂埃を手で払い落とした。

 その後に続いてフェルテも地上に出る。

 空はすっかり茜色に染まり、地平線に沈みかけた太陽が優しく地上を照らしていた。

 草紙の地図通り、カルネアとラヴェナを(へだ)つ壁は目と鼻の先にある。

 一刻も早く門を見つけ、カルネアへと向かいたいところだ。


「歩きっぱなしで疲れたよー。カルネアに入れたらまず何をするの?」

「そうだな、まずは腹ごしらえだ。飯を食える場所がないか探す」

「もしなかったら……」

「分かりきったことを聞くな。――携帯食料だ」

「びぇぇ……」


 フェルテは大袈裟に舌を出し、肩を(すく)めながら身を(よじ)らせて、これでもかと言わんばかりに拒絶の意志を表現する。

 これまで散々食ってきて何を今さらと思わなくもないが、そろそろ普通の食事を摂りたい気持ちは俺も同じだ。

 美味い飯を腹いっぱいになるまで食いたい。


「ここでグダグダしていても飯はこれしか出てこないぞ」

「……それ出しながら言わないでくれるかな?」

「ならさっさと行くぞ」

「鬼畜めー!」

「…………」


 フェルテの愚痴に付き合っていたら、いつまでも時間を無駄にすることになる。

 話を続ければ休憩できるとでも思っているのだろうが、甘い考えだ。

 俺は話も敵もまとめてぶった斬り、先へ進むことを選ぶ。


 踏み荒らされていない草むらに足跡を刻みながら、門を目指す。

 壁の前に到着すると、悪魔の気配を感じた。

 門は近い。門へ近づくにつれて自然と緊張感が漂い、口数が減る。

 俺たちはそのまま気配のする方へ向かった。


「ケケケ。あんたら昼間の人間じゃねぇか!道中悪魔に出会わなかったようだが、どうやってここまで来たんだ?」


 門の前には悪魔が二人。ラヴェナの門と同じ構成である。

 ただ、その内一人は昼間見た顔だった。


 ラヴェナの門は木製で片開きだったが、カルネアの門は鋼鉄製の両開きで無骨だ。

 強引突破しようにも、門を開けるには時間がかかるだろう。


 突破口を考えているうちに、昼間の悪魔が俺たちに近づいて話しかけてくる。

 もう一人は膝を立てて地面に座りながら、静かに俺たちへ視線を向けていた。


「さぁな。そんなことより門を開けろ」


 悪魔に慈悲は不要。

 俺は魔剣の柄を握り、いつだって首を刎ねる覚悟ができていると暗に伝えた。

 少しでも弱みや隙を見せれば、すぐに付け込んでくる。それが悪魔という生物だ。

 だから長く話すべきではない。話すうちに必ず何かしらボロが出る。


「あー怖い怖い、本当に怖いよ。悪魔よりも悪魔らしい人間だな、デューク・アルス・ライザーク」

「……次無駄口を叩いたら斬るぞ。早くしろ」

「んー。あんた、そんな簡単にオレたちを斬って大丈夫か?ラヴェナの人間から何も聞いていないとは言わせないぜ」


 その言葉に、魔剣を握る手が一瞬緩む。

 たかが一瞬、されど一瞬。


 目の前の悪魔は、俺の手をじっくり見つめ、やがて目を細めて口角を上げた。


「さっきの言葉は訂正するよ。あんたは悪魔じゃーない。お優しい人間様だ。人情ってやつに溢れてやがる」

「――黙れ。本当に斬るぞ」


 殺気を放つ。

 ただの殺気ではなく、魔力によって具現化した殺気だ。


 悪魔は冷や汗をかき尻もちをつくが、顔には薄っぺらい笑みを貼り付けたままだ。

 具現化した殺気を受けた悪魔は、四肢を斬られ、首を刎ねられたと錯覚しただろう。

 ぬめりとした感触や恐怖が脳を侵食しているはずだが、その目は屈していない。


「ケケケ!とんでもねぇ殺気だが、殺る覚悟がある奴ってのは、何も言わずに殺るもんだぜ。……あんた、怖いんだろ?オレが誰かの命を握っている存在なんじゃないかって、心の底で怯えてるんだろ?分かるぜ、伝わるぜ、その恐怖」

「おじさん……」


 フェルテが心配そうに俺を見る。

 この状況はよろしくない。

 まるで全てを見透かされているような感覚だ。


「まぁ、門を開けてやってもいいぜ」


 内心焦りを覚え、言葉を出せないでいると、悪魔はふらふらと立ち上がり再び口を開いた。


「だが、一つ条件がある」


 悪魔は不気味な笑みと共に人差し指を立てた。

 口の端は不自然に吊り上がり、まるで勝利を確信したかのように歪んだ表情。

 その瞳の奥には、どす黒い感情がちらついている。


「あんたが持っているものを全て寄越せ。断っても構わねぇが、その時は門を開けない。もし搦手(からめて)で突破しようもんなら、その時はラヴェナの人間がどうなるか。……分かるよな?」

「…………分かった。要求を呑もう」


 悔しいが、初手は潰された。

 ここで奥の手を切るのはあまりに早急すぎる。

 正面突破は失敗。次の一手を考えなければならない。


「大丈夫なの?」

「……」

「ケケケ。オレの気が変わる前に寄越しな」

「……あぁ」


 フェルテの心配をよそに、収納袋と魔剣をベルトから外す。

 そして首から黒色探索者である印の板を取り、悪魔に渡す。

 悪魔の表情は不満げだ。


「おい、防具も腕輪も全てだ」

「見ての通り片腕がない。少し待ってくれ」


 俺は残りの防具と腕輪をフェルテに外してもらい、それらも全て悪魔に渡した。


「服はいいとして、本当にこれで全てだな?」

「あぁ。確認したければ確認しろ」

「――おっさんにベタベタ触る趣味はねぇ。おい、これ持ってけ」


 舐めるように俺の全身を見ると、冷めた態度と口調で興味が無いことを示し、もう一人の悪魔に指示を出した。

 その悪魔は小さく返事をして立ち上がり、俺の荷物を持って門の横にある潜り戸を開け、壁の内部へ姿を消す。


「よし、いいぜ。門を開けてやる」


 悪魔は高さ三メートルほどの鋼鉄製の門に両手をかけ、重々しく押し開けた。

 魔力で肉体を強化している様子はない。

 細身の体に見えるが、意外にも力はあるようだ。


「お望み通り、門を開けてやったぜ。あんたとオレは立場上、敵同士。でもよぉ、あんたのことは個人的に気に入っちまった。健闘を祈るぜ、デューク・アルス・ライザーク」

「身ぐるみ剥いでおいてよく言う」

「ケケケ……!!違いねぇ!」


 言葉の駆け引きで俺は完敗した。久方ぶりに敗北を実感する。

 目の前の悪魔の方が一枚も二枚も上手だった。

 だからだろうか。

 俺に好意と好奇の目を向ける悪魔に、気づけば俺も好感を抱いていた。


「お前、名前はなんだ」

「ぁ?ケルヴァードだ」

「覚えておこう」


 短い攻防の中で、ケルヴァードとの間に妙な絆が芽生えた気がした。

 出会いが違えば、俺たちは良い友になっていたかもしれない。

 だが今、それを望むのはあまりに虚しい。


「行くぞ」


 随分と身軽になってしまったが、やるべきことは一貫して変わらない。

 ジガルドに巣食う悪魔の殲滅。

 そのためにも、まずは情報が必要だ。


 慧竜王と悪魔たちは、何を企み、いつからジガルドを占拠しているのだろうか。

 なぜジガルドを三層で分けたのか。

 一体どんな仕組みで街が機能しているのか。そもそも機能しているのだろうか。

 ラヴェナの人間と同じように、カルネアの人間も悪魔と『命の契り』を結ばされているのか。

 知らなければならないことが山のようにある。


「街並みは普通だな」

「そうだね。人もいるみたい」


 目の前には至って普通の街並みが広がっていた。

 そして街には人がいる。

 人々は、門から入ってきた俺たちを(いぶか)しげに見ていた。


「あばよ」


 ケルヴァードの声の後、門がゆっくりと閉まる。

 門が閉まると、歩みを止めていた人々が俺たちから視線を外し、徐々に動き出す。


「フェルテはカルネアに住んでいたのか?」

「ん?違うよ」

「――そうか」


 フェルテという人物を知ろうとすればするほど、少女が一体何者なのか分からなくなる。

 今朝、廃家を出た後に、慧竜王の幻術にかからなかったのはなぜかと聞いたが、その時フェルテは話を逸らした。

 フェルテは大抵、俺の質問に対して曖昧に回答するか嘘をつく。

 余程答えたくない事情があるのか他に理由があるのか、真意は定かでは無い。


「暗くなってきたね。お腹も空いたし。あーあ、全部没収されるならパサパサ棒食べておくんだったよ」

「…………携帯食料のことか。諦めろ」

「はぁ。持ち物ぜーんぶ渡したけど、これから大丈夫なの?」

「問題ない」


 俺の一言にフェルテは口を尖らせる。

 その表情は詳しく説明しろ、と言いたげな表情だ。


「悪魔に渡す前、微量だが魔力を流しておいた」

「ふむふむ。それで?」

「魔力の性質を知っているか?」

「知らなーい」

「魔力は物に一度浸透すると抜け切るまで時間がかかる。俺が流した量なら三日は滞留するだろう。そして俺は自分の魔力が多少離れた場所にあろうと探知できる」


 説明を加えながら、実際今どこに俺の装備があるのか探してみる。

 ……どうやら今は門の中を移動中らしい。


「じゃあ後でこっそり取りにいけるってことか!おじさん抜かりないねぇ」

「……まぁ、そんなところだ」


 少し違うが、訂正しても話をややこしくするだけだ。

 俺は、俺の力が他人に理解されにくいことを知っている。

 だから訂正はしない。


「あ!あそこに屋台があるみたい!行ってみようよ」


 俺の話から興味を逸らし、額に手を当てて街を見渡すフェルテが屋台を見つけた。

 そのまま小走りで屋台へ向かってしまったため、仕方なく後を追いかける。


「串焼だぁ!すごくいい匂いだよ〜」


 フェルテの興奮した声に、屋台の店主が顔を上げた。


「いらっしゃい。……ん?随分若いな。服もボロボロじゃないか。まさか……街の外の人間か?」

「――違うよ?」

「そうか?じゃあ嬢ちゃん、夜も近いのにどうしてカルネアにいるんだ?」

「うーん」


 屋台の店主は中年の、線の細い男だった。

 細身の身体に上質な服を(まと)い、靴の革は艶を保っている。

 カルネアの他の住人に比べて身綺麗すぎるその姿は、場に少し浮いてすら見えた。

 そんな店主は、少し驚いたような顔をしつつも、興味深そうにフェルテを見ていた。

 答えに窮するフェルテに代わって、俺が声をかける。


「ジガルドから逃げ出した子で危険な森にいたところを俺が保護したんだ」

「あなたは……?」

「とある依頼で街の外から来た探索者だ。いくつか質問したい」

「おや、探索者の方でしたか!えぇ、えぇ。なんなりとお聞きください」


 屋台の店主の首元には、ルベロと同じように不気味な紋章が彫られていた。

 ルベロは様々なことを話してくれたが、元々ジガルドに住む者が全てを話してくれるとは限らない。発言に何かしらの制約をかけられている可能性もある。

 まずは無難な質問で会話を引き出し、制約の有無を探るしかない。


「この串焼きはいくらだ?」

「一本百ダリオンでございます」

「ダリオンというのはここカルネアの通貨で間違いないか?」

「えぇ。正しくはカルネアとアステリアで使われている通貨です。今から十年以上前に発行されたものですよ」


十年以上前――。

 つまり、それは悪魔殲滅作戦が行われるより前に、新たな財務体制が築かれていたことを意味する。

慧竜王は一体いつからジガルドに潜伏していたというのか。


「具体的にいつだったか覚えているか?」

「……たしか、十三年前ですね」

「そうか。それと、もう一つ聞かせてほしい。カルネアでこの時間帯に人が多く集まる場所を知っているか?」

「この通りを真っ直ぐ行った先にある広場でしょうか。ここは人通りが減ってきたので、そろそろそちらに場所を移して商売しようと考えておりました」

「なるほど。時間を取らせてすまないな。何本か買っていきたいところだが、生憎今は金を持ち合わせていない。金を稼いだらまたくる。その時は串焼きを買わせてくれ」

「えぇ!また広場でお会いしましょう」


 腹を盛大に鳴らし、屋台から離れようとしないフェルテを肩に乗せ、屋台の店主に別れを告げて広場に向かう。

 離せ離せと肩の上で暴れているが、今ここで離せば、あちらこちらから漂う食べ物の匂いに釣られてどこかへ消えてしまうだろう。


「ねぇねぇ。お金を稼ぐって、どうやって稼ぐつもり?」

「そうだな。簡単な演目をする」

「え?おじさんが?」

「過去に一度したが、評判はよかった。それに棒切れ一本あればできる」

「ふーん?」


 念の為、フェルテに釘を刺しておく。


「演目中に居なくなるなよ」

「食べ物より夢中にさせてくれたら居なくならないよ」

「……さっきの様子を見せられると、お前の食欲に勝てる気がしない」

「お前って言うなー!」


 そんな軽口を叩きながら演目のことを考える。

 俺は産まれてからこの方、剣を磨き、剣に生きてきた。

 だからこそできる演目がある。

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