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第7話『喝采の檻』

「さぁさぁー!寄ってらっしゃい見てらっしゃい!ここにおわすは、泣く子も黙るかつての『極剣(ごくけん)』!最強の剣豪にして、最強の探索者!そして、――暴虐の限りを尽くす魔皇と渡り合った唯一無二の漢!片腕ないが、肩書き充分!!今後二度とお目にかかれぬ奇跡の演目、ここに見参!」

「お、おい。流石に煽りすぎだ」


 広場に到着後、演目をするのにちょうどいい壇上を広場中央に見つけた。

 壇上でフェルテに呼び込みを任せた結果、瞬く間にとんでもない数の観客が広場中央に押し寄せた。

 観客を煽りに煽り、俺への期待は膨らむばかり。観客たちは一番星の如く目を輝かせ、息を呑んで俺の一挙手一投足を待っている。

 演目を始める前だというのに、広場の屋台から借りた籠には、既に山のような貨幣が投げ込まれていた。


「おじさん!準備はいい?」


 広場で拾った長めの棒切れを軽く振ってみる。

 長さ太さ共に悪くない。


「いつでもいける」


 既に日は暮れ、広場には街灯が明かりをもたらしている。

 ふと空を見上げるも、厚く垂れ込めた雲が空を覆い尽くし、夜空の星はその姿を隠していた。


「さぁさぁ、大変お待たせしました!剣を極めし者が織り成す剣舞、ここに開演!皆々様、心してご覧あれ!!」

「「「――おおおぉお!」」」


 壇上中央に俺が立つと、観客の歓声が夜の広場を包み込んだ。

 気負うことは無い。


 左手で棒切れを強く握り、目を閉じて自分の身体に意識を向ける。




 ――イメージは湧いた。


 目を閉じたまま、静かに腰を落とす。

 剣を帯びるかのように、左手に握った棒切れを右腰に添えた。

 そのまま右足を滑らせるように後ろへ引き、更に重心を落とす。

 演目の始まりを感じ取ったのか、場の空気が僅かに張り詰め、ざわめいていた観客が息を呑む。


「スー………」


 ゆっくりと、肺の隅々まで空気を満たすように深く息を吸い込んだ。

 そのまま魔力の膜で棒切れを保護する。振り抜いただけで折れてしまわないように。


「――ッ」


 右足で一歩踏み込み、抜剣するかの如く棒切れを上に振り抜く。

 空気を裂く、(むち)のような音が鳴った。

 続けざまにもう一歩踏み込み、今度は振り抜いた棒切れを勢いそのままに下へ振り落とす。


 一連の動作を終えた瞬間、俺の意識からあらゆる雑音が消えた。

 心の奥まで染み渡る静寂の中、そっと(まぶた)を開ける。


 観客の存在は、俺の意識外へ消えた。

 目の前に広がるのは、頭の中で描いた仮想の敵、――魔物の郡れ。


「ふんッ――」


 魔物に囲まれている状況の中、方向を変え、歩幅を変え、技を変え、次々と魔物を斬り伏せていく。

 これは魅せる剣技ではない。

 戦場で命を繋ぎ、そして命を奪う、――実戦の斬撃。

 魂を込めた渾身の一振りを、敵を倒すまで繰り返す。


 たとえそれが魅せる剣技ではなくとも、命を繋ぎ、命を奪う剣技であっても。

 そこには人々を魅了する確かな『美』が宿っている。俺はそう強く信じている。


「お、おぉ……」

「……凄まじい」


 棒切れを振るう乾いた音が、まるで戦いの旋律を奏でるように響き続けていた。


 全ての魔物を斬り伏せたその時、上空に現れたのは、かつて死闘を繰り広げた炎竜。

 壁と同じほどの高さで浮揚(ふよう)している。


 肌で感じ取れるほどの威圧感、今でも鮮明に思い出せる死の恐怖心。

 これまで何度も死を間近に感じる瞬間があった。炎竜との戦いはそのうちの一つ。

 当時より遥かに強くなった俺なら、目の前の炎竜をどう倒すか。


「――シッ!」


 放たれる炎弾を斬り裂き、時に避け、咆哮と共に吐かれるブレスを潜り抜ける。

 死角を突いて勢いよく跳び上がり、疾風すら置き去りにする一撃で、炎竜の飛膜を斬り裂いた。

 一太刀、二太刀、――息もつかせぬ連撃で、容赦なく飛膜を断つ。


 飛膜がボロ雑巾のようになると、遂に飛べなくなった炎竜が落下する。

 集中力が上がるに連れて、炎竜の姿はより鮮明に映し出されてゆく。


(今だ)


 炎竜が落下するよりも速く地面に着地。

 再び左手に握った棒切れを右腰に添え、円を描くように右足を後ろへ引き摺って腰を下ろす。


極剣流(ごくけんりゅう)――」


 それは、今は無き流儀。


 畏れられし、禁忌の流儀。


 渇望と羨望の果てにある、至高の流儀。


 棒切れを保護する魔力膜へ、更に魔力を注ぎ込む。

 魔力膜は鋭き剣刀の如し。

 魔力は廻り、掌へと還ってくる。その魔力を再び押し流し、更に巡らせる。

 幾度となく廻る、廻る、廻る――。

 そして、棒切れを中心に青白い稲妻が激しく弾けた。

 廻転(かいてん)する魔力が、蒼き風を生む。


 意識を掌に集中しつつ、落下寸前の炎竜の太い首へ狙いを定める。


武竜(ブリュウノ)


 左足の爪先を内側へ勢いよく捻り、腰を軸に鋭く棒切れを振り上げた。


「――烈風(レップウ)


 振り上げた棒切れは、炎竜の鱗を裂き、肉を易々と斬り、太い骨さえも断ち切った。

 そして、棒切れと共に放たれた魔力が炎竜の太い首を一息に薙ぎ払い、ジガルドを囲む檻、更には天を覆う雲までも貫いて、稲光と共に、夜空へ一閃の鉤爪を刻みつけた。


 魔力膜による保護を失った棒切れは、役目を終えるように灰と化し、風に(さら)われるように消えていった。

 天に昇る灰を視線で追うと、その先には、空中で不安定に揺れながらも、地上へ降りてこようとしない悪魔たちの姿があった。


 静かに息を吐きながら姿勢を緩め、呆然と立ち尽くすフェルテにそっと目配せした。

 俺と目が合ったフェルテは、慌てた様子で壇上に上がり、小さく咳払いする。


「こほん。……天をも貫く圧巻の剣舞、これにて幕引き!」

『わぁぁぁ――!』


 一拍置いて、広場を包み込むほどの喝采が巻き起こる。

 喝采と共に、ジガルドの硬貨が惜しみなく壇上へ投げ込まれ、その様子はまるで金の雨のよう。

 俺は感謝の気持ちを込め、静かに一礼した。


「おじさん!」


 フェルテが俺の横で、満面の笑みを浮かべている。


「とても格好よかったよ!」

「――ありがとう」


 自然と感謝の言葉が出た。

 素直に言えたのはいつぶりだろうか。


 少し気恥ずかしくなっていると、ふと広場の奥、暗闇の方から視線を感じて横目でそちらを睨む。

 暗闇には悪魔が複数人いた。

 遠目でこちらを観察している。


「どうしたの?」

「悪魔に見られている。が、手は出してこないつもりのようだ」

「ふーん。……そんなことより!これだけお金があればたらふくご飯を食べれるし、いい宿に泊まれるんじゃない!?」


 興奮気味にしゃがみ込んだフェルテは、欲に塗れた笑みで壇上に散らばる硬貨を手でかき集め始める。

 確かに、これだけ硬貨があればジガルドに滞在する間、金に困ることはないだろう。


「そうだな。それにしてもすごい量だ、俺も手伝うぞ」

「いいや!おじさんは休んでなよ。これはボクが拾うから。ボクの仕事!おじさんにはもっとやるべきことがあるでしょ!」

「……?分かった。任せる」


 フェルテはふんっと鼻を鳴らし、鼻息荒く親指を立てて見せた。

 硬貨のことはフェルテに任せて壇上から降りると、観客にわっと囲まれた。

 観客たちは俺に握手を求めてくる。


「これのことか」


 どうやらフェルテが言う『やるべきこと』とは、彼らの対応をすることを指していたようだ。

 こんなに多くの人に囲まれ、何かを求められるのは、これまでの人生で初めてのことだった。

 困惑の気持ちと、上手く言えない高揚感が入り交じった感情。悪くはない。

 観客の表情には、笑顔と感動が浮かんでいた。それが、たまらなく嬉しく感じる。


 こうして演目は大成功で幕を下ろした。




「これで終わり!ボクはもう疲れたよぉ。お腹が空いて、力が出なーい。もう動けませーん」


 フェルテは壇上に寝転びながら、わざとらしく音を上げる。

 その視線は、ちらちらと俺の手元を盗み見ていた。


「串焼きならあるぞ」

「やったぁ!夕方ぶりの再会!ずっと食べたかったよぉ」


 動けないと言っていたわりに勢いよく飛び起きたフェルテに、何本か買った串焼きを渡した。

 壇上には、俺とフェルテ、そして硬貨で満たされた三つの籠だけが残っていた。

 籠は流石に買い取った。

 観客から投げ込まれた硬貨は、フェルテの働きによって全て籠の中に収まっており、壇上から硬貨は綺麗さっぱり無くなっている。

 硬貨には、顔が刻まれていた。

 かつての悪魔王の顔だ。


「働いた後に食べるご飯は最高だよ!元気百倍、……いや、千倍!今のボクなら魔皇とだって闘える!」


 串焼きを食べる姿は、呆れる程元気である。

 フェルテは食べることに生き甲斐を感じている人種のようだ。


「いいから黙って食え」

「はーい。それにしても!おじさんの剣舞、本当に凄かったなぁ。頭から離れないもん。きっと皆もそうなんじゃないかな?……でも、見てたのは剣だけじゃないと思うよ。ほら、広場は夜なのに大盛り上がりしてる」

「そう、かもな。案外、たまには、こういうのも悪くないかもしれん」

「もー!おじさんったら照れちゃって!」

「大人をからかうな」

「むぐっ……」


 気がつけば、俺の手は自然とフェルテの頭に伸びていた。

 くしゃくしゃと頭を撫でると、フェルテはくすぐったそうに身を縮める。


「ボク、子どもじゃないのに」

「何か言ったか?」

「なんでもありませーん」


 夕方に会った屋台の店主から串焼きを買う際、高くてもいいからゆっくり休める宿屋がないか聞いておいた。

 屋台の店主曰く、広場からそれほど離れておらず、アステリア方面にいい宿屋があるという。屋台の店主もそこで寝泊まりしているとのこと。

 その宿屋では晩飯も提供しているらしく、寝床と空腹の両方を解消できるのはありがたい話だ。

 屋台の店主とこれから合流して宿屋に向かう予定だ。


「デューク殿!お待たせしました!」


 屋台の店主、エドワードが少し息を弾ませながら駆け寄ってくる。

 商いは終わったようで、荷車を引いていた。


「ちょうど食べ終わったところだ。串焼き美味かった」

「おぉ!それは何よりです」


 立ち上がって返事をすると、店主の顔がぱっと明るくなった。

 口の中で弾ける肉汁の余韻は、今もなお舌に残っており、香辛料に漬けられたであろう、華やかで鮮烈な肉の味を思い出すだけで、また食欲が刺激される。


「夕方会ったおじさん!串焼きご馳走様でした!」

「嬢ちゃんも満足してくれたようで嬉しいよ。それにしても、……すごい量の硬貨ですな。遠目から見ておりましたが、あれほど民が熱狂する光景は、ジガルドでは久しく見られなかったものです。私も……、私も、近くで見たかった!!」

「うわぁ……」


 店主の表情からは、フェルテが引くほどの強烈な後悔の念が見て取れた。


「なら、落ち着いた頃にまたしよう。その時は近くで見てくれ」


 店主は目を血走らせながら荷車から手を離し、半ば転がるようにこちらへ駆け寄ると、俺の左手を力強く両手で握った。

 熱意と汗が混じったその手は、炎竜が撒き散らす熱風を彷彿(ほうふつ)させた。


「ほ、ほほ、本当ですか!絶対の絶対にやってください!最前列から誰よりも多く投げ銭してみせましょう!」

「……投げ銭はいらん」


 俺の言葉で、店主はハッと我に返ったかのように手を離し、小さく咳払いした。


「こほん。お見苦しい姿をお見せしてしまいました。早いうちに宿へ向かいましょうか。そちらの籠は荷車に積みましょう」

「助かる」

「一緒に行くの?」

「そうだ」


 荷車に籠を積み終わり、宿へ向かおうとしたが、フェルテが何故だか不貞腐れて一歩も動こうとしない。


「どうした?」

「ボク、まだ食べ足りてない!」

「宿でも飯は食えるらしいぞ」

「じゃあ行く。早く行こう、うん」


 全く、調子のいいやつだ。

 分かりやすくて扱いやすいとも言える。


「嬢ちゃん。広場を抜けると暗くなるから足元に注意するんだよ」

「はーい。宿のご飯って美味しいかな?」

「勿論美味しいさ!」


 屋台の店主とフェルテの会話を聞きつつ、興奮の名残を感じさせながらも時間とともに静けさを増す広場を抜け、宿屋に向かった。

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