第二十七話 鬼
僕は外で聞こえるサイレンの音と騒がしい人の声で目を覚ました。
無理やり起き目覚めは悪いが何か騒ぎが起こったのだろうとすぐわかる。静かな夜は既に無くなっていた。
頻りに鳴り響くサイレンが異常事態を知らせる。僕はすぐに体を起こしリビングへ行くと、既に月火達三人は集まっていた。
「何があったんですか!」
「優君、儂達も避難所へ急ぐぞッ!」
「少し待ってもらっていいですか、月火ちょっといいか」
月火に呼び別の部屋へと移動する。
何事なのか月火に問いただすと渋々話し始めた。内容は最近村で噂になっている鬼が出現したとの事。
今、鬼は村の中で暴れ作物を荒らし、建物を壊しまわっているようだ。
僕は何故、放って置くのか聞いたが、村には若者は居らず戦う人が居ないことが原因だ。
昨日の夜中に話していた内容だ。
「僕がいる」
「駄目よお兄ちゃん、戦えることは知ってる。けど相手は人じゃないのよ、対人戦しかしたことがないお兄ちゃんじゃ……」
「それでも、僕は……」
月火の目を逸らさずに見続ける。
今戦える人は僕だけだ、僕が動かなければ良いようにやられるだけ。こうして話している間にも被害は増えている。
「また、お兄ちゃんがあの日みたいになるのは嫌」
月火が言っているあの日とは花見をした日の事だ。
僕が腹を割かれた瞬間を月火は見ている。忘れようとしても脳裏に焼き付き忘れることが出来なかったのだろう。
「大丈夫、僕は大丈夫だから」
そう言うしか無かった。涙を浮かべる月火の頭を撫でながら僕にも言い聞かせるように何度も『大丈夫』と。
実際は大丈夫な筈がない、また死んでしまうかもしれない、月火にも心配をかけるだろう。
だが僕は決めたんだ、自分が助けられる命は絶対に助けてみせると。
「本当に?」
「うん、大丈夫さ……そろそろ僕は行くよ」
「気をつけてね、絶対に帰ってきてよ」
心配そうな月火の声に僕は精一杯の笑顔を作り答えた。
義之さん達の事は任せ、僕は家を飛び出した。
外を出ると思っていた以上の被害で驚く。
木造の建物は無残にも壊れ年配の人達が逃げ惑っている。
「誰か……」
僕はその声を聞き逃さなかった。
倒壊した建物の中から聞こえたのだ、この下で誰かが下敷きになっている。
足を止め慎重に瓦礫をどかしながら声のする方へと手を差し伸べる。
「大丈夫ですかッ!」
「足が……足が挟まって出れないんじゃ」
老人は足が瓦礫に挟まり身動きが取れない状態だった。
僕は近くにある木材で足が挟まっている瓦礫の隙間にはめ込みテコの原理でどかしていく。
少し浮いた瓦礫を見てすぐさま老人は挟まった足を動かし無事に出ることが出来た。
「貴方は命の恩人じゃ……本当にありがとう」
老人は僕の手を握り涙を流していた。
無理も無いだろう、一人瓦礫の下で耐えていたのだ。僕は避難所へ急ぐよう伝えると足を引き摺りながらも歩いていく。
その姿を見送り、僕は再び駆け出した。向かう先は村の中心街、今もまだ鬼が暴れまわっている音が聞こえる方向へと―――。
避難所へ逃げていく人々を掻き分け僕は走っていく。
何度も引き止められるが僕は振り返らない、村の中心は建物が密集している。
密集した建物の奥に動く何かが居る、頭から生える大きな角、全体は確認出来ないが建物よりも大きい生物が居る。
建物の高さは5m程、それより少し大きいことになる。予想以上の大きさだが僕は怯まない。
密集した建物を抜け見た光景に僕は唖然とした。
返り血を帯びたように赤い皮膚、布らしき物は身につけておらず体が露出しており発達した筋肉が見える。
腕の太さは丸太程あるだろうか。二本の牙が口から飛び出し頭には角が二本生えている、目の前に居たのはまさしく童話で見たことのある鬼だった。
筋肉の発達した腕で木を根っこから引き抜き振り回している。
一振りで建物は破壊され瓦礫が宙を舞っている、一寸法師や桃太郎はよく鬼を目の前にして戦い勝てたものだと感心する。
あの腕や足で攻撃されれば確実に致命傷になるだろう。
僕はどうすれば倒せるのか思考した。
童話では一寸法師は体内に入り針で攻撃していたが出来るはずがない、桃太郎はお供が居た、あの鬼より強い三匹を僕もお供に居ればと思う。
しかし童話は童話だ、僕が今出来るはずがない。余計な事を考えず真剣にどう対処すればいいか考える。
だが相手はどうやら待ってはくれないようだ。
気がつけば周りには僕以外誰も居ない、鬼も逃げない僕を見て敵意を顕にする。
大きな口を開け唾を撒き散らしながら耳が痛くなるほどの咆哮を上げる。
「やべッ!」
風切り音を出しながら強靭な腕で振り下ろされる一撃を僕は躱す。
僕が先程まで居た地面は抉れる、あんな一撃をまともに受ければ即死だ。
近くで見て気づいたが鬼が持っている木には血がごびり付いている、あの木で何人殺したのか……考えるだけで怒りが湧いてくる。
僕はイメージしていく、手を前に突き出し最近特訓で身につけた炎を可視化させていく。
手の先からは炎が渦を巻く様に可視化され、球体状を維持する。
『火球』、ネーミングセンスが無いのは今はどうでもいい。僕は火球を鬼が持つ木に向かって放つ。
火球は放物線を描きながら飛んでいき見事命中した。木は音を立て燃え上がるが鬼は燃えた木をあっさりと手放す。
「頭が悪ければそのままダメージになったかもしれないのに……、けどこれで厄介な武器は無くなった」
鬼は武器を燃やされ憤怒している様子だ。また木を引き抜いても同じことをするだけである。
攻撃手段の一つを潰し戦闘が楽になる、そう思っていたが実際には違った。
鬼は腰を落とし辺りに散らばった瓦礫を手に持つ。
「まさか……」
そのまさかであった。
鬼は不格好に振りかぶり腕を振り下ろすと同時に瓦礫を僕めがけて放つ。
プロ野球も涙目になるほどの速さだ、これを視認し避けることは至難の業である。
僕は躱そうと足を動かそうとしたが辞めた、下手に動かないほうが良いと察したからだ。
どんなに筋肉が発達していても投擲にはそれ相応の技術が必要となる。その考えは当たっていた、投擲した瓦礫はあらぬ咆哮へと轟音を立てながら飛んでいく。
「だけどいずれ当たるかもしれないな」
鬼からすれば瓦礫は有限だが無数にある、数を投げればいずれ当たるのだ。
ならばと僕は鬼めがけて走り出す。鬼の体は大きい、足元は死角になり投擲も思うように行かないだろう。
足元も危ないのだが投擲よりは幾分ましだ。
僕は足元まで行くと短剣を取り出した、そして最近特訓している技を使うことにする。
再び炎を可視化させ短剣へと炎を纏わせるイメージをしていく、短剣の刃には可視化した炎が纏い刃が赤く燃え上がる、これを炎剣と名付けよう。
その短剣で足を斬りつけていく、だが予想通り皮膚が固く刃が通らない、普通の短剣ならばダメージを与えることは出来なかっただろう。
だが炎剣は違う、皮膚を焼き切り体内を焼いていく。
この攻撃に鬼は驚いたのか嫌がるように足を振り回す、防御の為の行動だが僕に一度でも当たれば致命傷になる。
すぐに飛び退き足元から出ると、鬼はしゃがみ込み足を触っていた。
「チャンスだッ!」
僕は鬼の行動に勝機を見た。
しゃがみ込み頭がジャンプをすれば届く高さにあるのだ、僕は頭に飛び乗る。
鬼は気づいていない様子、火傷した足に意識が集中しているのだろう、ならばと僕は炎剣で首を刺突する。
皮膚を焼ける嫌な匂いが鼻を刺激するが構わない、力をめいいっぱい込め奥へと押し込んでいく。
鬼は僕に気が付き暴れまわるが、しっかりと刺さった短剣を支えに僕は振り落とされないように踏ん張る。
少しでも傷が付けば僕が勝ったような物だ、突き刺さった短剣の炎を操作していく。
炎が首筋から体内へと移動し、中から鬼を焼き殺す。
鬼は再び咆哮を上げた、苦痛の叫びとはこの事だろう。だが僕は炎を流し続ける。
皮膚は焼け爛れ、短剣が刺さった場所は炭になっている、既に流し込んだ炎の量は軽く人を消し炭に出来るだろう。
鬼は暴れまわり僕を叩き落とそうとするが、既に遅い。体内を焼き尽くし鬼は穴という穴から煙を出し倒れた。
「やった……倒したあッ!!」
僕は一人でガッツポーズを取った。
僕だけの力でやり遂げたのだ、前とは違い不意打ちではなく真っ向からの勝負で勝利を収めた。
日頃の成果が出たのだ、今まで頑張ってきてよかったと心から思う。
僕は月火の下へ帰ろうと立ち上がろうとした時、何か地響きが聞こえた。
地震だろうか、地面が揺れ瓦礫が音を立てている。地震にしては変だ何がが歩いている様なその感じに嫌な汗が流れる。
鬼は本当に一体だけなのか……、近づく足音に悪寒が走る。
徐々に近づいてくる地響きに僕は意を決して音のする方へと視線を向ける。
「なんだあれは……」
僕が見た光景、それは何体もの鬼が森から降りてくる姿。
一体や二体何処ではない、ざっと数えるだけで10体近くの鬼が各々木を持ち歩いてきている。
僕だけでどうにかなる話では無くなった、だが逃げれば避難所が襲われる。
「月火……約束は守れそうにないかもしれない」
僕はそう呟くと鬼めがけて走り出した―――。
早く誰か桃太郎をッ!
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