第二十一話 仁の悩み 3
僕は帰り際、仁に居ないでくれと願いながら河川敷へと向かった。河川敷の近くまで来ると人影が見える、立っているのはどうやら仁の様だ。
いまだ整理が付いていないが、僕は仁へと歩みを進める。仁も僕に気づいただろうがすぐには振り向かない。
僕は仁の近くまで行くと、仁は斜面になっている場所に座った。
「優か…、さっきの話し聞いていたよな」
「ごめん、通りがかった時に丁度聞こえてきて」
「いや、いいんだ……ここはやっぱり良い。気持ちが落ち着かない時に来ると自然と冷静になれる」
僕は仁の隣に座り川を一緒に川を眺めた。川の流れる音や風で草が揺れる音を聞いていると僕も自然と心が落ち着いた気がする。
先程、剣心さんに頼まれた内容で悩んで慌て混乱していた頭もスッキリしていく。
数分間、僕と仁は会話も無くただ呆然と川を眺めていた。
「あの親父の事だ、事情は聞いたんだろ」
「まぁ、聞いたよ……」
「そうか」
また沈黙が流れる。
だが最初、仁の背中を見た時に感じた気まずさは無い。仁も学校で口論になっていた時と比べかなり落ち着いている。
「実はさ―――」
僕は何故か仁に自分の家の事情を話していた。仁と僕を重ねてしまったのかもしれない。
僕も両親に憧れ続け両親の様になるために異能力校へと入学した。しかし仁と僕とでは決定的に違うことがある。
それは仁にはまだ父親が居ることだ。僕の憧れである両親はもう居ない。
だからこそ、仁には僕の様にこの世には居ない背中を追いかける事をせず、今居る剣心さんという存在を大切にして欲しいと心の底から願う。
しかし僕の口からまた刀を持って頑張れという言葉は出せない。この役目は父親である剣心さんが言うべき事だ。僕はその段階に行くまでの後押しをする。
「優にもそんな事情があったんだな、俺はな正直言うと刀を持つことが怖いんだ、刀に触れるだけで手が震えてまともに振れない。それを自分の都合よく親父の所為にして逃げていたのかもしれないな」
「僕にはわからない、けど剣心さんも不器用ながら仁の事を理解しようとしてた。拒絶するんじゃなく面と向かって話し合ってみたらどうだ?」
「まぁそれが出来りゃ苦労しないんだけどな……」
仁は自分の不甲斐なさを嘆いている。
この時に僕は何か仁に気の利いたことを言えたら良かった。だが言えなかった。
ただ時間だけがゆっくりと流れていく。
仁は物思いに耽っているのか、過去を思い出すように遠い場所を見ていた。
「けどそうだな、優の言う通りかもしれないな、お互い意地張っても仕方がないし大人になれってことだな」
「そうだよ、それに元気の無い仁は調子が狂う」
「俺が元気だけが取り柄の男みたいに言うなよ」
「え?違ったのか?」
「うるせ、俺は行くからな。今日の特訓は休みだ」
そう言うと仁は何処かへと行ってしまった。
今から剣心さんと話すのかはわからない、ただ僕は仲直りが出来ることを願うだけだ。
◇◇◇◇
俺は何をやっていたのだろうか。河川敷から家へ帰る途中、考え事をしていた。
今まで刀から逃げ、親父からも逃げていた。そして河川敷で気持ちを落ち着かせていたら優が来て。
友人である優に諭さる、考えただけでも情けない。今は自分の不甲斐なさイライラする。
親父とは何年も喧嘩してきた、けど俺は知っている。
俺が刀を振らなくなって一番落ち込んでいた親父の事を。道場に行った時に親父も居た事も。そして異能力校に入学出来て一番喜んでいたのも親父だった。
小さい頃は失敗すれば罵倒されて厳しくて嫌いだった。泣いては母の所に行き慰めてもらっていた。
だがもう母は居ないのだ。母が亡くなって俺と同じくらい、いやそれ以上に悲しんだのは親父だ。だが俺の前では一切涙を見せず俺に刀を教え続けていた。
母は泣いている俺に毎回の様に言っていた言葉を思い出す「お父さんは不器用だから」と。不器用すぎるだろ。
だが俺も父親の血を引いている、優に言われ気づいたが俺も不器用だったのかもしれない。
不器用なら不器用なりに、喧嘩してでもいいちゃんと話し合おう。仲直り出来るかはわからない。ただ俺は初めて出来た友人への恩返しにもなるだろう、そう考えている。
俺には友人が居なかった、今まで刀を磨き続け周りは大人ばかり。
大会で知り合った同年代の子とも俺と戦えば嫌な目で見てくる。柳生家の看板を背負っている限り近寄ってくる輩は俺じゃなく父親目当て。
その辺りも俺が親父ばかり、喧嘩の原因の一つになっていたかもしれない。
それで友達も出来ず、学校へ入っても柳生家が、あの柳生家のとうんざりしていた、けど優は違った。
優は俺を見てくれている、そう感じた。そして初めて友と呼べるような人と出会った。
その友は俺の心配をしている、ならばその心配を無くそうと思える。そう考えると自然に足は進んだ―――。
家の前に着く、玄関の扉がいつも以上に重く感じた、親父はすぐ先に居る。だがここに来て足が思うように動かない。
扉の前で開けようとしては閉じる事の繰り返し。だが次に扉に手をかけた時、扉が勝手に開いた。
扉の先に居たのは親父だった。お互いに目が合う、だがそこに気まずさは無かった。
「親父、話があるんだ時間良いか?」
「わかった、今から構わない」
そう答える親父の顔はいつもより和らいで見えたのは気の所為じゃないだろう。
こうして一緒に歩くのは何年振りになるだろうか、後ろから見る親父の背中は大きく見えた。
「それで話しってのは何だ?」
「俺、もう一回刀を持とうと思うんだ、都合の良い話しだとはわかってる。けど……また俺に刀を教えてくれないか」
俺は勇気を振り絞り自分の思いを声に出した。親父の目を見るのがどうしようもなく怖い。
だが優の言葉で目を覚ました、俺は逃げないと決めた。俺は顔を上げ親父の顔を見る。
親父は泣いていた……、母が亡くなった時にも見せなかった涙を……。
俺が顔を上げたせいか、親父はすぐに後ろを向き涙を手で拭っている。そんな親父の姿を一度も見たことがない。
いつも厳格で眉間に皺を寄せていた親父を俺は直視出来なかった。上げた顔も次第に下がり目頭が熱くなる。
「そうか……そうか……」
ただそれだけ、涙声になりながらも振り絞った親父の言葉に俺は涙を堪えることは出来なかった。
数年間で開いた溝は大きい、ただ俺は憧れである親父の後を再び追う事を決意した。
「仁、すまなかった」
「俺もごめん」
こうして再び二人の止まった時間が動き出したのであった―――。
今回で仁の悩みは終わりです!仲直り出来るといいんですが・・・。




