第13話
今日行われる舞踏会は王の名で主催され、王宮で行われる。
上級階級の者ばかりが集まる催しだ。
舞踏会とは名ばかりで、国の重要関係者ばかりが招待され、最高のもてなしがされる。
天花がイフリードの婚約者だということは、招待された者は誰でも知っていたので、イフリードと天花が会場に現れると、会場にいる殆どの者から視線が集まった。
それに驚いた天花を、イフリードがさりげなく支える。
「笑顔を絶やさないで。大丈夫、君が話し掛けない限り向こうからは話しかけることは出来ないから。ただ微笑んでいればいいよ」
「……うん」
「疲れたら休めるから、ちゃんと言うんだよ?」
小声で優しく囁かれ、天花も少し落ち着くことが出来た。
天花の身分は、花金鳳花の館に住むほど上位とされている。
その上位の者に面識のない下の者は話し掛けてはならないのだ。
現時点で天花に面識のある者は殆どいない。
話したい者はツテ使って紹介してもらうしかないが、ツテを使うには婚約者であるイフリードしかいなかった。
これでは当然、イフリードの許しがなければ話すことも出来ない。
婚約者のいる前で、その相手の女性にみだりに話し掛けることははしたないとされ、許可なく話し掛けることは出来ないのだ。
周りの者は天花に視線を投げる。
しかし、腕をしっかり掴んでイフリードから離れようとしない上に、天花が誰とも話そうとはしないので、誰も天花とは話すことが出来ない。
段々その視線の重圧に耐えられなくなった天花は、食べ物を持って休憩用に与えられた部屋に引っ込んでしまった。
「もっと持って来る?」
「ううん、もうお腹いっぱい。美味しかった!」
「それは良かった。疲れたなら隣の部屋で少し休むかい? もし休むならフミールを呼ぶよ」
「え? でも休んだら終わっちゃわない?」
「大丈夫、適当な頃合を見て呼びに来るよ」
イフリードは天花に何も言わないが、イフリードには王族としての勤めがある。
天花が一緒にいた限りでも、イフリードはずっと挨拶まわりばかりだった。
天花の為にこうして休憩室まで一緒にいてくれたが、本当はそんなことをしている場合ではないことを、天花はすぐに勘付いた。
「じゃあ、少し休ませてもらおうかな?」
「わかった。俺は話さないとならない人がいるから会場に戻るけれど、何かあったらフミールを寄越してくれ」
「うん」
イフリードが部屋を出て行った後、すぐにフミールが部屋にやってきて、天花は少し横になって休むことにした。
少しうとうとと眠ってしまった後、天花は目を覚ました。
時間にして1時間ほどだったが、天花の元気はすっかり回復していた。
「フミール?」
隣の部屋に控えているはずのフミールを呼ぶと、すぐにフミールが顔を覗かせた。
「はい、フィア様。お目覚めになりましたか?」
「うん、えっと……、私も会場に戻ろうと思うんだけど、どうしたらいいのかな?」
「まず、身支度を整えさせて頂きますね。その後、わたくしがイフリード様をお呼びにまいります」
「お願い」
天花の身支度を手早く整えると、フミールはイフリードを迎えに行った。
イフリードが来るまで天花は椅子に座って大人しくしていたのだが、いくら待ってもイフリードとフミールが戻って来ない。
すっかり待ちくたびれ、椅子から立ち上がり窓から見える景色を覗き込んだ。
目の前には、美しい庭が広がっている。
窓を開けるとそこはテラスになっており、そこから庭に出られるようになっていた。
舞踏会の喧騒は微かに聞こえるが、人はここまでは来ない。
天花は、ほんの少しだけだと心の中で言い訳し、テラスから庭へと降りてしまった。
そして、そのまま甘い花の香りに誘われるまま庭を歩きだした。
見たことのない不思議な植物達にすっかり魅了され、天花はテラスの前からずいぶんと離れてしまっていたことにも気づかない。
そのまま歩いていると、人の声がして天花は足を止めた。
「ねえ、いいでしょう?」
しっとりとしていて、いかにも甘えた声が天花が進もうとした先から聞こえる。
話をしている人の邪魔をしたくなくて、天花が別の道へと足を踏み出した瞬間。
聞き覚えのある声が聞こえたのだ。
「ご主人が探されたらどうされるんです?」
「あら、主人が私を探すなんてありえないわ。会場でお金になるご縁を探していつも歩き回っているだけの人ですもの」
「ですが、貴女もご存知の通り、私には婚約者がおります。彼女に不義理なことをするのは心苦しい」
「ふふ、私がそのような言い訳を鵜呑みにすると思って? 今までさんざん浮名を流してきたくせに今更結婚? 貴方が誰にも本気にならない事は周知のことじゃない。彼女のことが本気だと言うなら、私を止めたらどう?」
「……」
そこまで聞いて天花は我慢できず、声の方に向かって邪魔な草木をかき分けて進む。
先には座っているイフリードの膝の上に女性が座ったままキスしているところだった。
キスされているイフリードはちょうどこちら側を向いていて、すぐに天花と視線が合う。
しかし、まったく動じる様子はなく、天花の前で堂々とキスを続けているのだ。
天花もそんな現場に何の考えもなく踏み込んでしまったものだから、どう反応すればいいのかわからない。
どうしたものかと悩んでいるとキスから開放されたイフリードが女性の肩を押した。
「ヴェル婦人、もう戯れはおしまいですよ」
「あら、何故?」
「私の婚約者に見られてしました」
「どう言う……まあ!」
イフリードの言葉が理解できなかった女性も、その視線をたどって振り向き、天花の姿を捉えたとたん瞳を少し見開いた。
しかし、女性はすぐに余裕の笑みを浮かべたのだ。
「あら、フィア様。イフリード様をお探しにいらしたのですか?」
「……えっと、そう、です」
「では、私は失礼させていただきますわ」
乱れてこぼれた髪をかき上げ、女性はイフリードの膝から立ち上がる。
天花の婚約者とキスしていた事に対し、まったく悪びれた様子はなく、天花は逆に感心してしまう。
「お話しているところをお邪魔してごめんなさい。ヴェル婦人」
嫌味ではなく、本心から謝る天花に女性は微かに表情を揺らす。
そのことに気づいたイフリードが面白そうな表情を浮かべた。
「いいえ、ではごきげんよう」
それだけ言うと、女性は颯爽とその場から退場していった。