第11話
翌朝。いつものようにリーサが部屋を訪れる頃には、カミラはすでに目を覚ましていた。「おはようございます」
「おはようございます、カミラ様」
リーサがそう言いながら、カーテンを開ける。部屋中に朝日が差し込み、まぶしさにカミラは目を細めた。
「今日は、カミラ様にプレゼントが届いています」
「プレゼント?」
「イェシカ嬢から、新しい靴の贈り物です」
リーサが手に持ってみせたのは、レザーとレース、サテンのリボンで繊細に仕上げられたオフホワイトのヒール。かかとにつけられた大ぶりのリボンが、カミラの心をくすぐった。
「ぜひこれで、ランチに来てくださいとのことでした」
「……嬉しい。とっても可愛いです」
カミラはそのヒールを胸に抱いて、まじまじと見つめた。イェシカの心遣いを感じて、思わず笑みがこぼれる。
「ですから、今日のドレスもそれに似合うものを選んできました。これなんかどうですか」
リーサが見せてくれたのは、ヒールとおそろいのオフホワイトのドレス。腰回りにサテンのビビットピンクのリボンが巻かれていて、全体の印象を引き締めている。
「素敵です、ありがとうございます」
「昼食会の前には、このお召し物に着替えましょうね」
その日は講師に一通りの礼儀作法をおさらいしてもらったあと、昼頃になるとリーサとともにリネアの間へと向かう。
「さすがにちょっと遠いですね」
「そうですね」
今日履いたばかりのヒールのかかとが痛む。レザー部分が固く、レースがざらついて皮膚を刺激していた。しかしリーサに心配かけまいと、カミラは気丈に振る舞う。
(広いお城は、それだけで大変だな……)
ここを手入れしたり、掃除をしたりすることを思うと、廊下で見かけるたくさんのメイドがいるのもうなずける。
「ここには、いくつお部屋があるんですか?」
「そうですね、大小含めると400以上になります」
「400以上!? すごい……」
「敷地の中にもいくつも分棟がありますし、国外からのお客様も多いので増築につぐ増築で、いつのまにかこれほどになってしまいましたね」
「確かに、シントレアほど大きな国だと、そうなりますよね」
二人は会話しながら進んでいく。カミラのかかとには、すでに血が滲んでいた。
ようやく到着し、ドアの前に立っている使いの者から中に用件を伝えてもらった。すると、両扉が開き、中からイェシカたちの声がした。
「カミラさん! 来てくれたのですわね、嬉しい」
「こちらこそ、お招きいただきましてありがとうございます。とっても嬉しいです」
テーブルにはたくさんの豪勢な食事が用意されていた。いい香りも漂ってくる。
(こんなに準備してくださったなんて……後日何か贈らなくちゃ)
「さっそく昼食会に移りましょう。さぁ、カミラさん、座ってください」
「はい」
カミラとイェシカが向かい合わせになって席に座る。
「今日はシェフに頼んで、特別なメニューを作ってもらいましたの。お口に合うといいけれど」
「こんなに豪華なお料理、私食べたことがないです」
エミリスワンでも記念日や誕生日には、豪華な食事を用意してもらったと思う。しかし品数はその倍以上あるように見えた。
(シントレアの貴族の方って、とってもお金持ちなのかも……)
イェシカはカミラに顔を近づけ、ささやくように言う。
「メニューを紹介しますわ。こちらが前菜、かぶとベーコンのマスタード和え。こちらは玉ねぎのグラッセですわ」
「とても美味しそうです……!」
カミラが顔をほころばせながらそう言うと、イェシカは口元を手で隠しながら笑った。
「……本当に知らないのね」
「え?」
「いいえ、なんでもありませんわ。どうぞ召し上がれ」
「はい! いただきます」
イェシカはカミラが食べるのを嬉しそうに見ている。カミラは自分の礼儀作法に間違いはないか、緊張しながら料理を口に運んだ。
「食べましたわね」
「美味しいです……! かぶとマスタードって合うんですね。玉ねぎのグラッセも本当に美味しい──」
そこまで言ったところで、リネアの間の扉が開く。
「ヴィンセント様!?」
そこに現れたのは、ヴィンセントだった。カミラも驚いたが、それ以上にイェシカは立ち上がって驚いている。
「どうされたのですか? なぜここに……」
イェシカはヴィンセントに駆け寄り、声をかけた。
(この二人、お知り合いだったんだ……)
カミラは二人の様子を座りながらただぼうっと見ていた。
「婚約者がこの昼食会に参加すると聞いたから来た」
「えっ……」
確かに昨日、この昼食会の話をヴィンセントにはしたが、ヴィンセントまで参加するとは聞いていない。
「この会は、私とカミラさんの仲を深めるための会で──」
「俺の席はあるか? 参加させてもらう」
「いいえ、ありません。お帰りください」
なぜかはっきりと断るイェシカの様子を不思議に思っていると、ヴィンセントが黙ってカミラの横まで来て、テーブルの料理を眺めた。思わずカミラも立ち上がる。
「あの……ヴィンセントさん? 来るなんて聞いていないんですけど……」
「かぶに玉ねぎか……やはりな」
「かぶに玉ねぎ……!?」
ヴィンセントの言葉に、リーサが驚きの声をあげた。それはほとんど悲鳴に近く、カミラはなぜリーサがそれほどうろたえているのかわからない。
「え……? あの……」
料理を一瞥したヴィンセントが鋭い眼光でイェシカを睨む。
「お前がシェフに作らせたんだな」
「い、いえ……」
なぜかイェシカはヴィンセントから目をそらし、口元を震わせている。
「ヴィンセントさん……あの、何がなんだか……」
カミラはヴィンセントの背中に問いかけた。するとヴィンセントが振り返り、カミラの目を見て答える。
「詳しいことはあとで話す。イェシカ、別室で話を聞かせてもらうぞ。ついてこい」
ヴィンセントはそれだけ言うと、率先して歩き始めた。イェシカは口元を歪めながら、渋々その後をついて行った。
置いて行かれたカミラに、壁際にいたリーサがすぐさま近寄ってくる。
「カミラ様! かぶと玉ねぎって本当ですか!?」
「はい、本当です。それが何か──」
「お立ちください! このリーサが吐き出させて差し上げます」
リーサが勢いよくカミラにしがみつき、カミラをイスから立たせてくる。カミラは慌ててリーサの手を取った。
「あ、あの! 状況がよくわからないのですが……」
「吐き出さなければ、ヴィンセント様とのご結婚に障ります! この国では、かぶや玉ねぎなどの根菜は、日に当たらずに育つことで不浄とされ、特に女性には忌物とされているのです!」
「忌物……?」
リーサの深刻な表情で、それが嘘ではないとわかる。
「不浄なものを食べた女性は、穢れ、誰にも愛されず、子どもを授かることができないとされてきました。今では貧しい庶民こそ食べているようですが、貴族や……王子とのご結婚が控えているカミラ様が食べて良いものではございません」
(こんなに美味しいのに……)
テーブルに並べられた皿を見ると、どれも人参、さつまいも、れんこんなど根菜が含まれた料理がのっている。
「……根菜って、この国ではそんな扱いを受けていたんですね。エミリスワンでは普通に食べていました」
「これも文化の違いです。カミラ様が何も知らないのをいいことに……!」
リーサは悔しそうな表情を浮かべている。
(エミリスワンでは、そういう食べ物はなかったな……)
もともとが食物に恵まれない国、どんな食べ物でもありがたがって食べたものだ。カミラは、イスに座り直し、もう一度かぶの料理を口に運ぶ。
「カミラ様!?」
「でも、すごく美味しいんです。この料理を用意してくれたシェフの方は、きっとこの食材の活かし方を知っている方ですね」
「ご結婚に差し障ります……」
困ったようなリーサに、カミラは笑顔を作って見せる。
「せっかく用意してくれたお料理、残したくないんです。それに……」
(でも、食べたのは私だ。これでヴィンセントさんに何か言われるなら、私からきちんと説明しよう)
「エミリスワンで育った私は、全然気にしません。残すのは、美味しい料理を作ってくれた方と食べ物に失礼ですから。エミリスワンでは、お料理はすべて食べるのが礼儀ですし」
カミラはそう言うと、料理を一つずつ口に運んでいった。




