第四十五章 佐世保の外へ
一九四二年一月二十四日から二十六日
佐世保鎮守府へ届いた第一報は、敵水上艦の夜襲と輸送船の損害を伝えていた。失われた船と残った船の数は、まだ分からなかった。
司令長官・谷本 馬太郎中将は、二十二日に黒馬 禎が持参したメモを、片づけずに置いていた。
十六隻の名前が、八隻ずつ二列に並んでいる。沈没と損傷の印は、それぞれ違った。
翌二十五日、佐世保鎮守府参謀長・山口 儀三郎少将が、その紙の横へ、届いた報告を広げた。
「判明した被害を、原因ごとに整理しました」
空襲で南阿丸が沈没し、辰神丸が損傷した。敦賀丸は、その後の敵潜水艦の雷撃で沈んだ。
「黒馬は、潜水艦の名前まで言っていたな」
「K-XVIIIです。ただし、こちらで確認できているのは敵潜水艦の攻撃までです。艦名が一致したとは、まだ記せません」
谷本はうなずいた。
続く夜襲では、須磨ノ浦丸と辰神丸が沈没した。第37号哨戒艇は大破。朝日山丸と球磨川丸は、損傷しながら残っている。駆逐艦四隻が船団の近くへ入り込んだという報告も、事前の申告と重なった。
山口の指が、最後の一隻で止まった。
「呉竹丸は、沈んでいません」
谷本はその名を見た。黒馬のメモでは、夜襲で失われる三隻のうちの一隻だった。
「十一隻になるはずが、十二隻か」
「はい。浮いて残った数です。朝日山丸と球磨川丸が無傷という意味ではありません」
情報は現地へ届いた。それでも、沈没船と損傷船の名は、呉竹丸を除いて紙に書かれたままだった。
谷本は、呉竹丸の横にある沈没の印へ目を戻した。
「呉竹丸が残ったのは、事前の警告があったためか」
「水上艦への警戒が早まったことが、影響した可能性はあります。ただ、そのために助かったとまでは断定できません」
「それでいい。重要なのは、呉竹丸を除けば、判明した被害があの紙に書かれたとおりだったことだ」
情報を出した人物の身元は、まだ分からない。
「福留へ結果を送る。黒馬のことは、もう佐世保だけで判断してよい話ではない」
* * *
東京の軍令部で、第一部長・福留 繁少将は、届いた被害報告を、二十二日に受け取った黒馬のメモの写しと並べた。
谷本から直接説明を受け、戦闘前に自分が作戦側へ回した情報だった。結果を見てから作られた話ではない。
「……ここまで当たったのか」
呉竹丸を除き、判明した被害が重なっている。沈む船と、傷つきながら残る船まで書き分けられていた。
福留は軍令部次長・伊藤 整一中将へ報告した。伊藤は、予告された船名ごとの結果を見比べた。
「編成だけなら、漏洩でも説明がつく。だが、どの船が沈み、どの船が損傷して残るかまでは説明できん」
「はい。身元と情報源の確認は続けますが、この記録は戦闘前に受け取ったものです」
「だからこそ、総長へ上げる。われわれだけで判断する話ではない」
軍令部総長・永野 修身大将の机に、黒馬 禎の名が載った資料が置かれた。福留は伊藤とともに、事前の申告と戦闘結果を報告した。
「黒馬 禎。この男は、いまどこにいる」
「佐世保です。まだ民間人で、海軍士官として任用できるかどうかの査定を受けています」
「まだ民間人なのか」
永野は資料の表へ戻り、その名をもう一度見た。
「佐世保の査定は続けさせろ。新しい情報が出たら、結果を待たずにこちらへ上げさせる」
身元と情報源の確認も、これまで以上に厳しく続けられることになった。正体が分かるまで話を止めるのではなく、総長が把握する案件として扱われ始めていた。
* * *
海軍省に届いた連絡には、バリクパパンの予告を出したのが、佐世保で査定中の民間人だということも記されていた。作戦を扱う軍令部に対し、海軍省は人事や教育など、組織を支える側を担う。
海軍大臣・嶋田 繁太郎大将は、黒馬 禎という名前の横にある、民間人の文字へ目を留めた。
「まだ民間人なのか。海軍で働く意思はあるのか」
「本人は希望しています。任用はまだ決まっていません」
「軍令部がそこまで重く扱っている人物なら、省としても把握しておけ。佐世保で進めている確認の結果は、こちらにも知らせてもらう」
黒馬をどう扱うかは、作戦部門だけの問題ではなくなった。
* * *
内海の聯合艦隊旗艦「長門」では、参謀長・宇垣 纏少将が、事前の申告と被害報告を、聯合艦隊司令長官・山本 五十六大将へ示した。実際に海上の艦隊を率いる司令部にも、その情報は戦闘前から届いていた。
「黒馬 禎という、佐世保の民間人から出た情報です」
「これは、戦闘の前に届いていたのか」
「はい。軍令部からこちらを通じて、作戦側へ送っています」
山本はしばらく、二つの報告を見比べていた。
「沈むとされていた呉竹丸は残り、ほかの被害は、ほぼそのとおりか」
「判明した範囲では、そうです」
「……そうか」
山本の指が、情報を出した人物の名で止まった。
「黒馬という男は、ほかに何を知っている」
「これまでの申告記録は佐世保にあります。本人は、海軍士官として任用できるかどうかの査定を受けています」
「査定の結果も知らせるように。次の情報は、こちらでも判断に使う」
本人を呼ぶ指示は出なかった。山本は手元の紙にある「黒馬 禎」という名を、もう一度読んだ。
* * *
二十六日の佐世保鎮守府では、山口の机の電話が鳴り続けた。
軍令部からの連絡に続き、海軍省、聯合艦隊からも至急の照会が入る。どの連絡も、佐世保で海軍士官への任用に向けた査定を受けている一人の民間人についてだった。
山口は、天川 光中佐と石橋 万次郎大尉を呼んだ。
「黒馬の名は、永野総長、嶋田大臣、山本長官まで上がっている」
石橋は、十二月十五日に初めて話を聞いた時のことを思い出した。一人から聞いた話を紙に残すところから始まった。その名を、今では海軍の最上層が知っている。
天川と石橋は返答の準備に動いた。査定を続けながら、中央との連絡も受け持たなければならない。
返答の途中で、また電話が鳴った。
* * *
その日も、僕は査定の机に向かっていた。
自分で答えられることは自分で答え、知らない海軍固有のことはリサに補ってもらう。ここを通りたいという気持ちは変わらない。
石橋大尉や天川中佐が忙しそうなことは、見ていれば分かった。
担当者が次の確認を始めた。僕はそちらへ意識を戻した。
その日の僕には、まだ、自分の名前がどこまで届いているのか分かっていなかった。




