第四十一章 本人を見たい
一九四二年一月二十一日
佐世保鎮守府の会議で、いくつかの報告を終えた山口参謀長が、第五十二播州丸の件を取り上げた。上座の谷本司令長官へ資料を示し、担当参謀の天川も説明に加わった。
十二月十五日の原記録に、昨日届いた沈没の報が添えられていた。
「一月二十日、第五十二播州丸はスービック湾方面で掃海中に触雷、沈没しました。事前の申告と一致しています」
谷本司令長官は別紙に目を落とした。照会と、予定行動を変えない判断に至った経緯も載っている。
「上まで届いていなかったのではない。読まれたうえで、任務は変わらなかった」
「はい」
天川は答えた。その判断の理由は今も理解できる。だからといって、沈没を報告の一行で片づけることはできなかった。
「情報は届けた。だが、私は黒馬本人と話したことがない。この先も、紙の上でだけ、この人物を扱うのか」
時おり訪れる外部の情報提供者としてだけ扱うには、起きたことが重すぎた。
「同じ扱いを続けてよいかは、考え直す必要があります」
山口が言った。
「正体も情報源も未確認です。今後の話を無条件に採用することはできません。ただ、本人が何を知り、何を知らないのか、直接確かめる必要はあります」
谷本の目が天川へ向いた。
「天川、お前は黒馬と話したな」
「はい。一月十八日に、石橋大尉同席で面談しました」
「報告を読むのと、本人に会うのとでは違ったか」
天川は少し考えてから答えた。
「第五十二播州丸について追加情報はないと答えました。知らないことを知っているようには言わず、任務変更も迫りませんでした」
「船を助けたいという話は」
「石橋から聞いていたとおり、船と乗員を助けたいという考えは変わっていませんでした」
「紙を受け取るたび、当人を知らぬままで済ませる段階ではなくなったな」
谷本は別紙から顔を上げた。
「明日、黒馬に面談をお願いしてくれ。都合を聞いて、来てもらえるなら、私が直接話したい」
山口が「承知しました」と答えた。天川も頭を下げ、石橋へその意向を伝えることになった。
* * *
一月二十日は過ぎた。それでも第五十二播州丸について、僕のところへ結果は届いていなかった。
昼の客が引いた桑橋食堂へ、石橋大尉が来た。
「黒馬さん。少し、お話しできますか」
「はい」
桑橋さんが僕の手から膳を受け取った。
「奥を使ってください。店は見ていますから」
奥で向かい合うと、大尉は紙を開いたまま、すぐには話さなかった。僕も先に聞くことができなかった。
「第五十二播州丸のことで、お伝えしなければならないことがあります」
大尉の声は低かった。
「昨日、一月二十日です。スービック湾方面で掃海中、機雷に触れ、沈没しました」
返事をするために口を開いたのに、声が出なかった。昨日まで、まだ何かが変わるかもしれないと思っていた。その昨日がもう、結果の出た日になっている。
「……乗っていた人たちは、どうなりましたか」
「詳しいことは、まだ分かっていません。こちらで確認できたのは、船の沈没までです」
森下さんの名に引かれた線と、その下に加えられた田所さんの名が浮かんだ。桑橋さんが握り飯の注文書きにそう記したとき、包みは四つのままだった。僕がこの時代で動いたことが森下さんの火傷につながり、田所さんが第五十二播州丸へ乗ることになった。
田所さんの行方は分からない。そして、僕が名前を知らない乗員たちも、あの船で働いていた。
石橋大尉は、僕が顔を上げるまで待った。
「申告は上級側へ届き、実際の任務を担う側にも照会されました。検討されたうえで、予定行動は変更されませんでした」
「……そうですか」
天川中佐は、任務変更を約束できないと言っていた。身元不明の僕の話で命令を動かせない理由も分かる。石橋大尉が十二月から記録を作り、上へ届けてくれたことも知っている。
分かっていることを並べても、沈んだ船は戻らない。僕は膝の上で握った手をほどいた。
「……乗員のことが分かったら、教えていただけますか」
「はい。確認できたことをお伝えします」
僕はうなずいた。大尉は、僕が紙から目を離すのを待っていた。
奥の壁の向こうから、店で椀を重ねる音がした。しばらくして、石橋大尉が口を開く。
「もう一件あります。佐世保鎮守府司令長官・谷本 馬太郎中将が、黒馬さんと直接お話ししたいと希望されています」
顔を上げた。
「司令長官が、私にですか」
「はい。明日、ご都合がつけば、鎮守府へお越しいただけますか」
大尉の前には、まだ第五十二播州丸についての紙がある。何を聞かれるのか、僕には分からない。
「何について、でしょうか」
「私からお伝えできるのは、司令長官が直接お会いして話したいと希望されている、ということです」
僕は一度、机の上の紙を見た。そこに書かれた一月二十日を変えることはできない。それでも、僕が伝えた話を見ていた人が、今度は僕本人に会いたいと言っている。
「分かりました。明日、伺います」
第五十二播州丸を救えなかったと知ったその日、僕は、沈没前から記録を見ていた佐世保鎮守府司令長官と、翌日会うことになった。




