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AIは敗戦を知っている  作者: E


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第四十章 外れてほしかった日

一九四二年一月十九日


佐世保鎮守府の司令長官室で、参謀の天川 光中佐は、参謀長・山口 儀三郎少将の説明を聞いていた。司令長官・谷本 馬太郎中将の机には、黒馬 禎に関する照合結果と、第五十二播州丸についての別紙が並んでいる。


上級側へ送った資料は読まれていた。六件の一致も、一月二十日の船名、場所、任務、触雷・沈没という内容も、判断する側に伝わっている。実際の任務を担う側への通報と照会も行われた。そのうえで、回答が戻ってきた。


「第五十二播州丸の予定行動は、変更しない」


山口の言葉は短かった。天川は別紙の日付へ目を落とした。明日だった。


「黒馬の申告を、なかったものとして扱ったわけではない」と山口が続けた。「だが、身元も情報源も分からない民間人の話だけで、実施中の任務を改める根拠にはできない。これまでの一致も、今後の結果を保証するものではない」


「承知しました」


任務を変えれば、その先にいる者たちへの影響も負う。十二月十五日に初めてあの一件を示された時なら、天川もすぐにはうなずけなかっただろう。回答の理由は分かった。


だが今、机にあるのは一件だけではない。ウェーク島から米国の航空機事故まで、種類の異なる六件の結果がある。それを読んだ者がなお変えられないと判断した。この紙の重さを、天川は昨日より軽いものとして持つことができなかった。


谷本司令長官は、別紙の上に手を置いた。


「照会を重ねたうえでの判断だ。それも、この件の記録に残しておけ」


「はい」


天川は書類を受け取った。理由を理解できても、明日という日付は消えなかった。


部屋を出て、石橋に結果を伝える。石橋は聞き終えてから、別紙を一度だけ見た。十二月十五日に自分の手で残した記録だ。


「……予定どおり、動くんですね」


「ああ」


石橋は黙った。二人とも申告を聞き、上へ送り、返事を待った。そして、明日は来る。


天川は別紙を重ねた。伝えるべきところへ伝えた。判断も返ってきた。まだ沈んでいない船を思うと、できたことの数だけを数える気にはなれなかった。


* * *


閉店後、桑橋さんが奥へ下がると、僕はもう一度リサに尋ねた。


「第五十二播州丸のこと、ほかに使える情報はない?」


《確認できる記録を見直しました。機雷の正確な位置、船の現在の行動、現地で利用できる新しい情報は見つかっていません》


「そうか」


分かっていた答えだった。十二月に伝えた日付と場所だけでは、現地の誰かに具体的な航路を示すことはできない。後世に残った記録にも、そこから先はない。知らないものを、今になって付け足すわけにもいかなかった。


《これまでに確認できた内容は、すべて石橋大尉へ伝えています》


「うん。天川中佐も、上へ話が進んでいると言っていた」


その先で何が決まったか、僕には分からない。任務を変えるかどうかは海軍の判断だ。同じ言葉をもう一度持って行っても、僕の知っていることは増えない。


戸締まりを確かめながら、明日という日付を頭の中で繰り返した。船も、乗っている人も、いまはどこかの海の上にいる。僕が原記録の前に座っていた日から、そこへ届くまでの時間を得るために動いてきたつもりだった。


まだ一日ある。現地まで話が届き、何かが変わる可能性も、まだ残っているはずだった。


* * *


一九四二年一月二十日


第五十二播州丸は、スービック湾方面で掃海の仕事を続けていた。海軍に徴傭される前は漁に使われていた小さな船で、乗員たちはその甲板で、いつものように声を掛け合っていた。機関の響きの中で、短い指示を聞き損なわないように、それぞれが手元を確かめていた。


田所は足元の索を引き寄せた。森下の代わりに乗り組んだ日の慌ただしさは遠く、今は隣の者が何をしようとしているかも分かる。


「田所、そっちを頼む」


「はい」


田所が索を渡すと、隣の乗員が「助かった」と言った。


森下の代わりに入った一人分も、いまではこの船の仕事の中に収まっていた。


何かが船の下から突き上げた。


足の裏に衝撃が届く。続いて大きな音がした。田所の手から索が外れ、甲板がいつもの角度ではなくなる。


「触雷だ!」


声が重なった。ついさっきまで隣にいた乗員の姿を、田所は目で追おうとした。船が傾き、誰かが彼の名を呼ぶ。海面を見ていた男も、索を持っていた男も、自分の仕事を続けられる場所を失っていた。


第五十二播州丸は、その日、スービック湾方面で触雷し、沈没した。


* * *


やがて、沈没の報が佐世保鎮守府へ届いた。


石橋は天川の前で、伝えられた内容を一つずつ口にした。


「第五十二播州丸。スービック湾方面で掃海中に触雷、沈没しました」


天川はすぐに返事をしなかった。


「乗員は」


「いま届いている報では、分かりません」


石橋は十二月十五日の原記録を示した。判断する側まで届けた船名、日付、場所、任務、触雷と沈没。


一語ずつ、現実の報と重なった。


天川は、原記録を石橋の手から受け取った。数日前、黒馬は「まだ助けられる可能性がある」と言った。天川は、任務が変わるとは約束できないと答えた。どちらも、あの時点では本当だった。


昨日の回答に至る理由を、今も理解できる。必要な報告も行った。それでも、この船は沈んだ。


「参謀長へ報告する」


石橋が姿勢を正した。天川は、原記録から目を離さなかった。第五十二播州丸という名の下に、まだ確かめられていない乗員たちがいる。


外れてほしかった一月二十日は、外れなかった。


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