第三十五章 作戦図の外
一九四二年一月五日
一月五日の朝、石橋の机には、一月四日から集めていた数枚の紙が並んでいた。
連合国共同宣言がワシントンで発表されたこと自体は、すでに確認している。新しく揃ったのは、署名した国と、その手続、宣言に含まれる規定を、十二月二十四日の記録と照合できるだけの材料だった。
石橋は、十二月二十四日の記録を確かめた。
一月一日付、ワシントン。米国、英国、ソ連、中国を含む二十六か国が参加し、敵国と単独で休戦や講和をしない趣旨を含む、と記されている。
面談の場で書き添えた注意もあった。
署名手続は一日と二日にまたがる。二十六か国が一日に一斉署名するという意味ではない。
届いた資料には、署名の経過も載っていた。
一月一日、ワシントン。最初に署名したのは、米国、英国、ソ連、中国の四大国。翌二日、さらに二十二か国の代表が署名し、原署名国は二十六か国になった。
宣言には、署名国が協力し、敵国と単独で休戦または講和をしないという規定がある。
日付だけではなかった。
場所も、国の組合せも、翌日まで続いた署名も、その結果の数も、宣言の中身も、十二月二十四日の紙に先にあった。
石橋は照合欄へ書き込む前に、天川の机へ二枚を運んだ。
「共同宣言の詳細が揃いました」
天川は記録と照合資料を読み比べた。
「黒馬は、一日に全てが署名するのではないと話していたな」
「はい。署名手続は一日と二日にまたがると、あらかじめ説明しています」
天川の目が、最後の規定で止まった。
「単独で休戦も講和もしない」
「その趣旨も一致しています」
天川はしばらく紙を見たまま、何も言わなかった。
ウェーク島、香港、マニラでは、作戦に近い誰かから聞いた、戦況から予測したと、疑うべき場所を軍の中へ置くことができた。
だが、今回の紙にあるのは、ワシントンで成立した国際宣言だった。
「中佐」
天川が顔を上げた。
「これまでの三件とは、性質が違います。軍の作戦情報を、どこかから得ていたという説明だけでは、苦しくなってきました」
「そうだな」
天川は否定しなかった。しかし、すぐに続けた。
「だが、説明できないことと、未来を知っていると証明されたことは別だ」
「はい」
「外交に通じる情報源がある可能性も、まだ捨てられん。黒馬一人の後ろに、複数の者がいることも考えられる」
石橋は、十二月二十四日の日付へ目を戻した。
「それでも、成立する日と場所だけでなく、翌日の追加署名と規定まで、結果が出る前に揃っています」
「分かっている」
「情報源を海軍の中だけに求めるのでは足りなくなった。いま確かに言えるのは、そこまでだ。分からんものに、先に名前を付けるな」
「承知しました」
「照合済みとして一覧へ加えろ。参謀長へ持って行く」
石橋は、共同宣言の欄へ結果を記した。
前日まで三件だった明確な一致に、軍事作戦とは別の一件が加わった。
* * *
山口 儀三郎少将は追加資料を受け取り、確認中だった共同宣言の行を開いた。
「照合が済みました」
天川は、結論から報告した。
「署名の経過と参加国数、単独で休戦・講和をしない規定まで、申告と一致しています」
山口は原記録と追加資料を読み比べた。
「食い違いは」
「確認できた範囲ではありません」
石橋が答えた。
山口の視線が、十二月二十四日という記録日で一度止まった。
記録が結果より前に存在したことは、二日前に確認済みだった。
「軍の作戦を、どこかから聞いていた。それだけでは済まなくなったな」
「はい」
天川が続けた。
「ただし、これをもって未来を知っていると判断できるわけではありません。外交情報を得る経路がある可能性も残ります」
「残しておけ」
山口は、記録から目を上げなかった。
「可能性を消す必要はない。だが、可能性を残しただけで、説明したことにもならん」
「承知しております」
「共同宣言は、ほかの三件と性質が違うことが分かるようにしておけ」
「はい」
「黒馬の情報を軍内から得たものと見る場合、どこまで説明でき、どこから説明できなくなるのか。それも短く付けろ」
天川がうなずいた。
「長官へ上げられる形まで整えます」
「そうしろ」
山口は、一月十一日の欄へ目を移した。
天川が確認した。
「現時点で、長官へご報告なさいますか」
「まだだ」
山口は答えた。
「十一日の結果を待つ。ただし、その日になってから資料を作り始めるな。上げると決めた時、すぐ説明できるところまで整えておけ」
「承知しました」
司令長官への正式な報告は、まだ先だった。
それでも、軍事作戦とは別の一致が、長官への上申を見越す段階まで案件を進めた。
山口は第五十二播州丸の行を示した。
「船の方は、どこまで進んだ」
「一月三日以後に確認できた内容を追記しました。現在地と当面の任務は更新しています。今後の予定と、変更が必要になった場合に判断を求める経路については、確認先を絞りながら照会を続けています」
「佐世保で判断できる範囲は」
「確認できた部分と、上へ判断を仰ぐ必要がある部分を分けています。ただ、まだ確定できていない箇所があります」
「未確認のまま埋めるな。だが、空いたままにもするな。照会を続けろ」
「はい」
「長官へ上げる資料には、この船の別紙も付ける。現時点で任務変更を求める文書にはするな。必要になった時、どこへ判断を求めるかが分かる形にしておけ」
「承知しました」
共同宣言の照合欄は埋まった。
第五十二播州丸の結果欄は、まだ空白のままである。
山口の指が、一月二十日の日付で止まった。
「十五日か」
石橋にも、天川にも、その数が何を指すのかは分かっていた。
結果を待ってからでは遅い一件まで、あと十五日だった。




