第6話 カラスによる監視
翌朝、眠気覚ましのコーヒーを飲みながらムギンを呼び出す。
「ムギン、出てこい」
バササ、と俺の体から飛び出したカラスは部屋の中を飛び回り、カーテンレールにとまった。
『おはようございます、我らが王よ。おぉ、朝食の時間でしたか。さすが王です、飲むものも黒色とは』
「別に黒が好きなわけじゃないから。そういやお前らにもエサをやったほうがいいのか?」
『いいえ、我らは魔物ですから飲食は不要です。昨日、配下におさめた街のカラスたちも自分の食べ物くらい自分で見つけます』
そういえばこいつら勝手に街のカラスを支配しはじめたんだったか。
「騒ぎをおこしてないだろうな? どんな状況だ?」
『しょせん魔物でもないカラスですから、我らが少し説得すればすぐに頭をたれました。その時点で、王の支配下に入ったはずです。ご自身で確認なされてはいかがでしょう?』
「確認っていったってどうすれば……あぁ、呼び出せるってことか?」
『もちろんそれでもいいですし、目や耳を借りればよいのでは? まさか王よ……ご自身の力をまだ把握されていない?』
力の把握?
こいつらは何か知っているのか?
俺が現時点で把握している能力は、自分が魔人になれるってことと、カラスそのものになれるってこと。
あとは、カラス系魔物に襲われない。ムギンと喋れるようになった。ってことくらいか?
「目や耳を借りるってのは?」
『ふむ……本当にご存じないようですな。では、まず我と感覚を共有しましょう。我の見ているものを見たい、聞きたいと望んでいただければよいかと』
俺はカーテンレールの上にとまったムギンを見ながら、彼の見ているものを見たいと念じた。
すると突然視界が切り替わる。
「おぉ……」
俺だ。俺が見える。
コーヒーカップを片手に持ちベッドに座った俺を見下ろしている。
頭が混乱しそうなので、いったん解除した。
「すごいな。これも『カラスの王』の力か?」
『えぇ、王であれば支配下においた我らと感覚の共有が可能。例えば昨日愚かしくも王に斬りかかった金髪のオスがおりましたな? 奴を監視している者と視界を共有してみてはいかがでしょう。なに、難しく考えることはございません。王はただ望めばよいのです』
「望む……」
俺は金髪野郎の顔を思い浮かべた。
こいつが今なにをしているのか見たい。
そう考えると、『カァ』と鳴き声が聞こえた後、視界が切り替わる。
とあるマンションのベランダでタバコを吸っている金髪の男が見える。
昨日のあいつだ。
これは奴が住んでいる家か。
部屋の中から女がベランダに出てきて一緒にタバコを吸いだした。
この顔にも見覚えがある。
金髪野郎と一緒のパーティの女だ。
『タケシ、ケガ大丈夫?』
『チッ、まだ痛むんだよ。あんにゃろう次に会ったら確実に殺す』
『アタシだってほら見てよ、カラスに腕をひっかかれてさぁ。ねぇポーション使っていい?』
『バカ、それくらい我慢しろや。ポーション高ぇんだよ』
奴らの会話まで聞こえる。
俺は共有を解除した。
「すごいな、この能力は。距離の制限とかはないのか?」
『特にございません。支配下のカラスであればどこにいようと共有可能です』
「なら例えば海外の様子もリアルタイムで監視できるってことか。ちなみに、今一番遠い場所にいる配下は……」
見たいと望むと、また視界が変わる。
このカラスは、ビルの上から雑踏を見下ろしている。
川があり、そこにかかる橋の向こうにはグリコの大看板が見えた。
「道頓堀? もう大阪に着いたのか」
『あと2、3日もあればこの国のカラスはすべて我らが軍門にくだるでしょう。この国は王のモノになります』
俺のモノにはならないが、いつでもどこでも情報収集が可能になるのは確かだろう。
情報収集といえば、公安の女――石塚も気になる。
石塚の顔や黒い車を頭に思い浮かべ、『どこだ?』とカラスたちに問いかけると、景色が切り替わった。
このカラスは5階建てのビルを見ていた。
企業の看板もなく、かといって警官や門番が立っているわけでもない、何の変哲もないビルだ。
これが公安の拠点なのだろうか?
人影はなく、窓はすべてブラインドが降りているため中の様子が見えない。
「おっ、誰か出てきたな……」
数分、待っているとビルから3人組の男性が出てきた。
俺は感覚共有をしているカラスに『今ビルから出てきた人間に注目しろ』と指示を出す。
男たちは全員スーツを着ている。
歩きながら何やら会話をしているようだ。
『主任はこの後、霞が関ですか?』
『おう、最近忙しくてな……今日も徹夜になりそうだ』
『お疲れ様です……探索者関連の案件なのに、なんでマル暴まで出ばってくるんですかね』
3人は車に乗り込み、会話が聞こえなくなった。
確証はないが、少なくとも警察の関係者が出入りするビルであることには間違いなさそうだ。
『そのまま監視を続けろ。どこかビルの中が見える場所もあれば探しておいてくれ』
『カァ』
感覚共有を切り、部屋の中に視界が戻る。
「ふぅ……結構疲れるな、これ」
『慣れれば目の前の視界を保ったまま多数の場所を並行で見ることも可能になります。王ならばすぐでしょう』
「だといいが。たぶん昨日の女はさっきのビルの中で仕事をしてるんだろうな。奴はいったん家に帰ったのか?」
『いいえ、一度ビル内に入ってから出てきた様子はありませぬ』
「そうか。出てきたらあの女の家も把握しておいてくれ」
『御意』
さて、『カラスの王』による感覚共有がかなり使えると判明したところで、次がいよいよ本命だ。
朝飯代わりのチョコレートをコーヒーで流し込み気合を入れる。
PCを起動して、『クラン アマテラス』と入力した。
あの日、探索者でもないただのサラリーマンだった俺を殴ってきやがった3人組。
あのクソ野郎どもが所属するクランだ。
すでに何度か検索してこのクランの概要は理解している。
日本最強の探索者がひきいる、日本最強のクラン。
正式名称、雨照。
これが俺にとって現時点の最大の敵だ。
雨照の本拠地は渋谷ヒカリエにある。
渋谷ヒカリエは地上34階、地下4階の複合高層ビルなのだが、その17階から34階のすべてを雨照が占有している。
馬鹿げた規模だ。
ただダンジョンで稼ぐだけでそこまでのことができるのか? と疑問に思い調べたところ、クランマスターである雨宮美花の父親がダンジョン利権にからむ大物政治家らしい。
金と権力で無理やりテナントを占領したという噂があった。
まぁなんにせよ、わかりやすいのはこちらとして都合がいい。
俺の家から渋谷ヒカリエまでの地図を画面に表示しながら、ムギンに見せる。
「ここに俺の敵がいる。このビルに出入りする探索者を全員監視しろ。カラスどもの数は足りるか?」
『えぇ、じゅうぶん足ります。王の敵……ということは、見つけ次第、皆殺しということでよろしいですかな?』
「よろしくねぇよ。まずは監視だけ。絶対に手を出すな。怪しまれるな。バレるなよ」
用があるのはあの3人だけだが、できるだけ情報は集めておこう。




