第36話 千剣のちづる
――――カァ! カァ! カァ!
ムギンの呼びかけにより、2階層にいた鉄烏たちがいっせいに集まってきた。
読んで字のごとく、このカラスたちの体は鉄でできているようで、羽音もジャラリジャラリとうるさい。
耳がいかれそうだ。
体のサイズは一般的なカラスと同じくらいなので遠目で見ると見分けがつかないけれど、近くで見ると明らかに羽の質感が異なる。
鉄烏たちの中に、通常よりほんの少し大きな個体がいて、そいつがムギンに話しかけた。
『アンタ、ホントに旦那様を連れてくるとは何事だい! アタイらが失礼な奴みたいになっちまうじゃないかッ!』
『なにを言うておるか! 連れてこいと言ったのはお主であろうに……!』
頭に響いてくる声が女性のものに聞こえた。
この個体はメスらしい。
大きな鉄烏は木の上から飛び降りて俺の前に着地した。
『旦那様……ご機嫌よう? ご機嫌うるわしゅう……?』
「あぁ。お前が鉄烏たちをまとめるリーダーか? ボス個体なのか?」
『一応、こいつらの頭ァやらせてもらってます、ちづるといいやす。千の剣と書いて千剣ですんで、はい。えーっと、ボス個体はこの階層におりませんですね。アタイはボスってわけじゃあないでございます、はい』
「しゃべりにくいなら普段のしゃべりかたでいい。それで、お前らは俺の支配下に入るつもりはあるのか?」
千剣はバッと羽をひろげて、身振り手振りを交えながら、
『旦那は話がわかるねぇ! じゃあ遠慮なくしゃべらせてもらうけど、それはもう誠心誠意、旦那の手となり足となり翼となり、地獄の底まで付き合ってやるさねっ! 一目見たらピンときた、アンタが大将だってねっ。まさに王の中の王さね。一生ついてくよ!』
と忠誠を誓ってくれた。
鉄烏はC級の魔物ということだ。
C級ランクへ上がるためとはいえ、さすがにこいつらを殺して魔石を抜く選択肢はない。
「この次の階層でもC級魔石は取れるか?」
『王よ、次の階では……』
『旦那ァ! アタイが案内するよ、付いといで!』
『なッ!? 王よ、我も案内できまする!』
「おい、喧嘩するなよ」
バサバサと醜い争いをはじめかけていた二羽はぴたりと動きをとめた。
こいつらは相性が悪いのだろうか?
これから手足となってもらうのに仲が悪いのは困る。
「ムギン、今後どれだけ強いカラスが仲間になろうと、お前が最側近であることに変わりはない。お前は俺の右翼だ」
『御意』
「千剣、お前もたぶん強いんだろうけど、ちゃんとムギンを尊重してほしい。ただ、今後の働き次第で、お前のこともちゃんと認める。お前は俺の左翼となれ」
『旦那ぁ……任せておくれっ!』
「とりあえずこのダンジョンは千剣に案内してもらおう。3階へ連れて行ってくれ」
3階は、ところどころに緑の山や木もあり、今までで一番景色のいい階層だった。
だが、そこにいる魔物は醜い。
腐った人間のような、ゾンビのような魔物が、探索者そっちのけで魔物同士で戦っている。
魔物以外に一つ、探索者パーティも発見した。
彼らは男性5人パーティで、なぜか全員坊主頭だった。
その中の一人にいたっては、武器として金属バットを持っている。
絶対、元野球部だろう。
彼らはとにかく魔物に目をつけられないように、岩や木に隠れながらこそこそ進んでいる。
俺とムギンと千剣は全員カラスの姿なので、特に注目されることもない。
ダンジョン上空から彼らを観察することにした。
「あっ、鬼もいるのか。あいつら見つかっちゃったな」
『旦那、屍たちはD級だけど、あの鬼はC級だよ』
「そうなのか」
木の間に隠れていた探索者たちは、千剣が屍と呼んだゾンビたちに気をとられすぎていたようで、その逆方向から迫ってきていた青鬼を見落としていた。
鬼一匹程度であれば対処可能に見えたが、戦闘中に周りの屍たちも集まってくる。
多勢に無勢でじょじょに形勢が悪くなっていった。
「キャプテン、ヤバイって、逃げよう!」
「くっそー……撤退だぁ! 撤退!」
こいつらは関西弁じゃなかった。
丸に恵の紋章もないし、恵比寿組ではないのだろう。
であれば、彼らはみかじめ料を払って入れてもらったのだろうか。
探索者パーティは2階へ戻る階段にむかって走りはじめたが、魔物に邪魔されてスピードが出ていない。
おそらくこのままでは階段にたどり着くまでに、完全に囲まれる。
あのパーティの様子だと、メンバーの半分くらいは死んでもおかしくはない。
知らない探索者の命などどうでもいいけど……C級魔石を手に入れるついでに助けてやることにした。
「千剣は屍たちをけん制して、あの人間たちに近寄らせないようにできるか?」
『お安い御用さ、旦那!』
千剣がシャラリと翼をふるわせると、そこから黒い光沢のある羽根が大量に発射された。
羽根は屍たちの足を正確に貫いた。
屍たちはその場でこけたり、足をひきずったりしているので、もう大丈夫だろう。
千剣の攻撃に気づいた青鬼は地上で地団駄をふんでいるが、こちらまで届く攻撃手段は持っていないようだ。
俺は魔人形態に変化しながら、急降下する。
青鬼は持っていた金棒を俺に向かってフルスイングした。
俺はスルリとそれを避けつつ、そのままドロップキックで突撃する。
『グゲッ!?』
青鬼は俺の足と地面に挟まれたせいで、胸のあたりがペチャンコに潰れ、絶命した。
逃げていた探索者パーティのほうを見ると、もうすぐ2階への階段にたどり着きそうなところまで進んでいたのに、なぜかダッシュでこちらに戻ってきた。
彼らは俺の前に横並びに整列し、
「「「「「アザッス!」」」」」
とお辞儀をした。
こいつら絶対、元野球部だろう。
「この鬼の魔石は俺がもらっていく」
「はいッ、もちろんですッ!」
「ムギン、頼む」
ムギンは鬼の死体からすばやく魔石だけを抜き取った。
「じゃあ、俺はもう行く」
「え!? こいつの持ってる金棒はどうするんすか? 協会で売れますよ?」
「……使わないし、あんたらにあげる。じゃあな」
俺はカラスの姿に変化するのも妙な気がしたので、魔人形態のまま空へ飛び立った。
――カラスの悪魔さんっすよねー!?
――アザッシター!
地上で野球部たちが何か叫んでいるが聞こえないふりをして、そのまま2階へ上がる階段へ向かった。
もう用事は済んだ。帰ろう。
大仏様の腹からダンジョンの外に出て、寺院内にあるダンジョン協会の建物に入る。
受付でC級の魔石を提出し、換金も終わったので帰ろうとして後ろを振り向くと、すぐ近くに見たことある女が待機していた。
「どうもー、アタルさん。少しお話しましょうか」
「またあんたか……。もう話すことなんてないんじゃないか?」
黒いパンツスーツ、野暮ったい眼鏡。
ニコニコと笑顔を浮かべた女。
公安の石塚である。




