第35話 地獄ダンジョン
ムギンの案内でやってきたのは、神奈川県鎌倉市にある高徳院というお寺だった。
ここには、「鎌倉と言えば?」で思い浮かぶあの大仏がある。
高さ10メートルほどの巨大な大仏が観光地として有名だったが、1年ほど前にここもダンジョンとなってしまった。
寺院の中にダンジョン協会の建物があるので、そこで受付をしてもらい、ダンジョン入口へ向かった。
「こりゃあ酷いな。なんと罰当たりな……」
ダンジョンの入口は、大仏のお腹にあった。
大仏のお腹には破壊されたような乱雑な穴が開いており、そこを超えるとダンジョンらしい。
お腹の入口にむかって階段も後付けで設置されており、完全にダンジョンとしての機能を優先させている。
敬虔な仏教徒がこれを見たら激怒しそうなものである。
入口から中に入ろうとしたタイミングで、ちょうどダンジョンから出てくるパーティと鉢合わせた。
「うわっ、ぶつかるところやったわ。悪いなぁ、おっちゃん」
「いえ、こちらこそすみません」
「って、おっちゃんそんな格好で入るんかいな、しかもひとり……」
なにか喋っていたが、ダンジョンに入ってしまうと声が聞こえなくなった。
ダンジョンの外と中は物理的につながっていないだとかなんだとか……いろいろ調査されているが、まだ仕組みはわからないことだらけである。
「ムギン、出てこい。案内を頼む」
『御意』
ダンジョンの1階は灰色の荒野がどこまでも広がっていた。
スキル『道案内』を使ってもいいが、ムギンが場所を知っているならそのほうが効率的だろう。
荒野とはいったが、フィールドを横断するように大きな川が流れており、その周りはゴロゴロと石が転がる河原となっている。
その河原に、ちらほらと人影が見えた。
近寄ってよく見ると、人間ではない。
人間の子供によく似た小鬼だった。
顔もほぼ人間で、おでこには取って付けたような小さな角がある。
小鬼たちは、しゃがみ込んで何かをしていた。
「賽の河原の石積みか?」
小鬼たちは河原の石を拾い、慎重に積み上げている。
俺とムギンの姿など目に入らないくらい真剣だ。
「魔物なんだよな?」
『えぇ、あれも魔物ですぞ。戦う力はほとんどないですが』
さすがに子供のような彼らを一方的に虐殺する趣味はないので、放置して先に進もうとしたところ、少し離れた場所でガシャンッという音がした。
「オラァッ!」
『アー』
探索者の男が複数人おり、彼らは次から次へと、小鬼たちのつくった石の塔をけちらしていた。
彼らも俺のことなど眼中にないようで、ひたすら小鬼たちをいじめることを楽しんでいる。
「なんだこの胸糞悪いダンジョンは」
『ここは地獄ダンジョンと呼ばれておるそうですぞ』
彼らはひとしきり小鬼をいじめた後、剣や槍であっさりと小鬼を殺してしまった。
いくら胸糞悪いといっても、彼らは魔物を殺しただけなので、俺がとがめるのも何か違うのだろう。
「なんやこのダンジョン。敵、弱すぎやん!」
「やっぱ関東はぬるいなぁ。雨照おらんなって、探索者も雑魚ばっかやし、すぐ片づきそうやな……」
「せやな……って、あれ? なんかサラリーマンみたいなオッサンおるやん。オイ、オッサン、なに見とんじゃ!」
ようやく俺の存在に気づいた関西人たちは、こちらを取り囲むようにして、わらわらと近づいてきた。
とりあえずムギンには上空で待機してもらう。
「お前なんやねんコラァ、誰に許可取ってここにおんねん?」
「許可? ダンジョン協会じゃないか?」
「今日からここのダンジョンはウチが管理することになってんけど、知らんのかい」
「知らない。あんたら誰なんだ。雨照じゃないよな?」
「はぁ!? この代紋見てわからんか? 恵比寿組やッ!」
彼は自分の防具の肩に描かれた紋章を指さした。
〇の中に『恵』の文字をあしらった代紋が描かれている。
そういえば、カラスダンジョンの協会でも同じ紋章を入れた関西人にからまれたことを思い出す。
「なんやトロいおっさんやのぉ。こっちは忙しいねん! とりあえず、今日は見逃したるから、みかじめ料払って、さっさと失せろや」
「みかじめ料? そんなの聞いたことないけど」
「そういや来たばっかで、いくら取るか決めてへんかったわ。まぁ、魔石持っとるんやったら出せや。持ってへんねやったら金でもえぇ」
「どっちも持ってない」
恵比寿組の男はチッ、と舌打ちをして、俺の腹を蹴り飛ばした。
河原でしりもちをつく俺。
受け身を取った手がべっとりと何かで濡れた。
小鬼たちが流した血だった。
「オイ、オッサン……さっきからナメとんかコラァッ! いや……えぇこと思いついた。ちょうどえぇわ。恵比寿組に逆らったらどうなるか見せしめにしたろ。オイ、タケ坊、やったれや」
「オレかいな。まぁ、他の武器やったら死んでまうししゃあないか」
タケ坊と呼ばれた男は、金属製のメイスのような武器を持っている。
トゲも刃もないので、人をいたぶるにはちょうどいいのだろう。
タケ坊は、まだ地面に座っている俺にむかってメイスを振り下ろす。
「オラァ!」
――――ガァン!
メイスは俺の腕に止められる。
タケ坊は、俺のスーツのそでからのぞく黒く筋張ったカラスの腕に目を見開いた。
「はぁ? なんやその手……なんやその顔!?」
タケ坊の持っているメイスを奪い取り、そのまま彼にむかってフルスイングをした。
ゴスッという鈍い音が聞こえた。
タケ坊も俺を殺すつもりではなかったと思うし、十分に手加減をしたつもりだったが、彼がガードした腕は変な方向に曲がっており、完全に骨は折れているようだった。
「ひやァァァ!? これどないなっとる!? これどないなっとる!? 折れとるよなァ!?」
「オイ、タケ坊! ポ、ポーション使え、早う! クッソォ……オイおっさん、いきなりなにさらっしょんねん!」
「ちょお待てや……カラスの顔やと……? もしかしてこのおっさん、あの『カラスの悪魔』ちゃうか……!?」
「はぁ!? あんなんただのネタやろ? AIで誰かが作っただけって聞いたで……!?」
恵比寿組の男たちはタケ坊を守りながら、俺に向かって武器をかまえる。
俺は手に持っていたメイスを真ん中で折り曲げたあと、ぞうきんのようにねじった。
ねじりドーナツのようになったメイスをタケ坊に投げ返す。
「うわぁッ……! な、なんやねん……! お前、なんやねん!?」
「なあ……まだ、みかじめ料が欲しいか?」
「ひぃ……! オイ、お前ぇ……覚えとけよ!」
彼らはタケ坊を肩に担いで、出口のほうに走り去っていった。
手についた血を川で洗い流していると、小鬼たちが近寄ってきた。
『アー』
「くれるのか? ……ありがとう」
小鬼たちは、魔石でもなんでもない河原の石をいくつか俺に手渡したあと、また石積み作業に戻っていった。
もらった石をよく観察してみたが、どこからどう見てもただの石である。
正直、荷物になるだけなので捨ててもよかったけど、やめておいた。
スーツのポケットに石をつめたあと、俺とムギンは空を飛び、次の2階へ降りる階段へと向かった。
2階も曇り空で、灰色の荒野がどこまでも広がっていた。
荒野にはところどころ枯れた木が生えている。
木は茶色に見えるが、なにか妙な色合いだったので近づいて確認してみると、鉄さびの色だった。
木材ではなく、鉄でできた木がさびているのだ。
そして、その木には黒光りしたカラスが何羽もとまっている。
ムギンがカラスたちに声をかける。
『鉄烏どもよ。我らが王を連れて参った。頭をたれよッ!』




